それは嬉しくもあり、楽しくもあり、自分の生きがいであった一つの目的が無くなった悲しさでもあった。
だけど、ハル兄ィはアタシの子供っぽい提案も受け入れて遊びに付き合ってくれている。
かくれんぼ。
二人でするには人数が少ないかもしれない。本来は大人数でするものかもしれない。だけどそんな提案を快く受け入れてくれるハル兄ィを、相も変わらず好きだった。
隠れている瞬間や、探している瞬間が幸福だと感じる。それは偽りなのかもしれないし、勘違いなのかもしれない。
でもこの感情は嘘じゃないのだから―――。
アタシの見た光景は嘘であると信じたかった。
「―――――――くっ!!!」
間一髪で攻撃を交わした明敏は、炎に包まれている男に向き直る。
「君には才能があるくせに、やることは逃げるだけかい??」
赤というには明るすぎて、青というには鮮やかすぎる。紫というには安易すぎて、恨み色というには些か寛容すぎる色だった。
もっと暗く、まさに呪いというに相応しいドス黒い色だった。
「やめろって!!お前はミケの兄貴なんだろ!?」
「だから何だって言うんだ??」
ハルは腕をひと振りする。途端、炎がまるで生き物のように蠢いて明敏を襲った。
「君は異端審問って知ってるかい?」
生き物のように蠢く炎に翻弄されていて明敏はハルの言葉に耳を傾けられない。能力を使えばいいのだが、早い話使う暇がないのだ。
「その名の通り、『異端』な人間を審問することさ。
でも凡人に理解できない天才の思考なんて、審問するまでもない」
ハルはもう一つの腕をひと振りする。二本の蠢く炎が明敏を挟み撃ちにするように回り込む。
「―――――――っ!!!」
「天才ってさぁ、努力なんてしたことないでしょ??
それもそうだよね、努力する必要がないんだから」
明敏は、体を極力屈め回避する。しかし、すぐさま体勢を立て直したところに再び炎が襲う。
「嫌いだなぁ、努力は実るだとか、努力は裏切らないなんて言葉。
そんなもの、努力して成功してるから言えるんだ」
「―――――――っ!!」
明敏は後ろに出来うる限り飛んで攻撃を躱す。着地に失敗したのか、そんなものは計算の上なのか、地面に大仰に倒れ込む。
自慢の頭の回転も、これ程の攻撃の前では形無しだった。しかしそれでも頭を働かせるのが明敏だった。
「君はどうだい??」
不意に生き物のように蠢いていた炎が動きを止める。
ハルが質問を投げかけていた。今のうちに能力を発動させようと、腕をクロスするように左腕を掴もうとした。
しかし次のハルの言葉に動きが止まった。
「今まで、努力をして来たことがあるかい??苦労して能力を手に入れたかい??」
「・・・・努力?」
嫌な記憶を思い出していた。
それは子供の頃、自分が化物と呼ばれていた頃の記憶だった。
明敏は好かれる努力をしていた。だがそれは無意味だと分かった途端、それを放棄した。
過度なイジメにも抵抗せず、只々胸の内に秘めるようになっていた。
そんな記憶を―――。
「あるんだね??いいんだよ、君は僕と同じさ。努力しても報われない人間なのさ」
「・・・・・・・」
明敏は言葉を失っていた。そして、それは共感の気持ちへと変わっていた。
「僕だって才能がないから、呪術を習得するのに五年の歳月で済ませたんだ。
通常は五年なんだけどね。
父の教育の下、影で努力してギリギリ五年で済んだんだ」
「だけどね??父から言われたのは『お前には才能がない』だって。
こんなに努力したのに、認めてもらえなかったんだよ??」
必死に訴えるような口調でハルは話を進めていた。しかし明敏は腹の底から湧き上がる感情を抑えることで必死だった。
「だから僕は父を殺してやったよ」
「―――――――ふざけんな・・・」
「え??」
「ふざけんなって言ったんだ・・・・!!!」
ドスの効いた声を発していた。どこからどう見ても怒りが滲み出ている事は明白だった。
「え??どうして怒って―――――――」
「天才が嫌いだとか言ってっから、どんな人生生きてんのかと思ったら・・・・。
・・・・努力してんじゃねぇかッ!!実ってんじゃねぇか!!!」
明敏はクロスするように左腕を掴む。
瞬間、体が光に包まれて行きその姿が変形していく。
鋭い爪、鋭い牙、勇ましいタテガミ。まさに百獣の王そのものだった。
「お前は、努力したんだろうがっ!!才能がなくても五年で習得したんだろうが!!!」
明敏はハルに向かって歩き出す。何か算段がある訳ではない、彼には珍しく何も考えていなかった。
ただ感情のままに付き動いていた。
「その努力は何のために―――――――」
「君に僕の何が分かる!!!!」
「わかるわけねぇだろ!!!!」
獅子の咆哮に似た叫びだった。何者の反論も許さないような、そんな叫びだった。
「人の気持ちがわかるような世の中なら、争いなんて起きねぇだろ!!
人の気持ちがわかるような世の中なら、誰かを傷付けたりしねぇだろうがッ!!
俺がお前の、お前が俺の気持ちを分かってんなら、こんなことする意味がねぇだろうがッ!!!!」
明敏の言葉には説得力があった。確信はない、しかし真実味があった。
―――――まるで自分に言い聞かせるのではなく。
―――――特定の人物に言うのでもなく。
―――――世界に対して言っているようだった。
「―――――――っ」
ハルは何も言えずにいた。明敏の咆哮が効いているわけではない、ただ言葉が出なかったのだ。
しかしハルもここまで言われて黙っているほど彼の恨みは薄っぺらくはなかった。
「け、けど、君はそんなことを言ってるけど世界を変えるものなんだろ??」
「―――――――ッ」
「だったら、君は世界を変える努力をしたのかい??
何かを変えてみせたかい??」
苦し紛れの負け惜しみだった。自分の言い分を論破された負け犬の遠吠えだった。見苦しい以外の何者でもない言葉だが、今の明敏には突き刺さるものがあった。
―――――――まだ世界を変えていない。
怒りの感情だけで付き動いている明敏には、その言葉を覆すことはできなかった。何故ならばそれが事実なのだから。
「・・・・・・・・・・お、俺は―――」
「どうなんだい??何か一つでも変えられることができたのかい??」
明敏はハルの言葉で強引にでも怒りの感情を押さえ込もうとする。深呼吸をして頭の中を整理する。
「俺は―――」
「―――――――自分を変えた」
「自分??」
「そうだ、人に触れられなかった俺の気持ちを、弱い心を変えた。
そうやって、少しづつでも何かを変えていくんだ・・・・・」
明敏は一歩、ハルに近づいていき。
「俺はこの世界を―――――――
生死をさまよう少女に、死を幸福だと思わせるような世の中を―――――――
争いごとでしか解決できないような国を変える―――
―――――――救世主《ヒーロー》なんだから」
握り拳を作る。
それには自分の見てきた世界への思いと、憎しみと、絶望と、希望を込めていた。
例え進むスピードは遅いかもしれない。
変えられない事実があるのかもしれない。
超えられない壁や常識があるのかもしれない。
しかし、それさえも覆してすべてを変えていく決意をした明敏は、ここで、こんなところで立ち止まっているわけには行かなかった。
足に踏ん張りを効かせ、戦う決意をする。
今の明敏には悪に染まってもいいと思えるほどに守らなければいけない者がいる。
―――――変えなければいけない物がある。
息つく暇もない緊張感。彼の眼つきは、本気だった。
どちらも相手の様子を伺っている。いつ戦いが開始されるのかわからないほどに。
「―――――――ハル兄ィ!!!!」
しかし、その緊張感は一人の少女によって打ち消された。
「―――――――ミケ??」
赤を基調とした服に身をまとった、赤い髪を後ろで一つ結びにしたポニーテール。
―――呪術師ミケだった。
「さっきの話・・・・・全部聞いてたよ・・・」
「そっか、で、どう思った??」
ハルは特に気にも留めていないようにミケに問うた。
話というのは恐らく、明敏との問答だろう。
才能がある人間が嫌いだ。
努力したが認められなかった。
―――――だから父親を殺した。
「ハル兄ィが殺したの?」
「そうだよ、ムカついたんだよ。ミケの方が才能があるからって、僕の頑張りを認めてくれなかったんだ」
何の悪気もなく、さも当然の様に言い放った。
「お母さんが死んだのは?」
「あぁ、―――――――ついでだよ」
「・・・・・・・・」
「父を殺したところを見られたからね??ミケは傍で寝てたけど気づかなかったんだ??」
「―――――――お前ェ!!」
「アキトッ!!」
ハルの無神経さに声が漏れた明敏にミケは止めに入った。ミケは明敏の前まで歩み寄ると、実の兄であるハルの前に立ちふさがる。
「じゃあ、両親の仇はハル兄ィなんだ・・・・・」
「そうなるかな??」
ミケはハルの目を一直線に見つめる。まるで妹が兄を見上げるように。
「アタシは気にしないよ、ハル兄ィが両親を殺したって。
それが努力を認められなかった腹いせでも」
彼女の瞳は穏やかだった。すべてを許す、そう目で訴えていた。あれほどまで尊敬していた兄が、人殺しだったとしても、両親を殺した張本人でも、才能のある人間を恨むような人間であっても。
「だって、アタシの・・・・大好きなハル兄ィだもん・・・」
彼女の目には涙が溢れていた。
身内が変わり果てたことへの憂いかもしれない。大好きな人の本心への悲しさなのかもしれない。
「でもね・・・・?」
一度俯いて一呼吸おいた。泣いているせいか肩が震えていた。
「でも・・・・でもね・・・・・どうして・・・・・ハル兄ィ・・・・?」
上手く言葉にできないのか、言葉を選んでいるのか途切れ途切れに言葉を発する。
しかし、ミケは顔を上げハルの瞳を見た、否、睨んだ。
「禁術なんかに手を染めたのっ!!?」
「―――――――禁術!?」
明敏は絶句した。
禁術は先ほど得た情報だからだ。呪術師が絶対に犯してはいけない掟。
―――――――呪いを背負うのではなく、受け入れる。
「そうだよ、これで僕は目の前にあった天才という名の壁をぶち壊したんだ」
当然の様に言い放つハルに、ミケは怒りの色を見せていた。
「どうして!!努力したのに!!
ハル兄ィは頑張ったんでしょ!?だったらどうして!!?」
「ミケは知ってる??世界にはとんでもない才能を持った人間がいっぱいいるんだよ??そんな人間はきっと努力なんてことをしてないんだよ。
だから僕はそんな人間を消していこうと思うんだ。
―――――――ミケ、君もだよ??」
「―――――――っ!!」
「凡人が天才に勝ることがないなんて、そんな理不尽なことがあるかい??
僕はそれを覆したいんだ」
ミケは再び俯いた。肩は既に震えていた。悲しみと怒り、どちらも譲れないほどに彼女の胸を締め付けているだろう。
「ハル兄ィ・・・・・覚えてる?掟のこと・・・・」
「『禁術を使ったものは、例え身内であっても滅するべし』ってやつ??
勿論さ、だって掟の一条目だからね??」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よかった、覚えてたんだ・・・」
まるで消え入りそうな声で、言葉を発した。ミケの心は既に限界だろう。
大好きな人間が掟を破っている。そして大好きな人を救うために掟に従おうとする。
「呪術師、ミケ・リベロ。掟第一項一条に則り、ハル・・・・リベロを・・・滅します」
震える肩に声も揺れていた。
ミケの顔は涙で溢れていた。
明敏は助けに行きたかった。しかし彼女の背中がそれを望んではいなかった。
―――――――手出しをしないで。
―――――――これはアタシの問題だから。
―――――――アタシの、家族の問題だから。
ハルは不敵な笑みを浮かべながら掌に、ドス黒い炎を纏わせた。
「じゃあミケ、
―――――――最終試練を始めようか??」
「―――――――っ!!」
不意の言葉にミケが躊躇いを見せた。だが、すぐに立て直しハル同様に恨み色の炎を掌に纏わせる。
「ハル・・・・・・兄ィ・・・・・・・」
口が震えてうまく言葉が出せなかった。
「ハ・・・・ル・・・ニィ・・・・・・ハル・・・・・兄ィ・・・・・・ハル兄ィ・・・・・」
しかし呼び続けた。
―――実の兄の名を。
―――――尊敬する師の名を。
―――――――両親を殺した張本人の名を。
―――――――――最愛の者の名を。
「ハル兄ィィィイイーーーーー!!!!!!」
「ミケェーーーーーーーー!!!!」
明敏は見ていた。
ぶつかり合う二つの炎の中、燃え盛る炎の中で輝く大粒の光を―――――――。
そして炎の応酬の中、恨み色の炎が一人の人間の体を貫く瞬間を――――――。