『改革者』こと、宮村明敏は悩んでいた。
というのも、自分の異能力のことについてだった。
――――――思い込みの激しさ。
高見沢から言い渡された言葉。それは自分の力の可能性のことだ。思い込むことで明敏は『触れ合える』ようになった。
彼自身、別段修行をしたわけではない。ただ『思い込んだ』だけ。それ一つで能力が変化した。
『融解《フィーリング》』は触れる事で能力が発動し、生き物と融合する。
しかし、『触れる』という事柄を勘違いして、自ら『触れてはいけない』と自己解釈したことで、勝手にハンデをつけていた。
今度はそれを思い込みで打ち消し、『触れなくていい』と解釈することで明敏の異能力は『染色体X《クロス・フィーリング》』へと変化した。触れることなく生き物と融合することができた。
そして先程、もっと別の利用法があるはずだ、と思い込むことで部分的に能力を発動させることができた。
これを突き詰めていくと、明敏の葵に対する執着心からなる『真っ白く純粋な殺意』が、何か作用するのではないだろうか。
それが一種の恐怖でもあった。
「小童、悩むなら行動してはどうだ?」
俯く明敏を見てゲンゾウが唐突に話しかける。
「・・・・・・・・・・・・・・」
ゲンゾウの言葉に耳を傾けるが、納得はできない。自分の心の内に秘めているものを具現化したならば、人さえも簡単に殺してしまうだろう。
もし、そうなれば救世主とは言えないだろう。それは只の人殺しだ。怪物だ。
「どうしたの、アキ?。」
葵が小首を傾げつつ心配そうに覗き込んだ。
愛する者のために自ら悪になる、それ自体はいいかもしれない。美しいまでの愛だ。だが明便の場合、その悪は漆黒よりも黒く、言うならば同じ異能力者だった『黒い球体を使う者』である羅美亜と同格なほどに黒い。
彼女は人を殺した後は何気ない顔をしていた。下手をすれば明敏も同じことをしかねない。そんな危うさがある。
「・・・・・何でもない」
「あまり悩まなくてもいいんじゃない?」
ミケがそうフォローを入れる。
彼女は知っている。明敏の中にある真っ白なまでに白い、何かを――――――。
それは自分の恨んでいた『黒い球体を使う者』とは違う、純粋な物。殺意とも違う、もっと別のもの。
詳しくはわからない。しかし、最近その『白』が浮き彫りになっていくのが分かる。ミケは常時占いをしているようなものなのだから。
「アンタは、救世主でしょ?
人を殺すのに躊躇う人間なんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さぁな・・・・」
答えられるはずもなかった。
何故なら、先ほどの心境が正にそれだったからだ。
――――――殺す。
その言葉だけが頭の中を支配していた。別段、仇討ちというわけではない。恨みがあるわけでもない。ただ、葵に『触れた』という理由で明敏は人を殺すのだ。
もしこれが悪い方向に向いたのなら、明敏の能力で世界さえも滅ぼしかねないだろう。彼は、それが怖かった。
「大丈夫、貴方はそういう人じゃない。」
葵は彼の手を握りながら、そう言った。
「貴方は何時だって、誰かを救うヒーローでしょ?。」
「・・・・・・・・・葵」
「例え今はそうじゃなかったとしても。
世界がそう認めなくても、貴方はそれを――――――変えるんでしょ?。」
―――励まし。
しかし、彼女はまるで当たり前だというような口ぶりでそう言った。明敏がそうであるかのように。
葵自身、自分のために悪に染まろうとする明敏は嫌いじゃない。自分のために犯す犯罪は、それほどまでに愛してくれている証拠なのだから。
だが、それでは彼は救世主《ヒーロー》ではなくなってしまう。それは只の『悪』だ。そうなってほしくはないが、明敏はそれさえも平気でしてしまう。
「・・・・・・・・・・・・」
だが同時にそれを制する気持ちがあることを知っている。
「ああ・・・・・・そう・・・・・・そうだな・・・・」
葵と明敏の付き合いは長いのだから。
「そうだ、俺は救世主《ヒーロー》だもんな。
変えるさ。
そう――――――決めたんだからな」
俯いた顔を上げるように明敏は元気を取り戻す。単純だと思うかもしれないが、彼は危ういのだ。
闇にも染まり、光にも染まれる彼は――――――。
一時的な気の迷いはあれど、明敏たちは西の街へ歩を進めていた。
貴族の街とも呼ばれる、彼が『改革者』と呼ばれるようになった場所へ。
「小童、一つ聞きたいのだが、良いか?」
「ん?何だよいきなり」
ゲンゾウは腕組みをしながら、一瞥するように見据える。
「貴様はどれ程戦える?」
「どれ程と聞かれてもなぁ・・・・・・
ジェラードって暴力団を潰せるくらいか?」
確かに、彼は以前、葵を救出する際にジェラードのボスを倒している。謂わば潰したと言っても過言ではない。
「でも、一人でやったわけじゃねぇぜ?
ミケにも手伝ってもらったんだ」
明敏はミケに視線を送る。
しかし、当の本人は近くにいる想い人に夢中のようだった。
「十分だ」
そう言ってゲンゾウは、明敏を見据え口を開く。
「小童、手伝って欲しい事があるんだが、構わないか?」
「別にいいけど?」
「そうか、ではワシの願いを叶えてくれ」
「願い・・・・・?」
「ああ、何、簡単な話だ。
ただ奪われたものを取り返して欲しいだけだ」
ゲンゾウは表情を一切変えずに話を進める。
彼は、元鍛冶屋というだけあって武器の精製をしていた。一般的な短剣や直剣を造っていたが、気まぐれに歪な物を造る事もあったそうだ。彼の使っている大剣もその一つらしい。
そして、奪われた物というのが彼の造った刺剣だという。
ただの刺剣ではなく、大剣のように大きく、重い。そして剣の先端以外で殺すことが不可能、というもの。
「それを奪い返す手伝いをして欲しい」
「けど、それって武器として意味を成してないんじゃ?」
そんな明敏の最もな質問に、ゲンゾウは変わらぬ表情で答える。
「貴様はクレイモアという武器を知っているか?」
「クレイモア・・・・って、あの刀身が長いやつだっけ?」
「ああ、それ程までに長い刀身の刺剣だ。
勿論見た目も中身もクレイモアと同じく重くて長い。
それに加え、魔法伝導率が高い。意味はわかるな?」
クレイモアと同じ刀身に重量。だが、使い方は刺剣と同じ。そして魔法伝導率が高い。
それを踏まえて出た明敏の答えは
「やっぱり、武器として意味ねぇだろ」
「確かにな。クレイモアは両手で扱う武器で、刺剣は片手で扱う武器。
この時点で矛盾が生まれている。だがその矛盾を魔法で打ち消す為の伝導率だ」
「つまり、風の魔法とかで重量を消せば・・・・・ってことか」
「使い手によっては、究極の中距離武器になる」
明敏は思案した。
自らの知識を総動員して考える。
「究極ではねぇな」
「そうかな?」
瞬間、明敏の横顔を何かが掠める。
「相手に近づかずに殺せるっていうのに?」
「貴様は・・・・・・・・・・!!!」
ゲンゾウが怒りに似た表情をする。明敏も同じ方に視線を合わせると、そこには一人の男が立っていた。肩に刀身の長い剣を担いでいる。
――――――クレイモアだった。
「あの距離から・・・・・?」
その男と明敏の位置は、五メートルは離れている。
「言ったろう、使い手によっては究極の中距離武器になる、と」
「やっぱり製作者はわかってるんだね」
「当たり前だ、そういう方に造ったんだからな」
ゲンゾウの表情は変わらなかった。睨むように男を見る。自分の持ち物を奪った者に対しての表情。
明敏は彼の気持ちが分からなくもなかった。
「あれがお前の言ってた『奪われた物』ってやつか?」
「そうだ」
短く返事をして臨戦態勢に入るゲンゾウ。空中に手をかざし、大剣を出現させる。最早、今にも飛び込んでいきそうな程に。
「君は確か、『改革者』だったっけ?
・・・・・・・・面白そう」
そう呟いた男は、剣を明敏に向け、敵意を示す。
「我が名は、シュトローム。
改革者、手合わせ願おうか」
不意の指名に驚きはしたが、断る理由もない。臨戦態勢に入る明敏は手をクロスするように左手をつかみ叫ぶ。
「染色体X《クロス・フィーリング》!!」
彼の体が光に包まれる。そして形状が変化していく。
鋭い爪、鋭い牙、茶色い毛並みに長い髭。
ここまでだと、百獣の王に思えるが違った。
それは口から伸びる鋭いまでの牙だ。
―――――――――サーベルタイガー。
誰しもが彼の姿を見てそう思うだろう。
「俺は、宮村明敏。
この世界を変える――――――救世主《ヒーロー》だ!!」
明敏は名乗るように相手を見据えた。これから相手取る敵を観察するように。
「待て、ワシの用事が先だ―――――――――」
「カイカクシャ!!!??」
ゲンゾウの言葉を遮るように誰かがそう叫んだ。まるで待ち望んでいたかのような口調だった。
明敏は声のした方を向くと、そこには数人、否、それ以上の団体が囲むように群がっていた。
「な、何だ!!?」
「これは貴様の仲間か?」
「心外だなぁ、幾らなんでもこんなに仲間はいないって」
シュトロームの表情を見る限りその言葉は嘘ではないようだ。
ゲンゾウは大剣を構え、警戒を怠らない。
そして明敏だが、執拗に辺りを気にしていた、いや、探しているようだった。その理由は言わずもがな、葵だ。
「葵・・・・・?葵!!?」
「改革者だぜ!?」
「へへへっ、アイツを殺るのはオレだからな?」
「バカ言えっ、テメェなんかに務まるかよ!」
群生は騒がしかった。何を言っているのかわからないほどに騒々しかった。
だが明敏はそんなことはお構いなしと、葵を捜索し続ける。
「おい、小童!!他所見をしている場合では――――――」
「―――――――――居た!!!」
ゲンゾウの言葉を遮るように明敏は叫ぶ。これほどまでの群衆の中、たったひとりの少女を見つけるなど、彼以外にできないだろう。
明敏は一目散に跳び上がり、彼女の元へと向かっていった。群衆から少し離れた出店へと。
「行っちゃったけど、どうする、元鍛冶屋さん?」
「どうするとは?」
「知ってる?今の改革者の状況」
「世界を変えるということか?」
意味深な言葉にゲンゾウは眉をひそめる。言っている意味がわからなかった。
宮村明敏の異名は凄まじい程に世界へ広まっている。それは貴族を助けたと言うことに限らず、彼の言う『世界を変える者』ということまでも広まっている。
「それを聞いた人たちはどう思うんだろうね?」
「ワシも馬鹿馬鹿しいと思ったが、相対してわかったのだが。
あの小童は侮れんぞ?」
「そういうことじゃなくてね・・・・・」
シュトロームは一転して怪訝な表情をしたあと、目を見開き、狂った様な表情をしてゲンゾウを見据えた。
「『改革者』って今、狙われてるんだよねェ」
「葵!ここにいたのかよ!?」
「アキ、もう終わったの?。」
「無事か!?どこも怪我してねぇか!?」
「大丈夫だって。
ただ、彼女が店を見たいっていうからアタシもついて行っただけ」
「・・・・・そっか、安心した」
「大丈夫よ。心配はいらないから。」
「出来れば一言言ってくれよ・・・・」
「だってアンタら勝手に話進めて戦おうとしてんだもん」
「いやまぁ、今の状況で何もなかっただけマシかぁ・・・・」
「どういうこと。」
「囲まれててさ」
「カイカクシャさ~~ん!!!」
「「あーそびーましょー!!!」」
「だから、俺から離れんなよ?」
「うん。」
「大丈夫、アタシも居るから」
「うしっ!!信じてんぜっ!!?」