救世主になりたい男の顛末   作:愛・茶

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序章~人生ゲーム~

「・・・・い・・・。。あ・・・お・・・・い・・」

 

 

 

 薄れた意識で口を付く言葉は、捜し物を探すというより、救いを求めているかのような口振り。

 

 悲しそうに。寂しそうに。必死に。ただただ迷子になった子供が母親を探すように。男は呟く。

 

 

「――――葵ッ」

 

 

 しかし、呟きは長く続くことはなく、薄れた意識は引き戻されるが如く男の全身を一息で覚醒へと導く。

 

 学ランの前を全開けにして腕捲り、髪を金髪に染めているのに不良感ゼロ。

 この話の主人公、宮村明敏はまるで戦慄の場面を垣間見たかのような、疲れきった目をしていた。

 

 

「あっ。起きたんだ。もうダメなのかと思ってたから、・・・・良かった」

 

 

 青い髪と機械的な瘴気のない眼をしている少女、如月葵は安堵の表情をして傍らに寝そべる明敏を見つめる。

 

 ここは見る限りどこかの宿のようだ。壁際に複数の木製ベッド、その前にはこの宿の受付と思しき机がある。

 その一角を明敏が使っている。彼が寝ている傍で葵は腰を下ろしているのが今の状況だ。

 

 明敏が開け放たれた瞳に映したものはただ一つ。それは偶然か必然か、はたまた視界に入るように近づいていたせいか、天井よりも先に少女へと向けられた。

 

 

 

 

 

 ――――葵だ。

 

 

 

 

 

 刹那。手が差し出された。おぼつかず、空中をさまよい手繰り寄せるような動き。それでいて一つの目的の所に向かっているようにも見える。

 

 それもそのはず、ゆらゆらと揺れる手の先には―――葵がいたのだ。

 

 彼女は手の行方を追うように視線を動かし、掌が顔を通り過ぎ視界から消えた瞬間。

 引き寄せられるように明敏の身体が近づく、そして太めの力強い腕が彼女の体を少しだけ圧迫する。締め付けられ苦しいはずが葵は頬を赤らめ無表情でありながら嬉しそうに口の端は上がって見えた。

 

 

 

 

「・・・・・葵・・・い、生きてたんだな・・・。」

 

 

 

 

 小さく耳元で聞こえた音は、溜まりに溜まっていたものが弾けたような、緊張の糸が解けたような、そんな心の底から滲み出た弱音だった。

 たったそんなことが。否、それだけで葵という少女の心を安堵させた。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 無言ではあったが、しかしそれは何よりも二人の空間を生きているようにも見えた。葵は明敏の腰に手を回し、より感覚を確かめようとした。

 

 

 

 

「・・・それにしても」

 

 

 

 しかし明敏は思い出すかのように彼女から体を放し、窓へと興味を移す。逆に葵は、名残惜しそうに彼へ視線を送るがどこ吹く風で相手にしてはくれなかった。

 

 

「・・・わからないわ。けど、ここが日本じゃないことは確か。」

 

 

 

 

「―――みたいだな・・・。」

 

 

 

 そう明敏が思うのも当然だろう。窓から見えた景色は『世紀末』という言葉が相応しいと思える程に荒れ果てていた。 

 ―――荒れた大地。―――枯れた木々。―――澱んだ空。

 

 何をどうすればここまで破壊することができるのか、不思議なほどに―――。

 

 

「――――――ッ。」

 

 

 明敏はあまりにも自分の知っている世界とかけ離れている景色に絶句した。ビルもなければ車もない。動物もいなければ人も居ない。その景色から連想した言葉は一つ。

 

 

 ――――――戦後。

 

 

 実際の戦後を知らない彼だが、戦争の実態は学校の授業等で勉強済みである。だから、それがどれほど恐ろしく、酷いものかは知っていた。

 

 

「・・・・日本じゃねえことは分かる。だとすれば今戦争が起こっている場所・・・・。―――南米あたりか?」

 

 

 意外にもこの状況を冷静に、心を落ち着けながら分析する。外へ出てもっと詳しく調べようとするものは、恐らく同じ状況に陥った人間ならば等しくとる行動だろう。

 

 

 ―――しかし彼はそれ以前に確認をとることがあった。

 

 

 

「そういえば葵。この宿まではどうやって来たんだ?」

 

 

 冷静にしかし冷淡に訪ねた。

 葵は何といってもただの少女だ。いくら明敏が軽かったとしても、所在のしれない場所で素性の知れない宿にたどり着けない。仮にたどり着いても中へ入ろうとはしない。

 

 

 もしかすると―――。

 

 

 冷静な男は頭をフル回転させる。顔に出さぬよう、悟られぬように、ただの質問のように、しかし警戒しているように。

 

「・・・・・実は、」

 

 瘴気のない目をした少女は答えた。

 この宿のカウンターにも見える場所で、椅子に腰を掛け眠る老人に指をさす。

 

 

「あの人がここまで明敏君を運んでくれたわ。」

 

「・・・・・・そっか」

 

 

 まるで憑き物が取れたかのように表情を緩めた男は、まるで恋人に見せるそれのようだった。

 

 ―――安堵。まさにそれだった。

 

 

「よしっ、疑問がひとつ解決したところで、」

 

 

 踵を返すように明敏は窓からドアへ足を運び外へ出た。この時表情は覚悟を固めていた。何が起ころうとも、構わないと。

 

 

 

 外の空気はお世辞にも美味しいとは言えなかった。むしろ自信を持って言える。

 

 

 

「・・・・ひでぇな・・・こりゃ・・」

 

 

 木材の焦げた匂い。土の焼けた匂い。人の―――。いやこれは言うまでもなかった。

 肌に感じる危機感。絶望感。悲壮感。五感で感じられるここはアミューズメントパークとしては失格だろう。視覚には絶望。嗅覚も絶望。触覚も絶望。ただし聴覚だけはかろうじて悲鳴や苦痛の叫びがないだけ希望だろう。

 

 ふ、と視線を横へずらした。物音がしたわけではない、ただ気まぐれに。偶発的に目を向けた。

 

「ん?」

 

 物陰に何かがいる。そう感じた明敏は目を凝らし、よく見ることにした。陰大きさは、さして大きくはない、が小さすぎない。―――人影だった。

 

 

 

「女・・・の・・子?」

 

 

 

 長い黒髪を携えて、人形のように座り込んでいた。顔や服にすすや埃がかぶっていて、言い方は悪いが見窄らしかった。

 

 

 『家なき子』

 

 

不意に頭をよぎった言葉を、大仰に頭を振って掻き消し、少女に近寄って手を差し伸べようとした。

 それは善意で。良心で。助けたいという正義感で。

 

  

「君?そこにいたら風邪ひくぜ?そこの宿で眠――――――ッ」

 

 

 本日二度目の絶句だった。人形のように座り込んでいた少女は腰掛けのようなものをひいていたのだが、腕は力なく垂れ下がり栄養が行ってないと思える程に細かった。目は虚ろでどこを見ているのかわからない。

 

 それまではいい。そこまでは。なにせ小さいが肩を上下に動かし呼吸していることが分かる。死んではいない。

 

 言葉が出なかった理由はもっと下の方。

 

 

 

(―――――あ、足が・・・・・無ぇ!!)

 

 

 

 それは拒絶感じゃない。嫌悪感でもない。―――恐怖感。

 

 

 戦争の恐ろしさは勉強した。道徳の時間にビデオで何度も見せられた。しかし映像では味わえない恐怖を明敏は自らの肌で感じていた。

 

 

 ――人間は簡単には死んだりしない―――

 

 

 どこかの誰かがそう言っていた。どこかの本で誰かがそう書いていた。しかし目の前の少女は足を失っていた。

 

 あんなに小さい少女が。明敏よりも歳の小さい女の子が。どんな人生を送ってきたのかはわからないが、きっと楽しかったのだろう。その少女の足は、地を蹴り駆け回り、一歩一歩踏みしめていた足は、失われていた。

 

 

「少年、やめなさい」

 

 

 そう言って明敏の肩に手を置いたのは、宿のカウンターで眠っていた老人だった。置かれたことで我に返った彼は自分のしようとしたことに気づく。

 

 

 

 

「その娘に手を差し伸べるのはやめなさい」

 

 

 

 そう、明敏は自分の手を差し伸べ少女を『救おう』としたのだ。足を失い体もまともに動かない、絶望しきった目をした少女を。

 

 

「なんでだよ!!目の前に救える命があるってのに!!」

 

「あの娘はもう助かることはありません」

 

 

 必死な明敏に対して、淡々と把握しているかのように告げる老人。助けたいと思っている彼には老人の行動は逆鱗に触れられた思いだった。

 

 

「私は医療に少し知識があります。なので―――」

 

「だったらッ!!!」

 

 

 勢いよく振り返り肩に置かれた手を掴む。お年寄りは優しく扱わなければいけないことは彼自身承知の上だろうが、今はそんなことなどどうでもいいようだ。ただ目の前の命を救わない医者に対して憤りを隠しきれないようだ。

 

 

「だったらどうして助けねぇんだよ!!!」

 

 

 この時ばかりは冷静ではいられなかった。ともすれば殴りつけてしまうかもしれないほど頭に血が上っていた。

 

 

「何でッ!!・・・・救わねぇんだよ!!」

 

 

 血が上っているはいるが、同時に怒気がしぼんでゆく。同情心からか、単に明敏が悪人ではないことの表れか。怒から哀へ。眉が釣り上がっていたのが、今やハの字へと変わっている。

 

 

 

 

 

「仕方がないのです。彼女自身、死を望んでいるのですから」

 

 

 

 

 

 老人の放った一言は、興奮した明敏の頭を急速に沈めた。言葉を噛み締めながら彼は少女を見やる。

 足は膝から下、ではなく腰から下。つまり股関節から下が無くなっている。

 

 ――――文字通り『脚』がないのだ。

 

 それに力なく垂れ下がった腕は感覚がないのか、虫が止まっていても振り払おうともしない。肌は白く、むしろ蒼白で虚弱に見える。目は虚ろで、明後日の方向を。否、あれは絶望の向こう側。

 

 

 

 ―――――『死』を見つめていた。

 

 

 

 誰に縋るでもなく、誰に救いを求めるでもなく。誰よりも何よりも死を欲している。

 

 

 

「・・・あ・・お、おい!ダメだ!!早く―――――」

 

 

 明敏は彼女の手を取ろうとした。救おうとした。生かせようとした。強引にでもベットで寝かせ、無理矢理にでもご飯を食べさせ生きる喜びを味あわせてやろうとした。

 この世に失っていい命はない。生きてはいけない人間はいない。助けてはいけない人間なんてない。

 

 

 しかし思いとは裏腹に腕はそれ以上進むことはなかった。

 

 

 

 

 

 ――――――サッ

 

 

 

 

 あまりにも軽すぎるそれは、人のものとは思えないほどだった。

 彼の目の前にいる少女は、まるで電池の切れた玩具のように体を横に傾けそのまま地面に倒れた。

 

 

 

「――――――ッ!!」

 

 

 

 言葉にならない叫びと怒りが喉を通らず、胃の辺りで右往左往していた。

 

 

 

 

 ―――今すぐにでも後ろのヤブ医者を殴りつけて―――

 

 

 

 しかしそれをするのはお門違いというものだった。なぜなら今倒れ込んだ少女は待ち望んだ『死』という希望を手に入れたのだから。絶望に打ちひしがれた感覚から抜け出して自由になれたのだから。

 

 

 

 

 

 死んだにもかかわらず安堵した笑顔だったのだから――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――笑顔だった。死んだってのに、笑顔だった。

 

 おやつにケーキが出たときみたいなのとは違った。好きなおかずに出会った時とも違う。誕生日プレゼントをもらった時の笑顔でもない。

 

 

 

 

 すべてを悟った断末魔の笑顔だった―――。

 

 

 

 子供はもっと遊んではしゃいで友達と喋って飯食って寝る。それが子供らしさ。

 

 

 

 ―――無邪気ってもんだろ?

 

 

 

「・・・・・ダメだ」

 

 

 こんなのはダメだ。子供が自分の死を見つめるような、そんな世界は。

 

 

「戦争は良くねぇよ、確かに良くねぇ。けど―――、」

 

 

 誰もが笑って過ごす世界ってのは夢の見すぎだ。そんな世界は長続きなんてするわけがない。十人十色って言葉が存在する限り争いは起こり続けるんだ。

 

 

 

 

 ――――――――――けど、

 

 

 

 

 

「生きることに絶望を抱く世界は、この世に存在しちゃいけねぇんだ!!!」

 

 

 

 誰に言うでもなく叫んだ言葉は、澱んだ空に飲み込まれ消えていった。

 

 

 

 ――――――プルルルルル・・・・・。

 

 

 

 しばらくの逡巡の後、明敏のポケットから小気味のいい機械音が鳴る。彼はそれを慣れた手つきで取り出し、いつもと変わらないように通話ボタンを押す。

 

「もしも―――――」

 

「あっ、どうもこんにちは先日お会いした誘拐犯です。」

 

 

 

 言うが早いか明敏は携帯を耳から離し画面を確認する。

 

 通話相手―――非通知。

 

 これはさほど驚くことはない、なぜなら以前同じことがあったのだから。だが注目する場所はそこではない。非通知自体はなんの珍しさもないのだから。問題は画面左端の方だ。左端といえば電池の残量や電波状況が確認できる。

 

 ここが南米のどこかだと考えて、紛争地域に電波塔があるだろうか。もしあったとしてこの電話は国際電話になるため料金はとてつもなく高くついてしまうのだろうな・・・という疑問はこの際どうでもいい。

 

 

 言いたいことは何故――――

 

 

 

 

 ―――――圏外であるのに通話しているのか。

 

 

 

 

 音声は途切れることなく鮮明に聞こえていたはずなのに。

 

 

「あの、この際圏外なのに通話できている理由は置いておきませんか!?」

 

 

 誘拐犯と名乗った男は携帯から漏れるほどの声で叫ぶようにいった。

 

 

「いやダメだろ!!そこは懇切丁寧に説明しろよ!!」

 

 ハァ・・と相手が大きくため息をついた。それに反し明敏は小さく息を吸い冷静になって頭の中で言葉を整理する。

 

「そういや、あの『ゲート』とかいうやつを潜った先は別世界だとか言ってなかったか?」

 

 相手が誰なのかわかっているからこそ、説明なしに話を振ったとしても伝わる確信を持って会話をする。

 

 

「ええ、ですから景色が違うでしょ?そこは異世界なんですよ。剣と魔法のファンタジックな世界ですよ」

 

「・・・・南米の紛争地域じゃないのか?」

 

 

「いいえ、違いますよ?異世界です。・・・と言ってもそれを証明する方法が今のところないんですけどね。」

 

 

 

 ―――剣と魔法の世界。

 

 

 

 その言葉が頭の中を駆け巡った。ぐるぐると、竜巻のように、渦巻いていた。嘘だ戯言だと思うことはできた。無視して受け止めないようにすることはできた。しかしそれを受け入れざるを得なかった。

 

 何故なら宮村明敏には『融解《メルト・フィーリング》』という異能力が備わっているからだ。

 

 

「そうそう、先に言っておいておきますけど。携帯の電波が圏外なのに通話ができる理由は、簡単に言うと魔法を使っているんですよ。詳しく言うと―――」

 

 

 自身に異能力が存在するのに、他の人間にも異能力がないとは考えにくい。ましてや魔法を信じない理由にはならない。故に、『誘拐犯』の台詞は一概に嘘だとは言い難い。

 

 

 

「―――聞いていますか?人の話はたとえ面白くなくても聞くのが礼ぎ―――」

 

 

「――ひとつ訊きたい。」

 

 

 

 

「・・・・何ですか?この通話のことなら後小一時間語れますが」

 

 

 電話の相手は明敏が真剣な声音で尋ねると、待ってましたと言わんばかりに少し間を置いて、胡散臭さが滲みでたような喋りで応える。

 

 

 

 

「お前は、救世主がどうのって言ってたよな?」

 

 

 

 

「ええそうですね。貴方の持つ力は世界を救います。」

 

 

 

 嘘っぽく聞こえた。まるで事前に用意された台本を読み上げているような、本心なんて微塵も伝えていないような。そんな言葉ではあったが、信じるも疑うも明敏には関係なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「俺を、―――――救世主にしてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 何の迷いも無く。嘘偽りもなく。何の台本もない。彼の、宮村明敏の心からの本心を口にした言葉だった。

 

 

 

「おやおや、正義の味方が悪党に『救世主《ヒーロー》』の極意を学びますか?」

 

 

 

 声音は少し踊っていた。それはまるで、クイズ番組で一人だけ答えを把握して優越感を味わっているような。予期した事柄に遭遇した驚愕感のような。そんな嬉嬉とした口調だ。

 

 

 

「まぁいいですよ。それに元々―――。」

 

 

 それはまるで偉そうに、自分が優位であるかのように。

 明敏が苛立ったのは言うまでもないが、それ以前に、一瞬だけ待ち望んでいたかのような声音をした理由が冷静に考えてみても理解できないでいた。

 

 

 

 

 

 

「―――――貴方には、救世主《ヒーロー》になってもらうつもりでしたから。」

 

 

 

 

 

 偉そうだった声音とは打って変わって真剣に、かつ、淡々と冷淡に放った言葉を聞くまでは―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、ルール説明の前に設定の説明をいたしましょう。」

 

 昼番組の司会者よろしく、努めて明るい口調で話を切り出す。

 

 

「私の名前は、これから高見沢陽一。敬意と愛嬌を込めて『タカミー』とお呼びください。」

 

(天地がひっくり返っても呼ばねぇよ!!!)

 

 

 心の中で叫んだ言葉はどこにも発せられることなく、心中をさまよっていた。心底どうでもいい会話に、強引にでも通話を切ってやろうかと携帯を持った手を戦慄かせながら堪えていた。

 

 

「名前のくだりは早々に断ち切って・・・。私は貴方と同じ異能力の持ち主です。いわば同類ですね。」

 

 

 同類という言葉を聞いて、胡散臭さがあふれている高見沢という男の話し方にうんざりしてき始めた明敏の心を真剣なものへと変える。

 

 しかしここで疑問ができる。顔を合わせたあの時、彼の取り出した鍵のせいでこの『異世界』へと飛ばされた。

 

 明敏と同じ異能力だとしてもこの電話を繋いでいるのは魔法―――。

 

 

「待った。お前が異能力を持ってるなら、魔法なんて使って大丈夫なのか?」

 

 

 確かな確信はない。異能力を使えるからといって、魔法を使ってはいけない理由はない。もとい判らない。使えないのかもしれないし、使えないのかもしれない。

 

 魔法は魔力を使う、とゲームなんかでは定番である。それに対して異能力はいわば特異体質のようなもの。消費するのもは明敏にはない。

 

 魔力の消費が特異体質な体に何か影響を及ぼすとも限らない。実はとんでもないものを消費することになるとも限らない。

 

 

「あ、私は魔法を使っていませんよ。何ですか?ちゃんと人の話を聞いていたんじゃないですか」

 

 

 嬉しそうに、しかし意地悪い笑みを浮かべているように答えた顔が浮かんでくる。会話を楽しんでいるようにも見えるが、こちらを試しているようにも見えるため相手の気心が知れない。

 

 

「特殊な鍵で施錠された扉を開けるためにはどうすればいいか。それはその鍵を持っている人間から鍵を借りればいいんです。」

 

 

 間髪いれずに叩き込んだ高見沢は、「つまり、横にいる魔術師に頼みました。」と補足を入れた。

 

 どうやら異能力者が魔法を使うことはできないらしいことが分かった。・・・もしくは彼自身使えないのかもしれないが。

 

「本題に戻りますよ。私の能力は『未来予想図《ビジョン》』。生き物であろうと物体であろうと、その物の終末。つまりDED・ENDまで見ることができます。」

 

 

 デッドエンドということは死ぬまで。相手の最後まで見ることができる。

 

「―――――ッ」

 

 明敏は少しばかり目眩を覚えていた。自分以外にも同じ境遇の人間がいてもおかしくはないと思っていた。だがあまりにもかけ離れていた。

 

 

(もっと漫画みたいな・・・・炎とか、・・・風とか操るたぐいじゃねえのかよ・・・。)

 

 

 思わずため息が漏れた。明敏の能力は、肩から指先までの間の部分に触れた生き物と無条件にどうかする力。遺伝子レベルで。

 

 日常には役に立つはずも無く、むしろ邪魔の一言であった。誰にも触れられない人生。下手をすると社会にすら貢献できない可能性もあった。

 それに比べ、高見沢の能力はいわゆる予言だ。占い師やテレビ出演。考えるだけでハッピーエンドまっしぐらだ。

 

 

「ですが、困ったことに自分の未来が見えないんですよね。ですから私が何時死ぬかわからないんですよ。明日かもしれないですし、今日かも知れない。」

 

 

「ですから困っているんですよね、これではおちおち外出もままならないんですよ。」

 

 

 喋り過ぎました、と我に返るように話を本題へと戻す。

 

 

「まぁ端的に言うと、私の能力《ちから》を使って貴方を正義の味方にさせるだけなんですけどね。」

 

 

 あっさりと、小学一年生の問題を大人が解くように。うっかり口が滑ってしまったかのように告げた言葉は、簡単に言っていいものかどうか疑問を覚える事柄だ。

 

「・・正義の味方に・・・・させる・・?」

 

 どう考えてもテストで答えを写させてやる。や、この勝負勝たせてやる。とは格段に違うのにも関わらず、放った言葉はそれとなんら変わらない口調だった。

 

 

 彼は世界を救う救世主《ヒーロー》にさせると言っている。

 

 

 ―――強きをくじき、弱きを助ける者に。

 

 

 ―――悪の根を絶やし、正義を重んじる。

 

 

 

 

 ―――そんな、―――――正義《ヒーロー》に。

 

 

 

 考え事をしている明敏を他所に、高見沢はコホン、と咳払い一つして話の腰を折った。流石に電話越しだったため明敏に聞こえないわけがなく、ふと我に返っていた。

 

 

 

 

 

 

「―――――さぁ、『人生ゲーム』を始めましょう。」

 

 

 

 

 まるで、生死を分けたゲームの鬼畜な首謀者の如く、悪意に満ち満ちた声で応えた。

 突拍子も無い発言に自然と明敏は緊張とともに構えた。どこから何をされても対応できるように周囲を警戒する。

 

 

「ルールは簡単。私が貴方に電話をして、どこでどんな事件が起こっているかを知らせる。それを貴方が解決する。」

 

 

 先ほどの口調とは相反して、こちらに迫って来るかのような錯覚を起こさせる、そんな気迫があった。思わず明敏の頬に冷や汗が伝う。

 

 

「いいですよ?解決したくないのでしたら、救世主《ヒーロー》なれませんしデッドエンド直行ですから。」

 

 

 

 

 

「人間、生き着く先は―――――死、ですから。」

 

 

 

 

 何故か背筋が凍った。それは話口調に理由があるのだろう。

 

 

 極端に言えば、何もせずに生きるか。死ぬ思いをしてでも世界を救う『正義』になるか。二つに一つ。

 と言っても、明敏には既に答えなど決まっているようなものだった。

 

 

 

「・・・・・・あぁ」

 

 

 この世界へ来て、一つの命が失われた時から―――――。

 

 

 

 葵が拐われ、『異境扉《ゲート》』を潜る決意をした時から―――――。

 

 

 

 

 

「・・・当たり前だ・・!・・・死の覚悟なんざァ。」

 

 

 

 彼女に告白した時から―――――。

 

 

 

 ある少女に出会った時から―――――。

 

 

 

 

 

 

「生きることが絶望でしかない世の中なんて―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がこの手で、―――――変えてやる!!!」

  

 

 

 

 

 いつの間にか士気が高ぶっていたのか、周りにも聞こえるほどの声量で叫んでいた。

 電話の向こう側は、よく言った!とも、やっと言ったかとも取れる感じで鼻を鳴らし、そうですかと話を進める。

 

 

「では、健闘を祈ります。」

 

 

 そう言って電話が切れた。後にはツーツーと発信音だけが鳴っていた。虚しいような清々しいような空気が流れ、明敏はそっと携帯をしまう。

 

 ふ、と後ろを見渡した。何か気配なるものを感じたのだろう。視界には医療の知識があるといっていた老人、そしてその後ろに瘴気のない目をした少女がいた。明敏は少女に向かって歩き出す。

 足取りは重く、けれどしっかりと方向を定めて一歩を踏み出す。勿論、知っている者だからこそ、迷うことなく突き進んでいるのだ。

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 目の前に立ちはだかる少年に対して、何かしらの疑問があるようだった。何があったのか。何を話していたのか。

 

 

 ――何が言いたいのか。

 

 けれどそれをぶつけるには少しばかり遅いようだ。

 少年は何も言わせまいと、少女の目を見据え、決意と覚悟を決めたような光が灯っているのがわかる。

 

 

 

「―――葵。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮村明敏のことはよく知っている。十年近くも一緒にいたから、誰よりも知ってる。

 

 子供ながらに喧嘩をしたことがあるし、お菓子の取り合いで口論したりジャンケンしたり。学校をサボったり、登下校を一緒にしたり。休みの日に遊んだり、食事したり。

 

 性格はよく知ってるわ。好きなものも、嫌いなものも。格好いいところも、格好悪いところも。

 

 

 

 ―――男らしいところも。

 

 

 

 貴方にはよく積極的だと言われるけど、私はただ心に正直に生きたいの。そのことはわかっていると思うけど。あの時だって貴方に会いたかったから、公園にいたんだもの。私の中の本能が明敏君を好きだと判断したの。

 

 

 だから―――。

 

 

 電話が終わった貴方は、私に一目散に歩いてた。平静を装うとしてるみたいだけど、目に決意と覚悟を表していたけど。私には、

 

 

 

 

 

 

 ―――――楽しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 そのことから考えれば、貴方が言おうとすることが分かってしまう。私は貴方が喜んでいると嬉しい、純粋に好きな人の笑顔は心が安らぐ。

 

 けど、その笑顔が私の仕業じゃないと分かると不思議と心がざわついた。

 

 ―――悔しかった。

 

 私からデートに誘った時とは違う。私から手を握った時とは違う。「ありがとう」とお礼を言われた時の笑顔とは違う。

 

 

 

 

 何よりも嬉しそうだった―――。

 

 

 

 

「・・・・・・。」 

 

 

 

 私はそのことに言葉を失っていたの。貴方は気づいてくれた?

 

 ううん、気づいてくれなくてもいい。私が気づかせてあげる。私の全てを、気持ちの全てを注いであげる。覚悟しておいて。

 

 

 

 

 

 

 ―――――私は心に正直に生きてるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――葵。」

 

 明敏の気持ちは固まっていた。心の中の答えは既に出ていた。しかし彼女の気持ちというのもある。自分の勝手な意思で決めるのは、それは我侭を通り越して、自己満足である。

 

 

 

「冷静になって聞いて欲しい。」

 

 

 

 葵が冷静でない姿を逆に見てみたいところだが、今は置いておこう。むしろ冷静なって話さなければならなくなるだろう。

 

 呼吸を整え、気持ちを整え次なる言葉を紡ぐ。

 

 

 

「ずっと俺は、心の中に大きな、叶えられないんじゃねぇかってくらいの夢があるんだ。」

 

 

「けどそれはどう足掻いても不可能に近いと思ってた。」

 

 

 ゆっくりと一言一言を噛み締めながら、自分に言い聞かせるように。

 だけどさ、と話の続きを口に出す。

 

 

 

「目の前で消えた儚い命を見て決心がついたんたんだ」

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、―――この手で、―――この世界を変える」

 

 

 

 

 淡々と、冷静に、けれど心の奥底がにじみ出ている様な感情が顕になっていた。

 

 鏡の前で自己暗示をかけるわけじゃなく。独り言のように喋るのでもなく。目の前の十年以上連れ添った少女に向けて放った言葉だ。

 

 

 

「葵にはここに残っていて欲しい。」

 

 

 衝撃のセリフ、とは言い難い。何故なら今から死ぬかも知れないことをしようとしているのだ。そんな危険な場所に大切なものを連れていけるはずがない。

 

 これは明敏が葵を愛しているが故の考えであった。

 

 

 

「ここに残って、俺の―――」

 

 

 

 

 

 

「―――俺の帰る場所を作っていてほしんだ。」

 

 

 

 まるでプロポーズをするかのように真剣な面持ちで口にしたセリフは、それと何ら遜色はない。

 帰る場所があるということだけで人の持つモチベーションは幾分も違うはずだ。

 

 明敏は未来を見て、先を見越して。少女の身の危険を鑑みて。

 

 

 

「けど、もし一緒に行きたいというなら」

 

 

 

 

 

「俺はお前の、―――如月葵の救世主《ヒーロー》になる」

 

 

 

 目元は真剣だった。今まで見せたことのないほどに。思いの重さに押しつぶされるのではないかと言うくらいに、真剣そのものだった。

 

 

「だからこの世界を救う救世主の―――」

 

 

 

 

 

 

 

「俺の、犠牲になってくれ―――」

 

 

 

 

 明敏はそっと手を差し出し答えを促す。どちらを選んでも葵の選択を尊重するよ、と言う言葉は言わずもがなということだろう。それ以上のことを彼の口が発することはなかった。

 

 当の少女、葵は顔を俯き気味に目線を下に下げ、迷っていた。彼のプライドを傷つけないような言葉を探しているのか、それともいい台詞でも考えているのだろうか。そんなものは明敏には不必要であるというのに。

 

 

 

 

 

 

(明敏くん・・・・、・・・明敏・・・・宮村・・・ッッ!!ミッチー!?)

 

 

 

 

 どうやらそれは杞憂だったらしい。瘴気のない目で何を考えているのかと思えば、明敏の『あだ名』を考えていたようだ。

 そんなことを知らない明敏は、どこかおかしいと思ったのか俯きがちな少女に「・・・葵?」と覗き込むように声をかけた。

 

 我に返った葵は顔を上げて、目を見据える。こちらも決意や覚悟の点った瞳(瘴気がないため断定はできないが)で口を開いた。

 

 

 

 

 

「―――アキッ!」

 

 

 

 

 唐突な発言。初めは誰のことを呼んでいるのかと周りをキョロキョロ見渡した明敏は誰もいないことを把握した後、自分のことだと気づき彼女へ向き直る。

 あだ名で呼んだのが思ったほど恥ずかしかったのか、頬が少しだけ朱に染まっていた。

 

 

 

 

「・・アキ・・に、私の人生の半分を預けます。」

 

 

 

 

 最早会話は成り立っていなかった。明敏は葵についてくるか、ここに残るかどうかを訊ねているのに対し、彼女は自らの人生の半分を預けると言い出した。

 混乱ここに極まれり、不意に頭の中をこの言葉が駆け巡った。

 

 

(・・・まさか、これは男で言う「お前の人生を俺にくれ」みたいなやつか・・・!?)

 

 

 と言っても自分も「俺に帰る場所を―――」とプロポーズじみた真似した、などと心では思っていた。

 しかしこれはプロポーズ返し?だとしても、文脈にそぐわない。気持ちを今この場で打ち明けたのだろうか。いや今じゃなくてもいいだろうに。

 

 

 

 

「―――結婚、してください。」

 

 

 

 混乱が混乱を呼び、もはや混沌とかした。

 

 

 

 

 

 

「・・・あの~、い、いや俺の話聞いて―――」

 

 

 

「死がふたりを分かつまで―――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「生涯の伴侶として共に生きる事を誓いますか?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 頭の中で歯車が噛み合う感覚を覚えた明敏は、心のつかえが取れたように肩の力を抜いた。自然、ため息とも、笑いともとれる小さな吐息が漏れた。

 

 なぜこんなことに気づかなかったのだろう。というよりも答えを求める必要がなかったのかもしれない、と。

 

 

 ―――伴侶。配偶者。連れ。ともに連れ立って行くもの。

 

 

 

 

「いいのか?死ぬかも知れないのに」

 

 

「うん、貴方が守ってくれるもの。」

 

 

 

 

「守れないかも・・・・しれねぇんだぞ?」

 

 

 

「貴方は―――――救世主《ヒーロー》だもの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――男性は女性には、勝てない――

 そう誰かが行った。それは口喧嘩然り。身体構造然り、――精神力然り。

 

 敵わない、コイツには絶対に敵わない。何年、何十年修行を積んでも。社会の波に飲まれようとも。身体能力や頭脳を上回ることは可能だ。男と女、それ以前に人間として越えられない相手じゃない。

 けれど、それを上回ったところで彼女に敵うことはない。

 

 

 ―――――そう確信した。 

 

 

 故に、否。だと分かっていなくても俺は、彼女に同じ質問をし、同じ行動をとっただろう。

 

 

 

 

 ――小さくて、か弱い肢体に腕を回し引き寄せて。

 

 

 

 

 

 ―――柔らかくも、暖かい温もりを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 ―――――たとえ瘴気のなくとも、俺には愛しいと想えたから。

 

 

 

 

 

 ――――――彼女の潤んだ唇に。

 

 

 

 

 

 ―――――――――そっと、口づけをした。




最後まで読んでいただいてありがとうございます。

作者の愛・茶です。

前回の話は幾分中途半端だったと思い
続編を書かせていただきました。

今回で物語、つまりアニメなんかで言うところの1話が終わったところでしょうか。
一区切りつく感じです。

ここからが彼らの冒険?挑戦?の始まり。

スタートラインへ立ったわけですね。


今回から『ルビ』というものを覚えました。
ですので前回のを読んだ方は「初心者だなぁ・・」と思われたことでしょう。

しかーし、私もルビを覚えたからには同じスタートラインに立てる!!
・・・なんておこがましいですね。


さて、執筆後の娯楽。
『美少女遊戯《エロゲ》』でもしますか


「夏咲ちゃん!!待っててねーー」
(不適切な発言があったことをお詫び申し上げます。)
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