何故ならば、今、アタシたちの前に立ちはだかっている少年。
改革者こと、ミヤムラアキト。
彼の姿は人間ではなくなっている。トラに似ているが口から突き出るような牙を持ったトラをアタシは知らない。故に、トラではないのかもしれない。
もしくは彼の住んでいたところには、こういう動物も居たのかもしれない。真実は分からないが。
問題はそこではない。
アキトが動物と融合するのは、何度か目の当たりにした。だから今更驚く必要はない。
アタシが言いたかったのは、そういうことではない。
ミヤムラアキト。『改革者』の外面ではなく、内面だ。
性格ではない。人柄ではない。考え方ではない。
彼自身のことだ。
――――――存在だ。
アキトの実態が薄れている。文字通り、存在が薄いのだ。
影が薄いという言葉があるが、そうではない。
肉眼で確認できるほどに、『実態』はある。が、彼は何かが『薄れて』いた。
脳が錯覚を起こす。
目で確認すれば、アキトは実際に存在する。確認できる。だが、アタシには彼が薄れているように見える。
――――――矛盾。
そう、見えているのに見えない。なんの不思議現象なのだろう。最早、彼は幽霊に近いのだろうか。
だとすればアキトは近いうちに死ぬのだろうか。いや、それは有り得ないだろう。
アタシの持っている占いの技術を使って彼を観たが、ミヤムラアキトという人間には妙な手相があったからだ。それで分かったことは――――――
彼は、絶対的な強者にして、絶対的な王の気質をもった者。
何をどう足掻いたところで、アキトは勝利するということ。彼の言う「救世主になる」というのは、自分の未来を暗示しているということだった。
アタシは恐ろしかった。
アキトの中にある白い、真っ白い炎のようなものが――――――。
彼の、改革者の中に浮き彫りになりつつある不確定要素の何かが――――――。
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「葵、絶対俺から離れんなよ!」
鋭い爪、茶色い毛並み、鋭い目付き。そしてなにより、口から突き出た長い牙。正にサーベルタイガーそのものだ。
氷河期世代に存在したと言われる動物だが、宮村明敏の力を持ってすれば容易く融合できてしまう。
「うん、わかったわ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたの?。」
明敏は困惑した。
確かに、大量の敵に囲まれては困るのは当たり前だ。ましてや誰かを守りながらの戦闘は彼とて経験が少ない。
故に、どう動けばいいのか分からない――――――のではなかった。
「・・・・・いや」
「ん?。」
明敏は後ろに居る葵に視線を移す。
彼の制服をしっかりと掴み、離れないようにしっかりと掴まっていた。
「それだと戦いにくいんだけど・・・・・・?」
「だって、離れるなって。」
「そういう意味じゃねぇって・・・・・・」
ふざけているとしか思えない葵の行動に呆れた明敏だが、さすがと言うべきか、頭の回転が速い彼は、それを好機と言わんばかりに側に居るミケへ視線を移す。
「ミケ!!こい!!」
「・・・・・・・・・」
だが、ミケは心ここにあらず。只、一点を見つめ立ち尽くしていた。
「おいっ!!ミケ、聞いてんのか!!?」
「・・・・・え?」
明敏がもう一度問いかけると、寝起きのように虚ろな声音で答えた。余程気になることがあったのだろうか。だが今の彼にはそれを追求する時間はない。
「・・・・・・しょうがねぇ」
そう呟いてミケの腰に手を回し持ち上げる。
「・・・・え・・・・・えぇぇぇ!!!?」
我に返ったミケは状況が読み込めないかのように驚いていた。が、そのリアクションの最中、体が浮遊感に襲われた。
――――――跳躍。
明敏はミケを抱え込み、葵を側に引き寄せその場から飛び上がった。
「こんなに群がってたのかよ?」
空から見下ろすと、如何に自分の周りが囲まれていたかが手に取るように分かった。まるでアイドルを見つけたファンのようだった。
いつの間にこれ程までに有名人になったのだろう、と思うほど一箇所に人が集まっていた。
綺麗な放物線を描きながら華麗に空中を舞い、地面へ着地した直後。明敏は二人を離すことなく全速力で走り出した。通りにゲンゾウを視界に収める。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ゲンゾウは、無言で頷き見送った。
明敏は彼の意図する回答が分からなかったが、先に行け、と言う意味だと解釈し、なりふり構わず走った。
脱兎、否、脱虎のように――――――。
「・・・・・・はぁ・・・・・・・はぁ・・・・」
息を切らせながら、明敏は備え付けのベッドに倒れ込む。まるで長旅の疲れを癒す旅人のように。
「アキ、大丈夫?。」
「・・・・・・・だ・・・・・大丈・・・夫」
息を整えるために深呼吸をする。胸に手を当て強引にでも落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
幾分落ち着いたのか、横たえていた体を起こし葵たちに向き直る。
今現在、明敏たちのいる場所は、西の街へ行く道中にあった宿屋の一室。
『改革者』という言葉を聞いた者達が、こぞって明敏に襲い掛かった。その者達から一心不乱に逃げた結果、敵の目を掻い潜るためには、適当な場所へ身を潜めたほうが適切だと判断したのだ。
つまり、今この一室には三人居る状態だ。
明敏。葵。ミケ。
「・・・・にしても、何時から俺は――――――」
――――――狙われているんだ。
そう言おうとした瞬間、明敏の思考がそれを封じた。何故なら、彼には狙われる理由が思い当たるからだ。
――――――貴族の救出。
――――――ジェラードとの一戦。
――――――異例な速さで広まった噂。
どれも良い方向へ解釈すれば善人の善行。しかし、それらを悪い方へ解釈すれば悪、とまではいかないが、果たして善人と言えるだろうか。
魔術を使っているわけではない。異能な力を使い、化物のような技で救世主と名乗る『改革者』。
これを聞いて、世の中で一体幾つの人間が彼を『救世主《ヒーロー》』と思えるだろうか。
「・・・・・・・・・・」
「アキ?。」
心配そうに明敏を見つめる葵。外傷は見当たらないところを見ると、もっと別の部分が危険なのかもしれない、彼女はそう思った。
しかし実のところは傷の問題ではない。彼の存在の問題なのだ。
「心配ないぜ?俺は平気だ」
強がりに見えるそれは、誰が見ても明らかだった。
――――――悩み。
色々な感情が渦巻き、頭の中で幾つもの一問一答があったことを物語っている。
そんな彼に、今まで黙っていた少女が言葉を発する。
「アンタは別に心配しなくてもいいんじゃない?」
ミケの言葉には様々な思いがあった。
彼女は明敏のことを把握している。それは性格や、過去の記憶ではない。
――――――明敏自身のことだ。
ミケは知っている。彼の中にある白いものを。彼の知らないものを。
「そんなことより、アンタは自分の力のことをもっと知るべき」
「俺の・・・・・力?」
「アンタの持ってる能力」
明敏は自らの手のひらを見る。確かに自分自身、これで留まらないのだろうとは思っていた。自分の中に芽生えた『殺意』。白くて純粋な殺意。
果たしてそれが何を意味するのか、彼は把握していなかった。否、把握したくなかった。
「ミケ。お前には何が見えたんだ?」
明敏はミケが占い師だと知っていて問うた。相手を見るだけでその者を占える程に彼女に技術があることを。
「俺には、それが―――。
―――自分を変えてしまうかもしれねぇって思うんだ」
それは、いい意味ではなく――――――。
「お前には、どう見えたんだ?」
恐る恐る問う明敏。
自分の中にある底が見えない、得体の知れない白いものに恐怖を抱かずにはいられなかった。
しかし、その白いものが自分の中にある以上避けては通れないのだろうとも思っていた。
「・・・・・・・炎」
ミケは小さくそう答えた。
「え?」
「炎・・・・・、真っ白い炎。
すべてを飲み込むような、すべてを塗りつぶすような――――――
何色にも染まらない、真っ白な――――――炎」
「――――――っ」
「それがアンタの中にあるもの」
明敏は言葉がなかった。
自分の抱いた『殺意』は、白い炎。それが彼の中に有り、それが彼を恐怖させ、あまつさえそれが自らの能力と繋がっている。
「・・・・炎・・・・・・」
反響するように明敏の口から、そう言葉が漏れた。
「しかも、その炎は最初に出会った時より大きくなって強くなってる」
「なっ――――――」
言葉が詰まる。
最近出てきたのであれば、彼も仕方ない、と諦めるだろうが、彼女と出会った時からということは、明敏は初めからそれを持っていた。
確かに明敏の過去は壮絶なイジメのみである。
普通ではありえない異能力を持ち合わせているせいで、同級生からは迫害を受け、近所に住む隣人には恐怖され、母親以外に優しくされた記憶などなかった。
ただ一点、如月葵を除いては。
そんな生活だったが、明敏は一度たりとも誰かに対して殺意を抱いたことはなかった。自分を恨んだことはあるが、殺意はなかった。自分の生まれを後悔した事はあるが、殺意はなかった。
しかし、本人の知らない部分では抱いていたのかもしれない。
――――――殺意を。
それを隠すように『救世主《ヒーロー》』を名乗っているのかもしれない。
それを出さないように『偽善』を装っているだけなのかもしれない。
そんな思いを彼の聡明な頭脳は認識してしまう。
「・・・・・っ!!」
握りこぶしを強く握り、悔しさをにじませる。
最初から自分が殺意を抱いていたことに。そのことに気づいていなかったことに。救世主はそれを隠すための偽善だと、頭の中で解釈していることに。
「・・・・・・・・・・・。」
そんな葛藤に苛まれているというのに対して、一人の少女だけは完全に蚊帳の外だった。
「・・・・・葵・・・」
明敏は葵に視線を向けた。様々な気持ちが溢れそうになった。しかし何を言えばいいのかも分からなかった。
「どうしたの?。」
小首を傾げる葵に愛おしさを感じつつも、その実、自分の中に『殺意』が存在しているだけで、その感情さえも装うための『偽り』なのかもしれない。
「・・・・ごめん」
口をついたのは謝罪。それ以外は発さなかった。発せなかった。
それを聞いた葵は、彼に近づく。しかし、明敏は近づかせたくなかった。殺意を抱く自分に彼女を染まらせたくはなかった。
触れれば融合する宮村明敏の腕。
そして今存在する『真っ白い炎』。もしかするとそれは、すべてを消し去るものかもしれない。
愛するものを失いたくはない。その感情が葵を遠ざけてしまう。
「・・・・・・・・・っ」
それでも構わず近づく葵。それを拒絶するように後ずさりする明敏。両者は一歩も譲るつもりはなかった。しかし――――――
「っ!!!」
思いは葵の方が上回っていた。
後ずさりする明敏に向かって大きく飛び込んだ。
「――――――っ」
明敏は飛び込む葵に触れぬように避けようとした。しかし、飛び込んだ彼女は一体どう着地をするつもりなのだろう。この状況で葵が後のことを計算に入れているとは思えない。そう明敏は解釈した。
「馬鹿っ――――――」
明敏がそう口をついたとき、身体は咄嗟に受け止める体制を取った。
それは『偽善』ではない。『偽り』ではない。彼の、彼女を助けるという『反射』だった。
ゆっくりと、まるで優しく抱きしめるように受け止める。彼の懐へ飛び込んだ葵は強く腕を体に回す。
「大丈夫、アキ。
私はどんなことがあっても貴方の見方だから」
彼女はそう言った。明敏にしか聞こえないほど小さく、諭すように囁いた。
「貴方が殺人鬼になってもいい。犯罪者になってもいい」
まるで彼の気持ちを汲んでいるかのように。
「――――――私は貴方の見方であり続けるから」
「・・・・・・・・・・」
明敏は葵こそ、一番の謎だと思った。だが、それもまた惹かれる要因なのだろうとも思った。
「・・・・・・・・・ありがとう」
彼の心の底から出た言葉だった。『偽り』はない。装いもない。無意識からくる『反射』の言葉だった。
「でもね、殺人鬼になったのなら私は最後に殺してね」
彼女の言葉に首をかしげる。何故最後なのだろう、そう思った。もし自分ならば最愛の者に最初に殺して欲しいものだろうに。勿論、殺人に限らずだが。
「貴方の記憶の――――――最後に残っておきたいから」
胸に埋めた顔を上げてそう答えた。心なしか彼女が微笑んだ気がした。
「・・・・はぁ・・・・やっと見つけたぞ、小童」
声の方に振り向くとそこにはゲンゾウが立っていた。息を切らしているところを見ると疲弊しているようだった。
恐らく、明敏を探すためにあちこち回ったのだろう。
「小童、行くぞ」
真剣な趣で明敏を見据え、手を差し出した。ついてこい、と言っている。怪訝に思い、手を取る前に口を開く。
「どこに?」
「言ったろう、――――――取り戻す、と」
その言葉ですべてを察した明敏は、抱きしめた葵を離し、ゲンゾウの元へ行った。
ゲンゾウは決着を付けに行くのだ。
自分の造り出した物を取り戻すために。
―――――――――自分の蒔いた種を枯らすために。
明敏は先ほどの悩みなど無いかのように、目の色を変える。
彼の中には『真っ白い純粋な殺意』が存在する。それは最近出てきたものではなく、最初から存在していた。
故に明敏は、下手をすると人を殺す可能性がある。
しかし――――――
『自分は救世主《ヒーロー》だ』
そう言い聞かせ。そう偽って。そう偽善者ぶって。
それでも、『死ぬ』ことを希望だと思うしかないこの世界を――――――。
『生きる』ことを絶望だと思うしかないこんな世界を変えるために、明敏は戦い続けるのだろう。
例え、それが無駄なことだとしても。只の無謀なことだったとしても。
宮村明敏は、そう――――――決意したのだから。