救世主になりたい男の顛末   作:愛・茶

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肆章~誕生~

 

 

 改革者、宮村明敏が最後に目にした恋人の顔は―――――

 

 何にも比喩することができないほどに―――――

 

 何をどうすればそうなるのかわからないほどに―――――

 

 

 

―――――――――笑顔だった。

 

 

 

「・・・・・・なぁ・・・・・」

 

 

 静寂が空気を重くする。膝から崩れ落ちた明敏は、地面を濡らしながら、声音を震わせながら、独り言のように呟いた。

 

 

「・・・・俺は・・・・・・・・・俺は・・・・・・・ちゃんと・・・・・・笑えたかなぁ・・・?」

 

 

 悔しさに拳を握り締める力も入らないほどの壊れた明敏。地面に寝転ぶんじゃないかと思うほどに壊れた明敏。その光景を見たミケは目に涙を浮かべながら、何もしてやれない自分に嘆いていた。

 しかし、一人だけこの光景を待ち望む者がいた。

 

 

「さぁ、しっかり見ておくといいですよ?」

 

 

 小綺麗に着たスーツに、清潔感のない髪。白々しくも薄っぺらい、しかし信憑性も垣間見える口調で、高見沢陽一は口を開いた。

 

 

「見ていろだと?貴様!生みの親と言っていたな―――――――――」

 

「すべてを白く消し去る男が、

 遺伝子レベルで同化することのできる能力を持った男が、

 

 

人間と同化するところを―――――――――」

 

 

 怪訝に思ったゲンゾウは、崩れ落ちた明敏に視線を向ける。

 地面に膝をつき、肘をつき、泣き崩れる男。

 彼は今、能力を発動していて、体を炎で包まれている。そして一人の少女を炎で消し、彼の周りに、消し炭のような白い粉にも似たものが宙を舞っているのが、今の現状だ。

 しかし、その白い粉がまるで生き物のように、明敏の体へ集まっていく。引き寄せられるように。吸い寄せられるように。

 

 

「なんだ・・・・・・・あれは・・・?」

 

「ふっ、始まりましたね」

 

 

 崩れ落ちた男は、水を得た魚のようにゆっくりと立ち上がる。

 

 

「改革者、救世主と呼ばれる人物は今日を持って死にました」

 

 

 

 真っ白い炎を全身に立ち上らせながら―――――――――

 

 

 

「そして、誕生するのです」

 

 

 

 青い髪に瘴気のない目で、相手を睨みつけ―――――――――

 

 

 

「人間を超越し、生き物を超越した存在―――――――――」

 

 

 

 拳を胸に当て、呟く。

 

 

 

「染色体X《クロス》―――――」

 

 

 

 

「―――――ミヤムラアキトという生物が」

 

 

 

 

 男の腕が一瞬にして曖昧になる。白い炎なのか、人の腕なのか。そして男は続けて口を開く。

 

 

「融解《メルト》―――――」

 

 

 彼の腕が何かと同化し、遺伝子レベルで溶けていき―――――

 

 

 

「―――――結合《フィーリング》」

 

 

 

―――――――――金属の触手へと結合した。

 

 

「・・・!!・・・・それは・・・・私の・・・!!」

 

 

 ミシャルは驚愕を露にする。自分の使う召喚魔法で生み出された触手を、アキトが簡単に出したのだ、無理もない。しかし、だからと言って驚いてばかりもいられないのも事実。アキトの味方を、無関係な人間を殺してしまったことは気がかりだが、戦場に踏み入れたのだから仕方ない。そう思うことで自分の心を押さえ込んでいく。

 

 

「・・・・・くっ・・・・・・召喚《サモン》!!!」

 

 

 ミシャルは叫び、自分の周りに触手を出現させ攻撃体制を整える。

 アキトは瘴気のない目つきで、目の前の敵を睨みつける。腕の金属の触手は、まるで生き物のように蠢いていた。ともすれば、捻れるように巻き付きドリルのように形状を変化させた。

 

 

「別段、貴方と戦う気はない。でも―――――」

 

 

 平坦な口調でアキトは身構え、地面を勢いよく蹴り上げる。ある程度距離を保っていた両者の間をアキトは一瞬で縮める。まるで、初めから距離など空いていなかったかのように。

 

 

「そっちが殺る気なら、俺はそれでも構わない」

 

「―――――っ!!!」

 

 

 突き上げるように放たれた攻撃をミシャルは間一髪で躱す、が、完全に避けきれなかった為、頬を掠め血が滲む。そしてアキトは畳み掛けるように廻し蹴りを浴びせる。勿論、避けきれるはずもないミシャルは、諸に喰らい後方へ飛ばされる。そこでアキトの攻撃が止むはずもなかった。彼は地面を蹴り、飛ばされたミシャルの元へ飛び込む。空中で狙いを定め、腕の触手で彼女の腹を貫く。

 

 

「―――――あ・・・・・か・・っ・・・・・!!!」

 

 

 勢いがあったのか、抵抗もなくアキトの肘あたりまで貫いていた。

 血が流れる。地面を赤く染める。

 行動一つ一つに無駄のない動き。これが生物を超越した『ミヤムラアキト』の力なのだろう。

 ミシャルは思った。

 自分はここで死ぬのか、と。

 化物を怒らせ、無関係な人間を殺し、腹を貫かれ、呆気なく死ぬのか、と。 そんな現実は嫌だ。仕事を遂行しなければ、家族を養えない。弟や妹が死んでしまう。

 私は助けないと。

 

 家族を―――――。

 

 自分を―――――。

 

 生きるために―――――。

 

 

「わ・・・・たしは・・・・・・ま、負け・・・・られない!!!」

 

 

 ミシャルは力を振り絞るように、無数の触手をアキトに突き刺していく。

 腹に、足に、肩に、腕に、首に、頬に、口に、耳に、鼻に、目に、頭に、眉間に―――――。

 しかし、そんな行動が彼に通用するわけもなかった。

 

 

「こんな・・・・・とこで・・・・死ね・・・・ない・・・・!!!」

 

 

 搾り出すように声を発するミシャル。

 彼女には成し遂げなければならない理由がある。

 プライドを捨てても。体を売っても。魂を売っても。命を捨てても。

 家族を救う、という目的のためならば、彼女はすべてを捨て去るのだろう。そう、人生を生き抜いてきたのだから。

 

 

「救う・・・救う・・・・救う―――――!!!」

 

 

 これでもかと言わんばかりに触手を召喚し、アキト目掛け突き刺す。無意味だと分かっていても。

 アキトの体を纏う白い炎が一層燃え上がる。彼を突き刺す触手が炎に呑まれ存在を消していく。まるで初めから無かったかのように。

 

 

「私は―――――!!!家族を救う!!!!そのためには何でもしてきたんだ!!こんなとこで―――――こんなとこで!!!」

 

 

 魔力が尽き果てようとも、この体が朽ち果てようとも、必ず殺してみせる。

 ミシャルの目にはそんな思考が漏れていた。それに気づいたのか、アキトは静かに、ゆっくりと口を開き言葉を発する。

 

 

「貴方には、もう救えない」

 

「―――――――――っ!!?」

 

「手遅れだから」

 

 

 平坦な口調から放たれた言葉に、ミシャルは絶句する。しかし、すぐに怒りがこみ上げ攻撃を再開する。

 敵のはずの男に。

 化物のはずの生き物に。

 肝心な時に助けてもくれない偽善者のくせに―――――

 

 

「知ったふうな口をきくなァァアア!!!!」

 

 

 ミシャルはアキトの顔面めがけ拳を叩き込んだ。只の拳ではない。触手によって槍に形状を変化させた拳だ。頭を貫かれ、生きていられるわけがない。そう彼女は確信した。しかし、現実は甘くはなかった。

 

 

「あ・・・・・・・・?」

 

 

 アキトの顔目掛け放ったはずの拳。当てられなかったとしても存在しているはずの拳が、肘から消えていた。元から存在していなかったかのように。

 

 

「―――――・・・・・ぁぁあああああ!!!う、・・・・うでがぁあ!!!!」

 

 

 恐怖で理性を失うミシャル。無様の一言だった。目から涙が流れ、恐怖に堕ちた表情。命乞いや、抗う気力をすべて根こそぎ奪われた『人間』の表情。

 アキトにはそれが何を意味するかわかっていたが、そうなる理由に見当がつかなかった。生き物を超越した彼には、最早、通常の『人』の感覚を理解こそできるが、共感することができなくなっていた。そう、ミヤムラアキトは―――――

 

 

―――――すでに、『人間』ではないのだから。

 

 

「貴方は、既に失っている。

 

 ―――――自分自身を」

 

 

 アキトは囁くように、呟くように、しかし、諭すように口を開いていた。

 

 

「でも、大丈夫。何もかも、俺が変える」

 

 

 すべてが壊れたミシャルはそう言うアキトの瞳を見た。そこには瘴気のないはずなのに、揺ぎ無い思いと決意。覚悟と信頼。全てをこの男に委ねてもいいと思えるような、任せてもいいような、そんな光が見えていた。

 

 

「・・・・・・・」

 

 

 言葉が発せないほどに疲弊した心。それでも彼の言葉には信憑性があった。

 この男には何でもできる信頼がある。そうできる力がある。

 ミシャルは恐怖に堕ちた表情を緩め、涙を流した。それは怖いからではない。命乞いをしているわけではない。死を覚悟しての悲しみではない。

 

―――――嬉しさだった。

 

 何の気兼ねなく、何の咎めもなく、心のつっかえも無くなった彼女。そして今、ミシャルは自由になったのだ。

 

 

「ごめん、戦う気がないといったけど―――――」

 

 

 アキトは真っ白な炎を彼女の体へ纏わせる。まるで燃やすように。

 

 

「やっぱり、葵を殺したことは許せないから―――――」

 

 

 ゆっくりと存在を消していくミシャルは、最後の最後まで、自由になれた幸福と、自分の役目を任せることができた高揚感で、笑顔のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静まり返った街道。

 ここで激闘が繰り広げられたとは思えないほどだ。

 

 

「行こう、西の街に」

 

 

 平坦な口調で話しかけるアキト。青い髪は恐らく彼女のものなのだろうと推測できる。

 そんな姿を見たミケ、ゲンゾウは言葉を選ぶように口を開くのを渋っていた。だが、先に開いたのはゲンゾウだった。

 

 

「小童、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫、だけど―――――」

 

 

 アキトはひとりの男へ歩み寄っていく。それは―――――

 

 

「先に話を聞かせてもらう」

 

「おや、完全体へとなると口調が柔らかいんですね。それともその口調は葵君の―――――」

 

「―――答えろ」

 

 

 高見沢陽一の言葉を遮るようにアキトは一歩前へ踏み出し、彼の胸ぐらを掴む。無表情に近い彼の目には怒りが点っていた。それもそのはず、ミヤムラアキトの大切な人を殺したのはミシャルではなく(結果的にそうなるのかもしれないが)、この高見沢なのだから。

 今にも殺してしまいそうな気迫に動じることなく、高見沢は口を開いた。例にも嘘とも本当とも取れない口調で。

 

 

「何が知りたいのですか?この世界の現状ですか?これから起きる事件ですか?それとも―――――」

 

「何故葵を殺す?」

 

「それを聞いてどうす―――――」

 

「邪魔さね、あんたは」

 

 

 その時、高見沢の左肩が黒い球体によって打ち抜かれた。肩は無残にもなくなっていた。

 アキトは声のする方へ視線を向けると、そこには『同類』がいた。

 

 

 

「やっと会えたね、融解・結合《メルト・フィーリング》保持者。

 

 

 私ァ待ちくたびれたよ、

 

 

―――――四百年間」

 

 

 

 

 『破壊神《マギノ・ブレイク》』保持者。羅美亜が―――――。

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