「ようやく会えたねぇ・・・・・融解・結合《メルト・フィーリング》保持者。
四百年間、待ちくたびれたよ」
不敵に笑うその笑顔には、嘘偽りのない『喜び』の表情が見て取れた。嬉しそうに、物欲しそうに、待ち侘びたように口を綻ばせる女性は、自らの周りに黒い球体をまとわりつかせる。
「羅美・・・亜・・・・?」
異能力『破壊神《マギノ・ブレイク》』保持者・羅美亜だった。
声のした方に振り返るアキトは、表情を変えることなく言葉を続ける。彼女の存在は知っているが、なぜこの場にいるのかは知らない。
「どういう事?」
「おや、何だい?教えてないのかい」
「これはこれは・・・・羅美亜・・・・・まさか、ここに・・・現れるとは・・・思いませんでしたよ」
羅美亜の異能力で肩を消し飛ばされた高見沢は、痛みに耐えながら、薄っぺらく、白々しく嘘を言い放った。
「そうかい、事前に連絡したはずだけどねぇ?」
「時間が早すぎませんか?」
「気が変わったのさね。
時間は決まった道筋には進まないもんだからねェ」
二人の間には計り知れない剣幕があるように見えた。まるで計画と違う行動をとっているような、そんな感じだ。恐らくこの二人は手を組んでいるのだろう。そうアキトは思ったが、同時に疑問があった。
何故組む必要があるのか。
羅美亜の場合、アキト同様、救世主になりたいわけではないだろう。仕事だとすれば尚更、高見沢と組み、こなす仕事とは何なのだろう。
答えの見えない迷路にはまる前にアキトは質問を投げかけた。
「ひとつ聞きたい。
―――貴方の目的は?」
アキトは平坦な口調で、無表情で、高見沢にそう切り出した。高見沢は一度笑みを零し、察したように口を開く。
「私の目的―――ですか・・・・・・。的確な質問ですね。理にかなってますよ?下手に質疑を繰り返すよりも合理的です」
勿体ぶるような物言いに動じることなく、返答を待つアキト。人間を超越し、生物を超越した彼には、最早『ストレス』と呼ばれるものはないのだろう。
「目的は複数ありますが、まぁこの場合・・・・・・
―――人物の安全―――ですかね?」
「その人物は―――――俺か」
「やはり話が早い。『完璧』にもなればその言葉だけで把握できてしまうんですね?」
白々しくも薄っぺらい口調に、嘲笑うような態度を加えアキトを見据える高見沢。彼の額に流れる冷や汗と肩口の怪我を見る限り、正気を保つのがやっとなのだろう。長話をしてしまうと、肝心な話を聞き出せないと思い、アキトは最短で話を進める。無駄な掘り下げは、こちらにとって不利だからだ。
「貴方が以前にも言っていた俺の『独裁者』への未来。
それと、俺への救世主《ヒーロー》の助言は関係が?」
簡潔に、かつ、相手に話を把握させするように、アキトは言葉を厳選する。
「おや、手短に済ませるように言葉を選ぶとは。
しかも、私にちゃんと把握できるようになっているとは―――――」
「―――――長いっ!!」
「―――――っく!!」
しびれを切らした羅美亜は、高見沢のアキレス腱に黒い球体を貫かせた。激痛からか、それともアキレス腱が無くなったせいか、高見沢は口を閉ざし、片膝を付いた。
「ここを自警団が通るからって時間稼ぎかい?
それに炎帝《フレイムエンペラー》が来たところでどうなるってんだい?」
苦虫を噛み潰したように悔しがる高見沢。彼のそんな表情を見たのは初めてだ、とアキトはその時思った。
未来を見ることができる異能力を持ってすれば、羅美亜の攻撃など避けることができるだろに。しかし高見沢の異能力は自分の未来が見ることができない。だが、それでも把握することはできるはずだ。それができないということは、もしかすると彼女の動きは高見沢の能力をも上回る程に一脱しているのだろうか。
疑問を振り払うように、アキトは羅美亜を見据え、
「貴方は何か知ってる?」
「私かい?当たり前さね、何せコイツと仕事してるからね」
羅美亜は高見沢を指差して言った。恐らく、未来のことを多少なりとも教えてもらったのだろう。それ故に、彼に予測できない動きができるのだろう。
ならばと、アキトは質疑の矛先を変える。
「代わりに答えて」
「いいよ、でも―――――」
羅美亜の表情が一転して変わる。
戦闘狂の、戦いに飢えた化物の、据え膳を食う獣の、ぎらついた目つきに―――――
「その前に私と喧嘩な?殴り合いな?戦いな?殺し合いな?
私の夢の為に―――――」
「何故?」
こういう人間にこの質問は愚問だと分かっている。しかし、今のアキトには問うことしかできない。何せ、彼には戦う理由も、戦わない理由も、断る理由も、受け入れる理由もないのだから。
「それは勿論、―――――好きだからさね」
「戦いが?」
当たり前の返答。誰がどう解釈しようとも、話の流れを見れば一目瞭然だ。しかし、羅美亜が動かした口からは、
「いいや」
「まさか―――――」
薄ら笑みを浮かべた口からは、アキトも絶句する言葉が発せられた。
「あんたが好きなのさね。融解・結合《メルト・フィーリング》」
「・・・・・」
「傍にいたい、抱きしめたい、頬ずりしたい、キスがしたい。
何せ唯一、私を殺せる人間だからね」
「だったら、戦えない」
アキトは戦わない理由を見つけた。断る理由を見つけた。自分を好きだと思っている人間とは戦わない。例えそれが恋心でなくとも、愛であったとしても。
羅美亜に背を向けるように歩き出すアキト。しかし―――――
「貴様ァ!!!!」
アキトの横を誰かが通りすぎる。だが、彼はその何が通り過ぎたのかを確認するよりも先に、目の前に映った光景を目撃した。
「―――――っ!?」
そこにいた赤を基調とした服に身をまとった少女。ミケの姿が異様だった。
「頭が・・・・・羅美亜―――――」
疑問と怒りを混在にするように勢いよく振り返るアキト。だが、絶望はそれで留まる事はなかった。
今度は、羅美亜の前で倒れている人物。いや、もはや人物と呼ぶには足りない箇所が多すぎた。
「ゲン・・・・・さん・・・・・」
先ほど通り過ぎた人物はゲンゾウだった。しかし、今となっては下半身のみとなる彼は、『ゲンゾウ』としての存在ではないだろう。
今の瞬間、たった数秒、否、それ以下の秒数で二人の人間を殺せる羅美亜。
躊躇いもなく―――――、
慈悲もなく―――――、
一片の迷いさえもなく殺した。
疑問を口にするのも馬鹿馬鹿しくなる程に呆気なく殺してみせた。
「まどろっこしいのは嫌いでねぇ。
これで、戦えるだろ?ア・キ・ト?」
「・・・・・・・ふざけんな」
腹の底から、怒りをあらわにするアキト。そういう彼の肩に、腕に、膝に、腹に、胸に、首に、黒い球体は貫かれていた。だが、そんなものはアキトにとって意味のないこと。体中を真っ白い炎で包み込んで消し去る。まるで初めから無かったかのように。
「テメェらは誰かから何かを奪わなきゃ戦えねぇのか!!」
「こんな結果を生んだのはあんたのせいだろう?」
アキトは瘴気のない目で睨みつけ、歯噛みする。これが、こんな結末が自分の生み出した結果なら、自分の選んだ選択肢がそうさせたなら。こうならざるを得ない運命ならば。そんな宿命ならば。
「だったら、俺はあんたの人生を終止符《ピリオド》に変える!」
「テメェが仲間を殺すなら、俺は―――――」
白く燃え上がる炎は、悲しくも儚く、脆くも美しく、復讐や怒りや憎しみに燃えながら、ドス黒く澄んだ球体へと闘志を燃やす。
「あんたの命を―――――殺す!!」
「さぁ掛かって来な?私を殺すために」
アキトは勢いよく地面を蹴り上げ、音もなく羅美亜との距離を縮める。彼女もそれを知ってか知らずか、一歩、後ろへ下がる。距離を縮めたアキトは羅美亜へ拳を叩き込む。しかしそれは、黒い球体によって阻まれる。アキトの拳は削れるように無に換えった。
「そういえば、葵ちゃんを殺した理由を知りたがってたねぇ?」
「・・・・」
羅美亜は敵の注意を引くように話し始める。しかし、今のアキトにはそんな挑発まがいな行動は意味をなさない。
アキトは無くなった拳を、自らの炎で再生させる。
「知りたいかい?」
「・・・・」
黙秘。
しかし、実際のところは聞きたい。だが、今の状況を鑑みればそれどころではないのだ。それに、羅美亜を倒したあとでも高見沢に聞けば済む話だ。故に、今この場で聞き出す必要はない。そう判断したアキトは、右腕の炎で金属の棒を創り出し構える。攻撃体制は万全だった。
「葵ちゃんは死ぬ運命にあったのさね」
「当たり前。いずれ寿命が来る」
馬鹿馬鹿しい話だ、とアキトは一歩距離を詰める。
「そうじゃなくて―――――」
ここでアキトは疑問を抱く。
如月葵は、見た目は人間だ。しかしその実態は機械、アンドロイドだ。幾ら機械といえど寿命はあるはずだ。だが、その寿命はおそらく長いだろう。通常の人間より。しかし、高見沢が「人間」に近づけるように造ったのならば、寿命も通常の人間と対して差はないのかもしれない。
もしそのことを言っているのならば羅美亜の言葉の意図はわからない。まさか、人間に寿命があることがわからないわけではないだろうに。
「あんたの、ミヤムラアキトという生物の進む未来には―――――
―――――葵ちゃんは居ない」
「―――――っ!!」
驚きにアキトの動きが止まる。
―――――如月葵は居ない。
どういう意味なのか。存在しない。死ぬ。もしかするとアキトの方が長生きをして、葵が早々に寿命が尽きて死んでしまうのだろうか。そんな思いが彼の頭の中を支配する。
「現実はもっと残酷さね。一から全部説明する必要かあるのかい?
『完璧な』あんたに?」
ミヤムラアキトの思考は全力で回転を始めた。
葵の必然された死。
完璧な生物『ミヤムラアキト』
救世主になる宿命。
別世界で独裁者になった明敏。
高見沢の造り出したアンドロイド。
ヒントを上げればキリがないが、アキトの推理はこうだ。
「俺がこの世界へ飛ばされた理由は、独裁者にならないため。独裁者になれば世界を崩壊させるから。
葵を連れて行かせたのは、俺が『完璧な生物』になるため。恐らく怒りか何かだろうけれど。
高見沢の言った「人物の安全」。つまり、俺がこの世界へ行けば、元いた世界が平和なままだし、俺自身がこの姿になれば死ぬことはないし、救世主《ヒーロー》にもなれる。
利害が一致する。違うか?」
アキトの言い分は、多少強引な部分もあるが矛盾する部分はない。しかし、羅美亜は薄ら笑みを浮かべたまま口を開いた。答えを述べるように。口から絶望を告げるように。
「―――――二十点」
「―――――!?」
「穴だらけじゃないかい。
独裁者にならないため。救世主にするためにこの世界へ飛ばしたのは当ってるけどねぇ。
じゃあどうして、あんたを『完璧な生物』にする必要があんのかい?
どうして葵ちゃんを連れて行かなきゃいけないのかい?
あの娘はアンドロイドなんだろう?高見沢の造ったモンだろう?誰かが腹を痛めて、生んだもんじゃないんだろう?
じゃあどうして造る必要があったのかねぇ?」
アキトは言葉を失った。突き詰めれば確かに彼女の言い分は正しい。半ば強引に推理した事柄には疑問だらけだった。そして、その穴を埋められるほど彼には情報が無い。否、知らない。疑問だらけだ。何から手をつければ良いのか分からないほどに。
「何故・・・・・・何だ・・・・・・何で・・・・・?」
アキトはうわ言のように口から言葉が漏れる。
それもそうだ、幾ら完璧な生物になっていたとしても、それ故の頭脳を持ち合わせていようとも、情報が少なすぎれば頭を抱えるのも無理はない。
それを知ってか、羅美亜は笑みを崩すことなくアキトを見据える。まるで一人だけ正解を知っていて優越感に浸っているかのように。
「しょうがないねぇ。説明してあげようかね・・・・」
呆れるように肩を落とす羅美亜。
「実は葵君は貴方の―――――――――」
「死にぞこないは黙んな?」
高見沢の口出しを制するように黒い球体を数発貫かせた。勿論、その一つは彼の脳天を貫いていた。
「殺す必要はなかったはず」
「今からは私の独壇場さね。それにアイツが死んでも第二、第三のあいつは生きてんのさ」
何をおかしなことを言っているのだろうとアキトは思ったが、人間に近いアンドロイドを造るような人間だ。今の高見沢が影武者であっても不思議はないだろう。
「そういや、言うの忘れてたけどさ。覚悟しな?」
「何を?」
羅美亜は思い出したように手を合わせアキトに問う。一体何を覚悟しろというのか。不条理な結末ならば既に味わっている。そして、アキトはそれを受け止め『完璧な生物』へと生まれ変わっている。これ以上に残酷な運命があるというのだろうか。
「もしあんたが真実を知ったら、苦悩するだろうね?
―――――――――自分の不甲斐なさに」
「勿体ぶる必要はない」
アキトは痺れを切らすように説明を促した。羅美亜はやれやれ、と言わんばかりに首を横に振る。しかし、彼女もこれ以上の引き伸ばしを好んでいるわけではないようだった。
「それじゃあまず初めに。私を含め、異能力者は三人いる」
「俺と羅美亜、さっき言ってた炎帝《フレイムエンペラー》?」
「お、話が早いねぇ。そうさね、緋乃崎太陽っていってね?アンタにゃ敵わないバケモンがいるのさね」
自分以上の化物の存在。
それを聞いたアキトは、何かの間違いだろうと思った。が、しかし、現に目の前には全てを黒い球体のみで「無」に変えるような化物がいるのだ。居てもおかしくないと推測するのが妥当だろう。
「まぁ、異能力者についてはする必要はないね。ともかく、融解・結合の話を済ませないとねぇ」
「俺の能力?」
「そうさね、その能力には弱点がある。それはアンタが知りたがってた答えを導く為に必要な事柄―――――――――」
羅美亜は淡々と説明を始めた。
融解・結合。
真っ白い炎に包まれたものをすべて消し去る異能力。
生物。物質。形状。状態。質量。それら全てに関係なく消し去り、同時に己の一部として用いることができる能力。際限がなく、無限に、永遠に使用することができる。
自らの存在を曖昧にすることで自分自身を消し去ることができる。つまり、『曖昧』にできるということは、傷も『生』でさえも曖昧にできる。
現に、ミヤムラアキトは『不死身』である。
正確には、寿命が曖昧で、『生きている』のかが分からない状態なのだ。
「それは知ってる。自分自身のことだから」
「そうかい?じゃあ、その能力を使いすぎるとどうなるか知ってるかい?」
使いすぎ。
今までアキトは限界まで使うことをしたことがない。むしろ、彼の能力に限界があるのかさえ疑問だった。
「―――――自我の崩壊―――――
あんたの人格が無くなんのさね」
アキトの能力は謂わば、コップに入った水。そして消していったものはその水に入れる不純物。
水の中に少量の砂糖を入れれば只の砂糖水。むしろ水の割合が多い分、まだ水なのだ。しかし、そこから砂糖を大量に入れ続ければ、水に砂糖が溶けなくなってくる。コップの底に溶けなくなった砂糖が溜まり、それが続けばいずれ『水』はなくなり、砂糖だけが残る。
融解・結合とはそういうものだ、と羅美亜は例え話を交え説明する。
アキトは自分の手のひらを見つめ、思案した。この手で消したものはどれくらいあったのだろうかと。どれほどの人間を消したのだろうと。だが、その思考もすぐに別の疑問で打ち消された。
「それと、俺の知りたがった事柄と一致する部分は?」
「そこで出てくるのさね。
―――――融解・結合の弱点が」
「弱点・・・・・」
「ずばり、―――――孤独さね」
「・・・・・・・」
自らを不必要と感じてしまうと自己崩壊を始めてしまう異能力。『孤独』には人間を鬱にまで追い込む力がある。しかし、今のアキトにはその感情はない。何故なら、完璧な生物だからだ。
「そうか!葵は俺にとって『足りない』者。それを吸収したから『完璧な生物』になった。完全になれば孤独に悩まされる必要がない。何せ『完璧』だから」
人間は常に『繋がり』を求める生き物。群れを成し、独りで生きていくことを善としない。なのに、自分の領域を作り、そこに他者の介入を許さない。矛盾に悩まされ、矛盾で生き、矛盾を抱える。しかしそれを当たり前に捉え、それがあたかも正解だと言わんばかりに行動をする。
―――――それこそ『不完全』だ。
だが、完全となったアキトと言う生物は、他者の繋がりを必要とせず、独りで生きていくことに何の抵抗もない。自分の領域を作らない。矛盾はない。
一つ。
ミヤムラアキトは二人の人間が、お互いに無いものを持った者同士が一つの生物となり『完全』へとなった。
「そう。葵ちゃんはあんたが完璧な生物になるための促進剤だったのさね」
「色々理解できた気がする」
葵があの時、高見沢に投げ飛ばされた理由。
救世主。
融解・結合。
この世界へ飛ばされた理由。
すべてが点と線でつながり、一つの結論へと導く。
「つまり、アンタには仲間は要らないのさね。孤独でいい。独りでいい。
『異能力者』には、繋がりこそが不必要なものなのさね」
「質問を一つ」
羅美亜が勝ち誇るように微笑む中、アキトは無表情に、平坦な口調で彼女に疑問を投げかけた。それは根本的な、かつ、革新的なものだった。
「この能力は―――――人工的なもの?」
「―――――っ!!」
ここにきて初めてであろう羅美亜の絶句。それはまさに核心に突いた質問なのだろう。彼女は一瞬だけ返答に戸惑いを見せ、しかしすぐに答えを返した。
―――――それは知る必要はない。
羅美亜から返って来た言葉はそれだけだった。
私ァ幸せもんだねぇ・・・・。
掛け替えのない絆を結び。
その絆を強めながら旅をして、最高の別れ方をした。
そして、大好きな、大好きな男と再会して。
心置きなく戦える。
ん?なんだい?秘密を教えろ?
ああ、いいさね。教えてあげるよ。何たって大好きな男の頼みだ。聞かないわけがない。
ん?何だいその推理?間違ってるよ?
何が違うかって?
―――――全部さね。
でも、それが当たり前さね。
知らなくていい。何もね?
アンタがすべて知れば、それを変えようと奮起するだろう?私ァそれが一番怖いのさね。融解・結合が悩み、苦しみ、呵責に苛まれながら一生を過ごすんだと考えるだけで、胸が苦しくなるよ。
今、アンタに教えたのはほんの七割さね。いいや、それで十分なのさね。十割知れば苦しむからね。
現に私も十割知って苦しんでるのさね。
どうしてこうなった?
どうしてこうした?
何故私なのか?
苦しいよ?苦しいさね。当たり前だろう?世界の全てを知ったって、何もできない。することを許されない。
でも、私ァ構わないね。アンタに会えたから。再開できたから。
今、この瞬間、この時のミヤムラアキトにね?
嬉しいよ。この『全て』に生きる、どの生物の中でも唯一私の願いを叶えてくれる生き物だからね。
―――――私を殺せる『人間』。
知ってるかい?私ァ不死身でねぇ。この異能力を手に入れてから寿命が『無』になったのさね。だから死ねない。
でも、あんたなら私を殺せる。そういう能力だからねェ。
だから、思う存分やっとくれ?仲間の恨み分、思いっきり。
私の人間性がなくなるまで―――――。
西の街へ続く街道に、激しい戦闘が繰り広げられていた。
それは二つ。人数は二人。
そう、たった二人の戦いだった。
一人は自分の欲望のために―――――
一人は殺された仲間の復讐のために―――――
「どうしたんだァい?いくら喧嘩ができなくても、その能力があれば怖くないだろうにィ」
長い黒髪を後ろで一つ結びにした女性は、黒いスーツを身にまとっていた。
異能力『破壊神《マギノ・ブレイク》』保持者。羅美亜は、不敵に笑みを零しながら戦いを楽しみながら、自身の体を漆黒に染めながら、黒い球体を無数に、雨のように飛ばす。
「融解《メルト》」
青い髪をなびかせながら無表情で平坦な口調の少年は、学ランの前を全開けに腕まくりをしていた。
異能力『融解・結合《メルト・フィーリング》』保持者。ミヤムラアキトは、自らを真っ白い炎で包み、迫り来る無数の黒い球体を消し去っていく。まるで初めから存在しなかったかのように。
「結合《フィーリング》」
その掛け声とともに、アキトの纏っていた炎が一点に集結していく。そして、彼の腕が漆黒に染まっていく。まるで羅美亜のように。
「ものまねかい?そんなんじゃァ本物は超えられないよゥ!?」
羅美亜は心底楽しむように頬を緩ませ、アキトに一歩踏み込んだ。一瞬と呼ばれる時間で距離を縮め、腹に拳を打ち込んだ。打ち込まれた部分は爆ぜ、消え去る。しかし、アキトには通じるはずも無く、爆ぜたところは真っ白い炎によって曖昧になり、傷はなくなる。
アキトは負けじと彼女に向かって漆黒に染まった拳を叩き込む。しかし、そこは羅美亜、爆ぜて消え去った部分に黒い球体を埋め込んで傷を『無』に換えした。
「ふふん♪」
「・・・・・・・」
自慢げに微笑んだ羅美亜。それを合図に肉弾戦が繰り広げられた。お互いに拳がぶつかる場所は爆ぜ消える。
羅美亜は消える部分に黒い球体を埋め込み『無』に換える。
アキトは消える部分を真っ白い炎で曖昧にし消し去る。
一歩も譲らない戦い。お互いが主張し合うように拳を打ち込み、ぶつけ合い、爆ぜていく。爆ぜて『無』に換え、爆ぜて消し去る。もはやイタチごっこだ。
「ハハッ・・・・アハハハハハハァァ!!楽しいねェ!!?」
「・・・・・・・・」
「こんな気分は初めてさねェ!!こんなに全力でェ殴り会える相手に出会えるなんてェ!!私ァ幸せだァねェ!!」
長年待ち続けていたかのように、喜びを表す羅美亜。
四百年。
彼女にとっては待ちに待った、待ちに待ち続けたことなのだろう。今まで、これほどに戦える相手がいなかったのだろう。自分を理解してくれ、自分を恐れずに近づいてくれる相手。自分の全てを委ねても問題が生じない相手。そんな相手がいたアキトには彼女の今の心境が痛いほどわかるだろう。
彼もまた同じなのだから―――――。
「全力を出してンのにィ!!殺す気満々なノニィ!!死なナイナんてェ~!!何デダイィ!!どウシテダイィ!!?」
羅美亜の目つきが、表情が次第に崩れていく。
楽しそうに、戦うことに喜びを見出していた顔が、次第に狂気的なものへ変わっていく。
喜から―――――
悦から―――――
―――――狂へ。
「死ねよ・・・・・シネヨ・・・しね、死ね死ね死ねシネシネシネシネシネ・・・・・」
羅美亜は漆黒の球体をアキトへ貫かせる。その数は無数。雨のように降らせ彼を襲った。しかし、それは無意味なことだ。例え彼女の能力で爆ぜさせたとしても、アキトは真っ白い炎で全てを消し去っていく。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねしね・・・・・・・・」
うわ言のように繰り返す羅美亜。もはや狂気だった。彼女の目は見開いたまま、アキトを見据える。口は歪んだように微笑み、恐怖すら感じる。
嫌な予感を感じたアキトは、羅美亜から距離をとる。彼女はゆっくりと、ふらつきながら、確実に地面を踏みしめて近づいてくる。熱にうなされているようにも見える姿には、以前の羅美亜の面影はなかった。
飢えた獣―――――
化物―――――
「いや―――――戦闘狂」
戦いに飢え。戦いを好み。戦いに生きる。今の彼女には戦闘以外の選択肢はないのだろう。それは彼女の目つきが、表情が物語っている。
「破壊神《マギノ・ブレイク》。寿命を『無』に換え、人間性を『無』に換える」
もはや、全てを『無』に換えた羅美亜を救う方法はないだろう。つまり、さきほど行っていた彼女の望み。それは―――――
「だったら、俺が貴方の人生をここで―――――終止符《ピリオド》に変えてあげる」
アキトは自分の右腕を真っ白い炎で包みこむ。その拳に全力を注ぎ込むように。
彼の全身が炎に包まれ、大きく燃え上がる。一つの火柱のように。
羅美亜はアキトの行動に気づいたのか、それとも気まぐれか、自分の周りに漆黒の球体を無数にまとわりつかせる。まるで、自分の身を守るように。
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネェェエエ!!!」
アキトは一歩大きく地面を蹴り上げた。距離をゼロにするわけも無く。自らの足で一歩一歩、、踏み込んで羅美亜へ走り込んだ。彼女もそれに習うように走り出す。
「融解、全開崩壊《フルバースト》!!」
漆黒の無数の球体の雨と、真っ白の燃え上がる炎が激しくぶつかりあった。
お互いの力がぶつかり合う。
お互いが爆ぜ合い、消し合い、再生し合う。爆ぜては消し、爆ぜては再生する。
破壊と再生を繰り返し、消失と再生を繰り返し、消えては戻り、戻っては消えることを繰り返す。
そして、真っ白い炎がすべてを包み込んだ。
「大丈夫、これですべて『変わる』から―――――」
「・・・・・・・・・・・・」
白く燃え上がる大地の中、腕の中で微笑む彼女は満足気にこの世から消え去った。
「・・・・・・・・・・」
風の音が虚しく響く街道。
一人の少年、否、一つの生物は、立ち尽くしていた。
「残すは、―――――あと一つ」
ミヤムラアキトは静かに、只々一つの場所へと向かっていった。
そう、物語の原点でもあった『西の街』へ。