救世主になる前の―――
定められた運命の、始まりの物語である。
ぼくの将来の夢。一ねん二くみ、宮村あきと。
ぼくの将来の夢は、こまっている人を助けてあげられるようなヒーローになることです。スーパーヒーローみたいに『よわきをたすけ、つよきをくじく』みたいに、だれかを助けるような人になりたいです。
ぼくのこの手にある『能力《ちから》』はそのためにあるのだと思います。だから―――――
ぼくは、この世界を救うヒーローになるのが夢です。
小学一年生。
現実を知らない頃の俺は、そんな夢見がちな事をクラスの前で大々的に発言していた。若気の至りなのは分かっている。俺にとっては黒歴史だ。おかげでこの発言を期に苛められるようになった。
「おい、バケモノ!!」
「キメェんだよバケモン!!」
「何で生きてんの?」
言葉は様々だ。ただ、全部が全部、俺に向けられた罵詈雑言で、悪意があり、鋭さがあった。一度だけ、自殺を考えた時があった。幼いながらに滑り台の上から落ちれば楽になれると思っていた。無論、馬鹿な考えではあったが、頭から落ちればただでは済まないことだけは分かっていた。誰とも交流を示さず、ひたすら勉学に励んでいた当時の俺には、そんな余計な知識だけが積み重なっていたのだ。
「この高さから落ちればきっと・・・・・・」
天国へ行ける。いや、地獄だったかもしれない。親より先に死ぬと地獄にも天国にも行けずその境目を生き続けるのかもしれない。それでも、幼い俺が行動に移してしまうほどに追い詰められていた。だから、俺は下校中にあった公園の滑り台の上に登り、地面までの距離を確認し、飛び降りた。心の中で母親に謝った。ごめんなさい。何度も何度も、反省はしたが後悔など感じなかった。死ね死ねと言われ続けた俺の心は既に壊れていたのだろう。死への恐怖は感じず、今から頭を打って、血を流し、出血多量で死ぬんだ、そう思っていた。
楽になれる、ただそれだけを求めて―――――――――
だが、俺の体はしばらくの浮遊感を味わったあとにくる衝撃を味わうことはなかった。あるのは何かに支えられている安心感と温もりだった。俺の体は見ず知らずの女性によって抱え込まれていたんだ。
「ふぅ・・・・あっぶなぁ・・・・大丈夫?」
そう言って俺を見た女性は笑顔だった。これ以上ない安心感に満ちた笑顔だ。俺はその笑顔に見とれる前に彼女から離れた。何せ俺の手には無条件に発動する『融解《フィーリング》』があるのだから。人に触れられない、触れたくない。一度それを経験したことがある故に、拒絶するのだ。
「あれ・・・・嫌われちゃった」
残念そうな顔をした女性を尻目に、俺は急いで家に帰った。何故かこの場に居続けたくなかった。自殺現場を見られたからか、それとも無意識のうちに人間恐怖症にでもなっていたのかわからない。だが、一刻も早く一人になりたかったんだ。そしてその日は何も喉を通らなかった。
俺を助けた、否、邪魔をした女性は、聞くところによると教育研修生のようだった。たまたま通りかかったところが自殺現場だった、そんなところだろう。しかもよりによって俺のクラスを担当することになっていた。
「初めまして、教育研修生の戸神遥です。
好きな言葉は『友情・努力・勝利』、よろしくお願いします」
少年漫画から現れたような暑苦し―――元気のある人だった。笑顔が絶えず、いつも笑っている印象だった。俺なんかとは正反対な人種だ、そう思っていた。だから、彼女には近づいていくことはなかった。
相変わらず、虐めは続いていた。
席に戻る際、足を引っ掛けられたり、給食の時間、わざと俺の目の前で零したり、トイレの最中、上から水を掛けられたりもした。だが、一番嫌だったことは、その虐めに対し俺自身が『慣れ』始めたことだった。ある意味恐怖さえ感じていた。だがそこで―――――――――
「コラッ!何してんの!!」
「げっ!ヤベっ」
「逃げろっ!!」
研修生の戸神先生が現れた。自殺の現場を見られた、という罪悪感と虐められるさまを見られた、という後ろめたさもあって、逃げようとした。しかし、戸神先生は俺の前に立ちはだかり、
「待ちなさいっ!!」
俺は咄嗟に足が止まった。彼女の目が真剣そのものだったからなのか、その目に威圧感なるものがあったのかわ定かじゃないが、俺は彼女に対し逆らわないのが賢明だと判断した。
「君は、宮村・・・・アキト君・・・?」
恐らく、昨日のことを言われるのだろうと覚悟していた。何せ、幼子が自殺する瞬間を見たのだ、なにか一言を言わざるを得ないだろう。大人ならばそれが当たり前だ。子供が危ない行為に身を投じたならば、それがいけない事だと教えるのが大人の役割だ。しかし、彼女の言葉は違った。
「どうして、あの子達に良いようにされてんの?」
俺は我が耳を疑った。戸神先生は、昨日のことなど無かったかのように俺を叱った。
何故反撃しないのか。
何故言われて反論しないのか。
真剣な面持ちの彼女には、その言葉に嘘偽りはなかった。俺も図星を突かれていたから、何も言わなかった。それに対しても叱られた。
「ねぇ、イジメってさ?虐められる方にも非があるとか言うけど、それってただのエゴだと思わない?絶対に虐めてる方が悪いもん。だけど、私はさぁ、それに一理ある人間なんだよね・・・だって―――――」
戸神先生は俺の目の高さまで屈み、顔を見て話し始める。だが、俺は素直に耳をかせるほど、正常ではなかった。もう既に壊れている録音機にいくら音声を吹き込んでも正常に作動する保証はないのだ。だから、意味のない説教は不必要だった。だが、彼女の言葉はいずれ俺の変える要因となった。
「『虐められる』からいけないんだよ。
お互いに『虐め』合えばそれはもう―――――仲良しでしょ?
友情は見返りを求めないけど、与え合うもんでしょ?」
彼女の考えは、ただの『仕返し』だ。しかし、一理ある思考だった。虐められる人間に原因があるのは、『返し』がないからだ。一方的に虐め、何もしてこないから付け上がるのであって、『仕返し』が待っているのならば人は何もしないのだ。それでも虐めてくる人間は、『仕返し』に楽しみを抱いているということだ。与えることも受けることも容認している。それは最早『友情』に近いのだろう。
「まぁ、すぐに立ち向かえってのも難しいよねぇ・・・・
あっ、それじゃぁ―――――」
彼女は持っていた小さいポシェットから、一冊の本を取り出した。表紙には改造した学ランを着た男が描かれていた。髪は金髪。いわゆる『不良マンガ』だった。
「これ、私のお気に入りなんだけどさ?貸したげる」
半ば強引に手渡された。この時の俺は漫画を読んだことがなかったため、正直気分は乗っていなかった。だが、俺はこの漫画を今でも覚えている。
県内最強と言われる不良がいる高校に入学した主人公が最強を目指す、謂わば王道の不良漫画だ。勿論、熱い友情なんかもある。一人称が『俺』、全員口調が悪かったことを覚えている。俺はその漫画の登場人物に、一種の憧れを抱いていた。だからこそ、俺は母親にこの漫画を買って貰えるようにねだったこともあった。
「ぼ―――おれ、変わって見せ―――変わってやる!!だから!!」
「わかったわよ。でも、ちゃんと勉強もするのよ?」
「もちろ―――当たりめぇだろ!!?」
「フフッ・・・」
母親は嬉しそうに頬をほころばせていた。息子が成長するのが嬉しいのか、塞ぎ込みがちな俺が明るくなったことに喜んでいたのかはわからないが、俺は見る見るうちに漫画にのめり込み、それを体現し始めていた。口調を変え、態度を変え、髪を染めた。
「いやいや・・・・それはやりすぎっしょ・・・?」
「い、いいだろうが!これが個性だバカ野郎!!」
一回、保護者を呼ばれ、三者面談をされたこともあった。しかし、俺自身悪事をしたいわけじゃない。むしろ、何もしていない。只、周りへの印象を変えただけだ。謝らなければいけないのなら謝るし、反省しなければいけないことには素直に反省をする。見かけは『不良』かもしれないが、俺自身は『俺』のままなのだ。喧嘩なんてしたこともないし、殴り合いなんて以ての外だ。むしろ、俺には『殴り合い』ができない。異能力がある限り。だが、俺への周りの印象は確かに変わった。虐める人間はいない。かと言って怖がる人間もいなかった。俺自身、怖がらせるためにしているわけじゃないのだからそのあたりは別にどうということはない。ただ、相変わらず『触れ合えない』のはネックだった。
下校途中、俺はいつもの公園で寄り道をしていた。特に何をするわけでもなかったが、そこで時間を潰していた。これも漫画に書いていたことをそのまま真似しているに過ぎなかったのだが。だが、今回はその真似事も役に立ったのかもしれない。何せ、目の前で数人の見知った男子が女の子を囲んでいたからだ。
「何持ってんだ?」
「貸してみろよっ?」
その見知った男子の一人が女の子から何かを奪った。ぬいぐるみだ。お世辞にも可愛いと言えないカメレオンのぬいぐるみだ。絶対に忘れられない思い出だ。俺はその時、無意識に足が動いていた。正確には俺の中にある何かの『衝動』が、駆り立てるように足を動かしていた。俺の目に映っていたのは女の子の『涙』だった。
腕を使えない俺は、吸い込まれるように蹴りを繰り出し、一人の男の首元に抉るように入り、地面に叩きつけた。
「何してんだゴラァ!!」
俺の繰り出した蹴りのせいか、発した言葉か、目付きのせいかわからないが、倒れている男を引きずってその場を去っていった。
地面に落ちたぬいぐるみを拾い、女の子に手渡すと泣いていた表情が一転、笑顔に変わり
「・・・ありがとう」
幼いながらに、可愛いと思ったのを覚えている。そして彼女は手を差し出した。何のことか戸惑っていると、彼女は続けて口を開く。
「・・・・お友達・・・・・に・・・・」
それは只の握手だった。きっとこの時なのだろう、彼女が俺に好意を抱いたのは。だが、この時の俺は『触れ合う』ことを拒絶していた。いくら見掛けを変えても中身まではそう簡単に変わらなかった。だからこそ、握手以外の方法で彼女に答えたかった。浅知恵の頭をフル回転させ考えていた時、彼女が俺の手を強引にとって握手した。
「―――――っ!!」
「・・・・お友達」
驚きとともに拒絶反応を示した。異能力が発動してしまう、と。だが、それは何時になっても起こらなかった。体の中に入ってくる感覚はなかった。あるのは手に伝わる小さくて、柔らかく、暖かい感触だけだった。
「・・・・・な・・・・何も・・・・起きない・・・・?」
不思議な感覚だった。今までは、触れれば発動する能力だった。にも関わらず今は発動していない、する気配もない。きっと、彼女には何か特別な力があるのかもしれない、と思っていた。俺と同じように、不思議な力が。
「どうしたの?」
「い・・・いや、なんでもねぇよ」
そう思い込んでいた。
それから、俺は一生彼女の味方でいようと決意した。同じ『同類』として。
如月葵のただひとりの『味方』として―――――。
強く握った手を離すまいと、幼いながらに思っていた。