「一泊あたり、50ユーロになります」
「え・・・?」
「50ユーロになります」
「えっと、あのぉ・・・ジュエルではなくてですか?」
「はい、ここではユーロです」
北の街から移動し、宿を求めて東の街へと辿り着いた私達は、今、最大の壁にぶち当たっている。それは、単価の壁だった。
「東の街じゃあユーロ以外の単価は無いに等しいさね」
「どうしてそういうことを先に言ってくれないかなぁ!」
宿に泊まれなかったら、私達また野宿しなきゃいけないというのに。
「お姫様ならそれくらい周知の上だと思ったんだけどねぇ?」
私もユーロが世界共通単価だということは知っているが、他の単価が東の街で通用しないのは知らなかった。だが、羅美亜の言い方には嫌味が込められているように感じた。
「すみません、この辺りで為替ができる場所はありますか?」
「あるにはあるんですが・・・」
店主は言いにくそうに言葉を渋っていた。何かあるんだろうか、それとも、彼が知らないだけだろうか。いや、幾ら何でもこの街の住人が知らないわけがない。
「あの・・・何か言いにくい事情でもあるんですか?」
「それが、何しろ治安が悪い街ですから・・・言いたい意味は分かりますよね?」
「え、ええ、まぁ何となくは」
要するにこの街に為替場があったとしても出来るかどうかは分からない、ということだろう。
何せ、治安が悪ければそれだけ窃盗などが多いと言うことになる。
「だから、この街に銀行が見当たらないんですね?」
「ええ、お恥ずかしながら・・・」
私は店主に為替場の場所だけを教えてもらうことにした。親切にも簡易的な地図をいただいた。
「それじゃ、行こっか」
「御意」
「・・・・」
あれ?もう一人の気配が無い。普通ならここで一言言うだろう人物の声がしなかった。
「あれ?羅美亜は?」
ローズに問いかけると首を傾げ、知らないことをアピールしていた。
改めて辺りを見回すが、見知った顔は見当たらなかった。それらしき人物もだ。
「また消えた・・・」
私は頭を抱えた。
また、彼女は予告なしに何処かへ姿を消した。最近は大事な時期だからとか言って、仕事はないと言っていたのに、やっぱりあったんじゃん・・・。
「それじゃ、探しに行こっか?羅美亜を」
「御意」
「効率を上げるためにも、二手に別れようか」
「危険地帯、団体行動推薦」
「そうだけど、効率を考えないと」
「不許、危険」
ローズの言い分も分からなくもない。
私が男ならば襲われるとしても、窃盗くらいで上手く立ち回れば怪我をする心配はないだろう。だが、実際私は女だ、一番狙われやすく、襲われやすい。ましてや、相手が男とくれば何をされるか分からない、力の差もあるのだ、為す術もないだろう。
それが無力な者ならば、の話だが。
「大丈夫だって、私には、ほら?」
そういって掌に稲妻を走らせる。
現に私には親譲りの超能力がある。『電撃』という名の超能力だ。電気を発生させるという至極単純な能力ながら、私は既に父親を超えるほどに威力は高いのだ、どこぞのチンピラ程度なら気絶させるのは簡単だ。
「だから、別行動でいい?」
「・・・」
ローズは訝しむように思案し、言葉を選んでいた。これだけでは彼女の首を縦には振れないようだ。ならば――――――
「あ~あ、一人にしてくれれば、お買い物してくるのになぁ」
「・・・・」
聞こえるように独り言を呟き、反応を見た。まぁ、これだけで首肯してくれるとは思っていない、肝心なのはこの後だ。
「そしたら、何かプレゼントでも買ってこようかなぁ?」
「・・・・・(ピクッ)」
彼女の耳が微かだが動いた気がした、反応したんだ。
「ついでにご褒美もあげ」
「汝、考案、了承」
掛かった!
「え?いいの?別行動は危険なんじゃ?」
「不承不承」
「ローズはどんなご褒美が欲しい?」
「・・・・・」
ローズは口元に手を当て思案する。一番有難い褒美を模索しているんだろう。額には汗が滲んでいた。そんなに決まらないのかな・・・。
「多欲、不決」
「そ、そうなんだ・・・、じゃあ決めといてね」
「御意」
「だからって、助けて欲しい時は、ちゃんと助けてくれないと、ご褒美は無しよ?」
「御意、承知、快諾!全力守護ノ所存」
よし、これでローズは別行動をしてくれるだろう。
私は彼女と別れ、単独行動をした。
何故こんなにも単独行動を好んだかというと、一つは、単純に一人になりたかったのだ。
何かにつけてローズと羅美亜は私の後を付いてまわっていた。羅美亜は使い魔だから、一緒なのは分かるし、ローズも私を好いている、とても気持ちはありがたいのだが、それでは私のプライベートがなくなってしまうのだ。
だから、ほんの数十分位は一人で居たかったのだ。
そしてもう一つあるのだが、これまた純粋に買い物がしたかったのだ。つまり、あの独り言は強ち間違いではないということだ。
「さて、ゆっくり探索しようかなっ」
私は、そんな飛び跳ねるような気持ちを抱きながら、鼻歌交じりに街へ繰り出した。
だが、私はすぐさま気付いてしまった。最大の壁が目の前にあることを――――
(お金・・・・使えないじゃん・・・・)
はぁ、これだったら為替をローズに任せておけばよかった・・・、単純な奴め、バーカ。なんて思ってたけど、私の方が単純にバカだった。
「買い物は後にしよう・・・先に為替場に行って・・・」
項垂れる私は、覚束ない足取りで為替場を目指す。
だが、そこで私の視線は引き寄せられるように何かを捉えた。そこにいた人物、見覚えも面識もない後ろ姿に、私は妙な感覚を覚えていた。
人がごった返すほど多いわけではないが、その中でも異彩を放つようにその人物は立っていた。
自然、体は動いていた。話しかけるように、近づくように足は動いていた。
「あ、あの~」
振り向くその人は、狙われているかのようにすぐ様臨戦態勢をとり、私に視線を合わせた。
可笑しな服装をした人だった。
黒い服、羅美亜とは少し形状の違う服。ボタンで留められるのであろう前を全開にして、腕まくりをした格好、そしてブロンドと言うには上品さのない金髪。だが、この街にいる悪人と同じ雰囲気は無かった。むしろ、彼はその者たちを罰する位置の人間のような気がした。
「・・・・・」
臨戦態勢を崩さない彼をなだめるように、横からもう一人の人物が現れた。
青い髪に、白を基調とした服。まるで彼と対照であるかのようだった。
「―――――――――」
私はその時の会話を覚えていない。多分、羅美亜について居場所を尋ねていたと思う。その途中で、現れた赤い髪の少女が怒りに燃えていた理由はわからなかった。だが、二つ分かったことがあった。
青い髪の少女の瞳(こう言っては何だが、死んだ魚のような目をしていた)を見る限り、人間ではないのだろうと思った。私に羅美亜が居るように、彼の使い魔だろう。
それ以上に、金髪の彼はどこか、奇妙な感覚がした。と言っても、言葉が出てこないのだが、とにかく不思議な感覚がしたのだ。
私はローズのように目鼻がいい訳ではないが、どこか違う人間のような匂いがした。
「――――――と、伝えてください」
そそくさと逃げるようにその場を後にした私は、自分の高鳴る鼓動を認識した。
これは、恋心や疲労からくるものではない。
これは、自分でも理解している。
――――――私は、彼に恐怖している。
得体の知れない不思議な感覚、同じ人間と思えない匂い、この二つから導き出される結論は恐怖だ。もしかして、あの人が羅美亜の探していた人物だろうか?それを調べるのは簡単だ、さっき別れた彼に羅美亜の事を聞けばいい。だが、それを聞く勇気を私は持ち合わせていない。
恐怖を抱くもののところへ行けるほど、私は出来た人間ではないのだ。
真相は分からないけど、とにかく、私は早く両替をしよう。ここで時間を使っている暇はないのだから。
「後で羅美亜に聞いてみよ・・・」