「――――加速する!!」
男の懐に、電撃の槍が突き抜ける。弾けるような音と、人の身体が焼けるような匂いが辺りに広がる。
嫌な感触だった。
自分の手に、肉を断ち切るような感触が残っていた。幸い、手に血は着いていなかったが、きっと一生消えない傷が残るだろう。
「ッ!!?」
「ローズ・・・私は・・・」
ローズは目の前で血を流し、亡くなって行く大切な人を見て言葉をなくしているだろう。
かく言う私も、そんな彼女に何と声をかければいいのかさえ見つからないでいる。
残念だった。
ご愁傷様。
ごめんなさい。
どの言葉も、私が言うべき言葉じゃない。言う資格すらない。
それでも、何か言ってあげたい。彼女の為、と言うよりも自分自身のためだろう。
「・・・・」
振り向けず、口も開かず、声も出せず、只、立ち尽くす以外の選択肢は見当たらなかった。
殺人を犯した人たちが逃げたくなる気持ちが良くわかった。
――――逃げたい。
振り返らずに一目散に駆け出したい。
そんな衝動を抑えつつ、勇気を振り絞って振り返って見た。
結果はわかっている。
だが、これからどうなるのかはわからない。
それでも、ローズにはちゃんと面と向かって話し合おう。
それが、大人と言うものだ。
「・・・・っ・・」
立ったまま動くことのない恋人に視線を向けたまま、ローズは固まっていた。
目は見開かれ、まるで、見たくもないものを見ているような表情だった。
私も彼女のそんな顔を見ていられなかったが、それでも、私は近づいて行った。
「ローズ・・・」
「姫・・・娘・・・」
彼女はこちらに視線を一度向けると、もう一度彼の方へと戻した。何かされるのだろうと思っていた私は、身構えたが、同時に疑問が浮き上がった。
何故彼女は何もしてこないのだろう。
勿論、して欲しいとは思わない。だが、暴言の一つや、暴力の一つされたところで、私には何もする権利は無いのだ。只言われるまま、されるがままに、彼女からの報いを受けなければならない。むしろ、その権利だけはあるのだ。ならば、彼女にはそれを行う権利があるはすなのだ、なのに、何故私に何もしてこないのだ。
ただ、生き絶えるであろう恋人から目を離さずにいるのだろう。
疑問を拭うため、私は回り込むように彼女の後ろへ行った。もしかすると、ローズの恋人に何か変化があるのかもしれない。何せ、死因は感電死のようなものなのだから。
「・・・・」
特に変わりはなかった。
人の死を目の当たりにしておきながら、何もないと言うのは可笑しな事だが、人が死んでいる以外は何もなかった。
「・・・あ・・・」
ローズは、何か言葉を絞り出していた。私への罵倒だろうか、それともこの現実への嘆きだろうか。
どちらであっても、私にはどうすることもできない。
「姫・・・娘・・・」
彼女はこの後に及んで、私を呼ぶのか。殺人犯である私なんかに。
「タクス・・・ガ・・・偽物」
「!?」
偽物!?
ローズは、今気がついたと言うのか?と言うことは、私が殺した相手はローズの恋人ではなく、全く見知らぬ人間だったのか。
「ローズ、それ、どう言うこと・・・?!」
「偽物・・・」
「・・・危ない危ない、もう少しで・・・本当に死ぬところでしたよ・・・」
「ま・・さか・・・そんな・・・」
確実に死んだはずなのに、死ぬはずの電流を流したはずなのに、生きているなんて。
「また、会いましたね。ニャルタ族のお嬢さん・・・」
「―――!!」
ローズの反応を見る限りでは、あの男は彼女の恋人に化けていたのだろう。恐らくはそういう魔法を使えるのかもしれない。だが、それならば何故私にはその効力がなかったのだろう。私に超能力が備わっていることと何か関係がありそうだが。
「知り合いなの・・・・?」
取り敢えずそう問うてみたが、ローズは答えなかった。だが、彼女の表情を見れば答えは自ずと見えていた。
悪い意味で知っているのだろう。この男に対しての印象は最悪なもののそれなのだろう。
「タクス・・・現在所・・・要求・・・」
「ああ、あのニャルタ族のことかい?それだったら、あそこにいるよ」
男は指を指した先は、牢屋だった。まさか、ローズの恋人は犯罪者なのか?彼女の腕には手錠と言っても差し支えないような鎖が付いている。と言うことは、彼女も共犯者である可能性は無きにしも非ずといったところだろう。
「それにしても、犯人が犯行現場に戻る、と言うのはあながちでまかせじゃないようだね」
「犯人・・・!?」
どう言うことだ?
ローズは本当に犯罪者なのか?
だとすれば、彼女は一体どんな犯罪を犯したのだろう。
強盗?
まさか、殺人?
「あれ?そう言えば、貴方はこの犯罪者のお友達?」
「どういうことですか・・?ローズが犯罪者・・・って」
「文字通りの意味だよ。彼女はこの場所から脱獄した脱獄囚なのさ」
脱獄囚。
その言葉に、私の思考は停止した。
彼女はやはり犯罪者なのだろうか。この男の言葉を信じるわけでは無いが、信じざるを得ない。何せ、彼女の腕には手錠と言っても差し支えないような鎖、そしてこの牢獄、何もかもが揃っている。
信じたくない一心で、ローズを見る。牢屋の前で立ち尽くす彼女は、次第に眉が釣り上がり、口の端しが歪み、『怒り』の表情になっていった。
「ロ・・・」
声をかけてあげたかった。
何か言葉を発したかった。
だが、それさえも躊躇ってしまうほどに、彼女の視線の先の光景は悲惨なのだと分かった。
ローズの恋人は今、あの牢屋の中で悲惨な状態になっているのだ。それが分かってしまう自分に恐れを抱いてしまう。だが、それ以前に中年の男に向き直るローズの瞳に、何も映る隙間がないかのように光を失っていた事に、私は恐怖した。
「タクス・・・」
「どうだった?愛しの彼の晴れ姿は?」
「只・・・ノ・・・肉塊・・」
「――――――!?」
思わず口に手を当てていた。
想像もしたくない姿が頭の中を駆け巡った。死者に対して失礼だとか、侮辱だとかは言ってられない。
あの男は、目の前のローズの恋人に酷いことをした。
こんなことをすれば彼女がどうなるかを知っていたはずなのだ。それを承知の上で行った行動、その先の結果も分かっているのだろうか。
「・・・・」
「何かな?ニャルタ族のお嬢さん。もしかして、私に復讐でもしようとしてるのかな?」
覚束ない足取りで、しかし、確実に男の元へと歩を進めていた。
私は何故か、自分の中の直感がそう言っていたのか、ローズの元へ走り出していた。理由なんて分からない。何がしたかったのかも分からない。だが、確実に言えることが一つあるのだ。
――――――ローズを助けないと!
彼女の元へ辿り着くのには時間は掛からなかった。ほんの数秒だった。
「ローズ!!」
覚束ない足取りで歩く彼女の腕をとった。この数秒で何か変化があったわけではないのに、彼女の腕は、儚げで、今にも消えてしまいそうな、そんな感覚を覚えた。
理由はわからない。だが、ローズは今、危険な状態なのだ。きっと、今この手を離せば、二度と元には戻らない。そう思えて仕方が無かった。
「・・・・」
「おや?私に復讐するんじゃなかったのかな?」
挑発するように男はローズへ話しかけた。だが、その声は彼女には届かないのだろう。返答はなかった。
この男に、私個人の私情で攻撃してもいいのだろうか。
とっくに私の腸は煮えくり返っている。もし許されるのならば、私はあと一撃で人殺しをするだろう。だが、これはローズの問題なのだ。今もこうして彼女の邪魔をしていること自体、おかしなことなのだ。
「そっちが来ないのなら、こっちから行かせてもらおうかな」
不敵に笑みを浮かべる男は、一歩、また一歩と近づいている。
あの男に捕まるのは良くない。だが、ローズを手放すのも良くない。ならば、どうすればいいのだろう。
板挟みになりながらも思考する。何が一番いい選択肢なのかを。
「大丈夫・・・早急、排除」
私の手の中から抜けて行く。
ローズの儚い腕が離れていく。
掴み直さねば、捕まえなければ。
そう思う反面、本当に大丈夫なのかもしれない、という諦めにも近い感情が込み上がっていた。何故なら、彼女の瞳はすでに、光が灯り始めていたのだ。
「ロ・・・ーズ・・・?」
「心配無用、精神安定」
彼女の言葉がこれほど頼もしいと思えたことはない。
見送られる背中には『任せておけ』と言わんばかりに、大きかった。
彼女は今、過去との決別を始めようとしているのだ。忌まわしい記憶の決別。まさに、未来へと歩みを進めている。
「さて、あの時の続きでもしようか」
「全力排除、因縁ノ消去」
ローズは腕についている鎖を引き千切った。
これで、彼女を縛るものは何もない。あるのは未来へ進む足だけだ。
「解体魔ほ―――」
刹那。
そう呼ばれるほどに短い時間に事は起きた。
私の視界に黒い一閃がよぎった。それは何の因果か、男の顔を貫通した。
大きさは分からない。だが、今から過去を断ち切るための戦いを始めようとする中年男性の頭を貫く程の威力だ。明確に分からなくとも、それは容易に検討がつくというものだ。
そして、その発生源も誰なのか分かっている。
「おや、何だい・・・復讐者ってのは・・・あんたのことかい・・・・」
「羅美亜・・・」
黒い長髪を後ろで一つ結びにし、黒いスーツのような服装をした女性。
羅美亜は一瞬で状況を理解したのか、申し訳なさそうに視線を逸らした。きっと、彼女も悪気があったわけではないのだろう。だが、この状況では些か分が悪いだろう。
何せ、今からローズの問題を自分で解決するところに、割り込んだのだから。
「結局・・・私ァ悪者・・・ってことかい・・・」
「・・・・」
かける言葉が見つからなかった。
ローズも固まったまま動かなかった。
風が通り抜けるような、虚空に流れる時間のような、虚しい感覚だけがこの空間を支配していた。
全ては終わった。
そう聞けば気持ちのいいものかも知らないが、当の本人たちからすればそれは、ただの『無駄足』だったと言うことに他ならない。
「終局・・・我手デ、終ラセル」
「・・・ローズ・・・?」
声のする方へ視線を移すと、ローズが覚束ない足取りで、ある場所へ向かっていた。
過去を断ち切ったはずの彼女が向かう先が一つしか無いと分かっていたのに、そうするであろうと理解していたはずなのに、私は彼女の虚しい背中を見つめているだけだった。そして、その行動に気づき、止めようと体を動かした時には遅かった。
「ローズ!ダメ!!」
「心配無用、・・・即時決着」
ローズは、自ら断ち切った鎖を手に取ると、急激に決意の篭った目付きへと変わった。
これじゃダメだ。せっかく断ち切った過去にまた縋る羽目になってしまう。
成長し、自分自身と向き合った彼女が、過去を受け入れたであろう彼女が、また、振り出しに戻ってしまう。しかも、今度は永遠に出口の見えない迷路のように彷徨ってしまう。答えを見つけていたとしても、それを解決できないままになってしまう。
「ローズ!!!」
私は無我夢中でローズを抱き締めた。これ以上彼女を苦しめたく無い。辛い思いをしているのは分かっている、その原因の詳細は知らないがどんなに辛かったかは分かる、否、分かっているつもりだ。もし、私の思う辛さと彼女の感じる辛さが違っていたとしても、私はローズの味方であり続ける。
「大丈夫、大丈夫だから!ローズには私がいる!羅美亜だっている!だがら、苦しまなくていいの!!」
「・・・・」
「私達は・・・私は!・・・あなたの、―――仲間だから」
ローズの反応は無かった。だが、私の声が届いていることを願う。
「だがらローズ、お願い・・・」
彼女に正気に戻って欲しかった。早まった行動なんてして欲しく無かった。恋人が殺され、その仇すら打てなかったとしても
「心配無用」
「え・・・・?」
私の頭上から、優しげな声がした。
顔を上げてみると、そこにはよく見知った顔があった。絶望に打ちひしがれ、全てを見失い、自暴自棄になった者の顔ではない。
前を向き、希望を忘れず、全てを受け入れたローズの顔があった。
覚悟を決めた顔。
それは決してマイナス方向へのものではなく、ましてや大それた行動をして見せるような決意に満ちたものでもない。
ただ、受け入れたのだ。
過酷な現実を―――
通ってきた道のりを―――
自分の運命を―――
「我、正気、無問題」
その背中は、凛々しくも儚く、気高くも雄々しい。
すべて、任せろ。
まさに、そう言っているような気がした。頼ってもいいのかな、なんて錯覚するほどに、男以上に男らしかった。
だけど―――
――――――ギュッ。
「!?」
「ローズ、貴女には、ちゃんと帰る場所がある。・・・それだけは、憶えていて?」
動きだそうとしたローズの手を取り引き止める。その手からは、震えも、何も感じなかった。あるのは、未来を見据えた勇気ある者の手だけだった。
後日。
とある飲食店に私とローズは、ある人物の帰りを待っていた。それは言わずもがな、羅美亜だ。彼女は例によって、『仕事』で別行動をしていた。
あんな事があったにも関わらず、彼女は仕事を優先していた。それ自体は何も問題はないんだけどね。
だが、あの一件以来、ローズの両腕には、戒めである『鎖』は無くなっていた。勿論、自分で外したのだが、それでも鎖の先についている鉄球は、何かに役立てるのでは無いか、そう提案したのだが、彼女は二つ返事で拒否をした。
そんなものは要らない。
必要無い。
もっと特別なものを見つけたから。
そう言っていた。
きっと彼女は、過去への『鎖』を完全に断ち切ったのだろう。でなければ、彼女の瞳にはこんなに眩しい光は灯ってないだろう。
良かった。
色々な事が駆け足で通り過ぎて行ったが、やはり、どんな残酷な結末よりも、みんなが、仲間が無事で居られる結末の方が数倍いい。
「姫娘」
「ん?どうしたの?」
言葉を選ぶように間を開けるローズ。
何を言おうとしているのかは不明だが、それはきっと、悪い言葉だとは思わない。
むしろ、彼女なりの気持ちを込めているのだと思うから。
「・・・・」
「何??」
「・・・・」
「どうしたの???何か言いたかったんじゃ無いの??」
「会話不要」
「え?どういう意味??」
きっとそうであると信じたい。
「タクス・サーヴェロ」、「クリスティーナ・ハヴァンセ」
時々間違えて『タスク』、『ハヴァン』になっていた時がありました。
名前を考える際に、その場の『ノリ』で考えている時が多いので間違えることがしばしばあります(笑)
勿論、修正はするつもりではあります。ただ言いたかっただけなんです(笑)