一人の、裕福な環境で育ち、何の障害もなく、両親の善い所を受け継いだ少女が――――――
生まれも育ちも分からず、金儲けのために収容された牢獄で、愛を失い、性別を失い、ただ恩だけに生きた少女を守るため――――
――――奮闘していた頃。
独りの女性は、一人の男と出会っていた。
「これはこれは、羅美亜さん。お久しぶりですね」
そんな、わざとらしくも本心を言っているような、掴み所のない口調で話し掛けるのは、不清潔な髪型をしているにも関わらず、小綺麗にスーツを着こなした男だった。
「あんたも相変わらずだねぇ・・・高見沢陽一」
そして、高見沢と呼ばれる男の前には、黒く長い髪を後ろ手で結んで、黒いスーツを着た女性、羅美亜がいた。
「唐突に呼び出しといて何の用だい?内容次第では、あんたを殺すよ?」
「おー怖い怖い、やはり『破壊神』と呼ばれるだけの事はありますね」
羅美亜の見てわかる拒絶を、お茶らけた態度で流す高見沢。どうやら、この二人の仲は良好とは言えないのだろう。
「いえ、単純な仕事ですよ。貴女なら簡単にこなせるはずです」
高見沢は言葉を一呼吸おき、口を開く。そこから紡ぎ出された言葉は、彼女にはよく聞き慣れた言葉だった。だが同時に、羅美亜の表情が難しくなるのも、これまた見慣れた光景だった。
「殺人依頼です」
「・・・・、またかい?あんたは私を殺人者にでもさせたいのかい?」
眉を一つ歪めつつも、すぐに何時ものような、掴み所がないように振舞っていた。彼女自身、殺人は嫌いなようだ。好きと言う方が珍しいのだろうが。
「とんでもない!貴女は僕にとっては大事な仕事仲間なんですから!」
わざとらしく両手を振って否定の意思を示す。だが羅美亜には、それが鬱陶しいのか、それとも本心を知っているからか、ウンザリしたように彼の言葉を遮る。
「そろそろ本題に入りな。あんたはお喋りなんだからね?」
顔はいつも通りに笑っていたが、声音は低かった。それは単にいい加減にしろ、と言っているようなものだった。
高見沢は得心したように呼吸を一つ吐き、切り換えるように話を持ち出す。
「それもそうですね、ではこれが殺して欲しい人物の顔です」
そう言って手渡した一枚の写真。そこには一人の男性が写っていた。
優しげな印象とは裏腹に、どこか秘めているような印象も受ける。それは見た目のせいか、それとも年齢が高いからか、真相は分からない。だが一つ分かるのは、その人物を羅美亜が殺すと言うこと。
――――恨みはない。
妬みもない。
所在も知らない。
性格も――――
好みも――――
分かるのは顔だけ。
理不尽な殺人と分かっているが、これが高見沢から受けた仕事ならば、羅美亜は否応無しにこなす。それが『未来予想図《ビジョン》』を持つ高見沢と
『破壊神《マギノ・ブレイク》』を持つ羅美亜の生き方なのだ。
「そしてこれが、その人物の居場所です。なるべく早めに行くことをお勧めします」
「御忠告どうも・・・」
これが、主である姫娘にすら伝えない仕事。
言わない、否、言えないのだ。
信頼する人物が殺人鬼であると誰が言えるだろうか。羅美亜自身、姫娘を信頼していないわけではない。むしろ、絆を深めたいと願っている。だが、それでも、彼女は言わないだろう。
寿命が無く、能力を使えば人間性を失う。そんな彼女の、――――唯一の生き方なのだ。
羅美亜はいつも孤独だった。
無限に生き、時間という概念が薄れ、生きると言う意味さえ分からなくなるほどに生きた彼女。
だが、話し相手に困れば誰かと出会い、意見が合わなければ喧嘩もする。仲良くなり、その者と死ぬまで付き添い、絆を深め、
「一緒にいられて良かった」
そう思えるように――――
そう思って笑顔で死ねるように――――
悔いなんて残さないように――――
『破壊神』
その言葉に相反するような考えを持つ彼女。
それは、無限という呪縛に囚われているが故に、時間という自由を無に換えているが故に、辿り着いた結論なのかもしれない。
「そういや、アレはどうなったんだい?」
唐突な質問を彼女は投げかけた。だが、高見沢は驚くどころか、また何時もの話か、と言わんばかりに口の端しを上げていた。おそらく、何度も聞き飽きた質問なのかもしれない。
「明敏くんですか?彼は今、僕が関与する必要が無いところまで行っていますよ。
後は、きっかけを作ってあげれば救世主への道は真っしぐらです」
「そう・・・・」
質問の答えの反応としては、やけに薄かったのだろう。高見沢は不満を感じていた。
彼の言う『明敏くん』が羅美亜にとってどれほど重要なのかは、高見沢が一番よく知っている。故に、その反応の薄さに疑問を持たざるを得なかったのだろう。
「やけに冷たいですね?彼に愛想が尽きたんですか?」
「愛想も何も、私ァあの男に入れ込んでるつもりは無いんだけどねぇ?」
「おや、これは失礼。てっきり溺愛しているものかと・・・」
「フッ、これだから・・・・」
端から見れば、恋愛トークそのものだろうが、本人たちからすれば、重要な要件なのだ。
「ここまで築き上げるのには苦労しましたよ・・・何しろ、独裁か、救世か、ですからね?」
「元を糺せば、全部アンタらのせいだろう?」
「僕はただ、来たる『未来の予想図』を教えたに過ぎないんですがね?」
「そのせいで私や、他の連中を産んだんじゃないかい。自分の事を棚に上げて、罪を全部人に押し付けてんじゃないよ」
「ご最もなお言葉で」
二人の会話には、何者も寄せ付けない、未知の領域があるのだろう。
はたまた、何かの例えなのか、それともただの世間話なのか、それは本人たちにしか分からない。
「そろそろ僕は戻ります。
呉々も、変な気は起こさないでくださいね?」
その言葉を最後に、二人は別々の道へと歩き出す。
それぞれの目的へと。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
姫娘の名字は『神宮寺』です。
神宮寺姫娘は作中でも触れていましたが、自分が考えていた話の登場人物の中で、一番裕福で、一番幸せなキャラです。
勿論、その逆はローズです。
正直、キャラの過去を掘り下げるのは好きです。
「何故このキャラはこう言う性格なのか?」
「何故こう言う考えを持っているのか?」
それを考えるだけで楽しくて楽しくてwww