あれから幾日、幾年が経った。
私、神宮寺姫娘はその後、ある男性と出会った。貴族や商人ではない一般の男性だ。特にこれといって特色はなく、真面目で、コツコツと努力を重ねるような、そんな男性だった。
私は、そんな男性に恋をし、結婚をした。アプローチをしたのは私からだった。
特徴がないのが特徴である彼に、私は一目惚れをしたのだ。彼の唯一の趣味である絵画。その趣味をしている時の彼の姿に、私の心は鷲掴みにされたのだ。だから、結婚したあとも、ベタ惚れなのは私の方だった。
「ねぇあなた、今週の土曜日あたりに例の山に行かない?」
「え、またかい?先週も行ったじゃないか」
「でも、まだ絵は完成してないんでしょ?」
「そ・・・それはそうだけど・・・」
「じゃあ決まりね!」
そんな感じで、私が二人で過ごす時間を作ったりしている。
充実した時間だ。これを幸せというのかもしれない。
同じ朝を迎え、同じものを食べ、同じ時間を過ごし、同じ景色を眺める。
心の中が満たされていく感覚を、今、私は感じている。ただ一つ、空いた穴を思い出さなければ――――。
充実していて、幸せで、それを感じるたびに気持ちよくて。だけど、でも心にポッカリと空いた隙間には、温もりを欲するほどに冷たい風が吹き抜けていく。
――――羅美亜。
私は片時も、彼女の事を忘れることはなかった。
彼女の声、彼女の仕草、彼女との歩んできた時間。すべてが昨日のことのように思い出される。いっそのこと忘れていたほうが楽なはずなのに、私の脳はそれを良しとせず、こんな幸せを味わうたびにふっと湧き上がる泡ぶくのように蘇るのだ。
「ヒメコ・・・?」
「・・・・・・っ」
彼は、私を呼ぶときは必ず名前で呼んでいる。私も、彼を名前で呼んでいる。夫婦なのだからそれが当たり前ではあるのだが、時にそれが残酷なまでに私の頭を揺さぶってくるのだ。
――――姫娘
――――姫娘・・・?
――――姫娘!
走馬灯のように蘇る記憶は、私の胸を強く締め付けてくる。今にも、何気な
い顔をして私の後ろでほくそ笑んでいそうなほどに――――。
この生活が決して悪いわけではない。むしろ良いのだが、心残りがあるのだ。
――――何故、あの時、彼女を行かせてしまったのだろう。
力ずくでも、彼女を止めていれば――――
ローズと協力して――――
そうすればきっと、この空間に、寂しさなんて生まれなかっただろう。
名を呼ばれるたびに心を痛めることもないだろう。
この家に、夫と私以外誰もいない空間なんてできなかっただろう。
――――――ローズはいない。
羅美亜が姿を消してから、私が結婚を決めるまではそばにいてくれた。だが、突如、理由も述べずに私の前から去っていったのだ。
夫婦生活を邪魔するべきではない、と彼女なりの気遣いなのかもしれないが、私にはローズと共に居たかったのが真実だ。それを伝えなかった私にも罪があるのかもしれない。きっと、このままずっとそばにいるのだろう、という甘えがいけなかったのだろう。
どちらにせよ、今の私には夫以外にいないのだからどうしようもない。
――――――コンコン・・・・
そんな感傷に浸っていると、玄関から控えめなノックがした。
誰だろう?新聞の勧誘かなにかだろうか。
「は~い!」
私は、頭の中で渦巻く感情を振り払い、玄関の扉を開ける。すると、そこには一人の男性が立っていた。黒いローブを頭から被り、まるで身を隠すようにしていた。
不審な男だ、と思う反面、身を隠さねばならない理由があるのだろうとも思った。だから、私は開口一番、こう質問した。
「あの・・・・どちら様で・・・?」
黒いローブからチラチラ見える金色の髪の毛。顔を覆っていてよく見えないが、その男の瞳には光が宿っていないように見えた。
「・・・探すのに苦労した」
男はそう呟くと、ローブの下から何かを取り出した。
「――――――っ!!」
「これを貴女に・・・・」
私は思わず息を飲んだ。
男が取り出したものは、なんてことない白の髪留めだった。だが、それは私にとって、掛け替えのない者の持ち物だった。
「どう・・・・して・・・・・?」
溢れ出る気持ちを抑えつつ、私は彼に問うた。
何故、この男が持っているのだろう。
何故、男がそんなものを持っているのだろう。
何故、何故、何故――――――。
「・・・・本人から、預かったから」
その一言に、私の枷が外れそうになった。
口を思わず両手で塞ぎ、零れる涙を必死に堪える。塞ぐ両手の中で唇を噛み締める。何故なら――――
彼の出した髪留めは、羅美亜の持ち物なのだから――――
「――――――」
言葉にならない感情が溢れる。
行動に移せない激動が弾けそうになる。
ここに彼女の持ち物があるということは、羅美亜は、――――死んだ。
それは彼女の望んだ結果だ。私が咎める権利はない。しかし、問題はそれを誰が行ったか、だ。
「受け取って・・・」
男は、黒いローブを顔だけが見えるように脱ぎ、私を見据えた。
金色の髪の毛に、白い瞳。そこに存在しているようで、存在していないかのような雰囲気。
前『改革者』にして、現西の街の王。そして――――
――――羅美亜を、唯一殺すことができる男。
「・・・ミヤムラ・・・・・・・アキト・・・」
「・・・・・」
私は、彼を一度見たことがある。
東の街で一度だけ出会っていたのだ。その時と今では大分雰囲気が違ってはいるが、この顔は忘れることはないだろう。
「羅美亜は・・・・・・・何か・・・・言ってた・・?」
復讐心や、恨みもある。
無駄かもしれないが、今すぐにでもミヤムラアキトを殺したい気持ちはある。だが、そんなことを羅美亜がよしとしないだろう。きっと、そんなことをして欲しいとは思わないはずだ。私には平和に暮らして欲しいと願うだろう。だから、抑えよう。彼女の死に報いるために。
「うん、言ってた」
「何・・・て・・?」
ミヤムラアキトは、ゆっくりと口を開いた。
その耳で直接本人の口から聞いた言葉を発するために。そしてそれを私に伝えるために――――。
「『楽しい時間を、ありがとう』って」
ミヤムラアキトは、白い髪留めを私に渡し去っていった。
手のひらにある髪留め。そこには、彼女の温もりがあるように感じた。彼女の過ごした時間。彼女の歩んできた道のり。彼女のすべてが包み込まれているような気がした。
もしかすると、羅美亜は戦闘中に乱雑に髪留めをとったのだろうか、そこに真っ黒い一本の髪の毛が絡まっていた。
「ヒメコ?今のお客さん・・・て?」
夫が後ろで心配そうに訪ねた。
私は、手のひらで揺れる髪の毛を、風で飛ばないように両手で包み、ギュッと握り締める。
「ねぇ、『破壊神』の伝説って・・・知ってる?」
語り継いでいこう。
忘れ去られることが、人の死だというのなら――――。
私は、決して羅美亜を死なせはしない。彼女はウンザリするかもしれないが、そんなもの知ったことか。嫌なら私を止めに来ればいい。目の前に現れて、いつもの含んだような笑みを浮かべて、私の口を塞ぎに来ればいい。いつものように軽口を叩いて、私を怒らせに来ればいい。いつでも待ってるから。でも、その時にha
きっと――――
――――貴女を二度と離さないかもしれないけどね。
今まで読んでくださった読者の皆様。
最後まで読んで下さりありがとうございました!
無事に羅美亜編を終了することができました。
この話を書いて、軽く一年が経ちました。
ということは・・・・まだ半分なので・・・・・・あともう一年か・・・・ww
なので第二部終了です!
次回からも続いていきますので、よろしくお願いいたします。
あ・・・勿論、挿絵もあるのでそちらもよろしくお願いします♪
それではまた次回!!