どれぐらい歩いただろうか・・・、草をかき分け、森を抜けるとそこには大きく広がる平地・・平原だ。程良く気持ちのいい風が、少し火照った頬を撫でるように冷やしてくれる。耳から聞こえる葉の揺れる音でさえも心地よい・・・・・・のだろうが。緋乃崎が近くに居るだけで、気持ちいい風が、撫でるように冷やす風が、ねっとり絡みつく温風に変わる。心地の良い葉の音も、夏場のセミのような鬱陶しさを醸し出している。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
あまりの暑さに、息が荒ぶる。ちなみにネイルが。
緋乃崎はというと、慣れているのだろうか、むしろ清々しい顔をしている。
「・・・暑くないんですか?」
額から流れる汗が、あごに来たところを手の甲でそっと拭う。
「・・・・・・ん!?・・・・・・あァ別に。暑かねェよ・・・。」
緋乃崎は、その声で我に帰る、無理もないその目に映る景色は紛れも無ない結論を出させたからだ。
――――――異世界。
そう思わせたのは、目の前の平原を颯爽と駆ける動物。その動物は大きな翼があった。つまり空を架けている。悠々と翼音をさせる。鋭い鉤爪に勇ましい牙。強靭な筋肉に、強固そうな鱗、鼓膜が震えるような、低音の呻き声。
―――竜だ。一瞬こちらを見ると、視線を戻し、去っていく。
・・・あれ、漫画とかに出てくる竜・・・だよな・・・。
自分の目を疑うように手で擦る。もう一度見る。変わらぬ平原だ。嫌な形で、むしろ納得がいく形で自分が、異世界に来たことを知らされた。
「・・じゃあァ・・・あいつらァ・・・・・・いねェのか・・・・。」
誰にも聞こえないくらいの声でそう呟く。「大丈夫ですよ・・・。」聞こえていたのか、ネイルがそう切り出す。
「今から行くベルベット騎士団は、この辺でかなり名のある騎士団です。」
振り向きざまに、柔らかく優しい笑が見える。なぜか鬱陶しさを感じない。そっと包み込み守られているような――そんな感覚。
「そこに居れば、必ず噂を聞いて駆けつけてくるはずです。」
彼女は勘違いをしている。緋乃崎は、この辺に住んでいて、探している二人も同じだと。
「・・・・・・・・そうじゃねェ・・・・。」今度こそ聞こえないように呟く。
そういうことじゃねェ・・・。そういう問題じゃねェ・・・・・。
俺はここに住んじゃいねェ・・・。俺は――――――。
ここの人間じゃねェ。
「見えましたよ!」
額に汗を滲ませ前方を指さす。巨大な城、大阪城や安土城とは違う、もっとこう、洋風なド〇クエに出てくるような城だ。
今から俺はあそこに行くってのか・・。
そう言っても、行くしか道はない。ここは緋乃崎の居た世界ではないのだから。
ベルベット城城下町――。活気に溢れ皆、陽気に商売や雑談を交わしている。名のある騎士団を持っているだけあって、おそらくと思わせる服装の者達が町の見回り兼国民との交流を深めている。
しかめっ面をしているものはおらず。交渉で不利な状況に置かれ、打開策を練っている者ぐらいだ
そんな明るい町。だが次第に皆の顔が苦しくなる、労働の汗・・・ではなく、代謝の汗。それは何かが近づいている証だった。だが誰もそれを知らない、一応に「暑いねぇ」や、「風、止まった?」などと話すぐらいだ。
一歩。
足が門をくぐると同時に視線が集まる。緋乃崎に、ではなく少し前の方だ。
「あんれー、!?総長じゃん?何してんのー?」
「外回りは??まさかサボリ?総長ーやるねー。ガイヤさんキレるよ~?」
騎士団と思しき服装をした男二人が、チンピラのように絡んできた。少し前のやつに。
「ちゃんと見回りをしてきました。それから・・・。」と胸を張って何か報告している。近くにいた商人や通行人やらが、挨拶がてら寄って行き、談笑を始める。次第に人だかりが出来ていた。自分には到底出来ない事を平然とこなす彼女に、憧れを抱きそうになる。
笑顔・・・・か・・・。・・・・俺が・・・笑う・・・・・・出来んのかァ?そんな事・・・・・・・。
緋乃崎は、炎帝と呼ばるほどに強い、全てを超越する。
緋乃崎は、全てを溶かす。燃やす。消す。
だが緋乃崎は、越えられない。人との距離を。
溶かせない。話術で人の心を。
燃やせない。気持ちで場の空気を。
消せない。心の何もかもを。
ただ燃え続ける『タイヨウ』なのだから。
「総長ー、あの紅い髪のヤツだれ?」
騎士団の一人が緋乃崎の存在に気づいた。
「あ、彼はヒノザキさんと言って、人探しをしているそうです。」
「心配だから連れてきましたって?」
「・・・・いけませんか?」
「ホーント、総長の愛護精神にハクシュー。」
からかうように手を叩く。
「総長何??仲間欲しいの?自分の後ろを歩かせてダックルの親子気取りですかぁ?」
「ちっ、違いますっ!私はただほっとけないんです!母性ですよ、ボ・セ・イ。」
両手をブンブン振って、全身で否定する。
「どうだか?現にシズだって総長に溺愛じゃん?」
「むむぅ」ネイルが唸る。どうやらシズことファルスィーズは、緋乃崎のように勧誘されたらしい。
もう一人の騎士団(ネイルと話していない方)がこちらに寄ってくる。
「よっ、新入り。うっわぁ顔厳つぅ・・・、まぁそう気ー張んなよ?」
緋乃崎は心ここにあらず・・・。
「チッ、シカとかァ!?あんま舐めてっと。」
盛大に胸ぐらを、緋乃崎から見て左肩の襟辺りを掴んでくる。
「痛い目見んぞコラァ・・・。」
ドスを利かせた低い声で挑発する。我に帰り視線を落とす。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
特に挑発に乗るでもなく、威嚇するでもない。ただ服を掴んでいる手に、人差し指を強く付けた。
「ッ!!!!!!アッツァ!!!!!!!」
文字通り反射運動。勢い良く腕を振り払う。大声を発したため皆一斉にこちらを向く。
「・・・・んだ?魔法・・・・?」
突然のことで理解が及んでいない。とりあえずの解釈で、再び緋乃崎を睨む。
「チッ、テメェ!!!!!」
初対面への態度、先輩への無礼、そんな屈辱的な事をされて黙って居られないのだろう。怒声を放ちながら殴りかかってくる。
「!!!!」
騎士団の動きが止まる。無理もない。目と鼻の先にあるものが恐ろしくて、動けば死ぬかもしれなくて。ドアをノックするように中指を少し突き出した、拳。・・・ではない。その奥。獣、鬼、悪魔。どれも当てはまるが、違う。鋭い目は恐怖を。シワの寄った眉間は怒りを。放つ気迫は死を連想させる。彼の存在が、怖気させる。
「・・・・・死にてェか?」
緋乃崎の声は静かだった。それ故に、思考が読めないのだろう。目が泳いでいた。
放った言葉は本当なのか、それともハッタリなのか。考える暇もないかのように騎士団はその場で尻もちをついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
空気が硬直する。敵意が失くなったと判断した緋乃崎は嘆息してから突き出す拳をそっと戻す。
・・・・・・・・・・・・・・・・くだらねェ。
緋乃崎は面倒臭そうに歩を進める。一人の女性の前に立ち。
「・・・おい、メガネ。」
「へっ!?わ、私ですか?」
突然話しかけられたからか、素っ頓狂な返事をする。自分に指差しネイルがいい正す。
「私はネイルです!!特徴で呼ばないでくださいっ!」
顔がムッとしていた。見たことのない表情だ。緋乃崎の沈んだ気分が少しばかり浮いた。
フッ・・・・・んな顔もすんのな。
悪戯心が掻き立てられる。
「アイツ・・・・・殺していいか?」
「だ、だめですよっ!!彼は私の後輩であり、仲間なんですから!」
今度は慌ててやがる。
顔は無表情だが心では楽しんでいた。
「・・・・・・・・・・冗談だ、阿呆・・。」
そんな言葉を聞いてネイルがホッと一息つく、そして安堵した顔を見せる。
一喜一憂激しいな・・・。
更にいじめたくなるが気持ちを抑える。行くところがある、ネイルに騎士団のことを訊くと、
「あっ、そうでした。こちらです。」そう言って歩き出す。無論、緋乃崎も後に付く。場は凍りついていたが、人は緋乃崎を避けるようにして道を開ける。あの表情を見たあとだ、避けない訳がない。むしろ意識しなくても本能でよけてしまう。それが彼の異名に『帝』が付く由縁でもある。