いつもと変わらない日々。といっても明敏たちには変わりに変わった世界だった。
「・・・・ぐっ・・・・・からだが・・・・・・・痛えぇ・・・」
小鳥のさえずりで目覚めた明敏は路上で一晩を過ごしていた。それもそのはずだ、宿に泊まろうにも多少のお金が必要なのだから。
「・・・・・ふぁ・・・・・おはよう、アキ・・・・」
「・・・おう・・・・よく、・・・・眠れたか・・・?」
「うん」
元気よく挨拶をする葵に対し、力なく質問を出す明敏。
(・・・なんで元気なんだ?・・・・・まさか慣れてんのか?)
そんな明敏の疑問は、誰に向けるでもなくそっと胸の中に押し込めた。
――――――プルルルルル
唐突とも謀ったとも言えるタイミングで彼に着信が掛かる。体が軋みながらも、手馴れた動作で携帯を取り出す。
『おはようございます。早速よろしいですか?』
恐らく事件のことだろう。朝早くだというのに、事件が起こるとは、それほどに治安が悪いのだろうか。そう思った明敏だが、流石に昨日のような大事は起きないだろうとも思っていた。
「・・・・あぁ、構わねぇよ・・」
やはり体が軋むのだろう、肩を回したり首を回したりしてみるが効果はあまりよくないようだ。声に張りが見られない。
『おや、元気がないですね。路上での生活は合わなかったですか?』
「・・・・・慣れてねぇんだよ・・・・・路上で寝ることねぇしな」
『それもそうですね。僕自身、路上では寝たくありませんし』
『とはいえ、この行動は救世主には必要かもしれませんね』
相も変わらず嘘か本当かわからない口調で話す、高見沢。彼のそれはわざとなのか素でそうなっているのかもわからない。謎だといえばそうなのだが、最早明敏は慣れてしまったのか、どうでもいいようだ。
「・・・・必要・・・?」
『はい。救世主《ヒーロー》には生活感がありませんからね』
どこからの情報なのかわからないが、しかし、言われてみるとそうなのかもしれない。得体の知れない者に人間は惹かれるという話もある。
「・・・・でもさすがに、このまま路上生活ってのは勘弁してほしいな・・・。・・・・体が持たなそうだ・・」
『確かに、このまま体調不良になられても困りますし』
『では今日はお金を稼ぐ方法を教えておきます。』
その言葉が偽りであろうと、真実であろうと、救いの言葉に聞こえたのは言うまでもない。
高見沢の示した場所は街の少しはずれにある森だった。
木々は青々如く、緑は生い茂る。まさに森だった。
「・・・・で、ここで何をしろと・・・?」
通話中の携帯を片手に辺りを見渡した。どこをどう見ても緑であった。
『この辺り生息している、ある動物の肉がとても重宝されているんです』
「・・・つまり捕獲しろと?」
『お、話が早いですね。要約するとそういうことです。それを―――』
「―――それ、いいのかよ」
遮るように明敏がいう。確かにこれは密猟だ。救世主にさせると言っておきながら、悪人じみたことをさせるのはお門違いというものだ。
『おや、貴方は動物の肉を食べないのですか?それとも養殖の肉は食べてもいいと?』
「そうじゃなくて、それ・・・・・密猟だろ?」
耳打ちするように、恐る恐る尋ねた。
『いえ、街の人たちはその肉で食を賄っています』
帰ってきた答えはあっさりとしていた。明敏は意外な返しに素っ頓狂な声を出してしまっていた。
「じゃあ―――」
『ええ、個体数も多いですし絶滅危惧ではありません貴重になっている所以は―――』
――――――ガサッ
そばで草が揺れ動く音が聞こえた。そのせいで明敏は次の言葉を頭に入れて理解する時間が遅れてしまった。
音のした方に目線を向けると、そこには一匹の動物がいた。猪ともとれるが大きな狼ともとれるそれは、明敏と目が会った瞬間身構えた。
「葵ッッ―――」
逃げろ、という言葉よりも早く頭で誰かの言葉が響いた。
――――気性が荒く、凶暴ですから――――
「っ!!」
目の前の動物が地面を強く蹴り上げ、土が舞い上がった。猛烈な勢いで明敏に突進を仕掛けてくる。猪突猛進とはよく言ったものだ。
(くっ・・・・どうする!?逃げれば葵が危ない・・・・。でも逃げなかったら・・・・)
融解《フィーリング》を使おうか迷ったが、解除した後のことを考えると得策ではないと判断した。解除後に襲われては意味がないからだ。
だからこそ、明敏はここが森だということを利用した。
「何かいろよっ!!!!」
そう言って手を思い切り地面に生えていた草むらに突っ込んだ。一途の願いを込めて。
――――そして彼の体は光に包まれた。
「――――――ガルゥゥゥ・・・?」
猪とも狼ともとれる動物は、戸惑っていた。自分自身が身動きが取れなかったこともあるが、それよりも目の前の生き物に疑問を抱いた。
「――――なんだ、この世界にも」
手には鋭い鉤爪。皮膚は、否、甲殻は黒く。頭には黒い触角。目はレンズのようになっている。どこからどう見ても人間には見えない。もはや――――
「――――蟻はいるんだな」
――――蟻人間だった。
蟻は自分の体重の何十倍の重さのものを持ち上げることができるという。今の彼がそうだ。
猪とも狼ともとれる動物の突進を片手で止めている。
「生物の中じゃあ、虫が一番強いかもな」
そんな余裕を見せられるほどに、蟻の力は強いのだ。目の前の動物は押しのけようと必死に地面を蹴り上げようとするが、明敏の力が強すぎるため地面を擦るだけに終わっていた。
「・・・・・アキ?」
「大丈夫。すぐ終わらせるっ」
心配するように話しかけた葵だが、明敏には杞憂だった。反対に心配させてしまったことの罪滅ぼしをするように、優しく語りかけながら、猪とも狼ともとれる動物の眉間あたりに強烈な一撃を加える。
「――――ッギャっ」
悲鳴ともとれる鳴き声を上げながら倒れ込んだ。泡を吹いているところを見ると余程の強さだったのだろう。
明敏は力の発動時に落としたであろう携帯を拾い上げ、終わったことを通話口の相手に伝える・・・・・ことができればいいのだが。
『貴方は誰に伝えているのですか?僕はここですよ?』
「は?やけに音が遠いな?聞こえねぇぞ?」
『ですから、あなたは一体誰と話しているのですか?』
「おいっ!!音が遠いって!!もっと近づけよ!!」
蟻は匂いを触角で認識する。そしてお尻から匂いの分泌物をだして食材までの道順を仲間に教える。
つまり――――。
「アキ。携帯はこっち。」
――――蟻は目が見えない。
「え?じゃあこれは・・・?」
「それはただの石。」
「・・・・そ、そうか」
明敏は手に持っていた携帯、もとい、石を捨て、葵の方へ歩いてゆく。手を差し伸べ携帯をもらうジェスチャーをする。
「悪いな、今のところ甘い匂いしか分かんねぇから」
「アキ・・・・。私はこっち。」
差し伸べた手は、葵の進行方向。つまり明敏は明後日の方向に手を差し出していたのだ。
呆れ半分、笑い半分で彼の手を取り、その手に直接携帯を置いた。
「ん、ありがとう」
『まぁ、敢えて何も言いませんよ。
とにかく今、捕獲した動物を商店街へ持って行って換金してもらってください』
「なるほどな、これで金を稼ぐわけか・・・」
『それ以外にも、貴族に献上するという手もありますけどね?』
『理由は、言わずともわかりますよね?』
まるで言葉とは裏腹な口調だった。貴族に献上。それはつまり物事を優位に運ぶための行為。貴族に献上すれば、名も上がる。それほど貴重な肉なのだろう。
商店街で換金すればお金が手に入り、生活が楽になるだろう。しかし貴族に献上すればそれ以上に裕福な暮らしが手に入ることは、まさに言わずもがな――。
(これは選択か?多分、どっちを選んだとしても死ぬことはねぇだろう・・・。ただ・・・、信用の問題か・・・。)
以前は死が待っていた。貴族に味方をしなければ死んでいた。しかし、今回はそれとは違う。どちらを選んだとしてもお金が入ることに違いは無い。しかし今後のことを考えると、貴族に肩入れをすれば物事はスムーズだろう。
「どっちを選ぶなんて・・・・・。
――――決まってんだろ?」
明敏は口の端を上げ、薄らと笑を作り答える。
「お得意の能力でしっかり見てな!!」
そういって通話を切り、能力を解除する。泡を吹いて倒れている、猪とも狼ともとれる動物を担いで商店街へと歩いて行った。
街は賑わっていた。否、騒がしかった。それはいつものことだが、今日は違っていた。その理由は、一際人の群がっている場所の中心にあった。
「さぁ皆!!たぁーんと食ってくれ!!」
学ランを全開けして腕捲くり、髪を金髪に染めているにもかかわらず不良感ゼロ。この物語の主人公。宮村明敏。
そして青い髪を風になびかせて瘴気のない目をした少女。如月葵。
二人は、街の中心で焚き火をしていた、という表現は正確ではない。正しくは露店をしていた。
ほんの数分前、商店街へ足を運んだ明敏は一つの答えを持って、近くにあった肉屋の露店の主人に声をかけた。
「すいません、この動物を捌いて欲しいんですけど?」
「いらっしゃい・・・・ってなんだい?捌いて欲しい?」
「はい、これなんですけど・・・」
そういって肩に担いでいた動物を見せる。
「な!!!!!そ、それはっ!!!!!!」
まるで、一つ数億もする物を見るような目で見ていた。言葉をなくすとはこういうことを言うのだろう。あんぐりと開けた口を戻すと主人は告げた。
「ま、まさか!!!あんたが獲ってきたのかい!!?」
「はい。これを捌いて、ここにいる人たちに配りたいんです」
「く、配る!!!??」
主人は驚きを隠せないでいた。それもそのはず、明敏には猪とも狼ともとれるただの動物にしか見えない。しかしこの世界の住人にとって、取ることが困難な貴重な食材なのだ。それを皆に配るというのだから無理もない。
「せめて、うちに譲るってのは・・・?」
「いや、配りたいんです。そこで金を取りたいならとりゃいい」
恐らく主人には明敏が怪しく見えただろう。貴重な食材を売るでもなく、譲るでもなく、無料で提供しようとしているのだから。
暫く主人が考えを巡らせていたが、観念したように了承した。
「わかった。うちで捌くよ。貸しな」
―――そして今に至る。
「いらねぇかーー?貴重なー・・・・・なんだっけ?」
「ウルフボア」
「そう!!ウルフボアのサイコロステーキだ!!!いらねぇなんて言わねぇよな!!?」
民衆はざわついていた。目の前の光景に。
大きな鉄板に並べられた一口サイズの四角い肉。漂う匂いは食欲をそそる。響く音は小気味良く。もはや誰しもが飛びつくだろう。
――――おい、ウルフボアだってよ!!
――――マジかよ!?あれは捕獲が難しいんだぜ!?
――――ハッタリだハッタリ!!
――――けど、もし本物だったら・・・・?
――――バカ言え!!あいつは大人5人でも手を焼くんだぞ!!?
――――もし本当だったら、あの男何者なんだ?
――――ああ、魔術師には見えねぇし・・・
明敏の耳は鋭く例の言葉を捉えていた。民衆のざわつきからただ一言だけを目敏く捉えていた。
――――何者なのか?
待ってました、と言わんばかりに胸を張り、大きく息を吸い、頭の中で台詞を整理する。これから何千何万も言うであろう自己紹介を――――。
「俺か!!?俺は、宮村明敏!!!」
「この世界を、変える男だ!!!!」
『まさか、あのような策に出るとは思いませんでしたよ』
「そうか?俺としちゃ、あの方法で金が入ったことに驚いたけどな」
『いえいえ、ウルフボアの肉に値段をつけないなんて罰当たりもいいところですよ?それくらい貴重なんです』
「確かにありゃ美味かった。一万出しても文句はねぇな」
『それで、お金は幾らほど?』
「えっと・・・硬貨・・・にぃ、しぃ、ろぉ、七十枚ぐらいか?」
『なるほど・・・それだけあれば、暫くは宿暮らし出来ますね』
「分かんねぇな、一ついくらぐらいなんだ?」
『そうですね、円で換算すると・・・・』
『硬貨一枚で、朝晩食事付きのホテルに泊まれるぐらいでしょうか』
「場所によるじゃねぇか・・・・」
『正確な金額は言えませんが、その辺だと思ってください』
「まぁ・・・・いいか・・」
『それでは、また連絡させていただきます』
「ちょっと待った!そういえば今日はじけ――――」
――――ツー、ツー・・・・
「・・・・切りやがった」
「アキ?。」
「どうやら、これだけあれば何とか暮らせるらしい」
「そっか。」
「私は、アキが居ればどこでもいい。」
「・・・・・」
「顔が赤いよ?。」
「う、うるせぃ」
「お、・・・俺だって同じ気持ちだ」
「クスッ、ありがと。」