「『敵を知るなら己を知れ、己を知るなら敵を知れ』ってな?」
分厚い本を眺めながら、そういった男が一人。
学ランの前を全開けして腕捲くり、髪を金色に染めているのに不良感ゼロ。この話の主人公。―――宮村明敏。
「ん?その本は何?。」
そんな彼のとなりで瘴気のない目で覗き込むように尋ねる少女。―――如月葵。
「これか?これは魔道書だってさ」
「魔道書・・・?魔法のことが書いてあるの?。」
「ああ、炎系統、水系統、土系統の魔法が書かれてある」
この魔道書は、商店街でウルフボアという動物の肉を振舞った際、主人にお金と一緒に貰ったものだった。
恐らく明敏を魔術しか何かだと思ったのだろう。
「そういえばさっきの言葉は誰の?。」
葵は思い出したように、話を切り出した。
「言葉?」
「『敵を知るなら~』っていうの。」
「あぁ、あれな?読んでた漫画の主人公の師匠が言ってたんだ」
いい言葉だろ?と言って魔道書へと目線を戻す。余程、心の中に留めているのだろう。食い入るようだった。
――――――プルルルルル・・・
しかし、着信には気づいたようだ。慣れた手つきで携帯を取り出す明敏。目線は魔道書に向いているが、耳に携帯を当てる。
『なかなか理にかなった方法をとりますね?やはり貴方は、正義の味方ですね』
相変わらずの口調。褒め言葉なのだろうが、嘘っぽく聞こえるのは最早いつものことだった。
「そりゃどうも」
『貴方の選択が、僕の計画を狂わせているんですよ』
「計画・・・?狂わせる・・・・!?」
彼が言いたい計画は、恐らく明敏を救世主《ヒーロー》にするということだろう。しかしその計画が狂わされている、というのはどうしても聞き捨てならなかった。
「俺は何も間違ったことはしてねぇぞ!!?」
『ええ、何も間違ってはいません。それ故に計画が短縮されています』
『本来なら、もう少し時間をかけようかと思っていたんですがね?
貴方の行動がそれを短くしたんですよ』
調子の掴めない口調だが、どうやらそれは本当のようだ。恐らく民衆に肉を配ったことが幸いしたのだろう、と明敏は推測していた。
『今、貴方の居る西の街では、
「世界を変える男」がいるという噂が、少なからず広まっています。宣伝の効果ですね』
早すぎますが、と補足を入れた。確かにこの世界へ来てから、二日ほどしか経っていないというのに、噂が立っているのは怪しい。だが、噂の広まり方は様々だが早いのはもちろんの事。同時に尾ヒレ背ビレが付くのもまた、ご愛嬌とも言える。
『それで、早速事件の話に移りますが―――』
そう話を切り出しす。明敏は特に疑問もなかったためか、魔道書に目を配っていて気が散っていたのかわからないが、素直に話を聞いていた。
高見沢陽一の『救世主になるための人生ゲーム』第二弾。
今回はどうやら、比較的簡単なようだった。今現在の場所から、さほど遠くない場所で、複数人による暴動が起こるそうだ。時間は十分後。
「やけに短いな・・・・時間」
『ええ、今回は未然に防ぐというよりも、事件の処理をしていただこうかと思いましてね』
説明し終えた高見沢は、優しげな口調でそう言った。しかし、そう聞こえないのは、単に彼の心の底が窺い知れないからだろう。
「処理・・・?じゃあ事件はもう起きてんのか?」
『いえ、貴方が現場に着く頃には、暴動は強さを増しているでしょう』
そこで、と付け加え説明を開始する。
つまり、暴動が最高潮に達したときに明敏の手で終止符を打つ、ということらしい。
その場に自警団もいるらしいが手がつけられないほどに悪化するのだそうだ。
「なるほどな、そこで俺は自警団と共に暴動を沈めるってことか」
『はい、貴方は話が早くて助かります。ちなみに魔術師の集団ですからね?』
これっぽっちも、びた一文も心配しているように聞こえないのは、単に彼の口調のせいだろう。
「わかってらぁっ、救世主《ヒーロー》にゃ、そんなもん関係ねぇ。だろ?」
『僕に尋ねても意味はないですけどね。頑張ってください』
そういったところで通話を終えようとした時、待ってください、と高見沢が通話を再開した。
『最後に一つ、言い忘れていました』
「何か説明不足だったか?こっちとしちゃ十分だったけどな」
『そうではなく、アドバイスを―――』
そして、一呼吸おいて言葉を紡ぐ。
『――思い込みの激しさは、時に救いになります』
明敏の反論を許さないように通話が切れた。
彼の言葉はいつにも増して掴みどころがなかった。
「オルァァァァ!!!ナメてんのかァ!!!?」
街の中心で、顔を隠した三人の男たちが、集まった民衆に怒鳴り散らしていた。理由は不明だが憤りを隠せない様子だった。
男たちは近くにあるものを蹴り上げ、恐怖心を煽る。
「アアァァン!!?何ガン飛ばしてんだゴルゥァアァ!!!」
駆けつけた明敏は近づけないでいた。それは集まった人ごみのせいだった。肩に触れることができない彼にとって、人ごみは最早行き止まりと同じなのである。
「くそ、何かと融解《フィーリング》しねぇと・・・」
辺りを見渡すが、何もいない。人はいるが動物がいない。どうすることもできないと諦めかけていた時に、ふと、数分前の言葉が浮かんだ。
――――――思い込みの激しさは、時に救いになります。
(・・・ないない。そういう意味じゃねぇだろ・・・・きっと・・)
思い込むだけで力が発動する。そんなことができるのであれば、明敏は今まで苦労はしなかった。故にその考えを打ち消し、救世主になりきる、という意味に自己解釈をいれ気持ちを切り替える。
「アキ、あの路地裏。」
後ろから葵が声をかける。言われた通りに明敏は路地裏を見た。特に目立ったものはない、しかし今の彼には大事なものがあった。もとい居た。
「サンキュー!」
片手を上げ、礼を告げると一目散に走っていった。
暗く、湿った場所。そこに一匹の猫がいた。しかし猫と言うには耳が長かった。弱っているのかそれとも眠っているのか、近づこうとしているこちらに気づいていない。
(けどこれ、傍からみりゃ動物虐待しようとしてるみてぇだな・・・・)
ゆっくりと猫に手を近づける。気づかれてもいいように警戒はしているが、なるべく穏便に済ませたいとも思っている。
そして、慎重にしたかいがあってか、猫の毛並みに明敏の指が触れる。
―――フィーリング!!
彼の体が光に包まれる。
現れた姿はまさに獣人だった。頭からは長い耳。腕には茶色い毛並みが生えている。爪は鋭く。牙も生えて、獣と人のまさに中間だった。
「よし!」
そう呟いて、葵のそばに駆け寄る。
「葵、悪ぃけど携帯持っててくれ」
「どうして?。」
「暴動だし、何があるか分かんねぇしさ?念のため」
「・・・・・死亡フラグ・・・。」
「死なねぇよ!」
冗談ぽく笑いながら、彼女に携帯を手渡す。そのまま手を頭に乗せ撫でる。
「ちゃんと帰ってくる。―――葵の元に」
優しい笑顔で、恋人に見せるそれで諭すように告げた。そして人ごみの中心へ飛び込んでいった。
「イニエガルだかイシガエルだか知らねぇがな!!自警団だからってチョーシこいてんじゃ―――」
男の一人が自警団に対して、顔に一撃を加えようとした時だった。一つの影が二人の間に割り込んできた。
「――――なっ!!」
「――――っ!!」
そこに現れたのは、人ではなかった。
頭には長い耳に、茶色い毛並み、鋭い爪に、鋭い牙。しかし獣でもなかった。
「――――だ、誰だ!!」
どこかの誰かがそう言った。突然現れたその者は、待ってました、と言わんばかりに口の端を上げ。決まった、と言わんばかりに顔を上げる。
「――――俺か?俺は、宮村明敏」
「――――この世界を、変える男だ!!」
「はぁぁあ?何ふざけた事――――」
「おい!コイツって、噂の・・・・」
男たちは明敏の名前を聞いて動きを止めていた。噂の広まりは予想以上に大きい
ようだ。
「き、君。ここにいては危ない早く離れて」
明敏は何をおかしなことを言っているのだろう、と思っていた。自分自身がこの危ない状況を変える人間であるのに、と。
「お前らこそ離れろ。ここは俺が引き受ける」
自警団の一人を手で制し、暴動を起こした男たちを睨む。否、観察する。
手の平、手の甲、腕、肩、胸元、足、顔。どこに魔術が施されているのか。
(・・・・三人とも腕か手にあるな)
「テメェは確か、貴族に肩入れしたやつだったなァ?今回も機嫌取りかァ?」
「・・・・・・・」
確かに貴族を殺そうとした者から守ったのは事実だ。人身売買を平然と行っていた貴族達に憤りを覚えないといえば嘘になる、が、正義のための行為だった。事実、明敏は内心では間違っていると思っている。
「ハッ!!俺にゃァ無理だぜ?糞どもに肩入れなんざァよォ?」
下衆な笑いをあげ、相手を嘲笑する男たち。恐らく彼らにとって、否、貴族という存在が、この世界の人たちにどういう印象を受けているのかは、一目瞭然だった。
「まぁとりあえずやっちまうか?この国のワンコロを」
一人の男。この三人の中のリーダーと思しき一人が前に出る。まるで魔法を使うまでもない、と言わんばかりに肩や手首を回し、おまけに指を鳴らす。
「テメェに恨みはねぇが、とりあえず・・・・」
勢いよく地面を蹴り上げる。腕を大きく振りかぶり攻撃に威力を加える。
一方、明敏は動かなかった。声が聞こえなかったわけではないだろうに。しかしまるで彼だけ時間が止まったかのように、動かなかった。
「――――眠っとけやアァァァァアァ!!!!!」
――――――ガッ
と、そんなに音が聞こえ・・・るはずだった。明敏の顔に男の拳がめり込むはずだった。少なくとも民衆と三人の男たちにとっては。
「――――――何ィっ!!」
しかし、明敏にとってはそれはただの妄想に過ぎなかった。なぜならその妄想は一本の手で受け止めたことによって、打ち砕かれているのだから。
「・・・・・だから何だ・・・・」
ドスの効いた低い声で明敏が口を開く。腹の底から引きずり出すように。
「貴族を助けたことが・・・・・、そんなモンがッ――――」
攻撃を受け止めた手に自然に力が入る。今にも握りつぶさんとするように。
「・・・・・ぅぐっ・・・・」
「お前ぇらを見逃す理由になると思ってんのか!!!」
――――――グギギッ
声を張り上げたのと同時、男の手から悲痛な効果音が鳴った。――手がひしゃげたのだ。
「――――――グァァァァ!!!!」
それもそのはず、今の彼は動物と融合しているのだ。生物界で底辺に人間がいる限り、今の彼には力で勝てることはないだろう。
「なっ!!アイツ手を潰しやがった!!!!」
「ば、バケモンだ!!!」
聞きなれた言葉。言われ尽くした言葉。しかし明敏にはただの悲鳴にしか聞こえなかった。
目の前で痛みを訴える男の腹に一撃を加え、気絶させる。襟首を掴んで、後ろの
自警団に手渡す。
「ほら、こいつを捉えてろ」
「あ、・・・・は、はいっ」
状況に戸惑っていた自警団の一人は、我に返ったように気絶した男を取り押さえた。
「・・・・くっ、この・・バケモノがっ!!」
残っていた男たちの一人が、地面に手を突く。すると地面に柱のようなものが明敏に向かって突き出す。
「・・・・・ッ!!」
それを避けることをせず、受け止める。決して避けられない。なぜなら、自分の後ろには大勢の人がいるのだから。
「よっしゃ!!そのままにしとけよ!!?」
土の柱の上を渡り、明敏に攻撃を仕掛ける。手には水の槍があった。男は飛び上
がり、彼の上から狙いを定め、槍を飛ばす。
――――――瞬間
男の視界に敵である明敏の姿が近くにあった。
「――――は?」
そんな疑問符などすぐに打ち砕かれる。彼の跳躍は軽やかに、そして素早く、音はなかった。
「二人目――――!!」
そう聞こえた時には男は既に意識はなかった。
――――攻撃を加えられたのだ。
「ワンコロがァァァ!!!よそ見してんじゃねぇぇよ!!!!」
残りの一人が自らの魔法で足場を作り、こちらに向かっていた。勿論、油断などしてはいない。
野生動物の耳は、人間のそれよりも遥かに優れているのだから。
「これも頼むぜ!!」
気絶した男を下にいる自警団へと投げる。その声に反応して、複数人でそれを受け止める。確認を終えた明敏は速かった。
「はぁぁぁぁーーー!!」
魔法で作った剣で男は、攻撃を仕掛ける。しかしそんなものが当たるはずも無く躱される。服を掴まれ腹に足を当てられる。
「いくら魔法使いでも、高いとこから落ちりゃ死ぬよな?」
何かを企んでいるような顔に男は恐怖を覚える。しかし言っている意味が分からず思考が停止していた。
「――――っ!!」
勢いよく蹴り上げる。人一人蹴り上げたというのに、それは軽々と上に飛んでいく。それもひとえに、動物の力だろう。
「・・・・・?」
何が起こったのか分からず、謎の浮遊感だけを感じていた。が、世の中には『重力』というものが存在する。
故に――――。
「――――うぅぅわぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」
――――落下する。
人間の体の中で一番重いのは、頭である。つまり不思議なことに、自然に、頭が下に行き地面が近づいていくのが見える。
男は、必要がないまでに、死を覚悟せざるを得ない。
「――――――ギャァァァァァーーー!!!!」
明敏は自然落下している男を見ながら、近くにあった土の柱を使って下に降りる。しかしゆっくりではない。素早くだった。
落下する人間を視界に入れながら、できる限りの速度で降りていく。
男の視界には地面が近づき、死の境界線が近づいていた。
――――まさにその瞬間。
腹に強い衝撃が走り、視界の地面が速度を止め、息もかかるほどの距離に存在し
ていた。
「ふぅ・・・。間に合った・・・・」
明敏は逆さになった男の腰を腕で抱え、間一髪で助けた。
「・・・・あわ・・・・・あわわ・・・・・」
「ん?どうした、さっきまでの威勢は?」
腕に抱えた男の体勢を整えてやると、緊張の糸が切れたのか膝から崩れ落ちた。そして崩れ落ちた体制のまま――――。
「・・・・す、すいませんでした・・・・」
土下座をして謝罪をした。
自警団の一人が男の身柄を確保する。その間、妙な静けさが漂っていた。無理もない、いくら暴動を止めたからといって、一歩間違えば死人が出ていたのかもしれないからだ。
(やっぱ、こうなんのか・・・)
明敏は人ごみをかき分け、葵の元へ戻ろうとした。やはり救世主になるとは言え、噂の広まりが早かったとは言え、受け入れられるにはまだ早かった。
寂しそうに、ではなく、むしろそれが当然だと言わんばかりに歩き出す。
「協力、ありがとうございますっ」
勢いのある口調でそう聞こえた。振り返ると、自警団の上司である人物が前に出て綺麗な敬礼をしていた。
「「「ありがとうございましたっ」」」
上司に習うように、他の自警団の人も綺麗な敬礼をしていた。そんな中、ひとつの小さな人影が明敏に近づく。
「お兄ちゃん、ありがとー」
それは――――小さな子供だった。
「――――助けてくれてありがとーー」
明るい声で、満面の笑みで。自然、彼の心に深く響いていた。
それを皮切りに民衆から大歓声が上がった。まるで祝福するように、歓迎するように。
明敏は初めてだった。誰かに受け入れられることが、認めてもらえることが、感謝されることが――――。
心の底から嬉しかった明敏は、決意を新たに。
「俺が!!!」
「世界を変えてやらァ!!!」
そう――――叫んだ。
『どうも。葵君ですか?』
「・・・・・・・。」
『お久し振りですね、あの時以来ですかね?誘拐した時の――――』
「・・・・・・・。」
『どうですか?彼と居て楽しいですか?元気にしていますか?体を壊していませんか?』
「どうしてそんなこと訊くの?。」
『・・・・・・・』
『いえ、どうやら僕は執着心といいますか・・・愛着心が強いんですよ。ですから葵君の安否が気になって気になって』
「・・・・そう」
『ええ、・・・・私としては・・・・とても・・・』
『今、明敏君はお仕事中ですか?』
「うん、闘ってる。」
『そうですか、では長話もできませんね。葵君とはまた時間がある時にでも、ゆっくりお話をしましょう』
「貴方と話すことはないわ。」
『いえ、僕があるんですよ』
「じゃあ今話せばいいのに。」
『時間がありませんから。それにほら、僕は長話してしまうタチですし』
『ですから・・・・また、日を改めて』
『彼に伝えておいてください。思い込みは重要だと』
「・・・・・・・・」
「・・・・不思議な人」
―語られなかった一コマ―