救世主になりたい男の顛末   作:愛・茶

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心のわだかまりを解消するために、占いに来た明敏。


しかし、妙な疑いをかけられ、強襲を受ける。

呪術師と名乗るミケは、明敏を家族の仇と勘違いする。




――その時、六人の男が街に、明敏の名を叫びながら迫ってくる。


近くには生き物はいない。


――――――触れられない。


能力を使えない状況で、彼はどう戦うのか――――――。


序章~進化~

「殴りこみじゃぁぁぁぁぁああぁあああ!!!!」

 

 鬼気迫る勢い。男たちはそれぞれ風、水、火、土、氷、雷の魔法を発動させながら走り込んでいた。

 

 明敏は構えを取る。しかし、ここで同じように走っていくと、負けてしまう、という事よりも腕に触れてしまう、という事のほうが重要だった。

 

 

 

「ここは、どう動くべきか・・・・」

 

 

 

 後ろには肩を負傷させてしまった少女。目の前には六人の鬼気迫る男たち。

 そもそもここは、商店街。人がたくさんいる。幸い明敏の周りには誰もいないが、そんなもの戦闘になれば野次馬が集まってくる。被害は免れない。

 

 そんなことを考えていると、風を使う魔法使いは明敏に攻撃を仕掛け用としていた。風を腕に纏わせ、拳を突き出す。

 

 

 

「はぁあぁぁぁぁああ!!」

 

 

 

(近距離なら・・・・!!)

 

 

 

 華麗にそれを避ける。そして、体を回転させ勢いを付け、手に持った金属の棒を相手の後頭部にぶつける。

 しかし当たり所が良かったのか、悪かったのかすぐに体勢を立て直した。

 

 

「なかなか・・・・・やるじゃねぇかっ!!」

 

 

 振り向きざまに風の魔法で攻撃をする。さすがの明敏も避けきれず、まともに受ける。

 

 

「――――――くっ!!」

 

 

 皮膚に切り傷が出来ているところを見ると、あの風は殺傷能力がある。迂闊に防ぐわけにはいかないと判断した。

 

 

「どこ向いてんだ!?敵はこっちにもいんぜ!!!」

 

 

 後ろに振り返ると一人。氷を腕に纏わせ剣のように発動させた魔法使いが近づいていた。残りの四人が見当たらなかったが、そんなことを考える余裕はない。

 

 氷の魔法使いが、氷剣を横薙ぎに切りつけようとしていた。

 

 

「剣の立ち合いは・・・得意だぜ!」

 

 

 別段臆することもなく、飛び込む。明敏は相手の氷剣を纏わせている腕の、肩に一撃を入れる。

 

 

「――がっ!!」

 

 

 痛みでひるんだ隙に、横顔に向けて一撃。鈍い音がしたことを確認するまでもなく、反対側の横顔へ一撃。

 

 

 

「――――――っ!!!」

 

 

 

 最早、声も出ないほどの激痛だったようだ。しかしそうでなくては困る。殺すつもりはなくても、気絶させるつもりなのだから。

 

 華麗なまでの三連撃に加え、相手の鳩尾に一撃。中学剣道では禁じてだった突き。それは一歩間違えば死につながる可能性があるからだ。

 だが、明敏にはお構いなしだった。誰かを救うには犠牲がつきもの。しかし自分の犠牲が一番いけないことを知っている。この世界を変えなければならないのだから。

 

 

「水流!!」

 

 

 そう誰かが叫んだ後、激しい水の流れる音が響いた。出処は分からないが、当たらないためにも横に大きく飛ぶ。

 間一髪、明敏のすぐ近くを水柱が通った。

 同時に適当に飛んだため、近くにあった店にぶつかる。

 

 

 

「へっへっへ・・・・」

 

 

 

 下衆な笑いが聞こえた時には、既に囲まれていた。数は四人。まともに相手取るには明敏にはハンデが大きすぎる。

 

 

 

――――――触れない。

 

 

 

(足を使うのも有りかもしれねぇが・・・・・)

 

 

 

 それはあまりにも隙が大きすぎる。体術に難がある彼にとって武器を使わない攻撃は、絶望的だった。

 

 

 

「ヤッちまえぇぇぇええ!!!!!」

 

 

 そう、叫び声とともに男たちが飛びかかってきた。

 

 

 

(・・・・・何か・・・・何か手はねぇか・・・?)

 

 

 

 後ろに手を伸ばす。すると、何か金属系の物体に触れた。

 明敏は思い出していた。六人の中に電気系の魔法を使う男がいたことを。

 

 

 ――電気は金属に反応する。

 

 

(これで、一人は・・・・)

 

 

 答えを決めた明敏は手に持ったものを男たちに向かって投げつける。案の定それは金属系の鉄板だった。恐らくは防具かなにかだろう。

 

 

 しかし飛んでいく鉄板は、なんの意味もなさなかった。何故なら、誰一人として電気を出さなかったのだから。

 

 

(振り払わねぇのは計算外だぜ)

 

 

 しかし明敏は、その状況さえ頭の中で組み込んでいたことだった。目の前に浮遊する鉄板を、手持ちの棒で叩く。

 

 

 

「―――!!」

「―――っ!」

 

 

 男たち二人の顔を横切る。相手に大きく隙ができたことを明敏は見逃さない。冷静に、横顔へ一撃、腹に一撃加える。

 

 

「はぁぁああ!!」

 

 

 怒号とともに火の玉が飛ぶ。怯んだ敵とは別に二人、魔法使いが攻撃を仕掛ける。

 

 

 

 

「―――ぐあっ!!」

 

 

 

 しかし、明敏の目の前で火の魔法使いが横から飛んできた炎に巻き込まれる。

 

 

「アタシの用はまだ終わってないんだけど・・・」

 

 

 そこには、真っ赤な髪のポニーテールの少女がいた。赤を基調とした服に身を纏った呪術師がいた。突然の出現に男たちは動きを一瞬止める。

 

 

 

「――――!!」

 

 

 しかし明敏には、十分な時間だった。目の前にいた男の顎に一撃を加え、気絶させる。

 

 そして、残る一人を探した。

 途中、火だるまになった男を見る。かなり火傷を負っていたが、彼女なりに手加減はしたと思われる。何せ、あの呪術と言われるものは魔法とは違う何かがあった。恐らく人さえも簡単に殺せるだろう。

 

 

 

 

 

「テメェぇらぁぁ!!動くんじゃねぇぇぇええ!!!」

 

 

 

 

 怒号に振り向く明敏は、自分の目を疑った。一人の女性が人質にされていたのだ。

 

 

 

「いいか!そこから一歩でも動いてみろッ!!この女をミンチにしてやっからなぁ!!」

 

 

 

 風の魔法使いが、自分の指に風を纏わせ、女性の首に近づけていた。

 

(ハッタリじゃあねぇだろうな・・・・)

 

 根拠はなかったが、明敏の中の何かがそう告げていた。

 

「要求はなんだ!!」

 

 

「要求ゥゥ・・・?んなもんはねぇ、ただの敵討ちだ!!」

 

 

 周りに民衆が集まり出す。自然、この光景にざわつきが大きくなる。この状況を打破しようと、明敏は頭をフルに回転させた。

 

 

「人質か・・・・・」

 

 

「アァン?」

 

「俺は武器の扱いに長けてんだ。お前も見たろ?

 下手すりゃ、お前だけに攻撃することは、難しくねぇぜ?」

 

 

 嘘だった。

 幾ら扱いに長けていようとも、人質を取られた状況でそんな大それたことができるはずはない。しかし、これは相手の隙をつくための方便に過ぎない。

 

 

「そうか・・・、だったらァ!!武器を捨てて、腕を頭の後ろに回せェ!!!」

 

 

 ―――失敗した。隙を作るどころか逆に不利な状況を作ってしまった。

 

 

(やべぇ・・・・打つ手がなくなった・・・・)

 

 

 相手の支持に素直に従い。棒を後ろへ投げ、頭の後ろに腕を回す。

 

 

「イイかぁ!!女!!妙な真似をしたらどうなるか分かってんだろうなァァアア!!」

 

 

 女。恐らくは明敏の後ろに居るミケのことだろう。何かしてくれると期待をしたが、読まれていたようだった。

 

 絶望的だった。打つ手も、策も、逆転の秘策もなかった。相手に隙が出来たとしても、棒を取って反撃するまでに時間がかかる。

 

 

 

「さて、テメェをどう痛めつけようかァァ・・・」

 

 

 

 卑屈に笑う男。

 最早打つ手のない明敏は、抵抗する気も起きなかった。

 

 しかし、視界に一つの小さな人影を捉えた。

 

 

 

 ―――子供だった。

 

 

 

 どこから現れたのか、明敏の後ろから金属の棒を持って、風の魔法使いに立ち向かっていった。

 

 

 

「おい!!馬鹿やめ――――――」

 

 

「アン!!?邪魔だクソガキィィイ!!!」

 

 

 

 明敏の叫びは男の声でかき消された。魔法使いは腕を振るって攻撃をする。三つの風が立ち向かう子供に襲いかかる。

 

 

「――――っ!!!!!」

 

 

 その光景は赤く染まっていた。決して夕焼けではない。――――鮮血だ。

 

 

 

「アハハハハァアァア!!!テメェも三枚におろされたくなかったらじっとしてなァ!!!」

 

 

 

 地面には赤い液体が飛び散り、肉片も転がっていた。とても目を当てられない光景に、明敏は膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 ――――――完全な絶望。

 

 

 俯く彼は、何かを表現するように自分の左腕を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『将来の夢は、ヒーローになることです。』

 

 

 

『弱きを助け、強きをくじく。そんなスーパーヒーローになりたいです。』

 

 

 

 ・・・・何がヒーローだ。

 

 出来てねぇじゃねぇか。誰も救えてねぇじゃねぇか。目の前にいた子供さえ助けられねぇじゃねぇか。

 

 手を伸ばしゃ、止められたじゃねぇか!!!なんでしねぇんだよ!!!

 

 

 

 ・・・・・くそっ!!この腕さえなけりゃ・・・。

 

 

 いっそ、肩ごと切り落として義手でもしてりゃ、もっと救世主らしいことが出来たんじゃねぇのか・・・・?

 

 最初から、ライオンとかに『融解《フィーリング》』して肩を切り落とせば・・・・・、救世主として活躍できたんじゃねぇのか・・・・?

 

 

 

 ・・・・・・ライオン・・・・か・・・。そうだ。

 もしこの腕がライオンの腕だったら、簡単に能力を使えるんじゃねぇか?

 

 そしたらいちいち動物を探す手間が省けるってもんだ。

 

 

 この腕が・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 ・・・・・ん?・・・・なんだ・・・?この感触。

 

 ・・・・・毛並み?俺は体毛は薄いほうだぞ?親からも「剃ってるの?」なんて言われるほどねぇんだぞ。

 

 

 じゃあこれは・・・・・?

 

 

 

 ・・・・・んだよ・・・・これ・・・、腕が・・・・・変わってやがる・・・!

 

 

 

 ・・・・・・・・!!

 

 

 なんだ・・・・・そういうことかよ。何で、んなことに気づかねぇんだ俺は・・・。簡単だったじゃねぇか。

 

 ヒントなんざねぇ、寧ろ答えが出てたじゃねぇか。

 

 

 

 

 

――――思い込みの激しさは、時に救いになります。

 

 

 

 

 恥ずかしいぜ。こんなことで悩んでたなんてな。

 思い込みゃいいんだ。何もかも。

 

 

 俺は何ができるのかを――――。

 

 

 

 ――――――くだらねぇ力じゃない。

 

 

 

 ――――――必要ない力じゃない。

 

 

 

 

 ――――――誰かを不幸にする力じゃない。

 

 

 

 

 これは俺を・・・・いや、誰かを――――。

 

 

 

 

 

 ――――――救う力だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「染色体X《クロス・フィーリング》!!!」

 

 

 

 自分の腕をクロスするように掴み、明敏の体は光に包まれる。

 体の中に溶け込んでいく感覚。ではない、体の中が変化する感覚が彼を襲う。

 光の中で形を変えていく。

 

 腕には茶色い毛並み。指には太く鋭い爪。口には大きく鋭い牙。頬に長い髭。頭には勇ましいタテガミ。染めた金髪に、茶色い毛並みが混じっている。眼は、まさに王と呼ぶに相応しい程の恐ろしさ、狩人の威厳がにじみ出ていた。

 

 

 

「――――――っ」

 

 

 その場の誰もが絶句した。

 無理もない。目の前で人が形を変えていくのだから。

 変身を終え、ゆっくりと立ち上がる。そして、鼻から息を吸い込み、肺に入れ溜め込む。

 

 喉を通し、声帯を震わせ、第一声を上げる。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――ガァァオォォォォォオオォオオ!!!!!

 

 

 

 

 

 獅子の咆哮。まさにそう言うには相応しい程に、地面を震わせ、人を恐怖に震わせた。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・ば、・・・・・ばばばバケモンだ!!!」

 

 

 

 

 聞きなれた言葉だ、と思った獅子は気にする様子もなく目の前の悪に対して、口を開く。

 

 

 

「その人を離せ」

 

 

 淡々と、無感情に言い放つ。

 

 

 

「ち、ちち近づくなぁ!!!!」

 

「離せ」

 

 

 無感情な獅子は、一歩ずつ歩んで行く。

 

 

 

 ―――その一歩は、勇ましく。

 

 

 

 ―――その一歩は、誰もが恐れ。

 

 

 

 ―――その一歩は、全てを凌駕する狩人の余裕。

 

 

 

 恐怖に打ちひしがれた魔法使いは腰を抜かし、自然、人質を離していた。近づいてくる獣に体が思うように動かなくなっていた。

 

 

 

「――ヒッ!!」

 

 

 胸ぐらを掴まれ、顔の辺りまで持ち上げられる。悲痛に歪んだ顔を目の当たりにしても獅子は表情を変えはしなかった。

 

 

「お前のしたこと、分かってんだろうな・・・?」

 

「―――ヒッ!!す、すみません!!も、ももうしませんから!!!」

 

 

 謝罪を続ける男。見苦しいの一言だが、獅子は次第に眉をひそめる。

 

 気に食わないのだ。ただ謝罪して許してもろうとする、その男の心境に―――。

 

 

 

「人を殺しておいて――――――」

 

 

 

 

 

「簡単に許してもらえると思うな!!!」

 

 

 

 腕を振りかぶり、魔法使いの顔に向かって勢いよく拳を叩きつける。これでもか、というほどに男は地面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 暫しの静寂の後、能力を解除した明敏は、民衆へ向き直り―――

 

 

――――――頭を下げた。

 

 

 

 

「すいませんでした!!犠牲者を出してしまって!死者を出してしまって!!」

 

 

 

 

「助けられなくて!!!すみませんでした!!!」

 

 

 

 許してもらおうとは思っていなかった。ただ、救世主でありながら、何も守れなかった自分への戒め。自分を責めていた。

 静寂は続く。

 誰もが攻めているわけではない。むしろ救ってくれたのだと思っているものが殆どだ。

 

 しかし、目の前で起きた事が壮絶すぎたため、誰も前に出られないのである。

 

 

 半ば諦めかけていた。―――その時。

 

 

 

 

「アキト・・・だっけ!!?」

 

 

 

 

 人ごみの中から一つの声が響いた。商人とは思えないただの青年だった。

 

 

「ありがとう!!オレは感謝してるぜ!!!」

 

 

 前に出た青年は明敏に向かって声を張り上げていた。

 

 

「犠牲者が出たのはしょうがねぇと思う!!だからアンタが気に病む必要はねぇ!!」

 

 その言葉は眩しかった。決して人の死を軽んじてはいけない。そんなことは青年にだってわかっているはずだ。

 だからこそ、明敏にとってその励ましは眩しかった。

 

 きっと、長く居られないと感じたのだろう。彼はもう一度頭を下げ、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿への帰り道。

 

 

 

――――――――――――プルルルルル・・・・

 

 

 

 この世界では不自然な、機械音が響いた。それはどこでもない、明敏の足元からだった。

 

 

「・・・・・・・?何で・・・・こんなとこに?」

 

 

 口ではそう言っていたが、どことなく答えは出ていた。自分の冷静な判断力と回転の速さは時に恐ろしさを覚えてしまう。

 

(・・・・誘拐・・・・可能性がないこともねぇ)

 

 二度ある事は三度ある、という諺もある。一度誘拐が起きている以上、可能性から外せない。とはいえ流石に二度とも高見沢ではないだろう。

 

「もしそうだったら、殴ってやっからな・・・」

 

 そう、呟きながら心を落ち着かせて落ちている携帯を拾い上げる。

 

 

「もしもし、葵が消えたぞ。またお前か?」

 

『・・・・おや、葵君が誘拐されたとなぜ気づいたんですか?』

 

 

「当たり前だ。こんなことすんのはお前ぐらいだろ。

 大方、電話をかけたら葵が出た。

 仕方ねぇから世間話でも、と思ったら俺が危険な状況にあったから、携帯を届けさせた。違うか?」

 

 

 

 明敏は胸騒ぎを抑えながら、淡々と告げた。携帯を預けていたことや、相手の行動を分析した結果の推測だ。絶対とはいかないまでも、少しくらいはあっているだろうと、たかを括っていた。

 

 

『流石、いい推理です』

 

 

 口調とは裏腹に余裕がないように聞こえる。早く本題に入りたいようだった。一体どうしたのだろう。いつもの嘘か本当かわからない口調ではなかった。

 

 しかし、明敏はそんなことお構いなしと一つの疑問を投げかけた。

 

 

「けど、腑に落ちねぇ。また誘拐する理由があんのか?」

 

 

『・・・・はい?何を言っているのですか?』

 

 

 高見沢は素っ頓狂な声を出していた。いつもと違う調子に明敏は何かを感じ取っていたが、それを確信へと繋げられなかった。

 

「いや、お前が何言ってんだ?葵がいねぇんだぞ?」

 

 明敏はあくまでも高見沢が誘拐したのだと思っている。しかし、通話口から呆れたような短いため息が聞こえた。

 

 

『今回は私が誘拐したわけではありません。ジェラードと言う暴力団の仕業です』

 

 口調も呆れ気味だった。しかし、次に言葉を口にしたときは、詫びるような口調だった。

 

『携帯が道端に落ちていたのと、葵君が居なくなるまでの過程は合っています。完全にこちらの不注意でした』

 

 

 

 嘘ではなく、心の底から―――。それゆえに、事実の重みが増したような気がしていた。

 

 

 

「じゃあ・・・・・葵は・・・?」

 

 

『今、その暴力団のボスの場所へ連れて行かれています』

 

 

 明敏は膝から崩れ落ちそうになるのを堪える。頭がふらつきながらも、足に力を入れ踏ん張る。

 ともすれば、携帯を落としてしまうほどに彼には衝撃が強かった。

 

 

 

「・・・・どこにあるんだ?」

 

 

 しかし、同時に言葉にできない怒りがこみ上げていた。自分では気づいていないほど、声にはドスが効いていた。

 

 

『大丈夫ですよ。少なくとも酷い目には合わないでしょう』

 

「暴力団だぞ!?どんな奴らかわかってんのか!!?」

 

 

 心配を減らそうと、高見沢は彼女の安否を伝えたが火に油を注いだようだった。

 しかし明敏は暴力団というものの恐ろしさを知っている。経験はないが話だけならば聞いたことがある。故に高見沢のその発言には、堪忍袋の緒が切れる思いだった。

 

 

『とりあえず落ち着きましょう。これでは落ち着いて話もできません』

 

 

 高見沢でも、唐突な憤りの理由は分かっている。しかし、自分の見た未来では葵の死の可能性は低かった。

 それを伝えたい気持ちはあった。伝えさえすれば全て思い通りになるのだから。

 

 

「・・・・ちょっと、整理させてくれ」

 

 

 そんな思いを巡らせていたが、明敏は彼の言葉に従うように深呼吸をした。頭を冷やしているのだろう。彼のそういう頭の回転の速さ、冷静さは評価に値するだろう。

 ひと呼吸おいて、言葉を紡ぐ。

 

 

「葵は誘拐されたんだな?」

 

『はい、そうです』

 

 

 

「それは、お前がやったんじゃねぇんだな?」

 

『はい、ジェラードと言う暴力団の仕業です』

 

 

 

「そして、それを引き起こしたのは、お前の責任でもある、と?」

 

『・・・・ええ、私の不注意です。ですから彼女を助けてください』

 

 

 

 

「・・・・でも、葵は心配いらねぇんだろ?」

 

『正確には、彼女の身の保障は安全です』

 

 

 ゆっくりと、順を踏むように質疑応答を繰り返した。だが終始、高見沢は焦りがあった。その受け答えが面倒だと言わんばかりに。

 しかし対照的に明敏は落ち着きを取り戻していく。先程までの憤りが嘘のように。

 

 葵が誘拐された、そう明敏は冷静に心に刻んだ。

 

 そして、何故自分よりも関係のない人間が焦っているのだろう。明敏なそれだけが気にかかっていた。

 

 

「何でこの状況を防げなかったんだ?」

 

 

 まずは根本的なところから攻めて行った。未来を予測する力を有していながら、予期できなかった理由を尋ねる。

 

 

『情けない話ですが、寝ぼけた頭で能力を使ってしまって・・・・・』

 

 

 高見沢曰く、葵が誘拐される事を知るよりも先に、明敏の身の安全を最優先しようとしたらしい。つまり、彼女が携帯を渡しに行くこと以外頭になかったのだそうだ。

 何とも言い難い心境の明敏は、ため息が漏れた。それは呆れでもあった。

 

 

「じゃあ、身の保障ってのは?」

 

 

 明敏は、疑っていた。何か裏があるのではと―――。

 確信はない。だが、高見沢が焦る理由が見当たらない。実は、これは彼の言う『ゲーム』のうちの一つではないのかと。

 しかし、高見沢はその言葉を待っていたようだった。

 

 

『それはいい質問です』

 

 

 真剣な口調。まるで今から全ての真相を話すような雰囲気が漂っていた。

 

 

 

『ですが、それには―――』

 

 

 次の言葉に、明敏は口を固く閉ざしてしまう。驚きのあまりに口が開かなくなるからだ。

 

 

『―――葵君が、何故フィーリングが通用しないのか。

 

 というところから話さなければいけなせん』

 

 

 沈黙になるにも関わらず、言葉を続ける。

 

 

『まず、彼女の正式名称は「AOI223922」―――』

 

 

 

 

『私の造った自己成長型アンドロイドです』

 

 

 

 

「――――――っ!!!」

 

 

 思わず息を飲んだ。

 

 それは一番身近な人間が人間ではなかったからだ。

 確かに明敏の異能力は『生き物』に反応する力。相手が機械であれば反応するはずもない。

 そんなことは幼少の頃に試すたことがあるため既にわかっている。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!!葵には触れたことがあんだよ!!でもあいつの体は人間だぜ!!?」

 

 

「お前の言ってた『思い込み』ってのが俺の能力に何か制限をかけられるんだったら。

 人間だと思ってた葵に触れた時に、何で能力が発動しねぇんだよ!!?」

 

 

 確かに、思い込むことで動物に触れる必要なく力が使えるのなら、人と思い込んでいた葵に触れた時に力が発動するはずだ。

 

 

『それは、彼女に初めて触れたとき、貴方は「人」だと判断したでしょう。しかし貴方の能力はそれを「人」と判断しなかった』

 

 

 淡々と、嘘も偽りもない口調で告げる。

 

 

 

 

「んだよ・・・・・それ・・・・嘘だろ・・・?」

 

 

『いいえ、嘘ではなく全て本当です。今までも、今からの話も』

 

 

 

 嘘じゃない。そんなことは話し方で既に分かっていた。偽りを言う理由などないのだから。

 しかし、一つ腑に落ちないことがあった。

 

 

「そういや、葵はずっと一緒にいたんだぞ?それをどう―――」

 

 

『ええ、ですから彼女は「成長」するんです。開発した特殊な機械を用いて。

 

 機械でありながら、しっかりと、年を重ねるたびに。心も、体も』

 

 

 明敏には一言一言が突き刺さるように心に響た。

 声に真実味があるだけに、信じたくない現実が彼の前に立ち塞がる。

 

 

「しょ、証拠――――証拠がねぇ!」

 

 

 

『見苦しいですね。貴方、本当はわかっているのでは?』

 

 

 

 

 冷静な一言。

 もしこれが夢であれば、どんなにいいか。そんなことを思っていた。しかし明敏は頬をつねっても、覚めない夢から、頭を抱え受け止めたくない真実から、逃れるための逃げ道を探す。見苦しいのは百も承知だ。しかし、それほどに信じがたいものなのだ。

 

 

「証拠だ!!証拠がねぇことには――――――」

 

『彼女の裸を見たことありますか?』

 

 

 

 明敏の言葉を遮って放った言葉は、意表をついていた。一瞬、戯言を言っているのかとも思われた。この後に及んで、ふざけている場合ではないことは彼自身わかっているはずなのに。

 

 

 

「・・・・あるわけねぇだろ」

 

 

 考えてみれば彼女との付き合いは長い。お互いに考えていることが分かってしまうんじゃないかといほどに長い。

 しかし、一度たりとも葵の身体。即ち生まれたままの姿は見たことがない。見たくないといえば嘘になるが、見たことはない。

 

 

 

『そうですか、では一度見てみてください。

 彼女の体は、機械という部分を最大限に削ぎ落とし、無駄を極限までなくしています。

 

 ――――――あくまで人間に見えるように』

 

 

 

 ですが、補足をいれ話を続ける。

 

 

『動力炉だけは、どうしても納まりきれないんですよ。重要な心臓部分ですからね。

 ですので、彼女の胸のあたりには、円形の光る筒が飛び出ているはずです』

 

 

 それが証拠です、と言って話を終える。この時、明敏は葵の体を思い出していた。といっても裸ではない。いつも見る制服姿の葵だ。

 カッターシャツにブレザーを羽織った、比較的一般の私立高校に通う、一般の生徒の服装だった。特に着崩してもいなかったため、胸元が見えることはなかった。

 どれほど、その『動力炉』が飛び出しているのかわからないが、恐らく服越しでは確認できないのだろう。

 

 しかし愛した人が機械だったという事実は明敏には重かった。

 自分の力が効かないのは、何かの特異体質なのかと思っていた。

 

 ところがそれは、単純に生き物じゃなかったというだけだった。

 

 泣けばいいのか。

 

 怒ればいいのか。

 

 悩めばいいのか。

 

 笑えばいいのか。

 

 喜べばいいのか。複雑な心境だった。

 

 言葉にはできない気持ち。心の中で渦巻く思い。

 しかしそれで葵のことが嫌いになったのかと問われれば、そうではない。

 

 好きかと問われれば、相も変わらず好きだと言えるだろう。

 

 

「・・・・・・・・・・はぁ・・・・」

 

 だからこそ、明敏は何ともし難い気持ちを大きくため息を吐いて済ませた。

 

 

 

「・・・葵は、そのことを知らねぇのか?」

 

 

『いずれ話すつもりです』

 

 

 

「葵の身の保障ってのは、・・・・・アンドロイド・・・・だからか?」

 

『ええそうです』

 

 

 

 

 

「・・・・そっか」

 

 

 

 

 返しは短かった。しかし不思議と怒りはなかった。こんな重大な秘密を黙っていた理由を問いただしても良かったが、そんなことはどうでもよかった。

 なぜか、葵との距離が縮まったような気さえしていた。半ば諦めていた彼女の秘密が一つ解消されたのだから。

 

 

 

「わかった。場所を教えろ」

 

 

 

 何かが吹っ切れたような声音。明敏の目にはいつもの光が宿っていた。

 

 

 

『いいんですか?彼女はアンドロイドですよ?』

 

 

 

 通話口から聞こえた質問は、いつものように相手を試すような。

 嘘なのか本音なのか、掴めない調子で、明敏は少し安堵のため息を漏らし言葉を発した。

 

 

 

 

 

「それがどうした?俺は救世主《ヒーロー》だぜ?」

 

 

 

 明るく、そして楽しそうに。

 

 

 

「愛した人を――――――」

 

 

 

 

 

 

「――――――誰かを守らなくてどうすんだッ」

 

 

 

 

 こうして、如月葵救出作戦が開始した。




『そうそう、彼女の正式名称』



『「AOI223922」なんですが』



『携帯のボタンを見ると、数字の部分―――』



『「きさらき」になるんですよ?』



「・・・・んだよ、藪から棒に・・・」





・・・・・・・・・・・・・。




「うわっ!!マジじゃねぇか!!」

『私も最近気づいたんですよ』

「ホントかよ・・・わざとじゃねぇのか?」

『いえいえ、全くの偶然です。
 そもそも「AOI」はA《Android》O《objection》I《Icicle》の略で』



『「欠点のある無感動な人造人間」という意味ですし』

「・・・意味わかんねぇぞ」


『人は完全じゃない。その不完全さを再現したいという意味です』


「じゃあ、『223922』ってのは?」



『二十二万三千九百二十二体目という意味です。つまり個体番号ですね』



「・・・・そんなに苦労したのかよ」

『ええ、大変でしたよ。特に不完全さを出すことが』



「・・・・・・・・」




「そういや―――」

『話を変えましたね?』


「俺には分かんねぇんだよっ」



「そんなことより、何で急に『僕』から『私』に変わったんだ?キャラ付けか?」


『・・・・・・・・・・』




『まぁそれは・・・・、執着心が強いってことで一つ』

「納得できるかっ!」




『・・・・はぁ、彼女の話になると、

 昔の、AOIを造っていたことを思い出してしまうんですよ』


『言葉を覚えさせるために、吹き込ませていたんです』




『あぁ・・・名残惜しいですね・・・・。

 まるで娘を嫁に出す父親の気分です』



『明敏君、僕を「お父さん」と呼んでも――――――』

「呼ばねぇよ!!」




『とにかく、彼女を助けてくださいね?』



「わかってらぁ、そんなもん」



『やはり、貴方は救世主《ヒーロー》ですよ』
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