もしこのすば世界で殺人癖のない吉良吉影が暮らしていたら?
そんな感じのIFです。
別途書いている小説がスランプのため息抜きに。

1 / 1
吉良吉影は素晴らしい世界で暮らしたい

 早朝、日が昇って間もない時間。

 目覚めた私はまず、ショパンの「英雄ポロネーズ」をかけた。

 さわやかな朝に響く快活な音楽を背景に軽く体操をして、朝食を食べ仕事の準備をする。

 家を出る際には戸締りの確認をし、しっかりと施錠する。ふと庭を見れば少し荒れた土と雑草が目立っていて、こりゃ休日は庭の手入れに付きっきりだなと記憶しておく。

 空を見上げれば、すてきな青空が広がっていた。澄んだ空気が体に染みわたり、心地の良い風が吹き抜けていく。

 今日はいい日になりそうだ。庭先の花の香りを3分ほどかいで、私は仕事場へ向かった。

 

 

 

 

 私の名前は吉良吉影。

 年齢33歳、自宅は街の中心から離れた小高で物静かな場所にある。趣味は寝る前に温かいミルクを飲みストレッチをした後、()()()()()()()()()()()()()()

 仕事はこの――「アクセルの街」の冒険者ギルドの事務員をしている。

 冒険者ギルド、なんて聞くとまともな仕事に就けなかった頭の足りない奴らがたむろっているイメージがあるかもしれないが、ここでは違う。

 いや、冒険者の大半は野蛮だが、その仕事の重要度は日本で言う地方公務員よりやや高めと言った方が正しいか。

 この世界にはどうも悪魔だのドラゴンだのと夢見の悪い小学生の妄想みたいな連中がいて、更にそれを統率する魔王なんて名乗る馬鹿が率先して人を襲わせている。

 この国の騎士団もなかなか頑張っているようだが、国の王都にまで侵攻してくる魔王軍を撃退するだけで精一杯のようだ。(給料ドロボーと言うんじゃないかね、こういうのは)

 そこで猫も手も借りたい人類は冒険者などと言うアウトロー共を国で支援している。元が民営だったがどうかは知らないが、冒険者はこの国にとって生命線の一本を握る戦力だ。

 

 だから冒険者ギルドで働く私を含めた連中は王都のインテリ程ではないが優秀で(私の方が上だと言う確固たる自信はあるが)、社会的地位もそこそこある。

 つまりはこの吉良吉影の望む穏やかで平穏な生活にとって、冒険者ギルドの事務員というのは都合がいい。

 実際に冒険者をするのではなく、さりとて王都や主要都市なんて面倒そうな場所の冒険者ギルドではない、この駆け出し冒険者の街アクセルの事務員というのが、実にいい。

 

(最も、それが面倒を呼ぶ事もある。例えばすぐそこで喚いている、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に関してだ)

 

 露店で商品を物色する振りをして、私は彼らの様子を見る。

 片方はとても美しい手と顔をした女だ。まるで地上に舞い降りた女神を思わせる……のだが、妙な格好をしているうえ、今の泣きわめく姿は非常にうっとうしく、残念な性格をしているのが伺える。

 もう片方はこれといって特徴のない少年だ。緑のジャージ姿で焼けてない肌を見るに、外に出ないインドア派だろう。平凡で見どころが無く、しかしなぜか私の望みから最も遠い位置にいるような気配がしていた。

 

(関わるべきか、無視するべきか。私個人としてはシンプルにノーだ。あんな連中と関わるのは私の望むところではない)

 

 そう思いつつも、長年ギルド職員をしていた経験から、彼らが次にどこへ向かうのか既に分かっている。当然私の働いている冒険者ギルドだろう。

 

(となれば、ここで見過ごすのは職員としての義務に反するか……事務員ではあるが、今は休憩中でもないし同僚に頼まれた買い出しの途中だ。案内するくらいのサービスはやってもいい……面倒な評判を立てられても困るしな)

 

 露店での買い物を終えた私はその足で彼らに近づき、親切な人間を装って話しかける。

 

「失礼。さっきから様子を見ていたのだが、ちょっといいかね」

「あ、はい、なんですか?」

「私は冒険者ギルドに所属する者だが……ひょっとしてギルドに用があるんじゃないかな? たぶん、街の外から来たんだろう?」

「あ、そうなんです。ちょっと遠くから旅をしてきて、街についたばかりでして」

「だったら私がギルドまで案内してあげよう。君たちさえよければ、だがね」

「本当ですか! ぜひお願いします!」

 

 喜ぶ少年に笑顔で対応して先導する私は内心で鼻を鳴らす。道中この街の事や冒険者について色々と話をしたのだが、どうもこの少年は冒険者という職業を勘違いしているようだ。

 この手合いは痛い目を見て冒険者を止めるかそのまま死ぬかだが、まあ、私にとってはどうでもいい。私の仕事は裏方なのでこいつらと関わる事もないだろうしな。

 

(……それよりも、気になる事が一つある)

 

 私は気付かれないよう女を見る。

 カズマという名の少年が女をアクアと呼んでいるが、その前は『女神』と言っていた。

 『女神』……この世界で女神の名を冠するのは国教であり通貨の名称にもなっている女神『エリス』と、悪名高いアクシズ教の女神『アクア』の二柱だ。

 他にも邪神やらなにやらの女神はいるかもしれないが、私が知るのはその二柱だけだ。そして目の前のアクアと呼ばれた女は人間離れした美貌を持っている。

 

(……まさかな。()()()()()()()()()、仮にも神と呼ばれる者がやすやすと姿を現すはずもない)

 

 そう思いつつも私は、女が女神アクアではないかと半ば確信していた。

 理由はカズマだ。私とは違う方法でこの世界にやってくる日本の連中は、死んだあと女神と出会い神器とやらを貰ってやってくるらしい。(私の名前を聞いて同類だと勘違いしたヤツが勝手に話していた)

 もしも……もしもカズマが神器に指定したのが女神アクアだったのなら……辻褄は合う。

 突拍子もないが、突拍子もない事であふれかえっているのがこの世界だ。心の平穏とは程遠いこの世界だからこそ、そういう事も起こり得る。

 

(……声を掛けたのは失敗だったかもしれない。こいつらはとんでもない面倒事を引き寄せる、腹を空かせた野良犬どもに放られた生肉のような厄介事かもしれない……)

 

 とにかく、以降は意識して関わらないようにしよう。冒険者ギルドに到着した私は、お礼を言う二人に会釈して仕事場に戻った。

 

 

「聞いてくださいよ、ヨシカゲさん。今日もまた冒険者たちが問題を起こして大変だったんですよ」

 

 終業後、冒険者ギルドにある酒場の一席を借りて、私は同僚の受付嬢であるルナの愚痴をきいていた。

 

「冒険者がトラブルを持ってくるのはいつもの事さ」

「そうですけど……ほんともう私に何か恨みがあるんじゃないかってくらい毎日毎日苦情処理ばっかりで。これでも昔よりはましだって聞きますけど、夜遅くまで残業のある日は辛くって……」

「ルナ、君はよくやっている。みんな君に感謝しているよ」

「ヨシカゲさんも、ですか?」

「ああ、勿論だ」

 

 酒が入って口数の多くなるルナに適当なあいづちを打って、私は今日の出来事を振り返る。

 今日案内したアクアという女――やはり「女神アクア」で間違いない。駆け出しに似つかわしくない高い能力とアークプリーストへの適正は、水の女神である証拠だ。

 そして能力値によれば多少頭が()()であり、最低値の幸運をしているらしい。明らかに厄介事を引き寄せるタイプだ。

 逆にカズマは能力が平凡で高い幸運値を持っているようだが……アクアと行動を共にしている限り、それが生かされるのはおそらく逆境の中だけだろう。かろうじて危機を脱出する悪運と言いかえてもいいかもしれない。

 おっと、話がそれたか。とにかく、関わり合いになってはいけないという私の判断は間違いではなかった。これからも裏方として立派に仕事をこなしていこう。(受付として連中の相手をするルナには悪いが。愚痴を聞く機会を増やしてやってもいいかもな)

 

「うーん……ヨシカゲさん、聞いていますか……?」

「聞いているよ。全く、酒が入ると潰れるまで飲むのが君の悪い癖だな」

 

 机に突っ伏すルナに呆れた私は待機させておいた女冒険者に後を任せる。彼女の自宅まで運んでもらうのだ。

 私がやってもいいが、妙な噂を立てられるのはゴメンだ。ただでさえ距離が近いとそこかしこが囃し立てているのに、自分からそれを助長するなんて馬鹿げている。

 ……何? わざわざ冒険者に報酬を渡してまで家に送らせる時点で無意味だって?

 ルナはアクセルの冒険者ギルドに必要な存在だ。多くのトラブルを発生させる冒険者に常日頃から対応し、有事の際にはまとめ役としても活躍する。彼女が居なければ回らない事が多い以上、周りがフォローするのは当然の事だ。

 ……だからそのニヤついた笑みを止めろ。報酬を減らすかお前の依頼の処理を後回しにするぞ。

 イラつく顔で笑うだけ笑ってルナを背負って去っていく女冒険者にそう吐き捨てた後、私も帰路につく。

 雲一つない夜空には満天の星が輝いていた。この美しい景色をこれからも平穏に楽しみ続ける。

 それ以上に重要な事など、この世界にあるかね?

 

 

 家に帰ったら風呂に入って読書でもしようと思っていたが、どうやら客が来ていたらしい。明かりのない暗闇の中、ドアの前に立っている頬に傷のある女に、私は苦虫をかみつぶした顔になる。

 

「何の用かね。こんな夜中に人の家の前で、物騒なものを懐にしまって……通報でもされに来たのか」

「……そうじゃないよ。今日、すっごい綺麗な人が冒険者になったって聞いたからさ。キミの性癖に引っかからないかどうか確かめに来たんだ」

「またそれか……何度言っても聞かないその性分は、お前の言う私の性癖とやらよりよっぽどひどいんじゃあないかね。真に裁かれるべきはこの私ではなく、お前の方だと思うんだが……どうだ? ええ? ()()()()()

「……!」

 

 私の挑発に女神エリスの地上の姿、クリスは目を吊り上げて歯を食いしばる。本名を口にした事か、私よりも裁かれるべきと罵倒されたからか。生命エネルギーの(ヴィジョン)をもって女神エリスの姿がクリスと重なる。

 

(いつ見ても思うが、まるで()()()()だな。私の()()ほどはっきりとはしていないが……)

 

 もう何度やったか分からない、飽きるほど繰り返したやり取りに私はため息をつく。いい加減、事あるごとにクリスにつきまとわれるのはうんざりなのだ。

 

「なあ……私はいつも言っているだろう。私は『植物の心』のような平穏な生活を望んでいる。毎日これと言ったトラブルもなく過ごし、誰にも迷惑をかけていない。きちんと仕事をし生計をたて、同僚の愚痴も聞いてやっている。

 個人的にやっている事は、寝る時に音楽をかける事くらいさ。それだって周りがうるさがらないよう、こんな遠いところに住んでいるんだぜ?

 私はどこにでもいる一般市民だ。それなのになぜお前は私につきまとう」

「…………キミが、ドス黒い魂を持っているからさ」

「だからなぜ、私がそんな魂を持っていると確信しているのかと聞いているんだ。

 ……いい加減、話してくれてもいいだろう。私の性癖とやらも、私の魂とやらも、具体的な事は何一つ聞いていない。

 私はお前に10年前にこの世界へやって来た事、更にその前の他の誰にも話した事のない日本に居た記憶すら伝えているというのに、全く誠意のない対応だ」

「あたしはまだ確信できないんだよ。本当にキミが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってね。

 それが確信できたらすぐにでも全部話すし、キミの前から消えるよ」

「つまり今は話す気がないってわけだ。じゃあとっとと消えろ。私は忙しいんだ……いつまでも小娘の戯言に付き合っている暇はない」

「……また来るよ、吉良吉影。何度でも来る。キミの正体を見極めるまで、あたしはいつもキミを見ているよ」

「……つまらない冗談だ」

 

 家のドアから離れ闇夜に消えていくクリスに一瞥もくれず、私はイライラしながら我が家へ帰宅した。

 

「クソッ、何なんだあの小娘は。性癖だの、ドス黒い魂だの、好き勝手言いやがって。

 私は私だ。私の幸福も私の望みも、全て完全に理解している。

 この吉良吉影が知らない吉良吉影など、この世界のどこにも存在しない。()()()()()()()

 だというのに……なぜあんな小娘の言葉が、こうも耳にこびりつくんだ!」

 

 ストレッチ用のマットを殴りつけて、私は考える。

 クリスの言う吉良吉影とは、何らかの性癖を持ったドス黒い魂の持ち主だ。それが私であるなど、この世界の連中が逆立ちしてキャベツのように飛翔したってありえないと断言できる。

 だが一方で、私の深い部分にある本質が震えている事も自覚している。まるで開けてはならないパンドラの箱を揺さぶるようにクリスの言葉が私の芯に響いている。

 

「……いや、気のせいだ。私に薄暗いところはない。ひた隠しにしたい事はあるが、そんなもの誰だって一つくらいは持っているものさ。

 今日は長めに音楽をかけて寝よう。モーツァルトがいいかシューベルトがいいか悩むが……今夜もぐっすり眠るために、いい曲をかけよう」

 

 一人事を止めて、私は風呂場に向かった。体を洗い流すついでに、クリスの嫌な記憶も一緒に忘れる。

 『敵』でもない『敵』の事を考えるなんて時間の無駄だ。何よりも優先すべきは、私の心の平穏なのだ。

 

 

 

 

 例のカズマという少年と女神アクアが冒険者となってから二週間と少しが経った頃。

 私の職場、冒険者ギルドは慌ただしく緊急の仕事に取り掛かっていた。

 なぜカズマとアクアを引き合いに出したかと言えば私が警戒して情報を耳にいれていた事と、ここ数日連中は明らかに面倒事を引き起こしているからだ。

 二週間ほどは適当な依頼に食いついてはクビになり最終的に土木工事の作業員をしていたようだが、ジャイアントトード討伐の依頼を受けてからやれ冒険者のパーティに加入しては捨てられていた爆裂魔法しか使えない頭のおかしい小娘を拾ったり、やれその小娘とアクアを粘液まみれにするプレイを野外でしていたと通報が飛んできたり……挙句の果てにはギルド内で『窃盗(スティール)』を使い頭のおかしい小娘の下着を盗んだらしい。

 今回は冒険者内の、それもパーティでの出来事だったので丸く収まったが、これが一般市民への行動であれば重犯罪者としてしょっぴかなければならずかなりの面倒事になっただろう。全く連中は目を放すとろくでもない事をする。(クリスもカズマに下着を盗まれ、自分のサイフと交換させられたらしい。ザマーミロ)

 

「ヨシカゲさん! 次のキャベツが運ばれてきます! 準備はいいですか!?」

「問題ない! さっきの分はすでに処理が終わっている!」

「ではお願いします! 捕獲したキャベツはこちらへ持ってきてくださーい!」

 

 おっと、連中の事を考えるのは後回しだ。今は目の前の仕事に集中しよう。

 この世界ではキャベツが空を飛ぶ。私も初めて見た時はおったまげたものだが、今ではテレビを見ながら片手間でやる内職みたいに慣れてしまった。(この世界にテレビはないが。『笑っていいとも』は今もやっているだろうか……なんだってあの番組は正午にやっていたんだ)

 平穏とは程遠いこの世界では、動物も植物も関係なく生きているものはみなたくましい。簡単に食われまいと野菜は元気よくはねまわるし、危険なケダモノ共もわんさかいる。

 そんなのを捕まえて食べようとする人間側もたくましく生きているのだ。同僚たちが捕獲したキャベツを逃げられないよう慣れた手つきで処理している。怪我をする危険もあるが、重要な仕事だ。

 私はその様子を見ながら素早くキャベツの鑑定を行い、質の良さで保管場所を振り分ける。数もしっかりと記録し、働く同僚の体調を鑑みてその場でシフトを組み、現場とのやり取りを行い問題があれば逐次修正するのも私の仕事だ。

 古参な上、ギルド長、ルナに次ぐ立場と実力を私は兼ね備えている(と周りに思い込ませている)ので、こういった指示役と実際の仕事を両立する事も多い。(年齢と勤務年数で序列が上がるのも考え物だな)

 そうこうしている内にキャベツ狩りも終わり、疲れ切った冒険者たちは新鮮なキャベツ料理に舌鼓を打っている。

 だが私の仕事はまだ終わらない。これから記録をもとに経理の手伝いと梱包、使い物にならないキャベツの処分をしなければならないのだ。

 毎年の事だが、緊急クエストなんてない方がいいに決まっている。それらは大概トラブルだからだ。トラブルは切り抜けなければならない。それはとても疲れる事だ。

 私に切り抜けられないトラブルなどないが、だからといってトラブルに出会いたいと思った事など一度だってない。

 だから今日もぐっすり熟睡するため、私は仕事を急ぐのだった。

 

 

 クソッ! やってくれたな、頭のおかしい爆裂娘めッ! キャベツの出荷や冒険者への報酬支払いなど数日がかりの作業を終わらせ、更に一週間かけて出荷したキャベツの商談、次の収穫に向けた細かい事後処理をまとめた矢先にこれだ!

 よりにもよって()()()()()()()()()()()()()()()()、一体何を考えているんだ!

 思えばあの爆裂娘はこの街に来てからずっと私の目の上のたんこぶだった! 平和なアクセルの街を爆裂魔法の轟音でかき乱すわ、でかいクレーターをポンポン作って依頼の手続きを増やすわ、ロクな事をしない!

 その上で魔王軍幹部が滞在しているであろう廃城に毎日爆裂魔法を放ちに行った? それもおびきよせるための計算づくで? 頭の中には脳みその代わりに雑草でも詰まっているんじゃないかあの爆裂娘は! まさか廃城に魔王軍幹部がいる事を知らずに爆裂魔法を撃っていたんじゃあないだろうなッ!

 ……と、私が怒っていたのはついさっきまでだ。今は多少ざわついているが、街は普段通りの姿を取り戻している。

 魔王軍幹部――デュラハンのベルディアとやらは爆裂娘の仲間を『死の宣告』で呪って去っていった。七日の内にかけた術者が呪いを解くか倒さなければ死に至る呪いだ。

 

(ふん、自業自得だ。自分の能力を十分に生かせないやり方をしていれば、いつかしっぺ返しが必ず来る。どんな物事もやりようによってはトラブルを切り抜ける可能性はあるのだ。例えそれが爆裂魔法であったとしても)

 

 だが結局、あの爆裂娘はそれが出来なかった。別の仲間のアークプリースト、すなわち女神アクアがいなければどうなっていた事か。

 混乱の収まりつつあるギルド内を窓口の裏から見渡して、私は立てかけてあった私の『弓と矢』に手をかける。

 それを不思議そうな顔でルナが見ていた。

 

「どうしたんですか、ヨシカゲさん。いつの間に武器なんか持ち出して」

「ああ……いや、大した事じゃないんだ。魔王軍幹部が来たと聞いて、いてもたってもいられなくてね。力になれればと思って、用意していただけさ。

 今回は大事にならなかったから、これから片付けに行くんだ」

「そうなんですか。あれ? でもヨシカゲさんって()()()()()()()()()()()()?」

「そんな事はない、武器があるだけで素手よりも心強いだろ? 弓を選んだのは……ギルド長にハンティングに付き合わされるから、多少心得があるんだ。他の武器よりはうまく扱えるよ。

 ……ほら、冒険者が並んでいるぞ。ルナ、君は君の仕事に戻るといい。私もこれを片付けたら仕事に戻るから」

「あ、はい! 次の方、どうぞー!」

 

 元気な笑顔で対応を始めるルナを背に『弓と矢』を片付けに行く。しかし戻すのは元あった倉庫の奥ではなく、一番手前だ。

 

(この吉良吉影の()()がささやいている。あの小娘は絶対にまたやらかす。そもそも一度や二度の失敗で反省するなら爆裂魔法を取得したりはしない。

 そしてまた一騒動起こるだろう。そうなれば今度はあの魔王軍幹部も見逃してはくれまい)

 

 私に正義感なんてものはない。あるのは自身の幸福を求め続ける心と平穏に生きるという社会への姿勢だ。(本当はストレスがかかるから目立ちたくもないが……この世界ではそうも言っていられない)

 『弓と矢』を片付けた私は裏の仕事場……ではなく表の酒場へ足を踏み入れる。そして一直線にカズマたちのパーティへ歩いた。

 

「失礼、少しいいかな」

「あ! ねえねえカズマ、親切な人よ! 街に来たばかりの私たちを案内してくれた親切な人が声をかけてきたわ!」

「言われなくても分かってるよ! ども、お久しぶりです! この前はありがとうございました!」

「いや、ギルド職員として当然の事をしただけだよ」

 

 こちらを指差すアクアと頭を下げるカズマに手を振ってこたえる。そして爆裂娘ともう一人、()()()()()()()をちらりと見て、満面の笑みを(つくろ)う。

 

「どうやら仲間もできたようだね。案内した時から君の事が気にかかっていたから、上手くやっているようで安心したよ」

「いやー、言うほど頼りにならない仲間なんですけどね! でもいないよりはマシなんで……ホントにいないよりマシかお前ら?」

「ちょっとカズマ! こんな美人で優秀なアークプリーストを捕まえて何言ってるのよ!」

「そうです! 最強の攻撃魔法を操るアークウィザードである私に文句があるなら言ってもらおうじゃないか!」

「全部だよ! お前ら役に立った事より問題起こした事の方が多いじゃねーか! 大体、美人で優秀なアークプリースト? 最強の攻撃魔法を操るアークウィザード?

 アクアはちっとも役に立たない宴会芸ばっかりのなんちゃってアークプリーストで、めぐみんは一日一回しか爆裂魔法の使えない欠陥アークウィザードだろーが!

 特にアクアはロクに活躍もしてないだろ! さっきはダクネスにかかった呪いを解いたけど、それ以外じゃ俺を助けるどころか俺におんぶに抱っこの生活してて恥ずかしくないのかよ!」

「わああああああー! カズマが言っちゃいけない事言った! そこまで言うなら上等よ! 私の本気、見せてやるんだからー!」

「誰が欠陥アークウィザードですか! 紅魔族は売られた喧嘩を買う種族です! よろしい、私をそう呼ぶのなら、本当に欠陥かどうかこの場で確かめる事になる!」

「おいやめろ! こんなところで魔法なんてぶっ放すな!」

「……成程。中々に楽しげなパーティだ」

 

 必死に止めに入るカズマに抵抗するアクアとめぐみんを見て、私は顎を手のひらに乗せる。あまりにキワモノ過ぎて話しかけた事を早速後悔するレベルのひどさだ。

 そしてダスティネス嬢はさっきから黙ったままだ。面識があるはずだが、ずっと目をそらしている。

 

(どうせ貴族のボンボンにありがちな身分を隠して冒険者をやっている、といったところだろうが。ここはダスティネス家をたてるためにも、他人行儀に振る舞うか)

 

「ところで、そちらのお嬢さんもカズマ君の仲間かな?」

「え!? あ、ああ……クルセイダーをしておりま、している……ダ、ダクネスだ。よろしくおねが、た、たのむ」

「こちらこそよろしく。自己紹介が遅れたが、私の名は吉良吉影。冒険者ギルドで事務員をしている者だ」

「え? キラヨシカゲ、って言うんですか?」

「ん? ああ、私の名前かな? 君のように遠くから来た人にはどうも勘違いされやすいんだが、別に君の故郷と近しい場所の出身ではないよ。この街の出身と言う訳でもないが。

 天涯孤独の身でね。両親は名前の由来を教えてくれる前に死んでしまったんだ。だからすまないが、私にもどうしてこんな名前をしているか分からないんだよ」

「天涯孤独って……す、すいません! 余計な事聞いちゃって……」

「いや、よく聞かれる事だから気にしなくていい。私はこの名前を気に入っているしね。

 それよりも……めぐみんさん、と言ったかな? 私は君に用があるんだ」

「私にですか? 冒険者ギルドの事務員さんが何の用でしょう?」

「決まっている。……さっきの魔王軍幹部の一件についてだ」

 

 私が目を細くして言うと、カズマたちはシンと静かになる。めぐみんは明らかにうろたえた顔で声を震わせた。

 

「い、いえ、さっきのは本当に作戦なんですよ? アクアがアークプリーストとして他に類を見ないほど優秀なのはギルド職員の貴方ならばご存知のはず。ちょっと手違いがあって討伐には失敗はしてしまいましたが、犠牲者もいませんし、おとがめなんてない、です、よね?」

「ああ、別に君をとがめるつもりで来たんじゃない。ただ、こういった大規模になるだろう作戦は事前にギルドを通してほしいと考えているだけでね。

 我々アクセルの冒険者ギルドは新人の育成も兼ねている。突然魔王軍の幹部がやってくるなんて事態は未然に防ぐか、少なくとも襲撃があるという情報を仕入れておかなければならないんだ。

 今回は君たちが()()()人材のそろうパーティであると知りながら、事前に何らかの作戦を立てていなかったか確認しなかったこちらにも不手際がある。犠牲者もいない事だし、特にペナルティはないよ」

「そ、そうですか。それは良かったです」

 

 私の言葉にめぐみんとカズマたちがホッと息をつく。それを内心冷めた目で見ながら、私はずいっとめぐみんとの距離を縮めた。

 

「ち、近……!」

「だから今から言う事はギルドとして何かを『要請』しているわけじゃない。単なる一ギルド職員としての、私からの『お願い』だ」

「な、なんですか……?」

「ああ、難しい事じゃない。君はこれからも爆裂魔法を撃つだろう? その撃つ場所を、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え?」

 

 きょとんと目を丸くするめぐみんに更に近づいて私は説明する。

 

「ちょっ、近いです! ほんとに近いですから!」

「できれば爆裂魔法を撃ってほしくないと私は考えているが、それはできない相談だろう? だから私から依頼として爆裂魔法を撃つ場所を指定して、君に受けてほしい。

 私は君を評価している。爆裂魔法は世間ではネタ魔法だの何だのと言われているが、他の追随を許さない強大な破壊能力はそれだけで有用だと思っている。

 例えば日常の仕事で言えば土砂崩れを吹っ飛ばすのに丁度いいし、森に囲われた古屋敷の解体なんかは一度爆破してから人手を雇う方がきっと安上がりだ。戦いでも地下迷宮じゃ使えない反面、騎士団がやってる平野での魔王軍迎撃になんか持ってこいさ。強大な敵に立ち向かう時も心強い味方になる。

 しかしそんな風に必要とされている場面を自力で探すのは大変だろ? だから私が伝手を使って目星をつけて、君宛てに依頼したいんだ。そうすれば私としても君という爆裂魔法の使い手を持て余さずにすむし、君は爆裂魔法を撃って報酬が貰える。

 どちらにもWIN-WINの提案だと思うんだが……どうかな? 引き受けてくれないか?」

「わ、分かりましたから離れてください!」

「おっと、これは失礼。それで、引き受けてくれるかどうかなんだが……」

「そ、それどころではありませんよ! あれだけ顔を近づけて貴方は何も思わないんですか!?」

「いいや、ちっとも。私は少女趣味ではないのでね」

「おい。私のどのあたりが少女なのか言ってもらおうじゃないか!」

「落ち着けよめぐみん。キラさん、これパーティに関わるんで、ちょっと考えさせてもらってもいいですか?」

「どうぞ。私は急がないよ」

 

 今にも飛びかかってきそうなめぐみんに代わりカズマが答えると、彼らはひそひそと話をする。

 「なんで止めるんですかカズマ!」だとか「止めるに決まってるだろ! これ以上問題を起こすな!」だとか聞こえてくるが、無視して腕時計を見る。

 この腕時計は王族も御用達の有名な細工店が創立100年の記念に作り上げた、最新の技術と魔法の粋が惜しみなく使われたスケルトン時計だ。値段は相応に高いが、上品な高級黒革バンドと、複雑に絡み合った魔法と歯車がおりなす正確な秒針の動きが実に心地いい。

 周りに時間を見ていると思わせてその美しさにほれぼれしていると、めぐみんがこちらを向いておずおずと了承の意を告げてきた。

 

「その話、受けさせてください。あのデュラハンのせいで依頼がなくて懐事情が寂しいので。カズマたちもそれでいいと言ってます」

「ありがとう、引き受けてくれて嬉しいよ。そうだ、せっかく引き受けてくれたんだ、今日はこれで食べていくといい。

 じゃ、君たちの無事を祈っているよ」

 

 テーブルに数万エリスを置いて私はその場を立ち去る。背後から緊張の解けた声と「近かったです……あとなんか高そうな香水の香りがしてました」「結構ぐいぐい来る人だったわねー。エリートっぽいけど特徴のない影の薄い人だって思ってたのに」「おい、余計な事言うなよ……聞こえてたらどうすんだ。ところでダクネス、お前ずっと大人しかったけどどうかしたか?」「え!? い、いや、なんでもない! なんでも……!」あたりまで連中の話が聞こえた。

 気にせず裏に戻ろうとすると、ルナがジト目でこちらを見ていた。私は裏で聞くつもりで無視しようとしたが、あまりにジトーっと見られたため、仕方なく受付窓口へ向かう。

 

「……どうした、何かトラブルでもあったか?」

「…………随分めぐみんさんと距離が近かったですね。なんかご飯もおごってたみたいですし……ヨシカゲさんってあんな小さな子が好みだったんですか?」

「急に何を言い出すかと思えば……あれは先の一件についてギルド側の見解を伝えるついでに釘を刺してきたんだ」

「釘を刺してきた?」

「ああ。その辺に爆裂魔法を撃つなら私に撃つ場所を依頼させてくれと『お願い』しただけさ。

 狩人組合からも野鳥が逃げるって苦情が来てたろ? 今回みたいにこっちが知らない内に魔王軍幹部のいる廃城を爆撃されても困るから、ある程度はコントロールできるようにしておきたかったんだ」

「そうだったんですか……勘違いしてすいません。でも、爆裂魔法が必要になるくらいの依頼ってさすがに毎日は出せませんよね?」

「確かにそうだが、なければない日で丁度いい岩場があると指定もできる。ついでにこっちが希望する時間帯をそれとなく伝えられるのが大きい。聞き入れるかどうかは向こう次第だが、何もしないよりはましだろうさ。

 まっ、一番の理由は何か問題があった時に、依頼した私が真っ先に表に立てる事かな」

「冒険者を真っ向から制圧できるのってこのギルドじゃヨシカゲさんくらいですからね……ギルド職員としても私個人としても、申し訳ないとは思っていますが……」

「君の代役がいないように、私にしかできない事もある。何事も適材適所だ……それじゃ、私は裏に戻らせてもらおう」

「あ、はい! 引きとめてすいません! 終業まで頑張りましょう!」

「ああ、お互いそうしよう」

 

 ルナの声援に手を振って私は裏に戻りながら思案する。

 

(さて、これで多少は上手く動いてくれるといいんだが。爆裂娘が意味もなく廃城へ爆裂魔法をぶち込む可能性もある……しゃくだがここはクリスにでも頼んで、しばらく動向を監視させるべきか。廃城へ向かおうとしたらそれとなく止めてもらうよう言いくるめておこう。

 盗賊のくせにやたら正義感のある奴の事だ、また魔王軍幹部がきたら今度こそ駆け出し連中が危ないとでも言えばしぶしぶ動くはずだ)

 

 そこまで考えて最近、心の平穏が保たれていない事に頭を痛める。

 トラブルに巻き込まれず平和に過ごす事こそ私の目標だというのに、今は自分からトラブルの中心へ飛び込んで始末する役割を負っている。

 決して、そう決して望んだことではない。だがこの世界は日本ほど平和ではない。仮に魔王領と接するこの国から離れたとしても、トラブルに巻き込まれない生活は期待できない。

 争いや競い合いをせずに生きられるほど、この世界は甘くないのだ。強者こそ自由な振る舞いを許され、弱者はただ淘汰されるのみ。野蛮で原始的な観念の支配する異世界に来てしまった事を、私は後悔している。

 ――だが一方で、この世界は美しい。そういった煩わしさを無視すれば、私の理想に近い素晴らしい世界だとも言える。

 いつの日か、心の底から安心した生活を送りたいものだ。その手助けとしてギルド職員をしている私は、積み上がった仕事を処理するのだった。

 

 

 

 

 クソッ!! やってくれたなあの飲んだくれの駄女神がッ!! 何をどう考えたら依頼を受けられない腹いせに毎日廃城に浄化魔法を叩きつけるなんて馬鹿な事をするんだ!!

 見くびっていた……奴の最低の幸運値と頭の悪さを見くびっていた! 警戒するのは爆裂娘だけでいいと考えていたのが間違いだった、真に厄介なのはあの駄女神だったのだッ!

 あのデュラハンもふざけた奴だ! 呪いを解きに廃城へ挑まなかったからやってきただと? なぜ自分の呪いが解けたかどうかも分からないんだ! それに元騎士だかなんだか知らないが、仲間を助けに来ない事に憤るならそもそも呪いなんぞかけるんじゃあないッ!

 ……と、怒るのはここまでにしておこう。まだ怒りは冷めないが、そんな事は言っていられない。

 なぜなら配下のアンデットナイトを全滅させられたデュラハンのベルディアが今まさに冒険者たちを斬り捨てたところだからだ。

 流石は八人の魔王軍幹部の一人と言ったところか。瞬く間に数人の冒険者を屠った光景に女冒険者の一人が悲鳴を上げる。そのままミツルギがどうとか叫んでいるが、奴は失った魔剣を買い戻すために奔走しているはずだ。今この街にはいない。(神器持ちの大半は神器を失くせば使い物にならなくなる。奴も例外ではなかったな)

 そう考えていると、背後から走ってきたルナが息を切らしながら叫ぶ。

 

「ヨシカゲさん、街の住人の避難はほとんど終わりました!」

「そうか、では君も避難したまえ。私はここで冒険者と共にベルディアと戦う」

「なに無茶な事を言っているんですか!? いくらヨシカゲさんでも魔王軍幹部と戦うなんて無謀すぎます!! ましてやここは駆け出し冒険者の街、勝てる見込みなんて……」

「ある。だから私は残るんだ。それにこの街の平和をこれ以上乱されるわけにはいかない。

 ……街の平和は必ず守る。ルナ、そこには君も必要だ。だから早く逃げるんだ」

「ヨシカゲさん……いえ、貴方だけにそんな事はさせません! 私も残ります!」

「……分かった。だったら一番後ろから出ないように、自分の身は自分で守るんだ。いいな」

「はい!」

 

 返事をして私の指示通り冒険者たちの背後に走るルナを見送って、前に出る。

 手には『弓』を、背中には『矢』を。いつものスーツ姿で歩く私を見て、周りの冒険者たちがざわめく。

 

「お、おい、見ろよあれ! キラだ! キラヨシカゲ!」

「ウソだろ!? まさか、あいつも戦うのか!?」

「いや、でも、キラの腕前は確かだ……こいつはひょっとして、ひょっとするかも知れねえ……!」

「キラさん!? なんで!?」

 

 一部カズマの声が聞こえた気がしたが無視して冒険者たちの先頭に立つ。ベルディアは私に気付くと訝しげに体を揺らした。

 

「……何者だ、貴様は?」

「私の名は吉良吉影。冒険者ギルドの事務員をしている者だ」

「冒険者ギルドの事務員だと? はっ、そんな奴が戦場に出てきて何のつもりだ。殺されにでも来たのか?」

「そう思うかね? 君にはこの私が、敵の力量も見抜けずノコノコとやってきた自殺志願者に見えるのか?」

「……実際それ以外に言いようがないだろう。そんなスーツ姿でなんだ、ギルドの事務員って……馬鹿にしているのか」

「ふむ……確かに、この格好はちょっとなかったかな……泥で汚れちまったら困る……ところで()()()()? デュラハンのベルディア」

「何がだ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……放っておいていいのかと聞いているんだ」

「何だと!? そんな馬鹿な、この俺が気付かないなど……!?」

 

 私の言葉にベルディアは律儀に振り返る。そこには……ぺたぺたと冒険者の死体を触る、アクアの姿があるだけだった。

 

「ありゃ、すまん。私の見間違えだった」

「コケにしているのか貴様……!?」

 

 怒りを滲ませるベルディアが向き直るが、遅い。既に矢をつがえていた私はしゃべりながら弓を撃つ。

 

「ふん、不意を打ったつもりだろうが、たかが一発の矢でどうにかなる俺ではないわ!」

「そうだ、たかが一発の矢だ。それでいい……貴様がそう思ってくれた方が都合がいい」

 

 充分引き絞った弓から放たれた矢は一直線にベルディアへ向かう。だが奴は慌てず大剣を構えた。そして迫る矢を撃ち落とそうと大剣を振り――その寸前で、私は『スイッチ』をいれた。

 

「今だ、やれ――『()()()()()()()』」

「なっ――――!?」

 

 その瞬間、ベルディアが撃ち落とそうとした矢を中心に、奴の驚きの声と姿をかき消す巨大な爆発が巻き起こった。

 

「「えええええええええ!?」」

 

 その光景にカズマと彼に背負われていためぐみんが絶叫する。そうか、あの二人は見た事がなかったんだったな。私の能力、『キラークイーン』を。

 

「何の変哲もない矢が爆発したぞ! なに、なんなの今の! もしかしてスキル? 俺もあれ使えるようになんの!?」

「何なんですか今のは!? 確かギルドの事務員って言ってましたよね!? 今のはどう見たって事務員のやる事じゃないですよ! 私のお株を奪うような事は止めてください!」

「……落ち着け。今ので終わったわけじゃないんだ」

 

 騒ぐ二人に呆れた声で言い、爆破したベルディアをにらむ。煙の中で剣を杖代わりに立つベルディアは相当の衝撃を受けたようだが、破壊には至っていない。成程、鎧に施された魔王の加護は余程強力なようだ。

 

「うぐうううううっ……! 何だ今の爆発は!? 貴様、一体何者だ!」

「その抱えてるものは鳥頭か? 冒険者ギルドの事務員だと言っただろう」

「貴様のような事務員がいるか! だが……」

 

 大剣を地面から抜いて空を斬り裂くベルディアはマントを(ひるがえ)す。

 

「見くびった事は認めよう! 魔王様の加護を受けた鎧を着た俺にダメージを与えるとは! 少々納得はいかんが、貴様は俺の前に立つ資格がある!」

「……あんな事言ってますけど、キラさん大丈夫なんですか?」

「私一人では無理だろうな。カズマ君、すまないがアクアさんを呼んできてくれないか?」

「アクアを?」

「ああ……彼女は()()()()()? なら、ベルディアへの対抗策を知っているかもしれない」

 

 私の言葉にカズマは驚いた顔をするが、すぐに首をかしげるめぐみんを安全な場所へ連れに走り、アクアの元へ向かった。入れ替わるようにやって来たのはダクネスだ。見た目だけなら完璧なクルセイダーの彼女は私の前に立つ。

 

「下がるんだ、キラ。ここは戦場、あなたのような一般人が来ていい所ではない」

「そう言ってくれるのは嬉しいがな。街の平和がかかっているとなれば、私も動かざるを得ない。それは君も同じだろう?」

「フッ……そうだな。と、ところで、さっきの爆発なんだが、威力はどのくらい出せるんだ? 連発とかできるのか? な、なあ、今度私にもやってくれないか……? 魔王軍幹部が堪えるほどの爆発だ、めぐみんの『エクスプロージョン』とはまた違った味わいに違いない……はっ!?」

「…………相変わらずぶれないな、君は。その性癖は隠しているようだから、私も周囲に言いふらさないと誓おう」

「!!??!?」

 

 以前から面識のある私に性癖がばれていたと知ったせいか涙目になるダクネスを放って、いい加減無視されて怒りが爆発しそうなベルディアを見る。

 

「さて、待たせたなベルディア。こちらの準備が整うまで待ってくれるとは、さすがは元騎士だ」

「フ、フフフ……ハンデだ。貴様ら駆け出し冒険者如きが何をしようと俺には敵わん、そう思っていたが……もういい! 頭に来た!! 貴様まとめて、一週間後に死にさらせェェェ!!!」

「『死の宣告』か……怯むと思うか……? この吉良吉影が、そんなもので……」

 

 ベルディアがこちらに手をかざした瞬間、私は素早く矢をつがえ発射する。しかし相手は幾多の神器持ちを討ち取ってきたと言われる魔王軍幹部。カウンター狙いもすぐに察知し、素早く回避した。

 

「はっ! 一度目の不意打ちならともかく、そんな見え見えの攻撃が当たるか!」

「うーむ、ちとずれたか。だが問題ない、狙いはこれで問題ない」

 

 ベルディアを通り過ぎた矢はすぐ後ろの地面に突き刺さり、周囲の『柔らかな土』を爆弾に変えて即起爆する。

 爆発はベルディアの足元の土のみを吹っ飛ばし、奴はその中へ落ちていった。

 

「なあっ!!??」

「私は知っている。その辺りは以前、頭のおかしい爆裂娘が吹っ飛ばした跡地だ。硬い地面にクレーターをぶち抜かれたものだから、埋め立ててもまわりよりほんのちょっぴりだけ柔らかいんだ。

 だからこそ私のキラークイーンによってその範囲だけを爆弾に変えられる。今のは爆発を小規模に絞って貴様の足元のみを深さ数メートルにわたって吹っ飛ばしたんだ。勿論、魔王軍幹部である貴様なら簡単に抜け出せるだろうが……こうすればどうなる?」

 

 言いつつ私は次々と矢を射る。放たれた矢はベルディアの落ちた穴の縁に正確にあたり、連続した爆音をともなって地中のベルディアに衝撃と爆炎を何度もぶつける。

 

「ぐおおおおおおおっ!?」

「これで少しは君を拘束できるな。さて、あとは……」

「キラさん!」

「カズマ君。アクアさんは何か知っていたか?」

「はい! あのデュラハンは水に弱いみたいです! だからアクアの『クリエイト・ウォーター』をぶつければ……!」

「分かった。ではタイミングは君に任せる。準備ができたら合図をくれ。それまで奴を拘束する」

「分かりました!」

 

 私が言うとカズマはやたら嬉しそうに声を張り上げた。「これだよこれ、こうやって連携して強敵と戦うとか、すげー冒険者っぽい!」と言いながらアクアの元に走っていく。

 ……まだ冒険者を勘違いしていたのか。いや、カズマのパーティの色物具合を見るに、私の知る冒険者のような活動とは程遠いやり方しかできなかったんだろう。

 矢を射ながらそう思っていると、不意に私の足元に地割れが走る。何だと思い足元を見ると、地面が急に左右へ割れて私はその中へ落ちた。

 

「何ッ!」

「『思い込む』というのは何よりも『恐ろしい』事だ……! この俺が、魔王軍八人の幹部の一人である俺が、土の中で剣を振って貴様のいる位置まで地割れを起こせないと思ったか!

 見ろ! 貴様までのこの一本道、俺は一息で駆け抜けられるぞ!」

「ぐっ……!」

「散々やってくれたな、キラヨシカゲ! 『死の宣告』で呪ったばかりだが、貴様だけは必ず、この俺の手で引導を渡してやる!!」

 

 叫びながらベルディアが突っ込んでくる。まずい、私のキラークイーンで奴の剣戟を裁く事はできない。このままでは確実にやられてしまう!

 だが……あせるな、吉良吉影。『チャンス』はこんな『ピンチ』にこそ訪れるのだという事を忘れるな。思い出せ、私は一人で戦っているのではないという事を!

 

「死ねェェェェェ!! キラヨシカゲ!!!」

「させるかああああああっ!!!」

「何だとっ!?」

 

 私とベルディアの間に突如として人影が飛び降りる。それはさっきから空気扱いされて涙目になっていたダクネスだった。

 彼女は持ち前の防御スキルを発揮してベルディアの攻撃を受け止める。その危なげない姿に私は自然と唇を上げた。

 

「ば、馬鹿な!? 駆け出し冒険者が、俺の剣を止めただと!?」

「……『思い込んだ』のは君の方だったな、ベルディア。敵は私一人だと、あとは所詮駆け出し冒険者で敵ではないと思い込んだのが、あと一歩私に届かない原因となったのだ」

「キラさーん! 準備できましたー!」

「……そしてその『思い込み』が、更に君を追い詰める事になる」

 

 そう言いながら私は地割れの中から脱出する。見れば既に詠唱を終えたアクアとカズマの姿があり、カズマはこっちへ逃げろとジェスチャーしながら大声で叫ぶ。

 

「ダクネース! お前のその無駄な防御スキルが役に立つ時だ! そいつを穴から絶対に出すなー!」

「む、無駄な防御スキルとか言うなっ! だがその言葉、引き受けた! 覚悟しろ、ベルディア!」

「くおっ!? は、離せクルセイダー! 変な顔で俺にしがみつくなっ!」

 

 そんなやり取りを後に私は走る。安全なところまで退避すると、カズマの合図でアクアが神々しい光と共に呪文を撃ち放った。

 

「ようやく私の出番が来たわね! 邪悪なるアンデッドよ、神の力を思い知りなさい! 『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!!」

 

 アクアの声と共に穴の上空に膨大な魔力が集まり、美しい水流となってベルディアとダクネスに降り注ぐ。その勢いの強さに一瞬、洪水クラスの水があふれてしまうかと思ったが、その辺りは調整しているらしい。腐っても水の女神といったところか。

 

「見て見て、カズマ! 言った通りすごいでしょ、私の力は! 褒めて! ここにいる誰よりも活躍した私を、ほら褒めて!」

「あ、ああ、すげーよ……よかった、洪水クラスの水なんて出すなって先に言っといて、ほんとよかった……!」

 

 訂正しよう。カズマが周囲に被害を出さないよう尽力してくれたようだ。あとでカズマを褒めてやってもいい。(アクア? 知らん)

 そんな事を考えていると水流が途切れ、あとには泥水にまみれたベルディアとダクネスが横たわっていた。ああはなりたくないものだと思いながらスーツが土汚れにまみれている事に気付き、思わず舌打ちしたい気分になる。

 

「ク、クソッ……駆け出し冒険者ごときに、ここまで追い詰められるなど……!」

 

 目につく土を叩き落としていると、よろよろとベルディアが立ち上がる。女神の一撃がよほど効いたのか、随分弱っているようだ。

 それを見取ったアクアの声と共にカズマが駆け出す。どうやら『スティール』で奴の武器を奪う腹積もりらしい。せっかくだ……私も一つ、礼代わりに手助けをしてやろう。

 

「舐めるなよ……! いくら弱体化しているとはいえ、駆け出し冒険者のスキルなんぞ通用するものか!」

「そうか。ではコイツもついでに食らうといい」

「邪魔立てする気か、キラヨシカゲ……!?」

 

 言いつつ私は《スピード》と《精密動作》のスキルを発動させる。一時的にキラークイーンと同等のスピードと精密動作性を得た私は、一瞬のうちに矢をつがえ発射した。

 それはこれまで見せてきた矢を撃つスピードとは比べ物にならない。それで不意をつかれた事もあり、ベルディアは大剣でガードするしかない。

 縦に構えられた大剣の腹にあたった矢は大剣そのものを爆弾に変える。爆弾はすぐさま大剣の柄の部分で爆発し、ベルディアの指を柄からはがしかける。

 

「ぐうっ、しまっ……!?」

「今だ! 『スティール』ッッッ!」

 

 全魔力をこめたのだろうカズマのスティールは……見事、ベルディアの大剣を盗む事に成功していた。

 

「……ク、ククククク! おら見ろお前、武器を奪ってやったぜ! さっき駆け出し冒険者ごときのスキルなんか通用しないとか言ってたけど、その駆け出し冒険者に武器を奪われた感想はどうよ!?」

「こ、この、言わせておけば……!」

「おーいお前ら、こいつはもう武器も持ってねえ、アクアの魔法で弱体化もしてる雑魚だぜ! 全員で囲んでやっちまえええええっ!」

「うおおおおおおっ! カズマたちにばっか良い恰好はさせねえぜ! 俺達もいくぜええええええっ!!!」

「クッ……!? 馬鹿な、この俺が、魔王軍八人の幹部であるこの俺が……貴様ら駆け出し冒険者如きにィィィィッ!!!」

「……決着だな。ベルディア、貴様の敗因はたった一つだ。私たちを侮った事が、貴様のたった一つの敗因だった」

 

 冒険者たちに抵抗しつつもタコ殴りにされ、最後にはアクアの浄化魔法で昇天したベルディアを見た後、私は街へ戻る。すると律儀に待っていたルナが涙ながらに駆け寄ってきた。

 その後私は無茶をしたと怒られ、地割れに飲み込まれた時の事を泣かれ、対処に困ったのだが……当然上手く切り抜け、ギルド事務員としての仕事に戻った。

 浮かれる同僚に苦笑しつつ仕事をさせながら、私は思う。

 

 今回は実に面倒な闘いだった。私からすれば闘いなんぞストレスが溜まるだけで嫌いだ。爆裂娘だの駄女神だのへの苛立ちで短慮だったせいもあるが、街の平和がかかっていなければ今回も冒険者たちに任せて静観するつもりだった。

 どうせギルド職員が戦闘に参加しても報酬はでないし、出たとしてそれは更なる闘いへ巻き込まれる事にしかならない。我ながら、望みに反する行動を取ったものだと後悔している。

 ……だが一つだけ、今日はささやかな報酬が私を待っている。

 仕事の合間、窓から見える平和な街の光景に目を細めながら、私は呟く。

 

「最近、トラブル続きでよく眠れていなかったが……今日はぐっすり熟睡できそうだ」

 

 私の名前は吉良吉影。10年前、何の因果か異世界にやって来てしまった者だ。

 日本に居た頃の事はよく覚えていない。常識や多少の世相は覚えているものの、自分が何者であったか、何をしていたかはまるで記憶に残っていない。

 言える事は一つだけだ。何故だか分からないが、記憶にない以前の私は『きっと天国には行けないだろう』という確信だけがある。

 今の私が行けるかどうかは……分からない。何らかの執着から解放されたような、太陽の光の中にいるようなすっきりとした感覚が私の中にあるからだ。たぶんだが、それだけが今の私と以前の私の違いなのだと思う。

 まあ、どうでもいい事だ。重要なのは私がこの異世界で生きているという事実だ。未だ本当に平穏で安らかな時間を過ごせないこの世界で、私を慰めてくれるのは安眠と、素敵な音楽の二つだけだ。

 さあ、今日はどの音楽をかけようか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉良吉影……生前多くの人間を殺した殺人鬼。死亡し幽霊となってさまよっていた所、偶然見つけた奇妙な聖遺物に触れ、22歳の肉体を持って異世界に流されてしまう。その際キラークイーンを発現した。殺人癖が消え、心の平穏を求め日々を生きている。

 

ルナ……冒険者ギルドの受付嬢。吉良をヨシカゲと呼ぶ唯一の女性。吉良に好意を抱いており、ゆくゆくはと思っているものの、中々進展しない関係にやきもきしている。

 

佐藤和真……異世界に転生した少年。ベルディア討伐後、キラークイーンをスキルと思い込み教えてもらおうとするが、覚える事ができずがっかりしていた。だが条件さえ整えば、スタンドを発現する可能性も……?

 

アクア……特典として連れてこられた頭の弱い女神。ベルディア討伐で大きな活躍をしたためもてはやされ、調子に乗っていたところで詐欺に引っかかり特別報奨金の大半を失くした。なお本人は詐欺にあったと気付いていない。

 

めぐみん……頭のおかしい爆裂娘。吉良の依頼を引き受けるものの、半分くらいは関係のない物を吹っ飛ばしてくるので吉良の頭を悩ませている。

 

ダクネス……王家の懐刀ダスティネス家の御令嬢。吉良とは吉良がギルド長に無理矢理連れてこられたパーティで面識があり、自分の性癖がばれていた事に恐々としている。一方で周囲にばれて脅迫される妄想にふけっているようだ。

 

クリス……この世界では生前の吉良吉影を知る唯一の人物。吉良吉影がこの世界で生きている事を知ったのはカズマたちが異世界にくる一月前。そのため常日頃から吉良を監視し、殺人を犯さないかどうか確かめている。なお、吉良当人からはうとまれると同時にほいほいと言いくるめられ、面倒な仕事を押し付けられている。

 

ベルディア……首なし中年。筆者的には吉良が冒険者たちと共に闘うのはやや無理がある展開だと考えており、当初は秘密裏にひっそりと始末されるはずだった。しかし腐っても魔王軍幹部に吉良一人で勝てるか、そもそも挑みに行くかという本編以上に無理筋の展開しか思いつかなかったため、このような最期となった。

 

 この世界の吉良吉影は生前の記憶を失っているため、『スタンド』の名称は独自に考えたもの。『独立した生命エネルギー』、あるいは『孤立する精神』といった印象をキラークイーンに覚えたため、『Stand alone(孤立する)』から『スタンド』と名付けている。

 本編ではこのくだりを入れたかったが入れられなかったので。あとこの世界ではキラークイーンは魔法に近いものなので、見えないと言う事はない。しかし使用される時はたいてい吉良と重なっているため、ほとんどの人はキラークイーンを単なるスキルだと思っている。

 



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告