Act.2
ユーリはこの夜、デニスの部屋ではなく自室に居た。一人部屋にしては広すぎる部屋と、広すぎるベッド。そして、そのベッドでは、幸せそうな顔をして眠る、ユーリとよく似た顔立ちの少年がいた。赤と緑の二色に分かれた髪に、あどけない寝顔を浮かべている。
彼――榊遊矢もまた、ユーリに好意を寄せていた。遊矢は、元はユーリとは敵同士だった。しかも、過去に遊矢の幼馴染を拉致しようとし、あげく父親をカードにしたのはユーリだったのだ。なぜ好意を持つようになったのか…それは本人もわかっていないかもしれない。
そしてきっかけは至極日常的なもので…ユーリはまさか遊矢とこんな関係になるとは思ってもいなかった。
それは、突然大雨が降り始めた日だった。ユーリはアカデミアの中庭に面した廊下をぼんやりとしながら歩いていた。無数の雨が窓を叩きつける。ふと、ユーリが中庭を見やると、虚ろな目で空を見上げ雨の中に佇む遊矢の姿が目に入った。普段なら気付かなかったふりをして立ち去るところだった。しかし、どれだけ経っても遊矢は身動き一つしない。
「ちょっと、そんなところで何してるのさ、遊矢。風邪引くよ。」
不審に思い、そう声をかける。しかし、遊矢は静止したまま、その体に大粒の雨を受け続ける。しびれを切らし、苛立ちながら降り注ぐ雨に身を投じようとしたその時だった―――――突如、遊矢の体がぐらりと傾き…そのまま草の生い茂る花壇に倒れこんだ。慌てて駆け寄ると、どのくらいの間そこにいたのかというほど、体が冷え切っていた。
急いで自室に運ぶと、そこでようやく遊矢は目を覚ました。
「あ…れ、ユーリ…?…ここ、は…。」
ぼーっと覚醒しきっていない目できょろきょろと部屋を見回すと、突然頭を抱え軽く苦痛の声を上げた。
「ここは僕の部屋。君、雨の中突っ立っててそのまま気を失ったんだよ。僕の目の前でね。仕方ないから、ここに運んで来たんだけど。で…、頭痛いの?まあ、あれだけ濡れてたんだ。ほら…早くシャワーでも浴びて来なよ。置いてあるものは好きに使ってくれて構わないから。」
そして「本当に何してたのさ…」とぶつぶつ文句を言いながら遊矢にタオルを渡そうとする。すると、いきなり遊矢が腕を強い力で引っ張った。予想外の出来事に、ユーリは抵抗することもできないまま、気がついたときには遊矢に押し倒されてしまっていた。
「………は?ねえ、なんの―――」
つもり…と言いかけて、止める。ユーリの頬に、ぽつ、ぽつと水滴が落ちた。
「…………なんで泣いてるの。」
遊矢は泣いていた。両の目からは止めどなく涙が滴り落ちた。何に対して泣いているのか、ユーリにはまったくわからなかった。
次の瞬間だった。遊矢は、そのまま覆いかぶさってきた。そしてそのまま、二人の唇が触れ合う。ただ唇を重ねているだけなのに、遊矢はとても熱かった。雨で風邪をひいたんじゃないか……遊矢に身をまかせながら、ユーリはそんなことを考えていた。ユーリが抵抗しないことを悟ると、遊矢はさらに攻めた。するりと舌を滑り込ませ、そのまま濃く、深く、自分という存在を刻み込んでいくように攻め立てる。普段の彼が見せないような、貪欲な獣の姿だ。それほど時間がたっているわけではないのに、二人にとってその時間はとても長く感じられた。
ようやくユーリを解放した遊矢は、自分のしたことに気付くと顔を真っ赤に染めた。そして、再び泣き出しそうな顔をする。
「…ごめん。……ごめん、ユーリ…。」
震えた声で、遊矢は言葉を紡いだ。そして、泣きながら、想いを吐き出した。
その日から、遊矢はもう一人の
遊矢は、みんなに笑顔を、とエンタメデュエリストを目指す半面、まるで揺れる振り子のように精神面に弱さがあった。それはユーリとの関係の中では顕著に現れた。なにより、独りになることを恐れた。そして、日が増すほどに、遊矢はユーリに執着するようになった。しかし、ある一定のラインで必ず身を引いていた。ときどき、ユーリが一人で寂しそうな顔をしていたり、眠っているときに涙を流したりしていることを、遊矢は知っていた。そしてユーリがこういうことに慣れていることも気付いていた。それ故に、不安に包まれることも何度もあった。今は、「ユーリが傍にいてくれるならどうでもいい」と思っていた。なにも考えないようにしよう、と。それでも、遊矢は幸せだった。
もっとも、その幸せが長続きするなどということは、万に一つもありはしなかったのだが。