Act.5
「はぁっ、はぁっ…、遊矢…っ、遊矢っ!!!」
バンッと扉を押し開け
「…びっ……くりしたぁ。どうしたんだよ、素良。そんなに慌てて。」
「いや、あの、うん…、えっと…、」
息切れで上手く話せずに居ると、「とりあえず落ち着け」と水を渡される。
「ねえ、遊矢…。」
水を飲んで呼吸を落ち着かせると、今までの勢いはどこへやら、憤りを押し殺すように、抑えるように顔を俯かせ静かにぽつりと呟いた。
「なんだよ?」
きょとんとして遊矢が聞き返す。素良は少しばかり顔を上げて、続く言葉を紡いだ。
「遊矢は、ユーリと…その、付き合ってるんだよね…?」
知ってはいる。けれど、実際認めたくはない事だった。此処で違うという返事が返ってくるなら、あの事実も、伝える必要は無いだろう。
質問の内容が意外だったのか、一瞬間を置いて遊矢が「ああ、そうだけど。」返す。少し顔を赤らめて。それを聞いて、少し胸に痛みを感じながら、意を決したように真っ直ぐに目を見据える。
「じゃあ、……ユーリが他の奴ともそういう関係になってるのは、知ってる?」
静かな声で、しかしはっきりと告げる。
遊矢が目を見開く。しかし半ば空いた口から音が漏れることは無い。
―――――そして長い、長い沈黙。長くはないのかもしれない。しかし、素良にとってはとても長く感じられるものだった。
当然、そうなるだろうと予感はしていた。ユーリと別れろと言わないのは、それを言ったら遊矢がどうなるか、想像がついているからだ。人1倍繊細。そんな所も、素良は理解している。だから、言わない。でも、これは、言わねばならない事だった。これ以上遊矢を傷つけさせるわけにはいかなかった。これ以上遊矢がユーリにのめり込む前に、自分がそれで嫌われることになっても、言わなければならない事だった。
「…………知って、る…よ。」
俯いたまま遊矢が呟く。素良は耳を疑い目を見開き、今しがた聞こえてきた言葉を頭の中で反芻させる。遊矢は、知っている、と言った。知っている、と。つまり……
「遊矢、君は……知ってて、なんで、そんな……。」
理由は聞かずとも分かっていた。何故、「なんで」と聞いてしまったのか、自分でも分からなかった。
なんで、なんて決まっているじゃないか。自分も「恋」をしているのだから。好きな相手と一緒に居られるのなら、出来る限りのことをする…それは当然の行動だ。何故か。それは…
「……好き、だから。」
そう、好きだからだ。好きという気持ちは自分の辛さなんて吹き飛ばしてしまうくらいの幸福な時を与えてくれる。それは、一瞬のことでも、それまでの長い苦しみを凌駕するほど大きなものだから。
「ユーリに直接聞いたわけじゃないけど、何処か手慣れてたし、毎日一緒に居られるわけじゃなくて、今日は用事があるからって言ってる時が多かったから。だから相手が誰かとかは知らない。けど、いいんだ。俺はそれでもユーリのそばに居たいから、このことをユーリに伝えたりも、しない。」
わかってしまうから。その気持ちが痛いほどわかってしまうから。素良はそれ以上遊矢に問いただすことが出来なくなってしまった。
「素良は……相手を知ってるのか?」
俯いているとふいにそう問いかけられて一瞬口ごもる。
「遊矢は…知りたいの?」
逆に聞き返す。そこで、少しだけ、遊矢の表情が硬くなった。
「…知りたいかと言われればそりゃあ知りたいけど……正直聞くのは怖いなとも思う…かな。でも、きっとその人もユーリの本命じゃないんだろうけどさ。」
「ユーリの…本命?」
まさかの返答に驚いた表情を見せると、遊矢はふと窓の外、俯瞰の風景を眺める。
そして。
「だってさ、ユーリのやつ、寝てる時に泣いてたんだ。今俺みたいに相手してるやつがユーリの本命なら、泣いたりなんかしないはずだろ?」
どこか、別れを惜しむように、泣いてしまいそうな、今にも消えてしまいそうな表情で、彼は言った。
お久しぶりです。
暫く忙しかったり他のことをしていたりで更新が大幅に遅れました。楽しみにしていてくださった方、本当に申し訳ないです。
ぼちぼちですが更新もしていこうと思います。
この小説くらいは完結させたい(願望)