香月夕呼Side
「は?あんた、なんの話してんの?」
「無論”BETA全滅計画”ですよ。どうします?のりますか?」
「まずは話を聞いてからね。”毒殺”とか意味わかんないからちゃんと詳しく説明しなさい」
「詳細はいまは話せません。その上で協力して欲しいんです。詳しく話せるのは……………今から三日後。29日の夜に話します」」
「話せない?なのにあたしに動けって?随分ムシのいい話ね」
「ええ。ですから断ってもらってもかまいません。博士がやらないと言うのなら流します。この話は忘れてください」
(押してこないわね。沙霧の目的はいったい……?)
それなりの地位についた今、時たま”対BETAの画期的な発明!”などという話も持ち込まれることがある。下からだけでなく上からもだ。もちろん大半は使い物にならず、この手の話は精査しなければ話にならない。沙霧の話も向こうが話さない以上、こちらも立場上受けることはできないのだが………
あたしは正直沙霧には期待している。こいつはあたしがさんざん悩まされた00ユニットにあっさり答えを出した。そしてこれまで起こした事件にも未来が見えているのでは?と思われるフシがいくつかある。”BETA全滅計画”もこいつが言うならただの与太、と片づける気にはどうしてもなれないのだ。
(”毒殺”か………)
BETAに効く毒はない。呼吸器も内蔵もないヤツらにそんなものは無意味なのだ。これは沙霧自身認めているし、万一BETAに有効な毒を発見したならあたしに隠す必要はない。直ちに報告するはずだ。
それに”BETAに有効な毒”では話が繋がらない。それが即、BETA全滅に向かうというのはいくら何でも話が飛びすぎる。”毒”というのは文字通りの意味ではなく、BETAの急所のようなものを示唆しているのかもしれない。
「で、それをあたしが受けたらなにすりゃいいの?」
いくつか言葉を交わしても情報は得られないので、あたしは一歩下がることにした。相手が冷静な内に下がるのは本来なら悪手だが、沙霧がこの話が流れてもいいと思っているフシがあるのだからしょうがない。”BETA全滅計画”なんてものが本当にあるというのならもっと積極的に押してくるはずなのに?
沙霧が出した条件は以上の三つだ。
1:今日これから横浜基地に行き、直接反応炉を見せてもらう
2:鑑純夏と会わせる
3:三日後の29日に流星の新武装のテストを沙霧をパイロットにしてやらせる。なお、流星は万全の戦闘可能状態にする
1は問題ない。あたしの権限で十分観察許可を出せる。元々沙霧に反応炉を調べてもらうつもりではあったのだ。
2。問題ない。
3。やはりこれが問題ね。要するに29日に流星に乗ってどこかへ行くことを幇助しろ、と言っているのだ。やればもちろんあたしの責任問題になる。
一応これで現時点で沙霧から出せる話は全てみたいだ。これからどう判断すべきか………。
安全策をとるならここで一旦断って29日改めて話を聞く、というのが最善だろう。だがあたしは数多くの交渉を経験したことから知っている。この場合の安全策とは最高の結果を手放すことであり、それをすることはこの話を蹴ることと同じであり、結果お零れにしかあずかれない。
故に受けるか否か。二者択一で臨むべきだろう。
あたしは会話だけでなく沙霧の顔色や態度からも情報を得ようとさっきから観察しているが、どうも様子がおかしい。妙に感情が感じられないのだ。
「あんた、まさか薬を断っているの?危ないわよ。その状態でいると急激に脳を消耗するのよ!」
「ええ。でももし博士が受けたなら必要ですから」
………ああ、その状態で反応炉を調べるのね。そうなると沙霧の観察で情報を得るのはほぼ無理ね。となるとここまでで決断しなきゃいけないわね。受けるか否か……………
…………クスクスクス――――
「!?」
いきなり小さな女の子達の笑い声のようなものが聞こえた!? ハッとして周りを見回すが、沙霧以外誰もいない。もちろん沙霧はさっきからずっと観察しているので違う。
「博士、どうしましたか?」
「……………いいえ、なんでもないわ」
沙霧にそう答え、沙霧の顔を見たときに思い出した。そういえばあの笑い声、昔一度聞いたことがあったわ。
それは以前、沙霧ら4人の赤子に00ユニット前実験の処置をした時。
手術の後、少女らが楽しそうに笑う声を確かに聞いたのだ。
それは――――あたしがあの娘達から奪った人の心?…………………ああ、そういうことね。
「いいわ、受けるわ。なにも聞かずすべて用意する」
「う………受けちゃうんですか!?本当に!?」
全面的に了解したというのに沙霧は喜ぶどころか慌てている。
なるほどね――――
”BETA全滅計画”はある。でも”代償”もある
そして沙霧はそれを恐れている。だからこんな形になったのだ
でも翻す気はない
これが沙霧とあの娘らの出す試練だというのなら…………
そう。何があろうとも、あたしはあの日の罪に誓って
逃げるわけにはいかないのだから――――――
♠♢♣♢♠♢♣♡
沙霧真由Side
こんにちは 沙霧真由です。
「あんたが出掛けるのに必要な手続きをしてくるわ。その間に準備しておきなさい」
そう言って夕呼さんは部屋から出ていきました。
まったく夕呼さんもよくウソつきな私のこんな怪しい話に乗る気になりましたね。これで副司令なんて地位について大丈夫なんでしょうか。
……………いえ、あの夕呼さんが話だけで判断するなんて素人臭いことするわけありませんね。会話している間中私のことをじっと見てました。どこでそう思ったのか私の話に脈があると嗅ぎ取ったのでしょう。思えば私も夕呼さんに背中を押して貰うためだけにこんな形で話したのかもしれませんね。
正直、佐渡島戦のこの結果はショックでした。私はアンリミテッドのこの世界をオルタネイティヴ世界以上のものにすることに成功し、この戦いも楽勝と考えていました。でも”BETAの底を見る”という所まではいったでしょうが、それは人類が到底およばない奈落の底。とても戦力増強なんてやり方じゃかなわない、とわかってしまいました。
この結果を見るとオルタ原作で純夏さんのリタイアで部隊が早々に撤退したのは幸運だったのかもしれませんね。もし、ハイブにダメージを与える所まで善戦していたら間違いなく被害は甚大なものになっていたでしょう。
ま、とにかくやると決まった以上迷いは捨てますか。
横浜基地に出かける準備にまずリボンを変えます。それは自分で作ったバッフワイト素子とマイクロチップで出来ており、純夏さんのリーディング対策のためです。純夏さん相手には対霞ちゃん用の思考波撹乱リボンじゃ足りませんからね。
それから机の引き出しからUSBメモリを出します。中身はこれから横浜基地に襲撃に来るであろうBETAが高度な陽動を行う可能性。そして純夏さんがODL浄化のさい、オリジナルハイブへ彼女の持つ情報を送っている可能性を色々こじつけて納得できるレポートにしてあります。これを夕呼さんに見せれば三日後に起きるはずのBETA横浜基地襲撃の被害を減らせることができるでしょう。
話の流れ次第でさっきの面談で使うつもりでしたが、私はこれを――――――
踏み潰してバラバラに壊しました!
悲しい気持ちで残骸をゴミ箱に捨て、出掛ける準備にかかりました。
動き出したBETA全滅計画!
悪魔が嘲笑うその計画!
果てに待つものは………?