覇王の兄の憂鬱   作:朝人

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こっから先シリアスしかないんですけど……。(番外的な話は除く)
実はシスコンの理由が割と重い。


五十三話

 『代替』とは何かの代わりを意味する言葉だ。

 例えば、車やケータイが壊れたとしよう。それを修理に出してる間代わりの物が支給される。これが『代替物』だ。

 これらは壊れた物が直るまでの間、無ければ不便だからとして貸し出され、期間を迎えた際返却しなければならない決まりになっている。

 身近な物で例えたが、『代替物』というのは他にも色々とある。しかしそのどれもが一時、一定期間の間しか使われることがない。

 少し物悲しいかもしれないが、仕方がないこと。それが代替物の役割なのだ。

 『代替人格』とは端的に言ってそういった役目を負った人格のことだ。

 似たようなものに『多重人格』が存在するが、それらとは出生と意味合いが異なる。

 多重人格は過度なストレスや特殊な環境下、それから逃れる為のある種の防衛本能により生まれる場合が多い。

 これは完全に無意識で行われ、当人は自分にもう一つの人格が生まれたことに気付くことはない。

 意識こそ出来ないが彼らの役割は元の人格の『負担の緩和』などが主だろう。

 対して代替人格とはまず出生からして違う。彼らは第三者の手によって意図的に造られた存在だ。

 魔法という技術が生まれ、それによって出来ることが増えた結果、今まで手出しが出来なかったものに手を出せるようになった。

 その内の一つに精神崩壊を起こした者への対処もあった。精神が死に、完全に生きた屍となった彼らを救う術はないかと考案され、現実の物にしようとした。

 生身の肉体とは違い、精神とは不確かで不鮮明なものだ。精神や心に関しては明確な『死』というのが実は分かっていない。

 あくまで何に対しても反応がない為にそう判断されるだけだ。

 しかし何かしらの干渉を受け、その影響で意識が戻るという事例は少ないながらもある。

 そこに目をつけ、仮にその状態を沈静しているものとし、代わりに刺激を感受するものを置き、間接的にでも影響を与える存在とする。

 そうした外界とのパイプのような役割を持たせたものが代替人格なのだ。

 作られた人格が使い捨てなのか? という疑問は当然出てきたが、それに関しては完全な受動型にし、尚且つ本来の人格が復活するスパンを考えた際、自我が目覚めることはないと想定された。

 とはいえ『魔法』という免罪符を付けたとしても、端から見ればやっていることは人体実験に近いものだ。

 故にこの技術もまた歴史の闇に葬られることとなったのだが、あらゆる記録を蒐集していたリードはこれを秘密裏に入手していた。

 その技術を使い、造り上げたのがヒロ・ストラトス……いや、彼の代替人格だ。

 当時ヒロが最も心残りだったのは生まれたばかりの妹、アインハルトについてだ。兄としての自覚が芽吹き始めた頃、彼女のことが頭から離れたことはない。

 それほどまでに大事な存在だ。

 そしてまた、ヒロが宿した聖遺物の持ち主も『兄』という立ち位置にいた。

 血の繋がりはなくとも、彼もまた妹のことを大切に想っていた。

 二人には共通点がある。

 その共通点を基に造られた人格は『兄』としてのものだった。

 ヒロ――正確にはその代替人格――のアインハルトに対する深い愛情はここからきている。無論彼自身アインハルトのことが大事だと想っているし、そこに関する感情・想いは嘘偽りのない純粋なものだ。

 しかし、同時にその行動こそが彼の存在証明であり存在意義でもあるのだ。

 何せ、彼は『妹を大切に想っている』二人の兄の記憶と想いから造られた存在なのだから。

 だがらこそか彼等の想いの強さはリードの想定を超えていた。

 本来目覚めることのない自我は目覚め、あまつさえ元の人格が復活するであろう期間を余裕で超えてしまっていたのだから。

 完全な予想外の出来事故に、リードは彼を目の届く範囲に置く為ある取引を持ちかけた。

 『彼』が覚醒した当時、同じ病院に入院していた『ある少女』がいた。その少女は管理局の魔導師であり、任務中の大きな怪我を負い、九死に一生を得ることとなった。

 

 その少女こそが高町なのはだった。

 

 彼等はそこで邂逅を果たす。自我が芽生えたばかりの少年と、二度と飛ぶことが出来ないかもしれないと宣告された少女。

 きっかけは些細なことだったのだろう。当時満足に身体を動かせなかったなのはの落とした物を彼が拾って渡した。そんなありきたりな接触。

 それから二人の交流が始まった。

 身内以外で初めて出来た病院内での共有の友人。

 『兄』としての核以外は知識と記憶だけで補われた彼の行動は時としてなのはを驚かせた。

 無知のようでいて、しかし彼女が知らないことを弁ずることすらあった。

 なのはから見て彼は不思議な少年だったに違いない。

 だが、その存在もあってかなのはの表情に影が落ちることは少なくなった。

 そしてそれは彼も同じだ。

 なのはとの交流は彼に刺激を与え続けた。それは知識であり感情であり、想いでもある。

 だからこそ、彼にとって『高町なのは』という存在は特別なのだ。

 それを見抜いたリードは彼にある提案をする。

 ――彼女を救いたいのなら手を貸そう。代わりにボクの手伝いをしてくれ。

 なのはが『飛びたい』と願っているのを知っていた彼にとってその条件は願ってもいない事。

 元より大事なもの等そう多くない。それ故にその契約を了承してしまった。

 これによりなのははまた空を飛ぶことが出来、彼もまた自らの願いが叶ってめでたしめでたし……というわけには勿論いかない。

 

 彼をより強く繋ぐ為にリードは数年後、なのはにその真実を語る。それだけには留まらず彼の出生の秘密すら教えた。

 自らの為将来への道を縛ってしまったこと、大切な者の一人となった彼がいつかは役割を終えて消えてしまうこと。

 彼は所詮ヒロ・ストラトスの代替品。

 どんなに親しくなろうと特別であろうと待ち受ける運命は変わらない、変えられない。

 イレギュラーは起きた。しかしそれも永続的には続かない。

 陽炎の様にあやふやで、蝋燭の火の如く儚い存在。

 それでも利用出来るものは利用する。己が目的、一族の悲願を達成する為にはリードは手段は選ばない。 

 そして真実を知ったなのはが取った行動は――。

 

 

 気付けば診療所の前にフェイトはいた。

 そこはヒロがいる場所。真実を知った彼女は、つい赴いていた。

 何が出来るか分からない、何故あんな過去を暴いて欲しいと願ったのか理解出来ない。

 でも、それでも、一度は彼に会わないといけないと思った。

 だからこそ、ここに来たはずだ。

 

「………………」

 

 だが、いざ目前にして足が竦む。

 本当に今会って大丈夫なのか? 冷静でいられるか? いつも通りの笑顔を浮かべることが出来るのか?

 そんな疑問が頭を埋め尽くす。そして分かってしまう。

 いや、きっと出来ないだろう。絶対『同情』する。

 フェイトは『優しい』とよく言われる、しかし同時に『甘い』とも言われる。

 優しいことは美点だが時としては欠点ともなり得る。特にフェイトは生粋だ。

 そんな彼女があんな話を聞かされて、今まで通り接する事が出来るかと問われればまず無理だ。

 だからこそクロノは渋り、そして話終えた時の表情を見るに思った通りの結果になっていたのだろう。

 同情が果たして悪しき考えかは分からない。ただ大半は、その感情を向けられるのは嫌なようで、フェイトはよくよくそういう人達と遭遇してしまう。

 だから、もしかしたらヒロにも同じような態度を取られてしまうかもしれない。

 

「――入って来い」

 

 自問自答を繰り返していたフェイトの耳に声が届く。

 扉は開いていない。しかしフェイトが来ていることに気付いたヒロは内からスピーカーを使って呼んだ。

 悩んでいる内に、後戻りは出来なくなった。

 だがお陰で決心もついた。

 俯いていた顔を上げる。不安を帯びた瞳は決意に満ちた。

 勇気を持ち、扉を開いた先には――

 

「……ヒロ」

 

「ああ、ようやく、識ったんだな。『オレ』の事」

 

 白衣を纏ったヒロが笑みを浮かべて待っていた。

 その笑顔が、純粋な喜色だけでないこと見抜いてしまうも、フェイトは歩み寄る。

 『彼』の本心を訊く為に。




代替人格は造語のつもりで書いた。

いつから『彼』だったのかというとプロローグ以外は全部『彼』で、逆にプロローグだけは本来のヒロ。核となる部分は同じなので人格の差異はほとんどないけど。

シスコン(純正)とシスコン(義理)が混ざり合うことによってやべーシスコン(ガチ)になった。何気に存在意義の根底になったのもそれ。だから何をおいても一番大事なのはアインハルトになっていたという話。
アインハルト? あの娘は生まれた時点でブラコンガチ勢なんで。

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