おまえをオタクにしてやるから俺をリア充にしてくれAnother! 作:ゆかりムラサキ
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「あ〜……疲れたー」
10月。残暑もすっかりと抜けて、もうすっかりと肌寒くなり始めた秋の夜。
カラオケ屋での遅番バイトを終えた俺は、そんな独り言をぼやきながら家路につく。
なんか今日は妙に忙しかったんだよな。いつもなら暇な時間帯にはレジ前で堂々と携帯とにらめっこをしている、我がカラオケ店のアイドル(笑)渡辺あやでさえ、今日はポケットから携帯を出す素振りさえ見せなかったくらいだからな!
そんな余りの忙しさにメシさえ食って無かった事をふと思い出した俺は、途端に空腹感を憶えた。
今から帰っても、母ちゃんメシなんて用意しといてくれてねーだろうなぁ……。いつも遅番の時は適当になんか食ってくし、これだけ腹減ってるのに、帰ってから自分で用意すんのもめんどくさすぎる。
しゃーない、じゃあコンビニで弁当でも買ってくか。
そう思い立った俺は、最寄り駅から自宅までの間にある適当なコンビニに足を向けるのだった。
*
「…………せー」
店内に足を踏み入れた俺に掛けられたのは、やる気のなさMAXな店員の声。
おいおい、『いらっしゃいませー』の『せー』しか聞こえなかったぞ。そこはせめて『しゃせー』だろ。
こいつよっぽどやる気ないな!? 深夜のコンビニ店員だってもっと声張ってんぞ!
こっちは同じ接客業で一生懸命仕事してきて疲れてるってのに、入った店での店員の余りのやる気のなさに、無性に腹が立ってくる。
とはいえそのコンビニ店員は、金髪にピアスの一見ヤンキー風コワモテにーちゃん。ヘタレの俺には、そんな不満を顕にする態度を取るだなんて恐ろしくて出来るわけがない。
本当はレジ前を通ってすぐの弁当コーナーに行きたかったのだが、イラついてる顔のままレジ前を通る事にちょっとビビってしまい、すごすごと雑誌コーナーから回り込んで行く事にした。
俺どんだけヘタレなんだよ!
今日はよく読む雑誌の発売日ってワケでもないし、目的はあくまでも弁当な俺は、雑誌コーナーは歩きながら流し見する程度で済まそうと思っていたんだが、ふと……あるコーナーに目が釘付けになってしまう。
それは18禁コーナー。いわゆるエロ本コーナーだ。
そのエロ本コーナーに置かれたとある一冊の雑誌。成人向け漫画雑誌の表紙に目を奪われてしまった。
別にそのエロ本に興味があったワケじゃない。まぁ興味が無いと言えば嘘になるどころか興味はありまくるのだが、今の俺の目に飛び込んで来たのは、エロい表紙のイラストとかエロな妄想くすぐるタイトルとかではなく、雑誌の表紙に羅列された数ある作者名の中のひとつ。
――八雲……ムラサキ?
あれ? 八雲ムラサキって言ったら、確かムラサキさんが商業用に使いたいって言ってたペンネームだよな。
佐川紫さん。通称ムラサキさんは、夏コミ会場で偶然知り合って友達になった、人気同人作家さん。
同人とはいえ、人気作家ともなると、画力も構成力も最早プロレベルな実力者がゴロゴロ居る同人界において、大手壁サークルであり、同人イベント等では常に新刊が即完売するほどの人気を誇っているムラサキさんは、そのご多分に漏れず、身内の贔屓目なしに下手なプロよりもよっぽど上な実力の持ち主だ。
いつかはプロとしてデビューしたいと語っていたムラサキさんは、前にデビューしたら『八雲ムラサキというペンネームでデビューするともりなんです』って言ってたっけ。
それが、成人向け雑誌とはいえ、本当にこうして商業誌に作品を発表しているのを目の当たりにすると、やっぱりムラサキさんって凄い人なんだなぁ、自分とは住む世界が違うんだなぁ、なんて、そんな事を思ってしまう。
――それにしても、なんでムラサキさんはこんな大事なことを……成人向け雑誌とはいえ、こうして商業誌に作品を発表するだなんていうとてもおめでたい事を、なんで俺達には一言も教えてくれなかったんだ……?
俺だけならともかく、恋ヶ崎にも桜井さんにも言ってないんだよな? もし言ってるんだとしたら、俺の耳にだって入ってくるはずだし。
いや、もしかしたら恋ヶ崎達には報告済みで、俺にだけ口止めしてるのかもしれない。まぁ確かに成人向け雑誌に漫画が載りましたって異性に報告するのなんて恥ずかしいもんな。
だが自慢ではないが、俺は一般向けに市販されている程度のエロ漫画くらいなら、特になんの抵抗もない。同人誌の方がよっぽどエグいものも多くあるし。
てか、そもそも俺は先月、ムラサキさんのかなりエロい原稿の手伝いを、ムラサキさんのマンションで一晩中やったしな!
そして手伝いながらも恥ずかしさで赤くなってしまっている俺を、なんとも楽しそうな小悪魔笑顔でからかっていたムラサキさんが、今さら成人向け雑誌に掲載されたと俺に報告する事が恥ずかしいだなんて、到底思えない。
そう考えると、恋ヶ崎達には報告して、俺にだけ口止めをするというのもあまり考えられない。
これはあれかな? 今度みんなで集まった時に、「じゃーん! みなさん見てください!」と、サプライズとして大々的に発表するつもりなのだろうか?
そんなムラサキさんの可愛らしい姿も容易に想像出来るし、案外本当にそうなのかもな。
だとすると、ここで先に発見してしまったのは、なんだか申し訳ない。
せっかくあんな綺麗なお姉さんが、俺達を驚かせてやろうとワクワクしてるってのに、先に知ってしまっていては驚きも半減してしまう。
知らなかったフリの演技とかしても、多分俺じゃ大根役者になっちゃうだろうし。
「ミスったなぁ……どうすっかな……」
思わず顎に手を当てて考え込んでしまったが、よくよく考えると、エロ本コーナーの前でどれにしようか悩んでいる変態にしか見えないな!
その時、俺の頭の中にあるひとつの考えが浮かんだ。
――ムラサキさんのサプライズが失敗してしまったのならば、逆にこれを利用してこちらからサプライズを仕掛けてしまえばよいのではなかろうか――
と。
俺の予想が正しければ、ムラサキさんは俺達がなんにも知らないと思ってこの雑誌を嬉しそうに出してくるはずだ。
だったら、俺達はその瞬間に「おめでとうございまーす!」と御祝いのプレゼントを出せばよくないか!?
初めてムラサキさんのお宅にお邪魔した時も二度目にお邪魔した時も、気の効かない俺は手土産のひとつも持っていかなかった。 二度目の訪問、原稿の手伝いに行った後は次こそは! と心に決めていたワケだし、これはとてもいいサプライズ返しになるんじゃないだろうか。
そうと決まれば話は早い。サプライズを仕掛けるのであれば、ムラサキさんの初商業誌発表作品を先に読んでおく事に越したことはないよな!
感想でも盛り上がれるし、漫画の内容次第では、桜井さんがその漫画のコスプレ衣装を作って、恋ヶ崎と桜井さんでキャラに成り切ってのサプライズとかだって出来るかもしれないわけだし。
そして俺は意気揚々と成人向け漫画雑誌と弁当を手に取り、金髪店員のもとへと向かうのだった。
あのムカつく店員にエロ本見られて変な顔とかされないよな……?
*
「たでーまー」
コンビニでの買い物を済ませた俺は、早く弁当を食って漫画雑誌を読みたいという一心で、すぐさま自宅へと帰宅。
階段を上り、二階にあるリビングのドアを開くと、ソファーでは妹のあかりがダラダラと単行本を読んでいる最中だった。
「あ、おかえり直輝。今日遅かったじゃん」
そう声を掛けてきたあかりは、もう秋だというのに相変わらずTシャツ一枚で無防備な姿を晒している。
これが漫画やラノベであれば、そんな妹の姿にドキッとするなり萌えるなりするのだろうが、生憎現実では実の妹のほぼ下着姿になど一切心が動かないのだ。
そもそもコイツ、中1だというのに見た目はまんま小学生にしか見えんしな。
「ああ、なんか今日は妙に忙しくてな。ちょっと残業させられてたんだ」
「ふーん、お疲れさん。……あ、夕飯どうすんの?
ママがカレー作っといてくれたから、あかりが用意してあげようか?」
「マジで?」
なんだよ、今日はカレーがあんのかよ……。弁当買ってきて失敗したな。
まあ帰りにコンビニ寄ったからこそムラサキさんの商業誌発表を知れたワケだし、プラマイでいえば断然プラスだけど。
……にしても、あかりがわざわざ俺の夕メシの準備を申し出てくれるなんて珍しい。普段は俺をゴミ扱いしてるくせに。
「あ、でもわりぃ、メシなんて無いかと思って弁当買ってきちまったわ」
「……えー、せっかくあかりが用意してあげるって言ってんのに! ……マジムカつく」
「……しゃーねーだろ。んじゃ部屋で食うから」
「……あっそ」
なぜだか急に不機嫌になってしまったあかりを無視して、俺は自室へと向かう。ホントこの年頃の女はよく分からん。
……まあ珍しく兄貴に親切してやろうとしたら、あっさり断られたんだもんな。そう考えると、ちょっとあかりに悪い事をした気分になってくる。
今度からは、弁当買う前に一旦家に連絡すっか。
部屋のドアを閉めた俺は、さっそくレジ袋から弁当と雑誌を取り出す。
普段ならリビングでメシを食う俺がわざわざ自室で弁当を食う理由。それは、早くこの雑誌を開きたいからに他ならない。
妹のあかりは、俺と同じくオタク趣味を持っていて、さらに結構な腐女子だったりもする。
その為BLゲーやら同人誌も大好きで、普通の女子中学生に比べたらこういう雑誌とかにも耐性がある。
だからといって、いくら腐女子の前だからって、妹の前でエロ本を堂々と開くほど心臓に毛の生えていない俺は、今日は部屋での食事にする事にした。
まあリビングで弁当食い終わってから、部屋に戻ってゆっくり見ればいいだけの話だが、今は一刻も早くムラサキさんの作品が見たい。
それは、つい先日ムラサキさんの生原稿を初めて見てしまった事も原因のひとつだろう。
あの高いクオリティーを誇るムラサキさんの作品が商業誌に掲載されたら、一体どんな素晴らしい仕上がりになっている事だろう……と、沸き上がる興味が抑えきれないのだ。
逸る気持ちをなんとか抑えて机の上に置いた弁当の蓋を外し、行儀が悪いと知りつつも、おかずを口に運びながらワクワクで雑誌のページを捲る……。
「っ……!」
俺は、危うく今口に運んだばかりの一切れのハンバーグを噴き出しそうになってしまった。
なぜなら、ハンバーグを咀嚼しながら読み始めたムラサキさんの漫画が、余りにも衝撃的すぎたから。
「……え? こ、これって……」
ムラサキさんの商業誌発表作品は、俺の予想通りの出来だった。
作画も構成も半端なく、他に掲載されている作者さんの漫画とはレベルが1つ2つ違っている。
……でも、その内容が余りにも……余りにも俺の心を深く抉ってきたのだ。
――ムラサキさんのこの漫画は、女子大生が年下の男子高校生に片想いしているお話。
主人公の女子大生の男子高校生を想う一途な気持ちに、エロ漫画にもかかわらずとても感動出来る物だった。
でも、この余りの臨場感はどうだ。
……この主人公の、どこかの誰かにそっくりに描かれた女子大生が男子高校生を想う一途な気持ちは、……実体験でもしていなければ描けないような、それほどの熱い想いを感じる。
そしてその“ムラサキさんにそっくりな女子大生”が熱い想いを寄せている男子高校生は…………見た目にしても設定にしても、まるで俺にしか思えなかった……。
この原作はすでに完結している上に、残念ながらアニメにもなりそこねた作品なので、読んで下さっている方がいるかどうか分かりませんが、もし読んでいただけているのであれば最後までありがとうございましたm(__)m