Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

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第十話 邪竜百年戦争 オルレアン 5

 何もない真っ白な部屋。

 正確に言えば、出入り口である扉と壁一面に設置された巨大な鏡。それとベットに映像用モニターがあるだけの部屋。

 不自然なほどに巨大な鏡は、所謂マジックミラーというヤツだろう。向こうからはこの部屋の中は丸見えで、こちらが何をしているか一部始終を確認できる。

 別にそんなことは気にしていない。こうして一日、生きていられる事だけでも十分に満たされているのだから。

 

「やぁ、おはよう―――」

 

 それに、最近はわざわざ部屋の中に入ってきて、声を掛けてくれる人もいるのだから。

 私は十分すぎる程に、満たされている。

 

 

 

 

 変なというか、妙な感じのする夢だなと感想を抱くのと、後頭部の柔らかい感触に気が付くのは同時だった。

 知らないうちに眠ってしまった事を自覚し、僅かに重たさが残る瞼を開く。

 

「おはようございます、先輩」

 

 視界いっぱいに映り込む、笑みを浮かべたマシュの顔。

 とても良い物を見させてもらいましたと、ハッキリ書いてある。

 

「ぁ……おはよう」

 

 後頭部に感じる感触の正体は、マシュの膝枕だったのか。

 未だにぼんやりとした頭が、それを理解した途端に秒速で覚醒していく。

 ハッキリと自覚できる程に顔が熱く、赤くなり、そそくさと体を起こす。

 

「え、えっと……私……」

「あの後、すぐに眠られましたので……二日も眠っていなかったのですから、仕方のない事だと思います」

「あ、ぁ……うん、その……ありがと……」

 

 だからって、ごくごく当たり前のように膝枕されていたというのはかなり照れるというか恥ずかしい。

 状況的に、寝顔をじっくりはっきり見られていたのだろうし、どんな間抜け面を晒していたのか等、考えたくもない。

 それ以上に、凄く快適な寝心地だったななんて感想も抱いてしまうのだが。

 

「起きたばかりで申し訳ないのですが、礼拝堂でジャンヌさん達が待っているはずですので行きましょう」

「う、うん……解った……」

 

 どうやら、居眠りのせいでジャンヌ達に待ちぼうけをさせてしまったようだ。

 その申し訳なさと、もう少しあのまま眠っていたかったという名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、楓は部屋を後にした。

 

 

 

 礼拝堂にはアストルフォ、ジャンヌの他にジークフリートと更に二騎のサーヴァントがいた。

 一人は大きな赤い帽子が目を引く銀髪の少女、もう一人は青黒いローブに身を包んだ男性。どちらもマシュは初めて見る顔だが、この場にいるという事はジャンヌの仲間なのだろう。

 

「マシュはまだ会ってなかったっけ?」

「ジャンヌさんとジークフリードさんにはお会いしましたが、あとのお二人にはまだ……」

 

 それを聞くが早いか、少女が二人の前に躍り出た。

 

「あら、あなた。目が覚めたのね! 私、マリー・アントワネット。クラスはライダー、よろしくね」

「マ、マリー・アントワネット……フランス王妃の!?」

「えぇ、そうよ! でも、そんな畏まらずに気軽にマリーとでも呼んでくださいな」

「は、はぁ……マ、マリーさん?」

 

 そう呼ばれた彼女は、物凄く目をキラキラさせていた。

 凄く嬉しいんだなというのが、よくわかる。

 

「マリー、嬉しいのは解るけどほどほどにね。僕はキャスター。真名はヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト……長ったらしくて呼びにくいだろうから、好きに呼んでくれ」

 

 ローブの男性は、かの天才作曲家。

 特異点を巡る旅、様々な英霊と出会う事になるだろうとは思っていたが、誰でも一度は名前を聞いた事はあるであろう偉人と早速出会う事になろうとは。

 

「ともかく、ここにいるのはこれで全員かな?」

「フォウフォウ!」

 

 忘れるなとばかりに、物陰から飛び出してきたフォウが楓の肩へと飛び乗ってきた。

 

「フォウさんもいますので、これで全員ですね」

「それでは、今後の事の話し合いを……という事で良いですね?」

 

 ジャンヌの言葉に全員頷き、現在とこれからの事についての意見を交える。

 この特異点の原因、聖杯を持っているであろうもう一人のジャンヌと彼女が率いるサーヴァント達。

 それに対抗する楓達とジャンヌ達。構図としては単純、戦力的にはあちらが圧倒的に上と良く無い状況だ。

 

「私達が手を組むとしても、やはり戦力差は大きいですね」

 

 マシュとアストルフォでは、あちらのランサーやアサシン相手に敵わなかった。

 ジャンヌも大きく弱体化しており、マリーとアマデウスは元より戦闘向きのサーヴァントではない。

 更に言えば、敵のサーヴァントは全員に狂化が付与されており、戦闘力が増しているという事だ。

 

「すまない。俺が本調子なら、少しは力になれたのだが……」

 

 そして、ジークフリードはジャンヌ達と合流する前に負傷しており本調子を出せないという事だった。

 複数のサーヴァントに襲撃され、その時の傷が完全に癒えてはいない。

 その負傷は単なる怪我ではなく呪いの類。ジャンヌ一人では浄化しきれず、完全に癒すには最低でももう一人は聖人系のサーヴァントが必要だという。

 数多のワイバーンを戦力として有する敵と戦うには、竜殺しの異名を持つ彼の力は必要不可欠と言っても過言ではない。

 

「間違いなく、この場で最強のサーヴァントである彼の傷を完全に癒す為、聖人系の英霊を探す。それが私達の当面の目的でした」

「他にも召喚されている、という事ですか?」

「確証はありませんが……現に私達のように、マスターも無しに召喚されているサーヴァントがいますので可能性はあると思います」

『ふむ……その可能性は大いにあると思うよ?』

 

 突然割り込んでくる女性の声。

 何事かと皆が身構える中、楓は声が聞こえてきた手首の通信機のスイッチを入れる。

 

「えと……ダ・ヴィンチちゃん?」

『はいはい~。私だよ~。ロマニは今ちょっと休憩中だからね、ちょっとの間代役さ』

 

 空中に映し出されたダ・ヴィンチの映像。

 魔術と機械を併用した通信手段であると初見のジャンヌ達が理解するよりも早く、ダ・ヴィンチは口を開いた。

 

『そもそも、君達のようにマスターを持たない……いわば、はぐれサーヴァントが呼ばれている件だが。恐らく、もう一人のジャンヌが持っているであろう聖杯によるカウンター的なものだろう』

「カウンター……? 要するに、聖杯が今の状況を聖杯戦争と捉えたと?」

『その通り。最初から聖杯を手にした……いわば優勝者が決まっている状態から強引にでも聖杯戦争としての形を成り立たせるために、君達のようにマスターを持たないサーヴァントを召喚した。こう考えれば、辻褄は合わなくもないと思うよ?』

 

 あくまで状況証拠から推測に推測を重ねた仮説だけどね、とダ・ヴィンチは付け加えるがジャンヌは確かにと納得した。

 確証はないとはいえ、他に聖人系サーヴァントがいるかもしれないという可能性に一筋の光が見えたことに変わりはない。それに、今の自分達はそれに縋るほかないのだ。

 

『後はそうだなぁ……楓ちゃんが、この場で聖人系サーヴァントを召喚しちゃうのもありかな?』

「……えっ?」

 

 ダ・ヴィンチの思わぬ発言に、楓は間抜けな声をあげ、他の皆は一斉に彼女へと視線を移し「……あー」と頷いた。

 確かに、この面子で。この世界において唯一のマスターである彼女なら新たにサーヴァントを呼ぶ事も可能。

 上手く行けば、サクッと聖人を呼び出してしまう可能性はあるといえばあるのだ。

 

『幸い、その教会は霊脈の真上にあるからね。サークルを設置して、カルデアの召喚システムと直結させれば楓ちゃんも新たなサーヴァントを召喚できるはずさ』

「成程。どのみちサークル設置は必要ですし、やっておきますね」

 

 サークル設置の作業を行うマシュを他所に、楓はダ・ヴィンチからのまさかの振りに頭を抱えていた。

 

「まさか、聖人サーヴァントを呼べなんて……」

『いやいや、あくまで可能性の話だよ。そう上手く呼べるなんて思ってないさ』

「まぁ、呼べたらラッキー! ぐらいに思ってたら良いんじゃない?」

 

 楓の肩をポンと叩き、アストルフォもダ・ヴィンチの意見に同調する。

 

「物は試しっていうし、召喚するだけしたらいいじゃん」

『どの道、他のはぐれサーヴァントを仲間に出来るかどうかも不透明な現状を考えると……新たな英霊召喚を行って、戦力の増強は計らないとだ』

「ですよね……やるしかないかぁ……」

 

 頭では理解している。それでも、楓の心に圧し掛かるのは不安だった。

 上手く呼べるかどうかはともかくとしても、自分が背負わなければならない命がまた一つ増えるという事が、たまらなく不安だ。

 マシュやアストルフォだけでも重たく、潰れそうになった自分に背負えるのか。

 それでも、強くなると決めたのだ。ならば、この重圧からも逃げては駄目だ。

 

「サークルの設置、終わりました」

『うん。こちらの召喚システムとの接続も確認したよ。後は、楓ちゃん次第さ』

「……はい」

 

 深呼吸をして礼拝堂の奥。祭壇の前に立ち、令呪が刻まれた右手をかざす。

 冬木でオルガマリーに教わった事を一つ一つ思い出し、意識を集中させる。

 

「……素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公」

 

 一心に願うのは、この召喚に応えてくれる英霊がいてくれる事。

 マシュやアストルフォと共に、自分と共に戦う事を良しとしてくれる誰かがいてくれる事。

 不甲斐無く、弱い自分のようなマスターの願いを拾ってくれる誰かの存在。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 召喚の儀式を見守る皆の表情。真剣な眼差しが楓に集まる。

 正確には、これから彼女が呼び寄せるサーヴァント。共に戦う事になる英霊は誰なのかは、嫌でも気になる事だ。

 果たして、皆の期待に応えられるような英霊を呼べるのか。

 そんな不安がよぎるが、即座に頭から消し去って召喚に集中する。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 

 今自分が考えるべきなのは、召喚に応じてくれる英霊の事だけだ。

 詠唱を終えると共に、礼拝堂を眩い光が包み込む。魔力が溢れ、新たなサーヴァントの存在が嫌でも感じ取れる。光が収まっていき、楓は己の正面に立つ一騎の英霊の姿を認めた。

 

「あら、随分と可愛らしいマスターに呼ばれたものね」

 

 紫のローブと黒いフードに身を包んだ女性がそこにいた。

 深く被ったフードで表情は読み取れないが、立ち姿からして気品に溢れた、生まれからして自分なんかとは違うタイプの女性だと、一目で楓は理解する。恐らく、相当な美人だろう。

 そんな楓の様子を見やりつつ、女性は周囲を……自身を取り囲む他のサーヴァント達を確認する。

 

「随分な数を揃えてるけど……正式に契約しているのは、そこの二人だけかしら? ちょっと変わった魔力の供給方ね……魔術と別の物を複合させた方法かしら?」

「あれ? 見ただけで解るの?」

 

 メディアの問いに、あっさりと答えるアストルフォに一瞬呆れるような視線を送り、女性は続ける。

 

「魔力の流れを見れば解るわ。同じマスターに仕えるのだから、気にするのは当然ではなくて?」

「あー、それもそっか」

 

 そして、あっさりと納得される。

 コイツはこういうヤツなのだろうと理解するにはそれで十分だ。その一方、マシュは先ほどのやり取りから何かを思考しているようであった。

 

「見ただけでそこまで……失礼ですが、クラスはキャスターで間違いないでしょうか?」

「そういえば、自己紹介がまだだったわね。本来ならマスター以外に真名を明かすのは不本意ですが、召喚の際に与えられた知識で今の状況は知っていますので、特別です」

 

 そうもったいぶって、女性は己が名を明かした。

 

「サーヴァント、キャスター……真名はメディア。召喚に応じました。よろしくお願いするわ、可愛いマスターさん」

『へぇ……こいつは驚いた。まさかコルキスの王女とは。大当たりだよ、楓ちゃん』

「大当たり……? もしかして、凄い人呼んじゃった?」

「…………………は?」

 

 今のやり取りの意味が解らず、メディアは間抜けな声をあげる。

 召喚の際に与えられた知識にカルデアの事もあり、触媒無しでの召喚である事も理解している。故に、特定の英霊を狙った召喚で自分が来たという訳ではないのだろう。

 だとすれば、このマスターである少女は……。

 

「………いくら未熟でも、魔術師なら私の名前ぐらい知ってると思ってたんだけど……」

「あ、いえ……先輩は魔術師というわけでも無いですし。歴史や神話に関してはほぼ無知だそうで……」

「……あぁ、そう」

 

 ハッキリ言って、ハズレか。

 魔術師ではないというのも大概だが、英霊に関する知識も持ち合わせないとはハズレ以外の何だと言うのか。

 だからといって表には出さない。第一印象は良くは無いが、召喚されて早々に関係を悪化させる事もないだろう。

 メディアがそういった思考を巡らせている間、楓はマシュやダ・ヴィンチから彼女に関する基礎的な知識を教わっていた。

 

「つまり、凄い魔術師って事だよね?」

『簡単に言っちゃうとそうなるね。キャスターで呼べる英霊なら、トップレベルなんじゃないかな』

 

 そう聞いて、楓の脳裏に浮かぶのは一つの考え。

 我ながら短絡的な発想だと思うが、世辞でもマスターとして優秀とは言えないどころか、三流以下な自分が少しでも皆の役に立てるようになるには、絶対に必要だろうと確信する。このチャンスを逃す手はない。

 

「ねぇ……ちょっとお願いあるんだけど、いいかな?」

「あら、何かしら?」

 

 純粋に無知かつ無力で、自身を現界させる為の楔でしかない彼女が何を願い出ようというのか。

 魔術師でも無いのに、サーヴァントを引き連れているからと無駄に大きな態度で威張り散らすようなマスターであるなら、こちらにも相応の考えはある。

 様々な――主に最悪な――パターンを想像し、それら全てに適切な対応はどうなるかと思考を走らせ―――

 

「……魔術、教えてください!」

「……………………えっ?」

 

 見事としか言いようが無いレベルでの頭をさげ、教えを乞う。なんて展開は、流石に予想していなかったのであった。

 

「えぇ……?」

 

 

 

 

 

 全てが燃え尽き、死に絶え、朽ち果てる。

 人も、家も、家財も、家畜も、全てが平等に、一切の差別も区別なく滅んでいく。

 つい数分前まで、人々で賑わっていた街が一つ。紅蓮の炎に舐めとられてこの国の歴史から消え去っていく様を見ながら、少女は呟いた。

 

「で? まんまと逃げられたってわけ? ランサーとアサシン、二人も揃っておきながら?」

「そのようです。例の一味の介入があったそうですが」

「そんな事、言い訳にすらなりません。ろくな力も出せない、戦闘力でも圧倒的に劣る連中の集まりに邪魔されて……あと一歩で倒せた獲物に逃げられる吸血鬼。なんて無様」

 

 苛々を隠すことなく、足元に転がっている小石を踏み砕く。

 少女の傍らに控える黒紫のローブを身に纏った、片手に本を抱える男は笑みを浮かべたまま少女へ語り掛ける。

 

「それで、どうなさいますか? 私の方で手配を済ませましょうか?」

「そうね……新しく来たっていうお客様の顔も、一度は拝んだっていいでしょうし」

 

 右手に持つ旗を振るい、上空に待機していたワイバーンを地上に降ろす。

 

「次は私がいくわ。ジル、後は適当にやって先に帰っててくれる?」

「かしこまりました」

 

 一礼し、男――ジル・ド・レェはワイバーンの背に乗って飛び出つ少女と、引き連れられたサーヴァントを見送る。

 その顔に浮かぶのは笑み。心の底からの喜び。元気にはしゃぐ子供を見守る、愛に溢れた親のような優しさに満ちた笑顔だ。

 彼は今、満ち足りている。正確には満ち足りようとしている。今、この国には彼が望んだ全てがあるのだから。

 

「さて、それでは……」

 

 ぐるりと体を捻り、視線を向けるのは馬小屋。その中に集めた少年少女達。

 つい数分前まで、親が殺戮され、陵辱される様を見せつけられた哀れな子羊達。

 

「適当にやっておくとしましょうか」

 

 炎の音しかしない街に、子供達の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 メディアを召喚してすぐに、楓達は教会を後にした。

 戦力の増強も叶い、マシュとアストルフォの傷も、楓の傷もとりあえずだが癒えたのだから穴倉を決め込む必要もなくなった。

 次にやるべき事は、ジークフリードの傷を癒す為に聖人系のサーヴァントを探す事と、他にも呼ばれているであろうマスターを持たないサーヴァントを味方に引き入れる事だ。

 

 「……マスター、あなた」

 

 そして現在、森の中に身を潜めての野営中である。

 夜の闇に紛れて進む事も可能ではあるが、楓が生身の人間であるという事を考慮するとどうしても無理があるからだ。

 適当に食事を済ませた後、楓はメディアからとりあえずやってみろと言われた簡単な魔術絡みのテストを受けていたのだが。

 

「才能無いわね」

「……無いですか」

「無いわ。私が知ってる中で一番無いわ。私がカルデアのスタッフなら、ただ一人生き残ったのがアナタだけだとしてもマスターやれなんて絶対言わないわ。むしろマスター候補として呼ばないわ」

「そ……そこまで言わなくても……」

 

 文字通りの意味で、これ以上ないぐらいにダメ出しを喰らい続けていた。

 

「これでも手心加えてます。だいたい、才能のあるなしは最初のうちに理解してもらわないと困るのよ」

「うぅ……いや、才能あるなんて思ってなかったけどさぁ……」

「自覚があるのは結構だけど、実際に己の才能の無さを目の当たりにするのも経験よ」

 

 正直、楓に魔術の才能が無いなんてメディアから見れば修行を付けるまでもなく、一目見ただけで解っていた。

 それでもなお実際にやらせ、言葉にしているのは彼女に身をもってそれを理解させる為。

 勘違いをさせて身の丈に合わない力を求めた挙句に……なんて無様な末路を、自ら教えを乞うてきたマスターに歩ませてしまうのは、魔術師としてのプライドが許さない。

 

(断っても良かったのだけど……マスターとしてそれなりの付き合いになりそうだものね)

 

 師匠と弟子という関係を築く事で、多少の借りを作っておくのも悪くはないだろう。

 打算的な考えを張り廻らせ、なおかつ真面目に厳しく、メディアは楓を師事する。

 基本は礼装に頼らせる事にして、簡単な、自身の身を守るのに役立つ程度の物は礼装の有無に関わらず使えるようには鍛えられるだろう。

 厳しく楓を師事するメディア。そんな二人の様子を離れた位置で見やりながら、マシュはふぅと息を吐く。

 なんだかんだと上手く行きそうな感じで、一安心。それが素直な感想だ。

 

『しかし、メディアを召喚したって聞いた時は驚いたよ』

 

 マシュの持つ通信機から、声だけ届かせる形でロマニはぼやいた。

 休憩から戻り、ダ・ヴィンチから事のあらましを聞いた時も正直、自分を落ち着かせるのに精いっぱいだった。

 楓が新たなサーヴァントを召喚する事自体は良いし、反対する理由も無い。

 だが、呼びだした英霊が問題なのだ。

 

『だって、メディアといえばあれだよ? その……ねぇ?』

 

 本人には聞こえないように、小声になっていくロマニの声に呆れたような溜息を洩らしながらも、マシュにも彼の心配は何となく理解できた。

 メディアと言えば、裏切りの魔女と呼ばれる人物。妄信的なまでに愛した男の為、父を裏切り、弟を手にかけ、様々な非道を行ったとされるのが彼女だ。

 楓の召喚に応じてくれたのだから、そんな風に疑いたくはない。実際、アストルフォは気にしている様子も見せず能天気なまま。今は大の字になって盛大にいびきをかいて眠っているというマイペースっぷりだ。

 他の面子も、マリーとアマデウスはさほど気に留めていないようではあるがジャンヌは解りやすいぐらいに警戒しているようだし、ジークフリードは特にこれといって反応を示していない。

 対してメディア本人は、気付いていないという事は無いだろうが徹底して無視。というよりも、楓への魔術授業に集中していて、それどころではないといった様子だ。

 

(あれ……? 警戒してるのってドクターとジャンヌさんだけ?)

 

 その事に気づいてしまったのは、良い事なのか悪い事なのか。

 とりあえず、その疑問を忘却してマシュは自分の意見を口にする。

 

「確かに、メディアさんは逸話からして危険なのかもですが……私は信じてみたいです」

 

 何故なら、楓は信じているようだから。

 彼女にもそれとなく、裏切りの逸話に関しては教えている。その後に出た第一声が、魔術の教えを乞うあれだったのだ。

 今もああして魔術について教えを受けている様子からも、警戒しているようなそぶりは全く見えないではないか。

 

「それに、こっちが信じないと始まりませんし」

『まぁ、それもそうだよね』

 

 これから共に戦い、歩んでいく仲間になるのだから疑うなんてしたくはない。

 きっと、楓もそういう風に思っているに違いない。根拠は無いが、マシュはそう確信している。

 願わくば、アストルフォは勿論。メディアにも、そうあって欲しい。

 そんな想いと共に二人の様子を見やっていると、何かに気づいたようにメディアが視線を楓から外した。

 

「? メディアさん、どうかされましたか……?」

「森の外に放ってた使い魔が一体消えたわ。羽虫程度のサイズでしかないのに気づいて潰すなんて……敵でしょうね」

「っ!?」

 

 その言葉に盾を実体化させるのと、通信機越しにロマニが敵の接近を知らせるのは同時。

 一瞬遅れてジャンヌの、ルーラーとしての探知能力もそれを捉え、彼女は悔しそうに表情を歪める。

 本来なら、万全の力を発揮できていればもっと早い段階でこちらに接近する敵に気づけたはずなのにと。名ばかりのルーラーと化した己の無力さに苛立ちを感じずにいられない。

 

「申し訳ありません。私が万全でさえあれば……」

 

 そうであれば、逃げる事も十分に可能だったはずなのだから。

 

「過ぎた事を言っても仕方がない。今は、この局面をどう切り抜けるかが重要だろう」

 

 ジークフリードの言葉に小さく頷き、ジャンヌは気を引き締める。

 幸いにも、探知範囲が万全時の半分以下になった程度で制度自体に問題はない。相手が接近してくれば、それだけ正確に居場所を感じ取れるのだ。それを活かして、この場を切り抜けようと頭を切り替え―――

 

 

 

 ―――風が吹きぬけると共に、楓の右肩が射抜かれた。

 

 

 

「……えっ?」

 

 自身に何が起きたのか理解できぬまま、右肩に走る焼けるような痛みと吹き出す鮮血を目にして倒れる。

 

「先輩!?」

「マスター!?」

 

 マシュが抱き抱え、アストルフォが槍を構えて周囲を警戒する。

 視界に広がるのは闇夜に包まれた森。敵の姿は一切見えず、気配すら感じ取れない。

 横目で楓を見やると、右肩に突き刺さった矢をマシュが引き抜き、メディアが傷口を魔術で癒している。

 とりあえず彼女は大丈夫だなと、一安心した直後に感じた悪寒。

 

「やっばっ!」

 

 それに従って槍を振り回し、森の中から飛来する矢を叩き落とす。

 一本ではない。一度に数本以上の矢が、四方八方からマシンガンの如く連射され、それ等を全て弾き、叩き落としていく。

 アストルフォの背面はマシュが盾を構え、左右はそれぞれジークフリードとジャンヌが得物を構えて防御。

 

「ちょっ! 一体何本持ってんのさ!?」

「相手はサーヴァントだからね。矢だって魔力で作りたい放題だろうさ」

 

 マリーと共に身をかがめ、アマデウスは忌々し気に言い捨てる。

 この攻撃方法なら、敵はまず間違いなくアーチャーだ。

 

「夜の森で、ここまでの動きが出来るアーチャー……まさか……っ!?」

 

 飛来する矢を旗で叩き落としながら、ジャンヌの脳裏に浮かぶのは一人の英霊。

 彼女の知る限り、この悪条件で縦横無尽に森の中を動き回り、矢を乱射出来るのは彼女しかいない。

 

 

 

 

「殺す……殺す……殺す……っ!」

 

 狂気に染まり、それ以外を考える事を許さない思考が敵を捉える。

 相手からはこちらは見れないが、自分からは丸裸同然のように何もかもが丸見えだ。

 夜の森で、自分に勝てる存在などいる者か。自分から逃れられる獲物などいるはずもない。

 

「殺す……何もかも……一人、残らず……っ!」

 

 僅かに残った冷静さが思い起こす記憶。

 召喚直後、何かの理由でマスターに逆らって、他の者達よりもより強い狂化を受けた。そんな辱めすらも、本来ならばマスターに向けられるであろう憎悪も、全て目の前の敵を、生きている者を殺す為の燃料として燃やすように思考する事を奪われた。

 この記憶も、明日には、一秒後には消えているかもしれない。だからどうした。

 今の自分は、ただ敵を殺すだけの獣なのだから。

 

「殺してやる……殺してやるぞ……」

 

 獣の名はアタランテ。

 ギリシャ神話に名高き、女狩人。竜の魔女により思考も、誇りも、何もかも奪われたバーサク・アーチャーである。

 

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