Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

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遅れに遅れて申し訳ありません


第十一話 邪竜百年戦争 オルレアン 6

 森の中より連射される矢を盾で防ぎ、背後にいる楓を守りながらマシュは闇に潜む狩人の姿を捉えんと、必死に目を凝らす。

 デミ・サーヴァントとして強化された視力であれば、明かりの少ない夜の闇であろうとも十分な視界を確保できるが、木々という障害物が乱立する森の中であっては十分に見通す事は叶わない。そもそも、相手は一度たりとも同じ場所から矢を放っていない。木々の隙間からようやく姿を捉えたかと思えば、あっという間に移動されて見失う。

 

「速すぎる! いくらサーヴァントといっても、夜の森でああも早く動けるなんて……っ!」

「マシュ、楓から決して離れないで! 夜の森は、彼女の独壇場です!」

 

 出鱈目に動き回って矢を乱射してるようでいて、大半は楓を狙って放たれている。

 狂化されてるとはいえ、やはり超一流の狩人。誰を狙うべきかは、本能的に理解しているのだろうとジャンヌは内心で感心、恐怖すら覚えていた。

 

「彼女……? ジャンヌさんは、敵の正体に心当たりがあるのですか?」

「えぇ……少なくとも、私が記憶している英霊の中で、夜の森でこうも戦えるのは一人しか思い当たりません」

「……あぁ、そういう事。確かに、彼女ならこの程度は余裕でしょうね」

 

 ジャンヌの言葉で何か理解しえたのか、メディアも呟く。

 フードに隠れて見えないその表情は、どこか複雑そうな、何とも言えない物になっているように、楓は感じた。

 

「えっと……メディアも、解ったの?」

「多分、アタランテよね? そこのお嬢さんが言っているのは」

「えぇ……以前召喚された戦いで、面識がありましたから。その能力も把握はしています」

 

 そういえば、メディアもアタランテとは生前の面識があるのかとジャンヌも理解する。

 同じ時代を生きた英霊同士で、一時ではあるが同じ船で旅をした事もある筈。親しかったのかどうかはともかく、正体に察しを付けられるのも当然と言えるだろう。

 

「アタランテ以外にも、こちらに接近する敵がいます。離脱したいところですが……くっ!」

 

 話に少し集中しすぎていた隙を狙って放たれた矢を、間一髪で叩き落とす。

 敵はアタランテを先行させ、こちらを釘付けにしてから一方的に蹂躙しようという腹積もりだろう。冗談ではないが、このままでは本当にそうなりかねない。

 強行突破を図ろうにも、人間である楓の足の速度に合わせてとなるとやはり無理がある。仮にこの場にいるのが全員サーヴァントであったとしても、夜の森という悪条件の中で彼女から逃げるのは相当厳しいのだから。

 

「私の馬車が出せればなんとななりそうだけれど……」

「矢が止んでくれればヒポクリフで逃げ出せるのに……っ!」

 

 ライダークラスとしての移動手段を有する二人でも、やはりこの矢の雨の中では宝具を展開するのは難しい。

 マリーの馬車では全員が乗り込むのに時間がかかるし、アストルフォのヒポクリフには全員は乗せられない。

 いや、全員一緒に離脱できずとも狙いを分断できればチャンスはあるだろうが……。

 

「これ、敵が狙ってるのって……もしかしなくても私だよね?」

「そうだね。マスター狙いは、サーヴァント戦での定石だし」

 

 アマデウスの返答を受け、楓は必至に頭を回転させる。

 決して頭は良くはないし、戦いの初歩の初歩も理解できていないが、それでも何かできる事は無いかと。

 敵が狙っているのは自分。射抜かれた右肩の、メディアにより治癒されて痕すら残っていないはずの傷が疼くのは、狙われているという事への恐怖からだろう。

 このままマシュ達に守ってもらえば安心だろうが、それでは近づいてきているという他の敵にやられてしまう。

 

(令呪……はどう命令すればいいのか思いつかないし……礼装は……)

 

 前の戦闘で上手く活用出来なかった令呪と礼装に活路を求める。

 令呪で敵を見つけろと命令するのは簡単だが、見つけてもあんな出鱈目に早い相手をどう捕まえるのか。捕まえろと命令したところで上手くいくのか解らない。

 カルデアでダ・ヴィンチと女性職員達に羽交い絞めにされ、無理矢理着用させられたカルデア戦闘服に刻まれた魔術をチェックする。

 

(……ガント? これ使えるかな……)

 

 相手の動きを一瞬だけ止める、注意を逸らすという物だそうだ。これを使えば、敵の動きも……と思ったが、あんな動きの速い相手に当てられる自信などあるわけがない。

 そもそも、マシュやアストルフォ達でも目で追うのがやっとなのだ。自分では姿どころか影すら見つける事も出来ないだろう。それ以前に夜の森でまともに物を見る事すら不可能。

 結局、どうすればいいのか見当がつかない。そんな自分に苛立ちを覚えながらも、何か出来る事は無いかと必死に頭を働かせる。

 

「全く……あなたの十八番だっていうのに、サーヴァントどころか人間一人も仕留められないなんて……使えないわね」

 

 そんな楓の思考は無意味だと言わんばかりに、更なる悪意は声と共に降り立った。

 ワイバーンの背に立つのは黒。全身を黒い装束で包んだ銀髪の少女。旗を片手に、口元を歪に歪めた銀髪の、ジャンヌ・ダルクと瓜二つの少女であった。

 

「あれは……ジャンヌさんがもう一人!?」

 

 話には聞いていたが、いざ実際に目にするとその衝撃はすさまじい物がある。

 顔は瓜二つ。服や髪の色、長さ等の差異はあるがまさに生き写しという他ない。

 

「もう一人? 何を馬鹿な……私こそが本物のジャンヌ・ダルク。そちらにいるのは私の偽物。私が切り捨てた、この国を救おうとした哀れな部分が寄り集まった絞りカスよ」

 

 そう言われたジャンヌの顔が悔しさに歪む。彼女自身、それを否定しきれないという事か。

 もう一人のジャンヌはそれ見た事かと言わんばかりに口を吊り上げ、更に追い打ちをと喉を震わせんとして。

 

「うっさい、黙れよ偽物」

 

 アストルフォの一言が、それを遮った。

 

「……は? 断言してくれるわね……何を根拠に私を偽物だと?」

「本物なら、何があったって何の罪のない人達を殺戮したりしないからさ」

「はぁ? 私の逸話は知ってるでしょ? あれだけの裏切りを受け、復讐に走らぬ方が正しいとでも?」

「少なくとも、ボクの知ってるジャンヌならそんな事はしないからね」

 

 お前の意見等聞く耳持たないと言わんばかりの断言。彼を召喚して、まだそんなに経ってはいないがここまでの拒絶を見せるなんて珍しいと楓は思うと共に、明らかに自分よりも格上の相手にあそこまで堂々と立ち向かえるその様は、やはり英霊なのだと理解できた。

 

「……あぁ、そう。どうやら、何を言っても無駄という事のようね」

「そういう事だよ、偽ジャンヌ!」

 

 その言葉に、ついに黒いジャンヌの怒りは頂点に達した。

 指を鳴らすと、彼女が従えていた二騎のサーヴァントが霊体化を解き、その姿をさらす。

 一騎は緑色のドレスを身に纏った、獣の耳と尾を持つ少女。その手に握られた弓からして彼女が森から狙撃してきたアーチャー、アタランテだろう。

 もう一騎は、羽帽子を被った金髪の男性とも女性とも思える中性的な、サーベルを構えた剣士。

 

「なら、さっさと死んでもらいましょうか!」

 

 黒いジャンヌの乗ったワイバーンが、口から火球を乱射、楓達を爆撃する。

 無茶苦茶かつ出鱈目な乱射。盾を構え、楓を庇うマシュを更に守るようにメディアが防御壁を展開。ワイバーン程度の火球であれば問題ないとばかりに、涼しい顔で全て防ぎきりながら、お株を奪われたとでも言いたげなマシュへ告げる。

 

「マシュ、サーヴァントは任せるわ」

「えっ……あ、はい!」

 

 直後、爆炎を突き破って飛来する矢を盾で弾き、即座に接近してくる剣士のサーベルはアストルフォが剣で受け止める。メディアも新たな魔術を展開。数発の魔力弾を放ち、ワイバーンの翼を、尾を、頭を吹き飛ばす。

 黒いジャンヌは舌打ちをしながらワイバーンを乗り捨て、空中で手の中に旗を出現させ、落下の勢いのままに楓へと叩き付けようとして、それはジャンヌの旗により阻まれる。

 

「チッ……そう上手くはいきませんか」

「ぐっ……はぁぁっ!」

 

 力いっぱいに旗を振るい、黒いジャンヌを弾き飛ばすものの、ジャンヌは改めて自身の力不足を痛感する。

 やはり、ルーラーとしての本来の力を発揮できていない。全体的に体が重く、思うように動く事もままならない。手足に重石をつけられたような感覚とはこういう事を言うのだろうか。

 それは相手も察したのか、黒いジャンヌはつまらなそうに、大げさな溜息をつく。

 

「何それ? その程度の力しか出せないわけ? はぁ……その程度なら、わざわざ出てくるまでも無かったかしら!」

 

 そう言いながら、手の中に生み出した黒い炎を投げるように放ち、ジャンヌを狙ったそれは咄嗟に飛び出したマシュの盾に阻まれる。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 盾越しであっても全身を焼き焦がすような炎。鉛のように重たい衝撃に、盾と自身を支える両足が崩れそうになるのを必死に堪える。それを嘲笑うように、黒いジャンヌは力任せに振り抜いた旗を持って盾ごとマシュを殴り飛ばした。

 

「うあぁっ!?」

「マシュ!」

 

 吹き飛ばされたマシュを受け止め、諸共に地面に転がった楓へと矢が乱射される。

 即座に二人の前へと飛び出したメディアが防御壁で矢を弾きながら、適当に狙いを付けた魔力の球を数発、お返しにと発射。当然とばかりにアタランテは全て回避、着弾した魔力の爆発音だけが森に響く。

 

「あ、ありがと……メディア」

「全く……マスターが不用意に無防備晒すんじゃないわよ」

 

 呆れたように呟きつつ、手早く別の魔術を展開。黒いジャンヌに牽制の魔力弾を放ちながらマシュに治癒。更には楓へと簡易の防御術式を掛ける。

 

「まだやれるでしょ? というよりも、マシュに盾役やってもらわないと私が死ぬわ」

「は、はい!」

 

 すぐさま立ち上がり、マシュは盾を構え直して黒衣のジャンヌと対峙。

 それを後方で見やりつつ、メディアは周囲を視察。アストルフォは苦戦しながらも相手のセイバーをどうにか抑え込み、マリーとアマデウスはジークフリードの援護に回っているようだ。

 

(さて、ここからどうするべきかしら……)

 

 もっとも厄介なのはアーチャー、アタランテだ。

 彼女さえどうにか出来れば逃げる算段は格段につけやすくなるが、夜の森で彼女を捉えるなど今のメンバーでは不可能に近い。今は姿を晒しているが、また木々の奥へと隠れられたらそれこそアウトだ。

 では、どうするべきかとメディアは思案する。策を考えて立ち回るのはキャスターの本分なのだから。

 

(こちらのセイバーとルーラーは万全じゃないようだし……戦力的にはこっちが圧倒的に不利と……)

 

 マシュは盾役としては当てにできるが、攻撃となると少々心許無い。アストルフォも、正直言ってそっち方面では頼れる英霊ではないだろう。それでも敵のセイバーにどうにか食らいつき、持ちこたえているのだから十分だ。

 こちらのセイバー、ジークフリードは表情にこそ出していないが全身を蝕む呪いのせいで立っているのも辛いはず。一目見れば、彼の全身を流れる魔力が強力な呪いで阻害され蝕まれているのもよくわかる。

  ルーラー、ジャンヌ・ダルクに至っては本来の力の半分も出せない有様。どちらも前衛を買って出てはいるが現状ではどちらも言う程頼りにならないし、アマデウスとマリーは最初から論外。どちらも戦闘力を期待しては駄目だろう。

 

(となると、打つ手は……)

 

 マシュとアストルフォ。そして、ジャンヌとジークフリードの前衛四人にに魔術的強化を施しながら思考を走らせる。

 陣地作成スキルでこの森一帯を自身の陣地にするのは不可能。戦闘中にそんな時間は無いし、準備している間に自分が殺されるのがオチだ。

 自分の魔術による攻撃も状況打破には至らないだろう。

 

(……どうしても博打になるかしら?)

 

 唯一ひっくり返せるとすれば自身の宝具。あまり使いたい代物ではないが、その有用さは決して他の宝具に劣る筈はないと自負している。ただ、唯一にして最大の欠点である射程の短さからくる発動条件の厳しさがその可能性を博打に変える。

 相手の懐に飛び込むなど、キャスターの身にしてみれば自殺行為以外の何物でもないのだから。

 

「……ねぇ? 今、新しいサーヴァントを召喚するって……駄目かな?」

「はぁ?」

 

 突如、そんな事を言いだした楓に思わず呆れと怒気が入り混じった声を漏らす。

 考えなかったといえば嘘にはなるが、一秒足らずで却下した案だ。自身の陣地作成と同じく、そんな暇を相手が与えてくれるはずもないのだから。

 

「この状況で召喚なんて、敵に殺してくださいって言ってるような物よ? 第一、呼んだところでまともに戦えるサーヴァントを引けるかどうかも怪しいのだから……それなら、今この場にいる他の英霊と契約した方がまだ現実的ね」

「で、でも! 私に出来る事ってそれぐらいしかないかなって……ガントも当てる自信ないし……」

「ガント……? あぁ、その礼装の……いえ、ちょっと待ちなさい」

 

 まじまじと、楓が身に纏う礼装を見やる。

 このカルデア戦闘服には、ガントの他にも魔術が組み込まれている。それについても一応目を通していたなと記憶を呼び起こし、今の戦況を確認する。

 

「……マスター、確かその礼装には……」

 

 メディアの脳裏に、一つの作が思い浮かんだ。

 どう転んでも博打にしかならない作戦だが、せっかくマスターがやる気になってくれているのだ。

 彼女にも、体を張ってもらうとしよう。

 

「……良いわね? あなたのタイミング次第ですべて決まるわ」

「う、うん……解った!」

 

 恐怖と重圧に震える声で、それでいて決意に満ちた声で楓はメディアの提案を受け入れた。

 深く息を吐き、可能な限り自身を落ち着かせてから楓はメディアから簡単にやり方を教わった方法を復唱しつつ、念話を行う。

 マスターとサーヴァントの間に流れる魔術的な繋がりを利用しての物であれば、魔術方面の素養が一切ない彼女でも礼装の補助なしで可能なはずだ。

 

『えっと、これで良いのかな……? アストルフォ、聞こえる?』

『はえっ!? な、なんだ念話か……何マスター? 今、ちょっと余裕無いんだけど!』

 

 敵のセイバー相手に必死に食らいついている最中、突然念話を繋げられたのだからイラつきもするだろう。

 そんな彼の不機嫌さが解るような、あまり見せない荒げた声で返された事に驚きつつも楓は言葉を返す。メディアの立てた作戦を実行するなら、足の速さに優れた彼の協力が必要不可欠なのだから。

 

『アストルフォ、敵のアーチャーに突撃して欲しいんだけどお願いできる? 宝具使ったっていいから』

『ちょっ! 無理だよ! このセイバーで手一杯、なんだからさ!』

 

 頭の中に直接声が聞こえてくるという感覚に違和感を覚えるが無視。この程度の事でへばっているようでは、これから先の旅など続けていられないのだから。

 

『お願い! アストルフォが頼りなの!』

『……あー、もぉ』

 

 敵セイバーの剣をどうにか受け止めながら、アストルフォの口元は緩む。

 全く、自分のような世辞にも強いとはいえないどころか弱い英霊を頼りにするなど、あのマスターはどうかしているとしか思えない。

 だが、頼ってくれる以上は応えよう。それこそが、騎士でありサーヴァントである自分が成すべき事なのだから。

 

「了解、マスター! 突っ込むよ!」

 

 セイバーの刺突を避けきれず、剣先を掠めた頬が切り裂かれるが気に留める事無くアストルフォは一目散にアーチャーへと突撃する。

 アーチャーは当然の如く矢を放ち、アストルフォの迎撃に移る。槍を盾代わりに己へ飛来する矢を防ぎ、それでいて肩や足を掠めていく物は無視してひたすら真っ直ぐ、楓の指示を信じてアタランテの懐目掛けて突撃する。

 

「チィィッ!」

 

 流石に馬鹿正直に飛び込まれるのを待つわけもなく、アタランテは矢を放ちながら後方へと飛び退くために足に力を込める。

 一秒にも満たない時間。アストルフォの足では当然――今からヒポグリフの真名解放を行おうとも――間に合わぬ確実にして無慈悲な回避。深夜の森に身を潜めれば、彼女を見つけ出す事など不可能に近いのだから。

 

「させないよっと!」

 

 その声と共に、アストルフォを飛び越える影があった。

 見れば、それは水晶で形作られた馬。その背に跨るマリーとアマデウスの姿があり、アマデウスの手にはバイオリンが握られている。

 

「いくら戦闘向きじゃないといっても、これぐらいの事はしないとね」

 

 アマデウスがバイオリンを奏で、その美しいとしか評せぬ音色が響き渡る。

 直後、アタランテの背面にで起きる破裂音。彼女が何事か理解する間もなく、立て続けにその周囲で起きるそれは文字通り、音の爆発。周囲で立て続けに起きる小規模の、威力こそ大した事は無いが彼女の動きを封じるには十分であった。

 

「グ、ァアアッ!?」

「どうだい? 威力は大した事ないけど、足止めには十分だろう?」

「ありがと、アマデウス!」

 

 そうして、アストルフォはアタランテの懐へと飛び込んだ。

 メディアもそれを確認すると共に、楓へ目配せし、彼女も即座に動く。この礼装に刻まれた魔術の一つを起動させる為に。

 

「礼装解放……オーダーチェンジ!」

 

 礼装から魔力がほとばしり、メディアとアストルフォの足元に魔法陣が展開した直後、二人の位置が一瞬で入れ替わった。アストルフォは楓の傍に、メディアはアタランテの懐に。

 この礼装を着用したマスターの指示かに、契約関係にあるサーヴァントの位置を入れ替える魔術。本来、マスター一人に対してサーヴァント一人という基本的な関係であれば使い道も無く、活用される事も無かったであろう試作的に刻まれたそれが、この局面で活きた。

 

「っ!?」

 

 突然懐に現れたメディアの姿に驚愕し、反応が遅れたアタランテ。

 いかに戦闘が不得手であろうとも、メディアにとってもその僅かな隙で十分。懐より取り出した一本のナイフを、アタランテの胸元に突き立てるだけの時間はあったのだから。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 メディアが突き立てたナイフの真名が解き放たれ、アタランテの内側から噴き出すように魔力が強制的に放出される。

 

「ガ、ァアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 悲鳴をあげながら全身を痙攣させるアタランテ。その様子を見やり、即座に何を意味するか悟った黒のジャンヌは右手の中に炎を握りしめ、無造作に投げつけんと構える。

 別にアーチャーはいてもいなくても困らない駒。ならば、あのキャスター諸共に吹き飛んでもらうとしよう。そう結論付けて、炎を投げつけようとして。

 

「っ!?」

 

 後頭部に、何かを撃ち込まれた衝撃が走った。

 見れば、こちらに指先を向けた人間が、桐生楓が全身を恐怖に震わせながらそこに立っていた。

 

「あ、あたった……っ!」

 

 メディアが狙われている事に気づき、咄嗟にカルデア戦闘服に刻まれた魔術の一つであるガントを黒のジャンヌへ放ち、見事に後頭部にヒットさせた自分を褒めてやりたい。

 狙い通り、あの魔女の注意はメディアから自分に向いている。人を射殺しそうな程に鋭い視線で、殺意をむき出しにしたそれをこちらに向けられ、腰を抜かして失禁しそうになるほどの恐怖を感じているが真正面から受け止め、踏ん張って耐える。

 皆頑張っているのに、自分だけ恐怖に負けて泣きじゃくる等、もう二度と御免だと自らを怒鳴りつけるが如く。

 

「……邪魔よ」

 

 短く吐き捨て、魔女は炎を楓目掛け投げ放つ。

 人間では反応出来ない速度で突き進む炎が楓を飲み込むまでほんの数秒未満。何が起きたのか理解する間もなく、炎に食らい尽くされる。そんな確実に訪れる死を阻まんと、楓の正面に躍り出たマシュが魔女の獄炎をその盾で受け止めた。

 

「っ! ぐ、ぅぅ!」

 

 盾ごと吹き飛ばされそうになるほどの衝撃をその身に受けながら、両足を地面に食い込ませるほどに踏ん張ってマシュはその炎を受け止め、楓に火の粉一つすら落とさんと必死に防ぐ。

 戦いでは他の皆に劣る身。実際、このオルレアンに来て最初の戦いで惨敗という無様を晒した身なれど、マスターを守り抜く盾としての意地と覚悟だけは決して砕け、折れる事は無いと言わんばかりに。

 だが、長続きはしまい。もう一撃か二撃見舞えばたやすく砕ける守りだと、魔女は追撃をかけんと新たに炎をその手より吐き出さんとして。

 

「させません!」

 

 横合いより飛び出してきたジャンヌの、横薙ぎに振り払った旗がそれを防ぐ。

 体勢を崩され、炎も明後日の方向へ飛ばされ、舌打ちと共に己の旗を持ってジャンヌへと攻撃を仕掛けるも、それは彼女の陰より飛び出したジークフリードにより防がれる。

 

「くっ! この……死に体の分際で!」

「死に体でも、この程度の事は出来るという事だ」

 

 力の半分も出せないルーラーと、その身を蝕む呪いで死に体の騎士。

 大した事のない相手ではあるが、それでも二対一という数の差はいかんともしがたい。

 

「ちぃっ! セイバー!」

 

 ならばと指示を出し、マシュの盾の防御範囲外たる真横から、楓を狙って突撃するのはセイバー。

 細身のサーベルを構え、楓の胸を刺し貫かんと一足で敵対するマスターを己の間合いに捉えるが、それを阻むのはこの戦いで剣を交えた一人の騎士。

 楓を狙う刺突を防ぎ、槍を振り回してセイバーを後方へと飛び退かせてアストルフォはニヤリと笑う。

 

「さっきは中断しちゃったけど、キミの相手はボクだろ?」

「……忙しいヤツだな、君は」

 

 何度かの打ち合いで実力的には自分に劣ると身をもって知っている筈なのに、こうも食らいついてこられるといい加減に苛々が募る。あるいは、この身に付与された狂化が無ければ好敵手として認めたかもしれないが。

 チラリと状況を確認する。アーチャーは消滅こそしていないが沈黙し、こちらのマスターは抑えられている。冷静に考えればこちらが不利だが、それをマスターは理解しているのかどうか。

 

(あれで直情的だからな……困ったものだが……)

 

 ムキになって戦闘を継続しようとしなければ良いのだが、と内心小馬鹿にしたような不安を抱くセイバー。

 そんな不安を抱かれていると知ってか知らずか、黒衣の魔女は己の内側から湧き上がる噴火寸前の怒りにどうにかなりそうだった。

 力はこちらが上だったはずだ。狂化を付与し、本来持つ力を更に引き上げた自身のサーヴァントを二騎。それもスペックであればトップクラスのセイバーとアーチャーを引き連れてきたのに何故、こちらが追い込まれている。

 数の差は確かにあったが、本来の力をろくに引き出せないルーラーとセイバー、こちらのランサーとアサシンが一方的に蹂躙した雑魚二人、ろくに戦えない論外が二人と、圧倒的にこちらの戦力が上だったはずなのに。

 

(一体何が違う! どうしてこうなる!?)

 

 単純な力押しで蹂躙できるはずだったのに。仮にアーチャーかセイバーを失ったとしても、自分達が勝てるはずだったのに。

 あのキャスターがアーチャーに宝具を撃ち込む事を防げなかったのが原因か?

 そもそも、アーチャーに突っ込んでいったのはライダー。あれを軽視していたせいか?

 否、そのライダーとキャスターが一瞬で場所を入れ替える転移魔術さえ無ければ。

 

(アイツ、か……っ!)

 

 あのマスター。そういえば、アーチャー諸共にキャスターを始末しようとした時も邪魔をしてくれた。

 たかが人間だと軽視した。サーヴァントがいなければ何もできない存在であると見下していた自分の落ち度か。

 怒りがマグマの如く燃え滾るが、同時に今はどうしようも無い事を理解する。無理矢理押し通るという方法もあるが、それは控えるべきだろう。自分でも気味が悪くなるぐらいに、冷静なまでに何かがそう訴えてくる。

 

「…………セイバー、撤退するわ」

「了解した」

 

 言われるがまま、アストルフォへと向けていた剣を下げ霊体化するセイバー。

 それを見届け、空に待機していたワイバーンの背へと飛び乗った黒のジャンヌは最後にもう一度、眼下にいるジャンヌと、楓へと視線を向けた。

 

「……ここは大人しく負けって事にしてあげるわ」

 

 そう言い残し、魔女は飛竜の群れと共に夜空へと消える。

 あっさりと引き上げてくれた事に戸惑いを覚えながらも、退ける事に成功したのだと確信して、楓はその場に尻もちをつくかのように、崩れ落ちた。

 

「お、終わった……? は、はは……終わった……よね……?」

 

 必死に堪えに堪えていた恐怖心が爆発し、最早立っていられないとばかりに全身がガクガクと震えている。

 あの黒いジャンヌに睨みつけられた時は本当に怖かった。視線だけで人を殺せると言われても信じてしまいそうなぐらいに、もう二度とゴメンだと泣き叫びたい。

 しかし、彼女達を倒さない限りはカルデアに戻る事すら出来ない。そう考えると逃げたくなってくるが。

 

「先輩、大丈夫ですか!? 怪我とかしてませんか!?」

「ガント決めた時のマスター、カッコよかったよ!」

 

 マシュとアストルフォの声に、その気持ちも和らいでいく。

 ほんのちょっとだけれど、今度は彼女達の役に立てたのだという実感がようやく沸いて来て。

 

「そ、そう……かな? うん、そうかな……」

 

 ほんの少しだけだが、自分に掛かる重圧や恐怖心が消え去った。

 そんな気がした。

 

「やれやれ……あっちは賑やかなものね」

 

 そんな三人の様子を離れたところで見やりながら、メディアは足元に倒れるアタランテの傍に腰を下ろす。

 自身の宝具、あらゆる魔術を初期化する力を持つルールブレイカーによって彼女とマスターであったらしい黒のジャンヌとの契約は断たれた。マスター無しでもある程度は現界し続けられる単独行動のスキルと持つアーチャーたる彼女ではあるが、狂化を付与されている事で激しくなった魔力消費を考えると長くは持つまい。

 

「アルゴー号以来だったかしら? 全く……嫌な再会をしたものね」

「……あぁ、そうだな」

 

 契約を断たれ、一層激しくなった魔力消費に比例して後付けでしかなかった狂化も弱まったのかアタランテはまともな会話ができる程度の理性を取り戻していた。

 

「礼を言う。これで、これ以上無益な殺戮に力を貸さずに……済むからな」

「……それはどうも」

 

 次第に実態を保てなくなり、消えていくアタランテの体。

 それに気づいたのか、楓達も彼女の下へと集まってきていた。

 

「……お前が、マスターか?」

「う、うん……そうだけど……」

「そうか……お前達には、借りが出来た、な……」

 

 自嘲気味に笑い、オルレアンに呼ばれてからの最悪な記憶を思い返す。

 呼ばれた直後に狂化を無理矢理付与され、男女や大人子供の区別なく無理矢理殺させられ続ける日々もこれでようやく終わるのだと思うと、ほんの少しでもあの気に喰わないマスターが悔しい思いをしたのだと思うと、少しは清々しい気持ちで消える事が出来そうだ。

 

「アタランテ、もし知っているなら教えてください。私達は聖人系のサーヴァントを探しているのですが……」

「……あぁ、そういえばお前もいたか」

 

 声に対し目線だけ向けて、ぶっきらぼうにアタランテは声を返す。

 ジャンヌに対してどこか棘のある態度。やはり、もう一人の彼女に無理矢理仕えさせられていた事が気に入ら勝った事が、そのままジャンヌにも向いているのか。

 いや、それだけではない何かがこの二人にはあったのだろうと、楓は何となく感じていた。

 

(……流石に、聞いたら不味いよね……)

 

 聞きいてみたいという衝動をグッと堪え、二人の様子を見やる。

 ジャンヌもアタランテに対し、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべているのは、自分の感がとりあえず外れていないという事だろうと解釈で来たから。

 

「一人知っているが……生憎とこちら側のライダーだ。他の連中より話は通じるかもしれんが、お前達の期待には応えんだろう」

「そう、ですか……」

「だが……お前達以外にもあの黒いのに敵対するサーヴァントはいるらしい……居場所は知らんがな……せいぜい、頑張って探す事だ」

 

 狂化の最中に小耳に挟んだ程度の話だから信ぴょう性は無いかもなと付け加えられたが、それでも有益な情報には違いなかった。

 自分達以外にもあの黒いジャンヌと戦う者がいるのだから、最悪聖人でなくても仲間にはなってもらえるかもしれないのだから。

 

「さて、私は……そろそろ消える頃合いか」

 

 最後に、アタランテは顔を楓の方へと向ける。

 

「この借りはいずれ返したい。今度会う機会があれば……その時はお前達の味方である事を願おう……」

 

 そう言い残して、アタランテは粒子となって消滅した。

 今度会う機会が何時になるか解らないが、それも案外そう遠くは無いかも入れない。

 不思議と、楓はそんな気がしてならなかった。

 

「さて……もうすぐ夜明けですし、このまま出立しましょう」

「そうだね……あ、でもその前に」

 

 楓はメディアの方へと向き直り、右手を差し出して。

 

「ありがと、メディア。あなたのお陰で、私もちょっとは役に立てたみたいだし」

「……ふん。あの程度、役に立ったとは言い難いのでは無くて?」

「えっ!?」

「それでもまぁ……」

 

 うっすらと笑みを浮かべ、メディアも腰を上げて楓の右手を取る。

 

「あなたのガントは……いいタイミングだったと思うわよ」

 

 ほんのちょっとだけは、見直してやらなくもない。そういわれた気がした。

 

 

 

 

 振り下ろされた斬撃が、胸を切り裂く。

 誰がどう見ても致命傷たる一撃。切り裂かれた女性は苦悶の声を漏らしながらも、どこか安堵した表情を浮かべて瓦礫に背を預けるように倒れ込んだ。

 

「流石……ですね。あなたに、止めてもらえるのは……恐れ多い、ですけど……」

 

 自身を切り捨てた相手に送るのは称賛の言葉。

 申し訳なさと感謝の意を込めたそれに対し、女性と戦っていた男は静かに首を振る。

 

「いえ、あなたともっと早くに出会えていれば……このような悲劇を起こさせずに済んだと思うと……」

「何を言うのですか……この私はとっくに血に汚れた身です。私の方が先に召喚されていた以上、どうしようも……無かったのですから……」

 

 瓦礫の山と化した街の一角。

 女性は自虐的に嗤って、男性を見やる。

 

「行ってください、聖ゲオルギウス。きっと、この地のどこかにあなたを必要としている人たちが……いる、はず……」

 

 言葉と共に、女性はサーヴァントとしての肉体を保つ事が出来ずに消滅した。

 ゲオルギウスと呼ばれた男は静かに目を伏せ、消滅した彼女へと黙とうと祈りをささげる。

 せめて、次に呼ばれる時には狂化に飲まれる事なく、本来の彼女としてその役目を果たせることができるようにと。

 

「そっちは終わったの?」

「こちらも片付きましたわ」

 

 ゲオルギウスの背に言葉を掛けるのは、二人の少女。

 竜を連想させる角と尾を持った紅い髪の少女と、高価な着物に身を包んだ薄緑の髪の少女。

 そのどちらもサーヴァント。この廃墟の街の、別の場所にて僅かに生き残った人々を襲っていたサーヴァントを一騎屠ってきたところだ。

 

「はぁ~、全く。あの仮面の男、キモイったらないわ。何がクリスティーヌよ……疲れた……」

「私、バーサーカーですが……あの方よりはマシですわよね」

「……かもね」

 

 そんなやり取りを聞き流し、ゲオルギウスは剣を納める。

 次にやるべき事は生き残った人々を安全な場所まで移動させる事と、その旅路の護衛だ。

 

「では二人とも、次へ行きましょう」

 

 その後、この地のどこかにいる筈の、同じく竜の魔女を打倒する為に戦う仲間達を探す為に再度旅立つべきだ。

 まだ見ぬ仲間達はきっとどこかにいる。そして、出会う日もそう遠くはない。

 主から啓示が降りたというわけでもないが、ゲオルギウスにはその確信があった。

 

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