Fate/Grand Order 私と彼女の物語 作:やまさんMK2
黒いジャンヌ達を退けてから数日が過ぎた。
特に追撃されるという事もなく、ワイバーンやスケルトンとの遭遇戦が何度かあった程度で旅その物は順調と言えば順調だ。ジャンヌは追撃が無い事を気味悪がっていたが、襲ってこないのならばそれに越した事は無い。
最も、肝心な聖人系サーヴァント探しは上手く行かず手掛かりすらつかめていないのが現状なのだが。
「とりあえず、ここまでにしておきましょうか」
「はぁ……つ、疲れたぁ……」
「魔術回路の活性化を促せば、少しはその礼装もまともに使えるようになると思ったけど……思ってたより時間がかかりそうね」
ワイバーン等から身を隠す為に入った森の中での小休止。楓にとっては、メディアからの講義の時間でもある。
正確にはほぼ実技。楓の魔術回路はカルデアに来る前に開かれたというだけで、ろくに使われていない。もともとの本数も大したことが無く、どんなに努力しようが魔術師として大成する事はあり得ないが、それでも活性化させれば礼装の運用がもっとスムーズにはなる。
故に、メディアは楓に魔術回路を使わせる事にした。礼装に刻まれた魔術を行使させるも良し。魔力を通さないと解けない紐で軽く手を縛って、自力で解かせてみるも良し。とにかく楓の体が、魔術回路が魔力を使うという行為に慣れさえすればよいのだ。
「最初は初歩的な魔術ぐらい礼装無しでも使えるように仕込むつもりだったけど……あなたの場合、そもそも魔力の行使という物に体を慣れさせる事の方が重要ね。魔術の才能云々以前だったわ」
「それは良いけど……もっと手早く、出来るようにとかならない? その……次もいつ敵が来るか解らないし……?」
何を生意気なと思う発言ではあるが、楓は楓なりに自分に出来る事を増やしたいのだろう。
前線で体を張り続けるマシュ達の助けになりたいと、その純粋な意志はメディアも感じているし、積極的な姿勢は好ましい。
ただ、それはそれとして少々焦り過ぎでもある。
「そうね……方法が無いでも無いわ」
「ホント!?」
「えぇ……ただし」
一度咳ばらいをして、メディアは続ける。
「あなたの魔術回路を強引に活性化させる事になるわ。まだ体が魔術という物に慣れきっていない状態でそんな事をすると……結構苦しいわよ?」
「ちょっとぐらいなら、我慢できるかなって思うけど……」
「へぇ……なら、やってみましょうか」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、メディアは手袋を脱いで楓の頬に素手で触れる。
そのまま撫でるように手を滑らせ、カルデア戦闘服の襟を外して胸元に彼女の手が触れ置かれた。
「へっ? え、ちょっ……」
「騒がないの。じっとしてなさい……そう、そのまま力を抜いて……」
同じ女性とはいえ、胸に遠慮なく触れられるというのはやはり気恥ずかしい。
メディアの声色も普段より優しく、それでいて同性であっても動揺を隠しきれない。楓も初めて感じる大人の色気というものが籠った、妖しい色香すら漂わせるように耳元で囁くのだから。
「メ、メディア……や、め……恥ずかしいって………」
胸元を滑るメディアの手。楓は羞恥で頬を赤く染め、少しずつ息が荒くなってくるのを自覚する。
一行の中で誰よりも大人であり、顔も体格も厚手の衣装で隠している物のスタイルの良い美人に胸元を直に触れられ、未知の感覚が湧き上がってくる。
胸元のファスナーも降ろされ、普段は戦闘服の下に隠された部分をあらわにされながらも一切の抵抗が出来ずにされるがまま、メディアの手が楓の胸の谷間に滑り込み。
「そうね……ここかしら……?」
「や……ぁ……」
果たして何をされるのか、嫌でもそっちの方向に思考が働いてしまい羞恥を超えて恐怖に似た物すら湧き上がる。
こんな昼間の野外。すぐ近くに皆がいるというのに、この魔術師はもしかして凄く大胆な―――!
「っ!?」
ドンッと、そんなやましい考えを一瞬で吹き飛ばす程に強い衝撃が楓の胸を起点に走った。
ほんの一瞬ではあったが、全身の神経という神経に直接電流を流されたかのような衝撃と痛みが駆け抜けて楓はその場に崩れ落ちる。
苦しいなんて言葉では表現しきれぬ苦痛と吐き気。視界が真っ白になり、気を失いそうになっても痛みで意識が覚醒し、自分でも今何を考えて、何をしているのかが理解できない。
「げほっ! えほっ! あっ……ぐぅ……な、なに……い、まのぉ……っ!?」
苦し気に、ようやく吐き出した疑問の声に対してメディアはいつもの淡々とした調子で――若干、楽しそうに――答えた。
「ほんのちょっとだけ、あなたの魔術回路を刺激したの。ちなみに、あなたがご所望の方法をやるとなると……そうねぇ。今のを数時間ぐらい我慢してもらう事になるけど?」
今の衝撃と苦痛が数時間と聞いて、血の気が引いた。
ほんの一瞬でもこの有様なのに、数時間どころか数分すら耐えられるわけがない。
「私は別に構わないわよ? まぁ、やるにしても外でやるわけにもいかないわね……どこか二人っきりになれる場所で簡易の工房でも作って……少しばかりあなたを着飾らせてぇ」
メディアの脳内では、どんどん話が進んでいるようだ。
コスプレさせられて今のを数時間。しかも二人きり。考えただけでゾッとする。
教会の地下室で白いドレスに着替えさせられて、背中とかお尻とか触られたりして辱めを受けるんじゃないかとか、負担は弱めにしてじわじわ嬲るようにされるのではないかとか、妙に具体的なイメージが浮かんだのは気のせいだと思いたい。
「……や、やっぱり……今の、ペースで……お願い……しま、す……」
これ以上は不味い。自分は地雷を踏み抜いたのだと、楓は謝罪した。
仮に実行したら、数時間と言わず一晩か二晩もの間、じっくりと彼女に調教されてしまいそうだと謎の確信すらある。
「素直でよろしい。でも、残念ねぇ……あなた、素質は全然だけど見た目は可愛いし色々着替えさせたら楽しめそうなんだけど」
なんだか怖い事を呟きながらメディアはその場を後にした。自分の身の程をわきまえない提案に怒ったのもそうだが、コスプレさせて色々しようとしていたのはもしや本気だったのか。
さっきまで胸元を散々弄ばれていただけに、妙に生々しいリアルさを感じてしまって身震いする。
色々と大切な物を失わずに済んだかもしれないが、カルデアに戻った後とか怖いかもしれない。安堵と不安の息を漏らすと共に楓は手足を投げ出して大の字になって地面に寝ころび、荒く息を吐きながら空を見上げる。
「酷い目にあったぁ……自業自得だけど……ん?」
視界一杯に広がる青い空。元々、こうして空を見上げるような事も殆どしてこなかったが故に「空はどの時代でも同じなんだなぁ」なんて台詞は出てこない。ただ、それでも違和感を感じるのはあの光の輪。のせいだろうか。
(あれ……どれだけ大きいんだろ……)
初めてオルレアンに来た時から見えていた光の輪。この世界のどこにいても、昼夜問わず空を見上げると必ずそこにある。ロマニ達の解析でも魔術的な何かだろうという事しか解らず、メディアにもあれはよく解らないらしい。
ただ、あれが魔術であればとんでもない力を持った魔術師が行使した物だと言っていた。
(魔術の事なんて、全然解んないからどう凄いのかイマイチ解んないけど……)
少なくとも、メディアがとんでもない魔術だと言っているのだからそうなのだろう。
彼女にお仕置きされた胸元がまだジンジンと痛む。礼装の上からどころか、わざわざ露出させてまでやってきたのは――楓認定の――趣味と生意気な弟子へのお仕置き込み、といったところか。
目線を向け、胸元を見ると痣らしきものは一切ない。その辺は考慮してくれたようだ。
「はぁ……」
開きっぱなしの胸元を戻す事もせず、仰向けのままぼんやりと空を見やる楓。
体にフィットさせるタイプの礼装故、襟を外すだけでも割と緩くなって快適だし、吹きぬける風が汗ばんだ肌に心地よい。故に、このまま少し寝てしまっても構わないだろうか。
「年頃の女の子が、胸元出しっぱなしなのは感心しませんよ?」
「はい?」
なんて事を想っていた矢先に声を掛けられ、顔を向けるとそこにいたのはジャンヌだった。
「あっちで男性陣がチラチラとあなたを見てましたのでさっき注意しましたが……あなたもちょっと無防備すぎですね」
「え……ちょっ!? えぇえええっ!?」
咄嗟に体を起こし、胸元を両腕で隠しながらジャンヌが横目で見ていた方角へ視線を向ける。
そこには気まずそうにしているアストルフォと、眼福眼福と言わんばかりのアマデウスがいた。
「~~~~~~っ!?」
バッチリと見られていたようである。
「ご、ごめんマスター! つい視線が向いちゃったと言うか、なんというか!」
「僕よりガッツリ見てたよね、キミ」
「なんて事言うんだよ! そりゃ、ボクだって男だからつい気にはなっちゃうと言うか……マスター可愛いし、ついっていうか……」
アストルフォ、お前……男だったのか。
楓はここで彼の性別を初めて知ったのだが、最早それはどうでも良い事である。
「ぐ、ぐぬぬ……っ! わ、私も確かに無防備だったのが悪いけど……ぬぅぅぅ!」
怒りを覚えなくもないが、確かに無防備過ぎた自分も悪い。
ここは怒りを抑え、高い授業料だったと諦めるべきか。それはそれとして、暫くあの二人には近づくのやめておくべきかもしれない。
「まぁ、二人には私からも言っておきましたから。ところで隣座っても?」
「それは、別に良いというかイチイチ許可取らなくてもいいよっていうか……?」
「では、失礼しますね」
そうして、ジャンヌは楓の隣に腰を下ろした。
「何か用?」
「いえ、特に用事というわけでもないのですが……あなたと、ちゃんと落ち着いて話をした事は無かったなと思いまして」
言われてみれば、初めて出会った時はマシュとアストルフォが瀕死の状態に追い込まれていたところを助けてもらい、その後も二人に付きっ切りだった。
軽く自己紹介程度は済ませていたが、まともな意味で言葉を交わしたかと言われると……。
「あ~……そういえば、全然だね。なんか、ゴメン」
「いえ、気にしないでください」
苦笑気味に言うジャンヌ。まさか謝られるとは思っていなかったようだ。
「それにしても、あなたはこの数日で強くなりましたね」
「へ?」
「己の無力さに泣いていた時とは見違えるほどですよ。その……あそこまで折れてると、元に戻るのも少し難しいかと、失礼ながら思ってしまいまして」
「……あぁ……あはは、あの時はその……お見苦しいところを、オミセシマシタ……」
顔を真っ赤にして、気恥ずかしそうに楓は目を逸らす。
あの時はマシュとアストルフォが無残に敗れ、自身もマスターとしての不甲斐無さを容赦なく叩きつけられて、情けなさと二人への申し訳なさでみっともないぐらいに泣きわめき、挙句八つ当たりまでしてしまった。
今思えば恥ずかしいというかなんというか、穴があったら入りたい。
「いえ、見苦しいなんて思いませんよ。サーヴァントの為に泣けるマスターに、悪い人はいません」
故に共に戦う事を迷うことなく選択できた。
演技ではない、本当の涙を
そして、自分でも何かを成そうと必死に努力する様。完膚なきまでに折れてなお、すぐにそう行動に至れる楓の姿がジャンヌには好ましかった。
「ルーラーはマスターを持つ事はありませんが……もし、マスターを持てるなら貴女のような人がいいですね」
「ふえ!? いやいやいや! それはほめ過ぎだって!」
流石に、そこまで言われるほどの事をしていなければ、そんな立派な人間でも無いと慌てて否定する。
褒められて悪い気はしないが、過度に褒められてもこそばゆいというか、自分なんかをそこまで評価されてもというか、もしや「とりあえず褒めまくっておけばいい」なんて思ってやしないかこの人とさえ思えてしまう。
「そりゃ、今はマスターなんてやってるけど成り行きでそうなったようなもんだし、元は補欠の補欠みたいな感じだったし……」
「それでも、今は前を向いているでしょう? それが出来るだけで、私は凄いと思いますよ……」
流石に褒め殺しにも程があると、楓は顔を真っ赤にして俯き、恨めしそうに横目でジャンヌに視線を向ける。
「そこまで言われるような事してません……それ言うなら、ジャンヌだって十分凄いと思うんだけど……」
フランスを勝利に導いた後、魔女として処刑された少女。この程度の知識でしかないが、楓もジャンヌの事を一応は知っていた。
比較的テレビ等の題材に取り上げられる人物ではあるし、歴史の教科書か何かで名前を見かけた事はある。まさか、実際に目にする機会があるなんて思ってもいなかったが。
「その、さ? こう言っちゃ悪いけど……かなり酷い形で殺されちゃったのに、それでもフランス守ろうってなれるんだし」
自分を裏切って殺した相手を守れるかと問われると、無理とまではいかなくても難しいと答える者が多いのではないか。
少なくとも、楓はそう思っているし、あの黒いジャンヌの言い分も正直解らなくはないというのが本音だった。
だからといって、むやみやたらの虐殺を行うという事が正しいとも思えない物の、自分が同じ立場なら同じく復讐に走るかもしれない。
だからこそ、守るという道を選べる自分とそう歳も変わらない筈の彼女は凄いと思うのだ。
「私が、ですか? いえ、私の方こそ大した事はありません。聖女等と呼ばれていましたが所詮、田舎者の村娘です。それに、今はサーヴァントとしても半端者ですし……」
実際、黒いジャンヌとその配下サーヴァントに襲撃された時は殆ど何もできなかった。
もしも自分一人だったなら確実に殺されていたどころか、まともな反撃すら不可能だっただろうと言う確信がある。楓とメディアの働きが無ければ、あのまま押し切られていただろうと。
ルーラー本来の力があれば、多少手こずっただろうが少なくともセイバーとアーチャーの二人はどうにでも出来たと思うだけに、今の自分の半端さが不甲斐無い。
「じゃぁ、私達って半端者同士?」
「……えぇ、そうかもしれませんね」
マスターとして半端者とサーヴァントとして半端者。確かにその通りだと、思わずジャンヌは笑みを零す。
本人は否定したが、やはりマスターを持てるなら彼女のような人物が一番良いかもしれない。
契約を結べば、本来のスペックとまではいかずとも戦うのに十分な力を取り戻せる可能性はあるが……そこまで考えて、ジャンヌはそれを否定した。
あらゆる意味で素人でありながら、すでに三騎のサーヴァントと契約しているのだ。これ以上の負担を増やすというのは、やはり躊躇われる。
「どうかした? なんか、私の顔じっと見てるけど……」
「いえ、何でもありません」
それに、いきなりそんな提案をしても戸惑うだけだろう。マスターとして成長途上の彼女にとって、今は契約した三騎との絆を育む事こそ重要なのだから。
対して、楓はジャンヌが何か言いたそうにしている事を何となく察し、それにどう反応するべきかを考えていた。
わざわざ自分に話しかけるような用事となると、思いつく事は限られるのだが……。
「…………もしかして、私と契約したい……とか?」
「えっ!? いや、その…………そう、ですね。考えなかったといえば嘘ですが……」
まさか楓の方からその話題を振ってくるとは思わず、ジャンヌは言葉に詰まる。
「私は別に契約してもいいかな~って思ってるけど……」
そして、楓は戸惑いなく契約しても良いと口にして、ジャンヌは「えぇ……」と思わず声を漏らした。
いや、それはそれで有り難いのだが。楓に掛かる負担の事を考えると、能天気すぎやしないかと思わずにいられない。
本来、サーヴァント一騎と契約するだけでも魔術師には相応の負担が掛かる。いくらカルデアからのバックアップがあるとはいえ、三騎ものサーヴァントと契約済みの彼女には、こうしているだけでもどれだけの負担が掛かっている事か。
「楓、申し出は有り難いですが……無理はしないでください。魔術師として未熟であるその身に、これ以上の負担はただの苦痛でしか無いはず」
「いや、別に普段はそこまででもないよ? 戦闘になると確かにちょっと辛いけど……我慢できないってほどでもないし。それに、私が出来る事って契約ぐらいしかないしねぇ」
運動神経にはそこそこ自信はあったが、戦闘なんて無理。
魔術は論外。指示もろくに出せないしとマスターとして最低なんてレベルではない事は誰よりも理解している。
「私はこれが出来る!」と胸を張っていえるような事など何一つ持ち合わせていない自分が出来る事といえば、サーヴァントと契約する事しかない。むしろ、契約する事でジャンヌに利益があるなら自分の負担などいくらでも増やせと言いたいぐらいだ。
「というか、それぐらいは頼ってもらえないと一応マスターやってる身としては情けないというか、戦ってる皆に対して申し訳なさすぎると言いますか……」
もしも、それすら出来ないのであれば本当に自分がここにいる意味がない。
マスターとしての責任感に目覚めた、というよりもせめてそれぐらいはやりたい。楓なりに自分が出来る事を積極的にやっていきたいという意思が――自信はないけれど――そこにある。
これは、逆に遠慮する方が失礼にあたるのでは? とジャンヌも思ってしまう程に。
「無理にとは言わないけど、契約したくなったら何時でも言ってね。私みたいなマスターでいいなら、だけど」
そう言って、楓は立ち上がってマシュを探してその場を去った。
彼女の背中を目で追いながら、ジャンヌは小さくため息をついた。やはり、彼女は強くなっているように思える。
小さな一歩。進んでいるかどうかも怪しいかもしれないレベルかもしれないが、間違いなく彼女は前に進んでるだと
「……なんだ、つまりそういう事ですね」
残念そうに、若干の苛立ちを吐き捨てるようにジャンヌは呟いた。
どうやら、自分は心のどこかで彼女を下に見ていたのかもしれない。初めて会った時のあの折れた様を見て、自分が彼女を導かねば等と思ってしまったのか、それとも、竜の魔女の存在でイマイチ自信が持てない事を楓を使って紛らわそうとしてしまったのか。聖女等ともてはやされ、自分はそんなたいそうな人間ではないと思ってはいてもだ。
「私もまだまだ、という事でしょうかね」
自虐的に笑って、ジャンヌは息を吐きながら空を見上げる。
己の反省点を理解出来た。そして楓が前に進んでいる事も解った。なら、次は自分が前に進む番なのだろう。
楓と契約を結び、聖人を探してジークフリードの呪いを解く。そして、竜の魔女とその軍勢を倒す。色々と悩みが消えたわけではないが、うだうだ悩むのは前に進みながらでも出来るのだから。
「しかし、断ったすぐ後に契約を……というのは」
いささか恥ずかしいなと、頬を赤らめてジャンヌは腰をあげる。
これも己の未熟さを反省する為の授業料だと受け止めよう。これからは、彼女達と共に歩んで成長していく、その一歩だと前向きに捉えるべきだ。
さぁ、と顔をあげて楓の後を追う。うだうだ悩むのは自分も彼女も、もうお終いにしよう。
きっと、何かが動き出すに違いないのだから。
禍々しい光と共に、魔女の眼前に二騎のサーヴァントが召喚される。
アーチャー、アタランテが倒された上にどうやらライダーとして手駒としていたマルタ、アサシンのファントム・ジ・オペラまでもが倒された事は彼女にとって痛手、ではあるが別にこれといった感傷等無かった。
所詮は手駒。自分の指示通りに動き、フランスを地獄に変える為の手足としての働き以外望んでやしない。戦力が減るのは痛手には違いないが、また代わりを召喚すればいいだけなのだから。
故に生きていようが死んでいようがどうでも良かった。だが、もう一人の自分と……自分の絞りカス同然のジャンヌ・ダルクの偽物とその一味はこちらが思っていた以上だと認識を改めた。
「召喚して早速だけど、あなた達に命を下します」
イチイチ手駒に挨拶など求めない。ただ、マスターたる自分の指示に従うだけでいいと言わんばかりに指示を下す。
真名を初めとした全てのステータスは、マスターであれば容易に確認できるのだから。
「私の偽物……あの忌々しい絞りカスとその一味を皆殺しにしなさい。方法も過程も、全てあなた達に一任するわ」
それに従い、頷いて二騎は霊体化し、その場から立ち去ろうとする。
「……あぁ、いや。待ってちょうだい。やはり、
新たな手駒達が立ち去ろうとする直前、魔女はその指示を撤回した。
別に気にしなくともよいかと思っていたが、やはり収まりが悪い。小石をぶつけられた程度の事とはいえ、借りは借り。いや、きっと自分で思っている以上に屈辱を感じていたのだろう。
きっちりとしっかりと、返礼をしておくのは基本中の基本だ。
「あの赤茶髪の……アイツ等のマスター。アイツにだけは手出しを許しません。いえ……多少痛めつける程度はともかく、殺す事は不許可です」
甲高い足音を立てながら、自ら二騎の間をすり抜けて扉をあけ放つ。
「あのマスターは、私自ら手を下す事にします。他は好きに……えぇ、それこそどう扱おうが文句は言いません」
自分にガントを撃ち込んでくれたあの小娘に、相応の地獄を味合せる事にしよう。
竜の魔女の口元が吊り上がる。もしかすると、絞りカスの相手をするよりもこちらの方が有意義やもしれない。
そんな高揚感を覚えながら、魔女は城の外に鎮座する自らの真の相棒とも言えるソレに声を掛ける。
「今回はあなたも連れて行くわ。存分に暴れてもらうわよ」
魔女の声に反応し、ソレは唸りを上げる。
山のように巨大な黒いソレは、閉じられていた瞼を開けた。
「アナタを見たアイツがどんな顔するか、それだけでも気分が晴れるというものよ」
ソレが折りたたまれていた翼を広げるだけで大地が震え、周囲にいたワイバーンの群れが怯えたように四方へ飛び去って行く。
フランスを短期間で地獄へ変貌させ、彼女を竜の魔女たらしめる理由。
邪竜ファヴニールが、大空へと舞い上がった。