Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

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待っている人いるのかどうかはともかく、超お待たせしました
これからもマイペースに続けては行きます


第十三話 邪竜百年戦争 オルレアン 8

 楓とジャンヌの契約は滞りなく結ばれた。

 結果、半分以下へと落ち込んでいたジャンヌの力は完全とまではいかずとも十分と言えるほどにまでなり、戦力は増強。

 それ自体はとても良い事、ではあるのだが。

 

(やっば……ちょっと格好つけすぎたかも……)

 

 ジャンヌの危惧通り、楓への負担は増大して、それは思っていた以上の物だった。

 生身の体を持つマシュは他の面子と違い、戦闘中でもない限り魔力を持っていく事はほぼ無く、契約したサーヴァントへの魔力供給はカルデアのサポートで大部分が賄われている。

 それでも楓への負担は決してゼロではない事と、短いスパンで立て続けに契約を結んだ事で彼女の魔術回路がビックリして必要以上の負担が掛かっているのではないか、というのがダヴィンチとメディアの出した結論である。

 

『ようは慣れの問題かな? 時間が経てば楽になってくると思うよ』

「良かったじゃない。これであなたの三流未満な魔術回路も少しはマシになるかもね」

 

 ダヴィンチの優しい言葉に対して、メディアの厳しい言葉。まさに飴と鞭というヤツであろうか。どちらにしろ楓の自業自得には違いないので、文句の一つも言えやしないのだが。

 

「アハハハ……」

 

 故に苦笑いで返すしかないのです。

 幸い、生身の肉体を持ち他のサーヴァントほどの魔力を必要としないマシュや、キャスターというだけあって魔力の操作はお手の物とばかりに戦闘時以外は本当に最低限の魔力供給に絞ってくれているメディアのお陰で、倒れる程の負担ではないのだが。

 

「やはり、契約するべきではなかった……のでしょうか?」

『いやいや、楓ちゃんには良い刺激になったかもだしね。それに、君との契約はそのまま戦力の増強に繋がったから結果オーライさ』

「そうだよ。それに契約持ちかけたの私の方だし……」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるジャンヌに対し、楓とダヴィンチはフォローを入れる。

 

『それはそれとして、黒いジャンヌに関してだが……流石にあの程度じゃ、こっちで詳細なデータは取れなかったけど……実際見てみると、疑いようもなくジャンヌ・ダルクだったね』

 

 少なくとも外見はと付け加えるダヴィンチに対し、楓も思わず頷いた。瓜二つとは、まさにあの事。身に纏う雰囲気や、衣装の色等の差異はあれど、あの顔はどこからどう見てもジャンヌにしか見えない。

 事情を知らない者が見れば、確かに処刑されたジャンヌが復活してフランスに憎悪の牙を剥けたと思う他ないだろう。

 

「でも、明らかにこっちのジャンヌと色々その……性格とか言動違ってたよね」

『すぐに思い当たる可能性とすれば、ジャンヌ・ダルクのオルタナティブ……別側面が召喚された、かな?』

「別側面……?」

『楓ちゃんには、その辺の説明してなかったね。サーヴァントは英霊の座にいる本体のコピー……というのは説明してたよね。要は、召喚時にコピーされる部分が違うみたいな感じかな?』

 

 ザックリと言えば、同じ英霊だけど性格が違う。そういう感じだと理解すればいいと思うよと簡単に説明され、楓もなんとなくふんわりとした理解度のまま頷く。

 

「えっと、つまりジャンヌの本体からフランスなんて滅んじゃえって部分だけがコピーされてきた……みたいな?」

『大雑把に言えばそういう事』

「いえ、それはあり得ないと思います」

 

 だが、それはほかならぬジャンヌ本人にハッキリと否定されてしまった。

 

『おや、どうしてだい?』

「私には、フランスに対する憎しみだとか、そういう感情が一切無いので……そういった別側面が召喚されるなんて事はあり得ないかと」

 

 その返答に、ダヴィンチも思わず一瞬目を丸くした。予想していなくはなかったが、本当にそう言いきられるとは思っていなかった、といった風な様子だ。

 

『ほほう……言い切ったね。少しばかり意地悪な事を言わせてもらうが、君はこの国に尽くした結果、この国に裏切られて口に出すのも憚られるほどの扱いの末に処刑された存在だ。だというのに、フランスやそこに生きる人々に対する恨みは一切ないと? 本当に?』

「本当です。なので、あっちの私の言う憎悪とかそういう物がイマイチ実感がわかないというか……いざ実際に相対してみると、何とも言えぬ違和感すら覚えると言いますか……」

『ふむ……だとすると、無辜の怪物かなぁ』

 

 二人の会話についていけず、というより飛び出してきている単語がいい加減に理解を超えた楓はマシュに小声で問う。

 

「マシュ、無辜の怪物って何?」

「サーヴァントの持つスキルですが、ある意味では一種の呪い……のようなものですね。生前の行いなどから来る風評、イメージによって本来の在り方を捻じ曲げられる……サーヴァントは人々の願い、信仰に大きく影響を受ける存在ですので……ジャンヌさんもあんな最後を迎えたのだから、フランスを憎んでいるのではないか……というイメージを持たれていてもおかしくはありませんし」 

 

 確かに、自分も歴史の教科書等で得たざっくりとした知識だがジャンヌの最後は知っている。さほど強く意識した事はないが、実際にこうして出会うまでフランスに対してろくな感情を抱いてはいないだろうなと思わなくは無かった。

 その辺りのイメージでジャンヌ本来の在り方が捻じ曲げられ、あの黒いジャンヌが召喚されたという事なら、素人知識なりに納得はいく。最も、ダヴィンチとの議論を続けているジャンヌはイマイチ納得がいかないようだったが。

 

『はいはい、二人ともその辺で。今はまだ考察するにも手札が足りないし、あの黒いジャンヌ……とりあえず、ジャンヌ・オルタと仮称するけど、彼女についての議論はまた次の機会にという事で』

 

 割り込んできたロマニが強引に二人の会話を中断させ、小さく咳払いして、仕切り直しとばかりに楓へと声を掛ける。

 

『こちらがやるべき事はジークフリートの呪いを解く為の聖人系サーヴァント探索。そっちは何か手掛かり掴めたのかい?』

「今、アストルフォとマリーが近くの街に聞き込みに言ってる」

 

 楓が横目で見やる先にある街、モンリュソンというそこに二人が調査と聞き込みへ向かったのがだいたい十分前だろうか。

 ジャンヌは竜の魔女、ジャンヌ・オルタの事もあって迂闊に街に入るわけにもいかず、人当たりも良い二人が率先して行ってくれたのだ。通信機も持たせてあるし、何かあれば連絡が来るはずだ。

 

「何もなくても一時間ぐらいで戻るって事になってるから、そっち待ちかな」

『成程。そっちで何か収穫があればいいけど……あまり悠長にもしていられないし』

 

 探知能力だけでいえばジャンヌ・オルタの方が圧倒的に上。ジャンヌ曰く、本来のルーラーとしての力であればフランス全土をカバーするぐらいは余裕で可能だと言うのだから、あちらはこっちの位置が手に取るようにわかっている筈なのだ。

 残念ながら、楓と契約してもなおジャンヌの能力は全開とまではいかず、探知能力もさほど戻ってはいないという事なので、こちらは嫌でも後手に回ってしまう事になる。

 

「いつでも移動できるようにはしていますが……後手に回る上に、あちらに聖杯があるとなると」

「……いくらでもサーヴァントを呼ばれる可能性があるね。あっちは一騎減ったところだから補充は当然するだろう。いや、とっくにしてるかもと思った方が良いかもね」

 

 アマデウスが言う事も最もである。聖杯とはすなわち、無限の魔力供給を可能とする物。無論、そう簡単に魔力を扱えるような代物ではないのだがあちら側にそれを可能とする術があるのなら、自由自在とはいかずとも一定期間置きに扱えるのであれば十分に脅威だ。時間をかければかける程、あちらは戦力を増やし放題という事になるのだから。

 

(いざとなったら、私がもう一騎ぐらい召喚……とか言ったらドクターとメディアが怒るかな……)

 

 ジャンヌとの契約で体が辛いと訴えたばかりなのもあって、間違いなく烈火の如く怒られる。特にメディアは「そんなに余裕なら魔術回路に思いっきり負担かけてあげましょうか?」とか絶対に笑顔で言ってくる。古びた教会で色々される感じが凄い。

 喉元まで出て来ていた言葉をグッと飲み込み、新たな案をどうにか捻りだそうとしたところで、手首の通信機からのアラームが鳴り響いた。

 

「お、噂をすれば……もしもーし」

『もしもーし、マスター! 聖人サーヴァント、見つかったよー!』

「え、ホント!?」

 

 なんて素晴らしいタイミングだ。今まで色々苦労した分、この程度のご都合はあり得てしかるべきかもしれない。いや、しかるべきであると楓は心の中で力強く頷いた。

 

『あー、でも……ちょぉっと面倒な事になる、かも? 主にジャンヌ関係で……マリーが話してくれてるから荒事にはならないと思うけど……』

 

 前言撤回。やはり、そう都合よくはいかないようだった

 

 

 

 モンリュソンは元々軍事の要所として築かれた街。魔女の軍勢による侵攻も何度か退けており、被害から逃れた難民や、フランス軍の残党も集まるのは当然の事であった。

 

(あぁ、いつかはこうなると思ってましたが……)

 

 ならば、ここに彼がいる事も当然といえば当然なのかもしれない。

 すでに話をモンリュソンの市長に通してくれていたおかげで役所まではすんなりとこれたのだが、そこで待ち受けていた人物の顔を見て、ジャンヌはアストルフォが言っていた面倒事を理解する。

 

「ジル・ド・レェと申します。あなた方の話はそちらのマリー殿とアストルフォ殿、数日前に我らと合流した兵達から聞いておりました」

 

 かつて自分が率いた軍にて側近を務めてくれた彼が、今のフランスを前にして動いていない筈がない。いずれ出会うかもしれないとは思っていたが、まさかここに来て顔を合わせる羽目になるとは。

 街に入るという事もあり、用意してもらったマントを深く被って顔を隠しておいて正解だった。半端な状態で召喚された影響か、霊体化すら満足にできない現状が忌々しい。楓と契約しても出来ないとは流石に想定外だった。マントで顔を隠していなければ騒ぎになっていただろう。仮に街中はどうにかなったとしても、この部屋にいるジル――彼はともかくとして、彼の部下達がどうでるかは容易に想像がつくからだ。

 

「えっと、兵士の方々から話を聞いたというのは……?」

「ほら、ボク達がここに来てすぐに助けた人達がいたじゃん」

「あ、あぁ……あの時の!」

 

 あの後は色々あって気に掛けてもいなかったが、あの時に助けた人々は無事に逃げおおせてジルが率いる部隊と合流出来ていたそうだ。避難民共々このモンリュソンに到達し、以後はここの防衛についているとアストルフォが笑顔で教えてくれる。

 

「貴女達に助けられた事、とっても感謝してたわよ。お陰で目的のお方にもすぐに話が伝わったわ」

 

 マリーに促されるように、楓はある人物の前へ立つ。銅色の鎧を見に纏った長髪の男性。一目見て、人間ではなくサーヴァントであると理解できる一種の威圧というか、堂々とした存在感。同じサーヴァントでも、何というか人格的、精神的な意味での格が他とは違うといった感じを受ける。

 

「あなたがマスターですね。私はライダー、真名をゲオルギウスと言います」

「あ、どうも……桐生楓です」

 

 楓は知らない名前だが、ゲオルギウスはそれこそ高名な聖人である。

 聖人という括りでいえば、ジャンヌよりも格上らしいと聞いて楓が驚くのはまた別の話。ともかく、探し求めていた聖人サーヴァントにようやく出会えたのだから。

 

「話はあなたのサーヴァントお二人から。それで彼女の方は……」

 

 ゲオルギウスの視線に気づき、少し離れた位置で目立たぬようにしていたジャンヌが静かに頷く。

 それに頷き返し、ジルにこの場を頼みますと声をかけてからゲオルギウスはジャンヌを連れて退室。別室で待機しているジークフリートの治癒へ向かったのだろう。

 

「ようやくですね、マスター」

「そうだね。とりあえず、一段落……で良いのかな?」

 

 ジークフリートの治療という当面の目的はこれで達成。後はジャンヌ・オルタの打倒と、彼女が持っているであろう聖杯の確保。その為の準備はこれでほぼ整ったと言えるだろう。

 あとは、戦って勝つ。単純で言うだけなら簡単だが実行難易度は最も高く、決して避けられない難題が待ち受けている。それを思うと気が重いが、そんな事は言っていられない。

 

「後は治療が終わるのを待って……まっ、て…………?」

 

 不意に、何やら視線を感じる。

 一体どこからと視線を感じる方に顔を向けると、そこには二人組の少女がいた。どちらも自分より幼くも整った美しい見た目をしており、それでいて頭部から角を生やした一目見て人ではないと解る外見。

 

「えっと……? 何か用、です?」

「べっつにぃ……へぇ、ふ~ん……」

 

 血のように紅い髪をした角持ちの少女が、まるで品定めをするかのように楓を文字通り頭から足の指先までじっくりと見やっている。

 

「顔はまぁまぁだけど、なぁんか全体的に普通ね。マスターが来たっていうし、どんな奴かと思ってたけど……」

「初対面の相手に失礼ですよ? いくらホントの事とはいえ……デリカシーの無いトカゲはこれだから」

「ヘビみたいに陰湿な奴に言われたくないわよ」

 

 咎めているのか同意しているのか、そんな言葉で突っ込みを入れた和服の少女とそのまま口論を開始。

 揃いも揃って中々に失礼な事を言っておきながら速攻でこちらを無視とは。自分でも比較的温厚な方だと思っている楓ではあるが、流石にイラつきを覚え……いや、いくらなんでも喧嘩腰に返すのは良くない。問答無用で襲い掛かってきた訳ではないのだから、まずはちゃんと話をしなければ。

 

「あ、あのお二人は……どちら様で?」

「あぁ、これは失礼いたしました。先ほどの無礼はお詫びします」

 

 言われてハッとしたと言わんばかりに、ちょっと白々しいぐらいに礼儀正しくお辞儀をして謝罪する和服の少女。

 一挙一動から育ちの良さが滲み出ている辺り、先ほどの辛辣な口ぶりとは一転している。

 

「私、清姫と申します。クラスはこう見えて、バーサーカーですのよ」

「清姫……きよ、ひめ………あ~、安珍清姫伝説の清姫?」

「そう、その清姫です。よくご存じで!」

 

 知っていてくれた事が嬉しいのか漫勉の笑みを浮かべる清姫。対して、マシュは驚いたように目を見開いて声をかける。

 

「先輩、よくご存じでしたね。その、あまり英霊などに関する知識を持たないようでしたので……」

「ん? たまたま知ってたって感じかな? 父方のお祖母ちゃんが和歌山に住んでるから、小さい頃によく聞かせてもらったというか。ぶっちゃけ、他に関してはさっぱりだよ私」

 

 自慢ではないが、教師から「桐生、なんでお前は歴史だけ駄目なの? 授業態度は凄い真面目なのに……」と本気で聞かれたレベルで駄目なのだ。清姫に関しては、幼い頃に祖母から何度も聞かされていたのでなんとなく覚えていたというだけに過ぎない。

 

「たまたまでも嬉しい事に変わりなく! えぇ、えぇ! これはもう運命の出会いを言っても過言ではないのでは!?」

「えっ!? いや、それはちょっと……飛躍しすぎでは?」

「アンタねぇ。コイツの逸話知ってるなら、思い込みの激しいストーカーだってわかってるでしょ?」

「いや、まさかこの程度でグイグイ来るとは思ってなくて……っ!? バーサーカーってこういうクラスなの!?」

 

 物理的に距離を詰めてくる清姫に壁際に追いつめられる楓と、なんとか二人を引き離そうとするマシュ。その様子を呆れ顔で見ていた紅い髪の少女は、マシュを見やった途端に目を細めて深刻そうな表情を見せた。

 

「……あんた、カーミラとやりあった?」

「えっ? えぇ、その……戦った、というには一方的に私が負けただけですけど……」

「ふぅ~ん……よく生きてたわね。運良かったじゃない」

 

 何やらブツブツと呟き始める少女。

 彼女はカーミラと何か因縁でもあるのだろうか。そんな疑問を抱いていると、横から清姫が口元を扇子で隠しながら呆れているような、呆れを通り越して一種の関心を覚えてすらいますと言うような感じでぼやいた。

 

「流石血液拷問フェチというか、ご自分の趣味に合致する子ならすでに襲ってると確信してましたか」

「ウッサイわよ! まぁ、いるだろうなとは思ってたし。アンタ、かなり手酷くやられたんじゃない? アイツの残り香的なのがほんのちょっと残ってるから」

 

 拷問フェチやら残り香やら、カーミラという名前すら出てくればもう何となく理解はできる。

 この少女は、その真名は恐らくというより間違いなく。

 

「もしかしてカーミラ……というか、エリザベート・バートリーでしょうか?」

「そうよ。あっちは私の未来の姿。私はアイツがいるからその因縁で連鎖召喚されたって感じね」

 

 カーミラと聞いて思わず身構えそうになるが、エリザベートからは一切の敵意を感じない。というよりも、その敵意が自分達に向いていないようだった。

 

「えっと、二人はなんでここに?」

「私達はゲオルギウス様も含め、元々マスターを持たぬはぐれとしてこの地に召喚されました。三人とも竜の魔女と敵対……あちらのトカゲはカーミラこそが最優先のようですが、ともかく敵を同じくする者同士。なりゆきで行動を共にするようになり、道中でジル殿達とも……と」

「そういう事。カーミラは責任もって私がぶっ飛ばすから、邪魔しないでよね」

 

 とりあえず、彼女の敵はカーミラであって、カーミラが組する竜の魔女の軍勢を打倒する事には協力しないでもない……という解釈で良いようだ。何故に未来の自分にそこまで敵意を向けるのか、までは良くわからないけれど、一応仲間になってくれると思っていいのかなと、楓は考えて。

 

「それじゃ、この後も一緒に……」

「えぇ、そちらがよろしければ是非ともご一緒に。むしろ、私と正式に契約してくださってもよろしいですよ旦那様(マスター)!」

「マスターはジャンヌさんと契約したばかりで、身体の事を考えるとこれ以上の契約は……」

 

 なんだかとんでもないルビを振ってきていそうな清姫を止めるマシュと、そんな清姫に苦笑いを返す楓。

 確かに身体は現在進行形で怠さのような、全身に誰かが覆いかぶさっているような重さを感じているのだが、あと一騎ぐらいなら契約できなくもないかもとも思っている。だが、そんな事を口にすれば流石にマシュ達が黙っていないだろう。正直、自分も辛くて言い出しづらいのが本当のところだ。

 

(でも……いざとなったら……)

「無理してでも契約しようとか、思わない事ね」

「ひえっ!?」

 

 いつの間に背後に迫っていたのか、メディアの思考を読んだと言わんばかりの言葉に楓は跳び上がった。

 

「メ、メディア!? 驚かさないでよ!」

「あら失礼。でも、あと一騎ぐらいなら平気かも、とか思ってる馬鹿を止めに来たんだから感謝なさい」

「えっ? い、いや……なんの事、デショウカ?」

 

 ギクリと目を逸らそうとする楓の顔を両手で掴み、強引に正面を向かせる。

 

「魔術師……いえ、魔術使いとしてすら二流どころか三流未満だっていう自覚が無いのかしら?」

 

 グググッと、楓の頭を抑える両の手に力が込められる。

 その痛みに悲鳴をあげる事など出来ない。何故なら、目の前の彼女の顔が怖くてそれを許さないから。

 

「マスターとサーヴァントって関係だけど、私に弟子入りしたいといったのはそっちよ? 師匠の言う事はちゃんと聞きなさい、ね?」

 

 フードで顔を隠しながらもハッキリと解る満面の笑み。それでいて、声には圧がしっかりかかっているのだから恐ろしい。

 背筋に冷たい物が走り、小さく悲鳴をあげそうになるのをグッと堪えて、楓は首を縦に振る。否、振るしか無かった。

 

「は、はい。わかりました、お師匠様」

「よろしい」

 

 冷や汗と震え声混じりの謝罪を聞き届け、解放した楓が足早に逃げていく様をやれやれと見やりながら、メディアはため息交じりにぼやく。

 

「マシュ、マスターから目を離さないでくれる? あの子、いざとなったら絶対追加契約しそうだし」

「え……はい。それは構いませんが……マスターも、自分にかかる負担は解っている筈では?」

「解っててやるタイプよ、あの子。どうせ、マシュや私達と違って戦えないんだからーーとか思っちゃうんでしょ。全く……実際、無理すればあと一騎ぐらいはどうにか出来ちゃいそうなのが面倒ね」

 

 本来、マスター一人につき契約できるサーヴァントは一体限り。無論、様々な例外を除いてではあるが、原則としてそこは揺るがぬ一点。楓が複数契約を実行できているのも、カルデアが電力を魔力に変換して本来楓が受け持つ筈のサーヴァント現界維持の為の魔力消費の殆どを賄っているという例外があってこそ。

 だからといって、楓に全く負担が無いわけではない。彼女が着用する礼装を介し、カルデア側である程度の調整は効くようだが、それでもゼロにはできないのだから。

 

「それで倒れられたら、こっちが迷惑するって事ぐらい解らないのかしらね。全く、やる気のある無能とはあの子の為にあるような言葉ね」

「む、無能って……。いくらなんでもそれは」

「言い過ぎなぐらいで丁度いいの。変に気を使って、勘違いさせるよりはよっぽどね」

 

 そう言って背を向け、霊体化するメディア。言い方は厳しいが、彼女なりに楓の事を心配しての言葉であるとは、マシュにも理解できる。しかし、無能というのはいくらなんでも、それも自分のマスターに対して酷すぎやしないか。

 万が一にでも楓に聞こえていたらと思い、彼女の姿を探すが部屋の中には影も形も無い。それに、よく見ればサーヴァントも何人か姿を消していた。

 

「あれ、先輩に、マリーさんや清姫さん達は……?」

「ん? あの喧しい二人組は知らないし、興味も無い。マリーなら、多分だけど楓と一緒じゃないかな?」

 

 アマデウスの自信たっぷりな言葉に頷きながら、マシュはふと思う。

 楓とマリーとは、また珍しい組み合わせだなと。

 

「ま、楓の事はマリーに任せておけばいいさ。彼女が自分から買って出たんだから、上手くいくさ」

 

 

 

「やる気のある無能、かぁ……そうだよねぇ……」

 

 マシュとメディアの会話はハッキリと聞こえてきた。

 いや、メディアの事だから聞こえるように何らかの魔術でもこっそりと仕込んでいたのかもしれない。あの師匠は、馬鹿弟子に自覚を持たせる為ならそれぐらい平然とやるだろう。

 

(いざ言われると……うん、やっぱキツイ……)

 

 役所の二階からそのまま直通していた街の城壁。

 その上で壁を背に、腰を降ろして空を見上げる。自分が無能なのは、オルレアンに来てから嫌というほど自覚させられた。それでも、絶対何かできる筈だと、ジャンヌとの契約だってした。

 だが、それ以上は何もない。ホイホイと追加契約して良いわけではない事も理解しているが、それ以外に自分がマスターとして出来る事は果たしてあるのだろうか。

 

「はぁ~…………やる気だしても全然駄目かぁ、私」

「あらあら、溜息ついてちゃ幸せが逃げちゃうわよ?」

「……はい?」

 

 俯かせていた顔を持ち上げると、そこにいたのは眩いばかりの笑みを浮かべた少女。

 赤を基調とした衣服と銀色の髪がとてもマッチしている少女、マリー・アントワネットが「隣、失礼するわね」と声をかけながら腰を降ろした。

 

「俯いて暗い顔してるのね。せっかく可愛い顔してるのに、それじゃ台無しよ?」

「かわっ……いや、その……マリー・アントワネットに言われるとなんか恐れ多いというか」

「マリーで良いわよ。フルネームだと呼びにくいでしょ?」

 

 歴史に名を残す王妃とは思えぬフランクぶりに、楓もはぁと頷くほかない。

 何せ、教科書に名前が載るレベルの人物。歴史にあまり関心も無く、成績もよろしくない楓でも名前は知っているし、王妃様と言えばと聞かれれば真っ先に名前が出てくる。

 そんな偉人が自分の隣で、下に何も敷く事なく砂埃が積もった石造りの床に腰を降ろす日が来るなんて、一体想像できようか。

 

「一人で外に出ていくのが見えたから余計なお世話かもと思ったけど、気になっちゃって追いかけてきたの。なんだか、落ち込んでるみたいだったし」

「あ~……そんな、目に見えて落ち込んでました?」

「えぇ。解りやすいぐらいに」

 

 屈託のない笑みを浮かべたまま即答され、乾いた笑いを返すしかない。そこまでハッキリと態度に出ていたなんて、流石に思ってもいなかった。

 

「話も、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、ほんのちょっと聞こえてきちゃって……」

 

 追ってきてくれたのはそういう事かと、感謝と共に申し訳なさも覚える。

 余計な気を使わせてしまった。こういう処、自分は本当に駄目だなと一層の自虐と共に。

 

「それで、本当に余計なお世話だけど私は思うの」

 

 ズブズブとネガティブの深みにハマっていく楓に対して、マリーは笑みを崩すことなくさらっと、爽やかに言い切った。

 

「無能なら無能で良いんじゃない?」

「……え? いや、良くないと思いますよ!?」

 

 流石に予想の斜め上。まさかまさかの言葉に、楓は思わず声を荒げた。

 

「私、マスターとしてもっと色々出来るようになるべきなのに、何にもできないし。魔術だって才能無いから教えるだけ無駄って言われるし。令呪だって、どう使えばいいのかさっぱり分かんないし……こんなんじゃ、また足引っ張っちゃうし」

「あら? それを言うなら私だって。サーヴァントなのにろくに戦えもしないわ。弱い敵ならどうにか出来るとしても、サーヴァント相手ならまず負ける。私が自信を持って勝てると断言できる相手は、アマデウスぐらいだもの」

 

 スパっと自分より弱いと断言される天才音楽家。貴方は男としてそれでいいのですか、と心の中で思わず突っ込む。いや実際、彼がまともに戦ってる姿を見た事はない。たまに援護をしてくれていたけれど、あくまで安全圏からであって矢面に立つとなると……だ。

 

「本当ならマスターの代わりに戦うはずのサーヴァントが戦うの苦手だなんて、それこそ役立たずじゃなくて?」

「え? でも、マリー……が戦うの得意だったりするイメージ全然無いから別に……不思議でも無いような……?」

「サーヴァントはそういう物だから。一応、戦う術はあるけれど……ええ、きっと私は貴女と契約しても大して役に立ちません」

 

 そう言って、マリーは楓の令呪に指先で触れる。

 

「サーヴァントにすら無能がいるのよ? マスターになったばかりの貴女が、必要以上に落ち込む事無いわ。愚痴を言いたいなら、同じく無能の私に遠慮なくどうぞ」

「……………」

 

 結局、あなたから見ても私は無能なんですねと言いたくなったがそれはぐっと飲み込む事にする。だが、彼女の言いたい事は何となくわかる。

 

「つまり、私達は無能コンビです?」

「そうね、そうなるわね!」

 

 無能扱いされたというのに、なんだか嬉しそうに笑うマリーに、ちょっとついてけないかもと思う反面、釣られて楓も笑う。

 とても、とても失礼な事だと思うが、無能であると自覚する者同士なんだなと思うと、なんだかとっても気が楽になった気がする。

 

「ん、ありがとう。少し気が楽になったかも」

「えぇ、どうしたしまして。私も、ようやく私に出来る事を出来た気がするわ」

「そんな事はありませんよ、王妃。えぇ、貴女はそんなマスターもどきと対等ではない……」

 

 不意に聞こえてきた、今にも爆発しそうな感情を抑え込んでるかのような声。反射的に楓を庇うように前に出るマリーに対し、声の主は堪え切れぬ笑いを漏らしながら、その姿を覆い隠す霊体化の衣を剥いだ。

 

「なっ……あな、たは」

「え……知ってる、人?」

 

 眼前に現れた黒衣の男性。その手に握るは、まるでギロチンの刃を思わせるような大剣。

 非常に整った顔立ちでありながら、吊り上がった口元と狂気に染まり、舐め回す様にマリーを見やる眼光のせいで見事に台無しになっている。

 

(ちょ……ちょっと、キモいかも)

 

 ストーカーってああいう目つきしてるのかな、なんて恐怖を誤魔化す為にとぼけた思考を巡らせる。だってあの男性から発せられる威圧感は、ヴラド三世やカーミラ、ジャンヌ・オルタ程の物ではないにしろ、サーヴァント特有のそれなのだから。

 

「えぇ、よく知ってるわ。シャルル=アンリ・サンソン。私の首をギロチンで落とした人だもの」

「へ……えぇっ!?」

 

 生前殺された相手、といういくらなんでも予想だにしない相手の登場。

 取り乱す楓に対し、一瞥する余裕も無いとばかりにサンソンを睨みつけるマリーの頬を流れる冷や汗。正直、彼も召喚されている可能性を考えなかったわけではない。ここはフランスで、自分が召喚されたのなら彼もと考えるのが自然。それが、まさか敵側という最悪のパターンとして的中するなど、最悪も良い処である。

 

「楓。マシュ達を呼んでくれる? 正直、私一人じゃ貴女を守りきる自信は無いわ」

「あぁ、それは止した方が良い。彼女達も……余裕はないだろうしね」

 

 サンソンの言葉の意味を、二人はすぐさま理解する事となる。

 街の遠方に見える巨大な竜が率いるワイバーンの群れ。そして、役所の扉が破壊される爆音。

 なんてことだと、楓はすべて理解する。いや、理解するのが遅すぎた。彼が、サンソンが目の前に現れている以上、他の敵もすでにこの街に迫っているのは当然だという事を。

 

「さて、マリー王妃。僕は貴女の首を落とし、絶頂に至るほどの最後を味合せたい。けれど、今はもう一つの、優先すべき命令があってね」

 

 ギョロリと、サンソンの視線が楓へ向けられる。

 

竜の魔女(マスター)からの命令だ。そちらのマスターを……生きたまま連れてこいとね」

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