Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

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地獄界曼荼羅でレイシフトに同行出来るサーヴァントに関する設定が出てきましたが、本作では無視させていただきます ご了承ください
今更一話から書き直しなんて出来ませんしね……


第十五話 邪竜百年戦争 オルレアン 10

 思っていたより時間がかかっているなと、内心苛立ち混じりに吐き捨てながら、竜の魔女は眼下にて見苦しく抗っている聖女とその他を見下ろした。街中から勢いよく飛び出してきた正義の味方御一行は、ワイバーンの群れを相手に、数の不利など関係ないとばかりに奮戦してみせている。聖女は旗を振るってワイバーンを一体一体確実に薙ぎ倒し、ランサーとバーサーカーもそれぞれの得物で見る見るうちにワイバーンの数を減らしていく。

 

(この街にいたはぐれですか……全く、運の良い事で)

 

 上手い具合に味方を増やして見せたらしいマスター(あの小娘)の運の良さは、少しばかり驚愕に値するかもしれない。ルーラーとしての特権でクラスも真名もすぐに解るし、その上で大した脅威ではないと判断して、やはり眼下にいる中で一番の脅威は聖女一人である事にフンっと鼻を鳴らす。見るからに力を増しているのには少々驚くが、恐らくマスターと正式に契約を結んだのだろう。それでも、本来の力には程遠いし、何よりこうして自分が座する邪竜ファヴニールの敵ではない。街の外に飛び出した矢先、ワイバーンの群れとその最奥に控えている邪竜の姿を見た時の驚愕した顔とくれば、思い出しただけでも笑いが込み上げる。

 

「さて、このままアイツ等を眺めていても仕方ないですね……ファヴニール、ここは任せますよ? 私の許可なく、街を吹き飛ばすのは無しです。それ以外なら……まぁ、好きになさいな」

 

 邪竜が了解の意を唸り声で返したのを確認し、ジャンヌ・オルタはトンとその背を蹴って街へ飛び降りる。それを見た聖女が何か叫んでいるが、すぐにワイバーンの群れを嗾けるファヴニールの咆哮にかき消された。

 

「バイバイ、聖女様。今の私には、もっと優先すべき相手がいるの」

 

 万が一にでも、あの忌々しい聖女が邪竜を無視してこちらに来ることはあり得ない。これで心置きなく、自分は今回の最優先目標の為に行動できるというものだ。

 

 

 

 

 街の内外で起きる戦闘。それは裏門から街の外へ住民を避難させていたゲオルギウスとジークフリード。彼らと共に避難誘導を行っているジル達にも、当然伝わっていた。普通の人間である彼らにも、その激しさは肌で感じる程のものであった。

 

「な、何と何が戦ってんだ……?」

 

 怯えと驚愕混じりに呟く部下を横目に、ジルも同じ感情を抱き、身体を震わせていた。生き残った部下や他の街の騎士達。逃げ延びた避難民を引き連れていた時に出会ったゲオルギウス達の戦いを間近で見て、彼らが人間を遥かに超えた力を持つ存在である事を知ってはいたが、そういった者同士の戦いとは、微かに感じる余波程度であっても次元の違いを認識させられるほどだったのかと。

 

「……止まるな! 我らの役目を果たすのだ!」

 

 その感情をどうにか押し潰し、今はまだその戦場に飛び込むわけではないのだと自分に言い聞かせて、部下達に号令。今の役割は、避難民とこの街の人々を無事に脱出させる事なのだから。

 

「ジル・ド・レェ殿」

「おぉ、ゲオルギウス殿!」

 

 先行して街の外に出て、安全を確保していたゲオルギウスが駆け足で戻ってきた。どうやら、周囲の安全は完璧に確保されたようだと胸を撫で下ろす。

 

「街の外は他の騎士達で十分でしょう。私とジークフリード殿は、彼女達の応援に向かおうと思います」

「そうですか……我々は……」

 

 国を、民を守る騎士としては自分達も共に戦場へ向かうべきだ。しかし、自分達がついていったところで何の役にも立たないだろう事は、火を見るよりも明らか。自分だけならまだしも、部下達に死にに行けと命令できるだろうか。

 

「ジル殿は、ここで市民達の守りを。それも立派な騎士の役目でしょう」

 

 そんなジルの迷いを察したのか、ゲオルギウスは笑みを浮かべて諭すように言葉をかける。ジルは一瞬戸惑いながらも小さく頷き、背を向けて走り去るゲオルギウスを見送って、部下達に指示を送る。民を守る事も、確かに騎士の役目なのだ。戦場に馳せ参じるだけが、戦いではない。そうやって、未だ心に残る情けなさに言い訳という名の蓋をする。

 

(あなたも、あちらのいるのでしょうね)

 

 ハッキリと顔を見る事は出来なかったが、それでも解る。今も最前線でその身を盾に戦っている勇者達の中に、もう二度と会えぬはずの彼女の姿があるのだと。だのに、共に戦場を駆ける事に躊躇いと、敵に対する諦めという名の恐怖を覚えている自分が、無性に腹立たしかった。

 

 

 

 

 マシュがその接近に気付いたのと、それが屋根の上から真っ直ぐに楓を狙って襲い掛かるのは同時。咄嗟に楓を突き飛ばし、盾で奇襲を防ぐ。

 

「うくっ!?」

「マシュ! うわっ!?」

 

 アストルフォが助けに入ろうとして、バーサーカーがそれを遮る。マリーも彼のフォローに回ったのを確認しながら、マシュは盾を構える腕に力を込めて、攻撃してきたそれを押し返す。奇襲を仕掛けてきた何者か、竜の魔女はその勢いを敢えて殺さずに後方へ跳び下がって着地した。仕切り直しと言わんばかりのそれに乗り、マシュも楓の傍へ寄り盾を構え直して魔女を睨みつけた。

 

「ジャンヌオルタ!」

「オルタ? へぇ……まぁ、好きに呼びなさいな。それぐらいは許してあげるわ」

 

 別側面呼ばわりとは面白いとばかりに嗤う魔女を真っ直ぐ睨み、マシュは楓を守るように盾を構える。先の奇襲からして、魔女の狙いは明らか。そうでなくとも、自分の役目は変わらない。

 対して、魔女の視線はマシュの影に隠されるようにある楓へと向けられていた。あの娘への借りを返す為に、わざわざこんなところまで出張ったのだ。ようやく対面できたのだから、後は衝動の赴くままにやるだけだ。地面を蹴って、自身の得物たる旗を巻き付けた槍を振るう。

 

「くっ! やぁああっ!」

 

 マシュは魔女の攻撃を盾で受け止め、強引に弾き返して即座に蹴りを放ち、それを容易に躱されたかと思えば、魔女はマシュに目もくれず楓へと狙いを定め、彼女の懐へ飛び込もうとするが、マシュは咄嗟に盾をジャンヌオルタの足元目掛けて投げつけた。

 

「なっ!?」

 

 世辞にも投擲に向いていない形状と大きさの物を投げつけてきた事に驚き、反応が遅れて足を摂られたジャンヌオルタへと、マシュは遠慮のない回し蹴りを叩き込み、槍で受け止めながらも反動を殺しきれずに吹き飛ばされた魔女は地面に背中から叩き付けられながらも、すぐに体制を立て直し、マシュを睨みつけた。

 

「……へぇ。成程……どうやら、アンタから始末しないといけないみたいね」

 

 さっさとマスターを潰せば終わると思い、見るからに大した事も無さそうだと無視していたが、どうやら甘い認識だったようだ。己の短慮を認め、魔女は目的達成の前に立ちはだかる敵を真っ直ぐに見据える。少なくとも、さっさとくたばっていった手駒(役立たず共)よりは、マシなサーヴァントのようだと思いながら。

 そこから少しばかり離れた位置で、アストルフォとマリーは共に楓とマシュの様子が気になり、助けに行きたい衝動に駆られながらも、眼前にいるバーサーカーを相手にそんな余裕は無かった。

 

「こんなに強いとは……ちょっと思ってなかったなぁ……」

 

 槍を支えにしながら、アストルフォは思わず愚痴った。自分もマリーも、武勇とは縁遠い英霊でハッキリ言って弱いと自他共に認めてはいるが、それでも二人がかりでここまで苦戦するなんて思ってもいなかった。マシュが魔女との一騎打ちに突入し、二人でバーサーカーの相手を初めてほんの数分も経っていないというのに、両者ともに疲労困憊。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 マリーに至っては肩で息をして、今にも膝をつきそうなぐらいだ。とりあえず、バーサーカーがジャンヌオルタの応援に回る事は防げているが、自分達が何時までこの狂戦士を抑えておけるかは疑問しかない。理想で言えば無論勝利なのだが、ハッキリ言って無理だと確信している。だからといって、諦めて背を向けたり、大人しく倒されるという選択肢はアストルフォには存在しないのだが。

 

「よし! 弱気になるのはここまで、だ!」

 

 掛け声と共に地面を蹴り、バーサーカーへ突貫。真っ向から突き出す槍を、バーサーカーは難なく躱してアストルフォ目掛け、横薙ぎに剣を振るう。咄嗟に槍を手放し、両膝を追って膝で地面を滑るようにして斬撃を回避するが、アストルフォがそこから次の行動へ繋げるよりも早く、バーサーカーの足が振り上げられた。

 

「ぐはっ!?」

 

 鳩尾を抉るように蹴り込まれ、サッカーボールのように飛ばされるアストルフォの身体は住居の壁に叩き付けられた。すぐ様にマリーが指輪を介して攻撃性を持たせた歌声を響かせるも、バーサーカーは怯む事もなく突貫し左手で彼女の顔面を掴むと乱暴に地面に叩き付ける。

 

「----ぁ!!?」

 

 声にならない悲鳴をあげるマリーを無視し、ジャンヌオルタ(マスター)とマシュの戦いに注視し、こちらへの注意が完全に失せている楓を視界に収める。マスターの応援は必要なしと即座に判断し、当初からの指示である楓の身柄に狙いを定め、バーサーカーは地面を蹴って楓を抑えんと手を伸ばし―――

 

「さ、せるかぁーーーーっ!」

 

 ―――叫び声と共に、投擲されたアストルフォの槍がバーサーカーの足元に突き刺さる。当たる事は無く、その効果も発動する事は無かったが、それでもほんの一瞬ではあるがバーサーカーを怯ませるには十分。アストルフォが腰から剣を引き抜き、バーサーカーへ斬りかかる。対して、バーサーカーは足元に突き刺さったままの槍を引き抜き、受け止める。甲高い激突音と共に、バーサーカーの手にあった彼の剣は靄となって消滅。再度、その鎧を包み込んでいき、変わりに握ったアストルフォの槍が。

 

「なっ!?」

 

 靄に浸食され、まるで血管のような赤黒い魔術的なラインが槍全体に走ったかと思えば、片手で強引にアストルフォの剣を弾いたバーサーカーは、そのまま槍を叩き付けるように振り下ろす。

 

「がぁっ!?」

 

 頭頂部に槍を叩き込まれ、顔面から地面に叩き付けられるアストルフォ。バーサーカーの手の中で、まるで元から彼の物であったかのように鈍く輝いていた。

 

「アストルフォさん!」

「余所見を、する余裕があるとでも?」

 

 アストルフォの苦戦に気付いたマシュが、ほんの一瞬そちらに意識を奪われた瞬間に、竜の魔女は盾を潜り抜け、マシュの懐へ。咄嗟に間合いを取ろうとするマシュを嘲笑うように、彼女の剥き出しの腹部目掛けて、魔女は得物を叩き付ける。

 

「ぐぅっ!? ぁああっ!」

 

 まるでバッターに打たれた野球のボールのように吹き飛ばされるマシュの体。住居の壁に叩き付けられようとする直前、飛び込んできた少女がそれを受け止め、彼女の代わりにその身を壁に叩き付けた。

 

「あぐっ!」

「ぁ……マスター! 何を!?」

「ご、めん……つい……」

 

 地面に崩れ落ち、痛みに呻く楓を支えるように抱き留めるマシュ。そんな二人は、敵から見れば隙だらけ。狙わない等という選択肢がある筈も無いと、魔女はその手から炎を放ち、それに気づいたマシュが咄嗟に盾を振り上げ弾くも、立て続けに放たれた炎ががら空きになった彼女の体を撃ち抜いた。

 

「あぁああっ!」

「マシュ! きゃぁああっ!」

 

 体制を崩したマシュの横をすり抜け、楓の右腕を炎が掠める。ただ掠めただけでも戦闘服を焼き、その皮膚に重度の火傷を負わせるには十分。いや、実戦向けの調整を施した魔術礼装であるカルデア戦闘服だったからこそ、火傷で済んだというべきか。

 

「マスター!?」

「今、どういう状況か理解しているのかしら? 全く、そんな様でサーヴァントとは笑わせますね」

 

 加虐的な笑みを浮かべ、魔女は腰の剣を引き抜き、空へ掲げる。周囲に炎獄を展開し、膨大な魔力を解き放たんとするそれは、明らかに宝具発動の予兆。マシュは意を決して、盾を地面に突き立てながら、自身の魔力をありったけ注ぎ込んで、己の仮装宝具を展開する。

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮」

「真名偽装登録! 人理の礎(ロード・カルデアス)!」

吠え立てよ、我が憤怒(ラ・グロントメント・デュ・ヘイン)!」

 

 展開した二人の宝具が、真正面から激突する。

 激しい爆音と共に街道も家屋も炎が焼き尽くし、舐め溶かしていく。その中であっても唯一、炎による蹂躙に太刀打ちするマシュの宝具であったが、絶えず連射される炎の前に着実に追い詰められていた。

 

「うっ……ぐ、ぅぅっ!」

 

 宝具越しにも伝わる炎の熱と衝撃。全てを飲み込み、焼き尽くさんとする魔女の獄炎を防げてはいるが、マシュの身体はその反動で徐々に押し込まれ、踏ん張る両足にも今にも圧し折れそうなほどの負担がかかる。それでも必死に盾を構えるマシュを嘲笑うように、ジャンヌオルタは、余裕の笑みを浮かべる。

 

「一瞬で消し飛ばないとこだけは褒めてあげるけど、そんな調子でいつまで持つかしら?」

「う、ぁ……ぁ、くぅ!」

「まぁ、せいぜい無駄な抵抗をしてみせなさい」

 

 魔女の獄炎。それをほんの少しばかり強めただけで、マシュは悲鳴をあげる。誰が見ても自分の勝ちは揺るがない。持ってせいぜい数分。その後には無様に転がった姿を晒し、虫の息で己のマスターが蹂躙される様を見せつけられる。そんな解りきった末路を迎える哀れなマスターに、ほんのちょっとは同情という名の嘲笑をくれてやっても良いだろう。

 

「どうします? 今からでも尻尾を撒いて逃げますか? 運が良ければ、あなた一人だけなら逃げられるかもですよ?」

「っ……だ、誰が!」

 

 マシュが、他の皆が懸命に頑張っているのに逃げ出せる訳がない。何も出来ない役立たずであっても、自己満足でしかなくても、マスターとして最低限の何かを果たしたいからだ。無論、そんな楓に対して最初から嘲笑以外の返答をするつもりのない魔女は口の端を吊り上げる。

 

「ふぅん……まぁ、どのみち結果は見えてますけどね。恨むなら、そこの役立たずすら満足に使えない無能な自分を恨みなさいな!」

 

 もうすぐ限界を超え、宝具諸共に自分の炎に飲まれる盾役。バーサーカーに二人がかりで歯が立たない弱小のライダー。少し離れた位置にいるキャスターも、直接戦闘は苦手なのか未だにサンソンすらも倒せていない始末。最早、勝利はゆるぎないと確信する。

 

「無能なマスターには、無能なサーヴァントしか付かないって事ですね!」

 

 魔女の嘲笑に何も言い返せず、悔し気に唇を噛みしめるマシュ。現にオルレアンに来てからろくに役にも立てず、今まさに追いつめられている自分は無能でしかないと、言われずとも身をもって理解しているのだから。

 

「違う……そんな事、絶対に」

「……え?」

「は?」

 

 しかし、同じくそれを聞いていた楓は違った。あぁ、そうだ。自分は無能と言われれば確かにそうだと納得する。否定する要素は無いと誰よりも理解している。ただ、それでも一つだけ、絶対に認められない事がある。

 

「私の事は何と言ってもいい。だけど……マシュを、私なんかのサーヴァントになってくれてる皆を、馬鹿になんて、させない!」

 

 令呪が刻まれた右手を、盾を支えるマシュの手に重ねる。

 完全に頭に血が上っている。自分のような、何の取り柄も無いマスターに付いて来てくれている皆を馬鹿にされる事だけは、絶対に許してはならない。感情の赴くまま、右手の甲に刻まれたままの、持て余していたマスターと証に意識を集中させて、マシュへの信頼を込めて叫ぶ。

 

「令呪を持って命ずる……マシュ! 絶対に勝って!」

 

 眩い光を放って、令呪が一画消失。同時に、マシュの体へと流れ込んでくるのは膨大な魔力。それが全身を駆け巡り、文字通りの意味で力が漲ってくる感覚を覚えさせる。これこそが、マスターが自分を信じてくれている証なのだと、実感して。

 

「はい! マスター! うぁあああああああああああっ!」

 

 その力の全てを展開する宝具へと注ぎ込んで、今にも自身を飲み込まんとしていた魔女の獄炎を押し返した。今にも焼け溶けんとしていた光の盾は、その輝きを取り戻して憎悪に彩られた黒い炎の全てを逆に飲み込んで見せたのだ。

 

「なっ!? 馬鹿な……そんな、はず!?」

 

 己の宝具を防ぎきられる。それも、あと一歩で勝ちが決まるという詰みの状態からひっくり返されて。そんな、あり得ない光景に目を奪われる魔女。致命的なその隙をフォローすべく、バーサーカーがアストルフォから奪った槍を構え、マシュに突き立てんと突貫しようとして。

 

「何時まで、人の宝具使ってるんだよ!」

 

 横合いから体ごとぶつかってきたアストルフォに、体制を崩された。額から血を流しながら、必死の形相で食らいついてくる騎士の姿に気を取られ、すぐに振り払わんと槍を持った腕を振り上げる。その瞬間、彼らの周囲に無数の水晶がまるで道を作るように地面から析出した。これは不味い。狂化スキルにより鈍りながらもある程度の働きを有しているバーサーカーの戦士の感がそう察し、アストルフォを力任せに引き剥がし、その身を蹴り飛ばして急いで脱しようとするも、すでに遅かった。足元から析出する水晶がバーサーカーの両足を拘束し、透き通ったガラスの馬に腰かけたマリーが、その頭上にて己の放てる最大の一撃を、すでに展開していたからだ。

 

「ごめんあそばせ。百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)!」

 

 ガラスの馬が、水晶の拘束に捕らわれたバーサーカーの鎧を蹴り砕く。悲鳴のような唸り声をあげ、上空に蹴り飛ばされるその身を追撃せんとするのは、全身の痛みに耐えながらも即座に立ち上がったアストルフォと、彼を援護する為に迷いなく切った二角目の令呪。

 

「令呪を持って! アストルフォに力を!」

「その令呪に応えるよ、マスター! 行くぞ! この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)!」

 

 アストルフォの最強宝具。この世にあり得ざる幻獣の次元跳躍により、一瞬でバーサーカーの背後に転移しての高速突撃。空中に蹴り上げられたバーサーカーには、最早回避のしようがない攻撃が、その身を水晶が無造作に突き出す地面へと叩き付ける。

 

「GA、A……」

 

 アストルフォから奪った槍を覆っていた靄が消え去ると共に、バーサーカーの身体が黄金の粒子となって消滅する。ヒポグリフ諸共に地面に突撃したアストルフォも派手に地面を転がるが、大した事も無かったかのようにすぐに身体を起こし、楓にピースサインを送る。マリーの宝具の副次効果である味方への魔力及び体力回復による物である事を知るのは、また後の話だ。

 

「そんな……馬鹿な……っ!?」

 

 単純な戦闘力ならファブニールに次ぐだろうバーサーカーの消滅。一切の情など持ち得ぬ相手ではあったが、負ける筈などないと思っていた手駒の敗北に魔女は驚愕する。

 

「余所見をする余裕が、あるんですか!?」

 

それが、彼女の決定的な、致命的な隙だった。

 

「っ!?」

 

 その声にハッとなり、視線を向ければ、盾を大きく振りかぶったマシュが、自分の懐へと潜り込んできていた。かき消したとはいえ、宝具の炎が多少なりとも残っている中を突っ切り、露出した肌に火傷を負うのも構わず、わずかな隙を見逃さぬ為に。

 

「しまっ!?」

「やぁああああああああああっ!」

 

 とにかく必死さ以外の何もない。そんな少女の渾身の叫びと共に放たれた盾による一撃が、魔女の胸を打ち付けた。

 

「が、ぁっ!?」

 

 胸から背中を貫くかのような衝撃。盾の少女の一撃を受けた魔女は、激痛と驚愕に表情を歪めたまま吹き飛ばされ、無様に地面を転がされた。令呪によるブーストも切れたのか、ダメージが蓄積した体が令呪を持ってしても限界だったのか、糸の切れた人形のようにマシュも崩れ落ちる。盾を地面に押し付ける形で四つん這いになり、肩で大きく息をしながらもマシュの目線はうつ伏せで倒れ、激痛に悶えているジャンヌオルタに向けられている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

「ぐ、ぅ……あがっ! こ、の……こんな、筈、じゃ……っ!?」

 

 吐き出される血が地面を濡らす。たった一撃。令呪によるブーストがあったとはいえ、たった一撃で立つ事すら難しいほどのダメージを受けるなど、思ってもいなかった。

 

「なんで、こんな……っ! 私が、負けるはずが……あんな、ヤツに……ィッ!」

 

 乱れた髪の隙間から、マシュと彼女に寄り添う楓を睨みつける。本来なら、さっさと取り巻きのサーヴァントを倒し、あのマスターに借りをたっぷり上乗せして返すだけの、簡単なお遊びだったはずだったのに。

 

「認めない……認めるものかぁ!」

 

 まだ、あの聖女に負けるのなら、ほんの少しは納得は出来なくもないかもしれない。だが、あんな取るに足らないような、人間なのかサーヴァントなのかもわからない半端なヤツに一騎打ちで、真正面から自分が打ち負かされる等、認められるはずがない。魔女の周囲に炎が踊る。彼女が新たに抱いた、マシュに対する怒りの感情に呼応するかのように。

 

「ぐっ……がっ!?」

 

 しかし、その炎が牙を剥く事は無く、魔女の口から吐き出される鮮血と共に霧散する。先ほどの一撃は、魔女の霊核にも深刻なダメージを負わせていた。それが怒りに任せた魔力放出により、更にその身を傷つける結果となったのだ。

 

「こ、んな……ところ、でぇ……っ!?」

 

 こうなればなりふり構わず、ファブニールのブレスでこの街諸共に消し炭にしてやる。霊体化すれば、街の外には数秒かからず出る事は出来る。このダメージでも、ブレスの範囲外に出る事はたやすい。未だ反応が残るサンソンは、ここで消えても別に問題ない駒だ。決断は早く、すぐ様に邪竜への指示を飛ばそうとした時だった。

 

「な……あれ、は……っ!?」

 

 街の外に、強力な魔力がほとばしったのは。何者かの宝具である事は違いなく、続けざまにファヴニールの悲鳴が聞こえてきた。倒されてはいないのは解るが、それでも大ダメージを受けているのは先の悲鳴からして明らか。自らの策があっさりと潰され、あらゆる負の感情が湧いてくる感覚に襲われる魔女の脳裏に、不意に声が響いた。

 

『ジャンヌ。我が聖女よ。失礼ながら、遠見の水晶にて全て拝見しておりました。ここはお引きなさい。ファヴニールの傷も浅く無く、御身がここで倒れてはこの国への復讐も、全て、全てが無駄になります。何、そこの匹婦共には近いうちに身の程を解らせてやる機会は訪れましょう』

「ジル……っ!? えぇ……そうね……解った。言うとおりに……してあげる」

 

 その声との短いやり取りの末、最後にもう一度だけ楓とマシュを睨みつけて、ジャンヌオルタはその姿を消した。それに合わせるようにバーサーカーも姿を消失させる。

 

『モンリュソンに展開していた敵性反応。その全てが離れていってる……どうやら、撤退したようだね』

「……か、勝った?」

 

 通信機から聞こえてきたロマニの声で状況を理解し、そう口にした事で一気に気が抜けたのか、楓はマシュにもたれ掛るように体を崩した。思わず倒れそうになった自身を必死に支え、マシュは楓を受け止める。

 

「先輩!? 一体どうしたんですか!?」

「いや、その……なんか、腰……抜けちゃって……あと、腕……痛すぎて……ちょっと、気持ち……わる……うぇ……っ」

 

 その他、令呪使用による魔術回路の隆起等もあって吐き気を催した楓を介抱するマシュといった、つい先ほどまで激戦を繰り広げていたとは思えない光景。アストルフォとマリーは、そんな二人の様子に思わず苦笑しながら、駆け寄るのだった。


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