Fate/Grand Order 私と彼女の物語 作:やまさんMK2
自分はワンちゃんのヒィヒィ言いながら苦戦してたら、ガチャで来てくれました
今回の投下にあわせて、1~2話のサブタイトル変更しました
肩で息をしながら、楓は瓦礫を背に預けてその場に座り込んだ。
突然の襲撃。キャスター曰く、アーチャーの矢だそうだが、あんな破壊力があるなんて聞いてない。
どこの世界に地面を吹き飛ばす矢があるというのか。
「も……もう撃ってきてないよね……っ!?」
「は、はい……アーチャーの狙撃は止まっています」
「あれの! どこが! 狙撃なのよぉ!」
サークルに撃ち込まれた一発目、自分を狙ってきた二発目、そしてこの廃ビルに逃げ込むまで撃ち込まれた回数は百を超える。
そのうち、確実に直撃する物は全てマシュが防ぐか弾くかしてくれたおかげでどうにか無傷で済んだが、逃げている最中は生きた心地がしなかった。
あれは狙撃と言うより空爆。矢ではなく爆弾を放り投げているんじゃないかと言いたい。
「てかどっから撃ってきてんの!?」
「私にはさっぱり……方角はともかく、アーチャーの位置は特定できません」
「ボクにも解んなーい! あー、もう! 場所さえ解れば、ひとっ飛びしてやっつけてやるのに!」
アストルフォは一方的にやられ放題な状況が気に入らないのか、頬を膨らませて解りやすく不機嫌になっている。
「俺らじゃ、どっちみち位置の特定までは出来ねぇさ。向こうだって、とっくに移動してるかもしれねぇしな」
その辺に落ちていた石ころに魔術を使い、索敵の為に四方に飛ばすキャスター。
表情は苦々しく、彼にしてもやはり面白い状況では無いようだ。
「あの野郎、滅多に弓なんざ使わねぇくせにこういう時だけ真っ当なアーチャーしやがって」
何やら弓兵への評価とは思えぬ言葉が飛び出たが、突っ込む余裕もないほどに皆疲弊している。
こちらの遠距離攻撃手段となると、キャスターかオルガマリーの魔術だが射程はせいぜい数メートル前後。だが、アーチャーのそれは遥かにそれを上回る。
反撃を試みようにも手札がそもそも無い上に、近づいて直接叩こうにも相手の居場所が解らない。控えめに言って最悪である。
「マシュ、何度も防いでたけど……大丈夫? 怪我とかしてない?」
「問題ありません。むしろ、狙いが先輩に集中していたので防ぎやすかったです」
「あ、あぁ……そうなんだ……ははは。ありがと、マシュ」
あんな威力の矢で自分が集中的に狙われていたのかと、改めて背筋が凍る。
逃げるのに必死で全く気付かなかったし、それを全部防ぎきってくれたマシュには一生頭が上がらないかもしれない。
本当にアーチャーがこれほど厄介だとは思わなかった。
「……いっそ、アーチャー無視とか駄目?」
ふと思いついた事を楓は口にする。
居場所も解らない敵に固執するより、無視して先にさっさと進んでしまうのも手ではないだろうかと。
「賛成したいのが本音だけど、無視するにしては厄介すぎるわよ。あ~……セイバーよりはまだやりやすいと思った私も馬鹿だったわ」
「アーチャーの野郎はセイバーのボディガード気取りだからな。セイバー狙いなら、アーチャーの相手は絶対に避けられねぇ」
横目でキャスターが見やるのは廃ビルの外に見える橋。冬木大橋と呼ばれる、このビル街と隣町にあたる住宅街を繋ぐ唯一の道だ。
「ついでに言えば、セイバーの居場所はあの橋の向こう側。柳洞寺って寺がある山の洞窟の中だ」
「橋の向こうって……あ~……確かに無視出来ない、ね」
楓も橋を見やり、自分が口にした案が非現実的な事であると理解する。
遮蔽物も一切無く、相応の距離がある橋の上をアーチャーの襲撃をかいくぐって走り抜けるのはどう考えても無理だ。
楓が諦め交じりの溜息をつく中、アストルフォは。
「じゃぁさ。橋の向こうまで飛んでっちゃえばいいんじゃない?」
と、あっさり言ってのけた。
「はぁ? 飛んでいくなんて何言ってんのよ……」
「ボクの宝具なら空飛べるよ?」
「……マジで?」
「マジだよ」
アストルフォが立ち上がり、ミニスカについた埃を手で払って、右手を空に掲げると虚空を裂いて一体の獣が出現した。
一見して馬のようでもあるが、その上半身はまるで鷲のようで翼も持った奇妙な四足歩行の獣。
「紹介しよう! これがボクの宝具にして相棒、ヒポグリフさ!」
「お、おぉ……」
ドヤ顔で胸を張るアストルフォに楓は小さく拍手を送り、確信する。
ヒポグリフの大きさ的に、三~四人は何とか乗れなくもないだろう。これなら全員で空を飛んで橋を超えていく事も可能かもしれない。
「ちょっ……そんな気軽に宝具出して……霧生の魔力消費考えなさいよ」
「平気だよ。真名解放しない限りは省エネだし」
「ん~……今のところ、そんなに負担感じませんし、大丈夫ですよ?」
実際、楓はさほどの負担を感じていない。
アストルフォを召喚した直後は、少しばかりの疲労と言うか何かが体から抜き取られたような感覚があったが今はそれも無い。
これに乗って飛んで移動するだけなら、さほどの問題は無いだろうと思える。
「それでも、よ。霧生は魔術師ですら無いんだから、迂闊な宝具の開帳は控えなさい」
「あれ……マスター、魔術師じゃなかったんだ?」
ちょっと意外、と言いたげな顔のアストルフォに楓は申し訳なさそうに頭を下げる。
「う、うん……実はそうなんだよね……」
「ふ~ん。でもま、呼んでくれたからには全力でキミの事を守るから安心してね!」
実にあっけらかんとしたその態度に、楓は逆に呆気にとられた。
英霊というからにはもっとこう、立派と言うか生真面目なのが来ると思っていたから、アストルフォのようなお気楽なのがいるなんて思ってもいなかった。
魔術師でも無い自分に呼ばれたとなれば、不満を覚えやしないかとも思ったが杞憂だったのかもしれない。
「で、どうする? ヒポグリフで飛んでっちゃう? 逃げるのでも、アーチャーと戦うのでも、ボクはマスターに従うよ」
楓は「あー……」と言葉を詰まらせ、考え込む。
正直言って、アーチャーの事は無視してしまいたいがキャスターの言葉通りなら絶対に戦いは避けられない相手。
なら、さっさと倒してしまうのもアリかと思うが肝心の居場所が解らないのであればどうしようもない。
「どうしよ……私個人としては無視しちゃいたいんだけど、セイバーだけ倒すって無理なんだよね?」
訴えるような目でキャスターを見る。
「あぁ。仮にここで無視したとしても、あの野郎は追ってくるぜ? さっきも言ったが、セイバーのボディガード気取りだからな」
そうなった場合、下手をすればセイバーとアーチャーの二騎を同時に相手にしなければならない。
完全に勝ち目が無くなるも同然の状況。それだけは避けた方が良いのは、戦いに関してド素人である楓でも解る。
だが、居場所すら解らないアーチャーとどう戦うかが問題だ。
「……戦うしか、ないって事ですよねぇ」
「当たり前でしょ! 全く、空を飛ぶにしたって……この人数を乗せて、アーチャーの攻撃避け続けられると思ってるの?」
オルガマリーの言う通り、この人数を乗せてアーチャーの攻撃を全て掻い潜って逃亡は現実的では無い。
何回かに分けて橋の向こう側とこっち側を往復してもらう、なんてのはもっとあり得ない。
どうするもなにも、最初から選択肢なんて無くないかと気づいたのは今更なような気がした。
「でも、どうやってアーチャー見つければ……まだ最初に撃ってきてた場所にいるかな……?」
「いないだろうな。何時までも同じ処に陣取る狙撃手はいねぇよ」
「そもそも、最初にいた場所からして解りません」
逃げるのは難しく、戦おうにも土俵に乗る事すら叶わない。
素人考えでは詰みなような気がすると、楓は頭を抱える。
「それって、どうしようも無くない……? あー、せめて向こうが攻撃してくれれば居場所解るかもしれないのになぁ」
「…………それだ。嬢ちゃん、名案だな」
「へ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべるキャスター。
楓がなんとなく感じた嫌な予感は、見事に的中するのであった。
廃墟の街。その大通りを楓やマシュと共に歩いていた。
表情は暗く、何時どこから来るか解らないアーチャーの攻撃に怯えながら進む楓を守るようマシュは盾を構えて、傍らに立つ。
「ったくもぉ……キャスターめぇ……」
涙目になり、口にするはキャスターへの恨み節。
確かにアーチャーが攻撃してくれれば居場所が解るかもとは言ったが、まさか囮をさせられる羽目になるなんて思ってもいなかった。
囮として攻撃を受けてこいなんて、よりにもよってなんで自分がと叫びたくなる。
「アーチャーの攻撃は、ほぼ先輩を狙っていましたから……」
「私が一番囮に向いてるって事ですか、そうですか……はぁ……これ、怪我したら保険効くかな……?」
「カルデアは福利厚生もバッチリなので恐らくは。ただ、怪我で済めば……ですが」
無事にカルデアに戻れたら、オルガマリーに頼んで賃金に色つけてもらおう。
密かにそう決意するのと、マシュがはるか上空より飛来する矢に気づいて楓を押し倒すのはほぼ同時であった。
「マスター、伏せて!」
「きゃぁぁっ!?」
押し倒される形でマシュに庇われ、降り注ぐ矢という名の爆撃は全て彼女の盾で防がれる。
二人の周囲は矢の直撃で抉るられるように吹き飛び、一撃防ぐ毎に衝撃が苦痛となってマシュを痛めつける。
「ぐっ……これは……っ!」
最初の爆撃の時よりも、明らかに矢の威力が上がっている。
以前の攻撃が単なる牽制だとすれば、これは本気。確実に自分達をここで仕留めんとする物だ。
決して防げないわけでは無いが、これを何発も受け続けるとなると話は別。あまり長くは持たないと、この一撃で察するには十分だった。
「マスター、立ってください! 移動します!」
「わ、わかった!」
マシュに促されるまま立ち上がり、楓は一目散に近くの廃ビルへと駆け込む。
建物の中なら、外から撃ってくるアーチャーもこちらを見失うかもと期待したが、それは壁を貫いて襲い来る矢の群れによって打ち砕かれた。
「ちょぉっ!?」
目の前を通りすぎた矢に驚き、尻もちをつく。
動きが止まった一瞬を狙うかのように楓を狙って飛来する数本の矢。すかさずマシュが防ぎ、楓を抱き上げてすぐ傍の部屋に転がり込む。
元々は何かの事務所でも入っていたのだろうと思われる室内には、デスクやソファー、ロッカー等がそのまま放置されていた。
無いよりはマシと、マシュは即座にデスクを蹴り飛ばして自分達が入ってきた出入り口を塞ぎ、楓を背にして盾を構え次の攻撃に備える。
「と、とりあえず……釣れた、かな?」
「えぇ。後はキャスターさんとアストルフォさんが、アーチャーの居場所を突き止めて強襲を掛けてくれるはずです」
「じゃぁ、あとはここに隠れてれば……」
「そうであれば嬉しいですが……っ!?」
やはりそうはいかないかと、自身に突き刺さるような殺気をマシュは感じ取り、直後に襲い来る無数の矢が二人を喰らわんとデスクや壁を容易く貫いて飛来。
壁や床が貫かれ、砕かれる音と楓の悲鳴を耳にしながら、雨あられと降り注ぐ矢を防ぐマシュに浮かぶのは苦悶の表情。
一撃一撃を防ぐ毎に威力が上がっている。防いだ先から移動など出来ず、踏み止まるのがやっと。
「ぐ、ぅ……っ!」
盾が砕けるのでは無いか、それよりも先に自分の腕が壊れるのではないかと思えるほどの衝撃が絶え間なく襲い来る。
自身を支える両足に力を入れ、決して膝をつき、倒れぬよう意思を込める。自分が倒れたら、後ろにいる楓を誰が守るのか。
彼女を守る為にも、この程度で負けてはいられないのだから。
「っ……ぅぁっ……ぁああっ!」
拷問のような矢の暴風雨が終わり、無残な有様となった部屋の中。耐えきったマシュは荒く息を吐きながら背後にいる楓を確認する。
全身を恐怖で震わせながら、頭を抱えて蹲っている。見たところ、怪我一つ無いようだ。
「はぁ……はぁ……ご無事、ですか……?」
「う、うん……ありがと……」
返事にホッとした瞬間、気が抜けたのかマシュは両足から崩れ落ちる。
咄嗟に楓が抱き抱えるが、彼女の顔は苦痛と疲労に歪んでいた。
ただ盾を構え、攻撃を防いでいただけだと言うのに、マシュの身にはどれだけの負担が掛かっていたのか、楓にはとても想像はつかない。
「マシュ!?」
「だ、大丈夫……です……」
「大丈夫って顔してないよ!」
ちょっと力を込めれば折れてしまいそうな程に細い腕で、身の丈程もある巨大な盾を振り回し、ビルの一室を見るも無残な光景に変えてしまう程の攻撃を長らく防ぎ続けたのだ。
いくらデミ・サーヴァントとして常人を遥かに超える力を持っているとしても、マシュの感じた苦痛は一目瞭然ではないか。
これ以上、彼女に盾役をしてもらう事は楓には出来そうにも無かった。
「とりあえず逃げよう! アストルフォ達がアーチャーと戦ってくれるんだし、私達……っていうか、マシュはもう休んでれば……」
「……いえ、どうやら……そんな暇は、無いようです……っ!」
マシュが楓の後方を睨みつけ、それにつられて自身でも確認をすると、砕けて消滅した壁の向こうから骸骨達の群れがゆっくりと迫ってきているではないか。
さっきまでのアーチャーの爆撃の音に釣られ、周囲にいたのが一斉に群がってきたのか。
確認できるだけでも数十体。その中に、人骨とは違う骨で組まれた異形の存在もある。
「な、何アレ……!?」
「竜牙兵、ですね……他のスケルトン達より、ほんのちょっとだけ強い個体と思えばいいかと……」
盾を支えに立ち上がり、マシュは楓と骸骨の群れの間に立つ。
「どこかに隠れてください……マスター」
楓の静止も聞かず、マシュは目の前の敵性存在へと立ち向かう。
全身を襲う疲労と苦痛に膝を折っている場合では無い。ここで自分がやらなければ、楓の身が危ないのだから。
20階以上はあろうビルの屋上に陣取っていたアーチャーは、黙々と矢を撃ち放っていた。
標的である盾の少女とそのマスターの位置はすでに掴んでいる。後はひたすら、ここから攻撃を繰り返しているだけで良い。
いずれ防ぎきれずにこちらが圧し勝つか、爆撃の音を聞きつけたスケルトン達に群がられるかのどちらかだ。
「……む?」
しかし、この優位は続かないかと悟った瞬間に遥か上空から叩き付けられる無数の魔力球。
後方に飛びのいてそれを回避し、即座に空へと目線を向ければ、そこにいるのは忌々しい見知った顔。
鷲と馬を合わせた獣にピンク髪の少女と共に跨り、空からこちらを狙うとはずいぶん姑息なと思いつつも、その可能性を考えなかった自分の浅はかさに苦笑する。
(やれやれ、調子に乗りすぎたな)
さっさと移動していれば良かったのに、ここから一方的に盾の少女を嬲る事に意識を向け過ぎていた。
セイバーに倒された後に浴びた泥のせいで、どうにも思考が雑というか、一種の狂化状態に陥ってしまった影響とでも言うべきだろうか。
今更何を言っても言い訳だなと脳裏に浮かんだ雑念を振り払い、アーチャーは屋上へと降り立った因縁の敵と真正面から睨み合う。
「あの二人が囮と気付かんとは、感が鈍ったか? らしくない事をしたせいだな」
「やれやれ……確かに、アーチャーらしい戦い方をしすぎたせいかもしれんな」
手の中の弓矢を消滅させ、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「だが、私を抑えたところであちらの二人も窮地には変わらんぞ? 今頃、スケルトンや竜牙兵共に襲われているころだろう」
「チッ……それも込みだったってわけかい。せっこい事しやがる」
忌々しげに吐き捨てるキャスターを尻目に、アストルフォは腰に下げた剣を引き抜いた。
マスターとマシュに危機が迫っているのなら、悠長にお喋りなどしていられない。
一刻も早く、アーチャーを倒して二人の下に駆けつけなければならないのだから。
「だったら、さっさとやっつけさせてもらうよ! サクッと倒して、マスター達を助けるからね!」
「サクッとか……こちらも意地はあるのでね。そう易々とやっつけられるわけにはいかんな」
アーチャーの両手に具現化するのはニ対の剣。弓兵だからと弓ばかり使うわけでは無いと言わんばかりにそれを構え、見せるのは不敵な笑み。
まるで、こちらの方が本来の得物だと言わんばかりの表情と構えだ。
「んじゃ、前衛は任せるぜライダー。オレは支援に回るからよ!」
「オッケー! それじゃ、シャルルマーニュ十二勇士アストルフォ! いざ尋常に勝負!」
「……真名バラすのかよ」
わざわざクラスで呼んだ自分の気遣いを一瞬で台無しにするとは。
理性が蒸発しているというのは伊達では無いと言う事か。
(……盾の嬢ちゃんの方に来てもらうべきだったか?)
一瞬そう思ったが、それだと楓の護衛を任せられる相手がいなくなる。
オルガマリーと違って、楓には自衛の手段が無いのだから誰か一人はサーヴァントがついていなければならない。
故に楓にはマシュをつけ、オルガマリーには一人で隠れてもらっている。自衛が出来る分、一人でも生き残れる確率は高いからだ。
スケルトン達に見つかっても、彼女なら――数で圧されない限りは――どうにでも出来るからだ。
(ま、今更考えても仕方ねぇか!)
さっさとアーチャーを片付けてしまえば良しという状況に変わりはない。
腰に携えた剣を引き抜き、アーチャーへと立ち向かうアストルフォの背を見ながら、キャスターも己の役割を果たさんと魔術を展開する。
今の自分の役目は、アーチャーを倒す事なのだから。
「てぇりゃぁあっ!」
「フン!」
アストルフォとアーチャーの剣が甲高い音を立て、火花を散らす。
激しい剣撃の応酬と言うより、アーチャーが余裕でアストルフォの剣を防いで反撃に転じ、慌てて回避した彼女が懲りずに立ち向かうという光景が繰り返されていた。
多少でも剣の心得がある者が見れば、アストルフォの刃はアーチャーには届かないだろうとすぐに理解できる光景。それは誰よりも本人が解っているはずだ。
それでもなお、何度も何度も馬鹿正直に斬りかかってくる相手に、アーチャーは忌々しく舌打ちをした。
(一対一なら、すぐに終わらせられるが……っ!?)
アストルフォを蹴り飛ばし、その反動を利用して後方へと飛び退けば、キャスターの放った魔術が雨あられと降り注ぐ。
ハッキリ言って、アストルフォは弱い。元々が武勇に優れた英霊と言う訳でも無い事もあり、アーチャーには宝具を使う暇も与えずに仕留める自信があった。
だが、それは一対一での話。後方から隙を伺って魔術を放ってくるキャスターの存在が、それを許さない。
(あちらを仕留めに掛かれば、その隙をつかれて私がやられるか)
あのキャスターとは不本意ながらも長い付き合い。互いの癖、性格はだいたい解っている。
にやついた表情が「遠距離からチマチマ攻撃される気分はどーよ?」と嗤っているようで、本当に忌々しい。
キャスターというクラスになっただけで、こうも嫌らしくなるのかと感心すら覚える。見慣れたランサーとしての彼はまだ色々な意味で解りやすい漢だったというのに。
(かといって、キャスターを仕留めにかかれば……)
「えぇぇや!」
何度も懲りずに突っ込んでくるアストルフォに、その隙をつかれかねない。
剣というか武芸その物に不向きなのか、その攻撃事態は大した脅威では無いが後先考えずに突っ込んでくるのは厄介だ。
あのキャスターは強敵。こちらも多少の消耗、ダメージは覚悟しなければ倒せない相手。
故にアストルフォの存在は邪魔。気の抜けない相手がいるのに、集中を乱しにかかる存在がいるというのは非常に鬱陶しい。
(だが、そう簡単には終わってやれんな!)
元より英霊としては大したことのない存在だと思っているし、誇れる物も持ってはいない。
だからといって、大人しく負けてやれるほど意地が無いわけでもないのだ。
双剣を交差させ、アストルフォの攻撃を受け止める。キャスターの援護は確かに厄介だが、それでも対応策はある。
「うわっ! んのぉ!」
アストルフォの攻撃を捌きながら、一気に間合いを詰める。
密着といっても良いほどに距離を詰め、剣のつばぜり合いへと持ち込みながら、アストルフォを自分とキャスターの間に立つように誘導。
これで、キャスターの魔術へのとりあえずの対策にはなる。味方であるアストルフォごと、魔術で燃やし尽くすなどと言う愚行を行うような英霊では無い事は知っている。
そこまで堕ちるような、誇り無き英霊では無いだろう。
「チッ!」
自分が心の中で煽っている事に気づいたのか、忌々しげな舌打ちが聞こえてくる。
問題はアストルフォをどうするか。このまま押し切って倒してしまうのは簡単、だと思っていたが意外と粘る。
直感か、それに近いスキルでも持っているのか致命的な攻撃はギリギリで防いでくる。
「うわっ! 危ないなっ、とぉ!」
首を斬り裂こうとした一撃を紙一重で避け、負けじと反撃を返してくるのは流石と言わざるを得ない。
英霊の座に招かれた存在である以上、そう簡単に倒されてはくれないという事か。
「簡単に終わらんのは、そちらも同じか……っ!」
「こっちは時間が無いんだ! そっちこそ、さっさと終わってくれないかな!?」
「悪いが、出来ない相談だ!」
アストルフォが振り下ろした剣を二刀で返し、彼女の手の中から弾き飛ばす。
一瞬の無防備を晒した相手へ、アーチャーはトドメを刺さんと剣を突き出そうとして、即座に突き出された一撃に目を見開く。
剣を持っていたのとは別の手に、いつの間にか出現させていた一本の馬上槍。それを反撃にと繰り出してきたのだ。
完全な不意打ち。だが、アーチャーはアストルフォを仕留めんとしていた一撃を即座に止め、槍を止める。
「ぐっ!?」
しかし、無理矢理な防御であった事に変わりはなく、体制を崩した上に大きく引き離されてしまった。
そんな好機をキャスターが見過ごすはずもない。即座に撃ち放たれた魔術を防ぐ事は流石に出来ず、アーチャーは無理な体制での回避を余儀なくされる。
咄嗟に両手の剣を投げつけ、二発分の魔術と相殺。残りはどうにか体をひねって避けるが、交わしきれずに脇腹を掠めていく。
「チッ……武勇に優れぬ相手と侮りすぎたか」
「いや、俺も正直ここまでやってくれるとは思わなかった。ライダー、お手柄だ」
「そんな事より、さっさとトドメ刺しちゃうよ!」
ヒポクリフを出現させ、その上に跨って馬上槍をアーチャーへ突きつける。
こうして会話する暇すら惜しいという事か。召喚されてまだ三時間程度の付き合いだというのに、随分とマスターに懐いた物だとキャスターは笑う。
サーヴァントに好かれるのは悪い事じゃない。楓本人はどう思うか解らないが、彼女はマスターとしてかなり良い物を持っているんだろう。
「そうだな。見ていて気持ちの良い面でもねぇし、さっさと始末するとしようか!」
指先でいくつもの文字を空中に刻み、一つ一つに必殺級の魔力を込める。
この攻撃で確実に仕留めてやるという意思を嫌でも感じさせるそれを目に、アーチャーは観念したかのように息を吐く。
しかし、キャスターは彼が口元に微かに浮かべた笑みを見逃さなかった。
「チッ……させるかよ!」
何かを企んでいるのか、単なるブラフか、どちらか判断はつかないが放置するのはどちらにしろ不味い。
即座に魔術を放つ。数発の魔力の塊がアーチャーへ吸い込まれるように飛んで行き、爆発がその身を包む。
爆発四散した瓦礫と魔力の残り香が風に乗って空へ舞い上がり、アストルフォとキャスターの足元にもひび割れという形でその威力の高さが表れる。
キャスターが杖を一振りすと風が巻き起こり、二人の視界を隠す煙が吹き飛ぶ。
「ありゃ……?」
開けた視界に見えたのは、キャスターの攻撃とは別の物で穿たれたであろう大穴。
ビルの中、覗きこんでみた限りではかなり下の階まで打ち抜かれているそれは、明らかにアーチャーが弓で足元を破壊した結果の物。
「アーチャーの野郎、逃げやがったか」
「え? やっつけれてないの?」
「俺の攻撃に紛れて、この穴から逃げたに違いない。ったく、最初っからこれが狙いかよ」
忌々しく穴を見やり、腹いせとばかりに足元の小さな瓦礫を蹴とばすキャスター。
「今から追いかけても無駄だな……いったん戻るぞ」
「追わないの? いや、ボクとしてはマスターとマシュ助けに行きたかったから有り難いけどさ」
「深追いは禁物ってな。それに、アーチャーの野郎も相応に深手を負ったはず……しばらくは仕掛けてこねぇよ」
キャスターはそう言って、アストルフォにヒポグリフの呼び出しを急かす。
次にあった時には確実にアーチャーを仕留める。そう、強く誓いながら。
「はぁ、はぁ……っ! たぁあああっ!」
マシュの盾が、もう何体目になるかも解らないスケルトンの体を粉砕する。
スケルトン一体一体は非常に弱い。だが、これだけの数が……覚えている限り、二十体以上倒しているのに全く減ったように見えない程に集まっていれば話は別だ。
それに加え、今のマシュはアーチャーの爆撃を防ぎ続けた疲労もある。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
両足は震え、表情は疲労で歪み、鎧から露出した二の腕や太ももには避けきれずに負ったダメージが痛々しい傷跡となっている。
今にも崩れ落ちそうな体を必死に盾で支え、スケルトンの群れを睨みつけるマシュ。その背中を見やる楓は、ただただ己の無力感を嫌と言う程味わっていた。
(私……私にも出来る事って……っ!?)
礼装に刻まれた支援魔術は、スケルトンの群れと戦いの中で使いきった。
竜牙兵もすでに二体撃破したが、群れの中にまだ存在を確認している。
マシュの言う通り、スケルトン達よりは強い個体だが、それでもどうにかなるレベルの敵ではあった。
だが、この数が相手では相当な脅威になりえるのだ。
(マシュはもう限界……このままじゃ……っ!)
彼女一人では残りの敵を倒しきるのも、自分を連れて離脱するのも不可能なのは素人目でも明らかだ。
アストルフォとキャスターはアーチャーと戦っているはずであり、オルガマリーもここへ駆けつけてくれるとは思えないし、来たところでどうにかなるわけでも無いだろう。
自然と、右手の甲に刻まれた令呪に視線を落とす。
(令呪を使う……? でも、どう使えば……?)
マシュを強化する、アストルフォを呼び戻す、いくつかの用途は浮かぶが実行に移す決断を下せない。
今も自分を守る為に無茶をしているマシュに更なる負担をかける事は出来ないし、アストルフォもキャスターと共にアーチャーと戦っている最中の筈だ。
楓の脳裏には、現状を打破する手札が思いつかない。
今の自分に、マシュを助ける術は何も無いのだ。
「くっ……ぁああっ!?」
「マシュっ!?」
遂に限界が来たのか、竜牙兵の一撃を受けたマシュが悲鳴と共に地面を転がる。
何とか起き上がろうとするが、積み重なったダメージと疲労のせいか動きは鈍い。
その間にも迫ってくるスケルトンの群れ。このままでは、成すすべなく飲み込まれて二人ともお終いだ。
「ひっ……っ!」
恐怖のあまり逃げ出したくなるが、視界の片隅に映るマシュの姿を見て踏み止まる。
荒く息を吐きながら、今も立ち上がろうとしている年下の少女を置いて逃げ出せるほど、薄情でも無かった。
必死に自分を守ってくれていた彼女を見捨てるというのなら、とっくにそうしている。
「っ……ぁっ!
「マシュ……マシュ!」
最早自力で立つ事も難しくなったのか、立ち上がれずに崩れ落ちるマシュへ駆け寄ってその体を抱き止める。
「マ、マスター……」
表情に浮かぶ疲労を通り越して苦痛にすら至っている色を見て、楓は己の無力さとここまで彼女一人に負担を掛けた事への責任を改めて思い知らされたような気がした。
年下で、自分よりも華奢な体格の少女に――いくらデミ・サーヴァントだからとはいえ――戦わせているのに、ろくな支援が出来ないのだから。
「っ……危ない!」
マシュの悲鳴にも似た叫び。見れば、すぐ傍にまで迫っていたスケルトンの一体が大きく剣を振りかぶっているではないか。
防ぐ事など楓には、今のマシュにも無理。避けるだけならば、マシュを見捨てさえすれば楓は不可能では無い。
しかし、その選択肢はない。逃げるのであれば、絶対にマシュと一緒で無ければならないのだから。
「えっ?」
それは、己の中にある恐怖と言う生命が持つ根源的な感情よりも強く優先された。
マシュが楓を突き飛ばそうと両腕に力を込めるよりも早く、その背中を斬り裂かれた激痛に悲鳴をあげるのは彼女が守ろうとしたその人。
「マ、スター……マスターァァッ!?」
「ぁ……ぐ、ぁ……ぁっ!」
楓自身、マシュを押し倒すように庇った事もあってさほど深く斬りつけられはしなかった。
だが、焼けつくような痛みは容赦なく少女の表情を苦悶に歪めて、庇われた側の少女も悲鳴のような声をあげる。
「あ、ぁぁぁっ!? なんで、なんで……マスターぁ……先輩っ!?」
絶対に守ると決めた少女が、自分を守って傷ついた。
背中に回した手が、楓の血で赤く染まる。自分の不甲斐無さを、責め立てるように。
逃げなければならない。逃げて、彼女の傷の手当てをしなければ。疲労でまともに動かない、なんて言い訳は言わせない。
マシュは楓を抱き抱え、ゆっくりと迫るスケルトン達からの逃走を図るが、やはり動きの鈍った体に怪我人を抱えては追いつかれてしまう。
何体かがマシュの背後に廻り込み、完全に取り囲まれた。
「ぁ……あっ!?」
死ぬ。自分のせいで自分が死ぬのはまだいいが、楓までもが死んでしまう。
それだけは、絶対に許容できない。
「や、めて……お願い……先輩だけは……先輩だけは!」
聞き届けられるはずの無い懇願。当然のように無視をするスケルトンと竜牙兵が一斉に二人へ飛び掛かる。
あと数秒もせずに、自分の不甲斐無さのせいで楓が無残に殺されるという現実を嫌でも認識させられる。
「やめ……やめてぇええっ!」
「
暴風のような音が響き渡り、二人を取り囲んでいた全ての敵性存在が消滅する。
なんて都合のよい、奇跡のような光景。それが現実に起きた出来事であるとマシュが認識するのと同時に二人の下へ駆け寄ってきたのは別行動を取っていた仲間だ。
「良かったぁ! ギリギリ間に合っ……ってぇ、マスターぁ!?」
マシュの腕に抱かれ、苦悶の表情を歪める楓を確認したアストルフォもまた悲鳴のような声をあげる。
彼を囲っていた巨大な笛は、あっという間に手のひらサイズにまで縮小されて、手早く腰のベルトへと下げられた。
その笛も、アストルフォの宝具の一つと言う事なのだろう。
「アストルフォさん! 先輩が、私のせいで……っ!?」
「わ、解ったから! とりあえずこれで傷口抑えよう!」
手早く自身のマントの一部を引きぎちって、楓の傷口に押し付ける。
治癒の魔術も使えない二人には、出来てもこれぐらいが限界だった。
「今、キャスターがしょちょーさん迎えに行ってるから、ボク達もそっちに合流しよう! ヒポグリフ呼んでくるから、待ってて!」
ビルの外に待機させている相棒を呼び寄せに駆け足で出ていくアストルフォを見送りながら、マシュは腕の中で小さく悲鳴をあげる楓に視線を落とす。
守ると決めたのに守れなかった。それどころか、逆に庇われて不要な怪我まで負わせてしまった。
盾の英霊、なんて名前をいただいておきながら情けない。今すぐにでも自害を命じられても仕方がないほどの失態。
「先輩……ごめんなさい……ごめんな、さい……っ!」
目尻に溜まる涙を堪え、消え入りそうな声で謝罪の言葉を繰り返す。
宝具も使えない、駄目なサーヴァントでごめんなさい。
守れなくてごめんなさい。
怪我させてごめんなさい。
彼女の中から、マスターを守りきると言う決意と僅かにあった自信が消え去った瞬間だった。
アーチャーとの戦いをどうするか悩んだりとか、バレンタイン周回とかで時間がかかりました すいません