Fate/Grand Order 私と彼女の物語 作:やまさんMK2
何度も震動する大地。嫌でも感じ取れる膨大な、ゾッとするほどに強大な魔力。
セイバーが宝具を、少なくとも二度は使用したのだろう。出なければ、これほどの魔力を感じ取れはしないはずだ。
あの洞窟からはそれなりに距離も離れているのに、それでも伝わってくる圧倒的な、暴力的ですらある力。
直接食らったわけでも無いのに、背筋に冷たいものが走るのをキャスターは感じていた。
「相変わらず、バカみてぇな魔力ぶっ放しやがるな」
一体、何をどうすればこれほどの魔力を得られるのかと呆れすら覚える。
他にも強い魔力を感じた事から、マシュも宝具を発動させたのだろうか……もしそうなら、幸運だ。
彼女の宝具は――自分の推測通りなら――セイバーに対する切り札になりえるだろう。
(あとは、アイツ等次第ってとこか)
アーチャーの相手を引き受けた時点で、マシュに全チップを賭けたのだ。
ならば、あとは彼女達を信じて自分の役目を果たす事に全力を尽くせばいい。
賭けに負けたなら、それはそれだ。
「さて、と……そろそろテメェとの喧嘩にも飽きてきたんだがな?」
大気を切り裂いて飛来する無数の矢を炎で迎撃し、アーチャーを睨みつける。
二人の魔術と矢の撃ち合いで、辛うじて本殿だと解る程度には原型をとどめていたそれは完全に吹き飛んでいた。
地面にはいくつものクレーターが出来上がり、周囲の木々は爆風でなぎ倒され、二人の撃ち合いがどれほどの物であったかを物語っている。
「くたばりぞこないのクセに、無理しやがって。そろそろ楽になったらどうよ?」
「そのくたばりそこないを、何時までも仕留めきれないキサマはなんなのかな?」
アーチャーの嫌味に舌打ちで返し、キャスターは彼の様子を窺う。
ビルの屋上で与えたダメージも相当の筈だが、ここまで持ちこたえたのは忌々しくも流石だと賞賛の一つも送りたくなる。
同時に、どれだけセイバーにご執心なのかと、どこまで彼女のボディガード気取りなのかと呆れも感じるが。
(だが、どっちみち限界も近いみたいだな)
それでも、もう長くは持たないだろうと確信する。
見た目からはそう思えないが、中身はボロボロ。今もああやって立ち、油断なくこちらを見据えているだけでも相当の激痛に襲われているはず。
一切それを表に出さない辺りは本当に我慢強いというか、この戦いを我慢大会か何かと勘違いしてないかと言いたくなるほどだ。
「まぁ、そろそろ決着といこうじゃねぇか。テメェもやせ我慢はいい加減にしんどいだろ?」
手の中で杖を回転させ、切っ先を突きつける。
同時に展開した数発の魔力弾を放出。一つ一つが意志を持つかのように独自の軌道を描いてアーチャーへと襲い掛かる。
アーチャーも矢を放ち、それらを次々に撃ち落としていくが蓄積したダメージは着実に彼を蝕んでいく。恐るべきは、それを決して表には出さない精神力か。
だが、表に出さなくてもそれらはアーチャーから体力を、集中力を着実に奪っていく。
「さぁて、コイツで終いといこうじゃねぇか!」
故に、キャスターは勝利を確信する。
僅かに落ちたアーチャーの矢を放つ速度。それを見逃す事無く、両足に魔力を集中させて、解き放つ。
魔力を噴射しての加速で、文字通りロケットの如く突貫するキャスター。自ら間合いを詰めてくる彼に意表を突かれながらも、冷静にアーチャーは矢を構えるが……。
「おせぇ!」
予め魔力を込めていたキャスターの杖が、その心臓を貫くのを防ぐことは叶わなかった。
蓄積していたダメージはアーチャーの動きすら鈍らせ、迎撃を不可避にしていた。もしも弓ではなく双剣を使用していれば、とも思ったが結果は変わるまい。
それでも、弓を使うよりはまともに戦えたかもしれない。そんな、今更過ぎる後悔をほんのわずかに抱きながら、アーチャーは消滅した。
「その心臓、確かに貰い受けたぞ……アーチャー」
宿敵の消滅を見届け、キャスターは洞窟へと歩を進める。
恐らく賭けには勝っているだろうと、直感的に感じ取りながら。
目の前で起きた光景に、オルガマリーは我が目を疑った。
セイバーの宝具、エクスカリバーの名を聞いた瞬間に彼女を襲ったのはかつてないほどの絶望感。
エクスカリバーといえば、かの有名なアーサー王の持つ聖剣。恐らく、セイバーのサーヴァントとして呼べる英霊としては最高位に位置する存在。
何らかの影響で本来の輝きが黒く染まり、暴力的な物となっているがそれでも最高レベルの聖剣である事に変わりはない。
その直撃に、一発だけでもマシュが耐えきった事が奇跡に等しい。
「何なのよ……あの宝具……」
だというのに、今まさに発動したマシュの宝具がその漆黒の聖剣を弾き返したのだ。
エクスカリバーに耐えきるだけでなく、弾き返すとはどんな宝具なのか。彼女は一体、どんな英霊と融合したというのか。
そして、間違いなく宝具を発動させるきっかけとなった魔術師でもない単なる一般人だったはずの補欠マスター候補生。
(……マシュがなんか懐いてるな、とは思ってたけど)
二人が交わしていた言葉までは聞き取れなかったが、楓の行動が、その存在がマシュの宝具覚醒の一因になった事は間違いない。
仮に自分がマシュのマスターになっていたとしても――カルデアでコールドスリープ中であろう他のマスター候補生であろうとも――きっと、宝具を目覚めさせるには至らない。
そんな確信めいた物を、オルガマリーは確かに感じていた。
「はぁ……全くもう、見せつけてくれちゃって」
二人で肩を支え合う様を見せつけられ、呆れたようにため息をつく。
全くどこのバカップルだと言いたくなるのを堪え、二人の元へ足を進めようとして、気がついた。
「な、ぁ……っ!?」
跳ね返された自らの宝具に飲み込まれた黒騎士が、ゆっくりとその姿を現したのだ。
流石に無傷とはいかなかったのか、鎧は所々砕け、若干足もふらついている。だが、消耗しきったマシュでは相手をするのは無理だろう。
もうこれはどうしようもない。オルガマリーを絶望が支配しようとした時、視界の片隅から飛び出す影があった。
楓が召喚した、もう一騎のサーヴァントだ。
「二人共、後は任せて!」
サーヴァント、アストルフォは言うが早いかヒポクリフを呼び出し、その背へ飛び乗った。
自身が所有する四つの宝具。そのうち三つではどうやってもセイバー相手に致命的なダメージは期待できないが、今から発動する物であれば別だ。
全快の時ならばともかく、自らの宝具を跳ね返されて手傷を負った今ならば避けられる可能性もそう高くはない。そも、マシュにばかり無茶を押し付けるなど出来ようはずもない。
出会って数時間程度ではあるが、彼女は仲間なのだ。共に助け合うのは、彼女が頑張った分、自分も頑張るのは当然の事。
「いっくぞぉ!」
セイバーもこちらに気づき、目の前のマシュよりも遥かに脅威だと判断したのか、剣を構えて魔力を放出。
刃に纏わせた膨大な魔力。それをそのまま斬撃として、力任せに放ってくる。
それを避けようとせず、アストルフォを乗せる幻馬は速度を落とすことなく、まるで風を切り裂きながら目標へ直進する銃弾のように突撃。
真っ向から受ければ両断される事は間違いない魔力の斬撃。明確な死を自身に与えるであろうそれに対し、アストルフォは笑みを浮かべて。
「
相棒たる幻馬の、宝具としての真の名を告げた。
「!?」
瞬間、アストルフォとヒポクリフの姿が消え去った。
目の錯覚では無く、本当にその場から消え去った事にセイバーが驚愕し、その意味を理解したのと主を背に乗せた幻馬が再度姿を見せたのは同時。
一瞬で斬撃を避け、セイバーの眼前へと迫った幻馬は一切速度を落とすことなく、鷲のそれのような前足で黒騎士の両腕を掴むとそのまま空中へと上昇。
そうしてまた、姿を消したかと思えば一瞬で洞窟の天井付近へと移動していた。
「あれは……空間跳躍」
ヒポクリフとは、グリフォンと雌馬の間に生まれるという本来あり得る筈のない存在。
故に真名を解放すれば幻の、非実在の存在としての認識を高めて、この世界から完全消滅という形で異なる次元へと移動する事が可能なのだ。
そこを実在する乗り手、アストルフォが元の世界へ引っ張り上げる事で帰還する。これを繰り返す事で、空間跳躍という芸当をこなしている。
加えて、その速度。オルガマリーの見立てではレース用の車並であろうそれは一切衰えない。一度捉えた相手に反撃など許す暇は与えない。
「いっけぇええええ!」
そして、天井から地面へと空間跳躍を繰り返しながらの急降下。
音の壁を突破するほどの勢いでセイバーを叩き付け、その衝撃で楓とマシュは悲鳴交じりに地面を転がってしまう有様だ。
距離を置いていたオルガマリーも踏ん張らねば尻もちをつきかねない程のそれの後、空間跳躍を持ってアストルフォと愛馬は楓の傍へと姿を現した。
「美味しいところは貰っちゃったけど、別に良いよね?」
「え、えぇ……私も限界でしたので」
やはり、本物の英霊は違うとマシュは感じた。
真名を解放した宝具の破壊力をその身で受け、今もこうして間近で見やり、自分では足元にも及ばない存在なのだと実感する。
それでもと、楓の協力を得て遂に発動した自分の宝具たる盾に視線を移す。この盾で、確かに楓を守りきってセイバーの剣を防ぎ切った事に違いはない。
ほんの少しでも、楓の力になれた。この盾があれば、きっとこれからも彼女の役に立てると思うと、不思議と心が躍る。
「あ、あのぉ……そろそろ、私、も……限界……なんです……けど……」
その一方で、凄まじい間での消耗に襲われている楓であった。
これが宝具開帳による魔力消費。サーヴァントを使役する負担であり、ろくな支援も出来ない自分もに出来る事であると理解しているが、それはそれとしてかなり辛い。
ちょっと眠いどころの話ではなく、このまま瞼を閉じれば永遠に目覚めないのでは無いかと思えてしまう程だ。
「アストルフォ! アンタ、いつまで宝具展開してるの!?」
「えっ……ああ! ボクのせいだ! ごめん、マスター!」
オルガマリーの怒声で、ハッと我に返ったアストルフォはヒポクリフを解除。未使用時の槍のように、魔力として四散させる。
真名解放すれば切り札にもなりえる自身の最強宝具であるが、一度解放すると膨大な魔力消費を強いるという欠点がある。
セイバーへの――まず間違いなく致命傷足りえる――攻撃を見まい、その余韻に浸ってしまって、楓への負担を失念していた。
勝つのは難しいどころか、負けるだろうなと思っていた相手だったのだから、余韻に浸ってしまった事自体は仕方ない……なんて事は無いだろう。
「先輩、大丈夫ですか……?」
「う、うん……ちょっと、というかかなり全身怠いけど」
全身を襲う疲労。だが、マシュやアストルフォはこれ以上の負担を受けていたのだから、こんな事でこれ以上弱音を吐くわけにはいかない。
肩を貸してくれるマシュに、素直に頼って倒れそうになる体を支えてもらう。
「全く……マシュは宝具を発動させたというのに、肝心のマスターがこれじゃねぇ」
呆れたようにため息をつき、オルガマリーは楓を見やる。
ろくな魔術一つ使えない、ついこの間まで一般学生だったこの少女がレイシフトに成功したただ一人のマスターと聞いた時は絶望すら覚えたが、こうして結果を残したことは認めなければならない。
実際、理由は解らないがマシュは彼女に信を置いている。アストルフォも――何も考えてないのかもしれないが――楓をマスターとして立てている。
魔術師としてはともかく、マスターとしては悪くない、のかもしれないがまだまだだろう。
「ところでマシュ。あなた、宝具を発動させたけれど……」
オルガマリーの意を察したのか、マシュは申し訳なさそうに首を横に振る。
「いえ、宝具は発動させましたが……宝具も、私と融合した英霊の真名の把握には」
「そう……真名は解らなかったけど、発動させたって事ね」
つまり、マシュの楓を守ろうとする純粋な心に反応して発動したという事か。
まるで御伽噺のような展開じゃないか。そんな事で、英霊の証たる宝具が発動したなんてありなのかと言いたくなる。
しかし、実際に発動させたのは目の前で起きた現実だ。
「全く、そんな御伽噺みたいな事をホントにやってのけるなんて……呆れるを通り越して感心するというか」
色々と認めたくない事が起きているが、実際にこの眼で見たのだから認めるしかない。
こうなれば、カルデアに帰還した後の楓の処遇も色々考えなければならない。とりあえず、本格的に魔術を学ばせるところからだろうか。
他のマスター候補生達が動かせないであろう事を考えると、楓には色々とやってもらう事になる。
(癪だけど、弟子にでもするしかないかしら)
脳内で今後の楓の処遇を考えつつ、マシュの持つ盾へ視線を移す。
宝具として発動させられるようになったのは良いが、具体的にどういう物で使っていた英霊も未だ不明。
不安要素は付きまとうが、それはこの際仕方ない。使えないよりはマシだと割り切って、今必要なのは。
「ところでマシュ……貴女の宝具、真名不明のままってのも不便だし、何か適当な名前つけてあげないとね」
「名前、ですか」
「えぇ。霊基を起動させる呪文って意味でもあった方がとかいいでしょう。そうね……
「ぁ……はい! ありがとうございます!」
疑似的な物とはいえ、名前がついた事が嬉しいのかマシュは笑みを浮かべて盾に手を添える。
そんな様子を微笑ましく思いながら見やる楓。オルガマリーも軽く息を吐く。
「ともかく、セイバーはこれで倒せ……っ!?」
洞窟内に、静かな金属音が響く。その方向へ顔を向けると、土煙の中からゆっくりと黒衣の騎士が姿を見せているではないか。
鎧は砕け、その下の黒いドレスも破けて白い肌が露出しているが、威厳すら感じさせる立ち姿は健在。
アストルフォの一撃にも耐えきったというのかと、オルガマリーは怯え、マシュは限界などとっくに超えている体を推して楓を守る為に盾を取る。
「いや、心配ないと思うよ?」
そんな皆の警戒を、アストルフォはあっけらかんとした声で否定した。
「はぁ!? 何を言ってるの!?」
「……いえ、アストルフォさんの言う通り、のようです」
よく見ると、セイバーの体は足元から光の粒子となって消滅を始めていた。
自身の宝具を跳ね返され、更にヒポグリフによる攻撃を受けたのは彼女にとっても耐えきれる物ではなかったという事だったようだ。
「……私の負けか」
小声で呟きながら、自虐的に嗤うセイバー。消滅を前に悪足掻きなどと言う無様は晒さぬと、その手から黒き聖剣も消滅させる。
先ほどまでの敵意に満ち溢れた表情は消え失せ、穏やかな視線でマシュを見やる。
「……自らのマスターを守ろうと、共にあろうとする純粋な心に応えたか。アイツらしい」
加えて、マスター自身もその隣で共にあったのだ。ただ独りで全てをなそうとしたした自分が負けるのは道理という物。
ヒポグリフを避けられなかったのも、純粋に自分の力不足。結局のところ、彼女達を侮っていたのだろう。
「こっちも終わってたか。やるじゃねぇか、お前ら」
声と共にキャスターが姿を見せる。やはり、彼の指先も光の粒子となって消え去ろうとしていた。
「俺の退去が始まってたから、もしやと思ったが……やるじゃねぇか」
彼女達は見込み通り。いや、それ以上のマスターとサーヴァントだったかもしれない。
何にせよ、これでこの狂った聖杯戦争も終わるのだ。後は後腐れなく消えていくだけだ。
「結局、どう運命が変わろうとも……私独りではこれが限界だったという事だな」
「あん?」
しかし、セイバーの漏らした言葉がそれを否定する。
今の発言は、まるでこの聖杯戦争を何度も繰り返してきたかと言っているような……。
「おい、テメェ……それはどういう意味だ!?」
「いずれアナタも知るだろう、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、始まったばかりだと」
そう言い残し、セイバーは光の粒子となって消滅する。
キャスターはまだ何か聞きたかったようだが、問うべき相手はすでにおらず、自身もまた消滅しようとしている。
最早、セイバーの残した言葉の意味を考える暇もない。となると、最後にやるべきは彼女達を称える事だ。
「ここまでか……ま、ご苦労さん。お前らのお陰で、このおかしな聖杯戦争は無事終了だ」
杖を肩に担ぎ、笑みを浮かべて楓とマシュを見やる。
「じゃぁな、勇敢な嬢ちゃん達。もし、俺を召喚する機会があったら……そん時はランサーで呼んでくれ」
そうして、キャスターもまた消滅した。
残された四人の緊張が解けるまでほんの少しの時間を必要とし、やがて全身を襲う疲労に耐えきれなくなったマシュが膝から崩れ落ち、楓が咄嗟にそれを抱き止める。
必死に気を張っていた彼女の表情は疲労と苦悶に歪み、全身から冷や汗を滲ませた様は、どれだけの苦痛に耐えていたのかを嫌でも理解させた。
「マシュ、お疲れ様。ありがとうね」
「先輩……すいません。最後の最後で」
「気にしないの。私よりマシュの方が大変だったんだから、こういう時ぐらい……っ!」
マシュの体を抱き寄せて、自身を支えにしてなんとか立ち上がらせる。
「先輩を頼りなさいって、ね?」
「ぁ……は、はい。あ、あの……もう大丈夫ですから」
「駄目。黙って私に体を預けて休みなさい」
抱き寄せられた事に戸惑ったのか、頬を赤らめ離れようとするマシュを楓は離さず、半ば無理矢理に彼女の手を自分の肩へ回す。
この特異点に来てから、ずっと彼女に負担を掛け続けていたのだからこれぐらいはしなければ、先輩と呼ばれている手前、格好がつかない。
マシュの汗ばんだ肌、まだ若干荒い息遣いがその鎧姿と相まって同性であっても動揺を覚えるレベルではあるが、そこはどうにか抑え込むだけである。
「うんうん。マシュが一番頑張ったんだし、それぐらいは許されるって」
アストルフォの言葉もあり、ついに観念したのかマシュも小さく頷き、楓に体を預けた。
ただそれだけの事なのに、不思議と心が安らぐ。ただ休んでいるよりも、心身の回復が大きく感じるのは何故だろうか。
ここが特異点で無ければ、このまま眠りについてしまいそうな程だ。
『セイバーの撃破おめでとう。そこだと映像がつながらないみたいで、喜んでる君達を見られないのは残念だけど』
端末から聞こえてくるロマニの声も上機嫌。こちらの帰還準備を進めるとの声と同時に、彼と共に忙しく動き回るスタッフ達の声も聞こえてくる。
これでようやく帰れるんだと、深く息を吐く楓。一つ気になるのは、一人だけ浮かない顔をして何やら考え込んでいる様子のオルガマリーだ。
「……所長?」
「グランドオーダー……なんでセイバーがそれ知ってるの……?」
「あのぉ……所長? どうかしました?」
「ん……いえ、なんでもないわ」
自身の顔を覗き込んでくる楓に気づき、オルガマリーは軽く頭を振る。
セイバーの残した言葉は気になるが、今ここで考えても仕方がない。これ以上の頭脳労働は、カルデアに帰還した後やればいい。
帰った後も今回の事後処理や、楓やマシュの今後も整えねばならないのだから、落ち着けるのは当分先になるだろうが。
「とりあえず、お疲れ様。カルデアに帰ったら、二人は休みなさい。面倒事は私の方でやるから……ロマニ、早く私達の帰還を」
『了解。ちょっとだけ待っててくれ』
ロマニの返答を聞き、ふぅと溜息をつく。
ともかくこれで帰れるのだ。難しい事は、カルデアに帰ってから考えればいい。
楓達も消耗しているのだから、今必要なのは一刻も早い休息なのだ。
「いや、素晴らしい。まさかセイバーを打倒するとはね」
そんな空気に似つかわしくない、嫌味を含んだ声と白々しいまでの拍手が洞窟に鳴り響く。
何事かと顔をあげれば、最初にセイバーが陣取っていた祭壇の上に一人の男の姿があった。緑色のコートとシルクハットに身を包んだ、中年の男性だ。
いかにも人が良さそうな笑みを浮かべた――というよりも張り付けた――彼の顔を見やり、オルガマリーの顔が喜びに変る。
「レフ!」
楓も彼の顔と名前には覚えがあった。カルデアに来た時、マシュの次に出会った人物だからだ。
カルデア職員の中でも重要なポジションにいるらしいという事しか楓は知らないが、オルガマリーの喜びようを見れば彼女がどれだけ信頼を置いているのかは解る。
管制室の爆発に巻き込まれ、死んだと思われていたが自分達のようにレイシフトに巻き込まれていたという事だろうか。
ともあれ、一応は知った顔と再会出来て楓の顔にも少し安心の表情が浮かび……視界の隅、アストルフォの顔が強張っている事に気が付いた。
「レフ、生きてたのね!」
「ダメだ所長さん!」
喜びのあまり、彼の元へ駆け寄ろうとする彼女の腕をアストルフォが咄嗟に掴む。
「なっ!? ちょ、何するのよ!? レフが生きてたのよ!」
「近づかない方が良い……なんか、アイツはヤバい気がする……」
そう言いながらオルガマリーを力任せに自分の後方へ引き寄せ、横目でマシュにも問う。
あの男から何か言い様の無い気配を感じないか。それを察したマシュもレフを改めて見やり、感じ取ったのは悪寒。
反射的に楓を下がらせ、盾を構えて前に出る。アストルフォもオルガマリーを半ば投げ飛ばすように楓へ預け、槍を構えてマシュの隣に立った。
「えっ……ちょ、二人とも!?」
「何してるの!? マシュ、彼が誰なのか解ってるでしょ!?」
「解ってますが……あれは、ホントにレフ教授ですか……?」
「……は?」
マシュの言葉に呆気にとられるオルガマリー。そんな彼女の様子が可笑しいのか、レフは口元を歪に歪めて嗤う。
「ふっ……ククク! 流石はデミ・サーヴァント……そして真っ当な英霊だ。私が普通の人間ではない事を感じ取ったかね」
「ぇ……レ、レフ?」
「君もしぶとい女だな、オルガ。爆弾は君の足元に仕掛けてあったというのに、肉体を失ってもまだ存在しているとは」
「……は?」
レフの言葉に、オルガマリーの顔から感情が消える。
一体何を言っているのか理解できない。
爆弾を仕掛けた?
私の足元に?
もう肉体が無い?
一体、レフは何を言っているのだろうか。冗談にしても性質が悪すぎる。
「そもそも、マスター適正もレイシフト適性も無いお前がこの場にいるというのも変だと思わなかったのか? 肉体という枷を失った事で望んでいた適性を得たが、それも一時的な物だ」
オルガマリーの呆然とした様子にもう我慢しきれんとばかりに、笑いを堪えながらレフは続ける。
「つまり、お前はとっくに死んでるんだよ! カルデアに戻っても、その魂の入れ物たる肉体は無い! いや、肉片程度なら残っているかもしれんが……どの道、帰還したところでお前を待っているのは完全な死だよ」
「し……死んでる……? 私が……? レフ、何を言って……?」
「現実を理解できないかね? まぁ、いい。今更理解したところで、どうにもならん」
レフが指を鳴らすと同時に、彼の背後の空間が歪む。その奥から姿を現すのは、オルガマリーやマシュにとってすでに見慣れた巨大な装置。
楓にもうっすらと覚えはある。カルデア管制室の中央に浮かんでいた、巨大な球体型の装置だ。地球儀のように地球全体が映像として映し出されていたそれは炎に包まれたかのように真っ赤に燃えていた。
それがどういう意味なのか彼女には解らないが、オルガマリーやマシュの顔を見ればとにかく不味い状況なのは理解できる。
「嘘……カルデアスがあんなに……ただの虚像でしょ!?」
「これは今まさに起きている現実だ。解りやすいように空間を繋げてやったのさ。聖杯さえあれば、この程度の事は造作も無い」
そういう彼の手の上に浮かぶのは、金色の杯。一目見ただけで、それが持つ異常なまでの魔力が感じ取れる聖遺物。
手にした物の願いを叶えるという万能の願望機。本物の聖杯なのだと、直感的にその場にいた誰もが理解した。
「さぁ、よく見るがいいアニムスフィアの末裔。お前達の愚行の末路をな」
レフが腕を軽く振る。それを合図に何らかの魔術が起動したのか、オルガマリーの体がゆっくりと宙へ浮かぶ。
そうして、ゆっくりとレフの……彼の背後に見えるカルデアスへと引き寄せられていく。
「な、何!? 何をしているの、レフ!?」
「君との付き合いも長いからね。せめてもの情けとして、君の宝物であるカルデアスに触れると良い……ブラックホールか太陽とそう変わらないソレに人間が降れれば、分子レベルで分解される。永遠に死の瞬間が引き伸ばされるだろうが……まぁ、気にするな」
淡々と残酷に告げるレフ。その顔に張り付けられた笑みが本物だとようやく理解し、オルガマリーの口から洩れるのは悲鳴。
「いや、いやぁ! 助けて、誰かぁ!」
「あ……っ! アストルフォ!」
「言われなくても!」
楓の指示より早く、ヒポクリフを呼び出したアストルフォが空を駆けてオルガマリーの元へと向かう。
目の前で行われようとしている非道を黙ってみていられるような性格ではないと、アストルフォの伸ばした手がオルガマリーを掴む。
だが、それはレフの一睨みで徒労と化した。
魔術ですらない。ただ、魔力を放出しただけの衝撃波でヒポグリフごとアストルフォ。そして、地上にいた楓とマシュも悲鳴と共に吹き飛ばされる。
「うわぁっ!?」
「きゃ、ぁああっ!」
全身に叩き付けられた衝撃。ヒポクリフは消滅し、三者はそれぞれ無様に地面へ転がり落ちる。
ただの魔力放出。レフが行ったのはそれだけであったが、その力を見せつけるには十分すぎた。
マシュもアストルフォも理解したのだ。レフの力は、苦戦の末に倒したセイバーよりも遥かに上なのだと。
「いやぁあああああああああああああああっ! ぁ、あ……ぁ………」
オルガマリーがカルデアスに吸い込まれ、悲鳴が途切れたのもそのすぐ後だった。
これ以上ないぐらい、あっさりと、彼女の命が消滅する。呆気ない、そんな感想すら抱いてしまう程に。
「所長……っ! レフ教授、アナタは一体?」
「ふん。では、改めて自己紹介をしよう」
わざとらしく、深々とお辞儀をしながらレフは続ける。
「私はレフ・ライノール・フラウロス。キサマ達人類を処理するために遣わされた、2016年の担当者だ」
「処理……? 担当者……? な、何訳わかんない事言って……!?」
「簡単な話だ。キサマ達に最早未来など存在しない。2016年より先の未来は消滅したのではなく、焼失したのだ。我らが王の寵愛を失ったが故に、キサマら人類の未来は永遠に失われた! キサマ等の時代は、すでに存在しない!」
その高らかで、誇らしげですらある宣言。
彼の眼は狂気に染まり、己の言葉に……いや、彼が言うところの王たる存在に陶酔しているようであった。
『……外部との連絡が取れないのは通信の故障ではなく、そもそも通信を受け取る相手がすでにいなかった。そういう事か』
「その声はロマニか。やはり賢しいな……真っ先に始末できなかったのが悔やまれるよ。最も、それも虚しい抵抗にすぎない。どのみち、カルデア内での時間が2016年を過ぎれば、そこも完全に消滅だ。紙屑のようにな!」
再びレフが手をあげると、祭壇の奥から何かが彼の手の中へ飛来する。
金色に輝くそれからは楓でも感じ取れるほどの圧倒的な魔力が溢れていた。
「聖杯……」
アストルフォの呟きが妙に響く。
「これさえあれば、最早ここに用はない。では、さらばだ。このまま崩壊に飲まれるがいい」
そう言い残し、歪んだ笑みを浮かべてレフは転移魔術で姿を消した。
彼の言葉が引き金になったのか、それとも聖杯を持ち去ったせいなのか、大空洞が激しい振動に襲われ崩壊を開始。
天井が崩れ落ち、大小様々な岩が落下し始める。
「っ! ドクター、ここはもう持ちません! 至急レイシフトを!」
『今やってる! けどごめん! ギリギリでそっちの崩壊が早いかもだ! なんとか耐えてくれ!』
「そんな無責任なぁ!?」
咄嗟に盾で楓を庇うマシュと、ロマニから帰ってきた言葉に思わず悲鳴をあげるアストルフォ。
盾の下で轟音と共に落下してくる岩に怯えながら、楓はマシュの手を握りしめ……その感触と共に視界は暗転した。
意識が戻った時、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井。
そして、視界の隅で蹲る白い小動物だった。
「……あれ?」
ここはどこなのか。記憶の中から手繰り寄せ、カルデアの……案内された自室だと気が付くのに少し時間がかかった。
確か、自分は洞窟の崩落に巻き込まれたはずだ。マシュやアストルフォが自分を庇ってくれて……。
「っ! そうだ、マシュ!」
ベットから飛び降り、その時にベットの上から転げ落ちた小動物。フォウが抗議の声をあげたが楓は気付かない。
一体どこにいるのか見当もつかないが、とりあえず管制室に行けば誰かはいるだろう。そう考え、部屋を飛び出そうとした時であった。
「あ、目が覚めたんですね。先輩」
扉が開き、マシュがその顔を見せたのだ。
初めて会った時のように眼鏡をかけ、カルデアの制服に身を包んだ姿。ホッと一安心すると同時に、思わず楓はマシュに抱き着いていた。
「マシュ! 良かったぁ……っ!」
「へっ!? あ、あの……」
マシュは赤面し、戸惑ったような声をあげるが楓に抱擁されているのは嫌ではないのか、自然と自らの両腕を彼女の背に回していた。
お互いに生きて帰ってこれたという安心感をようやく実感できた。腕の中にいる相手の鼓動が伝わってくるようで、何とも言えない安らぎを感じる。
楓もマシュがいる事に、自分でも驚くほどに安らぎを覚える。こんな自分を必死に守ってくれた彼女に、改めて礼を伝えなければと顔をあげて……。
「「………オホン」」
何やら、温かいような冷たいような、そんな視線を向けているロマニとアストルフォと目が合った。
「酷いなぁ、マスター。ボクの事、忘れてたでしょ」
「ア、アハハハ……ゴメン」
気まずそうにアストルフォから目を逸らす。
マシュも楓から離れ、照れくさそうに顔を伏せている。その様子を微笑ましくみやりながら、すぐに険しい表情になったロマニが口を開いた。
「まずは生還おめでとう。君達のおかげで、カルデアはなんとか救われたよ。所長については、残念だったけど……だからといって、足を止める訳にはいかない」
ロマニの話によれば、冬木の特異点は消滅。だが、それに代わって新たな特異点が七つ観測されたという。
冬木のそれとは比べ物にならない程の時空の乱れ。レフのいう人理焼却を防ぐ為には七つの特異点全てをどうにかしなければならないという事だ。
だが、特異点にレイシフト出来るマスターは楓以外全員凍結。戦力として数えられるサーヴァントはマシュとアストルフォのみ。
ここまで言われれば、嫌でも解る。
「この状況で言うのは、強制同然だと解っているけど……」
七つ全ての特異点を修正して、人類を救うという大仕事を引き受けてくれ。
一応お願いという形にはなっているが、本人の言う通り強制な上に仮にそうでなくても拒否権は無い。
ここで「嫌です」と言ってしまえばそれまで。自分の一言で全人類滅亡が決定してしまう。
(これ、断れないやつじゃん……)
そんな重たすぎる物を嫌でも背負わせようというのか。怒りが全くわかないといえば嘘になるが、やらなければどうしようもないと理解も出来る。
それにと、隣に立つマシュを見やる。不安は隠しきれていないが、それでも楓を信じていますと言わんばかりの表情。そんな顔をされるとどうにも断りにくい。
一方的に滅亡を告げられた事にも正直腹は立つ。まだまだやりたい事は山ほどあるのだから、それも出来ないまま、こんな山奥の研究施設で死ぬのを待つだけなんて、どう考えても受け入れられない。
「……解りました。やりますよ」
半ば諦めたような、それでいて最後までやり通してみるかと決意に満ちた声で返答する。
こうして、彼女達の物語は始まった。
復活しました
これからもマイペースに行きます