Fate/Grand Order 私と彼女の物語 作:やまさんMK2
単なる長期間のアルバイト。そんな感覚でカルデアを訪れた時は、こんな大事になるだなんて思ってもいなかった。想像すら不可能だろう……人理修復。早い話が全人類の滅亡 阻止という、とんでもない規模の案件に巻き込まれてしまうだなんて。
「はぁ……」
全身に叩き付けられる熱めのシャワー。友人達からも――嫉妬交じりに――褒められる彼女の体のラインにそって流れ落ちていくそれに体を預けて、楓は湯気で曇ったバスミラーを手でふき取り……そこに映った自分の顔を見る。
「うわ……酷い顔」
自分でも解るぐらいに表情は暗い。こんな顔で、誰かの前に出る事などできはしない。
レイシフトする前に、人員やら何やらがゴタゴタしている組織内部を色々整理整頓しないといけないからと命じられた待機命令。すぐに行かされると思っていただけに拍子抜けといえば拍子抜けだが、こうして落ち着ける時間があるのはありがたい。
実際のところ、何割かは自分に落ち着いて頭の中を整理する時間を与えるのもあったのかなと楓は思う。
(……ここ以外、全部無くなっちゃったんだよね)
カルデアの外は燃え尽きて、最早存在しない。
廊下から覗けるはずの外部の景色――普段も猛吹雪ばかりでろくに見えないそうだが――はまるで夜のように真っ暗で何も見えない。生き残った職員が何人か志願して外部に出たが未だに帰還せず、連絡もない。
外部との連絡も一切不通。本当に、カルデア以外の場所は無くなってしまったようだというのが結論だった。
楓も駄目元で実家に連絡を取ってみたが、返ってくるのは一切の雑音すらない……無その物。
つまり、死んだという事だろう。人も世界も、何もかも。
「--------っ!」
途端に全身を悪寒が駆け抜ける。
自分の体を抱きしめ、膝をついて、シャワーを浴びながらなお寒気を感じてガタガタと体が震える。
冬木にいる時は必死で考える事もしなかった。ただ、目の前で起きる出来事やボロボロになりながらも自分を守ろうとしてくれたマシュ達の事で精いっぱいだった。
それが、こうして安全な場所に戻って、あらためて現在の状況や自分に半ば押し付けられたも同然の、世界の命運という重荷を実感すると一気に恐怖として湧き上がってきた。
「……は、ぁ……はぁ……はぁ……」
シャワーの温度をめいいっぱい熱くして、最早痛みすら感じるそれを持って己を飲み込まんとする恐怖を誤魔化す。壁にはめ込まれたデジタルの時計が刺しているのは午前6時40分過ぎ。マシュがこの部屋を朝の挨拶をする為にこの部屋にくるまであと20分もない。
それまでに、少しでも落ち着いておかなければ。彼女にはこんな自分は見せられないだろう。
自分のような弱い人間を、先輩と慕ってくれるマシュにだけは。
午前7時。楓のマイルームの扉がノックと共に開き「失礼します」の言葉と共に入室するマシュ。
丁度シャワーを終え、着替えの真っ最中だった楓も黒いノースリーブシャツに袖を通した処だった。
「あ、お着替え中でしたか。すいません、気付かずに……」
「別にいいよ。あと上着着るだけだったし」
ベットの上に置いていた上着を着こみ、ボタンを留めて胸元のベルトを締める。
胸を強調するようなこのデザインはいかがな物かと、カルデアに来る前に支給された時から少しの疑問と不満を抱いていた。
(でもまぁ……)
マシュを見やる。今はカルデア研究スタッフの制服を着ているが、デミ・サーヴァントとしての鎧姿は、正直目のやり場に困るレベル。自分が着ろとか言われたら、絶対に無理。
恥ずかしくて人前に出られないというか、マシュはあの格好を恥ずかし気も無くできて、しかも似合っているのは凄いんじゃないだろうか。
「? どうかしました?」
「別に……何でもない」
あれよりマシというか、この制服程度で文句言ってたら彼女はどうなるのかって話になってしまう。
迂闊に触れるのは止めておくべきなのかもしれない。
「さて、と……朝ごはん行こうか?」
「はい。それと、朝食後にドクターがブリーフィングを行うので来てほしいと……アストルフォさんには廊下で会いましたのですでに伝えてあります」
マシュの言葉で察する。
ついに、特異点に行くときが来たのだと。
「よく来たね、楓ちゃん、マシュ、アストルフォ」
ブリーフィングルームに来た楓達を出迎えたのは、何時になく真面目な表情を浮かべるロマニ。
他の職員達も忙しそうにそれぞれがコンソールを操作しており、こちらに気づきこそすれど挨拶をする余裕は無いようだった。
いよいよ、特異点修復のためのレイシフトが行われるのだと嫌でも実感する。
「さて、まずは僕達の目的のおさらいだ」
一つ、レイシフト先の時代における特異点化の原因を探る事。
特異点はそれぞれ、人類史において重要なターニングポイントと呼べる時代であり、そこが崩壊するような事があれば人類の未来が大きく変わる……滅亡すらあり得てしまう。
そうなってしまった原因の究明こそが、その時代における最優先事項。
「まぁ、これは間違いなく聖杯の力によるものだろうね。でなきゃ、こんな大事やれるわけがないよ」
レフはどうやって聖杯を手に入れたんだかとロマニはぼやく。
「えっと、つまりは聖杯を見つけろって事?」
「その通り。もっといえば、聖杯の確保もしくは破壊だ。聖杯級の代物は、放置していて良い物じゃないからね」
アストルフォの質問に頷いて答える。
「最も、聖杯がただ置いてあるだけで特異点になるとは思えない。その時代で聖杯を悪用している何者かが……レフがいるかもしれない」
そこまで言われ、楓も理解した。
これから赴く時代でレフと。あの男と戦うのかもしれないのだと。
オルガマリーを殺害し、マシュとアストルフォ。二騎のサーヴァントを相手に圧倒的な力を見せつけた奴と。
「……っ!」
考えただけで全身が悪寒に包まれる。
あんな化け物とまた出会わなければならないのか。いや、いずれは何らかの形での決着が必須なのだろうとは思っていたが、こんなに早くその可能性が出てくるとは。
「……先輩?」
「どうしたの、マスター?」
「っ……なんでも、無い」
心配そうに声を掛けてくる二人の声に我に返り、小さく笑みを作る。
「……楓ちゃんには、相当な負担、重荷を強引に背負わせてしまった事を悪いと思う。だけど」
今は前に進んでくれ、と苦しそうな表情で告げるロマニに楓も小さく頷く。
そんな顔をされたら、そもそも自分達の置かれた状況からして、断るに断れないじゃないかと心の中で呟きながら。
「以上でこちらからの説明は終わりだ。君達から質問は?」
特に無い楓は首を横に振り、マシュとアストルフォを見やる。
マシュも特に無いようで、アストルフォは「質問したって、ボクわかんないし」と言い切った。
「特にない、と。あぁ、そうだ……これは最悪後回しで良い事なんだけど」
「レイシフト後、どこか安全な霊脈を見つけた後にサークルの設置をやってくれないかな? 冬木でもやっただろう?」
唐突に、ロマニの言葉を遮って響き渡る第三者の声。
何事かと楓とアストルフォは驚き、ロマニは「あー……忘れてた」とぼやき、マシュは「ここに来るなんて、珍しいですね」と呟いている。
二人の知り合いという事は、カルデア職員なのだろうと思っていると、声の主が姿を現した。
金色の粒子が集まって、人型を作り上げるという方法で。
「うぇ!? な、なななななっ!?」
「あー……そういえば、霊体化の事知らなかったっけ?」
「れ、霊体化?」
「そっ。ボク達サーヴァントって魔力で体を作ってて、こうして実体化をしてるだけでも魔力を消費するんだけど、霊体になれば大丈夫さ」
「霊体化と呼ばれる状態……解りやすく言えば透明になってると考えてください。そうしていれば、魔力消費を抑えられたり、魔術師やサーヴァント以外には気配も察知できなくなります」
アストルフォの説明をマシュが補足する。
物凄く乱暴に言えば、省エネモードという事かと理解して、目の前で実際に霊体化を解いて実態となるサーヴァントの姿を見やる。
黄金比ともいえるようなスタイルをした黒髪の女性。手には身の丈程の杖を持った温和そうな雰囲気をしたサーヴァントだった。
「君が桐生楓ちゃんだね? お初にお目にかかる。私は見ての通りサーヴァント。かのルネサンスに誉れの高い、万能発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチさ! 気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ。はい、復唱!」
「だ……ダ・ヴィンチ……ちゃん?」
瞬間、楓は理解することを止めようと思った。
歴史には全く持って自信が無いが、それでもレオナルド・ダ・ヴィンチぐらいは知っている。
だが、目の前にいる自称ダ・ヴィンチはなんというか、色々と楓の知識とは違っているというか。
「ってか、モナ・リザじゃん」
思わず口から出た言葉に、全てが集約されていた。
「あぁ、だってモナ・リザが好きだからね!」
「……はい?」
知られているように、ダ・ヴィンチは男性だがサーヴァントとして召喚され、現界する際に自らの体をモナ・リザに造り替えたのさ! と満面の笑みで自信たっぷりに言われてしまった。
変態か、と喉から飛び出しそうになった言葉を必死に飲み込む。いくらなんでも、心の底から思っていても口にしてはならない言葉だってあるのだから。
「さて、話がそれちゃったかな。さっきも言ったけど、レイシフトした後にサークルの設置をお願いしたい。無くても通信などのサポートに支障はないが、物資の補給等がスムーズになるし、新たなサーヴァントの召喚も行える」
ロマニが最悪後回しで良いと言ったのは、現地でどのような状況に陥るか解らないからという意味だとも付け加えられた。
ともかく、レイシフトした後は可能な限り早くサークルを設置した方が良さそうだ。
「これで話は全部終わりかな? じゃぁ、早速レイシフトの準備に」
「おぉっと、その前にちょっと楓ちゃんを借りてくぜ?」
「はい?」
何時の間にかダ・ヴィンチにガシッと手を握られ、管制室から誘拐される楓。
その光景をボケっと見やっていた一同。ダ・ヴィンチの突拍子の無い行動に呆気に取られ、レイシフトを行おうとした出鼻をくじかれて、どうしたものかとそれぞれ顔を見合わせる。
そして数分後。再びダ・ヴィンチが楓を引きずって管制室に姿を見せた。
「いやぁ、ごめんごめん。彼女用の礼装の用意がギリギリ間に合ったんでさぁ」
「ちょ……ちょっと……こ、これは……!?」
楓は顔を真っ赤にして、胸元を抑えて姿勢を低くして蹲っている。
いま彼女が来ているのはカルデア戦闘服と呼ばれる一品。本来、レイシフトを行うマスター候補生全員に支給される物が、楓の分だけ手違いで用意が遅れていたという訳である。
「こ、これ……ものすごく……恥ずかしいんですけど!?」
黄色と白に塗り分けられたSFチックなデザインの、ボディラインがハッキリと出るタイプの衣装。
見た目だけ見れば魔術とかオカルト方面には不釣り合いのそれは、楓の体をハッキリくっきり見せつけており、男性職員からは思わず声が漏れ、女性職員からさえも……という有様。
それだけならまだしも、胸元が露出しているのが凄く恥ずかしい。
「これ、着なきゃ駄目なんですか!?」
「そうだね。見た目以上に頑丈だし、礼装に刻まれた魔術もより戦闘向きに調整してるし……何より、君のようなスタイルの良い子が着ると栄える!」
「セクハラで訴えますよ!?」
「いや……レイシフトした先で何があるか解らないし、その礼装着てた方が良いと思うよ?」
ロマニまで敵に回ってしまった。口調や表情から、心の底からそう思っている事は疑いようがない。
「マシュ達の戦闘支援も出来るし、絶対に役立つ事は保証するよ」
「うぐ……」
マシュ達の役に立つ、と言われると断りづらい。
冬木ではろくな支援も出来なかったせいで、二人にはとてつもない負担を掛けてしまった負い目がある。
特にセイバーとの戦いでは、本当に何にもしていない。今後の事も考えると服装で贅沢は言えないだろう。
「うぅ……出来れば、もっと別のデザインが良かったんですけど……」
「ごめんね。爆発騒ぎのせいで、他の礼装全部駄目になっててさぁ」
神はいなかった。
「大丈夫です、先輩! とても似合っているというかその……格好良いと思います!」
「そうそう! 体のラインがハッキリ出る服が似合うって凄い事だと思うよ!」
「うん……ありがと……」
マシュとアストルフォのフォローでとりあえず立ち直る。
露出という意味ではマシュのよりマシだし、と思ってふと頭をよぎる一つの確信。
(……マシュの戦闘服は着れないなーとか、他人事みたいに思ったせいかな)
もう二度と、人の服装を弄るまい。
そう硬く決意して、楓は二騎のサーヴァントと共にレイシフト用のコフィンへと向かっていった。
「さて、私は支援物資を適当に見繕ってくるよ。また後でね、ロマニ」
「あぁ、お願いするよ「何。これぐらいはお安い御用さ。私が天才なのもだが、変態なのも事実だしね」
手を振りながら、霊体化して今度こそ管制室を去っていくダ・ヴィンチを見送った後にロマニも自らの席につく。
ここからはただの一度もミスが出来ない重要な仕事。直接レイシフトして戦う事の出来ない自分達がやれる、最大限の支援を行わなければならないのだから。
コフィンに入り、全身から力が抜けていく感覚と共に意識を手放して、次に目を覚ました時にぼんやりとした視界へ飛び込んできたのは一面の青空だった。
全身に感じる草の感覚。どうやら草原で寝転んでいる状態らしい。
「フォウフォウ!」
「わぷっ!」
そして、完全に回復する前の視界を突然白い物体が遮った。
白い物体、フォウが楓の顔をに飛び乗ったのだと、というかフォウも来てたのかといくつかの突っ込みどころか楓の脳内を支配する。
「ごめんなさい、先輩。フォウさん、私の盾の中に潜んでたみたいで……」
フォウの首根っこを掴み、楓の顔から引きはがしながらマシュが謝罪する。
デミ・サーヴァントとしての戦闘服に身を包み、重そうな盾を軽々と片手で持ち運んでいる様は何度見ても凄い迫力。フォウを肩に乗せ、空いた手を差し出してくるマシュ。
それをとって、身体を起こしてもらう。
「んっ、ありがと。マシュ」
「いえ。アストルフォさんもすぐそこにいます。カルデアとの通信が繋がるには、まだ若干の時間がかかりますが……」
「それじゃ、通信が繋がるまではとりあえず待機かな……」
それにしてもと周囲に目をやる。
見渡す限りの大草原。日本ではまずお目に掛かれない、TVぐらいでしか見た事のない光景には軽く感動すら覚える。
「そういえば、ここってどこなの?」
「確か1431年のフランスだったかと……丁度、百年戦争の頃ですね」
「あ~……それなら学校の授業でも習ったかな? 確か、ジャンヌ・ダルクとかの」
「その通りです。最も、この時期ならすでに聖女ジャンヌは処刑された後ですし……戦争も休止期間中かと」
戦争なのに休止期間なんてあるのか。そんな楓の疑問を察したかのようにマシュが続ける。
「百年戦争と言っても、ずっと続けていたわけではありません。何度か休戦しては捕虜の交換などを行っていたとか」
「へぇ……そうな「ねぇ、ねぇ、マスター! マシュも見てよあれ!」
突然割り込んできたアストルフォの大声に若干顔をしかめ、何事かと指さしている空を見上げる。
そこには、とてもではないが信じられない光景が広がっていた。
「何……あれ……」
青空に浮かぶ光の輪。
最初に目を覚ました時、気付かなかったのは視界がまだぼんやりとしていたせいだろうか。
一目で異常だと、自然に発生した物では無いと解る。
「ねぇ……あれ、何?」
「解りません。ですが、この時代が特異点化した事や人理焼却に関係しているのは間違いないかと」
『よし、ようやく繋がった。って、どうしたんだい?』
場の空気にそぐわないような能天気な声で問うてきたロマニに、マシュが映像を送る。
即座に解析したが、衛星軌道上に展開されている魔術式か何かだろうという推測しか返ってこなかった。
『あれの解析はこちらでも進めおくよ。君達は何も無さそうなら、とりあえず霊脈の確保を行ってくれ』
「ドクターの言う通りですね。周辺の探索と並行して、霊脈へのサークル設置を行いましょう」
「まぁ、他にやる事も無い……よね。とにかく移動しよっか」
「それじゃ、ボクが空から周りを見てくるよ!」
口笛を吹き、ヒポクリフを呼び寄せたアストルフォが空へと舞い上がる。
ほんの数分空中を旋回し、二人の元へと降りてきたアストルフォの報告でここを東へ向かったところに街らしきものが見えた事を報告。
一行は、そこへ向かう事となった。
カルデア戦闘服は、ダ・ヴィンチ指示の共に数名の手の空いた女性職員達が嫌がる楓に無理矢理着せました