Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

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今回、リョナ要素強めになっておりますので苦手な方ご注意ください


第八話 邪竜百年戦争 オルレアン 3

 空気を、大地を引き裂く耳障りな破裂音が、街に響く。

 仮面の女が手にした鞭は、まるで生きているかのような軌道を描いてマシュの鎧を、柔肌を打ち据えんと唸りをあげる。

 迫る鞭を盾で防ぎ、身体を捻って避けながら、マシュは女との間合いを詰める。距離をとっての戦いでは彼女に反撃の手段はなく、一方的に嬲られるだけだ。

 

「ハァァッ!」

 

 自身の間合いまで踏み込めたと同時に、盾を攻撃に転用。重量に任せて叩き潰しにかかるそれに対し、女は慌てた様子もなく、足元に広がる血だまりの中へと体を沈める事で回避。

 

「マシュ! 危ない!」

 

 女の姿が血だまりの中に消えた事で、動きが止まりかけていたマシュは楓の声で我に返りその場の飛び退く。

 その一瞬後、彼女が立っていた場所から無数の鎖が飛び出してその場で絡み合い、血に飢えた獣の如き金属音を奏でながら血だまりの中に沈んでいく。

 楓が気づかなければどうなっていたか。ゾッとする彼女へ向け、血だまりの中から放たれるのは無数の針。

 

「くっ!」

 

 針を盾で防ぎながら着地。視界の隅で楓へと飛んでいく針を確認すれば、すぐ様に彼女の前へと移動してそれを防ぐ。

 

「ありがとうございます、マスター」

「私も、運良く気付けただけだし……」

「……気に喰わないわね」

 

 僅かに怒りのこもった声と共に針の放出は止まり、入れ替わりに女が血だまりの中から姿を現す。

 その手に握られているのは、最初に手にしていた杖だ。

 

「初々しい戦い方のわりに、動きはまるで熟練された戦士のよう……ホント、気に入らないわ」

 

 だが、その声色は次第に歓喜の色に染まっていく。

 まるで、これから始まる事への楽しみを抑えきれないかのように。

 僅かに頬を高揚させ、堪え切れない笑いを漏らして。

 

「でも、いつまで持つかしら?」

 

 無造作に杖を頭上に掲げ、はめ込まれた宝石が怪しく光を放つ。

 直後、自分達を覆う影に気づいたマシュと楓が顔をあげると、そこに開いていたのは闇のように深く、暗い穴。

 そして、そこから落下してくる巨大な物体であった。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に楓を抱き抱えて飛び退き、マシュは落下してきた物体を回避。

 それは重たい激突音を響かせて地面に激突したかと思えば、そのまま地面を滑るかのように二人へと猛スピードで接近してくるではないか。

 楓を降ろす暇もなく、迫りくるそれを避ける事を強いられつつも、マシュはそれの形状をつぶさに観察する。

 

(あれは……?)

 

 恐らく鋼鉄製であろう女性を模った人形。2メートル程はあろうそれは、女の杖に操られて自在に地面を滑り、時には血だまりや空に開かれる穴より飛び出して少女達に襲い掛かる。

 その人形に、マシュは見覚えがあった。実際に見るのは初めてだが、雑学の勉強も兼ねて読んでいた図書室の本に載っていたとある用途の器具に瓜二つ。

 

鉄の処女(アイアン・メイデン)……貴女は、ハンガリーの血の伯爵夫人ですね」

「……流石に、これは有名すぎたかしら?」

 

 マシュの言葉に女は静かに微笑み、鉄の処女を自身の傍へと引き寄せる。

 

「え……血の、伯爵夫人……?」

「はい。16世紀に実在した人物です……史上に残る連続殺人鬼にして、吸血鬼伝説のモデルともなった貴族」

「その通り。よく勉強してるじゃない……でも、ちょっと惜しいわね?」

 

 仮面の奥に光る眼が妖しく光り、足元に広がる血だまりが波打つ。

 まるで、彼女という存在の象徴であるかのように鉄の処女は宙へと浮かび、能面の如き頭部が二人を見下ろす。

 

「我が真名()はカーミラ! 血を求める怪物となり果てた者……そして」

 

 カーミラの口が大きく歪む。

 すでに自身の勝利は確定したと言わんばかりの、愉悦に歪んだ笑み。

 

「これから、貴女達の血と悲鳴を堪能する者よ!」

 

 彼女の足元、波打つ血だまりから飛び出す無数の鎖。

 真っ直ぐに楓を狙うそれ等を、マシュは盾で弾き飛ばし、直後に突貫してくる鉄の処女もどうにか受け止める。

 盾との激突音で空気が震え、両腕に感じる重量に表情を歪めるも耐え抜いて弾き返すが、どうしても一瞬動きは停止してしまう。

 その一瞬のうちに、マシュの懐へと飛び込んでいたカーミラの爪が振るわれる。

 

「うぁっ!?」

 

 露出している太腿を引き裂かれ、マシュは苦悶の表情を浮かべる。

 足を裂かれ、思わず片膝をついてしまった彼女の足元へと広がる血だまり、吐き出される鎖がマシュの体を一瞬で絡め取っていく。

 

「マシュ!?」

「邪魔よ」

 

 マシュへと駆け寄ろうとした楓を、カーミラは手に持つ杖で殴りつけ、彼女は小さな悲鳴と共に地面を転がる。

 

「あうっ!」

「マスター! ぐっ、ぅあ、ぁあ!」

 

 マシュもまた、楓へと駆け寄ろうとするも己を絡め取った鎖に阻まれ、そのまま地面に引き倒されてしまう。

 仰向けとなり、四肢を鎖で封じられたマシュを見下ろすカーミラ。その口元には冷酷な笑みを浮かべ、仮面の奥に光る眼は、これから行う蹂躙へと歓喜に満ちていた。

 

「さぁて、まずは宣言通り……」

 

 杖をマシュの喉元へと突きつけ、ゆっくりと彼女の胸元、臍の上を撫でるように滑らせていく。

 

「あなたの悲鳴、存分に聞かせてもらおうかしら」

 

 肩越しに、自身の後方で体を起こしている楓へと視線を送る。

 マシュへ向けられた杖の切っ先に、妖しくも攻撃的な光を纏った魔力が収束し、今にも彼女目掛けて放たれようとする様を、見せつけるように。

 

「そこで見ていなさいな。貴女の可愛いサーヴァントが、無様に鳴き叫ぶところをね」

「っ! やめーーーっ!」

 

そして、マシュの悲鳴が廃墟の街へ響き渡った。

 

 

 

 

 空中を駆ける幻馬と飛龍。

 相棒の背に跨り、槍を携えたアストルフォは背後より迫る飛龍。その背に立つヴラド三世を肩越しに睨みつける。

 

「どうしたライダー? 逃げているだけでは、余の首は取れんぞ」

 

 ワイバーンの巨体からは想像もできない速度は、アストルフォのヒポグリフをほんの僅かにではあるが上回っていた。

 ヴラド三世が騎乗する事により、その魔力を帯びて強化されているのか。それとも特に優れた個体を彼の馬替わりにしているのか。言われている通り、逃げているだけではいずれやられてしまう。

 だが、とアストルフォの表情には余裕の色があった。

 

「そっちこそ、地上ならともかく……空中でボクに勝てると思うなよ!」

 

 直後、アストルフォと幻馬の姿がその場から消え失せた。

 突然の事にヴラド三世は目を見開き、感じ取った悪寒に従ってワイバーンの背から飛び降りるのと同時に、アストルフォの槍がワイバーンの首を刺し貫いた。

 

「ほう……そういえば、それがキサマの宝具であったな」

 

 別の飛竜へ飛び移ったヴラド三世は、素直にアストルフォの、その宝具の力へ称賛を送る。

 別次元への跳躍。それこそがアストルフォの宝具たるヒポグリフの真骨頂。僅か一瞬の事ではあるが、あらゆる干渉を受け付けない絶対回避とも呼べるそれは敵対者にとって脅威足りえる。

 少なくとも、ヴラド三世には別次元への干渉手段は無い。加えて、騎乗しての戦闘となればライダーのクラスたるアストルフォの有利であると理解するのもそう時間はかからなかった。

 

「でぇやああっ!」

 

 ワイバーンに比べて小回りの利くヒポグリフの機動性は、空中戦に置いて優位性となる。

 次元跳躍もあって、数の差も――指示通りに動くしか出来ないワイバーンでは――大した脅威とならないだろう。

 ヴラド三世が飛び移った二匹目の飛竜も槍で貫かれ、不意を突くように襲い掛かった別のワイバーンも次元跳躍を用いた回避であっさりと返り討ちにされる。

 

「ふむ……騎乗スキルの無い身で、ライダー相手に騎乗戦を挑むのは愚の骨頂であったか」

 

 さっさと地上に降りて迎え撃つべきだったかと考えながらも、ヴラド三世の顔に焦りの色はない。

 あれよあれよという間に、彼が引き連れていたワイバーンの群れは半数にまで数を減らされ、今自身が足場としている個体も、自身諸共貫かんとする槍で間もなく倒されるであろうというのに。

 

「獲ったぞ、ランサー!」

 

 槍が心臓に突き立てられる直前、ヴラド三世の体は霧散した。

 

「なっ!?」

 

 槍はワイバーンのみを貫き、地面へと落下させる。

 しかし、ヴラド三世であった黒い霧はその場に胎動し、意思を持った生物の如き動きでアストルフォのヒポグリフの体を包み込む。

 

「ぐっ、ぁ、ぁあああああああああああああっ!?」

 

 そして、霧が牙をむいた。

 アストルフォの全身に絡みつくかのように纏わりついた霧の中、ヒポグリフ諸共にその身を引き裂いていく。

 

「生憎だったな、ライダー」

 

 霧の中で響くのは、ヴラド三世の声。

 四方八方、全方位から囁くように、声は告げる。

 

「今回の召喚、クラスこそランサーではあるが……マスターの手で狂化スキルを付与されていてな。忌々しい事に、それが我が忌み名にとって最高の相性だったようだ」

 

 声はどこか自虐的でありながら高揚しており、それでいて諦めにも似た声だった。

 

「いわばバーサク・ランサー……ランサーでありながらバーサーカーである。故に、キサマはある意味幸運かもしれんな。鮮血の伝承(レジェンド・オブ・ドラキュリア)を常時発動させている余と戦えるのだから」

 

 世界に名を轟かせる怪物。ヴラド三世の名を血に落とした忌み名、吸血鬼としてのイメージを体現する宝具。

 通常、決して発動させる事も無いその伝説が、一人のサーヴァントを凄惨な地獄へと叩き落とした。

 

「がぁあああああああああああああああっ!?」

 

 

 

 

「うあぁぁっ!?」

 

 眼前に見えるマシュの顔が苦痛に歪む。

 鎧は砕け、インナーも所々が破けた傷だらけの体を四つん這いのような体勢にして、その背中に何度も振り下ろされる鞭や鎖による蹂躙から楓を庇うために。

 

「中々我慢強いわね。辛くなったら、いつでも逃げて良いわよ? あなたのマスターがいたぶられるだけですものね?」

「くっ……ぅ……ぁああっ!」

 

 肩越しにカーミラを睨みつけるも、即座に叩き付けられる鎖が彼女に僅かな抵抗も許さない。

 

「マシュ……やめ……もう、やめ、て……っ!」

 

 眼前で行われる蹂躙。カーミラの気まぐれから始まった彼女の為だけの娯楽。

 マシュを嬲っている最中、ふとした思い付きで楓へと対象を移しての拷問を行おうとした際、マシュが自らの背を盾にしたのだ。

 カーミラは一瞬驚きこそしたものの、笑いが込み上げてくるほどに健気なマシュの姿勢と、文字通り目の前で自分のせいで痛めつけられるサーヴァントを見せつけられる楓の絶望に染まる表情。

 それが、最高に楽しい物に思えたからだ。

 

「だい……じょうぶ……です……ま、だ……全然……へい、き……です、から……」

 

 楓を心配させまいと浮かべる笑みも、彼女から平常心を奪って罪悪感を募らせるスパイスだ。

 最早、令呪を使って反撃を試みようという正常な判断すら出来なくさせている事を、果たして気付いているのか。

 言葉には出すまい。まだ、その時ではない。

 

(サーヴァントの意識がなくなるまで嬲った後、マスターにその事を伝えたらどんな顔をするかしら? それとも、適当に引き剥がして目の前でマスターの方を痛めつけながら、サーヴァントにその事を告げた方が楽しいかしら?)

 

 生前ですら、ここまで楽しいと感じた拷問はそうは無かった。

 お互いを心配している行為そのものが、相手をもっと傷つけている様というのは、極上のワインにも等しい美味だと死後に気づかされるなんて。

 

「貴女達、ホントに良いわ。出来る事なら、私の城に連れて帰りたいぐらいよ」

 

 そう言いながら、何度も振り下ろす鞭や鎖がマシュを容赦なく痛めつけ、彼女の意識を、命を秒単位で削っていく。

 ヒールでその背に刻んだ傷跡を抉り、苦しむ彼女の様に悲鳴をあげる楓。ここまでサーヴァントに感情移入出来るマスターというのも珍しい。

 二人の見目麗しい絆を嘲笑いながら、マシュの背中……最も深く刻んだ傷跡をヒールで踏み、抉るように圧し掛かる。

 

「うぐぁあああっ!? あ……ぁ、ぁぁ…………ぁ……」

 

 何かが切れるような感覚があった。

 血管や皮膚などではない。ただ、こうして楓を守る盾になる為に必要だった何かが、プツリと音を立てて切れる音がはっきりと。

 

(せん……ぱ、い……)

 

 それがトドメになった。か細くなっていく悲鳴と共に、彼女の体から力が抜ける。

 重力に従って崩れ落ちながらも、楓の身を守るように覆いかぶさるそれは、何があっても彼女を守りぬくという決意の表れだろうか。

 

「マ、シュ……? ねぇ……マシュ? マシュってば……返事、して……」

 

 だが、楓にとっては更なる恐怖へと突き落とされるに等しい行為だった。

 揺さぶり、呼びかけても何の反応も示さない体。マシュの背中から流れてくる生暖かい、真っ赤な血が楓の体を濡らしていく。

 

「どうしたの……? ねぇ……返事、してよ……お願いだから……ねぇ……?」

 

 何度も揺さぶり、自身の体から崩れ落ちたマシュの姿を見て、楓は絶句した。

 傷が無い箇所を探す方が難しいとばかりに痛めつけられ、光の消えた虚ろな目はどこを見ているのか解らない。半開きになった口から微かに漏れる呼吸音と、弱弱しく上下する胸元が、辛うじて彼女の命が消えていない事を示しているが、その凄惨な有様は思わず目を背けたくなる。

 

「あら、もうお終い? 思ってたより呆気ないわね」

 

 幕切れがあっさりしすぎだった、つまらないとばかりに吐き捨てるカーミラの声も届かない。

 体を起こした楓はマシュを抱き上げ、必死に呼びかけながら、脳内に浮かぶ嫌な予感を否定する。

 

(死んじゃう……マシュが死んじゃう! やだ、そんなの……そんなの!)

 

 目の前で力無く倒れるマシュに意識を向けていた楓は、背後で聞こえた何かか落下する音に対しても、僅かに反応が遅れた。

 否、振り向いて確認する事を本能的に拒絶したのかもしれない。そこに落ちてきた物に対して、嫌な予感がしたから。

 

「……あ……」

 

 恐る恐る振り返るとそこには、全身を引き裂かれたような無数の傷を負ったアストルフォが倒れていた。

 やはり虚ろな目で、それでも楓とマシュの姿を認めたのか、残された力を振り絞って右手を伸ばし……楓がそれを取る直前に力尽きる。

 消滅していない事が不思議なほどに、文字通り全身を引き裂かれた惨い姿。

 

「ぁ……ぁあ……っ!?」

「その者はよくやった。だが、相手が悪かったな」

 

 カーミラとは反対側。丁度、楓を挟むような形で声と共に黒い霧が地上へ降り立ち、人型へ……ヴラド三世の姿へと変わっていく。

 

「己のマスターと仲間の危機を察し、我が宝具で全身を喰らわれながらもここまで辿り着いた勇者だ。せめてもの弔いとして、称えてやる事だ」

 

 槍の切っ先を楓達へ向けながら、ヴラド三世は歩み寄る。

 

「せめてもの情けである。マスターであるキサマを苦しませず殺してやろう」

 

 そうすれば、そこに倒れ伏した二人もこれ以上苦しむ事は無い。

 そう言われたような気がした。

 

「令呪によるサポートも行わぬ不出来なマスターを身を挺して護ったのだ。これ以上苦しませるのは、いくら狂気落ちた身であろうとも気が引ける」

「お待ちなさい。この子は私の獲物……横取りしないでもらえないかしら?」

「知らんよ。言ったであろう? これは不出来なマスターの為に命をとしたサーヴァント達への情けであると」

 

 令呪、という言葉に楓は自身の右手を見やる。

 そこに刻まれた三つの絶対命令権。これを使えばマシュやアストルフォを救えたかもしれない。

 だというのに、自分は完全にこれの存在を忘れていた。目の前で苦しむマシュに、ただ泣き叫んでいただけだ。

 

(……私の、せい……だ……)

 

 つまり、マシュがこうなったのは自分のせいだ。

 アストルフォに至っては、令呪と同じで完全に頭から消えていた。

 

(私……最低だ……二人とも……必死に頑張って……なのに……わた、し……は……)

 

 なんて事だろう。自分のような最低最悪の……そんな評価すら生温いマスターのせいで二人は必要以上の苦痛の中にいたのだ。

 言葉をどう取り繕おうと完全に自分の責任。

 

「わたしのせいだ……わたしの、せいだ……わた、しの……」

『楓ちゃん! 敵サーヴァント二騎は口論に夢中で君に気づいていない! すぐにそこから逃げるんだ! マシュ達は令呪で別の場所に移動するよう命令すれば……楓ちゃん!』

 

 カーミラとヴラドの口論も、通信機から聞こえてくるロマニの声も聞こえない。

 今の楓を支配するのは、マシュとアストルフォへの罪悪感と、二人をこんな無残な姿を晒す羽目に陥れてしまった自らへの嫌悪感のみなのだから。

 

「…………なさい……ごめんなさい……私の、せいで……わたし……の……」

 

 傍から見れば壊れた人形のように、楓は二人への謝罪を繰り返す。

 その姿からは、最早己の生存すら諦めてしまったのだという無気力さしか感じない。

 

『しっかりするんだ! 君がそこで死んだら、マシュもアストルフォもそれこそ無駄死にだぞ!』

 

 逃げさえすれば、二人の治療もまだ可能なのだと必死に訴えてくるロマニ。

 だが、そんな説得も今の楓には届かなかった。

 折れてしまったのだ。彼女の心は、完全に。

 最早、助ける手立ても助かる道も無い。何より本人にその気が無くなってしまった。

 通信機の向こう側。カルデア管制室の面々にも広がる絶望という感情。処刑執行人たるヴラド三世とカーミラの口論は終わる気配こそないが、それでもいつまでも続くものではない。

 どうあがいても、この状況の打破は不可能なのだ。

 

 

 

「そこまでです!」

 

 

 

 都合の良い、第三者の登場という奇跡が起きない限り。

 突風のような衝撃が立て続けに起こり、カーミラとヴラド三世が弾き飛ばされる。

 何かが楓達の前に止まり、突風の正体たる一人の少女が楓へと呼びかける。

 

「無事ですか!? 動けるなら立ってください。この場を離れます!」

 

 だが、そんな救世主の言葉にすら楓は反応を示さなかった。

 ギリッと、歯ぎしりする音が聞こえたかと思えば、楓の頬に走る焼けるような熱い痛み。

 

「ぁ……」

「しっかりなさい! いつまで呆けているつもりです!」

 

 目の前いる、自分の胸ぐらをつかんでいる金髪の少女に頬を叩かれたのだとようやく認識する。

 

「そのままで呆けていれば、そこの二人が立ち上がるとでも!? 甘えてないで、今やらねばならぬ事をなしなさい!」

 

 そのまま乱暴に、少女の背後に停まっていた煌びやかな馬車に放り込まれる。

 続けざまにマシュとアストルフォも運び込まれる。馬車の外では激しい金属音が響き、何者かが戦っているようだった。

 

「セイバー! こちらは終わりました! あなたも早く!」

「すまない……そろそろ限界だったところだ……っ!」

「なら、後は僕の仕事だね。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!」

 

 再び走る激しい突風に馬車が揺れる。

 そうして、金髪の少女とは違う別の少女の声と共に、馬車は走り出した。

 荷台の外に先ほどの金髪の少女をはじめとした声の主達の気配を感じつつ、楓は荷台に寝かされるマシュとアストルフォの手をそれぞれ握る。

 

「ごめんね……二人とも……ごめんね……っ!」

 

 大粒の涙を流しながら、楓は二人への謝罪を繰り返し始める。

 何より許せないのは、こうして都合よく表れた第三者達に救出され、生き延びられたという事に対して安堵している自分。

 ああして直に叱咤されるまで、何もしようともしなかった自分自身の不甲斐無さだった。




冬木でマシュの心をちょっと折りましたが、今回は楓の心を思いっきり圧し折りました。
こういうのは手早く済ませた方が、後から精神的に強くなっていく理由づけにもなるんじゃなかなと思った次第です
今年最後の投稿で、主人公陣営敗北&メンタルボロボロで終わっていいのかと思わなくも無かったのですが、後の展開に必要ですのでお許しください(土下座

ラスト助けに来た面子は次回という事で
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