Fate/Grand Order 私と彼女の物語   作:やまさんMK2

9 / 15
あけましておめでとうございます。
年末の第二部序がとんでもない展開の連続で、一気にテンションあがってしまいました。
この作品では第二部どころかEoRまでやるかどうかも未定ですが、とにかく全力疾走させていただきます。



第九話 邪竜百年戦争 オルレアン 4

「んっ……んぅ……ぅ……」

「マシュ……?」

 

 闇の底から浮上した意識に呼びかける声。閉じていた瞼を開くと、自分の顔を覗き込む涙目の少女がいた。

 

「……せん……ぱい……?」

「マシュ!」

 

 少女、楓はマシュを思わず抱き寄せる。

 戸惑う彼女を尻目に、確かに感じるマシュの体温、鼓動に、涙が止まらない。

 

「良かった……ホントに……良かったよ……っ!」

「あ、あの……先輩……? 一体、何が……?」

 

 寝起きの頭が覚醒していくと共に、最後の記憶を手繰り寄せる。

 カーミラとの戦い……というより、一方的に嬲られていただけだったが、それから楓を庇っていた最中に限界を迎え、意識を失ってしまったのだろう。

 相当酷くやられてしまったのは、楓の反応を見ればわかる。自分が寝かされているベットの周りには、カルデアから持ってきていた使い捨ての回復魔術が記録された巻物(スクロール)が転がっていた。

 

「……どうやら、心配をおかけしてしまったようですね。申し訳ありません」

「謝らなくていい……悪いのは、全部私だから……マシュは悪くないよ」

 

 力いっぱい抱きしめてくる楓の体は、微かに震えていた。

 もしかして、自分が死んでしまうのではないかとずっと怯えさせて、心配させてしまっていたのか。だとしたら、それは自分の不甲斐無さのせいだ。

 それでも、ここまで強く心配してくれていたという嬉しさが勝るのは不思議な感覚でもあった。

 これほど誰かに求められた経験は、今まで無かったから。

 

「……ありがとうございます、先輩」

 

 自分の為に泣いてくれる人と出会えた。これほどの喜びは無いかもしれない。

 自然と楓の背中に手を回し、自分からも彼女を抱きしめる。

 

「……オホン」

 

 その直後、わざとらしい咳が聞こえてきた。

 二人で咳の聞こえた方へ顔を向けると、扉すらついていない――もともとついていたのが壊れて使い物にならなくなっていた――部屋の入り口に、金髪の少女が立っていた。

 青を基調とした気品を感じさせながらも、どこか親しみやすさを覚える雰囲気の少女だ。

 

「ぁ……えっと……何時から、そこに?」

「あなたが彼女を抱きしめたあたりからずっと、ですけど」

「……………」

 

 楓の問いに答えた少女の顔は、どこか悪戯っぽい表情に見えた。

 対して、楓は顔を真っ赤にして、目尻に溜まっていた涙も引っ込み、マシュから離れて少女へと頭を下げる。

 

「……気づかなくて、ごめんなさい」

「いえいえ。私も二人の邪魔をしない方が良いかと思ったのですが……」

「あの……先輩? こちらの方は……?」

「申し遅れました」

 

 金髪の少女は一礼し、マシュへと微笑みを浮かべる。

 

「私はサーヴァント、ルーラー。真名をジャンヌ・ダルクと申します」

 

 

 

 

 ジャンヌがこの地に召喚されたのは数日前。

 自身が処刑されたほぼ直後の祖国に呼ばれるとは流石に思わず、戸惑っていたがそれ以上に驚いたのは国の有様だった。

 空を見ればワイバーンが飛び回り、街や村は炎に焼かれている。そして、それを行っているのはサーヴァントと、英霊を配下に従え、祖国へと復讐を開始した自分自身だった。

 

「では……もう一人のジャンヌさんが、この地にいると?」

「はい。直接対峙するまで、私も信じられなかったのですが……」

 

 飛竜の群れ、数体のサーヴァントを引き連れた自分自身。

 肌は死者のように白く、衣装は黒く染まってこそいたが確かに己の姿を見間違えるはずもない。

 問答無用で襲い掛かられ、ジャンヌ自身も何らかの影響で弱体化していた事もあって窮地に立たされたが、辛くも逃走に成功したのだと。

 

「私は運が良かった。ルーラーとしての力の殆どを制限された状態で逃げ切れたのも、この地で頼りになる方々と出会たのも、きっと主のお導きでしょう」

 

 自分と同じように、この地に召喚されたサーヴァント。

 もう一人のジャンヌが召喚したサーヴァントではなく、何らかの理由でこの地に呼ばれた、マスターを持たないはぐれと言うべき存在と運よく出会う事が出来た。

 それ以降、彼らと行動を共にして黒衣のジャンヌ・ダルクと彼女が率いる軍勢への反撃の機会を窺っていたのだ。

 

「それで、たまたま立ち寄った先で私達が襲われてたから助けてくれて……」

 

 この廃屋と化した森の中の教会に身を潜めている、というのが現状であった。

 

「そうだったのですか……感謝します。私達だけでは、間違いなく全滅していたでしょうから……」

「いえ。こちらとしても、もう一人の私が召喚したというサーヴァント達の暴走を止めねばなりませんでしたし……」

 

 つまり、ヴラド三世とカーミラのマスターはもう一人のジャンヌ・ダルク。

 この特異点の原因であろう存在に相違ないと、マシュは結論付けた。

 後で報告をすれば、ロマニ達もきっと同じ意見だろう。

 

「つまり、ジャンヌさん達と私達の戦うべき相手は同じ……という事でよろしいのでしょうか?」

「えぇ、そうなります」

「なら、協力しあえるかもしれません。ですよね、先輩」

 

 楓は、答えなかった。

 俯いて、何かに怯えるように体を震わせている。

 

「……先輩?」

「そ、そうだよね……戦わないと……駄目、なんだよね……」

「……話はとりあえず後にしましょう。楓は、あなた達が目を覚ますまでの二日間、一睡もせずに看病していたのですから」

「二日も、ですか!? 先輩、心配してくださるのは嬉しいですが無理はしないで休んでください!」

「……うん。ごめん……ちょっと、休むね」

 

 マシュに促され、部屋を後にする楓。

 その背中姿は、単なる疲労以外の何かが原因だと嫌でも気づかされる程に、小さく見えた。

 

「……ジャンヌさん、先輩に何かあったのですか?」

「……えぇ。今が、彼女にとっての試練の時という事かもしれません」

 

 そう言いながら、ジャンヌが取り出したのはカルデアとの通信機。

 マシュが個人的に持ち歩いていた物だ。

 

「あなた方の事情は、ドクター・ロマニから聞いています。詳しい話は、彼とした方が良いでしょう……」

 

 

 

 

 適当に入った部屋の隅に腰を下ろし、膝を抱えて楓は俯く。

 マシュは目を覚ました。アストルフォも、彼女より早くに目を覚ましている。

 すぐに出立という事は無いだろうが、何時までもここに身を潜めるという事はすまい。そう遠く無く、ここを立つ事になるだろう。

 

(そうしたら……また戦いに、なるんだよね……)

 

 この時代にレイシフトした時点で、戦いは避けられないのは解っていた。

 冬木で実際に経験したし、マシュとも約束したのだ。何があっても彼女の傍にいて、絶対に離れないと。

 だが、それがどうしたというのか。ただ傍にいただけで、自分は彼女達に何もしてやれてはいない。

 ここに来てからやった事といえば、目の前で嬲られるマシュに悲鳴をあげ、アストルフォや令呪の事を忘れるという、最低最悪の行為。

 

(………また、マシュがあんな目にあったら……アストルフォだって……今度は死んじゃうかもしれない……)

 

 次に敵サーヴァントと、カーミラやヴラドとの戦いになれば今度こそ二人は助からないだろう。

 目の前で徹底的にいたぶられ、苦しみながら死んでいく二人。そんな悪夢のような光景を嫌でも想像してしまう。

 

「っ!」

 

 全身が恐怖で震える。

 つまるところ、自分はマスターという物を全く理解していなかったんだと楓は己の愚かさを恨む。

 マスターになるという事は、自分に従ってくれるサーヴァントの命を預かるという事。 マシュやアストルフォは、自分の指示次第でその生死が決まるといっても良いのだと。

 

(私の……せいで……二人が……マシュが、死んだら……)

 

 たった二人。たった二つの命が自分のせいで消えるかもしれないと思うだけで、全身を駆け抜ける恐怖が止まらない。

 こんな有様でよくもまぁ、全人類の未来を背負う事を引き受けられたものだ。二人の命を背負う事にすら恐怖を覚えるのに、顔も名前も知らない人々の命まで背負うなど愚かとしか言いようが無い。

 状況的に強制されたも同然だった?

 それは単なる言い訳。引き受けたのは自分自身の責任じゃないか。

 そして、マシュとアストルフォが死ねば自分も死ぬ。

 全人類が滅亡し、未来が燃え尽きた今、特異点修復を成さねば遠くない未来にてやはり自分は死ぬ。

 ここで立ち止まっても、進んでも、どう転んだって死ぬ。

 

 

 

 何よりも、それが怖くて怖くてたまらなかった。

 

 

 

「私……最低だ……ホントに……最低だ……っ!」

 

 結局のところ、自分はあの二人よりも自分自身の命が大切なんだ。

 自分には人類どころか、先輩と慕ってくれるマシュや、体を張って戦ってくれているアストルフォの命を背負う資格も、ありはしないのだ。

 冬木でマシュに気を使っていたのも、どこかで状況を軽くとらえていただけだったのか。

 マシュと一緒に、どんな恐怖にだって耐えると誓ったのは単なる格好つけでしかなかったのだと自己嫌悪の嵐が楓を襲う。

 

「フォウ……キューゥ」

 

 そんな彼女を心配してか、足元にすり寄ってくるフォウの存在すら楓は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 ロマニとの通信を終え、マシュは楓の姿を探して教会の中を歩く。

 

『楓ちゃん、酷く自分を責めてたよ……二人がこうなったのは自分のせいだって。見てて気の毒なほどにさ』

「今、彼女の心は折れています。恐らく、戦いに対する……いえ、明確に目の前に突き付けられた死への恐怖の前に」

 

 通信の際、ロマニとジャンヌが口にした言葉を思い出す。

 楓を守ろうとする一心で、文字通りこの身を盾にしたが、それが逆に彼女を追いつめてしまったのか。

 結局最後まで守りきる事も叶わず、全滅一歩手前にまで陥ったが故に、彼女を不必要に苦しめてしまったのか。

 

(私が、もっとしっかりしないといけなかったのに!)

 

 己の中に渦巻く自己嫌悪に苛立ちを覚えながらも、楓の姿を探して歩く。

 彼女に対して何ができるか解らないが、とにかく傍にいたいと自身の内側から湧き上がる衝動に任せて教会内を探し回り……。

 

「……あれは?」

 

 教会の外、崩れ落ちた門を背にした銀髪のサーヴァントと親し気に言葉を交わすアストルフォの姿を見かけた。

 腰まで届く銀髪、胸元が大きく開いた鎧に身を包んだ大柄の男性。見た目の印象だけでいえば、セイバーやランサー……騎士の類のサーヴァントだろうか。

 アストルフォもすぐにこちらに気づき、大きく手を振って駆け寄ってきた。

 

「やっほー、マシュ。目が覚めたんだ」

「はい。つい先ほど……アストルフォさん、あちらの方は?」

「うん、紹介するよ。ジャンヌにはもう会った、よね? 彼は彼女達と一緒にボク達を助けてくれた」

 

 アストルフォの紹介が終わるころ、丁度良いタイミングで男性もこちらへと歩いてきた。

 

「セイバーのサーヴァント。真名はジークフリートだ。よろしく頼む」

「ジークフリート……!? ニーベルンゲンの歌の、竜殺しの英雄ですか!?」

「一応、後世ではそう言われているようだな。あまり、その自覚は無いのだが……」

 

 ジャンヌと共に、自分達を救ってくれたはぐれサーヴァントの一騎。

 それが、数多の冒険を重ねてついには邪竜を撃ち滅ぼした大英雄ともいえる騎士だとは思いもしなかったと、マシュは驚きに目を見開く。

 

「ライダーとは、以前召喚された聖杯戦争で縁があってな。思わぬ再会を喜び合っていたところだ」

「ジャンヌもいるし、敵のランサーも顔見知りだし……もしかして、他にもあの時呼ばれてたサーヴァントがいたりして……」

 

 こうも連続で顔見知りと出会うとは思わず、アストルフォは冗談交じりに口にする。

 

「ところで、マシュは何してるの? マスターと一緒じゃなかったんだ?」

「はい。実は、先輩を探してまして……見かけませんでしたか?」

「いや、こっちには来てないよ。出入り口もここ一つだけ……だよね?」

 

 アストルフォの問いに、ジークフリートも頷いて肯定する。

 

「あぁ、俺達が把握しているかぎりは……だが」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 二人に一礼し、マシュは教会の奥へと足を進める。

 外へ出ていないなら、アストルフォの言う通り中にいるのだろう。もしかしたら、ジークフリートの言うような把握していない出入り口があり、外に出てしまったのか。

 そう思うといてもたってもいられず、自然と駆け足になる。

 今、楓を一人にしては駄目な気がする。そんな言いようのない不安と恐怖に駆られて、マシュは楓を探し求める。

 

「先輩……先輩!」

「マシュ」

 

 逸る気持ちを抑えきれず、駆け出そうとするマシュを呼び止めるのはアストルフォだった。

 

「ボクも一緒に探すよ」

「アストルフォさん……ありがとうございます」

 

 マシュの隣に並び、アストルフォも適当に部屋を覗きこんで楓の姿を探しながら、ふと思いついたかのように口を開いた。

 

「そういえばさ。マシュはマスターの事、どう思ってるの?」

「えっ?」

「ちょっとした会話のネタだよ。お喋りしながらの方が楽しいじゃん」

 

 そう言い切り、言い出しっぺであるアストルフォは言葉を続ける。

 

「ちなみに、ボクは割と好きだよ。少なくとも悪い人じゃないのは間違いないし……たまにボクの事忘れてるっぽいのは、どうにかして欲しいけど」

 

 最後の方は苦笑交じりというか、あきれた様子でもあった。

 

「でもさ、フユキ……だっけ? あそこでマシュの事庇ったりとか、セイバーとの戦いでも最後までマシュの傍にいたりとか、すっごくいい人なんだなーって、結構良い印象は感じたよ」

「そうですか……アストルフォさんも、先輩に良い印象もってくださるのは嬉しいです」

 

 その言葉に、マシュは自然と笑みをこぼしていた。

 自分と同じく彼女と契約した英霊も、良く想ってくれている事が我が事のように嬉しいのだ。

 

「それで、マシュは? マスターの事をどう思ってるの?」

「私は……よくわかりません」

 

 ドンッ! と激しい音と共に埃や木片が舞う。

 アストルフォが、盛大にずっこけて、後頭部を床に打ち付けてた為だ。

 

「ア、アストルフォさん!? 大丈夫ですか!?」

「だ、だいじょうぶ……だけどさ……よくわかんないって……何、それ? 君、ボクより前からマスターと一緒にいたんでしょ?」

「はい。ですが、先輩と出会ったのも冬木へのレイシフト直前でしたので……付き合いの長さで言えば、アストルフォさんと大差はありません」

 

 言われてみれば、楓との付き合いはまだそう長くない。

 信頼が付き合いの長さと比例して構築される物であるなら、自分が楓に寄せている感情は一体何なのだろうか……考えてみたが、よく解らなかった。

 ただ、初めて出会った時から彼女に対して感じていた感情。それはとても温かい物だと断言できるし、その気持ち一切の偽りは無い。

 

「それにしては、マシュってマスターの事を凄く信頼してるっていうかさ……? 何かきっかけでもあったの?」

「きっかけですか……あぁ」

 

 楓に対する感情がとても強くなったきっかけ。となれば間違いなくあの時しかないだろう。

 

「実は私……デミ・サーヴァントになる前に死にかけた……いえ、一度死にました。カルデアの爆破テロに巻き込まれて、瓦礫に下半身を潰されて……」

 

 永遠に忘れる事は無いだろう。

 あの時、自分を救ってくれた楓の姿を。

 

 

 

 

 炎に包まれた管制室。ただ一人、瓦礫の下敷きになったマシュは全身を走っている感覚が痛みなのか苦しみなのか、それすらも正しく認識できなかった。

 ただ一つ。妙にハッキリとした頭は冷静に、自分に突き付けられた事実を認識していた。

 

(あぁ……私、死ぬんだ……)

 

 下半身の感覚は全くない。この場から救出されたとしても、二分と持たずに自分は死ぬと理解した。

 別に死ぬのは怖くない。ここで死ぬのなら、自分はそういう運命だったのだと受け入れられる。

 ただ、その間何一つとして出来る事が無いというのは、恐ろしく不安で、怖かった。

 

(このまま、一人で……何もできないまま……か……)

 

 死ぬ間際で、初めて恐怖という感情を知れたのは幸か不幸か。

 そんな事を思いながら、静かに瞼を閉じる。

 

(あぁ、でも……許されるなら……叶う事なら……)

 

 脳裏に浮かぶ一人の少女。

 最後に一目で良いから会いたかったと、最早叶わない、生まれて初めての我が侭といっても良い事を願ってしまう。

 どうせ死ぬのだから、どうせ叶わないのだから、それぐらいはきっと許される。この気持ちを抱えて死ねるのも、きっと幸運に違いない。

 そうして、静かに意識を手放そうとした時。

 

「……シュ! マシュ!」

「……え?」

 

 声が聞こえた。

 いるはずのない人物の声。

 この状況で、自分の名前を呼んでくれる人の声。

 地獄といっても過言ではないこの状況の中で――。

 

「マシュ!」

「せん……ぱい……?」

 

 ――最後に会いたいと願った、その少女がやってきた。

 

「な、んで……ここ、に……?」

「マシュが心配だったからに決まってるでしょ! 待ってて、すぐに助けてあげるから!」

 

 何という事だ。この人は、自分の事が心配だったというだけでこの地獄に飛び込んできてくれたのか。

 助かったはずの命を危険に晒し、無情にも管制室の閉鎖を告げるアナウンスによる死刑宣告を受けてしまったのに、自分の為だけに来てくれた。

 

(あぁ……なんて……)

 

 この人は、きっと後悔したんだろう。

 顔は恐怖に引きつっていたし、全身は逃れられない死に震えていた。

 それでも、この人は自分の傍にいてくれた。手を握ってくれた。

 自分に心配をかけまいと、必死に笑顔を浮かべて。

 

(温かいんだろう……)

 

 なんて、自分は幸運なのだろう。

 死の間際に、これほど美しいものをみれたのだから。

 なんて、自分は罪深いのだろう。

 この人は、自分のせいで死んでしまうのだから。

 

(ありがとう……ございます……)

 

 なんて、自分は我が侭なんだろう。

 この場に来てくれたこの人だけは、なんとしても助けたいと、守りたいと思ったのだから。

 

 

 

 

「そして、私はデミ・サーヴァントになりました。冬木で目覚めた時、先輩が私のマスターなんだと知った時……心の底から嬉しいと思いました」

 

 楓の力になれる。彼女の傍にいられる。

 彼女の身に降りかかる危機を、自分が防ぐ事が出来る。

 あの時の恩を返す事が出来る。

 これ以上の幸福なんて、果たしてあるのかとすら思えてしまった。

 

「先輩は、私にとても美しいものを、温かいものを与えてくれました。だから……あの人を信じられます」

 

 この想いはきっと、何があっても変わる事は無いのだろうと確信がある。

 

「……と、長々語ってしましましたが……これで、良かったでしょうか……?」

 

 頬を赤く染め、照れたように顔を俯かせるマシュに対し、アストルフォはニヤニヤと堪え切れないとばかりに笑みを浮かべる。

 

「そっかー、そんなことがねー。ふーん」

「な、なんですか!? なんなんです、その反応!?」

「べっつに~? ただ、マシュはその気持ちを大事にした方が良いよ。きっとね」

 

 まさか、これほどまでに初々しい感情を露わにする少女を目の当たりに出来るとは、今回の召喚は本当に色々な意味で良い物かもしれない。

 

「さて、マシュの気持ちも聞けたところで肝心のマスターは……おや?」

 

 廊下の奥。未だ未探索の部屋から飛び出してくる小さな白い影。

 こちらを見つけ、駆け寄ってくる姿。そういえば見かけなかったなと思いだす不思議な小動物のそれだ。

 

「フォウさん?」

「フォウフォウ!」

 

 二人の足元に駆け寄り、すぐさま身をひるがえして部屋の中へと着いてくるように促している。

 

「もしかして、先輩はその部屋に?」

「フォウ!」

 

 肯定の意味なのか、一声鳴いてフォウは室内へ消えていく。

 それを追いかけ、部屋の中へと足を踏み入れて、日の光も入らない薄暗い室内の隅で蹲る楓の姿を見つけた。

 

「先輩、ここにいらしたんですね」

「探したよ、マスター」

 

 声をかけ、楓の傍へ近寄る。

 しかし、反応は無い。二人が来た事に気づいているはずなのに、楓は俯いたまま顔をあげようとしない。

 

「……先輩?」

「……いで」

「え?」

 

 聞き逃してしまいそうな程にか細く、弱弱しい声だった。

 

「私の事……先輩なんて……マスターなんて……呼ばないで……」

 

 そして、今にも泣きだしそうな声だった。

 ジャンヌやロマニから、楓が深く傷ついている事を聞いてはいたが、いざ目の当たりにすると想像以上だった。

 その姿にも、声からもあの時確かに感じた温かさも、光もなかったのだから。

 

「……どうしたんですか?」

 

 楓の前に腰を下ろし、目線を合わせる。

 

「何か、私で力になれる事なら……相談なら、乗りますから」

「……お願い。一人にして」

「……それは、聞けません」

 

 今一人にしては駄目だ。この人を孤独にしたら駄目だと、自分の中の何かが訴える。

 

「良いから……一人にしてよ……」

 

 すっと立ち上がって、楓は二人の間を抜けて行こうとする。

 そっちが出て行かないなら、私が出ていくと言わんばかりの行動。

 だが、マシュはその前に立ちはだかって、楓の手を取る。

 

「今の先輩を、一人にはできません」

「だから……っ! 先輩って、言わないでよ!」

 

 次の瞬間、楓は声を荒げてマシュを振り払おうとする。

 そのまま体制を崩し、倒れ込む二人。咄嗟にマシュは楓を庇い、自らが下敷きになる形 で床へと倒れ込んだ。

 丁度、楓に押し倒されたかのような体勢となる。

 

「ちょ……二人とも、大丈夫!?」

「私は、平気です……先輩は?」

「言わないでよ……そんな事……そんなに、慕われる資格なんて、私には……無い、から……っ!」

 

 荒げていた声は、涙声に変っていた。

 そこにあるのは二人に対しての罪悪感と、何も成せないという情けなさからくる自己嫌悪。

 誰にもぶつけられない、ぶつけてはいけない自分自身への怒りだった。

 

「なんで……なんで、私が……っ! 何も、出来ないのに……役に立たないのに……いるだけなのに……なんで、私なんかがマスターになるのよ……なんでよぉ……っ!」

 

 マシュに体を預けたまま、堪え切れなくなった感情が次々に吐き出される。

 決壊したダムのように、最早抑える事など出来はしない。

 

「私のせいで……マシュが、アストルフォが死ぬなんて嫌だし……私が死ぬのは、もっと嫌だし……そんな、そんな私に……マスターなんて……出来ないよ……人類の未来なんて……背負えないよ……私なんかが……マスターなんて……出来るわけ……無いよぉ……」

 

 きっと二人は自分に失望しただろう。

 許されない我が侭を言い放つ自分に、見切りをつけるだろう。

 それでいい。もう止まらない、もうどうしようもないのだから。

 

「……私じゃなかったら、良かったのに……」

 

 それがそもそもの間違いだったんじゃないか。

 きっと、もっと上手くやれる人がいたはずなのに。

 

「先輩……言わないでください。そんな事」

「マスターになったのが……私じゃ……」

「言わないでください!」

 

 突然の叫びに、楓は思わず体を起こしてしまった。

 マシュもゆっくり上半身を起こし、正面から、今にも泣きそうな目で楓を見つめる。

 

「言わないでください……私は、先輩以外のマスターなんて……先輩がマスターじゃ無かったらなんて……私は、嫌です……」

「マシュ……で、も……私は」

「役立たずのマスターだって? 別にいいじゃん」

 

 アストルフォはため息に交じりにそういって、腰を下ろす。

 目線をしっかりと楓にあわせて、口元に笑みを浮かべて。

 

「誰だって自分が死ぬのが一番怖いに決まってるじゃん。それは無責任でも何でもない、当然の事だよ。だいたい、マシュはともかくとしてもボク等サーヴァントはどれだけ理屈を並べたって、どこまでいったってとっくの昔に死んでるんだ。今を生きてるマスター達の命の方が、ずっと重くて大切さ」

「アストルフォ……でも……私……」

「それに、マスターは魔術師でも何でもない普通の人なんでしょ? なら、戦いで何も出来なくたって仕方がないよ。だいたい、今回の事はボクの我が侭がきっかけなんだし、マシュが死にかけたのってボクのせいでしょ? その事についてはホントにゴメン! 全面的にボクのせいだ!」

 

 そう言って、アストルフォはフォウを抱き上げて立ち上がる。

 

「あと、ボクが言えた事じゃないけどさ? マスターもマシュも、もうちょっと我が侭になっちゃいなよ。自分を押さえつけるなんて、ストレス溜まるだけだよ?」

「フォウフォウ!」

「こら暴れんな! ボク等の出番はここまでだよ」

 

 腕の中から這い出ようとするフォウを押さえつけ、アストルフォは二人に背を向ける。

 

「それじゃ、邪魔者はこの辺で! 二人で納得いくまで話しなよ。どんな結論出したって、ボクは二人の味方さ」

 

 そういって満面の笑みを浮かべ、アストルフォは足早に退室する。

 暴れるフォウの抗議は、力尽くで黙殺である。残された二人は、お互いに視線を合わせたまま沈黙。

 数秒か数分か、あるいは数時間だったかもしれない。それだけ長く感じた沈黙を破ったのは、マシュだった。

 

「あの……先輩……先ほどは、すいませんでした」

「……ううん、私も……ごめん」

「……私、とても我が侭だったみたいです。先輩が、どんな事を感じているのかも知らずに……」

 

 あの時感じた温かくて美しい物を、ずっと彼女に求めていた。

 傍にいてくれるだけで、満たされる想いだった。

 

「私は……先輩の重荷ですか?」

「むしろ、私の方こそ、マシュにとっては……」

「重荷なんかじゃありません! 絶対に……たとえそうだとしても、私に背負わせてください」

 

 力いっぱいに、楓の手を握る。

 管制室の時も、冬木の時も彼女が自分にしてくれたように。

 自分が出来る事は、今はこれぐらいしか思いつかないから。

 

「私は、あなたのサーヴァントですよ? それぐらい、背負わせてください。あなたの事を、守らせてください……」

 

 それがあなたの重荷になるかもしれないと解っているけれど、どうしても求めてしまう。

 きっと、これから何度もあなたの前で死にかける。いずれ、本当に死んでしまうかもしれない。

 不必要に傷つけて、追いつめるかもしれない。

 だけど、それでも、求めずにはいられないのだ。

 

「あなたが背負ってる物を……私にも背負わせてください……私に、シールダー(あなたの盾)でいさせてください」

 

 それが、今や私の存在理由なのだから。

 

(私……本当に……最低だ……)

 

 ただでさえ、戦いで傷ついてるマシュを更に傷つけている。

 彼女に涙を流させて、ここまで言わせている。彼女が背負う必要が無い物まで背負わせようとしている。

 それに、縋りたくてたまらない自分がいる。

 あぁ、本当に、なんて最低な人間なのだろうか。

 

「うん……ありがとう。でも……大丈夫だから……」

 

 きっと大丈夫じゃない。これから何度も挫けて、泣いてしまう。

 そのうち、きっと壊れてしまう。

 だから、私も我が侭になろう。

 

「マシュが、傍にいてくれるんだもんね……」

「はい……っ! 誰が何と言おうとも、私は先輩の傍から……離れません」

 

 私を守ってくれる、私には勿体ないぐらいの、素晴らしい後輩がいてくれるのだから。

 一人では大丈夫じゃなくても、彼女がいてくれるのならきっと、これから先も大丈夫。

 

「情けなくて、何もできないマスターだけど……これからも、よろしくね……」

 

 だから、私はもっと強くならなきゃ駄目なんだろう。

 後輩に縋って、頼ってばかりじゃない。自分のような人間を先輩と、マスターと慕ってくれるマシュの為にも、味方してくれるアストルフォの為にも。

 もっともっと、強い自分にならないと駄目なんだ。

 

 

 

 

「フォウ……」

「ね? ボク達は邪魔者だっただろ?」

 

 部屋の外。壁越しに様子を見やっていたアストルフォの言葉にフォウは頷く。

 

「さて、これから先は大変だぞ~。一緒に二人を支えてあげないとね」

「フォウ!」

 

 とっくに死んだ身なれど、人生経験とサーヴァント経験は自分の方が上なのだ。

 決して強くはない。むしろ弱い英霊だけど、あそこまでお互いを思い合える少女達の力になれないようでは騎士失格。

 いや、騎士として以前に男が廃る。また自分の事を忘れられてはしないかと思うし、正直それはムカつくがこの際水に流そう。

 たまに揶揄うネタが出来たと、前向きに捉えてしまえ。

 

「心配してるだろうし、ジャンヌ達のところにでも行こうか?」

「フォウ!」

 

 腕の中、すっかり暴れるのを止めたフォウと共にその場を後にする。

 不安要素は正直あると思うけれど、きっとあの二人は大丈夫だ。

 お互いがお互いを支え合うかぎり、何があっても、折れはしない。

万が一にでも折れてしまった時は、自分が支えてあげればいいのだから。




こういうお互いに支え合いましょうって誓いあう話は、最初の方でやらないと駄目ですよね
アストルフォって、ギャグもシリアスも、こういう風に諭すような立場もやれなくはない万能選手だと思います
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。