学園祭を直前に控えているにも関わらず、連日に渡って行われた特別強化プログラム。
楯無による初日の腕試しに続いて二日目のビットの撃墜訓練と、次はいったいどんな無理難題を言い渡されるのかと気を引き締めていた阿九斗だった。
「..................」
阿九斗の手の中でボール大のマナの球が浮いている。
それを一定の高さまで上げたり下げたり、ひたすらこれを繰り返す。
少し離れた客席では監督をしている楯無が退屈そうにあくびしているのが見える。地味な特訓だった。
「それってISの部分展開でやってるんじゃないのよね? 阿九斗くんって本当に魔法使いなんだ」
「正確にはそうではありません。国家魔法師の資格は、まだ持っていませんので」
そう返事をしていると途端に上下していたマナ球の軌道がブレた。
今、阿九斗は生身でマナを操作している。ISの補助なしでは簡単なマナのコントロールにも骨がいるようで、マナの球を上げ下げするだけでも額にジワリと汗が滲む。
マナの操作に必要な集中力を鍛えるのが今回の課題の内容だった。
「ふぅーん、阿九斗くんの世界にはそんな国家資格があるのね」
その質問は少なからず好奇心も含んでのことだろうが半ば退屈しのぎかもしれない。
最初の方こそは楯無も興味津々といった様子で見ていたが、開始から30分と見ていられるほど楽しい特訓ではなかった。
それを理解してか、阿九斗もあえて話しを続ける。
「空間に満ちているマナを制御するのが僕の世界で言う魔術です。帝都中央の発電施設から地球そのものに直接流し込まれているエネルギーにマナは共振するようにできています。ですので、このように見かけ上はマナがエネルギーそのものになっています」
さらに一般的にはそこまで知られていないことだが、マナは生物の体内にも蓄積することができ、そこからマナを取り出すこともできる。蓄積量には個人差があり、それが多いほど大気のマナにも影響を与えやすい。
つまりマナと、それを蓄積できる人間、そして共振するエネルギーがあってはじめて魔法が成立するのだ。
そして紗伊阿九斗は、優秀な人材が数多く集まるコンスタンツ魔術学院の中でも規格外のマナの蓄積量を誇っていた。
「でも、この世界にそんなエネルギー施設やシステムはないわよ? マナなんていうのも聞いたこともないし、それに相当する物質にも心当たりはないわ」
「マナについては僕の特異性が理由です。ですが、エネルギーに関しては実は僕にもわからないんですよ」
魔王は通常の人間とは違い、自らの体内でマナを生成する仕組みを備えている。しかしエネルギーの供給は〝神〟という世界システムによってもたらされているものだ。
楯無が言うように、この世界に神がいないのだとすれば、いくら阿九斗と言えども魔法を使うことができないはずだった。どれだけマナがあろうとも、共振するエネルギーがなければマナはただの物質でしかない。
(しかし、現に僕はこうして魔法を使うことができている。それは体内で生成するマナに共振するエネルギーがこの世界にも供給されている証拠だ)
冷静に考えればありえないことだった。魔王たる阿九斗が力を行使するのに不可欠な要素が、この世界にはない。それでも阿九斗の手の中で魔法は成立している。
(いったいどうして......?)
そんな阿九斗の疑念を投影したかのようにマナの球が揺らいだ。
思い出したかのように楯無が言う。
「......そうだ、簪ちゃんの裸を見た感想は?」
「なっ!?」
急激に膨れ上がったマナの球体が阿九斗の腕を押し開くように爆発四散した。
────ドゴオオオオオオンッ!
客席のシールドが震え、閃光がアリーナを包み込むように広がったあと、絵に書いたようなキノコ型の煙が立ち上る。
やがて煙が引くと、そこには小さなクレーターができていた。その中央で阿九斗が大の字になって倒れている。
「ちょっと、阿九斗くん!?」
楯無は客席を飛び出して駆け寄る。
しかしあれだけの爆発を受けたにも関わらず、阿九斗には目立った怪我はない。手の平に軽く火傷を負っているようだったが、それも青白い光を発しながら見る間に消えていった。
爆発の作用が攻撃的な意思ではなく、羞恥によるものだという証だ。
「痛たたっ。それは誤解、でもないのか? といっても故意に見てしまったわけでは─────」
巻き起こった砂塵に咳き込みながら、阿九斗の必死の弁明が始まった。
○
学内の生徒はもちろんのこと、外部からの招待客も多く、学園祭は大いに盛り上がっていた。
執事服に身を包んだ一夏と阿九斗は口を揃える。
「「お帰りなさいませ、お嬢様」」
今まで多くのバイトをこなしてきた二人は慣れた様子で来客を捌いていく。
バイト三昧だった中学時代の経験が奇妙な形で活きた。
「見て! 紗伊くんと織斑くんの接客が受けられるのよ!」
「写真も撮ってくれっるって! ツーショットよツーショット!」
開店前からできていた行列は時間とともにその長さを増していき、列の整理に人員を回さなくてはならないほどの盛況を見せた。
列の遥か彼方には〝最後尾〟と書かれたプラカードが辛うじて見える。
(時間があれば簪さんを誘ってみようと思っていたけど、これじゃあしばらくは出られそうにないな......)
時にはマスコミや雑誌などの取材に声をかけられることもあったが、クラスメイトのフォローもあって、どうにか切り抜けられている。
そうでなくとも、普段お目にかかれない男性操縦者をひと目見ようと上級生が流れ込んできているのだから、休みがいつになるのかわからない。
「阿九斗くんただいま~♪」
「お帰りなさいませ、お嬢...って、生徒会長?」
半ば自動的に応対していた阿九斗は我に返る。
長蛇の列に紛れてやってきたのは楯無だった。どういうわけかメイド服に身を包み、口元に添えられた扇子とのミスマッチ感が妙に印象強い。
「あら、わたしにもお嬢様って呼んでくれないの?」
「......失礼いたしました。お嬢様」
楯無は満足したかようにうなずく。
「よし、それじゃあ時間もないし行こっか」
阿九斗の腕を取って列を抜け、こともなさげにグイグイと引っ張っていく。
「行くってどこへですか?」
疑問を呈する阿九斗に楯無は小首をかしげるように言った。
「あら、生徒会主催の演劇に参加するようお願いしたの、忘れちゃった?」
(......はい、今思い出しました)
なにせ承諾してからトラブルの連続だった上に、以降これといって打ち合わせのようなものもなかったのだ。
劇を引き受けるにあたって、阿九斗はこれまで一切の説明を受けていない。
「とにかく、お姉さんと来る♪」
○
「......こんな感じかな?」
舞台裏で渡されたブルーのスーツに黒いマントを羽織る。
一見、中世の貴公子を思わせるこの服装も阿九斗が着ると特撮番組で見るような悪党の幹部のような風貌になった。
そんな自分を姿見で確認しながら阿九斗は思う。
(これで善人...なわけないよな。会長からは即興劇と聞いただけで具体的な内容は知らないけど、ナレーションに合わせてそれっぽいセリフを言っておけば大丈夫か)
指示された位置に着くと、やがて開演のブザーとともに舞台の幕が上がる。
阿九斗にスポットライトが当たり、楯無のナレーションが入った。
『───100年前、戦争があった』
ゾワリ、阿九斗の背中の毛が逆立った。嫌な予感がする。
『ある者が魔物の軍勢を従えて人類に攻めて来たのだ。その者は、自らを魔王と名乗ったという』
(......これは、まさか!)
阿九斗が前の世界で歴史として学んだ、先代魔王の話そのものだった。
『人類と魔物の戦争。しかし、その混沌とした戦乱のさなかに1人の少女が立ち上がった』
背景にステンド調の影絵が映し出される。
鎧を身にまとった女性が魔物をなぎ倒して突き進んでいく。
『幾多の戦場を駆け、群がる魔物を打ち破り、返り血に染まることも厭わぬ人類の希望。彼女を呼ぶに相応しいその名は─────』
───〝
特撮のタイトルのような派手な演出。
状況がまったく読み込めない阿九斗は呆気に取られてそれを見ていたが、その話はたしかに知っている。コンスタンツ魔術学院でクラスメイトだった三輪寛の実家に伝わる魔王討伐の伝説だ。
『...今宵、人類と魔物の最終決戦が始まる』
ナレーションの終わりとともにステージ全体がライトアップされる。不穏なBGMと地下洞窟のような背景、そして中央に置かれた玉座がより一層雰囲気を引き立てていた。
どうやら阿九斗が魔王で勇者役がそれを討伐するシナリオのようだ。それもいきなりのクライマックス。
(まあ、いろいろ不満は残るけど、ただの劇だしそんな物騒なことには─────)
─────ザンッ
投擲された薙刀が阿九斗のマントを掠めると、あえなくその期待は裏切られた。
玉座に突き刺さった鋭利な刃がライトを反射して光る。投げられた先にいたのは、
「か、簪さん? これはいったい......」
ハーフフレームの眼鏡の奥でワインレッドの瞳が闘志に燃えていた。
上品な深い青のドレスの上に厚みの薄いプレートアーマーを着用したその姿は、まるで舞踏会からそのまま戦場に赴いたような独特の気高さを感じさせる。
あまりの出来事に後ずさる阿九斗に、簪は構わず玉座から薙刀を引き抜き、その矛先を向けた。
「......お願い阿九斗、大人しくやられて!」
○
それは学園祭前日に遡る。
校内はお祭りムード一色の中、簪だけはいつものように整備棟で専用機の開発に没頭していた。
静かな部屋でキーボードのタッチ音だけが微かに響く。
(マルチロックオンシステムが作動しない...どうして?)
整備課の助力を得て多くの問題をクリアし、後は武装の設計を残すのみとなった。
しかしメインの武装である荷電粒子砲と第三世代装備の山嵐のシステムが新たな壁となり、作業は再び行き詰まっていた。
(コアの適正値が弱い? でもこれなら十分のはず......)
表示された【エラー】の文字に簪はかけていた眼鏡を外し、目頭を揉んだ。
「阿九斗...どうしてるかな?」
逃げるように天井を見つめて惚ける。
「阿九斗くんなら教室に戻って作業をしてるわよ」
「ひゃっ!?」
横からひょいと顔を覗かせた楯無に簪は思わず飛び上がる。
阿九斗との特訓を終えてきたのだろうが、扉が開く様子もなかった。
「お姉ちゃん、いつの間に......」
「それはほら、生徒会長だもの♪」
答えにならない答えに対して簪の反応は極めて冷静なものだった。
性格的な相性も原因でないことはないが、幼い頃から優秀な姉と比較され続けたこともあって、簪は楯無に対して過剰な苦手意識を持っている。
「それで...なんの用?」
そっけなく聞く簪。
「ねえ、簪ちゃん。この劇に出てみない?」
楯無は大まかな劇の流れと役の説明が書かれたプログラムを渡す。
あまりに突然の提案に簪は狼狽えた。楯無も簪が人前に出ることが苦手なことくらい百も承知だ。
「なっ!? む、無理......」
そこに大きく丸で示された『勇者』という役は見るからに主役だ。
学園のホール全体を使った大型の即興劇。細かなセリフも演じ手のアドリブというのだからなおさら荷が重い。
「いいのかしら、このまま阿九斗くんと離れ離れになっても」
「......どういうこと?」
思わせぶりな楯無の態度を見るに、なにか企んでいる。それも突拍子のない、ろくでもないことを。
「これが阿九斗くんの劇の報酬。一人部屋よ」
そう言いながらキーを指先で器用に回す楯無に、僅かだが簪の表情がこわばった。
「阿九斗も出るの...?」
「ええ、魔王役でね」
話によると、1組の部屋の調整が完了し阿九斗の移動の目処が立ったという。もともと緊急措置として一時的に同居していたわけだし、遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
「でもこの部屋はあくまで劇で魔王側が勝ったときの報酬なの。このことは阿九斗くんにもナイショ♪」
簪は一通りプログラムに目を通してからそれに答える。
「......つまり、わたしが勝てば今まで通り」
「ええ、簪ちゃんと阿九斗くんは同室のままよ」
4組のフロアは4階、1組のフロアは1階といったように、IS学園の学生寮はクラス別に部屋の階が違う。
もし部屋が替わってしまえばいつでも気軽に会おうというわけにはいかなくなる。それにクラスが違うと、昼間に話す機会は無いに等しく、今までと同じように阿九斗の傍にいられないのは明白だった。
「...わかった。私、その役やる」
それが自らの日常を守るただ一つの道。
そして学園祭当日に至る。
ISの世界にエネルギーを供給している神、勘の鋭い方ならもうお気づきかもしれませんがどうでしょう?
評価、感想などお待ちしております
ではまた次回~