「はぁあああっ!」
容赦なく振り下ろされた薙刀を阿九斗は紙一重でかわす。
かなり手馴れた武器なのだろう。刃が空を切っても姿勢はブレることなく、一定の型にはまった斬撃は隙なく阿九斗を追い込んでいった。
やがて阿九斗の背が壁に付き、とどめとばかりに頭頂部めがけて振り下ろされた一撃を手の平を合わせて受け止める。
金属独特の冷たさが直に伝わってきた。
(ちょっ、これ本物じゃあ───!)
「せぁあああっ!」
切り払うような横一閃をかわし、逃げるようにして近くにあった石造りの塔を登る。塔といっても大した高さはなく、内壁に沿って作られた螺旋階段を駆け上がるとそれ以上簪が追いかけてくる様子はなかった。
「いったい、なにがどうなって......」
阿九斗は四角く空いた物見窓から外の様子を見る。
(────っ!)
すると簪の構えた弓の矢尻がしかと阿九斗に狙いを定めていた。
反射的に首を曲げて仰け反ると、額があった場所を矢の先端が通過していく。背後で金属がぶつかるような音とともに塔の内壁が欠けた。
(飛び道具まで本物じゃないか! 簪さんは気づいていないのか?)
全身から嫌な汗が噴き出る。
仮に腕がちぎれたとしてもマナによる再生は可能だ。しかし首を落とされたり、心臓を打ち抜かれてもそれができるかと言われれば無理な話だ。
そうでなくとも痛いものは痛い。
「こんなの冗談じゃないぞ!」
どこかで様子を見ているであろう楯無に叫び、阿九斗は塔の頂辺まで駆け上る。するとワイヤースロープで先回りした簪が薙刀を手に待ち構えていた。
先程の薙刀の太刀筋といい、弓の技術といい、並の身のこなしではない。
「どうしてこんなことを...って、ありきたりなことを聞いてもいいかな?」
「黙ってやられてくれればいいの......。直ぐに、終わるから...!」
しかし阿九斗といえども真剣で斬られるわけにはいかない。
狭い塔の上で、簪を軸に薙刀の刃が弧を描くように阿九斗を隅へと追い込んでいく。
(くっ...誤算だった。まさか簪さんがこんなに強かったなんて、普通なら誰も思わないじゃないか)
後がなく避けきれなくなった簪の一太刀を阿九斗はクロスした腕で受け止めた。金属同士がぶつかるような音が舞台に響く。
「......阿九斗、スーツの下になにを仕込んでるの?」
「えっと、それは......」
やむを得ず、とっさに腕にマナを集中させて薙刀を弾いたのだが、幸い鎧かなにかと勘違いしたようだ。しかし阿九斗もこんなふうに何度も上手くマナをコントロールできる自信はない。
肉体強化の魔法は阿九斗が最も得意としていたのだが、体内のマナのみを使ったものとなるとやはり勝手が違う。
───ゴゴゴゴゴゴゴォ...
そのとき、突如舞台のスクリーンに映された『援軍』の文字とともに背景右手の門が音を立てて開いた。
「...なんだ?」
「えっ、こんなの、プログラムにない...!」
簪にもわからないようで、その表情に驚愕の色が浮かぶ。
「紗伊阿九斗! 覚悟しなさい!」
「加勢するわ、更識さん!」
「私達女の敵を討つ!」
現れたのは思い思いの武器と殺意で武装した4組の生徒たちだった。
学園祭当日、『夜這いの恨みを晴らすべく、簪が即興劇で阿九斗と対峙する』という噂が
簪が阿九斗との同居生活を守ろうと、教室でやや殺気立っていたこともその裏付けとなって、たちまち闘争心をたぎらせた4組は出し物そっち退けで打倒魔王一色に染まり、募られた義勇兵は総勢36名。
正義の旗のもと、一斉に塔へと登ってくるのが見えた。
(まずい...このままじゃ、あっという間に塔の上が人で溢れてしまう。どうにかして逃げないと)
しかしその武装集団はすでに塔を囲むように群がっていて、登りに使った階段は使えない。
魔術学院で絢子が行使した『討伐制度』を思い出す。統率の取れた組織的な行動こそ見られないが、阿九斗に向けられた殺意は十分その生徒たちに並ぶものがあった。
「簪さん!」
「ひゃっ!」
阿九斗は簪を小脇に抱えてワイヤースロープに手をかける。もはや逃げ道はこれしかなかった。
ハンドルの車輪が音を立てて鳴り、地面に降り立つと勢い余って床に転げた。
舞台装置のスロープを隠すようにして配置された茂みの裏で簪を押し倒したような体勢になってしまう。客席から見えない位置にいるのが不幸中の幸いだろうが、塔の上にいる4組の生徒たちには完全にその様子が見えてしまっている。
(いかん、これでは......!)
「見て! 簪さんが!」
「おのれ紗伊阿九斗! 舞台を利用して簪さんを辱めようだなんて!」
「違っ! これは誤解で───」
聞く耳を持たず、4組の生徒たちは塔からインクをこぼしたようにステージへ広がっていく。
それに続いて、再び派手なエフェクトとともに効果音が鳴った。
─────デデーン!
「今度はなんなんだ!?」
『召喚』の文字とともにステージの左手の床が開き、紫のライトに照らされながら1組の生徒たちが参戦した。
魔物の仮装のつもりだろうが、中には動物の着ぐるみやメイド服など、どちらかと言うとハロウィンを思わせるような珍妙な服装をしている。それが総勢32名。
「我らの男子を守れー!」
「大魔王阿久斗くんバンザーイ!」
「悪に栄光を!」
突如現れた1組と引き返してきた4組がステージ中央の阿九斗と簪を挟むような形で相対する。
さすがに焦った阿九斗は思わず周囲を見渡した。
まず映ったのは今使ったワイヤースロープ。しかしさっきまで入っていたはずの電源ランプはついていない。恐らく裏方が、具体的には楯無がタイミングを見計らって意図的に電源を切ったのだろう。
簪の持っていた薙刀は着地の拍子に根元からポッキリと刃が折れている。それ以前に真剣である以上使う訳にもいかない。
使えそうなものは何もなく、逃げ道はもうどこにもない。
『さあ、魔物と人類の最終決戦!いざ開幕~♪』
活き活きとした楯無のナレーションとともに、観客参加型の大合戦が始まった。
「「「「 魔王! 覚悟ぉ!! 」」」」
「「「「 悪に栄光をー!! 」」」」
「こんなの滅茶苦茶だぁあああー!」
そんな阿九斗の叫びは双方から押し寄せる生徒たちの波にさらわれていった。
それから激しい押し合いへし合いの末、両軍を巻き込んで盛大なドミノ倒しが起こり、阿九斗は生徒たちの下敷きになって埋もれていった。
一方、幸運にもステージの端に押しやられてしまった簪はその転倒に巻き込まれずにすみ、誰もが地に伏する中でただ一人取り残された様子は、さながら、屍の上に立ち尽くした戦女神にも見えなくはない。
─────fin
こうして観客の盛大な拍手に包まれながら、舞台は幕を閉じた。
○
「......ああ、ひどい目にあった」
安請け合いは二度としないと心に決め、阿九斗はペットボトルの水を一気に飲み干す。
演劇は一応、人類側の勝利という結末で終わった。それにしても、あれだけの騒ぎで一人もけが人が出なかったというのだから驚きだ。
ふと、忙しそうに走り回る裏方の話しに耳を傾ける。
どうやら午後の部では一夏を王子役に『シンデレラ』をするそうで、舞台の再セッティングに役員たちが右往左往していた。
一夏がそこで地獄を見るであろうことが容易に想像できる。
(......が、正直どうでもいい)
パイプ椅子にだらしなく腰掛けた阿九斗は、無気力に役員たちの様子を眺めていた。
そのころ簪は衣装のプレートを外し、握り締めた拳を高らかに掲げて人知れず歓喜していた。
「よく頑張った...私。これで今までと変わらない...」
大勢の観客の前にすることに耐え、経緯はどうであれ見事勝利を収めてみせた。部屋移動の話はひとまず回避できたと思われる。
しばらくして楯無が入ってくると、いつものおどけた表情で歩み寄り、簪の手を握った。
「はい、特別報酬の一人部屋よ。おめでと~」
「.........は?」
ポン、と簪の手に置かれたのは以前整備室で見せられた部屋の鍵。
意味がわからない、といった様子で楯無を見る。
「だから、魔王を倒し、勝利をおさめた簪ちゃんへの特別報酬♪」
「なんでそうなるのっ!?」
「あら、だって阿九斗くんにだけ報酬を用意するのは不公平じゃない」
簪は頭を抱えた。
(は、嵌められたー!!)
阿九斗が勝てば阿九斗が移動、簪が勝てば簪が移動。つまりどちらが勝とうと部屋を移動することに変わりはなかったのだ。
今回の劇に簪を焚き付けるために、あえて特別報酬の話しをして網を張り、見事に簪は引っ掛かった。思えば最初からそのつもりで仕組まれていたのだろう。
これなら参加を拒否して他の誰かが阿九斗を倒してくれることに期待したほうがまだ可能性があった。簪がと阿九斗が舞台の参加を受けた段階で、すでに楯無の悪知恵に嵌っていたのだ。
しかし、簪も骨折り損では終われない。
「じ、じゃあ、辞退する! いらない!」
簪は渡された部屋の鍵を突き返した。とくに抵抗もなく受け取る楯無。
「そっかー。じゃあこの報酬は魔王側に譲るということで」
「そ、そんなぁ...」
どうにか打開策を考えようと脳をフル回転させるが、15の男女が部屋を共にすることを正当化するなどできるはずもなかった。
それこそ阿九斗も報酬を辞退してくれれば、あるいは可能性があるかもしれない。しかし変に実直な阿九斗のことだ。今回の報酬を魔王側に譲れば、喜んでそれを受け取るに違いない。
ならばせめて悪評の絶えない4組のフロアから、1組のフロアに阿九斗を逃がすことが最善。
「わかった、報酬は阿九斗に譲る。そう伝えて......」
観念した簪はガックリと肩を落とし、溜息とともに渋々ながら阿九斗の部屋移動を了解した。
○
事件が起きたのはそれから数時間後のことだった。
『専用機持ち各員に通達。現在ロッカールームにて、未確認のIS出現。《白式》と交戦中。直ちにISを展開して状況に備えてください』
「敵は単独か。山田先生、増援に警戒、一般生徒には避難命令を」
学園内に警報が鳴り響き、あちこちに指示や報告が飛び交う。
千冬はオープンチャンネルを開いた。
「オルコットと凰は上空で哨戒につけ。篠ノ之、デュノア、ヴォーデヴィッヒは織斑の援護、ロッカールームに向かえ」
モニターでは苦戦を強いられている一夏の姿があった。接近戦しか攻撃手段を持たない一夏に対して、敵機は狭い空間で手数に任せて射撃武器を乱射している。
「敵機の参照完了、強奪されたアメリカの第二世代IS《アラクネ》です!」
「やはり仕掛けてきたか...しかしなぜだ? なぜ白式を狙ってきた?」
各国の上層部は《銀の福音》撃破が阿九斗によるものだと知っている。恐らく政府にパイプを持つ一部団体にもその情報は流れているはずだった。そして今や世間の注目は一夏以上に阿九斗に向いていると踏んだ千冬は楯無に阿九斗の特訓と警護を依頼したのだ。
しかし今回の標的は阿九斗ではなく一夏、阿九斗の《魔王》を置いていったいなにが目的なのか。
千冬に阿九斗から通信が入る。
『織斑先生、僕も出撃します。指示を』
「......待機だ。」
『なぜです!? 今は戦力を出し惜しんでいる場合じゃ───』
「落ち着け、敵は単独で学園内部で交戦している。ここを襲撃するのに敵戦力がたった1機とは思えん。交戦中の1機は陽動で、奴らの目的がお前でないとも限らんのだ」
もし目的が《魔王》の強奪だとしたら、むやみに敵に近づけさせるわけにはいかない。
(万が一あんなものが亡国企業の手に渡れば、もはや取り返しがつかん...)
スペック上、《魔王》は単独で戦略兵器に相当する戦力を誇っている。束が厳重にかけたリミッターがあるとはいえ、それがもし外されるようなことになれば大惨事になりかねない。
「高速で移動中のISを補足。南西から1機、北東から2機」
真耶の報告とともにディスプレイに現場のモニターが映し出される。
「南西でオルコットさんと凰さんが交戦開始。識別確認、同じく強奪されたイギリスの第三世代型IS《サイレント・ゼフィルス》。北東の2機は以前現れた無人機と同じもの、いえ、発展機だと思われます」
「すぐに北東へ教員機を向かわせろ!」
「ダメです、間に合いません! このままでは《アラクネ》と合流します!」
「おのれ...!」
千冬はディスプレイに拳を叩きつけた。
(新型のゴーレムだと? 馬鹿な、早すぎる...!)
白式へ向かって学園の上空を飛行していた無人機に地上から荷電粒子砲が放たれる。
回避行動を取って2機がアリーナに降り立つと、それを閉じ込めるかのようにドーム状のシールドが張られた。
「最大レベルに設定したアリーナのシールド。これを破るには、長時間シールドの破壊のみに専念しない限り不可能だ」
圧を伴う悠々とした歩調で阿久斗はハッチからその姿を現す。
握り締めた鋼の拳に青白いマナの光が揺らぎ、その頬には血が滴るように痣が浮かんでいた。
「来なよ、ゆっくりしていくといい」
一話一話をどこで区切るかってけっこう悩むんですよね。
気づいたら一万文字越えててこれはいかんぞ、と思いましたw
皆様の評価、感想などお待ちしております。
目指せお気に入り100件!!
ではまた次回〜