何はともあれ第1話です。
ハワイ沖で試験稼働中の軍事用IS、《
「箒、よろしく頼むぜ」
「本来、男が女の上に乗るのは私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」
箒と呼ばれた少女は展開装甲を全開にする。開口からライトパープルの光が一層強まった。
一機のISがもう一機を目標まで運び、エネルギーの充実した状態で無力化する。それが今作戦であった。
「心配するな。一夏は私が責任を持って運んでやる。大船に乗ったつもりでいい」
箒が一夏を背負う。初陣に現れた大物に声がやや上ずっていた。
実戦経験が少ない二人が選ばれたのも、箒は最新の第四世代機が持つ機動力、一夏は零落白夜による一撃必殺の攻撃力が今作戦に適しているとされたからだ。
純白のIS、《
(箒、なんだかはしゃいでいるみたいだ)
なにか良くないことが起こる、そんな予感が一夏の胸には燻っていた。
○
太平洋沖合いの海底に阿九斗はいた。
重力を感じさせない浮游感と全身の痛み。しかし光のほとんど届かない暗闇と異様なほどの静寂が、不思議と心を落ち着かせてくれた。
自分は負けたのだろうか? いや、負けたのだろう。
海の底で意識が浮きもせず沈みもせず、ただ無気力に漂うような感覚は、眠りに落ちる寸前のそれと似ている。
身体に力が入らず、指一つ動かせない。ただ上から差す光を阿久斗はぼんやり眺めているだけ。
そんな光が不意に大きくなり、海上に引き上げられると飲み込んだ海水の重さと急な腹部への圧迫感に阿久斗はむせかえった。
「ごほっ! ごほっ! ぐふっ!」
「おおー! すごいねぇ君! さすがの束さんでもあんな深くに沈んでたら水圧で『ゲボエッ』ってなっちゃうよ!」
阿久斗が目を開けると、なんとも珍妙な状態だった。
船板の上で目を輝かせているその女性は、ファンシーなドレスに身を包み、頭にはウサギ耳のような機械のカチューシャを乗せている。
よく見ると船もそのモチーフに同じくして、白い船の船頭にキョロリとした目が二つ。帆のように伸びた二本の耳は風を受けてなびいているが、推進力を得るにはいささか実用的とは言えない。
そんなウサギ船のデッキから伸びたアームが阿久斗の腹部をしっかりと掴んでいた。
(.......あれで引き揚げられたのか?)
状況を把握しきれない中、阿久斗はひとまずこの人に助けられたことだけをかろうじて理解すると、性格的に言葉が出た。
「助けて頂いたようで、本当にありがとうございます。ところで......」
いまだ宙吊りのままで阿久斗は言った。
「そろそろ下ろしてはもらえないでしょうか?」
○
「フ~ム...フムフム......ムムム?」
「...あの、これはいったい......?」
奇妙な服装の女性は阿久斗を宙吊りからいきなりアームを離してデッキに叩きつけるなり、四方八方から身体を見回している。
先の魔術学院での戦闘で上半身の衣服は消し飛んでしまい、阿久斗は変な気恥ずかしさを感じていた。
「ねぇー。君って人間?」
「......一応、人間のつもりです」
自我を持たぬ神を殺すため、マナに調整を加えられた存在。社会に対する絶対的な破壊者。それが紗伊阿久斗だ。
人ではあるが人ではない。そんな自分の存在を決定付ける言葉があるとすれば『魔王』の他にないだろう。
「えっと、失礼ですがあなたは何者なんですか?」
奇妙な服装をしてはいるが、それが趣味でないとすればどこかの神徒の正装にも見えなくはない。
女性は仁王立ちで両手を腰に当てながら得意気に名乗った。
「えっへん! 私は宇宙一の大天災! 篠ノ之束さんだよ!」
「は、はあ......」
活気に溢れる束に対し、阿久斗の反応はなんとも薄いものだった。
助けてもらった恩人の名前を除けば、把握できた状況は海の上にいるということだけだ。
脱力する阿久斗の様子を見て束は小首をかしげる。予想外の反応、とばかりに疑問の表情が顔に浮かんでいた。
(疑問があるのはこっちの方なんだけどなぁ...)
できる限り早くピーターハウゼンのもとへ戻りたかったが、この調子だと急ぎの帰還は難しそうだった。
「あれあれ? 君、束さんのこと知らないの?」
「知らないもなにも、僕らは初対面のはずですよ? 知っているわけ─────」
「よーしじゃあこっちおいで~」
束は阿久斗の腕を引くと船内へ駆けていった。
「ちょっと! 『じゃあ』の使い方がだいぶおか───」
「宇宙の神秘に比べれば些細な問題だよ!」
(そのスケールで日常を量るのはどうなんだ?)
今までに経験したことがないような破天荒さ。
阿久斗の感想は言葉にされることなく、束の勢いによって封殺されるのだった。
○
「さて問題。これな~んだ?」
「えっと、これですか?」
さまざまな色のケーブルの先には一体のロボット、でもない。胴体の部分に人が乗り込めるような空洞が空いているところを見ると、金属の鎧にも見える。
(でも肝心の胴体を守る部分が見当たらない。鎧にしたって急所を守る部分がこれでは出来損ない過ぎだ。ということは未完成? いや、それじゃあ問題にならない。ならば─────)
「......その、なんとも」
結局、あれこれ思考を巡らせたものの、なんの結論も出せずに答えを仰いだ。
「正解は~~~じゃじゃん! IS《インフィニット・ストラトス》でした!」
「そう、なんですか...」
「そうなんです! で、君はISについてどれくらい知ってる?」
呆気にとられながらも答えを返していく。
「いえ、なにも知りません。こうした工科知識については一般的な範囲でしか学んだことがなかったので」
阿九斗はコンスタン魔術学院で奨学生になる過程で多くの知識を学んできたし、入学後も勉学はけして怠らなかった。それでもISなんて単語は聞いたことがない。
「それはおかしいよ! 今やISは幼稚園児から腰の曲がったお年寄りまで誰もが知ってる一般常識じゃないか!」
出会ってからの束の立ち居振舞いを思い出す。
(ここまで常識外れの人に常識って言われても...いやいや、恩人に対して失礼な)
「あ! そういえば君の名前聞いてないね」
ここでようやく阿九斗は自分がまだ名乗っていないことに気づいた。
阿久斗は自分の考えを首を振って戒めながらも、持ち前の社交的な性格からすぐさま頭を切り替える。
「申し遅れ失礼しました。コンスタンツ魔術学院一年生の紗伊阿九斗といいます」
(って、しまった!!)
そしてその性格が裏目に出たことに気付いた。
学院での騒動はテレビ等の各メディアを通じて報道されている。今や魔王紗伊阿九斗の名前を知らないものはいないはずだ。
「うん? コンスタンツ...魔術?」
しかし、束が反応を示したのは阿九斗の名前ではなく、学校の方だった。それもとりわけ魔術の二文字に疑問符をつけている。
「............あれ?」
どう考えてもあり得ない食い違いだった。
「あの、僕のこと知らなんですか?」
純粋なまでに嫌な予感がした。そしてスハラ神神木での微かな記憶がそれを裏付けさせる。
────他世界との境目に空いた穴。
そんな思いを知って知らずか、束は意気揚々と答える。
「当然さ! なにせ僕らは初対面じゃないか!」
点と点が確かに繋がった瞬間だった。
○
「なるほどなるほど~。魔術に、人間と魔物との戦争、そして────」
束はビシッと指先を阿九斗に向ける。
「君こそが魔物の統率者! 魔王!」
「ええ、まあ......本当なら反論したいところなのですが......」
話がこじれるというのもそうだが、魔王になどならないと言っておきながら神殺しを宣言し、魔物を従えて戦争を引き起こしたのはまぎれもない事実なのだ。
「それにしてもマナを用いない機械の存在だなんて......」
阿九斗がもといた世界について話すと同様に、束からもこの世界について話を聞いた。
宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォームスーツ。しかし宇宙進出には進まず、そのスペックをもて余したISは兵器へと変わり、現在ではスポーツというかたちで落ち着いたという。
そしてそのISを設計したのがこの篠ノ野束だというのだから驚きだ。
「それで───」
【 わーにんぐ! わーにんぐ! 】
「へ?」
警報、というには危機感を感じさせないような間の抜けたサイレンが鳴った。続いてあちこちで立体のスクリーンが作動する。
そこに映し出されたのは3つの影。先ほど見せられたものと形状は異なるがそれがISではあることはすぐにわかった。
「おーっと、そういえばこっちもそろそろだった!」
思い出したように束は近くのキーボードを操作し始める。
「これは?」
「うん。めったにないことではあるんだけどね。試験稼働していた無人運用のISが暴走しちゃってて、今そこに映ってる二人がソイツをとめるために戦ってるんだよ」
たいしたことでもない、といった様子で言う束。しかしその口調には先ほどまでの極端な抑揚はなくなっている。
「どうして無人で運用する必要があるんです? それではスポーツとは言えないのでは?」
「スポーツに使うなら、ね」
「......まさか」
束は阿九斗に顔を向けることなく答えた。
「そう、これは軍事用のIS。戦争のために作られた兵器だよ」
「っ! ISはスポーツに落ち着いたんじゃ───」
阿九斗の口が止まる。
(ああ、そうなのか......)
つかの間の平和も、次の戦争までの準備期間でしかない。スポーツという形をとっていても、人々は争いのために強すぎる爪を研いでいる。
決められた物語を捨て去った、人と人とが紡ぐこの世界。それはまさしく阿九斗が作り出そうとした世界だった。しかし、それでも本当に変わらなければならないものはなにも変わっていない。
(ありもしない幻想を取り払っても、人はまだ争いを続けるのか!)
そんな自分が抱く世界への憤りに気付いて、振り払うように顔を振った。以前いた世界ではその感情がもとで過ちを犯すところだったのだから。
再びスクリーンに視線を戻す。
「この二人は勝てますか?」
「二人だけじゃ絶対無理」
「なっ!」
実にあっさりと言ってのけた。
「勝機はもちろんあるよ。あるけどほとんど賭けかな? なんにしても今のままじゃ絶対に勝てない。軍事用1機を相手に競技用が2機。束さんの仕込んだ種が割れて、あてにしてる4機が合流すれば確実なんだけど」
口振りから察するに、本人自身も上手く事が運ぶか不安なのだろう。
「これはね、束さんの戦いなんだよ。自分のばらまいた天災を終わらせるためのね」
束は手を止めてモニターに視線を落とす。
「本当はちーちゃんやいっくんを宇宙に連れていってあげるための発明だったんだ」
そう言って束は自嘲気味に笑った。
「間違いに気付いたときにはもう手遅れだったんだー。わたしの作った467のISコアは世界中に散らばって、今じゃどこの国もIS開発に躍起になってる。IS技術はもう束さんの手の届かない範疇にまで広がっちゃった。そして、それは大勢の命を奪う化け物になってしまうかもしれない」
最初こそ一人の天才の夢の産物だったかもしれない。しかしそれが多くの思惑に婉曲され、人の野心にあっという間に飲み込まれてしまったのだろう。
「魔法の世界の魔王が君なら、この世界の魔王は束さんかもしれないね」
阿九斗はその横顔に言い知れぬ情緒を感じた。
大天災と呼ばれた彼女は世界に破壊を招きかねない装置を生み出した。そしてそれは本人の意思とは別に世界を混乱へと導こうとしている。
(───それなら僕は)
阿九斗はISに繋がれていたケーブルを強引に引き抜いた。
「このISをお借りします。僕が行ってあれを止めます」
「ええっ!?」
束はすぐさま反論した。阿九斗本人も多少の無理は承知の上だ。
「無理だよ! ISは女性にしか扱えないようにできてる! 魔法と違って機械は感情で動く代物じゃあないんだ!」
「ものは試しさ」
阿九斗は頬をつり上げて笑うと、置いてあったISに手を当てる。
(この世界に神はいない。大気にマナがない以上、僕の体内で生成されるマナだけで魔法を構築できれば)
一定の強弱でマナを保ちながら少しずつISに注ぎ込む。
(やること自体はそう難しいことじゃないんだ。服部さんの家からワープしたときと同じように、対象をマナで変質させて、あとは徐々に自分と同化させるだけ)
やがて、手に灯ったマナがひときわ強い光を発した直後、それは阿九斗とISを包み込み大きく形を変えた。
「......う、そ」
束はその光景に驚愕した。
赤と黒を基調としたカラーリング。それを覆い尽くすように大小さまざまな骨を組み合わせたような装甲が銀色に光り、禍々しい印象を放っている。
「見たところ武装らしきものはないけど、むしろこれくらいがシンプルでいいじゃないか」
力を込めると鋭利な爪に包まれるようにしてマナが発生した。生身で戦うよりずっとコントロールしやすく、これならもといた世界以上に力を発揮できる。
阿九斗は手のひらを上に向けてマナを集中させた。
「行ってくる」
放たれた閃光は船室の天井を突き破り、雲を穿った。
開けた空を一機のISが軌跡を描き、駆けていく。
大天災が生み出した世界の変革を打ち壊し、もう一度ゼロに戻すために。
原作のストーリーに阿久斗をねじ込む感じでいきたいと思います。
また皆様の評価(重要!)、感想などもお待ちしております。
ではまた次回~