お待たせしました......
書きすぎて前後編になりました......
どうぞ!!
空はうっすらと明るくなり始め、夜の最後の寒さが名残惜しげに阿久斗の顔を撫でていく。
当初はやや混乱状態にあった生徒たちも、学園祭襲撃から一週間も過ぎればいくらか落ち着きを取り戻し、安穏とした雰囲気が学園を包んでいた。
阿久斗も怪我の療養のためにここ数日は安静にしていたものの、ゴーレムとの戦いで負った傷は無事に完治。朝のジョギングを再開していた。
いつもの通り学内をぐるりと一回りしたあと、林道を一定のリズムを刻みながら走る。
学園の敷地であるのだから、林というには多少手狭ではあるが曲がり道の多く入り組んだそこは、反対側まで抜けようとなるとそれなりの距離になる。
結果、時間的にもちょうど道の中間辺りが阿九斗の考える引き返しどきになるのだ。
「ハァ...ハァ...今日はここまでにしておこうか」
そう言って来た道を引き返そうと思った矢先、離れた場所で朝日を反射しながら不規則に動くものがあった。
近寄ってよく見ると刀を手携えた少女が一人。なにかの剣術の型だろうか、日に照らされた刀身と流れるような剣捌は風に舞う笹の葉と相まって神秘的なまでの美しさを醸し出している。
(あれは、篠ノ之さんじゃないか。)
篠ノ之箒。一夏と共に福音の一件で戦っていたIS操縦者。そしてISの開発者である篠ノ之束の妹にあたる。
それから何度か同じ型を繰り返すと、大きく深呼吸をしながら刀を鞘に納めた。
ひとしきり稽古を終えたのか、箒は首に掛けていたタオルで頬を拭う。
「おはよう。剣術の練習かい?」
区切りがついたと見て阿九斗は拍手をしながら前にでた。
少し驚いたようにして阿久斗の存在に気づくと、焦るように返事を返す。
「お、おはよう。......なんだ、見ていたのなら一声かければよいだろう」
「すまない。盗み見るつもりはなかったんだけど、あまりに美しくてね」
「なっ!?」
型の最中の表情から一転、箒は耳まで赤くしてあからさまに視線を反らした。
阿九斗は剣術に詳しいわけではないが、それに目を奪われていたのは確かだ。
「本当に綺麗だったよ。素人目にも洗練されているのがわかる、素晴らしい演舞だった」
それを聞いて『美しい』という評価が自分の容姿ではなく、自分の剣技に対するものであったと瞬時に理解した。
「............」
半眼無言で阿久斗を見つめる箒。
「うん? どうしたんだい?」
「いや、なんでもない...」
このとき、ふと感じた既視感の正体を箒は嫌というほど知っている。
(この男は一夏と同じ部類の人間だ)
ただ純粋に、心からそういうことを言えてしまう。腹立たしくも憎めない性格。
「沙伊...だったな。名前は」
「うん、君は篠ノ之さんだね」
普段は制服でいるときしか会うことがないせいか、稽古着姿をみるのは新鮮だった。
(思い返せば《銀の福音》の暴走事件で会って以来あまり話す機会がなかった。これを機に親睦を深めるのも良いだろう)
阿久斗はそう考えた。
束の妹であるといった理由も少なからずあったが、そうした色眼鏡の抜きに、日頃から見られる清廉潔白な振る舞いには好感を持っていた。
「いつもこんなに早くから練習しているのかい?」
「ああ、毎朝の習慣なのでな。そういうお前こそずいぶん早いではないか」
そう言いながら汗を拭う仕草に服部絢子の姿が重なって見えた。
確かに箒の凛とした容姿と強みの帯びた声はどことなく絢子に似ている。
(......彼女は元気でやっているだろうか)
「紗伊?」
「...ああ、すまない」
物思いにふけっていた阿九斗の思考は箒の言葉でふと現実に引き戻される。
無意識に重ねていた絢子の影が消えた。
「知り合いのことを思い出していたんだ。君とよく似た強い人だった」
他意のない阿久斗の一言。
しかしそれを受けて俯いた箒の表情には陰が差して見えた。
「いや。私はお前が思っている以上に、弱い......」
「え?」
「私はそろそろ部屋に戻る。また教室でな」
それだけ言って箒は阿久斗に言葉をかける隙すら与えずにその場をあとにしたのだった。
○
「最近、箒の様子が変なんだ」
一夏から相談を受けたのはそんな出来事があった日の昼休みのことだった。
珍しく自前の弁当を片手に阿久斗のいた中庭のベンチに腰を下ろすと、おかずのソーセージを箸でつつきながら溜め息をつく。
「様子、というと?」
「話しかけても素っ気ないというか、ここのところは訓練に誘うようなこともしなくなったし、なんか上手く言えないけど、いつも箒と違うんだよ」
編入してまもないこともあって『いつも箒』というものが分からないでいたが、今朝見せた箒の表情がふと阿九斗の脳裏によぎる。
「一夏になにか心当たりは?」
「それがなにも。箒に聞いても『なんでもない』『いつも通りだ』としか答えてくれないしさ」
そう言って肩をすくめる様子をじっと観察するように見て、阿久斗はここ最近の一夏の行動を記憶の中から手繰り寄せる。
(あー、もしかして......)
思い当たる節が確かに合ったのだ。
一夏は妙なところで鈍感というか察しが悪いというか、時折やり取りのなかで的外れな返答をすることがある。
事実、急な女子の剣幕にまいったように応対しているのを見かけたことがあるし、助けを求めるように視線を送られたことも何度かあった。
(今回についても一夏のなんらかの落ち度があって、一時的に態度が冷めているだけではないだろうか?)
疑念の渦巻く阿九斗の視線に一夏は、なんだ? といった様子で見返してくる。
「......原因がわからない以上はどうしようもないし、しばらく様子を見てみればいいんじゃないかな? 気になるようなら僕の方からさりげなく聞いてみるよ」
打開策、というよりは現状維持に等しいアドバイスで一旦その場をおさめた。
(......まあ、君が聞くとトラブルが激化しかねないからね)
という本音をゴクリと飲み下して。
○
放課後を向かえ、傾きかけた夕日の中を阿久斗はいつもの林道を歩いていた。毎朝のように足を運んでいた学内の竹林も、時間が変われば驚くほどに様子が変わる。
着いた先は剣道部が主に活動している道場。
「ここで間違いないみたいだね」
普段はここまで立ち入ることがなかったせいで知らなかったが、どうも阿久斗のランニングコースであった竹林をそのまま進むと道場があるらしく、格闘訓練用の教室であると同時に剣道部の活動場所にもなっているそうだ。
周囲を竹林に囲まれるように建てられたそこは、最先端設備の集合体ともいえるIS学園とはまったく違う、どこか古風な雰囲気だった。
出入り口の前に立ち、阿久斗は腕時計の目盛りを確認する。今は活動時間外、つまり誰もいないはずの時間だ。
そんな道場の戸を阿久斗は開ける。
「やあ」
そう一声だけかけて、阿久斗は道場の中にいるただ一人の人影に目を向けた。
胴着に身を包み、剣道に使われる竹刀携えている。
篠ノ之箒だ。
「阿久斗か。どうしたのだ? 普段ここに来るようなことはなかったが」
今朝のことを気にしてか、口調からはやや気まずさのようなものが感じられた。
もちろんこうして会ったのは偶然ではない。放課後に箒がこの道場にいることは一夏から聞いて知っていた。
それは箒の言葉からも、普段阿久斗が道場に来ることがないとわかるほどに通い詰めていることが伺える。
「僕の機体は射撃武装もあるけど、基本的には腕を使った極近距離戦になるからね。そういう技術は生身で体得するのが近道だろうと思ってさ」
阿久斗は壁にあったスイッチを押すと道場の床の一部が開口、そこから押し上がるようにサンドバッグが現れ、設置される。
「他の施設とはずいぶん様子が違った場所だけど、こういうところはさすがはIS学園だね」
制服の上着を脱ぎ、それに対面してボクシングのファイティングポーズのような構えをとる。
半歩踏み込んで腰をひねり、人の身体でいうところの脇腹の位置に向かって阿久斗は拳をぶつけた。
ドンッ、という重い音と共にサンドバッグが揺れる。
最初こそはきょとんとした様子で見ていた箒だったが、そんな視線を気にせず自分の練習を続ける阿久斗につられるように再び稽古を始める。
聞くなら今か、と意を決して阿久斗は口を開いた。
「そういえば、代表候補生のみんなは一夏とよく特訓してるらしいけど、箒さんは特訓しないのかい?」
「なぜ、そんなことを気にする?」
疑問で返されて、阿久斗はなんでもないといった表情で答える。
「特に意味があるわけじゃないよ。よくアリーナの外から様子を見かけるけど、箒さんがいるところ見たことがないからさ」
箒は顔を合わせないまま、竹刀で素振りを続ける。大した話じゃない、ただの世間話という体裁を保つために。
「別に大した理由などない。ただ私より他の専用機持ちたちの方が適役だというだけのことだ」
「そうかな? 一夏から聞いてる。剣道がすごく強いんだってね。それこそ全国大会で優勝するくらいに」
阿九斗は再び拳を打つ。
《銀の福音》との戦いで軽く見た程度だったが、箒が使っていた武装が刀状のものだったのは確かだ。操縦技術で遅れをとっても、その腕前は必ずIS戦でも応用が効くはずである。
「いや、それではダメなのだ。そんな強さでは......」
不意に竹刀を振る手が止まり、それを見て阿九斗も手を止めて箒を見るがやはり顔を向けようとしない。
うつむいたままじっと動かないでいる。
「弱い...本当に弱い自分を、私は剣術の強さで守ってきただけだ。薄皮ひとつ剥いてしまえば、私はなんとも愚かで弱い......」
「誰にだって心のどこかに弱さを持っている。それは僕も君も同じだろうけど、わからないな。君はどうしてそんなにも自分のことを卑下するんだい?」
最初こそは些細な疑問だった。そういう性格なのだといってしまうのは簡単だが、ここまでその姿勢が一貫していると性格的なものではないように思える。
「そういうことではないのだ。私は...私はな......」
そのとき、箒はようやく阿久斗に顔を向けた。
「......私はあの時、一夏に諭されるまで密漁者などどうなっても構わないと思っていた。本気で、彼らを見捨てるつもりだったのだ」
ぼそりと呟くような声はあまりに小さかったが、しかしはっきりと聞こえた。
「強いなどと、私にはそんなことを言われる資格はない!」
箒は今にも泣きそうな表情で、いや、心はすでに泣いていたのだ。あの事件からずっと。
肺の底に溜まった淀みのようなものを吐き出すように、箒は大きく息を吐く。そのまましぼんでしまうのではないかと思える程に弱々しい肩が微かに震えて見える。
「今貴様に口にしてはっきりとわかった。私には力を持つ資格など初めからなかったんだ......」
強く握られた竹刀の柄が音をたてて軋む。
「私はもう、《紅椿》には乗らない」
阿久斗はかける言葉が見つからなかった。
まさかあそこまで箒を追い込んだ原因が自分にあるとは思ってもみなかった。
『君は正しい』
阿九斗のその言葉に箒は今までずっと悩まされてきたのだ。
「荒っぽいのは好きじゃないけど、仕方がない」
阿九斗は壁のスイッチを押してサンドバッグを格納すると箒に向き直った。
「篠ノ之さん、僕と勝負しないかい?」
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ではまた次回~