執筆のムーブメントが、、、
最新話からまさかの翌週投稿です
「篠ノ之さん、僕と勝負しないかい?」
唐突な申し入れに箒は首を振って返す。
「言っただろう。私には《紅椿》に乗る資格などなかった。もう二度と、私は《紅椿》には乗らないと」
そんなどこか諦めたような、一切を拒むような雰囲気で箒は同じ返事を繰り返す。
「勘違いしないでほしい。別にISで戦おうって訳じゃないんだ。君とは生身で勝負がしたい」
「......どういうつもりだ?」
阿久斗の意図が読めず、いぶかしむような視線を送る。
「言葉だけじゃ、君には伝えきれないと思ってね。だったら一度ぶつかってみるのもありじゃないかな?」
それはつまり、勝負の中で語るという意味だ。
(まさか、私に剣で挑もうというのか?)
箒は確認する程度の意味で壁に立て掛けてあった竹刀を手に取ると、切っ先を持ち、持ち手の部分を阿久斗に向けた。
「沙伊阿久斗、貴様これまでに剣術の心得は?」
「ない。だから僕はこれを借りるよ」
渡してきた竹刀を阿久斗は手で制すると、道場の端に寄せて置かれていた剣道用の籠手を拾い上げた。
それを両手にはめ、感触を確かめるように手を開け閉めする。
「バカを言うな! それは武器ではなく防具だ! 勝負で丸腰の相手に剣を振れるものか!」
「十分武器さ」
そのとき、阿久斗の視線の中から感じ取ったプレッシャーに箒の身体がこわばった。
明らかな、誰の目にもわかるほどの重圧を合図に阿久斗は地を蹴り、距離を詰めると拳を振り上げる。
反射的に防御の構えを取る箒の竹刀に拳の軌道を合わせ、当たる瞬間、阿久斗は拳に微かながらマナを込めた。
「はあっ!」
「くっ!」
その一撃を受けて柔軟性のある竹の刀身がしなり、崩れた体勢をカバーするように箒は後ろへ下がる。
竹刀で吸収し切れなかった衝撃が腕に伝わり、一瞬、痺れたような感覚が走った。
「......なるほどな。確かに貴様の拳は伊達ではない。いいだろう、勝負だ」
拳相手でも侮れないと悟った箒は右足を前に出し、左足の踵を軽く浮かせると竹刀を中段に構え直す。
剣道の最も基本的な構えだ。
(これで彼女もその気になったかな。とはいえ、マナに頼るのはこれっきりだ。ここからはフェアにいかなきゃ意味がない)
阿九斗は箒に対して身体を斜めに向け、自分の胸と同じ高さで拳を握る。
「お前の認識を改めよう、沙伊阿久斗。お前は一夏と同じでこうした荒っぽい方法を嫌うやつだと思っていたが、お前はどちらかというと間違いなく私寄りだ」
「いや、本来なら僕もあまり争い事は好きじゃないんだ。できることなら平和的なのが一番なんだけど、残念なことに荒事は得意でね」
笑って見せる阿久斗を箒は油断なく凝視した。
呼吸の間隔を意図的に早め、再びぶつかるその瞬間に備える。
(この男は、強い......)
拳から竹刀を通じて感じ取った阿久斗の実力。
自分が最も得意とする剣術、培った経験、その全身全霊をもって挑んでも勝てないかもしれないほどの相手。
しかし逆に、自分の全身全霊をもってすれば勝てるかもしれない相手。
(これ以上ないほどの“好敵手”だ)
竹刀を握る手に力がこもる。
「行くぞ! せあああああっ!」
「はあっ!」
籠手と竹刀が音を立ててぶつかる。
阿久斗は打突ひとつひとつを着実に受け止め、かわし、手が届くまで距離を詰める。
箒の攻撃のほとんどは剣道でいうところの『面』『小手』『胴』『突き』それらを複数使った連続技とパターン化していた。
(頭を打つときは中心線に沿って真っ直ぐ、腕を狙うときは右手が多い、胴体は大抵が左側からで決まってみぞおちの高さに、突きは喉元、ただし放つ角度は変則的、そしてどんな攻撃も上半身以外は絶対に狙わない)
数回の打ち合いで阿久斗は箒の攻撃の癖を見抜いた。ただし、例外的な角度や位置への攻撃があるのも確かで、けして油断はできない。そしてなにより
「やああああっ!」
「ぐっ...」
上段からの一太刀を後ろに下がることでかわす。
なにより、剣士としての箒が持つポテンシャルは脅威的なほどに高かった。
(また距離を離された。一定の型にはまっているからある程度攻撃の予測はつくけど、それでもかわすのだってギリギリだ)
剣道で有効となる攻撃位置は新剣なら一太刀で生死が決まる、言わば人の急所となる場所だ。
箒は当たる寸前で竹刀を止めるように打ってはいるが、それが気休めにすらならないほどの冴えと鋭さが、それらの一撃にはあった。
だが箒と違って阿久斗の目的は勝つことではない。
「心の弱いままで、こんなにも強くはなれないんじゃないかい?」
両脇を締めてガードを固めると剣撃の中を突っ切るように押し進む。
「こんなものは強さではない! 単なる力だ!」
「なら君の言う強さとは? 力を正しく使える力が強さじゃないのかい?」
「その通りだ。しかし私は力を正しく使えなかった。それは私が弱かったからだ!」
「違う。君は強い」
「お前になにがわかる!」
力任せの横凪ぎの一撃が阿久斗の存在を拒絶するように振りきられた。籠手をはめた両腕を十字に重ねて防ぐが、衝撃まではいなせない。
阿久斗は弾き飛ばされるように横にのけ反る。
箒はなおも叫んだ。
「力が欲しかった! 一夏と並んで戦うための力が! 私はずっと自分が強く、それに見合った力さえあればとばかり思っていた! なのに力を手に入れた私はあんな...!」
気持ちの伝え方がわからない子どものように、箒は泣くに任せてただひたすら竹刀を振るった。型外れで、さっきまでのような鋭さが消えた冴えのない太刀筋。
阿久斗はそのひとつひとつを籠手で防ぐが、けしてかわすことはなかった。
「私にはもう!《紅椿》に乗る資格などっ!」
大上段から振り下ろされた一撃が、ガードの隙間に押し入るようにして阿久斗の頭蓋を打つ。
確実な手応えと竹刀の炸裂音に箒が感じたのは“恐怖”。
いつのまにか感情に任せて加減を忘れていたことに気がつき、ゾッとして竹刀を引こうとする。
また、自分の弱さ故に取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと。
「ならどうして...君はそれからも《紅椿》で戦った?」
「っ!」
阿九斗は自身の頭に当てられたまま停止している竹刀を掴んだ。
ISの絶対防御もなければマナによる身体強化もされていない、全くの生身で受けた一撃だ。
しかしそれを受けて頭から血を流しながらも阿九斗は頑としてその場に立ち続けている。
「学園祭襲撃のときもそうだ。君は仲間のために戦っていたはずなんだ。それができたのは自分の間違いを悔いて、正しい道を進み始めたからじゃないのか。初めて会ったとき君は間違えていたのかもしれない。だけど」
手の甲を正面に向け、下からすくい上げるように突き出された拳が箒の顎先でぴたりと止まる。
「今の君は、間違っていない!」
その拳はつなぎ止めた意識で辛うじて放った阿久斗の想いだった。
直後、膝からガクリと崩れ落ち、木目の床が倒れた阿久斗の頬を打つとそのまま意識を手放した。
○
目を覚ましたとき、真っ先に箒の顔が目に映った。
その心配そうな表情が安堵のそれに変わると阿久斗は頭と両手の違和感に気づく。
打たれた頭には包帯が巻き付けられていて、防具越しに攻撃を受け続けた両手には湿布の冷たい感触があった。
「よかった...気がついたのだな」
阿久斗の横で稽古着のままで正座している箒。その傍らには剣道部の備品であろう救急箱があった。おそらく箒が手当てをしてくれたのだろう。
阿久斗は半身を起こすと包帯の巻かれた頭部に触れる。
「コラ! 無闇に触るな。傷口は塞がったがまた開かんとも限らんだろう!」
「ご、ごめんっ」
「まったく......」
そう呟いてしばらく膨れていた箒だったが、自分が負わせた怪我が原因なのだと急にばつか悪くなったようだ。
「怪我が治って早々にすまなかった。そうとう強く頭を打ってしまったが、気分は悪くないか?」
「うん、ああ、心配ないよ。僕は人より体が丈夫だから」
実際に触った感覚から怪我はほとんど治っているようで、これならもう包帯を巻く必要もないくらいだった。
とはいえ触れただけであの様子なのだから、阿久斗もそれをわざわざ外そうとは思わなかった。それだけ心配されているのだと思えば、多少の剣幕も悪い気はしない。
「............」
道場の窓から外の様子を見るとまだ日は沈みきっていない。そうしたことから、勝負を終えて大して時間が経っていないことがわかる。
「それにしても大した腕だな。私も本気だったがこうも負かされてしまうとは」
「いや、篠ノ之さんの打ちは寸止めだったし、普通にやってたらどうなっていたかわからないよ」
「どの口がそれを言うか! 勝負の間、攻撃の隙はいくらでもあってであろうに、それをお前はわざと逃すような真似をして」
「それは、その......」
確かにそれは箒の言う通りで、阿久斗は必要以上に攻撃を加えることはしなかった。対等な勝負として臨んだ箒からしてみれば、それは不服以外のなにものでもないだろう。
「......だが、そうだな。沙伊のおかげで胸のつかえが取れたような気がする。ありがとう」
そう言った箒は道場の窓から差す夕日を見つめ、遠いなにかを思うように呟いた。
「私は、いったいどうしたらお前や一夏のようになれるのだろうな。今の私ではこの手の中にある力ですら、満足に扱うこともできないというのに」
箒は竹刀と、それを握っている右手の手首に着けた待機形体の《紅椿》を掲げるようにして夕日に照らす。
それら二つはまさに箒が持つ力の象徴でもあった。
誰かを守りたい。そのための力が欲しい。そう言った一夏はきっとどんな力を得ても、正しく使うことができるだろう。
それは揺るがぬ信念があるからだと、箒は思った。
同時に、それが今の自分には欠けているとも。
しかしわからなかった。それを得ようとするなら、いったい自分はどうすればいいのか。
「自分の愚かしさを変えたい。だが、具体的に自分がどう変わりたいかがわからないのだ。目標がない、というのだろうか。私が目指すべき先がどこにあるのかが、今はわからないでいる」
一夏には一夏の信念がある。
阿久斗には阿久斗の信念がある。
だからこそ、本気で自分を変えようと思うのであれば、それが他人の模倣であってはならない。
自分なりの信念を見つけなければならない。
「......そっか」
阿九斗はその言葉を自身に置き換えてみる。
世界を変えたかった。神を中心とした社会が間違っていることはわかっていた。しかし自分が理想の社会を思い描いても、それが人のためになるのか自信を持てなかった。
それゆえに阿久斗はここにいる。
だが、どう変わりたいかがわからないというのなら、阿久斗にも言える言葉があった。
「今朝話したことを覚えているかい? 君とよく似た知り合いがいるって」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。だが、それが今どうしたというのだ?」
「彼女が言うには、争いを制御するのが武、なんだそうだよ」
「.........ぁ」
驚いた、の一言では済ませられないような、様々な感情が入り交じった複雑な表情だった。
例えるなら部屋中探してもまったく見つからなかった鍵が、ふと着ていた服のポケットから転がり出てきたような驚き。
(ああ、そういうことだったのか......)
あるいは、そんな驚きとまったく同じものだったのかもしれない。
(私は、いったいなにを難しく考えていたのだろうな。答えは自分の歩んでいる道の先にずっとあったのだ。それに今まで気がつかなかったのは、まだ私がそこに行き着く途中だったからというだけ)
間違っていたのではなく、達していなかった。
答えは実に単純明快で“未熟者”の一言で片が付く。
自分はまだ未熟だったのだ。
そう思うと自然と笑いが込み上げた。
「......すごい知り合いだな。一度会ってみたいものだ」
「会うのは......ちょっとどうだろう。ずいぶん遠いところに居る人だから。でも───」
今はまだ遠い、しかしいずれは帰らなければならない阿久斗の本当の世界。
「もし僕がもう一度彼女に会うことができたなら、君のことを話してみたい」
どこか懐かしむように話す阿久斗に箒は苦笑した。
「なら、話をされる前に己を磨いておかないとな。ようやく自分の未熟さに気づいたのだ。人伝てに己の恥を広められてはかなわん」
「恥だなんてとんでもないと僕は思うよ?」
そう言って阿久斗は箒の顔を見て、やはりと確信した。
今朝と同じように箒と絢子の姿が重なって見える。
「さっきも言ったことだけど、君は変わった。それはあのときの君と比べて少しの気づきの違いなのかもしれない。でも気づき始めたっていうのは、変わり始めたってことじゃないのかな?」
雲に遮られていた夕方の強いオレンジ色が、阿久斗たち二人を照らす。並んで座る二人の後ろに長く延びた影が映った。
「今の君は彼女と同じくらい、立派に見える」
淀み、迷い、それらが澄んで消えていく。
広い草原に立ちつくして吹きわたる風を全身に受けたような錯覚に、箒は胸の中がさざめくのを感じた。
(まったく、こいつにはいったい何度驚かされるのだろうな......)
仲間を守ることが一夏の信念、世界を正しく導くことが阿久斗の信念、なら箒の信念は────
「決めた。私は本当の意味での武の道を極める。それが私の信念、“武士道”だ」
箒はそう断じた。瞳には一切の曇りなく、静かに進むべき道を見据えているように。
「とてもいいと思うよ。僕はそういう人が好きだな」
「なっ!?」
今日何度目の驚きか。
あまりのことに空いたままの口が塞がらず、全身は微動だにもせず、ただ目だけが狂ったコンパスのようにグルグルと回る。
「それは、いったいどういう......」
どうにか動いた口で拙いながらも恐る恐る、といった様子で伺う箒に阿久斗は答える。
「そのままさ。篠ノ之さんのように自分の道を信じて真っ直ぐ進んでいく。僕はそれが素晴らしいことだと思うんだ」
泰然と言ってのける阿久斗に一夏の姿が重なると、今までの感動を塗り替えるような言い知れぬ怒りが箒の胸に込み上げた。
(落ち着け私、今までそうやって力の使い方を誤ってきたのだろう。わかったそばからこれでは意味がない。平常心だ。今こそ武道を通じて培った不動の心で......)
努めて冷静に、そしてひとつの結論に箒はたどり着いた。
やはりこやつは“切るべきである”と。
「ふん!」
竹刀が空を切り、そのまま叩きつけられた道場の木目に亀裂が走る。
「確信したぞ......やはり貴様もそういう男だとな。沙伊阿久斗!」
「え?」
思えば今朝話したときもそうだった。
美しい? なにが? 剣の型だ。
好き? だれが? 志を持った立派な人がだ。
ならば自分は?
その答えは簡単、
「貴様のような......貴様のような男がいるから、私は...いや私たちはなぁ......」
わなわなと肩を震わせ、唇を噛み締める箒。その目は憤怒に燃えている。それでも思考は冷静に、ただ目の前の敵を討つための最善を模索している。
「あの、篠ノ之さん?」
「黙れっ!」
尋常ではない箒の様子に歩み寄った刹那、竹刀の一閃が阿九斗の額を掠めた。すると鋭利な刃物で切りつけられたかのように、前髪が横一文字に落ちる。
「私は大義を得たぞ。乙女の心をたぶらかすその天性、女生徒に被害が出る前に、今ここで両断させてもらう!」
「くちゅん!」
どこか遠くで、簪は盛大にくしゃみをした。
「っ!」
阿久斗はとにかく全力で逃げた。脇目も振らず後も振り返らず、ただ走った。
その後を箒が無闇やたらに竹刀を振り回しながら追いかけてくるのが殺気でわかる。
耳元で聞こえた竹刀の風切り音にジワリと冷たい汗が背に流れると、阿久斗は今朝感じた箒の認識を改めざるをえない。
(篠ノ之さんが服部さんと似てる? 冗談じゃない!)
「天誅ーっ!!」
「のあっ!」
振り下ろされた箒の一撃が阿久斗の背中を掠める。今ここで阿久斗を仕留めるという一種の正義に、一切の迷いがない。
「これじゃあほんとに、服部さんそのものじゃないか!」
「このぉ、唐変木があああっ!」
天よ地よ響けとばかりに阿九斗と箒の絶叫が学園中に木霊したのだった。
評価、感想お待ちしています!
また次回~