♚IS学園の大魔王   作:くぼさちや

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24話 「バットタイムなティータイム?」

 文化祭が終わったかと思えば、すぐに中間テストの期間へとなだれ込み、この学園に来てからの勉強の成果が明確な数字となって帰ってくる。

 予想通りだったもの、予想より出来ていなかったもの、それらを見比べて今後の課題を見つけていく。

 そんな中、阿久斗の目の前に今にも消え入りそうなほどに小さくなっているクラスメイトがいた。

 

「一夏、ずいぶん顔が青いけどもしかして試験の結果......」

 

「ああ、これはやばい。千冬姉に殺される......」

 

 テストの上から覆い被さるように机に突っ伏している姿勢からは、この成績を誰にも見せまいという頑なな決意が見て取れた。

 

「確かに織斑先生こういうの徹底してそうだしね。そうか、身内が担任だとこういう苦労もあるのか」

 

「阿久斗はどうだったんだ? 途中編入だったし、かなり大変だったんじゃ......」

 

「正直、満足行く成績には届かなかったよ」

 

「まあ仕方ないよな、どんなだったか見せてくれよ」

 

 そう言って阿久斗からテストを受け取った一夏の表情から一層血の気が引いた。

 

「ってなんだよこれ...ほとんどの科目で平均点超えてるじゃないか!」

 

 一夏が驚く一方で阿久斗の顔がやや渋った。

 

「けど歴史はちょっと無理があったかな。今回は赤点ギリギリだよ」

 

「赤点かぁ、そういやIS学園の赤点って何点からだっけ? 今回の出来は悪かったけど、赤点はとってなかったと思うんだよな」

 

「織斑先生の話じゃIS学園の赤点は35点だったと思うけど......何点だったんだい?」

 

「IS工学のテストで28点くらい......」

 

「......じゃあ、これ以上ないってくらい赤点じゃないか」

 

 返却されたテストの結果にさっきまで青ざめていた一夏だったが、今はなにかに怯えたように震えてる。

 

「えっとー、ちなみに阿九斗はこの科目何点だった?」

 

「82点...同室だった簪さんがこの科目はすごく詳しかったし」

 

 さらりと秀才ぶりを垣間見せた阿久斗に一夏はがっくりとうなだれた。

 

「と、とにかくもうテストは終わったんだ。今日はこれで授業も終わりだし飯にしようぜ! 箒や鈴が弁当作り過ぎたみたいでさ、このあと一緒に屋上で食べるんだ。阿久斗もどうだ?」

 

 強引に話題をすり替えた一夏に苦笑したものの、阿九斗にとっては魅力的な提案だった。

 

 

 

 

「おまたせ!」

 

「もぉ、一夏ってば遅いじゃないのよー!」

 

「お待ちしておりましたわ一夏さん。あら、今日は阿久斗さんもご一緒ですのね」

 

 屋上には鈴とセシリア、そして箒がそれぞれランチマットの上に座っていた。正座していた箒と目が合うが、プイッとそっぽを向かれてしまう。

 阿久斗は箒の隣に腰を下ろすが道場での勝負の後、箒から逃げる形で終わったせいか、なんとも言えない話しかけ辛さがあった。

 どう話したものかと決めあぐねていると、箒は阿久斗の弁当箱に唐揚げを置いた。

 

「ほら、お前にもやる」

 

 ぶっきらぼうな、それでいてどことなく自分と同じような理由で悩んでいた様子を箒から感じて、不思議と阿久斗に微笑みが浮かんだ。

 

「ありがとう」

 

「礼などいらん。むしろこれは私からの礼のつもりだ。お前のお陰で迷いが晴れて私なりの目標も持つことができた。だから」

 

 気まずそうに、それでも確かに笑いながら。

 

「ありがとう」

 

 と、確かに言った。

 

「なんだ、二人ともいつの間にそんな仲良くなったんだ?」

 

 同じく箒からもらった唐揚げを箸でつついていた一夏が二人の輪に入る。

 

「なに、真剣勝負でぶつかり合い」

 

「わかるぜ! 俺とセシリアが話すようになったのもそういうのがきっかけだったよな。ほら、覚えてるか? クラス代表決定戦の時の」

 

「もちろんですわ。忘れるはずがありませんもの」

 

 なにせセシリアにとっては一夏に好意を持ったきっかけだったのだから。

 

「あのときはお互いにずいぶん揉めたよな。セシリアは典型的な女尊男卑思考っていうか、高飛車なお嬢様って感じでさ」

 

「もお、あのときのお話はよしてくださいな。それに一夏さんだってずいぶんな言い様ではありませんでしたの? イギリス料理をあんなに馬鹿になさって」

 

「あのときは俺も悪かったって。イギリスにだってうまい料理あるもんな」

 

 頬を膨らませるセシリアを一夏がたしなめる。

 

「なんとも穏やかだなぁ」

 

 クラスメイトと食事をする、そんな和やかさに、これまでの騒ぎが夢かなにかだったかのようにすら感じる。

 そして秋の陽気に当てられた昼下がりの屋上を凍りつかせたのがセシリアの何気ない一言だった。

 

「そうですわ! わたくしお弁当を用意して参りましたの。でも少し作りすぎてしまいまして、よかったら皆さんもいかがですか?」

 

 一同の表情が文字通り固まる。

 それもそのはず、阿久斗が来る以前からセシリアの猛毒料理の手腕はクラスの誰にとっても周知の事実であった。

 味見をしないこともその一因ではあるが、最大の理由は香りや見た目を意識しすぎて調理に手段を選ばないことだ。

 鈴がひそかに一夏に耳打ちする。

 

「ちょっと一夏! あんたが料理の話なんかするから厄介な流れになっちゃったじゃないのよ!」

 

「す、すまん。けど俺たちみんな弁当持参だし、いつもみたく丁重に断れば普通に乗りきれるんじゃないか?」

 

「まああたしたちはそうだけどさ、阿久斗ってセシリアの料理がヤバイんだってことまだ知らないんじゃないの?」

 

「あっ!?」

 

 そこで一夏はようやくことの深刻さに気がついた。

 

「僕ももらっていいのかい?」

 

「ええぜひ!」

 

 そんな阿久斗の反応がよほど嬉しかったのか、セシリアは持参していた大きめのバスケットを意気揚々と開ける。

 中には三角形にカットされたサンドイッチが丁寧に詰められていた。

 

「これはすごい。盛り付けにも品があって、セシリアさん料理得意なのかい?」

 

「自分で言うのもなんですが、わたくし料理の腕にはそれなりに定評がありましてよ」

 

(((それは悪評の間違い!!)))

 

 心の中でツッコミを入れる一夏と鈴。

 しかし見栄えだけは完璧だった。

 

(食べるな、阿九斗...それを食べたら......)

 

 一夏はどうにか視線で阿九斗に危険を知らせようとする。

 

(育ちの良し悪しで人を測るつもりはないけど、こういうところがしっかり身に付いているところはさすが貴族の令嬢だね)

 

 そんなことを思っていると、阿久斗は周囲の視線に気づいた。

 一夏だけでなく、他の代表候補生たちも食べるなとアイコンタクトを送っていた。

 

「もしかして、皆も食べたいのかい?」

 

 セシリアと阿九斗を除く、その場の全員が視線を泳がせた。

 

「まあまあ、たくさんありますもの。よろしければみなさんもどうぞ」

 

「いや、ごめん、俺はもうお腹いっぱいだから」

 

「わ、私も残った唐揚げを消化しなければならないのでな。今回は遠慮するとしよう」

 

「あ、あたしは...その......減食中なの」

 

「鈴さんはこの中で一番減食が要らなそうですけど」

 

 やや苦しめな言い訳にセシリアの視線が刺さる。

 一同のその異様さが、阿久斗に言い表せない不安を駆り立てていく。

 

「......それじゃあ、いただくね」

 

「ちょっとやめときなさいよ阿久斗! そんなの食べたらあんたただじゃ済まないわよ!?」

 

「鳳さん! それは言いすぎではありませんの!?」

 

「そうだよ、こんなによくできてるのに」

 

 阿九斗は三角形に切り分けられたタマゴサンドを手に取る。

 

(見たところ特に変わったところはないな。それにさほど調理の難しい料理ではないし、いくらなんでもみんな考え過ぎだろう)

 

 そう結論づけて阿九斗はサンドイッチを頬張った。

 

「もぐ...ん?...んぐっ!!」

 

 次の瞬間、針玉を口に入れたかのような激しい酸味が舌の上を突き刺した。

 

「うごぉっ!」

 

 それに続いて鈍い頭痛と激しい目眩を感じ、すぐさまサンドイッチを吐き出そうと思った時、阿九斗はすでに自分の口から泡が吹き出ていることに気づいた。

 反転していた視界がやがて暗くなり、必死に呼びかける一夏たちの声も聞こえなくなる。

 

(.........僕は......死ぬ、のか...?)

 

 金縛りにあったかのように全身が動かない。それどころか全身の感覚すらなくなりつつあった。

 

(......そうか......人は、こうして死んでいくのか...)

 

 生命の危機を目蓋の裏で感じながら阿九斗は朦朧とする意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには見慣れた寮の天井があった。

 

「......あれ? 僕は生きているのか?」

 

「はい、僕らはみんな生きています。生きているから笑うのです」

 

 視界の端ではクロエのうっすらと青みを帯びた長い銀髪が窓から吹く風に揺れている。

 




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ではまた次回~

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