草木も眠る丑三つ時、という表現がよく似合う静寂と宵の中、一つの影が動いた。
「阿久斗さん、起きてますか?」
影はベッドからむくりと起き上がり、隣に小さく投げかけた。
返事はなく、隣からはただ静かな寝息が聞こえてくるばかりだ。
「.........」
そんな様子を確かめたあと《黒鍵》で姿、体温すら眩ませ、ゆっくりと部屋を出て夜の校舎に向かう。
昼間は学生寮からでもわかるほど活気づいている校舎、しかし深夜ともなれば閑散とした雰囲気がどこか不気味にすら感じられる。
クロエは校舎に通じる出入り口の前まで歩み寄ると《黒鍵》の部分展開を解いた。
姿を現してドアの前に立ってみてもなんの反応もない。夜間用に敷かれている警備システムが作動している証拠だ。
再び《黒鍵》を展開する。ドアの横にある警備用の端末にそっと手を添えるとまぶたの裏の瞳に次々と暗号が表示されては、自動的に解読されていく。順に声紋認証、指紋認証、パスワードロックを解除すると昼間に学生が訪れるときと同様に施錠された自動ドアが開いた。
そのまま奥へと進み、いくつもの角を曲がってたどり着いたのは図書室だった。
目的はデータ閲覧用のタブレットPC。それはクロエがここ数日で調べた、学園のシステムに接続されている端末の中で最も警備が薄いものだ。
クロエは閉ざしていた目を見開く。
「《黒鍵》完全展開」
夜を編んだような黒い瞳の奥で金色の光が弾けた。
クロエの意識がタブレットを通じて学園のシステムを担う“電脳世界”へと飛ぶ。
「システムに侵入」
ネットワークを視覚、仮想化した巨大な管をシステムの中枢に向かって進む。行き着いたのは巨大な扉。それは学園の秘匿しているある特殊なサーバーを示す。
(やはり、この奥に暮桜のコアが眠っている......)
クロエは扉に手を添え、管理者権限を引き出そうとハッキングで暗号を読み込んだ。扉のセキュリティとは桁違いの情報量、しかしクロエの手を止めたのは全く別の要因だった。
(誰かが現実世界の私に近づいてきている)
おそらく巡回の警備員だろうと当たりをつけて、クロエは扉から手を離した。
「これ以上のアクセスは危険ですね。とはいえ必要な情報は得られました。」
そう言ってクロエは現実世界に戻る。
「亡国機業によるシステム侵入の形跡も確認できました。ワールドパージの始動、近いうちに私も動き出さなければならないでしょう」
そう呟いたクロエは再び夜の闇に消えた。
〇
「つまり第一世代型と第二世代型の違いは後付武装があるかどうかで機体そのものの基本性能は同じなんだね」
「そう、第二世代型は用途に合わせて後付武装を選んで携行装備を変えられる。つまり戦闘の多様化に主眼が置かれた世代なの。現在各国で最も多く実戦配備されているのがこの世代で、他にも専用パッケージで機体そのものの戦闘スタイルを大きく変えることができるのも特徴」
放課後に寮の部屋で勉強に励む阿九斗、そして教えているのは簪だった。
阿九斗自身は放課後も活用してISについて学んできたものの、やはり途中での転入ということもあり、一学期分の授業内容となれば情報量は膨大。それを自主勉強だけで補うことに限界を感じていた。
「なるほどね。簪さんが教えてくれて本当に助かったよ」
「私も...授業のいい復習になるし、それに......」
「それに?」
「...っ、なんでもない」
勉強している間は阿九斗と一緒にいられる。その言葉は羞恥心に埋もれて消えた。
再び阿九斗は机に向かい、ノートの上を走るペン先の音だけが聞こえる。
「そういえば、この間の無人機の襲撃で明日から専用機は全部メンテナンスみたい。当分ISが使えないっていうのは少し不安......」
「ああ、僕らの機体も含めて専用機持ちの皆は一旦パーソナルロックモードで待機中みたいだね。特に一夏の《白式》はダメージが酷くて開発元まで修理に行ってるそうだし」
阿九斗、簪の専用機は普段通り、待機形態でそれぞれ管理している。
マナを用いた機体の特殊性からおいそれと学外に持ち出せる代物でもないが、機体そのものが持つマナによる自動修復があるのだからメンテナンスは不要だというのがその最たる理由。
それでも完全展開することができないようにロックしているのは万が一に備えて少しでも早く機体を修復する必要があるからだ。
「そういえばクロエちゃんはどうしたの?」
「そういえば今朝から姿が見えないけど。おーい、クロエ?」
どこにいるかもわからない部屋の住人に向かって声をかける。しかし返事はなく、物音も聞こえない。
「......あれ、いないのかな」
そのとき、突如部屋の明かりが消えた。
「停電?」
明かりだけではない。勉強に使っていた有線の端末からホログラムのディスプレイまで、一切が消えた。続いて部屋のガラス窓を保護するように防御シャッターが降りて部屋は暗闇に包まれる。
「おかしい......」
「え?」
そうつぶやいたのは簪だった。
「本来、ならすぐ非常用電源に切り替わるはず。なのに非常灯すら点かない...」
「つまり、どういうことなんだい?」
「考えられるのは...非常時のセキュリティシステムよりもっと根幹の、学園のシステムそのものにトラブルが発生したとしか」
その時、各専用機持ちへ同時に通信しているのか、開かれたオープンチャンネルで千冬の簡潔な指示が出される。
「専用機持ちは全員地下のオペレーションルームへ集合。今からマップを転送する。なお、防壁に遮られた場合は破壊を許可する」
千冬の静かだけれど強い声。
それはこのIS学園にまたしても事件が発生したことを克明に告げていた。
〇
IS学園地下オペレーションルーム。
学園の生徒にはもちろん、教員ですら一部を除いて存在を隠されているその部屋に現在学園にいる専用機持ち全員が集められていた。
「まさか、学園の地下にこんな設備があっただなんてね」
「わたしも驚いている......」
それとなく周囲を観察しながら阿九斗と簪は呟いた。
ほどなくして千冬と真耶が状況の説明を始める。
「これより状況を説明する。真弥、任せる」
「現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。これはなんらかの電子的攻撃、つまりハッキングを受けているのだと断定します」
そんな真弥の声も異様な緊張感があった。それだけこのオペレーションルームに生徒を入れることはただ事とは言えないのだろう。それだけの緊急事態である、と阿九斗は察した。
「今のところ、一般生徒には被害は出ていません。防御シャッターで閉じ込められるといったことはあるものの、現状命の危険はないようです。しかしセキュリティを含め、学内のほとんどのシステムがこちらの管理下から離れている状態です」
つまり、ハッキングによってすでにシステムのコントロールは奪われてしまっているということになる。
「篠ノ之さん、デュノアさん、オルコットさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこで皆さんのISコアネットワークを経由して電脳ダイブ、学園のシステムにアクセスして管理者権限を奪還してください。更識簪さんは皆さんのバックアップを、楯無会長と紗伊くんは想定外の事態に備えて待機していてください」
淡々とした指示に、楯無を除いた全員がポカンと口を開けている。しかし“ 電脳ダイブ”とは? と首を捻っていたのは阿九斗だけだったらしく、すぐさま他の専用機持ち達は揃って驚きの声をあげた。
「「「電脳ダイブ!?」」」
「あの、質問よろしいでしょうか? 電脳ダイブとは?」
一人だけ状況を把握しきれていない阿九斗が口を開くと簪が代わりに答えた。
「ISの操縦者保護神経バイパスから個人の意識をナノマシンの信号伝達によって、仮装可視化した電脳世界へと侵入させる技術のこと」
「......つまりその、どういう事なのかな?」
「簡潔に言うなら、システムを模した仮装空間に私たちが入るの。そうすることでシステムそのものに操縦者の意識が干渉できる。でも方法論としては非効率的だから、今回みたいなケース、聞いたことがない」
困惑気味に話す簪に千冬は頷いた。
「今、更識簪の言った通りだ。確かに本来ならハードウェアかソフトウェア、あるいはその両方をいじった方が遥かに効率がいい。だが、今回のように管理者権限を奪われたあとでは限界がある」
千冬はモニターを操作して学内のシステム状況を表示した。
次々とエラーの表示を繰り返す中、多重にシステムへのアクセスがなされていることがわかる。
「現状、抵抗はしているがかなりの勢いでシステムが剥奪されている。システムの30%を奪われては、同じ時間でシステムの20%を取り返すの繰り返しだ。もはや尋常な方法では対応しきれない。このままの状態が続けば、あと二時間後にはこの学園のシステムを完全に掌握される」
時間を置けば取れる手段もいずれ取れなくなる。ましてや今は船底に穴の空いた船からバケツで水を汲み出しているような状況だ。ならば取れる手段は全て講じなければならない。
「独立したシステムで機能しているIS学園がそれほどまでに......」
言葉を失っていたラウラに阿九斗が続けた。
「そもそも可能なんですか? 独立したシステムにハッキングだなんて」」
困ったように真弥が視線を泳がせる。それを受けて千冬が口を開いた。
「今はそんなことは問題ではない。問題は今現在ハッキングを受けているという事実だけだ」
千冬はパンっと手を叩いた。
「目標は電脳ダイブによるシステムの奪還。各人はアクセスルームに移動し、作戦を開始する!」
その激を受けて箒達はオペレーションルームを出た。
「さて、残ったお前たちには別の任務を与える」
その場にいるのは、更識姉妹と阿九斗、そして教員の千冬と真弥の5人だった。
「なんなりと」
いつものおちゃらけた様子は一切感じない、静かな楯無に一言が簪と阿九斗をいっそう張り詰めさせた。
「まもなく、なんらかの勢力が学園にやってくるだろう」
「......排除、ですね」
「そうだ、今のあいつらは戦えない。本来ならISのない紗伊にも任せられん任務だが今は戦力を出し惜しみできる事態ではない。悪いが頼らせてもらう」
「初めからそのつもりです。任されました」
「大丈夫ですよ。私、こう見えて生徒会長ですから」
いつになく真剣な表情の阿九斗と不敵に笑う楯無。
生身での戦いとなっても怯む様子のない2人。千冬は双方を真っ直ぐに見つめて、一言告げた。
「では、任せた」
楯無はぺこりとお辞儀をして、オペレーションルームを出ていく。阿九斗もそれに続いた。
それを追うようにオペレーションルーム防衛に関する作戦内容を記したチャートが二人の待機形態のISを経由して送られてくる。それによると敵が侵入してくると予想されるルートは2パターン。ひとつをルートA、もうひとつをルートBとしてそれぞれAを楯無が、Bを阿九斗が守備するとの事だった。
「なお、敵が潜入ではなく破壊強襲によって想定外のルートから突入してきた場合、織斑先生と山田先生が最終防衛ラインで死守、同時に私達も各ルートの防衛を放棄して合流殲滅、っと」
楯無は楽しそうに眺めた。
「久しぶりに生身での実戦ねぇ〜。阿九斗くんは大丈夫? ISを使わずに戦うなんてこの世界に来てから初めてでしょ?」
「それはそうですが、僕は会長の方こそ心配です。無人機襲撃のダメージもまだ抜けていないでしょう」
「確かに完全展開で戦うのは少し無理があるかもね。でも、それならそれで戦いようがあるのよ♪」
やがて二つに分岐した通路で楯無が止まった。ここからは別れて各々の防衛ポジションに付く。
最低限の電灯で薄暗く照らされた通路は、無数に張られたシャッターで塞がれている。それらが阿九斗たちを招き入れるように一斉に開いた。
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