『第三ハッチでプラスチック爆弾の爆破を確認。敵の侵入予想経路はルートA...』
『よし、現状にてプランの変更なし。各自迎撃プランA、チャート表通りに行動せよ』
回線から簪と千冬、それぞれの声が聞こえる。
「更識楯無、了解」
楯無は回線を繋いだまま有線式のヘッドセットを装着した。
そうして通路で迎撃態勢を取る。
『...お姉ちゃん』
「あらら、どうしたのかな簪ちゃん?」
『侵入者がルートAのポイント13に近づいてる。迎撃の準備はできてる?』
「できてはいるけど、予想よりずいぶん早いわね。」
すでに楯無のいるフロアは《ミステリアス・レイディ》のナノマシンによる霧が充満し、数メートル先の人影すら目視することは難しい。指先一つでいつでもクリアパッションを発動できる状態だ。
『センサーで侵入が確認されているのは武装強襲要員が8名。全員ミラージュスーツを装備している』
なにかを思い出すように頭上を見つめ、腕を組む楯無。
「ミラージュスーツって、あれよね。周囲の景色に同調して色を変えるっていう光学迷彩。確かちょっと前にアメリカが実装配備してからしばらく流行ってたやつ」
「そんな流行知らない......とにかく視覚できないから設置しているカメラだと敵の装備まではわからない。肉眼でも相手の姿は見えないけど平気?」
「あら、お姉ちゃんを誰だと思っているのかしら。学園最強の生徒会長よ」
『...頼りにしてる』
楯無はディスプレイを開いて観測地点のカメラを確認した。簪の言うとおり確かにカメラの映像には何も映ってはいないが、別に取り付けられているサーモセンサーには8人の人影がばっちりと捉えられている。
「さあ、来なさいな♪」
〇
電脳ダイブをしている一組の各代表候補生たちをモニターしつつ、簪はコンソールの上に指を走らせる。
ダイブには今のところ問題はないようで、阿九斗と楯無に注意を向ける余裕もいくらかあった。
「なに...? 今ルートBの観測地点から不自然なノイズが......」
オペレーションルームで付近の状況を確認していた簪はヘッドセットの音に注意深く耳を傾ける。
カメラにもセンサーにも一切反応がないルートBの観測地点。しかしそこから微かに聴こえてくるのはモーター音、それが徐々に大きくなったかと思うと何かが通り過ぎたように小さくなっていく。
「これは...ノイズじゃない。ISの駆動音! じゃあお姉ちゃんのいるルートAは陽動!」
簪は再び回線を開くと阿九斗に呼びかけた。
「阿九斗! 今そっちにISが近づいてる!」
『IS? 数は?』
隣から千冬が顔を覗かせると、モニターを睨んだ。
こちらも侵入者同様、姿は見えない。サーモセンサーに切り替えてもなんの反応もないが、ISの整備を得意とする簪にとっては聞き違えようのないものだった。
「数は一機、これはステルス型だな。おそらくこのISが本命だ。こちらの対処は私達に任せろ。紗伊はルートBを一時放棄、楯無と合流して迎撃にあたれ。間違っても生身でISに挑むようなことはするな」
『了解しました。会長、僕が行くまで持ちこたえてください』
『ありがとう阿九斗くん。でも......』
〇
「合流する時までには、全部終わらせるわ」
楯無の目の前で防御シャッターが爆破される。四角く壁をくり抜くように破壊されたその瞬間、充満していた霧が一気に流れ込み、侵入者を包んだ。
「ずいぶんと短時間で突入してきたわね。常時監視してるってことかしら」
楯無は迎賓と書かれた扇子を開き、頬を吊り上げてみせる。途端に侵入者たちが一斉に射撃を行った。
特殊迷彩のスーツで敵の姿も見えない中、ライフルの銃口から見えるマズルフラッシュだけが楯無の瞳に映る。しかし放たれた銃弾は一発も楯無には届かない。
「ふふっ♪ なんちゃってAICよ」
その全てが展開された水のヴェールの前に動きを止めている。それはまるでラウラのAIC、慣性停止結界と同じように見えた。
「ポチッとな」
楯無が指を鳴らすと立ち込めていた霧が一気に蒸発、水蒸気爆発を起こた。その衝撃で装備が破損し、侵入者の姿があらわになる。
「アンネイムド、裏の仕事を担う米軍の特殊部隊ね。狙いはゴーレムⅢから回収された未登録コアと白式といったところかしら」
侵入者は咄嗟に銃口を楯無に向けるが、すぐ装備の異変に気がついた。
「引き金を引いても弾は出ないわよ。私のクリアパッションはISの装甲の内側にすら入り込む。本調子じゃなくても小銃の内部構造を破壊するくらい訳ないわ」
なんの役にも立たなくなった装備を捨てて、侵入者たちは拳を構える。楯無は八分目まで呼気を吐き出し、呼吸を止めると静かに敵を見据えた。
「こちらお姉ちゃんより簪ちゃんへ。敵部隊を目視で確認。強襲要員は8名、全員自動小銃で武装しているわ」
『こっちでも確認、無力化して...』
「了解♪」
楯無は跳躍すると高い角度から繰り出した踵落としが侵入者のヘルムを砕き、そのまま脳天を穿つ。
周囲に居るものが慌てて予備の拳銃を乱射するが、敵から敵へと飛びかかり跳躍しながら舞うように移動する楯無にはなかなか当たらない。かと思えば体勢を低くし床を這い回るように接近して侵入者の一人に肉薄した。
「せあああああああっ!」
喉元に深々とくい込んだ肘打ちを、同時に顎をかすめるようにして打ち抜いた。その衝撃で大きく脳を揺さぶられ、床が抜けたようにガクリと崩れ落ちる。
その隙をついて後ろから放たれた右ストレートを楯無は振り向くことなく躱し、カウンターに放った回し蹴りが男の首を捉えた。その一撃で声すら上げることができずにまた一人、通路の床に沈む。
「馬鹿な...ISを部分展開してるとはいえ、相手はたった一人だろ」
次々と訓練された兵士が生身の学生相手に倒れていくありさまに指揮官の男は圧倒されている。そんなさなか、獲物を捕らえるかのような視線が不意に向けられると、どうにか気を取り戻し、同時に腰に下げていた拳銃に手を伸ばした。
「...くっ...!!」
銃口を楯無に向けようとした次の瞬間、握った右手首ごと下からえぐるように放たれた蹴りが拳銃を弾き飛ばす。
「くそっ、たかが学生ごときに...!」
「あら、ただの学生じゃないわよ?」
続けざまに足払いで体勢を崩し、流れるように繰り出されたチョップが意識を刈り取った。動かなくなる敵の指揮官を見下ろしながら楯無は妖しく微笑む。
「IS学園最強の学生、と訂正してもらおうかしら」
こともなげに、瞬く間に8人の侵入者を撃退した楯無。特殊ファイバーで編まれたロープで一人一人を縛り上げるとひと仕事終えたように息を吐く。
(こんなものかな。それにしてもシステムのハッキングから突入までの時間差、なぜ同時ではなかったの?)
学園のシステムがダウンしてから各専用機持ち達をオペレーションルームに集め、電脳ダイブを開始。そして楯無達が迎撃体制を整え、敵部隊の突入はその後である。
プロとしてはあまりに連携が取れていない。まるでアンネイムドたちも学園のシステムがダウンするタイミングを知らなかったかのような、そんな違和感があった。
「まさか、システムダウンはアンネイムドとは別の勢力によるもの!?」
―――パンッ!
火薬が炸裂する乾いた音が、通路に響いた。
「え?」
楯無の腹部から血が噴き出し、訳も分からずその場に倒れこむ。
撃たれたのだと、そう自覚するには少し時間がかかった。
「やっと隙を見せたな」
見ると侵入者達の拘束が解かれていた。
おそらくは隠し持っていたプラズマカッターで切ったのだろう。
(しまった...私としたことが......)
「隊長、どうしますか?」
「こいつはロシアの代表操縦者だ。薬剤を投与して意識を鈍化させたあと、操縦者ごと所有しているISを持ち帰る」
そう言って隊長と呼ばれた男が楯無に向かって手を伸ばした。しかしその手が、見えない誰かに手首をひねり上げられたように曲がると、鈍い音を立てて関節が捻り切れた。
「ぎゃああああああああっ!」
あまりの痛みにその場から飛び退いて転げまわる隊長。
それを見た残りの者は顔をこわばらせた。楯無から少しずつ距離を取り、銃口を向ける。
「彼女に触るな」
楯無の身体が青い光を帯びるとふわりと浮かび、何かに吸い寄せられるように声のする方へと飛んだ。
それを阿九斗が優しく抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「阿九斗...くん?」
「動かないで...」
阿九斗は指先にマナを集中させると傷口に添えた。出血は止まり、徐々に傷口も塞がっていく。
「応急処置しかできませんが、オペレーションルームに戻ればもう少しマシな治療ができるはずです。すぐに織斑先生のところへお連れします。ですがその前に」
不意を突いて撃ちだされた弾丸に阿九斗が手を伸ばす。
金属同士がぶつかるような音とともに拳を握り、阿九斗がそっと手を離すと、そこからコトリと鉛の弾が落ちた。
「あれを......少し黙らせてきます」
阿九斗はそっと楯無を横に寝かせると、侵入者に向かって数歩前に出た。楯無と自分の間を隔てるように巨大な魔法陣を張って通路を塞ぐとそれと同様に侵入者たちの背後にも魔法陣を張って退路を断つ。
「さて、君たちはなにか目的があってこういうことをしているんだろうけど、それがなんなのか教えてもらえるかい? 僕もわけもわからないまま戦うよりは理解できたほうが安心できる」
阿九斗はそっと手をかざすとマナを集中させ、弾丸のようにそれを打ち出した。
それが侵入者の腹に命中すると、悶絶して床に倒れる。
「クソッ!」
侵入者の一人が銃を撃った。
銃弾は阿九斗ではなく、倒れている楯無に向かって飛んでいくが魔法陣による障壁に弾かれる。
(こいつら、どこまで不愉快な連中なんだろう)
阿九斗は腰の前へ軽く手を振った。机の上のゴミを払うかのような動作だったが、その瞬間、侵入者たちは糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。 突然のことで何が起きたか分からないでいる様子だったが、すぐ足の痛みに気づいたのだろう。誰ひとり立つことができずにうずくまる。
「足の骨を折っただけだ。マナを扱えないんじゃあなんの抵抗もできないだろうけど、悪くは思わないでくれよ」
阿九斗は真っ先に腕を折った指揮官の男に歩み寄ると、胸ぐらをつかんで壁に叩きつけた。その上からマナで圧力をかけ、磔にする。
「さっきの質問に戻るけど、君たちの目的はなんだい?」
「......」
指揮官の男は答えない。ただ黙って正面から吹き付けるマナの圧力と壁にめり込んでいく背中の痛みに耐えている。 阿九斗はつまらなそうに言った。
「話せないならそれでいい。君たちに構っている時間はないんだ。ただしこのまま僕らが引き下がった後を追ってこられても困るからね」
「な、なにをするつもりだ...」
阿九斗は男の足にマナを集中させると、ピンポイントに圧力を強めた。後方の壁とマナに挟まれた足が文字通りの意味で潰れる。
「ぐああああああっ!」
「追えば全員の足を潰す」
周囲でその様子を見ていた侵入者に目を向けると、たった一言、それだけを言い残して背を向けた。
そんな阿九斗を後ろから撃てるほど、度胸のある者は誰もいなかった。
「終わりました。すぐにオペレーションルームまで運びます。少し飛びますが、我慢してください」
阿九斗は楯無を抱きかかえるとマナを纏い、飛翔する。
傷は癒えたはずだが、依然として意識がはっきりしない楯無は微かに空いた目蓋から阿九斗を見つめていた。
「オペレーションルームに戻って...織斑先生に伝えなきゃいけないことがあるの」
「......なんですか?」
「今回のシステムダウンとこいつらの侵入は無関係よ。おそらく、電脳ダイブをしてる一年生のみんなが危ない」
それだけ言うと、楯無はそっと意識を手放した。
抱える阿九斗の両手に少しだけ力がこもる。
「わかっています」
聞こえていないであろう楯無に、阿九斗は確かにそう言った。
(そう、僕はわかっていた。敵の狙いが代表候補生の電脳ダイブにあることを。そして僕は今、彼女たちを助けるために電脳ダイブをしようとしている。それすら亡国機業の筋書きであることをわかった上でだ)
いつの間にやら評価値付いてやした!
ご愛読してくださってる皆さんありがとうございます
ではまた次回〜