「つまり亡国企業の狙いは、その電脳世界とやらに僕を閉じ込めることなのかい?」
それは阿九斗がセシリアの手料理に倒れ、簪にクロエが見つかってしまった日の夜。クロエによって束から出された亡国機業への対応について話し合いの場が設けられていた。
「肯定です。亡国機業の目的は電脳ダイブによって阿九斗様を拘束、その間に学園地下にあるオペレーションルームを制圧して待機形態の《魔王》を奪取することだと思われます。ダイブ中、操縦者の意識は仮想世界に飛ばされている状態。つまり現実の世界では完全に無抵抗でいることになります。ですのでダイブ中に学園のシステムを完全に奪うことができれば阿九斗様はこちらの現実世界には戻れない。事実上、無力化が完了されるということになります」
阿九斗はクロエの話を一つ一つ頷きながら飲み込んでいく。
「だけど、束さんの予想では一組の代表候補生たちが人質に取られるんだろう? 結局は誰かがそれを助けに行かなくちゃいけないはずだ」
「その通りです。しかし、だからといって阿九斗様がダイブされては敵の思うツボになります」
もし、阿九斗を含む他の代表候補生が電脳世界に囚われたまま学園のシステムが落ちれば、亡国企業は専用機持ち六名を一切の損害を出すことなく無力化できてしまうことになる。それだけはどうしても避ける必要があった。
「結論をいいます。阿九斗様はなにがあっても電脳世界へはダイブをしないでください」
泰然と言い切るクロエ。たとえクラスメイトを人質に取られても見捨てろと、暗に言っているようだった。
阿九斗はしばらく黙ったあと、こう返した。
「確かに君の言う通り、僕はダイブするべきではないんだろうね。でも本当にそれしか方法がないとき、僕はみんなを助けるために電脳世界にダイブすると思う」
〇
「傷口を見せてみろ」
オペレーションルームに戻った阿九斗と楯無に対し千冬がまっさきに言った言葉がそれだった。
阿九斗は抱えていた楯無をゆっくり下ろして仰向けに寝かせる。千冬は有無を言わさず血で染まったISスーツの裾をめくった。
「ちょっ!?」
咄嗟に外した視線の先には簪の不機嫌そうな顔が見えた。なぜか手にはスタンガンが握られている。
「阿九斗、見ちゃダメ...絶対」
「いや、今のは不可抗力で僕にはどうしようも」
顔を赤くしながら弁明する阿九斗を他所に、千冬は黙って傷の具合を確認する。止血された傷口は痛々しいものの、命に関わるような状態ではないことだけわかると真耶に治療をするよう指示を出す。
「弾は貫通している。まったく悪運の強いやつだ」
「到着が遅れればどうなっていたかわかりませんでした。侵入してきた勢力は無力化できましたが、今のこちらの状況はどうなっているんですか? 一組のみんなは?」
「ダイブした篠ノ之たちとは現在連絡が途絶えている。こちらから強制的に電脳世界から引き戻そうとしてもアクセスを無効化されて接続を切ることもできん。今は更識簪がブロックをかけてどうにか持ちこたえているが、システムを取り戻すにしても篠ノ之たちを救出するにしても決め手に欠けるというのが正直なところだ」
「ならばできることはひとつしかない。織斑先生、僕を電脳世界にダイブさせてください。システムが落ちる前にみんなを救出しないと」
それが亡国機業の策略であることは分かっていた。しかし皮肉なことにその策略にまんまと乗ってしまうことが今考えられる最も勝率の高い方法であることも、間違いないのだ。
「......ダメだ、お前にはシステム中枢にアクセスして権限の奪還に当たってもらう。これは決定事項だ」
「一組のみんなは今も外部からの攻撃を受けているんでしょう? ならば彼女たちを助けないと」
千冬は首を振った。
このまま阿九斗を救助に向かわせるのであれば、脱出までの時間を稼ぐためにも同時にシステムの復旧も行わなければならない。しかし電脳ダイブにISのコアネットワークを用いる以上、ダイブするには専用機が必要なのだ。無論簪も専用機を持ってはいるが、今は代表候補生たちをサイバー攻撃から守るために必死にコンソールを操作して、ようやく瀬戸際で食い止めている状態。長時間手を止めるわけにはいかなかった。
「今はシステムの復旧が最優先だ。紗伊、私とて歯がゆいんだ。だが皆を助けようにもシステムが完全に乗っ取られればそれもできなくなる。今はお前しかダイブできるものがおらん。ならば」
そのとき、荷電粒子砲の光がオペレーションルームの天井を貫いた。強硬度の壁の破片が崩れ落ちて小さな山ができる。そこへ降り立つように着地したのは一夏が操縦する《白式》だ。
「一夏!?」
降り立った一夏が状況を確認しようと周りを見渡す。しかしそこにいた誰もが呆気にとられて一夏を見つめている、という妙な雰囲気に今ひとつ状況が飲み込めなかったのか、阿九斗に向かって首をかしげた。
「えぇーと、一体何が......」
そんな一夏を遮るように阿九斗は叫んだ。
「説明はあとにしてくれ! 一夏、今すぐ箒さんたちの救出に向かって欲しい! 織斑先生もそれで構いませんね!」
「無論だ! 織斑は代表候補生の救助、紗伊はシステムの奪還に当たれ!」
「了解!」
「ちょっと待ってくれ! 今どういう状況なんだ!? というか皆は?」
一夏が加わったことで話がトントン拍子に進みすぎて、もはやついていけなくなっている。そうでなくとも来たばかりで事情がわからず、たじろぐ一夏。しかし今は一分一秒が惜しかった。
「簪さん!」
「任せて...!」
簪は一夏に駆け寄った。その手に握られたスタンガンからはスパークが発していて、空気中の塵を焦がしながらジリジリと音を立てている。
「ちょっ、簪! 何を!? ぎゃあああああーっ!」
問答無用で一夏の腹部にスタンガンを押し当てる簪。
そのままぐったりとした一夏を阿九斗はモニタールームにかつぎ込み、他の代表候補生と同様にベッドチェアに横たわせる。阿九斗もすぐさま隣のベッドチェアに飛び乗り、簪へ回線を繋いだ。
「こちらの準備は大丈夫、接続してくれ!」
『了解。アクセス開始、行きます』
簪がシステムとの接続を行う。瞬間、阿九斗の意識は落ちるような吸い込まれるような、不思議な感覚に包まれた。
〇
そこは薄暗い地下宮殿の中、目の前では黒龍ピーターハウゼンが身を横たえていた。地下というのは予想でしかなかったが遥か高いところに岩の天井があるので間違っているとも思えない。
高層ビルのようなこの高さもさる事ながら広さも尋常ではなく、小さな町が一つ入ってしまうのではないかというような地下空間。真ん中にはこれまた巨大な祭壇があり、阿九斗はそこに立っている。
「さあ主よ。私に乗れ! 我らが揃えばこの先阻むものはなにもない。ともに空を駆け、敵を駆逐しようじゃないか!」
その言葉に阿九斗はふと我に帰ったように意識を覚醒させた。
自分の姿を見ると着ていたのはIS学園の制服ではなく、コンスタンツ魔術学院のもの。腕に装着していた待機形態の《魔王》も見当たらなかった。なにより今は自分の体内のマナだけではない。自分たちを取り巻く空間全てにマナが遍満しているのがわかる。
それはかつて阿九斗がいた世界のように。
「あーちゃん...?」
「けーな...」
肩ごしに声をかけられた方へ振り向くと、曽我けーなが心配そうに声を上げていた。
阿九斗がいたのはコンスタンツ魔術学院の地下最新部、かつて先代魔王が戦争の拠点にしていた場所だ。そしてその状況は大和望一郎から逃れて、ピーターハウゼンとともにスハラ神を殺すために戦争を仕掛ける直前の状況に似ている。
あるいは全く同じといっても良いかもしれない。
(違う、これは現実の世界じゃない。今僕がするべきことは)
そのとき、阿九斗の思考は一瞬止まった。
(僕が...するべきこととはなんだ?)
何かを忘れてしまっているようでならない。自分は何のためにここへ来たのか、どうしてここにいるのか、記憶にノイズがかかってしまったようで無理に思い出そうとすると頭の奥が焼き切れそうになる。
やがて、ひとつの思いが阿九斗に宿った。
「ああ、わかっている。僕は決めたんだ。そしてその決意が僕に力をくれる」
阿九斗はピーターハウゼンに跨ると、そばにいたけーなに目を向けた。未だ、どこか心配そうに自分を見つめる彼女にそっと笑いかけ、再びピータハウゼンとその先の戦場を見据える。
「僕は彼女の自由を守る。そのために神を殺す!」
ピーターハウゼンが天井を見上げ大きく顎を開くと、そこから巨大な鉄の杭が生成される。轟音を上げて螺旋を描くそれが打ち出されると、天井の分厚い岩盤を打ち抜き、地上に続く巨大な通路を作り出した。
〇
「これは、してやられたかもしれんな」
千冬がモニターを確認しながら言った。そこには阿九斗が今目の当たりにしている情景がそのまま映像として映し出されている。
阿九斗が電脳ダイブにつくと、すぐに代表候補生たちに向いていたサイバー攻撃が一斉に阿九斗へと集中したのだ。幸いにもそのおかげで他の候補生たちは、ことのほか順調に救出できている。やがて最後に一夏と箒が現実世界に戻ると、阿九斗だけが電脳世界に取り残されたままになっていた。
「阿九斗、まだ戻ってこれないのか?」
モニタールームでは阿九斗を囲むように一夏や解放された代表候補生たちが様子を伺っている。現在はシステムの剥奪も収まっていて、少しずつではあるがIS学園も本来の機能を取り戻してきていた。それでもなお、学園側から阿九斗の接続を切るには至っていない。
「千冬姉! 俺をもう一度ダイブさせてくれ!」
解決の目処が立たず、辛抱しきれなくなったのか一夏は言った。
「いや、しかし......」
今一度、千冬はモニターを見る。
その光景は一夏たちにとってはただの夢にしか見えないことだろう。しかし阿九斗の世界について多少なりとも話を聞いている千冬はある結論に行き着かざるを得ない。
すなわち、今モニターで目の当たりにしている光景が別世界にいた阿九斗が実際に経験した事実をもとに作られていることであると。
(もしそうだとするなら、無闇にこいつらを電脳世界へ送るわけには行かない。もし行かせるなら......)
千冬は簪を見やった。サイバー攻撃の対象が一人に絞られている今なら、他の代表候補生や真耶の技能でもシステムブロックには事足りる。なにより負傷した楯無を除いて、専用機を持ちながら阿九斗の世界についても情報を共有しているのは簪ただひとりだ。
「更識簪、わかっているとは思うが今回の救出にはお前が適任だ。行ってくれるな?」
「私しか、いないと思います......」
そう頷いて、一切の躊躇なくモニタールームに向かう簪を千冬は見送った。
「教官、どうして簪が適任なのですか?」
ラウラの率直な問いに、一夏を含め他の候補生たちも千冬に視線が向いた。
「その質問には答えられん。少なくとも今はな。ただ私から言えることがあるとするなら」
千冬は再びモニターを見やった。
「今は、信じて待つしかない」
やがて簪から回線が開かれると電脳ダイブの準備が整った旨が報告され、千冬は通信用のヘッドセットを装着する。
「これより、紗伊阿九斗救出のための電脳ダイブを開始する。各候補生は簪のバックアップを、山田先生はサイバー攻撃に備えてシステムブロックによるアシスト!」
千冬はコンソールを操作して、接続ボタンに指を添える。
「作戦開始!」
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