♚IS学園の大魔王   作:くぼさちや

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30話 「かつての大魔王」ワールドパージ編Ⅴ

 いち早く動いたのは絢子だった。マナを纏い、空高くまで飛び上がると短刀を逆手に抜き放ち、阿九斗に切り込んでいく。

 しかし、簪は絢子のようにマナをコントロールする術を持たない。ISを操縦しているときは自然と出来ていたことではあるがそれを生身で行おうとするとうまくいかないのだ。

 

(こうなったらISを使う? でも......)

 

 そうこうしているうちに絢子は阿九斗のマナに包まれながらゆっくりと地上へ降下していくのが見えた。折られたのか手に握られていた短刀も刃の根元から先がなくなっているように見える。それを見届けるように阿九斗はしばらくその様子をじっと眺めていると、再び黒龍が翼をはためかせ飛び立っていく。

 

(早い...! このままじゃ追いつけなくなる!)

 

 簪は咄嗟に自身の専用機《黒鉄》に意識を集中させる。

 この機会を逃せばもう阿九斗には近づけなくなる。そんな思いが簪を突き動かした。

 

「脚部スラスターのみを部分展開。瞬時加速で上空まで飛んで展開を解除、そのまま山なりに落ちてあの龍に着地できれば最低限のリスクで阿九斗のところまで行ける...!」

 

 簪は眼鏡型のディスプレイを起動する。必要な情報を打ち込み、飛翔から着地までのタイミングを計算で弾き出す。

 

「目標座標F17。高度80m。着地地点は頭部から首にかけて、横5.5縦2.4m。対象の速度毎秒13m......」

 

 部分展開されたスラスターが一瞬だけ火を吹くと、砂埃を巻き上げながら簪の身体が飛び上がる。それが阿九斗とピーターハウゼンよりやや高い位置にまで達すると、展開を解き、重力に従って落下する。着地点はちょうど阿九斗の目の前だ。

 

「阿九斗! よかった! 助けに来たよ...!」

 

 簪は阿九斗に対して手を伸ばす。

 しかしそれに応じる様に無言で伸ばした阿九斗の手から青い濃密なマナの光が溢れると、一直線に簪を襲った。

 

「っ!」

 

 目をつぶって衝撃に備えたが、痛みはない。ただ直撃したマナの光が簪の全身を包み、ゆっくりと阿九斗との距離を遠ざけていく。そして先ほどの絢子と同じように緩やかな速度で地面に向かって落ちていった。

 

「味方じゃないんだろ? 少なくとも」

 

 そう言う阿九斗の目は今まで簪がIS学園で何度となく見てきた目だった。しかしそれは、今までただの一度も簪には向けられたことのなかった目。

 自身の信念と覚悟をもってなにかを守ろうとする、それを脅かす一切を見据える目だった。

 

「君と僕とは、初対面のはずだ」

 

「阿九斗......」

 

 涙がこぼれたのは、自分のことを覚えていないという理由だけではなかったのかもしれない。今まで簪が強く憧れてきたあの目が、刃のように自分に向かって突き立てられたからだ。

 

(やっぱり、IS学園での記憶がない。一組の代表候補生たちと同じでこの世界に精神そのものが囚われているんだ......)

 

 だとすれば今の阿九斗の人格はIS学園に来る前、人々から魔王と呼ばれ恐れられていた元の世界の紗伊阿九斗そのものだ。

 簪は遠ざかる阿九斗に向かって力の限り叫ぶ。

 

「どうしてこんなことをしてるの! 阿九斗は無闇に人を傷つけるようなことは嫌いな人だった! 少なくとも、私欲で力を振るうようなことは絶対にしない!」

 

「知った風なことを聞くんだね。だけど本当に知らなきゃいけない事実を君は知らない。僕らが戦わなきゃいけないのはなんなのか、それは下らないシステムに準じて思考を手放した人の意思そのものだ。神だの物語だの、そんなもののために罪もない人間の命が脅かされるのが正統だというのなら、この世界に神なんてものは必要ない。だから......」

 

 阿九斗は揺るぎない表情をしていた。

 

「神を殺して、そんな物語の終わりを知らしめる。そうすれば人々もなにが本当に正しいのか自分たちで考え始めるだろう。誰かが勝手に人類の行く末を決めるよりも、その方がずっといい」

 

 それは今まで簪が見てきたものとなにも変わらない、決意に満ちた瞳で、ただ前だけを見据えている。

 

(そっか、阿九斗はこの世界で記憶を無くしても、私の知っている阿九斗なんだね......)

 

 今、なにが起こっているのか、そして阿九斗がなにをしようとしているのかが、簪にはわかった気がした。阿九斗は神を倒すために文字通り自らの全存在をかけている。その理由はきっといつもと変わらない。大切なものを守るためだ。

 やがて地面が近づき、降り立つころには簪の中で気持ちの整理がついていた。そのすぐ側では立ち尽くしている絢子の姿がある。

 

「服部さん...! 大丈夫?」

 

「あ...ああ、問題ない。うむ...」

 

 どこか紅潮した様子の絢子に簪は駆け寄る。

 見たところどこも怪我をしていないようだったが、やはり握られた短刀は遠目で見たとおり、使い物にならなくなっている。

 

「阿九斗にはなにか明確な敵がいる。私たちになんの攻撃もしなかったのは阿九斗の目的が人類を滅ぼすことにはなかったから......」

 

「しかし、だとしてどうすればいい? 私もあいつの目的がなんなのか、なにをしようとしているのか分からないでいる」

 

『それには私がお答えします 』

 

「...? 何者だ」

 

 短刀を失った絢子はソハヤノツルギに手をかけ、油断なく周囲を見渡した。

 感情のない、ともすれば無機質にすら思える声が二人の周囲に響いている。誰の姿も見えず、どこから聞こえてくるのかも伺えないが、簪には確かにその声に聞き覚えがあった。

 

「もしかして...クロエちゃんなの?」

 

 知り合いか? という絢子の問いに簪は頷いて答える。

 それは紛れもなく、先日阿九斗の部屋で会ったあの少女の声だったのだ。

 

『その通りです。私は今、専用機の能力でIS学園の図書室にある端末を経由し、この電脳世界にダイブしています。目的は阿九斗様の救出と学園のシステムの防衛です』

 

「ということは、クロエちゃんは学園側の人間だったの?」

 

『厳密には違います。私はあくまでも束様の指示で阿九斗様を守るためにIS学園に潜入しました。ですが今は学園側と束様の間で利害が一致しているのです。現状のまま学園のシステムが落ちることは直接阿九斗様の実害になりますので』

 

「そう......でも阿九斗の味方をしてくれるのならよかった」

 

 ほっとした様子の簪に、クロエは淡々と続ける。

 

『ですが今の状況は芳しくありません。どうしてもお二人の力を借りたいのですが、その前に先ほどの質問に答えます。この世界の阿九斗様の感情を分析したところ、どうやらスハラ神の破壊が目的のようです』

 

 その言葉にピクリと絢子が反応する。なにせスハラ神とは服部家が代々仕えてきた神なのだから。

 

「スハラ神? それはいったいなんなの?」

 

『可視化された学園のシステムそのもの、この世界では人類を統制する神と呼ばれているAIコンピュータとして機能しているようです。今は私の制御下にありますが亡国機業の最終的な目標でもあり、私の本体データも防衛のためそこにいます。敵の狙いがここである以上、私はこの場から離れることができませんので』

 

 仮想空間へのダイブによって人の意識がシステムに干渉することは、そのまま電子的なデータの接触となる。

 つまり、阿九斗がこのままスハラ神を破壊してしまえばIS学園のシステムに重大な損傷を与える事になるのだ。場合によってはIS学園そのものが機能を停止してしまいかねない。

 同様に亡国機業がスハラ神のもとにたどり着けば、それはシステム奪取に王手をかけたということになる。

 

「そうなると、まずはスハラ神を破壊しようとしている阿九斗を止めないと。でも私のことやIS学園での記憶が今の阿九斗にはないみたい。どうやったら記憶が戻るの?」

 

『電脳ダイブしている敵の排除、あるいはなんらかのダメージでも構いません。亡国企業のシステムに私が介入する隙を作ることができれば阿九斗様に仕掛けられているハッキングを無効化できるかもしれません。そうすれば少なくとも、元の世界の記憶は取り戻せるはずです』

 

「そう。ならまずは、そこから......」

 

「待て! 本当に信用していいのか?」

 

 絢子は簪に習うように上空を見上げ、クロエに向かって言った。

 

「私はこれでも一軍を預かる身だ。くだらない戯言に付き合って命令を放棄するわけにはいかない。もしお前の言うとおりスハラ神を貴様の手で管理しているというのなら、その証拠を示して見せろ」

 

 それに対するクロエの返事はない。

 しかし、返事がないだけで証拠を示さなかったわけではなかった。絢子の背負ったソハヤノツルギがその鍔と鞘の間から小さくも強い光を発したのである。まさか、そんな疑念を抱きながら絢子は恐る恐るといった様子で柄に手をかけてみる。

 

「......」

 

 そのとき、歴代の服部家当主によって連綿と受け継がれてきた伝家の宝刀が、

 

「.........」

 

 これまでいかなるものにも刀身を抜くことができなかった秘めたる宝刀が、

 

「............〜〜っ!!」

 

 その刀身をあっけなく、露にしたのだった。

 驚愕に声にならない悲鳴のようなものを上げて大きく目を開きながら、身体を震わせる絢子。

 それがいったいどれほどの驚きか、簪には知る由もない。

 

 




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ではまた次回〜
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