♚IS学園の大魔王   作:くぼさちや

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06話 「男子人権防衛戦線」

 

 

 沙伊阿九斗の朝は早い。

 午前5時にアラームもなく目を覚ますと、隣のベッドで寝ているルームメイトを起こさぬよう、静かにジャージに着替えてランニングにでかけた。

 軽い準備体操を済ませて中庭を走る。

 このIS学園はさまざまな設備を有していてその敷地は広い。特に決められたコースを行く訳でもなく気の向くままに走っていると竹林が見えてきた。

 

(ずいぶん広い学園だと思ってはいたけど、あんなスペースまであるのか。せっかくだし今日はあそこまで)

 

 一定のリズムを刻みながら林へと入っていく。

 存外そこは広く、しばらく走っているとあっという間に周囲は竹に囲まれた。

 

(まさか学園の中にこんなところがあるとは思わなかったな。ちょっとした森林浴のようで落ち着ける)

 

 いい場所を見つけた。これからのランニングコースに入れてみるのも悪くないだろう。

 まだ夏の暑さも残るこの季節に竹の間を通って吹く風が涼しく、周囲を差す木漏れ日はなんともいえない風刺を感じさせた。

 

(さて、そろそろ戻ろう)

 

 そう思って一旦立ち止まり、首に掛けたタオルで汗を拭いていたときだった。

 

「......だ~れだ?」

 

 背後から手が伸び、急に視界が暗くなる。

 一瞬焦ったものの、阿九斗はこの世界に来てから今までの記憶をたどった。しかし全く聞き覚えのない声だ。

 

(.........誰だ?)

 

「はい残念、時間切れ~」

 

 振り返ると、やはりいたのは見知らぬ女子生徒。

 阿九斗も前から思っていたことではあるが、この学園では初対面のはずの相手が自分のことをすでに知っているというケースが多すぎる。

 

「おはようございます。念のためお聴きしますが、初対面ですよね?」

 

 女子生徒は笑顔で頷いて見せる。

 ネクタイの色を見たところどうやら2年生のようだ。肌色は白く、大きな瞳と水色の髪が特徴的で手には扇子を持っている。

 

「1年1組、沙伊阿九斗くん。倉持技研所属の試験パイロットであり、世界で二人目の男性IS操縦者」

 

 阿九斗は頷く。

 それはIS学園に入学する上で千冬が阿九斗に用意した一応の肩書きだった。メディアにも取り上げられている話なので特に驚くことではない。

 

「しかしその実態は《銀の福音》をほぼ単独で撃破した異世界の魔王♪」

 

「なっ!? どこでそれを!」

 

 阿九斗は身構えた。

 その事実は束を除いて千冬や摩耶などの一部の教員しか知らないはずだった。

 

「そんな恐い顔しないで。スマイルスマイル~」

 

 そう言って女生徒は人指し指を頬に当てて笑う。

 しかし阿九斗は依然として警戒をあらわにしたままだ。

 

「あらら、警戒させちゃったかな? 君の事情については織斑先生から聞いたの」

 

 千冬の名を聞いてわずかに緊張が緩む。

 

「私の名前は更識楯無。IS学園生徒会長よ」

 

「...更識?」

 

(更識って......ああ、言われてみれば)

 

 確かに身に纏う雰囲気こそ随分と違うが、髪色や特徴的な癖っ毛などはどことなく簪に似ている。

 

「それで、その生徒会長が僕にいったいなんの用です?」

 

 阿九斗は未だ解ききれない緊張を口に含みながら言った。

 

「まあ、そんなに込み入った話をしに来たわけじゃないわ。実は生徒会から阿九斗くんにちょっとしたお願いがあるの」

 

 バサリと音を立てて扇子が開かれる。

 そこに達筆な文字で『心配無用』と書かれていた。

 

「今度の学園祭で私達生徒会は観客参加型の演劇を計画しているんだけど、人手が足りないの。それでもしよければ阿九斗くんに参加してもらいたいな~ってね」

 

「...え? まあ、そういうことなら」

 

 前置きが前置きだったせいで無駄に警戒していたが、どうやら思い過ごしのようだ。

 阿九斗は拍子抜けた勢いでつい承諾してしまったものの、生徒会長直々の頼みというのだからおいそれと無下にはできない。

 

「オッケ~。じゃあよろしくね」

 

 踵を返して背を向ける。しかし、ふとなにかを思い出したかのように振り向いた。

 

「そうそう、阿九斗くんにお届け物が来てたわよ。今日にでも織斑先生から渡されるんじゃないかしら~」

 

 そう言い残すと手を振りながら去っていった。

 あまりのマイペースぶりに阿九斗は唖然としながら見送る。

 

「...あの人と簪さんが姉妹?」

 

 束と箒、一夏と千冬、そして簪と楯無。

 どうもこの界隈の兄弟姉妹は双方の性格にギャップがありすぎるように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前6時を過ぎた頃。目覚めこそ快適だった。

 

(......あ、うわあぁあぁあぁあぁ~っ!)

 

 簪は布団にくるまりながら羞恥に悶絶する。

 和やかなお茶会の雰囲気を残したまま夜を迎えたため、特になんの緊張もなくナチュラルに眠りについてしまったわけだが、異性と同じ部屋で寝たという事実に今さらながら顔が上気した。

 隣のベッドに阿九斗の姿はなく、浴室からシャワーの音が聞こえる。

 簪はその間に着替えを済ませてついた寝癖を引っ掻くように直すと、シャワーを終えた阿九斗が髪をタオルで拭きながら出てきた。風呂上がりにそのまま着替えたのか、すでに制服を着ている。

 

「おはよう、簪さん」

 

「...おはよう、沙伊くん。...起きるの早いん、だね」

 

 ぎこちない笑顔で挨拶を返すが、簪自身、自分がどんな顔をしているかわかっていない。

 

「朝にランニングをするのが習慣でね。そうそう、実はついさっき生徒会長に会ったんだけど......」

 

 簪の少し驚いたような表情。

 

「......その様子からすると、やっぱり君のお姉さんか」

 

「なにか阿九斗に迷惑をかけるようなこと言ってない?」

 

 真っ先にそれを聞いて来るのだから今度は阿九斗が驚いた。

 

「いやいや、迷惑だなんて」

 

 確かに頼み事をされたわけではあるが迷惑というほどのことでもない。

 阿九斗は現在、IS学園の奨学生として在学している。しかしそれは阿九斗が貴重な男性操縦者であるというだけで得られてもので、それに相応しいだけの知識や努力を積み重ねたわけではない。

 生真面目な性格もあって阿九斗はそれを心苦しく思っていた。

 だからこそ学園の役に立つため行動することは彼自身にとって決してやぶさかではない。

 

(それに、最後に少し気になる話を耳にできた)

 

 楯無の言っていた〝届け物〟

 それには阿九斗も多少心当たりがある。

 

 

 

 

 

 午後のLHRで1年1組の学園祭の出し物を決めることになった。

 クラス委員である一夏が教壇の前に立ち、各々の意見をまとめていく。

 

「......で、クラスの出し物についてだけど」

 

・織斑一夏とポッキーゲーム

・織斑一夏とツイスターゲーム

・沙伊阿九斗のホストクラブ

・沙伊阿九斗と王様ゲーム

 

「全部却下!!」

 

 一夏の一喝に教室中から一斉にブーイングが上がる。

 

「アホか! 誰が喜ぶんだ、こんなもん!」

 

 開始から20分。なに一つとしてまともな意見が出ていなかった。

 

「私は嬉しいわね。断言する」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

 ほぼ全員の賛成に一夏がたじろぐなか、後ろの席から反対意見が出た。

 

「ちょっと待ってください。当人の同意もなしに決めていいことではないでしょう」

 

 阿九斗はその場で立ち上がる。

 

「確かに男性IS操縦者の存在は我々1組だけが持つ独自性であり、それをクラスの持ち味として全面に出すことは意見の一つとして認めましょう。しかしそれは男性側の意思を尊重した上で決めるべきことで、このような一方的な多数決によって決定されるのは間違っている」

 

(阿九斗...助かったぁ......)

 

 一夏の表情が晴れる。

 そして阿九斗の弁論がさらに熱を帯びた。

 

「そもそも学園祭とは! 各クラスが共通の目的のもとそれを成し、団結力を強めることが目的のはず! しかし、これでは一部の生徒に負担が偏るのは明白であり、それでは本来の学園祭の意義から逸脱してしまうのではなかろうか!」

 

 阿九斗は思うままに正論を羅列していく。いつの間にやら敬語は抜け落ち、その論調はまさしく独裁者のそれだった。

 しかし、その程度で丸め込まれる女子たちではない。

 

「沙伊くんと織斑くんなくして他の出し物などありえない!」

「そうだそうだ~!」

「織斑一夏と沙伊阿九斗は1組の共同財産である!」

 

 男子二人を祭り上げるという共通の目的のもと、それを成すべく女子たちは強固な団結力を見せ始めた。

 それは意見の尊重は愚か、阿九斗たちの人権を侵害せんばかりの勢い。

 

(いかん......これでは収拾が付かない)

 

 『ポッキー』『ホスト』『ツイスター』など、バラバラのコールが飛び交うなか、阿九斗は助けを求めるように摩耶を見た。

 

「山田先生からもお願いします。いくらなんでもこれは横暴だ」

 

 急に話を振ったのがいけなかったのだろうか。

 

「えっと、私は...ポッキーなんかいいんじゃないですか?」

 

 真耶はほのかに頬を赤くして答える。

 

「そうですか......」

 

 阿九斗は大人しく席に座った。

 

(女性のかしましさに理屈なんて通じない...)

 

 

 

 ○

 

 

 

「......よう、阿九斗。おつかれ」

 

「うん、おつかれさま......」

 

 どうにか男の人権を死守した二人はげっそりとした表情で力なく笑った。落としどころとしてはそこそこまともな位置を確保できたと思われる。

 あのあと1組の教室はクラス委員の一夏すら置いてけぼりにその激しさを増し、多数決の暴力を身にしみて感じた阿九斗は、立場上中立にならざるを得ない一夏に代わって女子生徒に対抗して意見をぶつけた。

 女子生徒の意見も尊重しなければならないのはもちろん、他クラスにはない男子を武器にしない手はないという意見も一理あり、それをあえて認めた上で女子たちから譲歩を引き出した。

 その結果、一夏と阿九斗の執事とその他一同のメイドによる喫茶店という形で決着がついた。

 意見をまとめていた一夏も少し変わった格好の喫茶店と思えば、と折り合いをつけている。

 

(けど...なんだか無駄に疲れた)

 

 千冬がいればもう少しマイルドに話が進んだだろうが、真耶いわく〝諸事情〟により今日は午後から姿を見ていない。

 疲労感に耐えかねて机に伏して休んでいると校内放送が入った。

 

『1年1組、紗伊阿九斗くん。織斑先生がお呼びです。至急職員室までお越し下さい』

 

「......なんかやらかしたのか?」

 

 一夏が顔を上げる。やや投げやりな言い方なのは疲労のせいだろう。

 

「どうだったかな?」

 

 そう答える阿九斗もどこか反応に乏しかった。

 

 

 

 

 

 

 放送で呼び出しを受けた阿九斗は職員室のドアをノックする。

 今朝の楯無の話でなんとなく予想できていたがどうやら無事に届いたらしい。

 

「紗伊阿九斗です。お呼び出しを受けて参りました」

 

「よし、入れ」

 

 中から千冬が返事をしたことを確認してドアを開ける。

 そういうタイミングで呼び出したのか、それともわざわざ人払いを済ませたのか、辺りを見回すと千冬以外に職員の姿は見られない。

 閑散とした職員室の奥。千冬のデスクに置かれた黒い小さなアタッシュケースが阿九斗の目に映った。

 

 




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ではまた次回~
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