「これがお前の専用機だ。受け取れ」
案の定、届け物とは阿九斗の専用機だった。
千冬がアタッシュケースの電子ロックとダイヤル錠を外す。赤く光っていたランプが青に変わり、ケースが開かれた。
「織斑先生、これは一体......?」
ケースの口から白い瘴気が漏れ、それに紛れるようにして目に映ったのは黒い光沢を発するブレスレット。
つなぎ目に象られた機械的な造形の髑髏は威圧するかのごとく阿九斗を睨んでいる。そこから伸びた赤のライトラインはまるで頭蓋骨からしたたる血のように妖しく光り、阿九斗の感想は『悪趣味』の一言に尽きた。
「待機状態の専用機は持ち歩きが可能なようにこうして小型化されている。お前も待機状態の織斑の白式を見たことがあるだろう?」
「いえ、そういうことではなく......」
そんなことは無論知っている。
実際、阿九斗は一夏のブレスレットがISになったのを見て便利なものだと思っていた。
「しかしこれは...学生の持ち物としてとしてふさわしくないかと......」
「魔王がえらく真っ当なことを言うではないか。あいつはその髑髏の曲線を見出すために幾度もの試作と改良を重ねたそうだぞ?」
〝あいつ〟というのは束のことだろう。
「......その曲線は性能かなにかと関係が?」
「一切ない。単なるデザインだ」
泰然と言い切る千冬。
もはや余計なこだわり以外の何物でもない。
「こんな演出まで仕込んで...」
もくもくと立ちこめる靄を手で扇ぐ。気化したドライアイスかなにかだろう。
「ようやく到着した専用機なんだ。そうガッカリするな。機能の確認のため第4アリーナの使用申請を出してある。細かな機能や変更点についてはここで説明しておくが、百聞は一見に如かず、そこで性能を試してみろ」
阿九斗は受け取ったブレスレットを装着する。
内心不服ながらも、考えてみれば簪のように自らの専用機を自作しようと苦労している人もいるのだ。
(見た目がどうだなんて贅沢を言うものじゃないな。ありがたく思わないと)
そう思い直して納得しすることにした。
○
確認を行うべく第4アリーナに向かうその道中。
第6アリーナの前を通りかかったときにそこを飛び立つ1機のISが見えた。
「あれは、簪さんの《打鉄弐式》」
見覚えのある簪の専用機。どうやら飛行試験の最中らしい。
(偶然とはいえ、せっかく居合わせたのだから声くらいかけてから行こうか)
第6アリーナに目的地を変えて走り出す。
○
「おいで、《打鉄弐式》」
簪は自身のISを展開し、キーボードを操作する。動作を常時モニターしながら各部が正常に機能していることを確認するとハッチから飛び立った。
(今日こそは...絶対に成功させる......!)
キーボードの上を簪の指が走る。
「...機体制御は大丈夫。あとはハイパーセンサーの接続......連動!」
試験稼働は順調に進んでいた。急上昇、旋回を数度繰り返す。
「姿勢保持スラスター、問題なし。展開時のポイントを調整。PIC緩衝領域からずらしてグラビティヘッドを機体前方6センチ...調整!」
一つ一つの要素をチェックしながら細かな調整を入れ、誤差を修正していく。今のところは目立った問題はなく、正常に稼働しているようだ。
「それから、脚部ブースターバランスを-4で再点火!」
一気に機体の高度を上げていく。
すると右脚部ブースターの爆発とともに[警告]の文字が点滅した。
「反動制御が効かない! どうして...」
「簪さん!」
遠目ながら機体のトラブルが目に映り、阿九斗は渡されたばかりのISを展開して飛び上がった。
「くっ、前のときより速度が......」
以前との性能差に苦虫を噛み潰したように口元を歪める。速度を含め、全体的な出力が大幅に落ちていた。
簪は必死にパネルを操作してみるも、機体の不備は次々とエラーを引き起こいていく。
高度はみるみる下がり、地面が目前まで迫って来ていた。
(嫌...嫌だ。まだ追いつけないの?)
不意に姉の後ろ姿が目に浮かんだ。
落ちる。そう思って目を閉じたとき、急な真横への方向転換と抱きすくめられるような感触を感じた。
(......阿九斗くん!?)
化勁で衝突の勢いを緩和しながら抱き止めた阿九斗は進行方向に背を向けてスラスターを吹かす。
しかしフルブーストで受け止めた阿九斗はそのまま勢いを殺しきれず、簪を庇って背中からアリーナの壁に衝突した。
「...痛たたっ、簪さん大丈夫?」
巻き上がる砂煙の中でどうにか間に合ったことを理解すると、簪の安否を確認した。
(正直、ここまでとは思っていなかった)
予想以上の大幅なパワーダウン、とはいえ競技用のISの性能がこのレベルなのだと言われれば、それに慣れるしかない。
「...もう少し格好良く助けるつもりだったんだけどね」
急な出来事に簪は内心慌てながらも縮こまったまま動かないでいる。
地面に衝突すると思いきや、気づけば阿九斗の腕の中なのだ。アワアワと口だけが動いて言葉が出ない。
阿九斗が見たところどうやら簪に怪我はないようだ。
もっともISの絶対防御が働いている以上怪我のしようがないのだが痛みはある程度伴う。しかし知識として知っていたものの、アリーナの客席に背中から突っ込んだ阿九斗ですら怪我一つしていないのだから、絶対防御という機能には驚いた。
阿九斗にとっても簪にとっても、思わぬ試験稼働となった。
○
「申請施設外でのISの使用にアリーナの破損、大した悪童ぶりだな。沙伊」
「いえ、その、状況的にやむを得なかったと言いますか......」
重量を伴ったプレッシャーに阿九斗は言葉が詰まった。
千冬の顔は笑ってはいるものの、それが本心のままに笑っているかと問われれば、答えは否だ。
少し離れたところでは4組の担任を前にしきりに頭を下げている簪の姿があった。
話しの内容は同じだろうが、こちらに比べてまだ穏やかに会話が進んでるように見える。
「なに、私も貴様を責めるつもりはない。が、それとこれとは話が別だ」
そう言って机に置かれたのは報告書の書類と反省文用の原稿用紙。何となく予想がついていたので今さら溜め息も出ない。
「明日の放課後までに提出するように。以上だ」
部屋に戻る途中、阿九斗は腕につけた待機状態のISを眺めるようにして見る。
先ほどISを展開したとき、マナを練り上げようとするとそれを抑制するような働きがあった。恐らくこれが千冬の言うリミッターなのだろう。
今回は限界速度の確認だけで終わったが、その他の出力も抑えられているに違いない。仕方ないことではあるが、本領を発揮できないことに阿九斗は言い知れぬ不安感を覚えた。
こうなれば出せるエネルギーを最大限活かす術を心得なければならない。
(マナのコントロール、苦手だなんだと言ってはいられないか)
阿九斗は指先にマナを集中させて小さな光の球体を作る。不規則なマナの光が頼りなさげに揺らめいていた。
○
その夜、ベッドの上で見ていたアニメのワンシーンに今日の出来事が重なった。
抱き抱えられたヒロインを見て気恥ずかしさがぶり返し、簪は赤くなった顔を隠すようにして枕に顔をうずめる。
(阿九斗...格好良かったな...)
まるで今見ていたアニメのヒーローのようだった。
自らの身体を抱きしめるようにして手を組むとそのときの感覚がより鮮明に浮かんでくる。不思議な安らぎを感じ、そんな心地に浸っている自分に気づくと再び顔が熱くなった。
─────コンコン
数回のノックの後ドアノブが回る音がした。
簪はディスプレイを閉じ、ベッドに座り直す。
「お帰りなさい、阿九斗。もしかして今の今まで怒られてたの?」
「まさか、今回の報告書だけでも今日中に書いておこうと思ってね。ついさっき出してきたところだよ」
阿九斗は上着をハンガーに掛けてベッドに寝転がる。
転入してからというものトラブルには事欠かず疲れ気味だった。
(平穏とは言えないけど、魔術学院に比べればまだ穏やかな生活か......)
そんな様子を見たからか、簪は申し訳なさそうに肩を落とす。
「ごめんなさい、私のせいで阿九斗にまで迷惑かけちゃって...」
「気にすることはないよ。機体の事故じゃあ仕方ないさ」
「それでも、ごめん」
それから会話が続かず、しばらく間が空く。
聞くべきかどうか迷ったが阿九斗は意を決して尋ねることにした。
「...君の専用機の方はどうだった?」
「ブースターの排熱機関が溶解してた...。多分、《打鉄弐式》の出力についていけなかったんだと思う」
「直りそうかい?」
「部品を取り替えれば大丈夫。でも、もう少し排熱効率を上げないとまた同じことになる......」
そう言う簪はうかない表情だった。
詳しいことはわからないが簡単なことではないのだろう。
「......今日は、ありがと」
「え?」
突然のことに阿九斗は簪の方を見た。
「その、アリーナで助けてくれたこと...」
制服の裾を掴みながら言う簪に阿九斗は理解と同時に若干の失敗感を覚えた。
恐らく阿九斗が戻ってからずっとそれを伝えるタイミングを探っていたのだろう。今までのことで簪が内向的な性格なのはわかっていたのだから、報告書は明日に回してもっと早く話す時間を作るべきだった。
(僕もつくづく気が回らないな。そうした不理解が原因で初対面のときに溝を作ってしまったというのに)
阿九斗は簪の方に向き直る。
「簪さん」
「は、はい...!」
いつになく真剣な面持ちの阿九斗に簪は反射的に返事が出た。
「僕にはISについての知識はない。出来ることなら力になってあげたいけど、それは無理だ」
今回は阿九斗の助けがあったからよかったものの、あのまま地面に衝突していたら修理箇所はブースターだけでは済まなかったはずだ。もし同じようなことがあったとき対応できる誰かがいたほうがいい。
「だからせめて、次の実験のときは僕を呼んで─────」
「平気...次こそは絶対に成功させる」
簪の表情にはいつもの大人しげな様子は消えていた。
強い決意に満ちた横顔に見入っていると、今度は少し照れたように笑う。
「......だから、今度は近くで見ててほしい、かな」
その言葉が意味するのは肯。
「わかった。楽しみに待ってるよ」
阿九斗はそう言うと寝巻きを手に浴室に向かう。
アリーナのシャワーで一通り身体を洗い終えていたのであとはもう着替えて寝るだけだった。
(思えば最初はあんなに不安視していた簪さんとの同室も、特に目立った問題もなくやって来れてるんだから僕も少し、悪い方向に考えすぎなのかもしれないな)
そんなことを思って洗面台で歯を磨き、着替えから戻るとお香だろうか、部屋のキャビレットに置かれた小瓶からラベンダーの芳香が漂ってきた。
「いい香りだね」
「うん。すごく...よく眠れる、から...」
答える簪の目はトロンとしている。左右にゆっくりと頭が揺れていて今にも寝てしまいそうだった。
「阿九斗...疲れてるみたい、だったから......これで......スゥ...」
簪は倒れるようにしてベッドに横たえた。阿九斗がその上に布団をかけてやると気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
その日の出来事が日付を跨ぐと昨日の出来事になるように、慌ただしかった一日もまたこうして終わろうとしている。
阿久斗はかけたままだった簪の眼鏡を外した後、小瓶を手に取った。
「催眠ガス...ではないよな」
あまりの寝つきの良さについ笑ってしまう。
見ている阿九斗まで眠くなってくるほど穏やかな寝顔だった。
(なるほど、たしかによく寝てる)
阿九斗はお香の火を消そうと小瓶の蓋を取る。
するとそこであることに思い至った。
体内で生成されるマナしか使えない今なら、以前より繊細な扱い方も実践できるかもしれない。
(力加減が分からず、事あるごとに爆発騒ぎを起こしていたけど、自分で生成できる範囲でだけなら僕だってコントロールできるはずだ)
未だ煙の立ち込めるお香を一本抜き取って軽くマナを流す。
「うおっ」
多少お香の燃える早さを上げる程度に火を強めてみたつもりが、軽い爆発音とともに灰すら残らず燃え尽きた。
花の香りとともに煙が立ち上り、天井を覆う。
「.........ああ、まずい」
───ジリリリリリリリ!!
「えっ!? なにっ!? なにっ!?」
鳴り響く火災報知機のベルに簪は飛び起きた。それに続いてスプリンクラーが作動する。
「ひゃっ!? 冷たいっ!」
寝起きに水、あまりに突然のことに簪はパニック状態だった。
「えっと、その、よくわからないけど、ごめん!」
阿九斗の慌ただしい一日はまだ終わらない。
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