「アリーナの破損だけでは飽き足らず、ボヤ騒ぎとは。覚悟は出来ているだろうな?」
千冬から呼び出しを受けたのは翌朝のことだった。
昨夜はすでに寝静まった生徒も多いなか非常ベルが鳴り響き、そのフロアの全員が中庭に一時避難するという大事にまで発展してしまった。
やがて危険性がないことが確認され、生徒たちが各々の部屋に戻ったのが騒ぎの起きた約30分後。その後の調べで警報の原因がお香の小瓶であることもあっさりとバレ、水浸しになった部屋で寝るわけにもいかず、仮部屋の確保や細かな事情説明諸々が済んだときには深夜の1時を過ぎていた。
「はい、軽率な行いでした」
阿九斗は90°角に頭を下げる。
アリーナの一件については弁解の余地があったものの、昨晩のボヤに関しては全面的に阿九斗が悪い。寮長であると同時に担任でもある千冬には一切の言い訳もせず洗いざらい白状し、職員用の仮眠室で一夜を明かして今に至る。
「いかなる処分も甘んじてお受けします」
千冬はディスクの引き出しからあらかじめ用意していたプリントを取り出す。
「明日からの特別強化プログラムだ。それで今回の件については不問とする」
「...え?」
千冬から言い渡された沙汰は意外なほど軽かった。
阿九斗自身、鉄拳制裁と1~2週間の謹慎処分くらいは覚悟していたところだったのだが。
「一旦はキャビネットに置かれていたお香が原因とされたものの、燃え残っていた線香の分量から警報が作動するほどの煙を出したとは考えられず、最終的には警報器の誤作動と判断された。お前が言うには、中から取り出した線香を消し炭も残らぬほどの火力で焼き尽くしたそうだが、それを職員会議の場で言うわけにもいくまい。」
お香と警報の関連性は認められなかった以上、責任は発生しない。しかし事実として阿九斗が騒ぎを引き起こしたのだから、事情を含めてそれを知る千冬が出来る範囲で罰を下した、といったところだろう。
(しかし、それにしたって─────)
「それにしたって罰が軽い、などとは考えないことだ」
そんな阿九斗の心境を見透かすように千冬の眼光が突き刺さる。
「逃亡防止のためプログラムの詳細は教えられないが、相応のものを用意してある。首を洗って待っていろ」
(逃亡防止......いったいなにをさせるつもりなんだ...?)
○
渡されたプリントには1週間にわたる特訓スケジュールとそれを行うアリーナの場所が記されていた。
あまり期待してはいなかったが詳しい特訓の内容については書かれていない。
ただ阿九斗の目を引いたのは1日目、つまり今日行われる特訓内容だが、そこには簡潔に『模擬戦』とだけ書かれていた。
(第6アリーナ...昨日、簪さんが起動実験をしていた場所か)
場所はわかっているから迷う心配はないだろう。
ただ、日頃の疲れと若干の寝不足から、気を引き締めて頑張ろう、というテンションにはどうしてもなれない。
「おはよう。そっちの階は夜大変だったんだってな」
「...ああ、まあね」
昨日まではぐったりとしていた一夏だったが、一晩して息を吹き返したらしい。
ちょっとした世間話なのはわかっていたものの実行犯であるだけに阿九斗の歯切れは悪かった。
周囲の話しに聞き耳を立てるとどこもその話題で持ちきりで、どうやらその話はすでに学園中に広まっているらしい。もっとも、夜の寮内でボヤ騒ぎというのだから当然と言えば当然だ。
(なんか、疲れがドッと出てきた...)
そんな阿九斗に構うことなく日はまた登り、午前の授業が始まる。
○
そして放課後。
「プリントによるとここで間違いないはずだけど...少し来るのが早かったかな?」
アリーナに足を踏み入れるが見渡す限り誰もいなかった。
視線を端に向けると昨日の今日ではさすがに修理が間に合わなかったのか、阿九斗の壊した箇所はそのままになっている。
「阿九斗く~ん」
聞き覚えのある声だった。しかしその方へ振り向いても誰もいない。
するとさっきまで向いていた方向からポンと肩を叩かれ、向き直った瞬間に扇子の先が阿九斗の頬を突く。
「あはは、引っかかった」
「いつの間に...というか、会長はどうしてここに」
誰もいなかったはずの場所で楽しそうに笑う楯無。口もとを隠すように開かれた扇子に『油断大敵』の文字があった。
「織斑先生から頼まれたのよ。昨夜の騒動は阿九斗くんの仕業だっていうじゃない」
仕業、と言われると人聞きが悪いが実際その通りなのだから何も言えない。
「ということは、今回の特別強化プログラムは生徒会長が担当されると?」
「ええ、異世界の魔王の力なんてそうそうお目にかかれないもの。生徒の長としてその力量を測っておくのも大事なことじゃないかな?」
バサリと開かれた扇子には『勤倹力行』と書かれているが、その一方で『面白半分』と顔に書いてある。
実のところは楯無が学園祭に関連する書類整理など、ディスクワークをサボりたいという本音も多分に含まれるのだが、初日から模擬戦をするということから阿九斗は要らぬ思考を巡らせた。
(本人は面白がってはいるが、学生の長たるこの人が学園祭前の忙しい時期にそんな単純な理由で担当を受けるとは思えない。プログラムが会長に一任されているということは僕がこの人の監督下に入るということだ。織斑先生の言っていた逃亡防止とはすなわち、最初の段階で力量差をわからせ、僕におかしな気を起こさせないようにとの配慮だろう)
そう読んだ阿九斗は深々と頭を下げる。
思い出せば初めて会ったときも後ろを取られるまで彼女の接近に気付かなかった。開けた場所にいたとはいえ、普通なら足音がするだろうし、そもそも前の世界では隠れていた服部優子の居場所すら見破った阿九斗である。
相手がただ者でないことは明白だった。
「お手前、感服いたしました。これから一週間よろしくお願いします」
「うん! 素直でよろしい。それじゃあ始めよっか」
楯無が扇子をたたむとアリーナ全体に巨大なシールドが展開された。
(なるほど、これで周りを気にせず戦えるというわけか)
「わかりました。胸を借りるつもりで行かせていただきます」
楯無は自分の胸を両手で隠す。
「もお! 阿九斗くんのエッチ」
「いや胸ってそういうことじゃなくてですね!」
弁明する阿九斗をからかうようにひとしきり笑い終えると、先ほどまでの様子とは真逆の凍てついた殺気が楯無の瞳に宿った。それに反応した阿九斗は反射的に身構える。
「ISを展開しなさい。腕試しにお姉さんが遊んで、ア・ゲ・ル♪」
楯無は生身のまま阿九斗に突進した。
両腕をクロスするようにして衝撃に備えるとぶつかった瞬間に楯無の身体は水しぶきに変わる。
「水面に映した影か...!」
「─────その通り」
その声が聞こえたのは上空。すでにISを纏った縦無が悠然とたたずんでいた。
今まで見てきたISの中では装甲が薄く、左右一対の水のヴェールがマントのように浮遊している。
手に携えたランスにも螺旋状に水を纏っていて、その姿はISというよりも阿九斗のよく知るマナを用いた騎士団の武装に近かった。
「遠慮しなくても、私はとっくにISを展開してるわよ」
(そんな様子は全く...いや、もしかして話しかけてきた段階ですでに展開済みだったのか。なんにしても、IS相手にいつまでも生身を晒している僕が間抜けだってことか...)
阿九斗はブレスレットをかざした。
紫色の光が阿九斗を包み込み、《魔王》を展開する。
○
「《魔王》だ」
「......今なんと?」
「機体名は《魔王》だと言っている」
スペックについて千冬から説明を受けていたとき、阿九斗は言葉を失った。
八咫烏の診断のときにも似たような衝撃を受けたことがある。
「文句があるなら束に言え。名前をつけたのはあいつだからな」
不服そうにしている阿九斗に構わず、千冬は説明を始める。
「まずは調整前の機体についてだ」
ディスプレイに機体とそのスペックデータが映し出された。
五角形のレーダーチャートが三つ、『火力』『速度』『保有エネルギー』と大まかに分けられ、さらに『最大火力』『加速度』『武装エネルギー』など、各性能を細かく表示している。
「大まかに言えば、物質や慣性にエネルギーを干渉させるのが最大の特徴といえる。自身に干渉させれば装甲の硬化や出力の向上。それ以外では相当な自由度で物質などをコントロールできるようだ。海水の気化が良い例だな」
今のところは阿九斗が身を持って知っている範疇だ。
機体の特性もマナの特性に合致した造りのように思える。
「またエネルギーを直接放出することで遠距離戦闘やエネルギーシールドによる広域防御も可能。さらに内部で生成されるエネルギーによって装甲やシールドエネルギーを常時修復、回復できる。あえて分類するなら、全域対応戦略型IS。性能だけで言えば並のISが何機束になっても敵うまい」
(戦略型か...皮肉だな)
なにせ阿九斗はこの力で束とともに世界を変革しようというのだから。
その点でまさに魔王の名に相応しい機体と言えた。
「もっとも、これらはISの機能というより、搭乗者であるお前の能力によるところが大きいと束は見ている。本来、これだけの機能を維持するには動力をいくつ積んでも足りん。しかしその機体にはそれらしい動力は搭載していないときた」
「どういうことですか?」
「私が知るものか。束でもはっきりとしたことがわからんのだ。動力すらないISを起動させるなど不可能、魔法でも使わん限りはな」
そこで阿九斗は千冬が言わんとしていることを理解した。
当然だ。なにせ動力は阿九斗自身なのだから、見つかるはずもない。
「次に調整後の《魔王》だ。基本的な機体コンセプトはそのままに、全体的なスペックを落としたものとなっている」
別のウィンドウを呼び出して調整前のデータと並べる。
「リミッターを付けるとは聞いていましたが、こうして数字にして見るとすごいですね」
火力、速度、加速度、シールドエネルギーの最大値が大幅に引き下がっていた。
自己修復機能はあるものの、生成したマナをシールドエネルギーに変換する形になっており、変換効率も申し訳程度まで抑えられている。
「ISに必要な絶対防御と動力炉の搭載、マナによるエネルギー供給は...まあ問題にならない程度に残してあるようだ」
表示された武装もISらしい名称に置き換えられてはいるが、目立った変更点は見られない。
・動力伝導式硬化腕部装甲《金剛力》
・高出力荷電粒子砲《魔砲》
・多角展開シールド《魔法陣》
・慣性操作結界《魔王の瘴気》
・単一仕様能力《unknown》
「...なんと言いますか、あの束さんにしてはえらく常識的ですね」
「私も同意見だ。あいつならデタラメなアレンジや、逆にマナを最大限に活かしたとんでもないパワーアップを施していてもおかしくはなかったが...」
おかしくないことがむしろおかしい。
それが束に対する阿九斗と千冬の共通認識だった。
「ちなみに、この単一仕様能力は?」
「見ての通り不明だ。解析できない上、展開に必要なエネルギー量が常軌を逸していたため、確認が取れていない。わかっているのはこれが拡張領域のすべてを占領しているせいで一切の武器が装備できないということくらいか」
「......確認が取れないというのは、万が一暴走したときに制御しきれない可能性があるということですか?」
「ああ、それほどのエネルギーを食う代物だ。IS自体、未だ解明されていない点が多くある。言うまでもないだろうが、その能力の使用は厳禁だ」
○
高度を上げて楯無と相対する。相手の機体データを解析し、表示されたスペック情報に目を通した。
(機体名は《ミステリアス・レイディ》。見たところでは武器はあのランスとそこに後付けされた4門のガトリング砲。後はさっきのような水を用いた撹乱に注意すべきか)
阿九斗のISには相変わらす武器がなく、使えるものはマナだけ。しかもリミッターで大幅に出力を下げられている。
「では、いかせていただきます」
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