Fate~友達が戦争に行ってぼっちの君へ~   作:えだまめ。

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第七話 欠陥従属ゴーレム

 

 今から少しほどの前の出来事だが。

 と。前置きをおいて、俺は身に起こった事態の説明を始める。

 

 俺とランサーがアイリさんの拠点に泊めてもらう事になったのは、おそらくほとんどの人が承知の出来事のはずだ。ちょうどその頃、俺達を乗せたメルセデス・ペンツェ・SLクーペはやけに曲がりくねっていて、周囲を森に囲まれた国道線を駆け抜けていた。

 この車以外に他の車が出払っていないことが唯一の救いともいえるかのように、メルセデスは間違わずとも事故しそうな速度で爆走していた。優に時速100kmは出ていたはずだ。そして、そのハンドルを握るのは、アイリさんだ。楚々とした貞淑な婦人だとばかり思っていたが、そんな考えも改める必然性がありそうなほどに嬉々として、制限速度お構いなしに車を走らせる。お世辞にも達者とは言い難い運転技術のくせに、こんな速度出すとか、なに考えてるのか本気分からない。あの時、一度とて振り向かなかったアイリさんは知らなかっただろう。セイバーが冷や汗を浮かべ、ランサーが眉を寄せる様を。俺の容体も、カーブを一つ曲がる度に心臓がその体積をすり減らしていくことだけは、明確だった。

 

 山林を抜け、まだ灯りの眩しい国道に出る頃になると、さすがにアイリさんも少し速度を落としていた。そこからはまぁ、間違えば事故する程度の運転だろうか。もう少し車を走らせ、泊まらせて頂くアインツベルン城下に広がる鬱蒼な森───アインツベルンの森を抜ければ、目的地はすぐそこである。

 

 今は城に着いた足のまま、アイリさんに連れられ来賓用の部屋に向かっている最中である。ピンピンしているのはアイリさんくらいであり、他三人は多かれ少なかれ疲労の色が見えている。もちろん、俺が一番死にかけなのは言うまでもない。

 

 「さ、着いたわよ。今夜はここで寝泊まりしてね」

 

 アイリさんがそう指し示す先には、木造りの豪奢な扉。素人が見た限りでも分かる高級感に加え、表面には優美な木彫が施されている。正直な所、気がひけるというか……。

 

 「こんな良い部屋貸してくれるなんて……アイリさん、ありがとうございます」

 

 しかし本心は語らず社交辞令を返すのは社会人の嗜みである。営業スマイルも忘れてはいけない。

 

 「そんな。普通よ、普通。大袈裟よ、ミナト君」

 

 「ふつう、て……」

 

 そう言うアイリさんが謙遜ではなく、本音を言っているのは一目瞭然。さて、俺の人生経験からしか語るものを持たないが、果たしてこれを普通と呼べるだろうか(いや、呼べない)。イギリスきっての時計塔も、一昨日泊まった日本宿も、ここまで豪華ではなかった。日本のサーヴィスは世界でも最高基準だというのだから、俺の推測は間違っていないはずだ。つまり……異常なのはアインツベルン、そのものである。

 

 アインツベルンの財力、恐るべし。

 

 そんな戯言は早々に海馬から放り出し、一つ提案をするためにふいとセイバーに目をやる。

 ───すると、ちょうどこちらを見ていたらしきセイバーと目が合った。気まずいと思った俺の目が、俺の意中を無視して彼女の目を覗き込んでいたのは、なぜだろうか。

 はっと目を引く碧色。迷いなく、澄み通る意思の灯った目。己を騎士と呼称するのは、なるほどなんらおかしくもない。量れる誇り高さは、正に騎士のそれだ。ランサーレベルだ。

 などと考え事をしている内に、いつのまにかセイバーの顔はアイリさんに向けられていた。

 

 「セイバー、ちょっといいか?」

 

 タイミングを逃した後悔を感じつつ、セイバーを呼び戻す。さっき目を離したばかりセイバーがまた振り返るが……嫌な顔はしていないな、よし。

 

 「なんでしょうか?」

 

 あぁ、くそ。セイバーが目を見て話してくるだけでこんなにも緊張するのか。がんばれ、俺の対人スキル。

 

 「ああ───うん。これからもさ……アルって呼んでいいか?」

 

 「ええ、別に構いませんが。どうかしたのですか」

 

 いや何も。

 当たり障りのない言葉でその追及を跳ね除け、強引に会話を遮る。もう限界だ。心労がたたって上手くはぐらかす自信がなくなった。

 不審気な顔をしつつもそれ以上の追及をしないアルに感謝していると、アイリさんがぱんっと手を叩いた。

 

 「フフ、仲が良いのは微笑ましいわね。疲れが溜まってるでしょうから、ミナト君も休むといいわ。セイバーと話をするなら、また明日よ?」

 

 「な、何をいってるんですか! 別に長話なんかする気ありませんでしたし!」

 

 アイリさんはなんでこう、いらない所を掘り下げようとするのか。俺が健気に平然を装うのがそんなに滑稽だとでもいうのだろうか。この感じはあれだ。人の手前の藪を、他人が勝手に突いて蛇を出すとか、そんな感じである。相手がウェイバーなら小突いてやるところだが、生憎アイリさんだし。セイバーは何ともなさそうにしているのに、俺だけ狼狽してるのがとても恥ずかしい。……忘れよう。

 

 「お疲れ様でした。お部屋、有り難く使わせていただきます」

 

 俺のその言葉をしめとして、会話は終わる。

 アイリさんとアルは背を向け廊下の闇の中へ消えて行った。俺がそれを見届けるのを確認したランサーが部屋の扉を開け、ありがとうと小さく目配せし来賓室に入ると───

 

 ───予想を違わぬこの内装である。シャンデリラを個室に取り付けるとか、必要性の感じられない貴族っぷりはもうお約束なのですか。他にも、テーブルにドレッサー、窓の桟やカーテン。壁に掛けてある絵画や彫刻、陶磁器などの装飾品に至るまで全て高級感が漂っている。

 室内を一通り見まわした後、その中でも特に目をひく窓際にある天蓋付きのベッドに、俺は身を任せた。

 

 今はシャンデリラに明かりは灯っていないが、月明かりが眩しいほどに射し込み室内を趣き深く照らしている。一日の疲れを逃がすように、一切の力を抜いて何処ともなく空を眺める。すると勝手に、思考は今日の出来事に向かって行った。

 

 初めての戦い。

 戦いの場を整えたのは紛れもなく俺。そこにまさか六人ものサーヴァントが赴いてくれたとか、なんか嬉し……

 

 じゃない。

 

 戦いの場を準備するほどに初戦への意気込みはあった。戦いの意味もちゃんと理解していたと思っていた。しかしそれは、ある種楽観であったと、今では思う。

 

 一戦交えれば、必ず勝利は訪れるものだと思っていた。

 しかし、あれは勝利といえただろうか。乱戦の中、たまたま一騎が脱落しただけではなかったか。

 それもその結果は。全ての宝具の露見、マスターの指示不足の中の幸運という条件の上で成り立った単なる偶然に過ぎなかった。

 

 ……全く、これほどまでにない辛勝である。

 

 こうなった以上、これからの立ち回りは慎重に慎重を重ねねばならない。戦いのノウハウも知らない若造がするには、何とも手に余る戦術である。能力にしても知略にしても不足し過ぎている俺が、一体どこまで足掻けるだろうか。

 ここにきてやっと分かった。俺は今の今まで、命を賭すというその真の意味を理解していなかったのだ。現実味がなかった事を理由にはできないし、遊び感覚で参加したことを否定もできない。わざわざケイネス先生から聖遺物と参加権まで奪って、何をしにきたのだろうか。もしかしたら、ウェイバーも今同じ心境なのかもしれない。

 

 そしてもう一つ。俺の心に占める大きな出来事、聖杯戦争そのものとは直接関係のなかった、アイリさん達との出会い。

 時計塔では得ることのなかった新鮮な感覚。人と話すことと、新しく人と出会う事は、俺の中では同義なのだ。理由は、ほら。分かると思うが。

 その中でも、アルとの出会いは、俺にとって特別なものだと感じている。同年代の人と話すことは、ウェイバーを除けば久しくなかったことだ。

 

 アルはどう思っているのだろうか。

 何とも思っていない、かもしれない。それはつまり取るに足らない小事だった、ということだ。そもそも英霊である彼女にとって、たった一人の男と話した程度何になると問われれば、認めたくない言葉を返さなければならないだろう。

 

 だが。

 俺にはかけがえのない出会いだ。かえがえのない友達だ。

 当然のように会話するそれだけで至上の幸福になる。出自故の悪癖だが、一度得た繋がりを失いたくないと願ってしまう。さっきの提案の理由もただそれだけなのだ。それに、敵陣営である彼女達があからさまな敵意を見せないのも、そう思う理由なのだろう。自覚のない俺を殺さずに生かしておくなんて、奇策にしても出来損ないだ。俺と出会ったのも本当に偶然だったんだろうな。結局は俺の考え過ぎだったというワケだ。

 

 「俺達も休むか、ランサー」

 

 ずいぶんと長い思索になってしまった。まだまだ思う所はあるが、今日はもういいだろう。

 

 「ええ、十分に休息をお取り下さい、ミナト殿」

 

 などと抜かしている。なるほど、どうせ身辺警護をしだすのだろう。……偶には、主の気遣いを受け取れというに。

 まぁ、戦闘に支障が出ないなら、とやかく言う必要はない。俺が“自由にしろ”と言ったのだから仕方もないのだ。今はもう、眠い───

 

 

 

 

 「何を考えているんだ、アイリ。ランサーのマスターを拠点に連れ込むなんて」

 

 黒い外套を着た男は、白いコートの女性───アイリスフィールに問いかけた。

 男の名は衛宮切嗣。アイリスフィールの夫にして、アイリスフィールにセイバーのマスターを名乗るよう指示した、本当(・・・・)のセイバーのマスターだった。

 

 「だって、放ってはおけないじゃない。不意打ちなんて、セイバーができるワケもないし……。それに、ミナト君ならきっと、同盟の話を持ち出してくるはずよ。ランサーにはセイバーと互角に打ち合う実力がある。その力を利用できるなら、十分以上の手助けになるわ」

 

 アイリスフィールは今日の経験からそう予想する。話してみると分かりやすいことに、ミナトは実に裏表のない人間だった。そういった者には共通して、言動が読みやすいという特徴がある。

 

 「そんな簡単な問題じゃない。他陣営とのいざこざ、僕の今まで以上の隠密。それだけじゃない、奴は腹に得体のしれない何かを溜め込んでいる。あんな危険物を手元に置いておいて、面倒を見るような余裕は僕にはない」

 

 「それは……」

 

 切嗣の言葉に、アイリスフィールは口ごもる。

 考えが及ばなかったのではない。その不利益を理解した上で、ミナトを屋敷に招いたのだ。それは彼が、彼女にとって初めての友人だったからなのか。見捨てることができなかったのは、むしろ必然のように彼女は感じる。

 反論のないアイリスフィールに、切嗣は尚まくし立てる。

 

 「倉庫街での奴を見ただろう。アレは君に、僕にだってどうこうできる問題じゃない」

 

 「…………」

 

 切嗣の言う通りだった。アイリスフィールには何の対抗策も妙案も、打開するだけの手腕もない。だからこそ彼女は痛烈に感じた。───切嗣の怒りを。

 

 衛宮切嗣という男は、数々の戦場を渡り歩いた傭兵だった。名誉のためでもなく、財産のためでもなく、彼は人々の救済のために戦場を求め続けていた。外道と罵られるような悪行も、彼には慣れたことだった。にも拘らず、彼はその根底に臆病さを隠し持っていた。だからこそ彼は思い知り、彼はなんとしてでも悲願を成就させなければならなかった。“世界平和”という、少年が抱くような夢を。

 

 ───最善の方法を使い、必要最低限の労力で、排除すべき障害を取り除く

 

 己の力を過信しない臆病さは、衛宮切嗣にそんな信条を課していた。ミナトの存在は切嗣にとって、悲願成就の障害でしかない。

 

 「───まぁ、もう終わったことだ。今から対策を打とうにも、あの女が黙ってないだろう。だから、コイツを奴に仕掛けてくれれば、それでいい」

 

 「これって……」

 

 切嗣は指先に乗るほどの小型の機械を手渡した。それは、切嗣がかつての傭兵生活で蓄えた大金で取り寄せた、最新鋭の発信機だった。

 

 「そいつがあれば、奴の動向のだいたいは把握できるんだ。不穏な動きをすれば、容赦なく奴を殺せる。今後、他のマスターと接触しないとも限らないし、その時にはまとめて始末できるしね」

 

 切嗣の言葉を聞きながら、アイリスフィールは手の中の機械を眺めた。彼女にはまるで馴染みのない未知のものだ。当然、発信機などという概念もアイリスフィールにはない。

 これが切嗣の最大の譲歩なのは、彼女にも理解できる。それはきっと、ミナトの寿命を引き延ばすだけのことなのだろう。遅かれ早かれ、聖杯を求める以上は、セイバーとランサーは戦うことになるのだから。

 

 “でも───共に会話し笑いあえるなら、今はそれでいい。顛末なんていくらでも変わる。私が切嗣と出会ったのも、アインツベルンが当然と思ってきた第三魔法の発動が出来なかったためなのだから───”

 

 「わかったわ、切嗣」

 

 アイリスフィールは静かに頷いた。

 彼女の心情は、おそらく切嗣も知り得ている。そして同時に、当然の答えも分かるのだ。

 

 “夫と友人ならば、君は僕を選ぶだろう”

 

 故に安心して、今は屋敷を空けて新都へと向かう。目的地は決まっている。助手である、久宇舞弥の元だ。

 

 「じゃあ、頼んだよ、アイリ」

 

 そう言い残して、切嗣は部屋を後にする。

 部屋に一人残されたアイリスフィールの顔には、いつもの貞淑とした笑みはなかった。彼女には彼を手助けすることはできない。戦いに関しては、切嗣の助手を務める舞弥の方が優秀なのは、覆しようのない事実なのだ。だからこそ、せめて心を支えることが妻として、一番の手助けになるというのに。

 切嗣に労いの言葉一つかけられない不甲斐なさに、彼女はただ、表情を曇らせていた。

 

 

 

 

 「───主よ、今戻りました」

 

 「ご苦労様。で、アイリさんは今どこに?」

 

 朝方。

 まだ日が昇り幾分という時間に、俺は宛がわれた自室の床に座り込みながら自分のサーヴァントに問いかけた。ランサーには霊体化してもらい、アイリさんの現在地を探ってもらっていたのだ。

 

 「はっ、先程見てきた限りでは自室におられます」

 

 その報告を聞き終えると、さっとブルーシートを床に敷き、横に用意してあった土で即製の使い魔を生成する。手馴れた作業なので、手際よく手順を熟し数秒で完成させる。名づけるならば、スモールゴーレム。時計塔在籍中に練り上げたゴーレム製作専用の土を用いた、特製土人形である。この土には『命令を遂行する』ことに特化するよう材料を練り込んであり、複雑な命令もこなすことが可能なのだ。それ故に長持ちせず、日が経つと崩れ出すという欠陥があるが、必要な時にその分だけ魔力を送れば動いてくれるというのは、中々に便利なものである。まさに、欠陥気味な俺らしい使い魔だ。人の家に(使い魔)を這わせるのも失礼と思ったのもゴーレムを使った理由の一つである。

 

 廊下を駆けていくゴーレムを見送れば、後はアイリさんからの連絡を待つばかりである。来賓室の扉を閉め、ふかふかのソファにうずもれる。

 

 さて、何故俺がアイリさんにゴーレムを放ったかというと、単純に道案内を頼むためだ。

 アイリさんに用があったため、わざわざ早起きまでして来賓室を出たのだが。思えば屋敷内の間取りなんて全く知らなかったため、途端に迷子になってしまったのだ。俺の不在を察知したランサーがすぐさま駆けつけ、難を逃れたのは僥倖だったが、結局用事は済ませず終い。ランサーに用件を頼むのは相手方に失礼だと思ったので、ゴーレムを遣わせたというわけだ。

 

 「ところでミナト殿。一体何故ゴーレムを?」

 

 「ああ、気になる? ───それはな、マスターとして正式に、セイバー陣営に同盟を申し込むためだ!」

 

 ランサーが気をきかせてか、良いトコをついてくれたので教えてやる。

 誰でも辿りつく結論だとは思うが、ここまで厚意を見せてくれたなら恩に報いるというのが世の常のはずである。ちなみに、ここら辺もランサーに念話で伝えている。

 

 「ま、直接出向きたいから、ゴーレムに命じたのは『ミナトが 道案内を してくれるよう 望んでいる』だがな」

 

 「……それでしたら主よ。さきほど私が出向いたときに伝えてしまえばよかったのでは?」

 

 「………はっ」

 

 気まずい沈黙が部屋に流れる。

 

 「ま、まあ。遠回りだが結局は同じことだ。うん」

 

 「そ、そうですね、ミナト殿! マスター御自ら相対するが礼儀というものでしょう!」

 

 ランサーのフォローが胸に痛い。無理して気を遣っているのが丸分かりだ。こんな関係は……まぁ俺の理想像ではあるのだが。気まずい雰囲気というものは、尽く人を不快な気持ちにさせるワケで。だから、俺が無理矢理話題を変えようとするのも避難されるようなことではないはずだ。

 

 「ところで、ランサーさ」

 

 「はい、なんでしょうか」

 

 聞きたいのは、昨日の倉庫街でのアルとの一戦のこと。普段は『私』とか言ってたくせに、アルの前では『俺』と呼んでいた。これは、いかがなものか?

 

 「公私の使い分けですが、一体それが?」

 

 「いや…………ふと疑問に思って。それだけなんだけど」

 

 ランサーの返答に、俺はまたお茶を濁していた。というよりかは、嘘をついた。正確には、“俺相手の時にも素を出してほしい”と頼む気でいたのだ。でも、きっとランサーは頷かないだろう。決まり悪そうにそれはできないと答えるはずだ。そしてその言葉に、俺はまた傷つくのだ。無意識の内に距離を詰める事を恐れてしまう。

 そこまで分かっているなら、わざわざ聞くまでもない。もっと、もっと友好を深めて、その時に言えばいいんだ。

 

 「ああ、あと。せっかくだから昨日の話聞いていいか? ほら、俺って途中から気絶してたワケだし、全然流れとか把握してないんだよ。バーサーカーがキャスターにやられたってのは聞いたけど、その詳しい話とかさ」

 

 「───っ! それは……」

 

 なんだ? ランサーの顔が一瞬、意表をつかれたように強張った。まさか、何かとんでもない事でも起きていたのか?

 

 「何があった、ランサー。心配をかけたくないのは分かるが、俺はお前のマスターだ。包み隠さず───」

 

 と。急な変化。まるで魔力が浸透するかのような臭いが辺りに広がった。

 

 「ランサー、今……」

 

 「ええ。この地帯一帯に強い違和感が発生しました。おそらく結界か何かでしょうか」

 

 ああ、結界か。なるほど、そこまでは思い至らなかった。ここはアインツベルンの拠点。戦いにおける絶対の休息地だ。

 拠点というものは常識的に考えて、常に攻め込まれる危険の可能性に晒されている。特にアインツベルン城は、俺が時計塔で読んだ書物に書いてあるくらい、魔術的には著名らしい。聖杯戦争に参加する魔術師ならば御三家の私有地を知らないワケも無いし、いくら冬木市から遠く離れた深山町とはいえ、敵が足を運んでくる事は避けられない。ならばその対抗策を講じるのはむしろ必然だ。

 だが、それでは何故今? 敵の来訪に備えるならば、昨夜の時点で既に発動させているはずなのに……。

 

 「しかし……この違和感は……」

 

 「ん? どうした、ランサー?」

 

 小声で何か、ランサーが呟いたような気がするが。

 

 「いえ、実は───」

 

 と、ランサーが口火をきろうとしたその時に。

 遠くから、こつこつと足早に歩く足音が聴こえてきた。何者かと思ったが、よく考えれば俺はさっきゴーレムを遣わしたばかりじゃないか。無事辿り付いたゴーレムが用件を伝え、アイリさんがメイドか何かでも向かわしてくれたのだろう。

 

 「ランサー、また後で続きを」

 

 「ええ、そうしましょう」

 

 そう言って簡単にその場を終えると、沈み込んだ腰を浮かし、襟を正す。今回は本当に正式な話なのだから、少しでもそれらしくするべきである。

 

 そんなちょっぴり緊張気味の俺とは裏腹に、近づいてくる足音は慌ただしい。急いでくれるのは嬉しいが、もう少し落ち着いて気品を確かめてほしいものだ。あれか、質素な家の町娘系メイドなのだろうか。俺は令嬢系メイド派だというのに。というか、扉に近づくにつれて駆け足になってないか、これ。

 という予想にまで俺が到達したのと、扉が勢いよく開けられたのは同時だった。

 

 「あれ、アル?」

 

 来賓室の扉を開けたのは、間違いなく黒スーツに身を包んだアルだった。しかしとなると、気品が感じられないとか、質素な町娘系とか勝手に感想を抱いていたのは、アルにだということになる。アイリさんがアルに小間使いよろしく雑務をこなさしていると考えればそこは合点がいくが、例え個室に一人でいたとしても行儀良く直立してそうなアルがあんな行動をとるとは考えにくい。まぁ、そこまで俺のことを思ってくれていると考えれば、オール合点である。

 して、そのアルは。さきほどの慌てようが嘘のように立っているだけ。何がしたいのだろう。

 

 「……ミナト、貴方には失望しました」

 

 「え?」

 

 ふと、聞き捨てならない言葉が聴こえた。

 

 「まさかこうも早く掌を返すとは、さすがの私も気づきませんでした。その策謀ぶりには感嘆します。ですが───騎士として、サーヴァントとして、貴方を許すことは出来ない!」

 

 アルはそう言って、鎧をその身に纏った。おそらくは、剣も同時に。

 ちんぷんかんぷんだ。何でアルは怒っているんだ? 全くその威容を理解できなかった。失望とか策謀とか、俺の見知らぬところで謎の単語が羅列される。俺がしたのって、ゴーレムを放つくらいのもののはずだが。

 

 「しかし、何故まだこの部屋に居座っている? さきほどの行為、私達に対する宣戦布告だと受け取ったが、まさか屋敷を戦いの場にするつもりか? いや、貴様ならやりかねないな、下郎!」

 

 「いやいやいやいや、ちょいまって! なに!? 何なの!? ゴーレム放ったのがそんなに気にくわなかった!?」

 

 「ここにきて白を切るか! 外へ出ろ、私とてこの屋敷を貴様の血で汚す気はない!」

 

 アルの怒声を聞き終えたかと思えば、酷い風切り音。それは急な風とともに、俺の顔のすぐ先で止まったように感じる。アルの腕を突きだす姿勢からも見て、今俺は、不可視の剣の切っ先を向けられているのだと分かった。

 

 「剣を下せ、セイバー。いくらお前といえど、我が主に手を上げるのならば許さんぞ。……説明をしてくれるか?」

 

 その冷ややかな声の方を見れば、ランサーがゲイジャルグの切っ先をアルに向け、困ったようにアルを見ていた。ランサーのその様を見て、きゅっと喉が開く。……どうやら息が止まっていたらしい。少しの安堵とともに、ランサーに強く感謝する。やはり英雄だけあって、その安心感は半端ない。

 

 「説明が必要なものか……! アイリスフィールに危害を加えようとしたのはそこの下郎だ。自ら言っていたでしょう、“ゴーレムを放った”と」

 

 「危害……? ミナト殿はそのような事を?」

 

 「してないよっ」

 

 必死に首を振りながら無実を叫んだ。当然だ、厚意で宿を貸してくれた恩人に仇をかえすような真似、わざわざするワケがないだろう。

 しかし。やはりというべきか、アルの表情は何一つとて変わらない。

 

 「では、ゴーレムの爆発させたのは、貴様ではないと?」

 

 「ば、爆発!?」

 

 嘘を言うなよ、俺のゴーレムって爆破する要素とか皆無なんだけど!

 

 「───主よ、どうやらセイバーとの見解に差があるようです」

 

 白目をむきそうな俺に、冷静なランサーの声が聞こえた。

 確かに、俺の知り得ないところで不具合が生じた可能性もないとは限らない。そう考えればだいたい辻褄は合う。だが、もし仮にそうだったとしてもだ。今から説明して、この憤慨したアルの頭を冷やせるだろうか?

 

 「見解の差? ランサー、今それは問題ではない。大事なのはこの男が我がマスターに攻撃を仕掛けた、という事だけだ」

 

 相も変わらず切っ先を向けたまま、俺から目を離さないアル。こちらの話など一切聞いている様子も無い。

 

 ……うん、無理だ。

 

 すっかり頭に血の上った様子の今のアルには、幾千の言葉を尽くそうが意味もないに違いない。下手に抵抗して戦闘するのも、余韻で屋敷が壊れるのも嫌だ。アイリさんに合わす顔がなくなるという追加効果まである。だから───

 

 「逃げるぞ、ランサーッ! とりあえず屋敷の外まで!!」

 

 「許せ、セイバー!」

 

 謝罪ととも、ランサーがゲイジャルグでセイバーの剣を弾き、空いた胴に蹴りを入れる。その隙にばっと俺を小脇に抱え、開けっ放しの扉から廊下に飛び出た。流れるような早業である。とにかく、まずはセイバーを振り離し先に屋敷外へ辿りつくこと。話はそれからだ。

 

 「くっ、ランサー! 主である以上、騎士である貴方はその下郎を守らなければならない、そういうことですね……。このような形で終わるのは不本意ですが、仕方ありません。ランサー、ここであなたを、私の手で斬ります!」

 

 去り際に、見えない剣片手にがおーっと吼えるアルが見えた。

 

 なんていうか、怖い。色々と。

 ……でも、それも全部アイリさんに対する強い忠義を裏返した結果。こんな短期間であるにも関わらず、アルとアイリさんはこれほどまでに強い信頼関係を築いている。

 

 ───なら、俺とランサーの間には、どれほどの信頼が結ばれているというのだろうか……?

 

 

 

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