Fate~友達が戦争に行ってぼっちの君へ~   作:えだまめ。

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第九話 遭遇フラグ建築士

 

 そう言ったきり驚きに硬直するウェイバーを眺める事数秒。ウェイバーの口からやっと次の句が紡がれた。

 

 「なんでお前がここに!?」

 

 して、その反応は予想も予想、むしろ予報通りだったのだが。

 いつもよりもオーバーリアクションな気がするのは、おそらく気のせいではないだろう。気を抜いているときに他の参加者に出くわせばこんな反応にもなるか、と冷静に頭は推測する。そういう俺だって、ウェイバーに出会ったことにかなり驚いていた。口をパクパク動かす友人の姿に、懐かしさ半分呆れ半分な思いを抱きつつ質問に答える。

 

 「サーヴァントの服を買いにな。従者の身形を整えてやるのもご主人様の甲斐性だからな」

 

 なんだか馬鹿にされそうな気がしたので、下に見られないよう言葉を虚飾もしてみたり。

 すると、ウェイバーの狼狽は不気味なほど一瞬で止まり、恐る恐るという風に俺に指をさした。

 

 「……お前もなのか?」

 

 ぼそりと小さく捻り出された言葉に、やっとウェイバーがここにいる意味も理解する。

 

 「お前もって……まさか、ウェイバーもサーヴァントに服買いに来たのか!?」

 

 まじで!?

 

 「アイツが下半身裸で外にでようとするから仕方なくだよ!」

 

 ここで出会ったことに続き、まさか来た理由まで同じとは!

 と、度重なるその偶然にもはや奇跡性すら覚えかけていた俺に、ウェイバーから言葉の暴力が襲いかかった。完璧な不意打ち、俺は防ぐこともできずボディにクリティカルヒット! これは手厳しい反射攻撃だー!

 

 「……うっそ。それ、どこの露出狂?」

 

 ていうか、まじで!!??

 

 「露出狂じゃない。僕のサーヴァントだ」

 

 「そうか、すまん。───ところで…………デカかった?」

 

 「んなこと訊くなよ! ここ外だぞ!」

 

 そんな質問をしてみれば、友人の聞かないで久しい……いや、実質一週間も経っていないのだが、懐かしい怒鳴り声が耳朶を叩く。思えば、昔からずっと隣にはこのキンキン声があったものだ。ああ、これがないと、やっぱりどこか落ち着かない。

 ちなみにひそひそと告げられたことによると、“太平洋クラス”とか。

 

 「そんなことより、早くコレ買いたいんだけど」

 

 ウェイバーは手に持ったジーパンを忌々しげに眺めながらそう言った。そうそう重い荷物とは思えないが、確かにそのままでは持ちにくそうだ。俺もちょうど、ジャージを握りしめたままの腕が疲れてきたところだった。

 そうだな、と頷いたところでふと疑問が浮かぶ。

 

 「で、お前日本語できたっけ?」

 

 「…………」

 

 途端に体を硬直させたウェイバーは、やはり、できないと返答してきた。そんなことでどうやって服を買うつもりだったのかは甚だ不思議だが、恥を凌げばいくらでも方法はあるし、そのつもりだったのだろう。あえてウェイバーにレジをいかせてみるのも面白いかもしれないが、困っている友に手をのばしてこその友達である。それなら俺はひと肌脱ごうじゃないか。

 そうして俺は、ウェイバーの手からジーパンを掻っ攫い、レジの上に置いたのだった。

 

 

 

 

 

 「なぁ、ミナト。僕だって話したいのは山々だけどな、先に荷物置いてきていいか」

 

 ヴェルデを出て喧騒の中に入るや否や、ウェイバーはそう切り出した。まさに俺が話をしようと意気込んでいる最中の出来事である。

 レジを通した今なら、特大サイズのジーパンは「ヴェルデ」の文字が眩しい紙袋に入れられている。俺の知らないうちに、ウェイバーはさらに非力になってしまったのだろうか。

 

 「馬鹿にするなよ、この馬鹿! 僕はアイツのために荷物を持ってるのが許せないだけだよ!」

 

 アイツっていうのはサーヴァントのことだろう。まったく、短い間でも命を預けるんだから、もっと仲よくすればいいのだけど。

 つい脳裏に「馬鹿といった方が馬鹿」という煽り文句が過るが、努めてそれは出すまいと意識した。何と言ってもウェイバーを怒らせても一文の得にもならないのだ。俺の心は満たされるが。とにかく、俺は親身になって提案をした。

 

 「まぁ、確かに荷物は邪魔だから……12時にここで待ち合わせでどうだ?」

 

 それに俺も、今日一日はランサーと町をまわろうと算段したばかりであった。ウェイバーのことだからどうせ数時間も歩いていれば、「足が疲れた、帰ろう」などと言い出すだろう。いつもならば寂しくてしかたないところだろうが、今回ばかりは都合がいい。

 少し考えるような仕草をして、ウェイバーは首肯した。

 

 「12時だな? すっぽかすなよ」

 

 「おう、またな!」

 

 群衆に掻き消えるウェイバーを見送り、俺も雑多に足を踏み入れる。今の時刻は10時過ぎ、待ち合わせの数分前に戻ってくる計算でも店一つを見て周るくらいならば十分な余裕があった。次はどこに行こうかと考えて、しかしすぐにその疑問をかき消した。何を置いてもまずランサーに服を着させるのが先である。

 と、つい不覚に足が止まる。傍を歩く人々が特に気にもせず追い抜いて行くのを見て、俺は思った。

 

 どこで着替えさせればいいんだろう。

 

 

 

 

 「おお、帰ってきたか、坊主!」

 

 「坊主言うな。ほら、これ」

 

 ウェイバーの着き出した紙袋を嬉々と受け取った筋肉隆々の大男は、すぐさま中身を引っ張り出した。

 この男こそウェイバーのサーヴァント、クラスをライダー。ちなみにいうと、真名はイスカンダル、ノーパンである。今朝、彼が宅配で購入したTシャツが届いた時、ウェイバーがズボンを買わないと言った時から今まで全裸だったのだ。意地というか、もはやただの腹いせであった。こればっかりは恥ずかしく、ウェイバーもさすがに()にも言えずにいた。

 

 手に取ったジーパンを触ったり匂ったりして品定めしていたライダーは、感嘆に息をついた。

 

 「ほぉ、こりゃすごいな。マケドニアではおろか、遠征先ですらこんな代物はそうは見なかったぞ。これをどこで手に入れたのだ、坊主?」

 

 「近くのショッピングモールだよ。今時、そんなの簡単に手に入るさ」

 

 まことか? などと腑抜けた顔をさらすライダーをよそに、ウェイバーは部屋の隅においたキャリーバッグに手を付けた。中には、イギリスから持ってきたいくつかの魔術装具の数々。どれもウェイバーの見初めた一級品───だと本人は思っているが、実際はウェイバーでも扱えるほどの低級な礼装である。その全てがウェイバーの魔力の運搬効率を割り増しするものだが、もともとの彼の素質を考えれば、その効果はあまり見込めたものではないだろう。それでも、ウェイバーの主観からすれば大きな変化なのである。

 

 「ん、なんだ坊主、戦支度なぞ始めて。今から戦場にでも行こうというのか?」

 

 ジーパンを履き終えポージングを決めていたライダーがウェイバーに問いかける。がちゃがちゃ魔術装具を選別していたウェイバーは、にやりと顔を歪ませた。

 

 「そうさ、僕らにとっての二戦目だ」

 

 昨日の、お世辞にも立派とはいえない己の失態を思い出して、ウェイバーはすぐさま別の形に顔を歪ませる。終始ライダーに引っ張り回され、挙句の果てには気絶する始末である。そのまま終わるなんてことはウェイバーのプライドが許すはずがなかった。今日こそは、その心は名誉挽回とばかりに熱く燃えていた。

 

 「なんと! ただ町を闊歩するのみで敵マスターを捕捉したというのか! 我が軽装騎兵らと見紛うほどの活躍ではないか!」

 

 そんなライダーの賞賛に、ウェイバーはたちまち喜悦の色を見せる。比較対象にされた単語の意味はイマイチ分からないものの、彼にとってそんなことは些細な問題だった。恥辱に燃える炎も引っ込みだし、その顔も思わずにやけだす。ウェイバーもこの機会を得たことに実際のところ小躍りしたいほど喜んでいるのだ。それができないのは、ひとえにライダーの手前だからという理由である。

 笑いそうになる顔を必死に険しくしようと意識するせいで複雑に顔色を変えるマスターの姿を珍妙な生き物を見る目で見ながら、ライダーはさっそく質問を口にした。

 

 「で、相手はどこの誰なのだ?」

 

 「ぁぁ……コホン。名前は西篠ミナト。昨日倉庫街で戦っていた、ランサーのマスターだよ」

 

 「ほう……!」

 

 それを聞いて、ライダーも獰猛な笑みを垣間見せる。

 それは英雄と語り継がれるに相応しい覇気を伴った戦士のそれ。彼とて、ライダーというクラスを与えれたサーヴァントである前に、イスカンダルという一個人である。昨晩の戦いを不完全燃焼のまま終わらせた結果、ライダーの血もまた疼いてならなかったのだ。肩をぐるりと回すと大きく筋肉が盛り上がる。

 

 「ぬふふ、心躍るわい。いつしかけるつもりだ?」

 

 「日が出ている間は戦闘に望ましくないからな。当然、セオリー通りに夜だ。問題はそれまでアイツの動向を把握しきれるかどうかだけど……」

 

 「ふむ、あの騎士めのことだ。下手に使い魔を放てば逆に警戒されるだろうな」

 

 人払いの結界も同じだろう、とウェイバーは唸る。

 対策を練ろうと考え込もうとするウェイバーは、しかし思考に没頭できない自分に気が付いていた。その理由はただ単純に、友人を───ミナトを狙うということ。

 彼はウェイバーが時計塔に在籍してから今まで、ずっと行動を共にしてきた仲間だった。それは親友と呼べて、ともすればライバルでもあるとウェイバーは思っていた。それこそ、イギリスを発つ時に一報入れなかった事をまだ引きずっているほどには強い入れ込みがあったのだ。

 

 “でも───あいつは……”

 

 ウェイバーの脳裏に蘇るのは、倉庫街でのミナトの様。

 ヒトガタをした、人でない者に成り代わったような友の姿。

 そこには彼が目で捉えきれなかった何かがあったのかもしれない。常識で考えて、人間がサーヴァントになるなんてことは、不可能を通り越して馬鹿げている。常識に囚われぬ非常識に位置するのが、魔術というものだ。その全ては世界の理の外を起点とし、終結点とする。故に、ウェイバーの目が得た情報通りの、ウェイバーが知る以上のミナトの姿があった可能性は決して拭えるものではない。

 そして、そんな並々ならぬ脅威に対してウェイバーが抱いたのは、孤独感だった。信頼していた友人から、まるで拒絶されたかのようで。まるで自分を曝け出していた己ばかりが友人に依存しているかのようで、ウェイバーはいてもいられなかった。先ほどまで、今まで通りの自分を演じれたのが不思議なほどに。

 

 「───考え込むな、坊主。思い悩むこともないさ、(いくさ)ってもんは頭の中で考えた通りにいくほど簡単じゃないんだ。実際戦ってみれば、何かが見えるかもしれんぞ」

 

 「ん、ああ……」

 

 彼の隣にいた巨漢は、きっと作戦を案じているのだと勘違いしたのだろう。少しばかり見当違いな助言がウェイバーの頭上から降り注いだ。しかし、それが何処か目下の悩みに通ずる所があるようで、ウェイバーは意識を取り戻す。忘我していた自分に、ぱんぱんとウェイバーは頬をひっぱたいた。下らない感傷に浸っている場合ではない。何よりこれは戦争、命の奪い合いである。そこに私情を挟めば遅れを取るのは明白だ。

 ウェイバーは、ライダーの散乱させた菓子の袋やDVDを押しのけ、適当な紙とペンを引っ張り出した。

 

 「よし、じゃあ、作戦会議だ。───そうはいってもな、ライダー。やっぱり大まかな動きくらいは必要だろ?」

 

 「ふふん、そうだな」

 

 そう言いあって、ウェイバーとライダーは向かい合う。

 

 「ではまず、余が霊体化することはないとして……」

 

 「なんでだよ!」

 

 矢先に繰り広げられた掛け合いに、覚悟を決めたはずのウェイバーはさっそく頭を痛めるのだった。

 

 

 

 「ランサー、お面の付け心地はどうだ?」

 

 気を紛らわそうと、敢えて隣を歩くランサーに冗談を言った。その声が震えているのは、きっと気のせいだ。

 

 「ええ、とても新鮮な気分です。当世風でありながらそれほどの違和感もない、なんと素晴らしい対策にございましょうか。さすがミナト殿にあらせられます!」

 

 「ああ、ありがと……」

 

 多分心の底からそう言っているだろう賛辞を軽く受け流して、溜息をついた。

 そんな俺の心を苛むのは周囲の目。より詳しく言うと、隣に歩くランサーへの目線である。俺はそのついでに注目されているに過ぎない。

 

 端的に言って、今、ランサーはお面をつけている。それも子供が買うようなニチアサヒーロー系……お祭りでもなければ場違いなものをだ。

 

 事の発端は、ランサーが実体化してからだった。

 あれから結局ヴェルデへ戻りランサーに服を着させて外に出ると、思っていた通りランサーは周囲から注目をうけた。なにしろ絶世の美男子である、これで注目するなという方が難しいだろう。問題はそこから。その中にいた女性達の目の色が、尽くピンク色に変わっていたことだ。それはもう、異性もろくに知らないような子供から、町を歩くカップルまで皆。

 

 その原因はそのイケメンな容姿でなく、ランサーの保有スキル「愛の黒子」によるものであった。乙女を惑わす罪なる黒子、その効果は異性を構わず愛に貶めるというものだ。何も忘れていたわけではなく、てっきり自分の意思でオンオフが出来ると思っていたのだが、これは完全な誤算だった。「そうであったならどんなに良かったことか……」と悲痛な嘆きを見せたランサーには同情を禁じ得なかったのだが、それはまぁ余談である。

 

 スキルとして認定されるほどの呪いとなると俺なんかでは到底対処の仕様などもなく。ランサーの言うには黒子は呪いの証のようなものであり、呪いは顔全体から発せられているとのこと。となれば、馬鹿正直に顔全体を覆い隠すものが必要だったというわけである。

 

 それがこれ、子供向けお面なのだ。

 気の良さそうなおじさんが、縁日とやらの在庫を整理していたところに出くわし譲ってもらったものである。結果女子からの熱烈な求愛はなくなったが、今度はジャージにお面の変人がいる、と注目されているのだ。じゃあどうしろというのか。何気ない日常のワンシーンが始まると思ってウキウキしていた俺を返してくれ。

 

 「ご迷惑をおかけします……」

 

 そんな絶望を察して、ランサーが顔の色を落とす。見えないが、きっと落としていた。

 

 「いやいや、これでも楽しいんだ。ウェイバーとしか町を歩くなんてしたことなかぅたからな、うん」

 

 そんな風に漏れ出た本音は、やはりランサーへの同情心からなのか。悲惨な運命を遂げた騎士にこれ以上の負い目を与えたくない───と、言葉にすると大仰だが、実際この場合はかなり小さめの話である。

 

 「おや、ここではありませんか?」

 

 そこで、冬木市のパンフレットを覘いていたランサーが声を上げる。言われて顔を上げれば、確かにそれは目的地のアイスクリーム屋であった。周りの目にばかり気を取られて見失っていたようだ。青緑な壁面の塗装にビビッドピンクのアクセント。何処となくミント味のアイスを彷彿とさせる。

 

 「……少し目に痛くはありませんか?」

 

 「どうだかなぁ、もう見慣れたからよく分からん」

 

 そう言いながら、自動ドアをくぐる。

 

 「ランサー、何頼みたい? 無難なのはバニラだけど」

 

 「では、そちらで」

 

 「うっし、わかった」

 

 一応聞いてみたものの、ランサーにアイスの好みなんかが分かるわけもないのだろう。俺はいつも通り好きなミントを選び、ランサーのバニラを加えて、イギリスでもテンプレートと化した応対を日本語で終え、窓際の席についた。ガラスの面が多い分、窓と言うには少しひける様相だが、まぁ見通しは良いし何処となく清々しい。悪くはないと思えるこれも懐かしい。いわゆる、チェーン店という奴だった。

 

 「くーっ、やっぱミントうめ! この歯磨き粉臭さがたまんないな!」

 

 「ええ、このバニラというのも中々に美味ですね」

 

 「だよな、やっぱりアイスを至高だよな!」

 

 一人舞い上がって、ふと、11月にアイスとかどうなのかとか頭をよぎる。いいんじゃないかと思う。

 俺が気付くと、ランサーはアイスに目を落としていた。しばらくして小さく溜息を漏らす。

 

 「現代ではこのような技術が広く一般的に使われているのですね。ケルトではこのような技は魔法使いや妖精の領分でしたので、珍しいものです」

 

 そうして漏れた言葉は現代を賞賛する思いに満ちていた。まだ感情があるとすれば、未知への警戒心だろうか。それも解消されたようだが。

 

 「それは俺も思うなー。文明が発達する前までは、ちょっとした魔術でも魔法使いだって恐れ慄かれたらしいし。今じゃ大体の魔法が魔術に格下げだもんな」

 

 「はい。食事を火起こしから始めていたような我々からすれば、酷く珍妙なものです。やはり、今でも信じられません」

 

 こうしてランサー自身の口から話をきくと、ことさら時代の流れを感じるものだ。分かっていることだったが、やはりランサーの生きた時代は今とはずいぶん違ったものなのだ。ふと、タイムスリップを研究し過去について熱弁している講師を思い出した。現代機器がないとか俺は願い下げなのだが。

 

 「フィオナ騎士団は特に、でしょうね。毎年半分は森を渡り歩いていたもので、狩りをして料理をすることばかりでしたから」

 

 「へぇ、想像つかないなぁ」

 

 そんな応対のあと、つい口角がひくつく。

 思いのほかランサーが饒舌になってくれて、つい嬉しくなってしまう。連続する不祥事に先行きを案じたものだが、むしろそんな出来事が功を奏したのかもしれない。

 

 「おや、あれは……」

 

 と、そこでコーンのあたりまで食べ進めていたランサーが、ふいに口をとめた。その顔はちょうど俺の斜め後ろに向けられていた。およそ反射的に、ランサーの目線を追うと───

 

 

 『お兄ちゃん!! おはよう!!』

 

 

 ガラスサッシに額を擦り付ける少女の姿があった。

 

 「ていうかぶっちゃけあゆきちゃんじゃん!?」

 

 『美味しそうだね!!』

 

 サッシの向こうから響くこもった声に、俺は“そういうことなのだろうな”と見当をつけた。前ポケットに入れた財布に手をかざす。幸い、お金に困るような身の上ではなかった。

 

 

 

 「アイスおいしーねー!! あ、ミントは変な味するからいらないよ!!」

 

 手招きで呼び寄せてチョコのアイスを買ってやると、あゆきは絵に描いた様に喜んだ。何というか、無邪気にクリームを舌で舐める子供を見ていると、こちらまで嬉しい気分になる。あと、ミントゆるさねぇ。

 普通に舐めるのをやめ、スタイリッシュにアイスを舐めていたあゆきは、目の前にいたランサーに大きな瞳を向けた。

 

 「この人、誰??」

 

 「ああ、友達の……泥流夢土だ。お面が、大好きな、良い人だよ」

 

 「よ、よろしくお願いします」

 

 ランサーの会釈に元気のいいあいさつを返して、ついにあゆきはアイスにかぶりついた。案の定、冷たさに顔をしかめている。

 そんな眼下の少女を見ていると、ついつい偶然はあるものだと思ってしまう。居場所の分からなかったウェイバーを見つけられたどころか、昨日の今日であゆきにも出会ったのだ。今日は邂逅の日かなにかなのだろうか。この調子だと他のマスターとも出会いそうなものである。

 そうして不用意にフラグをたてていると、脳内に直接響く声。

 

 『主よ、その、さっきの偽名は如何かと……』

 

 『うん、俺もアウトだと思った』

 

 しかし、不幸中の幸いか、相手はバカなお子様である。見てみろ、あからさまに怪しさを放っていた名前を疑いもしない。俺達はこの教訓を生かしてあらかじめ偽名を考えておけばいいのである───

 

 「なんか、変な名前だね!!」

 

 ……まあ、気にしてないようだし、大丈夫。

 う、ランサーの形容しがたい目が辛い……! こう、呆れるような憐れむような、それでいて感情を隠さんとする目が……!

 

 「あ、ところで、あゆきちゃん何してんの。学校は? 今日、確か平日じゃなかったっけ」

 

 「……今日は風邪で休んでるなう!!」

 

 「サボリかよ!」

 

 こんな時まで元気に返事する少女に、もしかすると大人げなく呆れ顔をさらしてしまったかもしれない。そしてそんな俺を、今もまだランサーはあの形容しがたい目で見ているかもしれない。

 

 『……そもそもしていません。ご安心下さい主よ』

 

 ……あれ、なんか名前呼びから主にランク下がってない? え、気のせい?

 

 『気のせいですってば!』

 

 ランサーのそんな声が頭に響いた時、俺とランサーとの間をキョロキョロと目を泳がせるあゆきの姿が目に入った。

 疑問気に首をかしげている少女に、数秒してああと合点する。当然のことだが、念話をしている俺達以外にはその内容は聞こえない。当事者でないあゆきにしてみれば、微妙な沈黙が流れているように感じられてしまうのだろう。やはり人前で念話をするのは控え目にした方がよさそうだ。

 そんな風に思っていると、ちょうどコーンの最後の一口を残したあゆきがこちらに振り向いた。

 

 「ねぇ、お兄ちゃん」

 

 「どうした、あゆきちゃん」

 

 もしや、チョコが詰まって一番美味しい先っぽをくれるとでもいうのか。こんなところで年上スキルを発揮さても仕方がないが、俺も最後は大好きだ。貰ってやらないこともない。

 

 「ちょっと注意足りないんじゃないかな」

 

 しかし、そんなことはなかった。たとえ注意散漫に見えても、年端もいかない子供に身を案じられるほど落ちぶれてない。いったいなんなのだ。

 

 「私、かなり前からお兄ちゃん達がいること気付いて、ストーカーしてたもん!!」

 

 「なん……だと……!?」

 

 と、そんな小芝居はよしとして。

 うん、俺、この戦争生き残れるのだろうか……! こんな子供に追尾されて全然気づかなかったとか、擁護のしようもないじゃないか! いや、でも、あゆきは子供だから体が小さいし…………いや、やめよう。

 

 「ふー、おいしかったよ、お兄ちゃん!!」

 

 俺が悩んでいるうちに、先端も食べてしまったらしい。くれるんじゃなかったのか。

 

 「あげるわけないじゃん」

 

 「だよね!」

 

 「……ミナト殿、ご無礼ながら大人げないかと」

 

 ランサーに怒られてしまった。

 

 自重しようと言葉を選んでいると、あゆきが履いたスカートにかかったコーンのかすを払っていた。ただ身形を整えているだけかと思えば、どうもそうではないらしい。

 

 「もう帰るのか?」

 

 「うん!! ありがとね、お兄ちゃん!!」

 

 イメージに似つかわしくないことに、あゆきは礼儀正しくお辞儀をした。最後ににかっと笑うと、そのまま店を出て行った。まるで嵐のようである。

 

 「あー……、嵐が去った後の静けさは身に痛いな」

 

 「その通りですね。どうしますかミナト殿、我々も?」

 

 気をきかして尋ねてきてくれるランサーに、ああと返事して、俺もぱっぱと手を払う。ミントの香りが鼻腔に残る間に店を出るのも、イギリスでの俺の習慣であった。

 

 

 

 

 「あゆきは何処へ向かったんだろうな。学校に行く気になったのかな」

 

 行く当てもなくぶらつき歩いていると、それはないと一人ツッコミが入った。

 

 「昨日の彼女の様子はあれで真面目でした。ミナト殿の言うように勉学の尊さに気付いたのではありませんか?」

 

 「ないない。あれがそんな奴か。せいぜい罪悪感を感じたくらいのもんだよ」

 

 ツッコミの後にまじったランサーの意見をありえないと一蹴して、周りを見やる。やはり冬木の都会であるせいか、小洒落た雑貨屋やビビッドなカラーリングが至る所に見受けられる。女の子が食いつくような話題には事欠かないだろう。イギリスで見た青緑は良いアクセントに思えたが、こう繁茂していると目に痛い。

 あと、妙な衣装な人間が目立つのも都会……いや、日本故か。全身迷彩服や五色のエクステを装備した若者、そして「でちゅでちゅ」言う変なきのこみたいな着ぐるみ。日本に滞在すると渡来者の感覚さえ狂わすのか、緑色の中世風な衣装を身に纏った外国人のおじさんもいた。完璧に時代錯誤だが、それもアリと思わせるこの感じ……俺もああなってしまうのだろうか。なんか不安になってきた。

 

 「んー……12時までは思った以上に時間ないな。やっぱりお面に時間かけ過ぎたか」

 

 「……真に申し訳ございません」

 

 「だから気にしてないって! いくら魔術かじってたってあんな面白い経験はないからな! 楽しいんだってば、ホントに!」

 

 何度もいってしまうと嘘くさくなってしまいそうだが、それは俺の本心なのだ。こんな経験滅多にできるもんか。

 服を買うのも一苦労で、着るのも一苦労で、町を歩くのも一苦労だ。そう、三苦労……たった数時間でこんなに手間をかけることがある。全く暇にもなりはしない。そして、その話は俺が知らないようなことばかりだろう、もし時間が許すなら一度ランサーについて勉強してから、経験談などを聞いてみるのも楽しそうだ。

 

 「い、いえ! そこまで私などを気にかけずともっ!」

 

 と、ランサーは手を振って謙遜する。……もしかして、俺って敬遠されてたりするのか?

 

 「そのようなことは決して! ……ただ、人に誇れたような人生ではありません。どんな不名誉な生涯であれ、己の歩んだ道を後悔はしません。ですが、忠を誓った主君から妻を奪ってしまった罪は決して拭えない。そのような過ちを孕んだ私に過去を語る資格があるでしょうか、いえ、あるはずがない」

 

 ランサーは俯き、滔々とそう言葉を紡いだ。

 ランサーは神代を生きた英雄である。彼らは英霊になったことで超人になったのではなく、生前より千里を駆け、人蹴りで峠を越えた。俺なんかよりよっぽど強いのだ。……そんな先入観が、ランサーへの不理解を招いたのだろう。いくら強くてもランサーも人間だ、根本が変わるわけではない。いや、むしろ騎士だというランサーの自負は俺の理解の及べないその矜持だったのかもしれない。それでも───

 

 「ランサーは自分を卑下しすぎじゃないか」

 

 そうだ、ランサーは自分を乏しめてばかりだ。ああ、主君の妻を寝取った、それは許されざる行為だ。それはお前の心を痛めたろう。会って数日の俺にさえ忠に徹するランサーのことだ、心の底から敬愛していたという生前の主君にはもっと強い忠誠心をもっていたのだろう。自分を貶したくなるかもしれない。そのことがランサーの心に深い影を落としているのかもしれない。だが、ディルムッド・オディナの功績はそんな失敗だけではないだろう。

 

 「あまりお前については知らないから知った風にいうのは気に障るかもしれないけどさ……時計塔にいた時にも、ランサーについては時々聞いた。その時は必ず、愛の逃避行と並んでランサーの武勇もいっしょにあったんだよ。少なくともそいつらはお前のことを馬鹿にしてなかった」

 

 不忠も事実。されど、積み重ねた栄光もまた事実だ。それはランサーだって分かっているに違いない。だが、理解だけでは足りない。俺はランサーに、もっと自分を誇ってほしいのだ。

 

 「…………主にそう言って頂けることは、きっと、至極の幸福なのでしょうね」

 

 そう答えたランサーが、どんな胸中だったのかなんて到底分からなかった。なにしろお面までつけている。沈んだ声色だけでは察せる気持ちも察せれない。だから俺は、その面に手を伸ばした。この際少しくらい誰かに見られようが構わないと思い───その違和感に気が付いた。

 

 「───人が、いない」

 

 ランサーも途端に注意深く周囲を警戒し始めた。既にその姿は戦闘装束に包まれている。くそ、柄にもなく真面目な話なんてするものじゃないな……! 

 ついさきほどまで、ここは人に溢れていた。そして無論、今は昼前、人が集まってきてしかるべき時間帯のはずだ。こうも不自然に人気が失せるなんてことはない。

 

 ───故に、魔術。

 

 いつのまにか人払いの結界の中に踏み込んでいたらしい。さっき建てたフラグをさっそく回収してしまったのだ。いや、なんていうか……迂闊だった!

 

 「サーヴァントの気配は近くにあるか、ランサー?」

 

 「この近くには何も。ただ、結界外……遠くに一つ気配があります」

 

 「そいつのマスターがこの結界を張った奴か……もしくは、ウェイバーのサーヴァントがそれか、ってところか」

 

 ウェイバーが結界を張った魔術師という可能性は、断言できるが、ない。こんな大きな結界をあいつが構築できるとも思えないし、なによりこんな状況下で戦闘を仕掛けるようなバカじゃない。となると、こいつは大馬鹿ということになるのだが。

 まぁ、俺の周りにサーヴァントが居た事にはアイツも気づいていただろうし、牽制としても連れてくるのが当たり前というものだ。だからあんなに帰りたがってたのか。……襲ったりしないんだけどなぁ。

 

 「主よ、気を逸らしている時ではありません! この結界を張った者の姿が見えないのです」

 

 「おいおい。こんな真昼間にリスクも承知で魔術を行使したんだ、サーヴァントもマスターもいないはずが……」

 

 俺がそうランサーに再確認を促すのと同時に、一つの影が目に入った。

 

 真鍮の無機質。太陽光を反射して鈍く光るその体には五つの突起が見て取れた。何処からどうみても、どこぞの魔術師が作り出した魔導人形だった。この状況で魔術の産物に出くわすなんて、偶然にしてもできすぎだ。結界を張った魔術師が送り込んだものとみて間違いないだろう。

 

 人形はゆらりと上の突起を……ちようど人間の頭にあたる部位のパーツをこちらに向けた。次に起こるであろうアクションに備えるべく俺が警戒し───その時には目の前にまで鈍い輝きが迫っていた。

 

 「なっ、」

 

 人型をしているのだから、攻撃はきっと手か足で行われるものだ───そう本能的に決めつけていた俺は、故に不意をつかれた。まさか頭が伸びて槍になるだなんて、誰が思うものか! しかし、その銀の杭は、ランサーの槍によって阻まれた。風を切る音と黄色い残像と共に、人形の首があらぬ方向に伸びて地面に突き刺さる。

 

 「っごめん、ランサー。助かった……」

 

 と、俺が感謝を述べるが、ランサーの応答はない。ただそれだけのことに、俺は異常なまでの違和感に包まれた。

 

 あのランサーが、俺が言った言葉に反応しないだと!? 

 

 息がつまるような忠誠心で俺を固めていたランサーが主からの言葉をスルーだって!? いや、別に無視されて怒っているわけではないが……ランサーの不調にその顔を見やれば、僅かに眉根を寄せていた。

 

 「どうかしたのか?」

 

 「ええ、それが……全力と言わずとも私は確かにゲイ・ボウで奴を切り払いました。あのような人形など、一振りで二つにする思いだったのですが……弾かれて、しまったのです。この時代の人形精製技術が卓越しているといえばそれまでなのでしょうが……」

 

 言われて俺もはっと人形を視線を移す。人形の首は、確かにまだついていた。

 サーヴァントの一撃をまともに受けて原型を保てるような魔導人形があるのか、と頭は勝手に驚いていた。どうにも考えづらいが、これが現実だとすれば、精製には一級の概念やよほど大がかりな魔術を必要とするだろう。つまりは、多大なコストがかかるのだ。昨夜ほとんどの手の内を晒したランサーにそこまでする利益があるとは考えられない。仕留めるために最後の情報を引き出そうとしているにしても、魔導人形では役不足だ。果たして、俺には相手の魔術師の考えが読めない。

 

 人形の続く攻撃が行われた。ランサーがゲイ・ジャルグを振るう。人形の体に欠損は見えない。

 

 「この絡繰りめ───! 想像以上に手ごわい……!」

 

 瞬く間におよそ六度槍を振るったランサーが唸った。ランサーが二槍の切っ先を向けるたび、人形は銀の杭でもってそれを払う。信じがたいことに、この魔導人形はランサーに追い縋るだけの性能を誇るのだ。

 拮抗するかに見える両者の力量は、しかしランサーの方がよっぽど上だろう。それでもランサーが人形を敗れないのは、ひとえに俺に向けられた分の攻撃まで蹴落としているからだ。あの人形は、いわば五つ腕を持つようなものだ。ただでさえ異常な敵を相手に、更に俺を庇ってとなればランサーが万全に戦えるわけもない。

 膜を張って俺が防御態勢をとれば、ランサーは人形に集中できるか───いや、サーヴァント級の攻撃を受けて耐え切れる保証はない。ならこの場を離れるか───それも不可能だ、人形が一体だけだなどとどうして断言できる。みすみす命を危険には晒せない。

 

 そうだ、今の俺にできるのは、ランサーの足手まといになることだけ。

 

 と、慌てて、至った結論に落胆する気概を奮い立たせる。落ち込んでいては見える視界も狭まってしまう。

 相手がサーヴァントクラスの神秘ならば、俺が介入する余地なんてのは元よりない。足手まといになると分かっているのなら、全力でその負担を軽くしてやれば良い。前のように要らない事をして怪我を負っては、守ってくれているランサーに申し訳が立たないのだ……! ───前のように?

 

 「前なんてあったか……?」

 

 前……前というと、おそらく前回の戦いに間違いないだろう。ランサーと出会った後、怪我をするような目にあうとすればその時しかありえない。だが、俺は怪我も何もかすり傷一つつけた記憶だってない。ずっと見つからないように物影に隠れていたのだから当然だ。ずっと。そう、ずっと、戦いが終わるまで、俺は。

 

 「気を失ってた───」

 

 ……そうだ。俺は、気付かぬ間に戦いへの関与を絶っていた……! 魔力不足からくる意識の断絶なんて、まさか俺が起こすわけない。だからきっと、俺はあのとき、怪我をしたんだ。

 

 

 

 

 がやがやと、街行く人々の声が通りに溢れる。

 色んな人々がいた。年寄りも子供も、男も女も、遊ぶ人々も働く人々も。なるほどここは賑わいがあって活気に満ち溢れているのだと、俗世にあまり触れなかったウェイバーにも簡単に理解できた。“故郷のそれとはまた違って、こういう賑わいもいいだろう。”もし彼の心に余裕があればそんな風に思ったに違いない。

 

 「~~~っ! ミナトの奴! やっぱり遅れたじゃないかっ!」

 

 ぶつける相手もおらず、ウェイバーはヴェルデのエントランスで怒鳴る。つくづくここが日本でよかったと思いながら、ウェイバーはなおもぶつくさと文句を垂れる。どうせイギリスの言葉が分かる奴なんか滅多にいないだろうことはウェイバーにも予想できた。

 

 「そもそもあいつはなんで自分で出かけようとかいいながら、毎回遅れてくるんだ! その分僕がどんなに待たされてると思ってるんだよ!」

 

 「おい坊主、そのように喚き散らしては客が減るであろう。店に迷惑だ、少し黙らんか」

 

 自分を諌める声に、ウェイバーは敢えて視界から外していた隣の大男にきっと憎ましそうに視線をやった。ゲームロゴのでかでかと入ったTシャツを着、特大サイズのジーパンを履いたその男は、当世風の装束に身を包んだライダーである。ぶつける相手というならば、今のウェイバーには彼がいた。それでも彼に怒りをぶつけなかったのは、ひとえに彼に対する苛立ちを抑え込めるためであった。

 戦闘のことはひとまず置くにしても、サーヴァントを連れたミナトと会うには自分も同じくサーヴァントという力を掲示しておかなければ落着けない。故にウェイバーがライダーを連れてくるのは確定事項であったのだが、なるべく目立たないようにと霊体化を勧める彼の命令を無視して服まで着込んで実体化してついてきているのである。大きく視線を集めるだけではない、途中で街の至る所に興味を示しあっちへこっちへ寄り道をするのだ。おかげでウェイバーは駆けずり回るハメになり、一時間の余裕をもって前もって準備をする算段が、約束の時刻ギリギリに到着することになったのである。今ウェイバーはとことん、ライダーにズボンを買い与えた自分を糾弾していた。

 

 「またしかめっ面をしおって。どうせ早く着いたところでなにができるわけでもない、時間ぴったりだ。余を褒めても構わないくらいでないか! むしろ時間に遅れてくる貴様の友とやらのほうが豪胆でよほど見込みがあるぞ。遅刻の一つや二つ、笑って許してやらんか」

 

 ぴきりとウェイバーが青筋を立てる。

 

 「一つや二つならな! もう十、二十だよ馬鹿!」

 

 ミナトの遅刻は、もはや恒例。そんな印象を刻み込んでいるくらいに遅刻は重なっていた。ウェイバーの、イギリス人にしては神経質なその性格と、魔術師らしい陰険さが祟った結果である。ウェイバーとてすでにそれを直せまいと諦めているが、腹を立てる自由くらいはあっていいはずなのだ。そんな感情を抱いていれば、ライダーの正論にもムカムカと棘々しい感情が湧いて出る。もういい、帰りたいと暴発しそうな感情の反面、この絶好の機会を無下にはできないと理性が訴えかける。そうして、その板挟みは如何ともしがたい居心地の悪さとなってウェイバーに降りかかるのだ。

 

 「……もういい。だから、どうかこれ以上僕を苛立たさないでくれ……」

 

 なんとか居座ろうと心を決めると、感情の摩耗からかどこかナイーブになり、声は小さく掠れた。なんて恥晒しだとまたもや感情が燻り立つが、その先にある栄光にためならばと辛酸を舐める覚悟のウェイバーは、もしかすると今までで最も辛抱強さを発揮していたのかもしれない。

 ただ、そんなことよりも、と。彼の隣の大男は提案するのだった。

 

 「そんなに待つのが苦しいのであれば、こちらから出向けばよいではないか」

 

 ウェイバーが意表をつかれるようなことはなかった。代わりにライダーを見上げ昏々しく睨めつける。

 ウェイバーもそれは考えたのだ。下準備など望むべくもないのだし、こちらから迎え撃つ覚悟でミナトに会いに行こうとは。しかし、それには問題がある。ミナト達の居場所は、ヴェルデに向かってくるということ以外、まったくわからないのである。使い魔を出さなかったことがここで仇となった。分からないといえば、何処から来るのかも分からない。行ってすれ違いになるようならば、いっそ耐え忍んだ方がいいとの決断だった。

 

 「あ奴等の居場所か? それなら悩む必要はないさ、あっちの方におるぞ」

 

 と、ライダーはぴっと南西の方角を指さした。勘……というわけではなさそうな素振りだった。

 

 「なんでそんなことが言えるんだよ」

 

 「なんで、とは。また珍妙な事を訊くものよ。我らサーヴァントは互いの居場所を察知できるであろうが。ランサーとてここに来るのだ、そう遠くには行っておらぬのは想定通りであろう」

 

 「そ……そんなの聞いてない!!」

 

 ウェイバーは瞠目していきりたった。そんなの全くの初耳だった。

 とはいうものの、無理はなかった。聖杯戦争の開催は直前になって知り、その書物もたった一日で読み上げたのだ。それもあの広大な書物の山の中から懸命になってかき集めた後にである。興奮につい読み耽ったものの、やはり見落としがあったのである。

 ウェイバーは顔を恥辱で赤く染めあげて、ライダーの顔にむけて大声で命令した。

 

 「いくぞライダー! いいさ、そっちがその気ならこっちだってこの気だ!」

 

 「おうおう、良い顔つきになったではないか坊主! あいや任せよ! 徒歩の行軍も心が躍るわい!」

 

 ずんずんと大股で歩く少年の後ろを呵呵大笑した大男がついていく。

 昼間から戦闘は好ましくないだとか、その先に不穏な空気があるのを察していたのは大男の方だけであったが、それをわざわざ忠告してやるほど、彼も無粋ではなかった。それはあるいは、少年への僅かばかりの信頼であったのかもしれない。しかしとにかく今は、これまでになく気概を見せる己がマスターのその器量というものを、見極めてみたかったのだった。

 

 

 

 

 




遅くなりました。すみません。
ちなみに筆者はミント大嫌いです。なんであんな歯磨き粉臭いの。
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