加筆したので文におかしい所があるかもしれません。その時は感想にでも報告してくれるとありがたいです。
先生に説教するために休み時間を狙って工房へ向かう。
休み時間、それはつまり先生が工房にいると言う事。
あそこには、半端じゃないレベルの罠がいくつもあって、研究成果を盗みに入ったバカがそれの餌食になっている。
俺は盗人じゃないが、たかが防衛魔術ごときに盗人かそれ以外かを見分ける知能などないワケで、俺もそのバカ共と一括りにされて殺されるのが見えている。
そんな惨事を避けるためには、曲がりなりにも先生に話を付ける必要があるのだ。
だから、本人が居てくれないと二重の意味で面倒くさいんだよなぁ……。
いてくれるよう祈りながら足早に向かっていると、聞きなれた人の怒声が聞こえる。
(あれは……ケイネス先生……?)
宅配の従業員を捕まえて、まさに憤怒といった感じで怒っている。
何やらかしたんだよ、あの従業員……。
あのキレ方はやばいだろう。廊下中に響き渡ってるし、声。
響き渡る声を聞いて察すると、どうにも荷物を間違えて渡してしまったらしい。取り返しもつかないとか言っている。
身を隠して傍観に徹していたら、すぐに説教は終わった。
終わりに何か荷物をもらっている……。
またも、響き渡る声によって、内容は分かった。
「大事な……荷物……、前の荷物の代わり……」
復唱するように呟く。
おそらく、あれは、ウェイバーに持ってかれた分の代わりの聖遺物。
どうやらまだ、先生は聖杯戦争に参加するつもりらしいな。にしても、たった一日で代わりを用意するって、どんだけだよ。
おっと、意識に沈んでいたら、先生が工房に戻ろうと歩き始めた。その前に───
「あの、ロード!」
───声をかける。先生はいかにも鬱陶しそうな顔で振り向いた後、
「キミは……、ウェイバー・ベルベットとよくつるんでいたやつか……」
俺の顔を見るやいなや、隠しきれず───いや、隠す気もないのだろう。にじみ出る怒りを言葉に孕ませながら返答をする。
「ウェイバーのことで少し話があるのですが、お時間をよろしいでしょうか?」
こちらにも昨日の件もある。いつもよりも、声色が知らず刺々しくなっている。
「アレの件でか……。私がそんなことで時間をとるとでも───いや、いいだろう。私の工房へ来たまえ。二人で静かに話をしよう」
始めの方は怒りをにじませながら否定をしようとしたが、ふいに言葉を切り、まるで獲物を得たかのように嗜虐的な笑みを浮かべて、了承してくれた。
これって、了承してくれたけど、何かやばくない?
わざわざ、工房に招き入れてるし……。
工房に向かったのは俺だが、これは先生ならそこにいるだろうと思ったのと、プライドの高い先生なら一介の生徒ごときを工房に入れないだろうという考えがあったからだ。
まずい……、何だか雲行きが怪しくなってきたかも……?
◇
先生が入るのに続いて、俺も工房へ入る。
廊下に誰か見ている人がいないかと思って確認してみたが、誰一人としてその場にはいなかった。
───人払いの結界。
考えられるとしたら、それだ。
うん、気を引き締めろ。
先生の工房の内部は中世的な造りだった。
この時計塔自体歴史のある建物だが、その雰囲気を壊さない、いかにも。といった感じだ。
エルメロイ家は名門。
金があるのは当然だろうし予想はしたが、なかなかに豪華な工房だ。魔術師の工房にしておくのがもったいないくらいに整っていた。
「さて、君の用件でも聞こうか」
「はい」
先生が金のかかってそうなソファに座ったのを見て、同じように座って口を切った。
「ロード。ウェイバーが提出した論文、少しでも目を通したのですか?」
「私があのような価値の欠片も無い論説も読むと思っているのかね?
あの場でも言った通り、彼の論文は妄想極まりないモノだった。それは題目を読むだけでも図り知れる」
先生が鼻で笑うようにそう言い放った。
怒りが燻るように込み上げてくる。でもそこまで。冷静でいられる程度のモノで安堵した。
もしかしたら自分は話の途中で飛び掛かるかもしれない、と危惧したが大丈夫そうだ。
だが、それ以上に、俺は地面が無くなったような喪失感に見舞われた。
これは何だと考えて、すぐに答えは出た。
これは、失望感だ。
文句も言ってきたが、自分は先生の事を尊敬していたらしい。
心のどこかで、先生の悪い冗談じゃないか、なんて期待していたのだ。
そんな有り得ない理想に。
先生は特別で、実は照れ屋だとか、そんな妄想を抱いていた自分が恥ずかしい。
先生は特別な訳でもなくて、自分を蔑んだ奴らと同じ魔術師だと、分かるはずなのに。
消沈する意気で、絞り出すように声を出す。
「……だから、わざわざ大講堂で論文を発表したのですか?」
「ああいった身の程も弁えぬ下等魔術師には、一番効率の良い方法だろう」
ああ、あの所業には何も恥じ入る所は無いと、この魔術師は言うのだ。
人間の心を捨てた魔術師という種族には、耐え切れず逃げ出したウェイバーこそが間違っていると思えるらしい。
おかしい。
可笑しい。
間違っている。
コイツ達は何も思わないのか?
心が痛まないのか?
そこまでコイツ達は、魔術師だったのか?
「では、君の話はこれで終わりかね?」
答える気になれなかった。
自分で考えれば考えるほど、魔術師という存在が忌避されるようだった。
作り上げた魔術師の偶像の形が、崩れ去るような、そんな感じが襲いかかる。
「一応、これで君への手向けは十分だろう
───貴様は、私の工房へ入り込んだ鼠……違うかね?」
冷たいようで、どこか笑いを押し殺したような声が室内に響いた。
見ていないけれど、多分、その顔は笑っているだろうと思った。
いけない。先生はついに動いた。
こうやって茫然としている訳にはいかない。
この、怒りと失望の混じった感情を抑えないといけない。
叱咤し、どうにか重くなった腰を上げた。
同様に顔を上げた先には、案の情、嗜虐的な笑みを浮かべた先生の姿があった。
もう理解できる。
先生は俺をここで殺すつもりだ。
可能性はゼロではなかった。
何かにつけて、自分の命を奪うのではないか……と、一応戦闘用の護符も用意してきた。
しかし、状況は想像よりももっと悪い。
自分は魔術師の巣穴、工房へ踏み込んだのだ。
工房とは、いわばその魔術師そのもの。
積み重ねた研究も、血統も、全てそこに詰まっているのだから。
魔術師は、その空間の中では自由自在。入り込んだ者は手の平の上で踊らされているに過ぎない。
工房内では、侵入者は本当に鼠と同じなのだ。
「愚かな魔術師は我が工房に忍び込み、無様にその命を落とす。クク、素晴らしい台本だとは思わんかね?───だが、せっかくだ。君には私の最高傑作をとっくり堪能してもらおう」
防音と防御の結界を張りながら、先生はそう言った。
本当にそう思ってるなら、お前には脚本なんか書けねぇよ、そんな言葉を口にしようとして、声が、喉の上に張り付いた。
───最高傑作だって……?
勘繰るのに時間はいらない。先生は『礼装』を使うつもりだ。
全然嬉しくないが、先生はこれを決闘だと認識してくれているらしい。
『礼装』とは、魔術師の補助装具だったり、一番の突破力を秘めた魔術武装だったりするが、この場合はおそらく後者。
最高傑作が、自分の補助であるはずがない。
始めから薄かった生き残る望みが、更に薄くなった。
そして、逃げる事も出来ないだろう。逃げ場なんてのは、始めに無くされてそのままだ。
その上この差、経験に限ってはどちらも同じようなものだろうが、才能だけは如何ともしがたい。それが、護符程度じゃ覆せない程の差を生み出している。
しかし、先生は特別なにか壮大な魔術を行使するでもなく、その懐に手を入れ一本の試験管を取り出した。
「Fervor,mei sanguis(沸き立て、我が血潮)」
短い詠唱を唱えながら、先生は試験管を傾ける。中からドロリと中身が流れ落ち、ひとりでに球状に形を形成する。それは、十リットルはあろうかという、大量の水銀だった。
「
満面の微笑、とでも言うのだろうか。先生の顔は、正しくその通りだった。
馬鹿にするような表現だが、俺はそれを一笑に伏すような事は出来ない。
護符を何枚使って上乗せしても、あの礼装は俺には止められない。いや、水銀の質量から考えるに、魔術でアレが鞭にでもなろうものなら大魔術師の防護魔術ですら難しいだろう。
……なるほど、だからこの自信なのか。
確かに、普通の防御手段ならば無理であろう。
護符を手に構えながら戦闘開始のゴングともいえる、詠唱を口にした。
「Aqua,kill the enemy as he deserves!!(水よ、その身を血に濡らせ!!)」
「Automatoportum defensio:Dilectus incursio(自律防御、指定攻撃)」
魔術回路を起動させ、護符のバックアップを受けながら、詠唱を唱える。詠唱の意味を汲み回路が魔力を張り巡らせる。
俺が使用したのは、水属性の魔術。護符のバックアップで出力を底上げし、槍の形に形成する。
そして、標的を先生に、水の槍を放つ。
その攻撃は先生の目前にまで迫り、果たして、その攻撃は瞬時に球体から膜状に形を変えた水銀によって防がれた。もしや、とも思ったが、槍の攻撃が貫通するようなことも無い。
───っ、自律防御かっ───
面倒な……。これじゃどんな攻撃も効かないだろうがっ! さっきのだって護符も使って、かなり魔力も込めたのに……。
「Scalp!(斬!)」
俺に息をつく暇も与えず、先生が詠唱を唱える。役目を終えて球状に戻っていた水銀が、鞭のようにしなり俺に向かってくる。
気合の横っ飛びでそれを回避し、着地もままならず床に叩きつけられるように転がった。
……痛い。角にぶつけた。
でも、それを痛がる暇もない。
今は、命を懸けた殺し合いなのだから。
「ほう、避けたか」
それがどんな意味を為すかは分からないが、死だけは回避した。
出来れば、このまま見逃してくれたらなぁ、なんて言うだけ無駄過ぎて考えるのさえ馬鹿馬鹿しい。
多分、二度目は避けられない。むしろさっきのが奇跡だった。
俺の攻撃じゃ自律防御は突破できない。
だが、そのための護符。ありったけ使って、目一杯の魔力をこめて渾身の一撃を与えればあるいは。
「Run or pierce or cut through,hunt doun son of man───(奔れ三夜、穿て怨敵───)」
「───endlless of hel,a soul a supirit,purgatory repeat the something!!(───終わりなく続く煉獄こそ彼なる地獄。さぁ、直ちに罪過を悔やめ!!) 」
自分が扱える一番の魔術を詠唱する。
といっても、自分はまだ魔術師見習いと言った所。そこまで強力なわけでもない。
でも、暴発寸前までの魔力を込めた一撃なら、その限りではないだろう。
そして、自分が制御できるギリギリまで護符を火力の底上げに使う。
魔術の規模は、術者本人の感情を如何に昂ぶらせるかによって左右される。
その点でこの術は完璧。少し飾り過ぎたきらいもあるが、十分その役目を果たした。
目の前に形容し難い異形が現れる。
噴き出す業火のように、まるで、限界を知らないかのように膨れ上がる魔術。
属性は、水。
加減は加えたつもりだったが、思った以上に魔力を込めすぎたか、ちゃんと魔術の形に置き換えるのに時間がかかった。
でも、その分威力には期待できる。それも、十分に水銀の防御を突破できる程に。
魔術を解き放つ直前に先生を一瞥する。
最後に見たときと同じ位置。余裕の表れなのか、その顔にはいまだに微笑が見て取れる。
───笑ってられるのも、今のうちだ!
集中が途切れるので口には出さないが、これで自分の口上も切ったことにしよう。
溢れる魔力のままに魔術を放つ。
澄み切った水で視界が染まり、先生へと大口を開けて向かう俺の魔術が見える。
獲った。
防御のために広がった水銀ごと、先生を飲み込む激流。
張られた結界もぶち壊して、周囲の内装も蹴散らした。
残ったのは、室内の一画が無くなった目茶苦茶の工房。
やり過ぎた、という思いも塗り替えて、言いようのない優越感が胸に広がる。
「はは、ロード! 慢心し過ぎだよ、馬鹿め!」
口に出さずにはいられない衝動。
最後の最後まで余裕をぶっこき舐めてかかったのがお前の敗因だ!
「そうだな、あのままでは少しは不味かったかもしれないな?」
「──え……?」
ちょうど俺の背後。自分の死角にあたる位置から、その声は聞こえた。
それは、つい先ほど倒したと思った“先生”の声に似ていた。
「まず、講師の私の意見として、その魔術は詠唱も展開も遅すぎる。及第点もやれんね。たったその程度の詠唱に2秒もかけるとは……やはり、貴様も奴と同類と言う事か」
「なんで……な、いや…ロードが…え…?」
振り向いた俺の目に映ったのは、満面の微笑を浮かべた先生の姿。
その体には傷一つなく、身に纏ったそのローブにも汚れすら見れない。
「あれだけの余裕があれば、魔術行使の一つや二つなど容易に可能だ。
そして、魔術を完成させるのに集中しすぎとも言うのかね。私が唱えた魔術の存在にも気づかない」
先生の言葉の通りならば、俺が魔術を放つまでに詠唱し、俺の背後に来たことになる。
有り得ない。
確かに時間はかけたが、相手の回避を許すほどの隙なんてなかった。
「そうだ。一流の魔術師と、そうでない下等魔術師の違いはそこなのだよ。その程度の力量で満足し、慢心し、相手を仕留めたつもりになっている。私と立ち並ぶほどの魔術師ならば、きっと皆が私と同じような結果に至るだろう」
………まずい。この上なくまずい。
魔力はまだある。でも、護符が無い。仕留められなかったのが想像以上の痛手すぎる。
何だよ、慢心し過ぎって……。慢心してんの俺じゃねぇか……。
「Scalp!(斬!)」
先生の水銀が俺に向かって伸びる。
身を焼く激痛に、もう終わりを覚悟したが、その刃は俺の腕の肉を切り裂いただけだった。まさか、狙いを外したのか……?
───違う。先生はこれを狙ってやっている……。
とことん性格の悪い魔術師だ。こんな方法で俺をいたぶり殺すつもりなのかよ。
「Scalp!(斬!)」
繰り返されたその詠唱に、水銀の刃はまたも俺の肉を抉る。
そして。
また。
もう一つ。
何とか紡ごうとした治癒魔術の詠唱も、俺の根性の無さのせいで途中で途切れる。
痛いという気持ちが頭の中をが埋め尽くしていく。
だめだ。このままじゃ殺される。何か行動を起こさないと。
そう、俺にこれを防ぐ手段は───
───無いわけじゃない。
この期に及んで意固地になってどうする。俺が壊した結界も、今ではまた張られているじゃないか。
天の秤にかけてみて、死か生か。
選ぶ方なんて決まってる。“生”だ。
「そろそろ時間か……。貴様が一度結界を壊したおかげで人も集まったことだろう。そろそろこの遊びも終わりだ」
残念そうな表情を浮かべて、先生は詠唱を唱えた。
水銀がしなり、鞭のように伸びる。
その切っ先が俺に向かって───
───突然だが、魔術について語ろう。
魔術には 火、水、風、土、空 の5つの属性がある。
元来、魔術師はこのうちの一つに適正を示す。それがすなわち、自らが使用する魔術なのだ。
しかし稀に、その適正が重複する場合がある。それを、二重属性という。ロード・エルメロイ───ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがこれにあたる。
そして俺は、それの一つ上、水、風、土 の三重属性だった。
加えて、五十あれば天才ともいえる魔術回路を百三十八も持っている。これは明らかな異常だ。
家系についても、過去についても曖昧だが、おそらく外法を使ったのだろう。どんなに血統を次いで、魔術回路が多くなるように交配を重ねようと、この数はまだ、実現不可能なのだ。
そんな類稀なる属性と化け物みたいな魔術回路の数を持っていながら、なぜ俺は自分を三下だと自称するのか。
それはひとえに、魔術刻印による。
魔術師の家系における後継者の証と遺産。
魔術のデータベースであるだけでなく、刻印自体が術者を補助するように独自に始動し術者本人の手助けすらこなすという。
俺の家は、回路にばかり目をやるばかり、刻印がお粗末になったのだろう。
刻印にあるはずの呪文はほとんど無く、俺が使う魔術は全て、俺が刻印に刻み込んだものだ。
簡単に言うようで、これはかなり難儀だった。
基礎魔術はともかく、大魔術は基礎も踏まえた上で応用もこなした面倒なものが多い。
そのため、何か一つでもミスがあれば、刻印がすぐにショートを起こす。護符などの道具は、良くて中級魔術までしかない刻印の出来を補うためだ。
そんな中、他のどんな魔術よりもしっくりと、自分に適応する魔術があった。
五大元素ではない、なにか他のもの。まるで、初めからそれが使えるような一体感───
それは───
「審判───」
これが、皆が持つ魔術とは違うことは分かっていたし、持っていないことも分かっていた。
だから、どんなに蔑まれてもこれを使うことは無かった。
床に薄い山吹色をした魔力の膜が円を描く。
「
今まさに、水銀の鞭が、俺の胸を切らんとしたその時、円が引き伸びる。ちょうど、俺を覆うくらいの半球にまで伸びた膜によって、先生の攻撃は阻まれた。
俺はおそらく『起源』を呼び起こしているのだろう。
───そのモノの存在の因となる混沌衝動。その存在がはじまった場所。魂の原点。
この世の全ての分子は流転する。精神、魂、生命といった枠組みに当てはめずに考えればこれらは何かに生まれ変わり続けている。その無秩序な法則性を、脈々と繋がる存在の糸を、はじまりまで遡った先にあるもの。
そこに至っては最早生命など存在せず、あるのは根元の渦において発生するただ一点の衝動のみ。その流れに従って何らかの存在が形作られ、時として人間になる。
───それが『起源』。
いったい、俺がどんな『起源』のもとに形成されたのかは分からない。しかし、この得体の知れない魔術を行使するときには、言いようの無い無常感さえ覚えるのだ。それがただ痛むだけの回路の流れに感謝できる数少ない機会だろう。
水銀が俺を切り殺すと予期して疑わなかったのだろう。先生の顔には驚愕が見て取れる。
「っ、Scalp!(斬!)」
矢継ぎ早に行使される魔術。しかし、またしてもそれは膜によって阻まれる。
「───その魔術は一体なんだ!?そんな魔術……、聞いたことがない!」
そうだろう、人前でこれを使うのは初めてだ。知っていた方が恐ろしい。
でも、俺はお前のその顔見られただけで満足だ。
「ロード、好き勝手してくたよな? 実はな、されたら仕返すってのが俺の信条だったんだ!」
俺を覆う膜がぐにゃりと歪み、そこから先生に一直線に向かっていく。水銀の自律防御が作動するが、それさえ突っ切り、先生の腹に命中する。
「ぐっ」と、短い悲鳴を上げて後ろにあった棚まで吹き飛ばされる。
「…………やったか?」
わざわざ死亡フラグも立ててみたが、先生はのびたようだ。
膜上に広がっていた水銀が形を失くし、床と衝突しその場に飛び散る。危ない。
「はは、はははは、はははははははは!」
今度こそ、やっと先生に勝った。
つい、声をあげて笑ってしまう。この上なく爽快だ。勝つと言う事が、こんなにも心晴れやかだったなんて。
命を奪う必要はないだろう。
時計塔は先生無くしては機能しない。聞けば、その天才っぷりを遺憾なく披露して、すいぶん魔術師界に貢献しているらしい。もし殺してしまったりしたら、それこそ大問題。
ところで、勝利の美酒の酔いが効くのも少しだけ。
冷静になった俺の目の前には、水の魔術で抉られた一画に加え、起源の魔術のせいで更に壊された工房の姿。
飛び散った水銀が、その喧騒感に磨きをかけている。
「やっぱり、やりすぎたよなぁ……」
溜息と同じく吐き出した言葉も、虚しく響いただけだった。
片づけるか悩む俺はそこで気付いた。
あれほどまでに暴れたというのに、無傷で転がった小包があることに。
あれは……聖遺物……!
そうか。先生がこれにだけはかなり強い結界を張ってたわけだ。
あと神秘も関係するのかね。こう、魔を払う的な。
そう考えると、ありがたみというか、雲の上感というか、崇高な雰囲気増しますな。
脳裏に奔る閃光。
言い換えるなら、出来心。
───気になる。考えるんじゃなかった、気になり過ぎてやばい。
ダメだダメだ。俺は参加者になる気なんて無いんだ! ウェイバーの傍にいたいだけなんだ!
いや……でも、このまま放っておくのもどうかなーなんて……
◇
人目を憚って工房を後にする俺の小脇には、綺麗にラッピングされた聖遺物。
結論、このまま理由も知らない魔術師に渡すよりも俺が持つ方が合理的。
すごく傲慢だとか、ジャイアニズム溢れるだとか、文句があるなら先生に言ってくれ。ただいま、応答することが叶いません……。
ついでに言うと、ラッピングも先生の工房からくすねて巻き付けたものだ。もしかすると魔術礼装かもしれないし、これも黙っておくべきだよな。
すごく気になるけど、聖遺物の中身を見るのは日本についてからだな。それまで楽しみにしていよう。
それに───あんまり長居するとまずいだろう。すぐにでもエルメロイの派閥の追っ手がくるはずだ。
支度もしてるし、聖遺物も持った。
さて、さっさと日本に行くか。追っ手が来ても聖杯戦争に巻き込んで殲滅だな。
故郷と思わしきその場所に懐かしさを抱きながら。
俺、西篠湊人は日本へ旅立った。
ラスト、終わり方これで良かったんでしょうか……。
不安ですね。
実をいうと、残したい所を無理矢理残したので変という。
主人公の呪文の内容はぐちゃぐちゃなのでつっこまないでほしいです。
先生が行使したのは、風の魔術を応用した、大気に自分の姿をかたどった像を見せる魔術。もう一つ、風王結界と同じような魔術だと思って頂ければ。