「ランサー、霊体化したままでいいから、明日は一日中町を動き回っててくれ。もしかしたら、どっかのサーヴァントが引っ掛かるかも知れん。今日は明日の戦いの準備もするから出られないけど」
「はっ、承知しました」
最初の作戦をランサーに伝える。
この作戦は相手をおびき出すという性質上、待ちの一手をとるわけである。必然的にこちらが不利になる確率が高い。
しかしランサーは、そんな作戦を簡単に承諾した。
「大丈夫か? いざとなったら令呪使うけどさ、初戦敗退ってのもありえるんだぞ」
俺のそんな言葉にもランサーは曇りなき声で答えて見せた。
「騎士の誇りにかけて、必ずや、主に敵の首級を持ち帰りましょう」
……固いなぁ、すごく。正直いって重苦しい。もうちょっとフレンドリーにできはしないのか。
「……そうへりくだるの、どうにかならないか?」
「昨夜も言いましたが、騎士として主に仕えるならば、礼を執るのは当然のことです」
……うん、やっぱり重い。もう騎士じゃないんだから自由にすればいいのに。
俺が内心愚痴っていると、それに気付いたのか、ランサーがおもむろに話をし始めた。
「───私は、生前騎士としての道を全うできなかった。
私はグラニアも、フィンも恨んではいません。しかし、二度目の生があるのなら、今度は突き通せなかった騎士の道を突き通したいのです。
私が聖杯に望むのは、生前叶わなかった忠節の道。ただ、それだけです」
この話は昨日も聞いた。ランサーは騎士の道のみを聖杯に望む、ということも。
───ディルムッド・オディナ
それが、ランサーの真名。
ケルト神話の英雄伝。フィオナ騎士団の一番槍。主君の妻と恋に落ちた裏切り者……だったか?
確か、グラニアが妻、フィンが主君の筈だけど───
俺は昨日聞いたディルムッドの過去についてポツポツと思い出す。昨日聞いた話しか知らないので、たいして詳しくもなく穴あきにもほどがあるが。
わざわざ二度目の生を受けてまで騎士の道なんて望むということは、ランサーにとっても気に喰わなかったということか。あくまで、ランサーの言葉を鵜呑みにするなら、だが。
ともかく、ランサーはこの口調も態度も入れ替えないと言う事だ。でも───
「俺はお前と肩を並べるように戦ってみたいんだけどな」
「……申し訳ございません」
「───まぁ、今から準備もするから、お前は自由にしてていいぞ」
「では、主の身辺警護を」
そういって、ランサーは霊体化した。
あちゃー、こっちとしてはかなりのカミング・アウトだったのだが、すみませんと返されたか。
自由にしていいぞ、とも言ったのに、身辺警護だし……。
……やっぱり、昨日がダメだったのかなぁ。
あのセリフは、俺の英霊友達計画(そんなものは無い)の邪魔をしている。
どこにってもランサーに“騎士”が付き纏うのだから。
(なんであの時あんなこと言ったんだろう……。「お前はもう、そんな呪いを背負う必要は無いんだ!!」とか言ってたらまた変わったろうに……)
◇
──昨夜
「あなたが、私のマスターか?」
目の前には男の俺でさえ見惚れてしまうほどの絶世の美男子がいた。
彫刻のように整った体も、泣き黒子が印象的なその面貌も、まるでおとぎ話のような……
「って、じゃねーよ! クッソイケメンじゃねーか!」
俺はイケメンが嫌いだ。なぜかって? そこに理由なんているだろうか。女にちやほやされる男なんてその存在自体が恨めしい、妬ましい、羨ましい……。
もし、俺の顔が掛け値なしの上の上なら、女の子から寄ってきてぼっちなんかしなくてもよかったのかもしれないし。
ていうか、そんなのが一人いた。名門、グランベール家の坊ちゃまだったか。ムカつくので直視したことは一度しかない。
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」
「主よ?」
延々と怨嗟の念を吐き続ける俺に、サーヴァント───ランサーが声をかける。
しかし、俺はそのふざけた言い回しに驚いた。
「主? 俺が? いやいや、せめてミナトとでも───」
「いえ、御身は我がマスター。ならば、主と呼ぶのが正しいかと」
「い、いや……、そういう意味じゃなく……」
───なぜ遮った!
せめて、皆までいわせんかい!!
そんな言葉を飲み込んで、改めてランサーを見る。
あ、バックルあった。あんなにたくさん……あれじゃどれが聖遺物だったか分からないぞ。
そこで、このサーヴァントがずっと跪いていることに気が付いた。
「なんでそんなポーズとってんの……?」
「騎士として、主に臣下の礼をとるのは当然のことです」
「は、はぁ……」
だめだ。なんか、英霊と話してるせいか流れが掴めない。流されてる。
しかし、この控え目な姿勢。まさしく騎士の鑑のようなサーヴァントだ。
「なぁ、お前どこの英霊なんだ?」
軽い好奇心でサーヴァントに告げる。
考えてみれば別に聞かなくても透視すれば良かったのだが、このときは忘れていた。
「───フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。ケルト神話のフェニアンサイクルです。」
ふぇにあんさいくる? 初めて聞いた言葉だが、先の名だけは聞いたことがある。英雄としてはかなり有名な話だろう。……詳しくはしらないが。
「ディルムッド・オディナ、ねぇ……」
「だが主よっ!」
「えっ、なに!?」
傍からは、何か含みがあるようにも聞こえたのだろうか、なんとなく名を呟いた俺に届いたのは、心臓を止めようという心算でもあろうかというほどの大声だった。
「私が聖杯に望むのは生前果たせなかった忠節の道のみ……! どうか、それだけは分かって頂きたい」
「わ、分かった……」
跪いている事せいか、その懇願は小動物を連想させた。
そして、滲み出るその哀愁に情が沸いた俺は失態を冒してしまったのだ。
「……詳しい話は知らないが、お前はしたいことをしてていい。俺はお前のマスターだ。サーヴァントの言葉くらい信じるさ」
「主よっ……!」
あのときの、ランサーの感極まったといった感じの言葉を今でも覚えている。
そして、俺はあの時のセリフを今でも後悔している。
◇
──昼
場所は町のはずれ、海浜公園の隣の倉庫街。ここなら、夜になれば人通りも少なく、結界でも張っていれば戦闘の舞台として使用できる。
鼻歌混じりに倉庫街一体を結界用の護符を貼って囲んでいく。
正直、こんな面倒なことをせずともパーーッと“膜”を張って視線、物音なども阻害してやれば良いのだが、そんなことをすれば、他の魔術師に狙われたら対処も出来ず死んでしまう。
“膜”を同時に二つ張るのは、少なくとも現段階の俺では無理だから。
魔術師として未熟な俺が聖杯戦争みたいなバトルロワイヤルに参加しようと思ったのは、あの“膜”に絶対の信頼を置いているからなのだ。
その防御能力の高さは、ケイネス先生との戦いでも分かっている。
アレが無ければ、俺は聖杯戦争に勝ち残れないどころか命を落とすだろう。
「♪~~、おっ、これで終わりだな」
数時間かけて護符を貼り終わる。後は俺が魔力を注ぎ込むだけで、結界として作用するだろう。
しかし、それは明日。聖杯戦争の第一戦目のためのもの。
「ランサー、いるか?」
「はっ、ここに」
打てば響くといった速さで現れたサーヴァントは、やはり、身辺警護をしていたようだ。
「なあ、ランサー。別に警護なんかしなくてもいいんだぞ?」
マスターくらいなら逃げ切る自身あるし、と。
ダメ元で聞いてみるが、ランサーは静かに首を振った。
「主よ、聖杯戦争はもう始まっているのです。言う通り、マスターだけならば大丈夫だとしても、サーヴァントを連れていないワケがありません」
「まぁ、そうだけどなぁ」
ランサーの言葉は正論だ。マスターがサーヴァントを連れていないワケがない、が、俺が言いたいのは「肩の力を抜けよ」という事なんだけど。
ところで、ランサーとの会話の時、よく言葉濁してないか、俺。
「とりあえず、準備も終わった。減った魔力も寝てりゃ戻るだろ。ランサー、帰るぞ」
「はっ」
相変わらず騎士の対応である。いつになったらランサーと対等に語り合えるのか。
いや、英霊と凡人てあたり、むしろ俺が背伸びしなきゃならないんじゃないか……?
突然浮かび上がる疑問に狼狽えながらも、何とか持ち直す。今はそんな事はどうでもいいのだ。さぁ、早く帰って温泉だ、温泉!
◇
しかし、そんな俺を出迎えたのは温泉でもなければ敷かれた布団でもなく、俺の部屋が無くなった、という耳を塞ぎたくなるような言葉だった。
「申し訳ありません。急の団体様がお越しになられまして、満室になっております。
お客様は一日限りのチェックインでしたので、残念ながら───」
最後の方のフロントの言葉は聞こえなかった。あるのは、胸の内に広がる虚脱の念。最後に「なん…だと…?」と嫌味をたっぷり込めていってやったが、当然そんなことで俺の心は晴れない。
───俺の魂は満身創痍だ
と宿を後にしながら背中で語り、サーヴァントに語りかける。
「ランサー……俺、この町に来てからろくなことが無いや……。なんか、悪いものでもついたのかなぁ……」
『主よ、どうか気を落とさずに。警護の際に、なかなか良い所見つけたのでそちらへ行きましょう』
「お前、この時間からチェックイン出来ると思ってんの……?」
『…………いやしかし、確かふかふかとした手触りの落ち葉があった所も……!』
「落ち葉かよっ!」
ここにきて、初めてランサーに望む友人のような会話ができたのだが、俺は終始その事には気づく事はなかったのだった。
◇
辺り一帯にアーチャーが放った宝具が降り注ぐ。一発一発がミサイルほどの威力もあろうかと言うほどの攻撃を、アサシン程度が、それもその分体が防ぎきる事など敵わない。
アサシンが居た場所には大きなクレーターと、アサシンの残骸。
「さて、首尾は上々」
先ほどの惨劇を自室から眺めていたアーチャーのマスター、遠坂時臣はワイングラスを傾けた。
弟子の綺礼との協力によって作られたアサシンの消滅と言う演出。
アサシンは
見た所、遠坂邸を見張っていた使い魔の数は4。綺礼の分を差し引くと一人足りない。昨日、全サーヴァントの召喚の報せがあった中でこの結果は残念ではある。出来れば、全マスターに見せておきたかったところだ。
しかし、時臣はそこで考え直す。すなわち、
「現段階で遠坂邸に使い魔を放っていないマスターなど恐るるに足りない」
最後に、時臣はグラスを傾けワインを飲み干した。
◇
───目覚めると、目の前に巨木が目に映った。
「はっっ!?」
……思い出した。昨日は宿から追い出されて近くの山で野宿したんだった。服に落ち葉がついて汚れている。
(まぁ、確かに落ち葉にしては寝心地は良かったが……)
もう一日くらい布団を楽しみたかった。やはり、俺はなにか憑いているのではないかと、疑問に持たずにもいられない。
俺が目を覚ましたのに気付き、ランサーが霊体化を解いて現れた。
「……身辺警護?」
「はい」
ふぅん、とサーヴァントの騎士道に辟易しながら返事を返す。
俺は仕えられるのになんて、当然慣れてない。むしろ、ここまで完璧な忠誠心は、俺に場違いな居苦しささえ覚えさせる。
「今は……朝だよな?」
「はい。午前11時32分です。一日中町に居ろ、という命令でしたが、主が睡眠をとられていたので、勝手ながら警護に当たらせていただきました」
「あ、いや、すまないな。その点はありがとうだ。でも、目も覚めた。今から町に向かってくれ。夜……だいたい12時まわったくらいに昨日の倉庫街に行ってくれ。それまで俺も町をうろついてるから」
「承知しました」
言って、ランサーは霊体化し町へ向かった。
こういう、物分りの良いところは良いんだけどな。
「さっ、俺も町に行くかな。……令呪は隠せるかな」
山の上にあるこの場所からなら、町までは一直線だ。あまり時間もかからないだろう。
そう高をくくって山を下り始めた俺だったが、すぐにその過酷さに気付き、思わず歩を止めた。
山は上りより、下りのほうが辛いのだ……!
ランサーに独自の性格設定入るかもしれません……