手直し (3/15)
積み上げられたコンテナを退けて、そのサーヴァントは現れた。
ダーティブロンドの髪、黒衣とそこから覗かせる銀甲冑。外見から真名を推し測るのは叶わないほどに、サーヴァントには特徴が欠けていた。英霊にしては……名を馳せた英雄にしては、それが持つ“華”はあまりにも乏しい。
そのサーヴァントの出現に思索を巡らせる者も、ただ困惑するだけの者もいる中で、ランサーは後者に該当するだろう。
レイラインから感じていたマスターの気配は消え失せ、しかし今もなお魔力供給は行われている。パスを鋭敏にし、マスターの感覚を繋ぎ止めていたランサーには、まるでミナトが召喚の触媒になった風に感じられた。
「……召喚早々サーヴァントに出くわすとは、マスターもとんだ無理を押し付ける」
現れたサーヴァントが溜息混じりに零した。
英霊として呼ばれた以上その武勇は誇られる物だ。しかしそれを差し引いて尚、このサーヴァントは一刀の下に切り伏せられるような雑兵には見えない、警戒せねばならぬ相手だった。故に、何ら構えた様子でもない今を、ランサー達は必勝の好機として攻められずにいた。
周囲の困惑を見て取ったのか、サーヴァントが目を細める。
「貴様らもサーヴァント。その首取らせてもらう」
◇
現在、言峰綺礼は監督役として敷かれる教会の一室にいた。それは、彼がサーヴァントを失ったマスターであり、身柄の保護を要求したからに相違ない。
しかしその一連の事々は、マスター達を謀るための策であり、その実、それは師である遠坂時臣と綿密に組まれた謀略の一角であった。当然、綺礼はまだなおアサシンのマスターとして令呪も宿したままだ。
今回の第四次聖杯戦争において、参加者である遠坂と、監督役を担い中立の立場であるはずの言峰璃正は、協力関係を築いていた。
それは確実に聖杯戦争の禁忌であり、遠坂はその分のアドバンテージを得ていることになる。しかし璃正はもとより、遠坂以外の手に聖杯を渡すきなど毛頭ないのだ。魔術師が目指す到達点『根元』。なまじ聖職者である璃正は、欲に目を眩ませた他の魔術師達の暴虐と、遠坂が依然持ち続ける悲願とを天秤にかけ、遠坂を選んだ、という話だ。そして璃正にとって時臣は信用に足る人物であり、また多大な恩を持つ旧友であった。そういう点でも、璃正は遠坂を裏切ることはできなかったのだ。
そして、璃正の息子の綺礼が令呪を宿した。
璃正を通して情報を伝え聞いた時臣は、綺礼を門下に弟子として迎え入れた。それから遠坂の下で魔術を習い数年、時臣から見ても十分な“補佐”となった綺礼は門下を出、聖杯戦争に向けて遠坂との強力関係を悟られないよう裏で関係を保ちながら、万全の状態で、この第四次聖杯戦争に挑んだのだ。
サーヴァントの召喚でアサシンを手繰り寄せた綺礼は、教会の保護下で時臣のために専らアサシンの諜報活動を努めていた。今もアサシンと感覚共有をして、倉庫街の戦いの行方を伝えていた綺礼は、
『第八のサーヴァントが現れた』
と、その旨を伝えていた。通信機の先にいる時臣からの返答はない。おそらくは不都合に頭を痛めているのであろう。ないしは、言葉の別の意味でも必死に考えているか。時臣という人物は、イレギュラーにはめっぽう弱いのだ。
時臣が答えを出すより早く、綺礼の隣で教会の部下に戦いの始末を指示していた璃正が声を出していた。
「……それは本当かね、綺礼」
「はい、父上。サーヴァントの宝具か、ステータスどころかクラス名さえ見ることも叶いませんが、サーヴァントであることは間違いありません」
「……まさか、『霊器盤』が故障でもしているとでもいうのか?」
「それは……どうでしょうか」
綺礼は考えられないといった風に眉を寄せた。『霊器盤』は前の第三次聖杯戦争から使われている代物だ。サーヴァントの現界を告げるそれを教会は大事に扱ってきた。たった一代で壊れるとは到底思えない。だが、それを真とするならばサーヴァントが八騎召喚されたことになる。それこそあり得ないことだ。
その二つに合点のいく答えは見つからず、綺礼も璃正も更に眉間にしわを寄せるだけだった。
◇
重く低い声色でそう言い放ち、サーヴァントが槍を実体化させて構える。
光の如く煌びやかに現界した金色の槍。宝具とも感じられるその槍を前に、騎士王は眉を寄せる。槍を切り札とするランサーのクラスは既に現界している。先ほど戦ったのが他でもないそのランサーだ。
だが、サーヴァントの槍は明らかに桁違いの魔力を有している。何より、サーヴァント自身の槍扱いが本物だ。
この戦いは三つ巴ではない。宣言した通り、サーヴァントはセイバーとランサーの両方を相手取るつもりでいる。
しばしの睨み合いの後、金槍がセイバーへと突き出された。その突きをセイバーは不可視の剣で難なく弾く。生粋のランサーとの何十合にもおける応報に比べれば、ただの一突きに遅れを取れようはずもない。だが、先ほどの一突きが的確に首を狙い澄ました一撃だった事は、偶然ではあるまい。間違えようもない熟練者の技……ランサーのクラスでない割に槍を取る理由も、理解出来た。
内心で、微かに心躍らせながらセイバーが剣を構える。その様子に少し眉を寄せながら、サーヴァントは続けて槍を振るう。変わらず乱れのないその攻撃の嵐を、セイバーは全て捌いていく。しかし、槍はただ一つさえセイバーの身を切る事は叶わない。だがおそらくは、これは牽制。セイバーの不可視の剣に、一先ずの策を打ったという所だろう。
なおも続く突きの嵐を避けながらも、セイバーはそう読んだ。長引かせる事は打開策を案させる事に直結する。ならば───
「ハアッ!」
最優のサーヴァントとして現界したセイバーが剣を振り下ろす。知名度による恩恵が、セイバーのステータスを生前と変わらずにまで再現している。
巧みに槍の軌道を読み、突きを躱す間際───槍を、剣で斬る。
鉄のぶつかり合う高い金属音を鳴らし、サーヴァントが槍に合わせて姿勢を崩す。セイバーが持つ筋力に物を言わせた力技。流石に槍を切断する事は敵わなかったが、柄を握っていたサーヴァントこそ恰好の獲物。
必勝の意を込めて、セイバーが剣を斬り上げる。
だがそれは空を切った。
斬られるはずだったサーヴァントは、崩れる体に勢いをつけ、無理矢理に跳躍する事で一刀両断を免れていた。
「全く───」
何か口を開こうとしたサーヴァントに、今度はセイバーが畳み掛ける。
下から、横から、フェイントを織り交ぜての正面。セイバーの固有スキルたる【魔力放出】のスキルを遺憾無く発揮しながら緩急をつけての連撃。不可視の剣とも相まって、それは受ける事すら困難な妙技だった。
対するサーヴァントは直撃こそは避けながらも浅い傷を増やしていく。見えない剣に惑わされて足踏みを踏めば、次には一途両断の剣が待っている。セイバーの策は確かに意味を為し、サーヴァントに着実にダメージを与えていた。
「チィっ……!」
サーヴァントが苦い顔を浮かべて、槍を一閃する。それは偶然にかセイバーの剣を横這いに切り払う。それを見咎め、サーヴァントは回るように後退した。
「……見えない剣とは、また気持ちの悪い」
「どうした、サーヴァント。威勢の割に脆いぞ?」
相手の言葉に挑発で返したセイバーだったが、心中で賛辞を送っていた。ランサーとの一騎打ちの邪魔をしたと言っても、よく考えてみればそれは彼のマスターの仕業。それよりも、こちらの手を凌ぎきったその武芸に感嘆を抱いていた。
「そちらの色男は攻めないのか?」
サーヴァントがランサーを見やる。問いを投げた理由はセイバーにも分かった。サーヴァントはもとより、両騎とも倒すつもり腹なのだ。だが、
「ランサーは騎士の一騎打ちに水を差すような真似はしない。安心して構わない」
「騎士の一騎打ち? ハッ……私を騎士と捉えるか」
自分へか、セイバーに向けてか、自嘲気味にサーヴァントが口を歪ませる。だがそれは、多分に騎士への侮辱に満ちていた。
「何が言いたい?」
「一括りにするな、と言う事だ」
唐突にサーヴァントの手から金色の槍が消えた。生前ならば違えど、今はサーヴァント。全ての武具はその身と同じく魔力によって現界している。その武器を現界させるのはサーヴァント自身の意思。このサーヴァントは、故意に槍を魔力に還したのだ。降参ではなく、それならば戦わない、と。
何を萎えているのか。
常人ならば呆れて問えたそれを、騎士であるセイバーは見過ごす事は出来なかった。
「どういうつもりだ!」
セイバーが声を荒げた。賞賛した相手だからこそ、この行為は許せない。
考えが読めない。侮辱ではなく策なのか?
最後の確認に、セイバーが不可視の剣を構えた。しかしサーヴァントは槍を出す素振りすら見せない。
騎士に落胆の色が見えただろう。それと同時に怒りも宿る。
「良いだろう。望み通り斬ってやろう……ッ!」
肩を怒りに震わせて、セイバーがサーヴァントに剣を振りかざす。
跳躍によって空いた間を、一瞬の内に埋めてセイバーが剣を振り下ろす。黒いサーヴァントが避ける事は叶わないだろう。
───一瞬、眩い光が奔っただろうか。
次の瞬間に訪れたのは、サーヴァントの金槍で脚を貫かれたセイバーの姿だった。
「何……ッ」
「裏を読む事だ、セイバー。騎士の名が泣いて呆れる」
がくり、とセイバーが膝から折れる。
意表を突かれた───そんな事ではない。突然の事で理解が追いつかなかった。数秒の間を置き、セイバーに理解が追いついた。
もとよりこれが、サーヴァントの作戦だったのだとしたら?
セイバーは憤慨するあまり、槍をいつ現界させたかも見ていなかった。
屈辱よりも後悔だった。相手の挑発に冷静さを欠くなど、騎士としても、武人としてもあるまじき事だ。思わず歯を食いしばるセイバーに、サーヴァントが歩み寄り一言発した。
「御託を楽しめる
セイバーの脚にあった異物が消える。槍が、再び持ち主の手に握りなおされた。次いで、槍が後ろに引かれる。突きの予備動作だろう。
これ以上悔やむ暇は無かった。今すぐにでも動かなければ、その一突きを避けることは叶わない。
───セイバーが最後の手段、宝具の使用を考えた時だった。
ゴロゴロゴロ……
ちょうど南東の方角、大きな橋がある方向から稲光を踏み鳴らす戦車が真っ直ぐ向かって来る。
「……
誰が吐いたか。雷鳴の戦車は二頭の牛に牽かれて虚空を駆ける───誰が見ても明らかな奇怪だ。勘繰るのに余地は無い。アレは宝具だ。
倉庫街の上空で速度を緩め、大地に降り立った戦車から、赤髪の巨漢のサーヴァントがのっそりと現れた。
「王の御前である。三者、武器を収めよ!」
そう吼えたて、巨漢は腕を大の字に広げながら続ける。
「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争ではライダーのクラスでもって現界した。
セイバー、ランサーの真向切っての一騎打ち、実に見事であった。まあ、邪魔立てした貴様も無粋ではあるがその技量、世に轟く豪傑と見た! どうだ、汝ら余の軍門に下り、共に聖杯を勝ち取らんか? 待遇も応相談だぞ」
───場の空気が混沌に繋がった。
このサーヴァントの頭を疑った者もいた。
聖杯戦争で真名が知られる事の危険性を、このライダーとて理解している筈だ。英雄とはその死後まで生前の呪いや柵に縛られるのだ。逸話に語り継がれる死因こそがサーヴァントが覆しようもない弱点なのだ。それをみすみす明かすなど、なんという暴挙だろうか。
しばしの微妙な沈黙の後、ランサーが応答した。
「真名を名乗る度胸は認めるが、それには承諾しかねる。我が主君は、俺を現世へと呼んだマスターただ一人だ」
冷ややかに誘いを跳ね除けるランサーに続き、セイバーが足を庇うように立ち上がりながら答える。
「私の意見もランサーと変わらない。ふざけた戯言を述べ立てるために戦場に打って出たのならば帰れ、ライダー」
語らずとも、否定の色は疑いもない。
やめておけばいいのに、逆撫でするようにライダーが付け加える。
「ぬぅ、何だ。わざわざ窮地を見計らって来てやったというに」
「私もブリテンを統治する王。如何なることがあろうと、王が敵の軍下に下るなど有り得ない!」
「ほほぉ、ブリテンとな? だとすれば、貴様が騎士王か。ずいぶんな小娘だな……と、そこの貴様はどうなんだ?」
目に見えて殺気を送るセイバーを余所に会話を断ち切って、ライダーはいまだ応答しない黒いサーヴァントに問いを投げる。そのライダーの目に何処かしか、期待するような光があるのは、幻覚とかそういった類ではなかった。
「期待に添えないのが残念だ。真名を名乗って揺さぶりをかけたつもりなら、生憎、気にする性質ではない」
「むっ、全員却下か?」
未練も有りか、たらたらと勧誘を続けるライダー。しかし、二人の騎士に声を合わせて喝破を入れられ、ついに諦めたようだ。それでもまだ、むむうと唸っているのは見咎められないらしい。
「おい、ライダーッ!!」
声変わりしきっていないまだまだ少年の高い声がした後、ぬっ、とライダーの後ろから小さな影。
そう、彼こそがライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットである。そうなのだが、その腰は見事に引けていた。
「サーヴァントを臣下にするなんてムリだって言っただろ! 真名までばらして結局総スカンじゃないか!」
身振り手振りを加えながらマスターが説教をしていると言うのに、ライダーはどこ吹く風。物は試し、と一言いって、ウェイバーを後目に構わずサーヴァント達に向かいなおす。が、
「おい、聞いてんのかよッ!」
「ああ、もう!少しばかり五月蠅いぞ、坊主」
面倒臭そうに腕を上げ、ウェイバーの額を弾いた。俗にいう“デコピン”。どれほどの衝撃だったのか、ウェイバーは悲鳴を上げながら荷車台に崩れ落ちた。後ろからなお悲鳴が漏れ出ているが、ライダーはそれを意にも介さず顔を上げる。
「……さて。勧誘は失敗に終わってたが、まだ顔を出しとらん者もおるだろう、こら」
穏やかでない発言だった。怪訝な表情の外野を差し置き、ライダーは大きく息を吸い込む。
「よもや余だけが、この戦いを見ていた訳ではあるまい。その他のマスター、サーヴァント達よ。誉れある真名を持ち合わせておりながら、臆して顔を見せる事も叶わんような臆病者は、余の侮蔑を免れぬモノと知れ!!」
誰がいるわけでもない夜空に大声を張り上げ、そう言い切る。今まで散々な事をしてのけていたライダーだが、この言には理がある。明らかな挑発だが、ライダー以外の陣営が───サーヴァントが見ていないはずがない。
そのライダーが、満足気な顔でニヤリと笑みを浮かべた直後。
突然、眩しい光が発せられた。それは、倉庫街に建てつけてある街灯の灯り───否、これは街灯の灯りからではない。
「よもや我を差し置き王を自称する不埒者が、一夜に二匹も涌くとはな」
月光を反射させる黄金の甲冑を着込んだ青年が侮蔑を露わに睥睨する。
───アーチャー……。
その煌々しい金髪も、派手な鎧も、見間違えるわけがない。遠坂邸に使い魔を放っていた者ならば、誰でも見知る面貌だ。
黄金の英霊の登場に、ライダーの笑みが一変。キョトンとした呆け面へと変わる。いきなりの言葉に毒気を抜かれたように顎鬚を掻いている。
「そう難癖付けられても、余は征服王に変わりないのだが……」
「たわけが。真の王は天上天下に我ただ一人。それ以外は見るにも値せぬ雑種に過ぎん」
それは、ライダーにのみ向けられた言葉ではなく、この場の英霊全てに向けての侮辱であった。セイバーなど不可視の剣を袈裟斬りに構えたほどだ。
だがしかし、誰一人として動きはしない。昨夜のアサシンの顛末を知っている者ならば、当然の反応であった。
そのような余人の警戒を尻目に、唐突にアーチャーが口を開いた。
「───そこな雑種、その槍は貴様の物か?」
問われたのは名もしれぬサーヴァント。一度、その手にある槍を一瞥する。
「それが何だ」
「口答えするなよ雑種。何、その槍の原典と思しき宝が無くてな。
───この世の全ての宝は我の蔵に遡る。我が蔵にもない槍などとても稀有だ。故に、その槍をよこせ」
否定など許さないと、命令するようにアーチャーが宣言する。
誰でもこの言い分の可笑しさは分かる。アーチャーが何処の英霊だとしても、他人の得物、それもおそらくは宝具をよこせとは、傲慢が過ぎるにもほどがある。
当然の反応。サーヴァントは槍を両手で握りしめた。
「ほう、我の言が理解できなかったか?」
「理解はできるさ。ただ了承はしない。……それに貴様、割に楽しそうだが」
黄金の英霊が口を歪ませて笑う。笑みには明確な殺意が見て取れた。
瞬間、背後が陽炎のように揺らぎ、槍と剣が現れる。
───宝具。
アーチャーが具現させた武器は桁違いなまでの魔力に帯びていた。使い魔の目では確認しきれないそれを肌で感じ、英霊達は自らそう判断する。
産まれるのは黄金のサーヴァントへの更なる警戒。
あの宝剣、宝槍を見るに昨日のアサシンを消滅させたものも宝具だろう。
「まだ見ぬ宝に心躍るのも久方ぶり故な。だが、唯一の王に楯突く事の無謀なるやを、貴様は分かっていような?」
───アーチャーの背後の宝具がサーヴァントに切っ先を向けた時だった。
「■■■■■■■!!」
獣の如き咆哮が響き渡る。
それは、新たなるサーヴァントがまたしてもこの場に現れたことを意味していた。
全身フルプレートの漆黒のサーヴァント。闇に紛れるが如く真っ黒なその風体は、英霊と呼ぶよりも
どす黒い魔力の奔流。現れたサーヴァントはバーサーカーであることは明らかだ。
「おい……嘘だろ? 初戦から全サーヴァントが集結するなんて……」
いつから復帰したのか、今までライダーの後ろで蹲っていたウェイバーが驚愕を漏らす。それはマスター達全ての代弁といえた。敗退したアサシンを除く残り全6騎のサーヴァントが一同に会したのだ。消去法で、クラスが知れないあのサーヴァントはキャスター。
残りサーヴァント全員の睨み合いなど、誰が想像しただろうか。傲慢不遜な態度を取っていた黄金の英霊でさえ、その動作を止めている。
聖杯戦争に参加する物ならば心得ている。規格外の力を持った者同士、先に動いた者が不利であると。だが、この混沌を差し招いたバーサーカーは違った。もう一度咆哮を上げ、無手のままアーチャーへと走り挑む。
「雑種風情が……。王を遮った事がどれほどの罪か……その身を以って弁えよ!」
怒りを噛み殺すように、アーチャーはバーサーカー相手に憤怒を散らした。彼は驚いていた訳ではない。不心得者の闖入者に静かに怒りを湛えていたのだ。その上で、あまつさえ敵意を見せられ黙って見ているほど、アーチャーの気は長くない。
キャスターに向けられていた殺意がバーサーカーへと切り替わり、それに呼応し背後の宝具が射出される。
二挺の宝具がバーサーカーに飛来し、床面のコンクリートを抉り、砂煙を巻き上げる。
……これがアーチャーたる所以か。モーションなしの、ただの投擲のみで大地すら抉りとるほどの“矢”を放つとは。
直撃ならば、まず致命傷は免れないほどの一撃だ。
しかし、砂煙からはゆらりと影が映る。それはバーサーカー以外にはなく、その身を守るフルプレートにさえ傷一つついていない。
「ほう、奴め。理性を失っとるくせにやりおるわい」
ライダーがそう感嘆する。
常人───人間のウェイバーにも、人間として造られたアイリスフィールにも見えなかったが、超人たるサーヴァントには見えていた。
バーサーカーは飛来した宝剣を“掴み”、そしてそれをそのまま宝槍を打ち落とす武器として“使用した”のだ。
元来、宝具は一人の英霊につき一つである。宝具というのはその英霊の特別有名な故事や伝承の具現であり、それを複数持つ英雄が宝具を二つ三つと持つ事は考えられる。
『宝具が単一』であるのは、それがその英霊専用の武器だからに由来する。他者が奪って満足に使えるモノでもなく、場合によっては呪いを浴びる可能性もあるほどの強力な武器なのだ。
だがバーサーカーはそれを難なく使用した。それはまるで、使い慣れた得物が如く。
予想しえないその結果に一同が目を見張る中、アーチャーは更なる宝具を以って迎撃せんとしていた。その顔には明確なまでの怒りが滲み、バーサーカーを射殺さんばかりに睨み付ける。
「雑種が我が財宝に触れるなど思い上がりも甚だしい……その
バーサーカーを仕留めようと新たに宝具を具現させる。───その数十六。
セイバーが前に出てアイリスフィールの盾となり、ライダーもウェイバーを守るために一歩前に出た。
「……アーチャーの奴、まさか余達も巻き込むつもりじゃないだろうな」
ライダーが言葉を漏らし、間も無く宝具の雨がバーサーカーに降り注ぐ。
それに臆する様子も無く、バーサーカーが流れるような動きで初撃を防ぐ。続いて身を乗り出すように踏み出しながら二撃目を躱し、三つ、四つ、五つ……時に掴み、時に駆け、時に迎撃しながらその凶弾を蹴散らしていく。
その十六の矢を撃ち終えるのに、さほど時間はかからなかった。されどその攻撃の密度は脅威に他ならない。それほどの猛攻は受けながらも、狂戦士の体には傷一つついていない。どころか、アーチャーの放った宝刀と宝斧を掴み取っていた。
バーサーカーは持っていた二挺の宝具を惜し気もなく投擲し、アーチャーのいる街灯のポールを切り刻む。
対するアーチャーは事前に投擲の気配を察知し、跳躍する。無様な落下を免れ何事もなく着地した。
───否、そうおもっていたのは余人だけだったようだ。
アーチャーは先ほどまでの怒りとは比べるべくもないほどの憤怒によって顔を歪ませ、溢れんばかりの激情を露わにしていた。
「痴れものが……! この我を雑種共と同じ大地に立たせるかッ! この不敬、知なき狗といえど万死に値するッ!!」
宝具が夜空一体の虚空を埋め尽くし、射出を待ちわびている。数えられたのは三十六挺ほどか、それ以上。もはや、あのサーヴァントがどれだけの宝具を持ち得ているのか測り知ることも叶わない。
更なる激戦の予感がしたその時、ふいにアーチャーが途方を向き、誰に向かってか何事か呟いた。どういうわけか空気を震わす程の怒りも治めて。
「……次までに勝者を間引いておくことだな、雑種共。我が相見えるのは真の英雄のみでよい」
そう言い残し、黄金の英霊は霊体化しこの場から去って行った。
令呪。
アーチャーが退いた理由はそれ以外にないだろう。察するに、アーチャーの真名が暴かれるのを阻止しようとしたというところか。
「アーチャーのマスターは奴ほど剛毅な訳じゃないらしいな。……だが、おかげで助かったと見るべきか?」
ライダーが安堵の吐息とともにそう漏らす。最後は冗談交えての言葉だったが、その目は既に油断なく他のサーヴァントを見据えている。
確かに状況は動いた。だが、いまだサーヴァントは五騎。隠れ潜むアサシンに気付かないまま、サーヴァントは睨み合いを続ける。
そして、その睨み合いを打ち破ったのはまたしてもバーサーカーだった。
漆黒の英霊はその総身を震わせ、セイバーを凝視していた。気付いてから遅くない。
「■■■■■■■■■■■ッ!!」
バーサーカーが獣のような遠吠えを上げながら駆け出した。
湾曲するかのように蛇行し、切り落されたポールの一本を掴みとってセイバーに斬りかかる。
声だけではない。
退けを知らないかのように畳み掛けるバーサーカーは本当の獣と相違なかった。
───だが、その太刀筋だけは鮮やかのままに。
セイバーの剣の隙を、人体における急所を的確に狙っていた。
「む、何とも。バーサーカーで無ければ我が軍門に欲しいな、あやつ」
バーサーカーの奇行をそう軽く身構えていい訳がないのに、ライダーがまたそんな事を言っていた。
バーサーカーには理性がない。
その根本を覆すような奴の狂化はそう看過できるものではない。ともすれば、のちの聖杯戦争の成り行きを大きく歪める可能性もある。
そして───
なぜ奴はただの鉄でセイバーと打ち合える……?
◇
セイバーの顔が歪む。バーサーカーに気圧されてのことではない。両者の実力は拮抗している。
なら、何に?
セイバーの宝具は紛うことなく生粋の聖剣である。対してバーサーカーが手に持っているのは魔力を微塵にも持ち得ないただの鉄片。
打ち合える筈がないのだ。セイバーの剣を真っ向から受け止めようと思うなら、宝具とまでいかなくともせめて霊的な要素を含んだものでなくてはならない。
なのにバーサーカーは聖剣を小細工なしに受け止める。
セイバーが防戦に徹し思考し、すぐに、考える間もなく答えは見つかった。
バーサーカーの持つ鉄片の表面には蜘蛛の巣のように張られた魔力。これがこの奇行の正体だ。
「なるほど……奴が手にした武器はなんであれ奴の宝具になる訳か」
セイバーと同じく答えに辿りついたらしきライダーがそう漏らした。
少なくとも、この能力はバーサーカーの宝具であることは間違いない。他人の宝具を奪うなどそう簡単にあってはたまったものでもない。
だが、分かったところでどうだ。
キャスターに付けられた傷は治ったが、今でも脚の動きが悪い。アイリスフィールにかけられた治癒の効果が鈍い。あるいは、槍の呪いであると勘繰るべきか。
実の所、セイバーとバーサーカーの戦いはバーサーカーの方が優位にある。
単純に狂化されてステータスが上がったかそうでないかの差。その差をセイバーは魔力放出とバーサーカーにはない理性によって埋めて戦っていた。
セイバーは初戦から二度もピンチに陥る自分に歯噛みしていた。
こんなことで聖杯を掴めなくてどうする。己に叱咤し激励をかけるが思い通りに脚は動かない。
バーサーカーは攻撃の手を休めずに嵐の如く連撃をかける。
予想された運命。脚を庇うあまり、ついにセイバーに対応しきれない剣撃を受けた。
そこはセイバーの面目躍如か、
致命傷を避けるために体勢を崩した代償は更なる危険を導いた。
ここぞとばかりに攻撃の手を凄めるバーサーカー。
セイバーは防御は間に合っているが反撃をする暇すらなかった。
───これでは宝具による一発逆転も狙えない……!
セイバーが心中に焦りを感じ始めたその時、男は現れた。
セイバーとバーサーカーとの間に驚く程の速さで割って入り、紅槍を突きだす。
「悪ふざけはそこまでにしてもらおうか。バーサーカー」
二槍の得手はバーサーカーの持つ鉄片をいとも簡単に切り落し、その美貌に少し怒りを浮かべながら狂い人に無駄を承知で口上を切る。
「そこなセイバーとは先約があってな。悪いが、貴様にはここで脱落してもらおうか」
「ラ、ランサー……?」
「そう身構えるな。俺もお前と正々堂々決着をつけたいのでな」
魔槍の繰り手、ランサーはそういって不敵に笑った。
一万文字越え……