野獣先輩は24歳。千冬さんも24歳。そして束さんも24歳
あっ……ふ~ん(察し)
「……はぁ」
少年、織斑一夏は思わず溜め息をついた。一体どうしてこんなことになってしまったのか?見渡す限り、女子、女子、女子。狭い教室にいる男子は自分だけという凄まじい場違い感と、世にも珍しいものを見るかのような好奇の視線によって、彼は今にも押し潰されてしまいそうだった。
何故自分がここ、IS学園に通うことになったのか。理由はやはり
一夏は助けを求めるように窓際に座る一人の少女に目をやった。艶やかな黒髪でポニーテールを作る日本人の少女だ。ここ、IS学園には世界中から入学者が集まっているだけあって、クラスも非常に国際色が豊かだった。すがるような一夏の視線に少女は気付く……が、彼の望みとは裏腹にサッと目を逸らされてしまった。唯一と言える知り合いに裏切られたことでとうとう力尽き、一夏はバタッと机に突っ伏した。
「(あぁ……もう勘弁してくれよ……)」
涙目になる一夏だが助けてくれるものなど誰もいない。結局、彼には溜め息をついて教師が来るまで、この異様な空気に耐えることしか出来なかった。
「全員揃ってますね~、それじゃSHRを始めますよ~」
そんな声が響いたのはいつ頃だったか、ガラリと教室の扉が開き眼鏡を掛けた女性が入ってきて、それを皮切りに生徒達はそそくさと自分の席に戻っていく。今の女性の口振りからするに彼女が教師であることは想像するに難くない。難くないのだが女性の身長が低めであることと童顔であること、この二つの要素が混じり合うことでなんとも言えないアンバランスさを出していた。まるで子供が無理をして大人の服を着てるみたいだと一夏は内心で感じる。
「これから一年間副担任を務めます、山田真耶と言います。皆さん、宜しくお願いしますね」
「「「……」」」
笑顔で自己紹介をする真耶だが、教室内はしーんと静まり返っていて誰も返事をしない。その様子に涙目になる彼女を見た一夏は、自分だけでも挨拶しておくべきだったと後悔する。尤も、彼にはそんな余裕は欠片もなく、そして頭からは自己紹介のことなどすっかり抜け落ちていた。
「──斑君、織斑一夏君!」
「ん?」
「だ、大丈夫?こ、ごめんね。怒ってる、怒ってるかな?ゴメンね、ゴメンね!でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』なんだよね。だからね、あの、ごめんね?自己紹介してくれるかな?」
「ファッ!? す、すみません!」
故に、自分の順番が回ってきても気付かない。ペコペコと頭を下げ今にも泣き出しそうな真耶の言葉に、一夏は思わず勢いよく立ち上がってしまった。そして、すぐさまそれが失敗だと悟る。
クラスメイト全員の視線が自分に向けられているのだ。しかもただの視線ではない。大半がただの一言も聞き逃してなるものかと言わんばかりの様子だったのである。穴が空きそうな程の鋭い視線を向けられ、一夏は何か言わなければと額に汗を浮かべた。何か言わねば殺られる、思わずそう感じてしまうような重圧が彼を襲う。
「お、織斑一夏です……!」
名前は言った。しかしそれから先が続かない。何を言えばいいのか? 趣味か? 好きなものか? 脳みそをフル稼働させて言葉を考えるが、コレといえるしっくりした物言いが出来ない。そんな半ばパニックの一夏とは裏腹に生徒達の好奇の視線は強くなる一方だ。次は何を言うつもりなのか。沈黙が続くほど彼女達の中で期待が風船のように膨らんでいく。
「っ……い、以上です!!(閉廷)」
最終的に一夏は逃げた。勢いよく座ると同時に、ゴシャァ!と何人かが席から転げ落ちて他の生徒達も机に頭をぶつけるなど思い思いの行動を起こす。期待を裏切られ、彼女達の内心で一夏に対する評価が僅かに下がった瞬間だった。
そして当の本人はというと、一先ず事態は乗り切ったことで安堵の息をついていた。脱力し背凭れに体を預けて油断する一夏、そんな彼の後頭部に突如何かが振り下ろされた。スパァンと炸裂音が教室に木霊する。
「痛っ!?」
「お前は自己紹介もまともに出来んのか?」
「へ……ち、千冬姉!?」
突如現れた実の姉に一夏は驚愕する。だが次の瞬間には再び後頭部に衝撃が走った。
「ここでは織斑先生と呼べ」
「せ、先生……?」
ズキズキと痛む頭を押さえ、「くぅ~ん……」と唸りながら彼は千冬を見上げる。鋭い切れ目に少し跳ねた黒髪。見惚れる程完璧に着こなされたブラックのスーツに自分を叩いたであろう出席簿を持った様子は、確かに言われてみれば教師の姿に見えた。
しかし一夏は首を傾げる。果たしてこの姉は、今まで自分に教師をしているなどと言っていただろうか。唸りながらも記憶を探る彼だったが、それは直後に響き渡ったクラスメイト達の叫び声によって断念せざるを得なかった。
「きゃあああああああああ!!」
「千冬様、本物の千冬様よ!!」
「私、お姉様のファンで北九州から来たんです!!」
「お姉様のためなら死ねます!」
その声量は凄まじく、一夏は思わず顔をしかめた。まるでビリビリと教室内の空気が震えているような、そんな錯覚すら覚える程だ。千冬もまたそんな生徒達の騒ぎ様に溜め息を溢し、心底呆れたような、そして面倒そうな表情を浮かべる。
「はぁ……毎年毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられるよ。あれか、私の受け持つクラスには馬鹿者が集中させらたりでもしているのか?」
それは普通の教師が言えば訴えられてもおかしくない一言だ。しかし、その発言者が
「きゃああああああ!もっと叱って罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾して~!」
いや、それでいいのか。置き去りにされていた一夏は内心でクラスメイト達へ突っ込んだ。しかし千冬より向けられた超低温の眼光により力なく着席する。あれは「自己紹介もまともに出来ん馬鹿者が馬鹿なことを考えるな」という視線だ。
「はぁ……まぁいい。気付いている者もいるかもしれないが、このクラスにはもう一人生徒が来る。今は遅れているが──いや、ちょうど来たようだな。やじゅ……
千冬のその一言はざわめくクラスを静めるには十分な力を持っていた。一夏を含めた生徒全員が首を傾げ、その視線を教室前方の扉へと向ける。誰もが見守る中、ガラリと扉が開かれて──、
△▽△▽
「先輩、お久し振りです!」
休み時間、一夏は最後に現れた二人目の男子生徒──
実際に二人は知り合いだった。いや、二人を知り合い程度の関係に留めるのは語弊があるだろう。何せ野獣は千冬の小学校時代からの幼馴染みであり、一夏にとっては兄のような存在だ。炊事洗濯といった家事の類いの一切を野獣から教わった一夏は、彼のことを「先輩」と呼び慕っているのである。
「久し振りっすねぇ^~! 大体1145141919810日振りくらいだっけ?」
「長すぎィ!」と周りから総突っ込みが入るが野獣はどこ吹く風だ。一夏もそんな彼のよく分からない発言には馴れたもので、苦笑しながら右手を差し伸べた。その意味を素早く理解した野獣もまた右手を差し出し、お互いに手をグッと強く握る。
「俺、先輩がいてくれて凄く心強いです! 男って二人しかいませんけどこれから宜しくお願いします!」
「いや~、俺もよく分かんないけどIS動かせちゃったからね(神の悪戯)、ICKがいてくれてすげぇ嬉しいゾ。これからオナシャス、センセンシャル」
交わされた固い握手に周りの生徒達から黄色い歓声が上がる。爽やかなイケメンの一夏と朗らかな笑みの野獣、三度の飯より男同士が好きな年頃の少女達にとって、二人の友情は何より歓喜すべきことであった。ある者は神に、ある者は両親に感謝し、そして同じクラスになれなかった者達は悔しさのあまり涙を呑んだ。
笑顔で談笑を続ける一夏と野獣。そんな二人の元に近付く一人の少女がいた。背筋をピンと伸ばしたポニーテールのその生徒は、SHR前の一夏の助けを求める視線をスルーした少女であった。そんな彼女に気付いたのか、一夏と野獣も顔をそちらに向ける。
「久し振りだな、一夏」
「えっと、箒……だよな?」
やや自信なさげにおずおずと言った具合に尋ねる一夏。それに少女──篠ノ之箒は「う、うむ」とやや緊張した面持ちで頷いた。その頬にはやや赤みが差しており、それを見た野獣は「あっ……ふ~ん」と何かを察したように呟く。そしてちょうど思い付いたかのように声を掛けた。
「あ、そうだ(唐突)。ICK、折角の再会なんだしHUKと話でもしてきたらどうっすか?(気遣い先輩)。積もる話の一つや二つや114514くらいあると思うゾ」
「そ、そうだな(肯定)。田所さん、申し訳ありませんが一夏を少し借りていきます。いくぞ一夏!」
「ちょっ、箒!?引っ張るなって!」
ぺこりと野獣へ頭を下げ、箒は慌てる一夏と共に教室を出ていった。貴重な男が連れていかれたということに見ていたギャラリーは一斉に騒ぎ始め、その大部分が二人の後を追って姿を消した。先程よりかは幾分か静かになった教室で、野獣は「はぁぁぁ~~……」と一人クソデカ溜め息を溢す。
千冬と共に、箒の姉である篠ノ之束の数少ない親友だった野獣は、当然昔から箒とも面識を持っていた。それ故、彼女が一夏に好意を持っていることは既に知っていたのだが……さっきの二人の雰囲気から、肝心の一夏の方が箒に対して恋愛感情を欠片も持ち合わせていないことに彼は気付いたのである。
一年一組に一人残された男、野獣。水筒に入れていたアイスティーを一口飲んだ彼は、減ったとはいえまだまだ多い周りからの視線に、「どうすっかな~俺もな~」と小声で呟いた。
ISを動かせるのは女だけ。つまりISを動かせる先輩は女の子。Q.E.D.証明終了
やっぱり女の子じゃないか!
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